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広島地方裁判所福山支部 平成9年(ワ)164号 判決 1998年12月09日

原告

茅本郁子

右訴訟代理人弁護士

心石舜司

被告

マナック株式会社

右代表者代表取締役

箱田篤信

右訴訟代理人弁護士

荒井秀則

内田喜久

主文

一  被告は原告に対し,金105万2256円及びこれに対する平成9年5月28日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は,これを4分し,その3を原告の,その余を被告の各負担とする。

四  この判決は,第一項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は,原告に対し,金387万7845円及びこれに対する平成9年5月28日(本訴状送達の翌日である。)から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。

二  被告が原告に対し平成7年4月1日になした被告における職能資格等級を4級から3級に降格した処分は無効であることを確認する。

三  被告は,本判決確定の日の翌日から10日間,被告の本社(広島県福山市西町<以下略>),箕沖工場(同市箕沖町<以下略>)及び郷分事業所(同市郷分町<以下略>)の各告示場所に,被告が平成7年4月1日原告に対し被告の従業員としてその職能資格等級を4級から3級に降格した処分は無効でありかつ同処分は原告の名誉を毀損したものであるから謝罪する旨の告示を掲示せよ。

第二事案の概要

本件は,原告が雇用主である被告から理由のない違法な降格処分,昇給差別及び賞与の減額を受けた上,右降格処分の内容を掲示されて名誉を毀損されたとして,被告に対し,降格処分がなければ支給を受けていた平成7年4月1日から平成9年3月31日までの役付手当,昇給差別による平成7年4月1日から平成8年3月31日までの間の基本給差額及び平成6年から平成8年まで毎年7月期及び12月期の賞与減額分の各支払,右降格処分の無効確認,名誉毀損に対する慰謝料とこれらに対する本訴状送達の日(記録上平成9年5月27日)の翌日から支払ずみまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払並びに名誉回復のための謝罪文の掲示を求めるものである。

一  前提事実(争いがないか,後掲証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)

1  当事者

被告は,各種化学工業薬品及び医薬品の製造並びに販売等を目的とする株式会社であり,原告は,被告に従業員として雇用されている者である。

2  職能資格等級

(一) 被告においては,就業規則上,従業員の能力及び勤務成績などを基準とした職分を設けるとされ,別に職能資格等級規程を定めて,従業員をその職務遂行能力に応じて1級から9級までの職能資格等級により格付けし,能力の向上により昇格させる一方で,「従業員就業規則第56条(懲戒)に該当するとき」(同規程第6条(1))又は「勤務成績が著しく悪いとき」(同(2))は降格させることができるものとされている(<証拠略>)。

二  争点

1  本件降格処分は違法か否か<略>

2  本件各昇給決定は違法か否か<略>

3  本件各賞与は違法に減額されたものか否か<略>

4  原告の損害額如何(原告の主張)<略>

5  謝罪告示の必要性如何(原告の主張)<略>

第三当裁判所の判断

一  争点1について

1  事実認定

前提事実2と,証拠(<証拠・人証略>)並びに弁論の全趣旨によると,次の事実が認められ,右認定に反する(証拠略)の記載及び原告本人の供述はそれとは反対趣旨の前掲の関係各証拠に照らしてそのままには信用できず,他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 原告は,昭和45年5月,一般事務職員として被告に入社し,本社勤務等を経て,昭和63年4月,箕沖工場業務2係に配属され,同年10月,同係の係長{被告の職能資格等級規程にかかる区分上,4級(監督職)に該当し,その役付手当は月額6000円であった。}に昇格した後,平成4年4月から郷分事業所の業務主任{右主任も右の4級(監督職)に該当し,その役付手当は月額6000円であった。}として勤務していた。

(二) ところで,監督職になってからの原告は,自分の業務には熱心に取り組むものの,監督職として期待される部下の指導等については物足りないものがあり,平成3年における課長評価において,「職場改善や部下育成がほとんどできていない」ことが指摘され,箕沖工場長も,原告に対し,係長としての限界を指摘していた(なお,当時原告の部下は3人であった。)。

また,平成4年4月,被告は,原告の能力に問題があると判断し,郷分事業所業務課主任として部下が1人の部署へ配置換えしたところ,原告はその年には,「うわすべりな面がある。」「最後のツメができない面がある。」「一人(ママ)よがりの傾向が強い。」「クレーム等の問題に対する対応に問題がある。」として応用的な判断力・指導力の欠如等の問題があるとの評価を受けた。

