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広島地方裁判所 昭和63年(ワ)300号 判決 1991年10月31日

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  原告ら

1  被告は、原告﨑田豊に対し金五三九〇万〇三九〇円、同﨑田章雄に対し金三三四万八六四〇円、同﨑田テル子に対し金三三〇万円及び右各金員に対する昭和六二年七月二五日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  主文と同旨

2  仮執行宣言が付される場合は、担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  本件事故の発生

原告﨑田豊(以下原告豊という)は昭和六二年四月広島市立安佐南中学校に入学し、同年五月一一日頃クラブ活動として柔道部に入部したものであるが、同年七月二五日正午頃同校体育館において柔道部の練習中に同部の二年生の訴外小田徳晴(以下小田という)に大外刈の技をかけられて転倒し、頭部を強打して意識不明に陥り、右急性硬膜下血腫の傷害を受けた。

2  責任

(一) 原告豊は右柔道部に入部するまでは柔道をしたことがなく、入部してから本件事故に至るまで僅か二か月足らずであったが、小田は柔道初段の腕前であり、原告豊が柔道の初心者と知りつつ危険極まりない大外刈りの技をかけた。

(二) 本件事故発生日は県大会の試合を翌日に控えた強化練習の最後の日であり、当日午前九時から練習があり、原告豊は連日の強化練習で相当疲労困ぱいしていた。

(三) 本件事故当時、柔道部の指導責任者である訴外引地慶議教諭(以下、引地教諭という)が練習に立ち会い、指導監督に当っていたが、引地教諭は、原告豊の柔道についての熟達度(能力)、技能を的確に把握し、これに見合った指導をすべきであるのに、新入生についてその入部の時期、上達の程度等に関係なく皆同じような練習をさせ、小田が初心者である原告豊に危険な技をかけようとしているのを制止せず、また、原告豊の疲労度を看過し、漫然と自らが独断で策定した練習計画に基づき、翌日の柔道の県大会のために練習を続行し、生徒の安全確保について適切な措置をとらなかった。しかも、引地教諭は本件事故発生後約一時間近く原告豊を柔道場に放置していた。

(四) 本件事故は、被告の教育職員である引地教諭の右過失によって発生したものであるから、被告は国家賠償法一条一項により原告らが本件事故により被った損害を賠償する責任がある。

また、引地教諭の右過失は被告の安全配慮義務違反でもあるから、被告は債務不履行により右損害を賠償する責任がある。

3  損害

(原告豊)

(一) 慰藉料 金一五二〇万円

(1) 原告豊は、本件事故当日日比野病院に入院し、右急性硬膜下血腫と診断され、開頭術、血腫除去術、外減圧術を受けたが、同原告の意識不明は約二〇日間も続き、昭和六二年一一月三〇日まで入院治療を受け、翌一二月一日から本訴提起まででも四か月近く通院している。したがって、右傷害に基づく慰藉料は金二二〇万円が相当である。

(2) 右入通院治療にもかかわらず、原告豊には記憶力低下、左手の震え、麻痺等があり、日常の生活が全体的に鈍くなっている。また、何時けいれんが起きるかわからない状態にあり、抗けいれん剤を服用している。原告豊は本件事故後休学中であり、勉学の遅れから復学後は再度一年生からやり直しを余儀なくされる。したがって、右後遺症等による慰藉料として金一三〇〇万円が相当である。

(二) 後遺障害による逸失利益金三三四〇万〇五九〇円

原告豊(昭和四九年六月二八日生れ)には後遺障害第五級の障害があるといえるため、労働能力を七九パーセント喪失した。昭和六一年賃金センサス男子一八、一九歳平均額にベースアップ分として五パーセント加算した金額を基に逸失利益を計算すると右金額になる。

(三) 入院雑費 金一五万四八〇〇円

一二九日間入院したが、その間の雑費を一日金一二〇〇円として計算。

(四) 付添看護費 金六四万五〇〇〇円

右入院期間中、原告テル子が医師の指示で付き添った。右看護費を一日金五〇〇〇円として計算。

(五) 弁護士費用 金四五〇万円

(原告章雄)

