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広島地方裁判所 昭和63年(ワ)860号 判決 1990年4月25日

原告 森原正夫

被告 国

代理人 吉川愼一 吉田光義 ほか五名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、五〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年六月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、駐車違反の反則金として五〇〇〇円を納付した原告が、被告国を相手方として、不当利得を理由にその返還を求めている事案である。

一  反則行為の告知、反則金の仮納付(争いがない)

広島県警察官は、「原告は、昭和六一年六月一二日午後二時一〇分ころ、駐車禁止場所である豊田郡川尻町十文字ロータリー南方約二キロ付近道路(以下「本件道路」という。)において、自家用貨物自動車を一〇分間駐車した。」とし、これを交通反則行為と認め、昭和六一年六月一三日、原告に対し、道路交通法(以下「法」という。)一二六条一項に基づき、交通反則告知をした。

右告知を受けた原告は、昭和六一年六月一六日、被告に対し、反則金相当額である五〇〇〇円を仮納付した。

二  通告

広島県警察本部長は、前記告知の報告を広島県警察官から受け、原告が当該告知に係る種別に属する反則行為をした反則者であるか否かの認定を行い、原告の仮納付の事実を確認した後に、法一二九条二項の公示通告の措置を取った(以下「本件通告」という。弁論の全趣旨により認められる。)。これにより、前記仮納付は、法一二九条三項に基づき、反則金の納付とみなされた。

三  争点

不当利得を理由に反則金の返還請求をできる場合とはどのような場合か、本件はその場合に該当するかが本件訴訟の争点である。

この点についての原、被告の主張は次のとおりである。

1  原告の主張

被告は、不当利得返還請求ができる場合を限定しているが、そのように限定すべき合理的根拠はない。

原告が本件道路に駐車した経緯、状況は次のとおりであり、原告は違法な反則行為をしていないのであるから、被告は、原告が納付した反則金を返還すべきである。

(一) 原告は、広島県の発注に基づき、孫請負として、本件道路付近において、道路上に覆いかぶさって、運転者の視野を妨げ、あるいは車体に接触して交通事故の原因となるべき登山道路両側に成育する樹木の枝を除去する作業に従事していたのであり、その作業に欠かすことのできない車両を、作業中の標識をした上で、駐車させていたのである。

したがって、右駐車は正当な業務行為であって何ら違法性はない。

(二) また、原告が駐車していた時間は、一〇分ではなく、五、六分程度である。

2  被告の主張

いったん納付された反則金の返還を求める民事訴訟は、通告の相手方(具体的には、警察官が現認した反則行為者は甲であるのに、乙に対して通告した場合)あるいは法律関係(具体的には、二重通告の場合における後の通告、非反則行為についての通告、非反則者の反則行為についての通告、種別違いの反則行為についての通告)などについて通告自体に重大な瑕疵が存在するため、新たに事実調べを行うまでもなく、通告が当然に無効とされるべきものであることが明白な特殊例外的な場合を除いては、一切許されるべきでない。

しかるに、本件請求は、本件通告の対象となった駐車違反は正当業務行為であって、その違法性を欠くから反則金の返還を求めるというものであり、仮に原告の駐車違反が正当業務行為に該当するか否かについての判断に誤りがあったとしても、それは、行為に対する違法性の評価の誤りにすぎないのであって、これが通告の当然無効を来すがごとき重大な瑕疵とは到底解されない。

また、原告は、本件違法事由が存在することを知りながら、本件仮納付をしたのであるから、かかる場合、原告の請求は認められるべきではない。

第三争点に対する判断

一  法一二六条ないし一二九条によれば、反則金の納付及び仮納付の概略は次のとおりである。

1  警察官は、反則者があると認めたときは、その者に対し、すみやかに反則行為となるべき事実の要旨等を告知し、警察本部長に対し、その旨を報告する。

2  警察本部長は、告知を受けた者が告知どおりの反則行為をした者であると認めたときは、その者に対し、反則金の納付を書面で通告する。右通告を受けた者は、国に対し、当該通告を受けた日の翌日から起算して一〇日以内に反則金を納付することができる。右納付がなされれば、当該通告の理由となった行為に係る事件については、公訴を提起されない。