更に,原告は平成5年度には,「作業中にムダな言動が多い。」「色々な面に首を突っ込むがうわすべりの感がある。」「クレームトラブル時の対応で具体的対策が出ない。」「相手のアドバイスを充分理解しようとしない。」「問題が発生した時やミスを起こした時に逃げるところがある。」として責任の持ち方・応用的な判断力に問題があるとの評価を受けた。

(三) そして,原告は平成6年度には,「就業時間中,本来の仕事以外で職場を離れることがある。」「主任としての認識が甘い。」などとして責任の取り方に問題があるとの評価を受けていたところ,平成6年6月2日,郷分事業所で勤務時間中に河内が取締役から技術顧問になったとの同年5月28日付中国新聞の新聞記事を巡って(なお,河内は平成6年6月29日に被告を退職した。),他の従業員の前で,「被告の上場への最大の功労者である河内氏を(取締役として)再任せずに顧問に追いやるということは,会社は全く血も涙もないことをする。」という趣旨の現経営陣を批判する発言をした。

ところで,野田郷分事業所長は右原告の発言を偶々聞いていたので,即座に原告に対し,強く注意した。

(四) 右原告の発言が内海会長の耳に入ったところ,内海会長は自ら原告に対して注意しようと決意し,原告を呼び出したうえ平成6年7月8日午前10時30分から原告と面談することにした。

そして,藤原常務取締役を立会人として,右面談において,内海会長が原告に対し,言動を慎むよう注意を与えようとしたところ,原告は「憲法19条と21条をご存じですか。」と発言したので,内海会長は「今日は憲法論議をするために呼んだのではない。君は職場内で根拠もない理由で,河内元取締役擁護のため,経営トップ批判を公然と行っているとの報告があったので言動を慎むよう注意するために呼んだのだ。」といい,更に「いくら君が河内氏を信奉していたかは知らないが,職場内で何の根拠もなく会社の陰謀によって退職に追いやった如く吹聴するなど,社内秩序を乱すような言動は許されない。厳に慎むように。」と注意し,原告に反省を促したところ,原告は「私は自分の信念に基づいて発言しており,何の非も認めません。」と答えた。

これに対して,内海会長が原告に対し,「そんなに信頼できない会社と思うのなら,辞めたらどうか。」というと,原告は「私には定年まで勤める権利がありますから,絶対会社を辞めません。」と答えたうえ,「内海会長は県議も務め,地元財界の名士といわれる人だが,そのような発言をしてもよいのか。」と詰め寄り,更に,「元社長の杉之原角造氏に対して,内海会長は何も容赦なかったですね。」といった。

このような中で,原告,内海会長共に幾分興奮気味のやりとりになったが,内海会長は原告に対し,「今日,自分は何をいったのか,また,今後どのような態度をとればよいのか。冷静になって考えてみるように。」といったところ,原告は「私は信念を持って生きていくことしかできません。」と答え,面談を終えた。なお,面談時間は1時間前後であった。

(五) 以上の経緯から,被告の役員の中には,原告を就業規則に照らして懲戒審査委員会にかけるべきであるとの意見もあったが,女性従業員(原告)の行動について懲戒審査委員会を開くのは大げさであるとか被告においてこれまで就業規則に基づく懲戒処分を行った前例がないなどといった理由から,懲戒審査委員会を開いて処分するまでには至らず,それに代わる措置として,平成7年4月の昇給のための人事評定において,4級(監督職)の職能資格である責任の認識,応用的な判断力,指導力が欠如していることと前記内海会長事件(従業員としてのあるまじき行為があったこと)の両方を考慮し,職能資格等級規程第6条(2)「勤務成績が著しく悪いとき」に当たるものとして,本件降格処分がなされた。

2  判断

(一) まず,企業の行う人事考課は,その性質上広範な裁量に委ねられるから,査定方法が不合理であるとか,恣意的になされたものと認められない限り,適法なものというべきである。換言すると,右の例外的な場合(査定方法が不合理であるとか,恣意的になされたものと認められる場合)には不法行為を構成するものというべきである。

(二) 以上認定の事実により,右の見地から,本件降格処分の違法性について検討する。

(1) 平成3年以降平成7年4月1日の本件降格処分まで,原告は4級(監督職)に要求される能力(適切な責任の取り方,応用的な判断力,部下に対する指導力)が不十分であると評価された。

