大判例

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広島高等裁判所 昭和35年(ネ)258号 判決 1966年5月11日

控訴人

片山和夫

ほか九名

右一〇名訴訟代理人弁護士

中安甚五郎

桑原五郎

楠原隆一

被控訴人

右代表者法務大臣

石井光次郎

右指定代理人

川本権祐

ほか三名

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴人等の新請求を棄却する。

控訴費用は、控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等訴訟代理人は「原判決中控訴人等に関する部分を取り消す。被控訴人は控訴人等に対し各金三〇万円を支払え。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴人指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張および立証関係は、左に附加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

(控訴代理人の主張)

(1)  基本的人権は国民が固有に享有する憲法以前の権利であるから、条約をもつてもこれを侵害するをえず、同法第二九条第三項により正当な補償のもとに公共のために用いることができるのみである。国が敗戦という非常事態を収拾するため平和条約を締結する必要上、やむをえず控訴人等の損害賠償請求権を放棄したものとすれば、これは当然、控訴人等の財産権を公共のため用いたものと解されなければならない。そして憲法第二九条第三項は、単に立法の指針を示したプログラム的規定たるにとどまるものではなく、それ自体が実体法としての性質を有するものと解すべきものであるから、控訴人等は直接同条に基づいて正当な補償を請求する権利を有する。

(2)  仮に右補償請求をなしうるがためには別途に特別立法を必要とするとすれば、我国における法律制定の手続は、通常政府が法案を提出し議会の協賛を経るのが一般であるから、政府の責任者である内閣総理大臣その他関係閣僚等は、当然右補償を請求しうるような特別法を立案して議会に回付し、該法律制定のため万全の措置を講じて、憲法の定める補償を有名無実に終らしめないようにすべき公権力行使上の義務があるにもかかわらず、右義務に違反した不作為により控訴人等の補償請求権行使を不能ならしめたものというべきであり、被控訴人国は、控訴人等がこれによつて被つた損害を国家賠償法によつて賠償すべき責務を免れない。控訴人等は控訴の趣旨記載の範囲内で、右原因に基づく請求を予備的に追加する。

(3)  昭和三六年一一月一一日公布の「連合国占領軍等の行為等による被害者等に対する給付金の支給に関する法律」により、控訴人等は被控訴人からそれぞれ金二〇万円宛の支払を受けたので、原審における請求額からこれを控除した。しかし、生命の侵害に基因する控訴人等の損害賠償請求権が、右金額で充足されえないことはいうまでもないし、また一律に二〇万円を打切補償として支給することを定めた右法律による給付が、憲法所定の正当な補償といえず、右規定が憲法違反であることも、社会通念上明らかであるから、控訴人等はこれを超える金額については、直接憲法に基づき補償を請求しうる。

(被控訴代理人の主張)

(1)  連合国占領軍兵士の行為によつて控訴人等主張のような事故が発生した事実は認めるが、加害兵士に故意または過失が存した点および損害額についての控訴人等の主張は争う。

(2)  平和条約は、ポツダム宣言を受諾して無条件降伏をした我国が、戦敗国という地位に基づき、戦勝国たる連合国の提示するところを「強制されて欲する」立場において締結したものであり、請求権放棄の条項ももとよりこの一部をなすものである。このような平和条約の特殊な性格にかんがみるならば、本来、自由な立場における国家権力と私有財産権との調整を図ることを目的とした憲法第二九条第三項が、本件のような場合にも当然に適用されると解するのは困難である。すなわち、本件のごとき場合は、たとえ形式的には私有財産を公共のために用いる場合であると観念されるとしても、憲法の右条規の予想する場合とは根本的にその地盤を異にする場合というべきであるから、結局右条規にいわゆる私有財産を公共のために用いる場合に該らないと解すべきである。

(3)  「連合国占領軍等の行為等による被害者等に対する給付金の支給に関する法律」の制定施行に伴い、被控訴人は控訴人等に対しそれぞれ遺族給付金二〇万円(但しそれまでに行政措置による見舞金として支給した金額等と合算して)および葬祭給付金五〇〇〇円を支給したが、同法は憲法第二九条第三項に基づく損失補償のための立法措置ではなく、従来の政治的配慮に基づく行政措置の内容を発展させたものであつて、その性質はこれと本質的に異なるものではない。