3  警察官から前記告知を受けた者は、告知を受けた日の翌日から起算して七日以内に、反則金に相当する金額を仮に納付することができる。警察本部長の前項の通告は、右仮納付をした者に対しては、公示の方法で行う。この通告があったときは、仮納付は前項の納付とみなされ、仮納付者は公訴を提起されない。

二  右によれば、反則金の納付は、法で定められた通告に基づいてなされるものということができるから、右通告が存在すれば、納付につき法律上の原因が認められるというべきである。したがって、通告が存在することを前提に、納付者が、国を相手方として不当利得を理由とする反則金の返還請求をする場合には、納付者は、右通告が無効であることを主張、立証する必要がある(もっとも、右主張、立証が奏功した場合でも、国は、民法七〇五条、七〇八条等の事由を主張、立証して、返還請求を争うことは可能である。)。

そこで、次に、いかなる場合に通告が無効となるかについて検討するに、法一二七条一項、一二九条二項に定める通告は、反則金の納付等を通知する行政上の措置であり、行政行為の一種(準法律行為的行政行為。なお、抗告訴訟の対象となる処分でないことは最判昭和五七年七月一五日民集三六巻六号一一六九頁参照)と解されるから、行政行為としての通告が無効となるのは、通告に内在する瑕疵が重大でかつ明白な場合に限られると解するのが相当である。

具体的には、警察本部長が、非反則者を反則者と誤って認定した上で通告をした場合(例えば、無免許者を運転免許を受けたものと誤認してした通告は無効である。最判昭和五四年六月二九日民集三三巻四号三八九頁参照)、法一二五条の反則行為に該当しない行為を誤って反則行為として通告した場合、既になされている通告を再度した場合等がこれに該当するというべきである。

しかるに、本件訴訟において通告の無効事由として原告が主張するのは、実際の駐車時間は反則行為として認定された一〇分に満たない五、六分程度である(この程度であれば反則行為としての駐車行為には当たらないとの主張をする趣旨と思われる。)との点と、駐車行為は正当業務行為であって違法性を欠くとの点との二点である。しかしながら、本件通告の対象とされた反則行為が存在したことは、駐車時間の点を除き原告も認めていることに加え、仮に、本件訴訟での審理により、原告が主張する前記二点の事由が認められたとしても、本件通告がなされた当時において、これらの事由が客観的に明らかであったとは認め難いことを合わせ考慮すると、原告主張の前記各事由が存在するとしても、これをもって本件通告に重大かつ明白な瑕疵があると認めることはできないというべきである。

三  なお、原告は、刑事事件における審理と同様の審理を行った上、反則行為が不成立と認められれば、通告は当然に無効となる、あるいは、通告の有効、無効を問うまでもなく、反則行為が成立しない以上、当然に反則金の返還を不当利得として返還請求しうるとの観点から、本件請求を行っているようである。

しかしながら、通告が無効か否かは、反則行為が成立するか否かの観点ではなく、通告に重大かつ明白な瑕疵が内在するか否かの観点から検討すべきことは先に述べたとおりである。

また、通告の有効、無効に関わりなく、反則行為が不成立であれば反則金の不当利得返還請求をなしうるとの趣旨の主張を採用し難いことは次に述べるとおりである。すなわち、反則行為は、本来犯罪を構成する行為であり、その成否も刑事手続において審判されるべきものであるが、交通反則通告制度においては、大量の道路交通法違反事件処理の迅速化等の目的から、反則者がこれによる処理に服する途を選んだときは、刑事手続によらないで、事案の終結を図ることとしたものである。かかる制度を設けた法の趣旨に照らせば、本来刑事手続における審判対象として予定されている事項をそのまま民事訴訟手続で審判することを法が容認しているとは到底考えられないところである。しかるに、不当利得返還請求訴訟において、無制限に反則行為の不成立を争えることを認めることは、違反事実の認定に不服のある者に対し、とりあえず反則金を納付して刑事手続における審理の煩わしさを回避した上、民事訴訟において違反事実の存否を争う手段を認めることに繋がるのであり、これが、交通反則制度を設けた法の趣旨に反することは明らかである。したがって、前記主張は採用し難い。

四  よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田俊雄)

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