(2) そうすると,原告は4年間にわたり右能力が不十分であったのであるから「勤務成績が著しく悪いとき」に当たるものとして,被告から本件降格処分を受けてもやむを得ないものというべきである。

したがって,本件降格処分は,その査定方法が不合理であるとか,恣意的になされたものとは認められず,違法とはいえない。

もっとも,証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によると,本件降格処分は,前記内海会長事件を直接の契機としてなされたことが認められるが,前記内海会長事件における原告の反抗的な態度は,原告には適切な責任の取り方,応用的な判断力が不十分であることの証左ともいえるので,前記内海会長事件が本件降格処分の直接の契機となったことをもって右判断が左右されるものではない。

二  争点2について

1  事実認定

前提事実3と,証拠(<証拠・人証略>)並びに弁論の全趣旨によると,次の事実が認められ,右認定に反する証拠はない。

(一) 原告に対する基本給は,平成6年4月1日付昇給により職能給4級11号の月額23万1800円とされたが,平成7年4月1日付昇給では人事評定上Eランク,3級24号の月額23万4600円(昇給額2800円,昇給率前年比約1.2パーセント)と決定され,平成8年4月1日付昇給では人事評定上Eランク,3級25号の月額23万6500円(昇給額1900円,昇給率前年比約0.8パーセント)と決定された。

(二) 因みに,被告の従業員に対する平均昇給率は,平成7年4月1日付昇給が3.34パーセント,平成8年4月1日付昇給が3.39パーセントであった。

(三) 原告は,平成6年7月8日の内海会長事件で内海会長に反抗的態度をとった後,三島生産本部長又は野田郷分事業所長より少なくとも同年12月,平成7年7月の2回にわたり現経営陣批判の件で謝罪するよう説得されたが,原告の信念に反するとの理由で謝罪せず,被告の不利益な処遇は甘んじて受けるとの意思を表明した。

(四) ところで,被告の賃金規程によると,基本給は年齢給,勤続給,職能給で構成され,定期昇給は原則として年1回(4月)を例とされ,昇給は人物・技能・勤務成績及び社内の均衡などを考慮して行われる。

(五) また,被告の従業員は就業規則第20条(服務心得)により,「所属上長の指示に従い互いに協力すること」「規律を重んじ秩序を保つこと」「会社の内外を問わず(中略)会社の名誉,信用を傷つけるような行為をしないこと」が求められている。

2  判断

以上の事実によると,原告は就業規則上の服務心得により,「所属上長の指示に従い互いに協力すること」「規律を重んじ秩序を保つこと」「会社の内外を問わず(中略)会社の名誉,信用を傷つけるような行為をしないこと」が求められているにもかかわらず,内海会長事件を起こした(内海会長事件は現経営陣のトップを批判することを内容とするところ,右は会社自体の名誉,信用を傷つけるような行為に当たるものと評価される。)後,三島生産本部長又は野田郷分事業所長より少なくとも平成6年12月,平成7年7月の2回にわたり現経営陣批判の件で謝罪するよう説得されたが,原告の信念に反するとの理由で謝罪せず,被告の不利益な処遇は甘んじて受けるとの意思を表明したのであるから,被告内の秩序は乱れたままの状態が継続しているものというべきであり,この様な点などを重視して被告は原告に対して前認定のとおり平成7年4月1日付昇給では人事評定上Eランク,3級24号の月額23万4600円(昇給額2800円,昇給率前年比約1.2パーセント)と決定し,平成8年4月1日付昇給では人事評定上Eランク,3級25号の月額23万6500円(昇給額1900円,昇給率前年比約0.8パーセント)と決定したものと推認される。

ところで,前述のとおり企業の行う人事考課は,その性質上広範な裁量に委ねられるから,査定方法が不合理であるとか,恣意的になされたものと認められない限り,適法なものというべきである。換言すると,右の例外的な場合(査定方法が不合理であるとか,恣意的になされたものと認められる場合)には不法行為を構成するものというべきであるところ,以上の事実によると,本件各昇給決定には合理的な理由があり,その査定方法が不合理であるとか,恣意的になされたものとは到底認められない。