(証拠)<省略>

理由

(一)  当裁判所は、原判決理由の説示するところはすべて正当であると判断するので、これをここに引用する。そして左の判断をこれに附加する。

(二)  控訴人等の主張する各日本国民に対する連合国占領軍の行為が国際法違反になるとの前提に立つても、それによつて被つた損害の賠償を各被害者ないしその相続人において国際法上行使する手段は、実定国際法上存在しない。日本政府が右損害の賠償を国際法上行使しえたとしても、もとよりそれは国民個人の権利をその名において(国家が国民を代理して)行使するものではなく、国家自身の外交保護権の行使にほかならない。このように控訴人等に権利の主体としてこれを行使する可能性が国際法上存しない以上、控訴人等主張の前記損害賠償請求権は、国際法上の権利としてはその存在を認めることができない。

したがつて、右損害に対する救済は、我国または連合国の各国内裁判所に対する出訴によつて、これを実現するほかはなかつたものである。しかし控訴人等の主張は、各加害兵士の所在はもとよりその氏名さえ明らかにせず、弁論の全趣旨によるもこれを控訴人等において確知することは期待しえなかつたものと認められるので、加害兵士個人に対する損害賠償の請求は、これを何れの国の裁判においてなさんとするにせよ、事実上不可能といわなければならない。

また国家が当事者として他国の国内裁判所の民事裁判権に服することのないことは、一般に承認されている国際慣例であるから、控訴人等が加害兵士所属の各連合国を被告として我国の裁判所に訴を提起することもできない。

そうすると、控訴人等には、各連合国を被告としてその国の国内裁判所に出訴する途しか存しなかつたこととなるが、その場合の事実上の困難ないし諸制約を仮に度外視するとしても、この方法によつて控訴人等の請求が認められる一般的可能性が存するとするためには、加害兵士自身との関係における行為の違法性をいうにとどまることなく、その所属国の国内裁判所において適用されるいかなる実体法上の根拠に基づいて、その国の責を問いうる要件を充足するものであるか(その場合国際法も右実体法たりうるか否かは、当該国の国内法の規定如何によるところであり、その結果認められる権利は、国際法違反を理由とするにせよ、当該国内法上の権利である。)が明らかにされなくてはならない。事は決して自明の理として断じうる限りではなく、むしろ、少くとも形の上では戦時状態下における軍事占領に伴つて生じた事件に関するものであるだけに、占領国の国内法上その国の責任を問いうる要件は、かなり限られたものであることが一般的に予測される。特に英米法においては従来国の不法行為責任を否定する法理(英国における「国王は悪をなしえない」という法理、米国における主権免責の法理)が伝統的に認められ、米国においては一九四六年制定の連邦不法行為責任法、英国においては一九四七年制定の国王訴追法によつて、漸く国の賠償責任が原則的に認められるに至つたが、なお広汎な適用除外があり、特に前者にあつては外国において生じた請求権を明文をもつて除外しており、また控訴人等主張の各違法行為は、控訴人要田徳助の子武男に対する米軍兵士の所為以外は、何れも右両法律の施行以前に属する(もつとも、英連邦軍関係については必ずしも右国王訴追法が適用されるわけではない。控訴人等はその所属国についてもこれを明らかにした主張をしていない。)。かく解すると、本件においては、控訴人等が連合国に対し各国の国内法によつて損害賠償を求めうべき根拠が明らかであるとはいえず、畢竟各国に対する控訴人等の請求権の存在もこれを認めるに由ないものといわざるをえない。

してみると、控訴人等が平和条約第一九条(a)項によつて放棄されたと主張する控訴人等の損害賠償請求権は、放棄がなくとも、法律上の権利としては存在しないか、存在しても全く観念上のものたるにとどまり、その実現を期しえないものであることが明らかであるから、その放棄によつて控訴人等に実質的な財産権上の損失を生ぜしめたものとはなしえず、したがつて右放棄を原因とする損害賠償や損失補償を求めうべき理由は存しないこととなる。

(三)  控訴人等が当審において追加した予備的新請求についても、叙上の理由から、これを認めえないことは明らかであるが、なお、立法行為も公権力の行使と認められるにしても、その不作為は政治上の責任を生ずるにとどまり、個々の国民の権利に対応した法的作為義務の違反となるものではないから、これをもつて国家賠償法による損害賠償義務の根拠とすることはできない。

(四)  以上のとおりであるから、控訴人等の請求を棄却した原判決は正当であつて本件各控訴は理由がなく、当審における新請求もまた失当として棄却を免れないから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条・第八九条・第九三条を適用の上、主文のとおり判決する。(三宅芳郎 裾分一立)(横山長は転任のため署名捺印できない)。

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