よって,本件各昇給決定は違法ではない。

三  争点3について

1  事実認定

前提事実4と,争点1,2で認定した事実と,証拠(<証拠・人証略>)並びに弁論の全趣旨によると,次の事実が認められ,右認定に反する証拠はない。

(一) 前提事実4の事実。

(二) 原告の平成5年12月期までの賞与のための業績評定においては,原告はCランクの評価を受けていたが,内海会長事件(これは平成6年7月期の賞与の査定対象期間後に起きている。)後の平成6年7月期の賞与のための業績評定においては,E-ランクの最低評価を受け,56万4000円の支給を受けた。

(三) 原告の平成6年12月期,平成7年及び平成8年の各7月期,12月期の賞与のための各業績評定においては,被告は,原告が賞与支給規程第5条に定める(3)「社内の秩序を乱す者」及び(4)「上司に反抗し,又はその指示に従わない者」に当たるとして,賞与を支給しない旨の決定をし,ただ恩恵的に原告に対し,右各支払期の順にそれぞれ23万1800円(これは基本給の1か月分に相当する。),23万4600円,各40万円を各支給した。

(四) 右(二),(四)の各支給は,内海会長事件及びその後の原告の謝罪しない態度に起因していた。

2  判断

(一) 以上の事実によると,被告は,内海会長事件が平成6年7月期賞与の査定対象期間後に起きているにもかかわらず,しかも従前の原告への査定はCランクであったにもかかわらず,右同期分は最低のE-ランクの最低評価に基づいた支給をし,かつ,その後は賞与を支給しない旨の決定をし,ただ恩恵的に原告に対し,賞与の一部相当分を各支給したが,右各支給は内海会長事件及びその後の原告の謝罪しない態度に起因していたのであるから,右各支給は原告が内海会長事件を起こしたこと及びその後の原告の謝罪しないことへの制裁としてなされたものというべきである。

(二) ところで,労働基準法第91条は「就業規則で,労働者に対して減給の制裁を定める場合においては,その減給は,一回の額が平均賃金の1日分の半額を超え,総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならない。」と規定し,同法第11条は「この法律で賃金とは,賃金,給料,手当,賞与その他名称の如何を問わず,労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。」と規定するところ,右各支給(賞与)は右第91条所定の「賃金」に含まれると解する。

よって,被告の賞与支給規程第5条に定める(3)「社内の秩序を乱す者」及び(4)「上司に反抗し,又はその指示に従わない者」に該当する者に対しては賞与を支給しなくてもよい旨の規定は,それが労働基準法第91条所定の制裁規定に反する限度で無効であるというべきである。

(三) そうすると,被告は原告に対して賞与を全く支給しないとすることはできず,一部支給しないとすることができるとしても,労働基準法第91条「(前略)総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならない。」所定の10分の1の限度で減額できるに止まり,その限度を超えて減額した部分は原告の受給権に対する違法な侵害として不法行為を構成するものといわざるを得ない(なお,平成6年7月期の賞与については,その評価はE-ランクで,その支給率は0.93であるから,労働基準法第91条に違反しない。)。

四  争点4について

1  役付手当関係

前認定のとおり,本件降格処分は,違法とはいえず,不法行為を構成しないので,原告の役付手当関係の主張は採用できない。

2  昇給差額関係

前認定のとおり,本件各昇給決定は,違法とはいえず,不法行為を構成しないので,原告の昇給差額関係の主張は採用できない。

3  賞与差額関係

争点3で述べた理由により,原告の本件各賞与関係の損害額を算定すると,別表記載のとおり,合計105万2256円となる。

4  慰謝料関係

前認定のとおり,本件降格処分は,違法とはいえず,不法行為を構成しないので,本件告示も不法行為を構成しないものというべきであるから,原告の慰謝料関係の主張は採用できない。

五  争点5について

前認定のどおり,本件降格処分は,違法とはいえず,不法行為を構成しないので,本件告示も不法行為を構成しないものというべきであるから,原告の本件謝罪告示請求は理由がない。

六  結論

以上の次第で,原告の本訴請求は,被告に対し,賞与差額関係の損害である105万2256円及びこれに対する平成9年5月28日(本訴状送達の翌日が右同日であることは本件記録上明らかである。)から支払ずみまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,右限度で認容し,その余の請求はいずれも理由がないから,棄却することとする。

(裁判長裁判官 片岡勝行 裁判官 佐茂剛 裁判官 水野将徳)

別表

<省略>

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