(一) 慰藉料 金三〇〇万円

原告章雄及びその妻原告テル子は原告豊の父母であるが、原告豊が意識不明のまま開頭術を経て生死の間をさまよう約二〇日間は死にもまさる苦痛を受け、原告豊の意識が何とか回復した後においては、その将来について世間並みの生活ができるかどうか、異常症状が起こらないか否か危惧するなど、言語に絶する精神的苦痛を受けている。

(二) 休業損害 金四万八六四〇円

昭和六二年七月二五日から同年八月一日までの間病院で原告豊に付き添い、その間勤務を休んだため、金四万八六四〇円が不支給となった。

(三) 弁護士費用 金三〇万円

(原告テル子)

(一) 慰藉料 金三〇〇万円

(二) 弁護士費用 金三〇万円

4  よって、被告に対し、原告豊は右損害合計金五三九〇万〇三九〇円、原告章雄は金三三四万八六四〇円、原告テル子は金三三〇万円、及び右各金員に対する本件事故発生日の昭和六二年七月二五日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する答弁

1  同1のうち、原告豊が昭和六二年四月広島市立安佐南中学校に入学し、クラブ活動として柔道部に入部したこと、同年七月二五日同校体育館で柔道部の練習中に同校二年生の小田に大外刈りの技をかけられたこと、病院で右急性硬膜下血腫と診断されたことは認めるが、その余の事実は不知。原告が柔道部に仮入部した日は同年四月二〇日であり、その後は柔道部の練習に参加している。

2  同2の(一)のうち、小田が柔道初段の腕前であることは認めるが、大外刈りが危険極まりない技であることは否認する。大外刈りは安全で基本的な技と位置づけられている。

同2の(二)のうち、原告豊が相当疲労困ぱいしていたことは否認する。

同2の(三)のうち、引地教諭が柔道部の指導責任者であり、同人が、練習中、指導監督に当っていたことは認めるが、その余は争う。

原告豊は仮入部後約三か月間柔道の練習をし、受身を十分に習得していた。本件事故前にも原告豊は小田と数多くの乱取り練習及び回し乱取り練習の経験があり、その中で大外刈りを何度もかけられたことがあるが、その際受身は十分にできていた。また、大会にも四回出場していた。大外刈りは安全で基本的な技であり、受身を十分に習得した原告豊に小田が右技をかけることを引地教諭が許容したことに過失はない。本件事故は、一連の攻撃、防禦の動作の中で起こった偶発的なものである。また、本件事故発生時刻は午後一二時二〇分頃であり、同日一二時二五分には救急車を依頼しており、事故後の措置においても引地教諭に過失はない。

同2の(四)は争う。引地教諭は全日本柔道連盟の六段の資格をもち、柔道指導の経験も豊富である。同人は練習には必ず立ち会い、部員に「受身を確実に行う。力まかせに投げるのではなくタイミングで投げる。」等の指示、注意を与えたりし、部員の技能に応じた適切な指導をしており、練習内容は適切であった。

3  同3は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一  原告豊が昭和六二年四月広島市立安佐南中学校に入学し、クラブ活動として柔道部に入部したこと、同年七月二五日同校体育館で柔道部の練習中に同校二年生で柔道初段の小田に大外刈りの技をかけられたことは当事者間に争いがなく、<書証番号略>及び証人引地慶議(第一回)、同小田徳晴の各証言によれば、原告豊は右技をかけられたため、後頭部を畳に強打し、右急性硬膜下血腫の傷害を受けたことが認められる。

二  そこで、右本件事故発生までの原告豊の練習の状況及び本件事故発生の状況についてみるに、<書証番号略>、証人引地慶議(第一、二回)、同小田徳晴、同藤井幹夫、同川口一郎の各証言を総合すると、原告豊は昭和六二年四月二〇日柔道部に仮入部(正式入部は同年五月一一日)し、同年四月末現在における柔道部員は三年生六名、二年生六名、一年生一一名計二三名(内八名が初段)であったこと、原告豊は右仮入部の翌日の同月二一日から練習を始め、柔道を習うのは初めてであったが、指導責任者である引地教諭の指導の下に約二週間は専ら受身の練習をし、その後は大腰、大外刈り等の打込み練習、約束投げ練習をし、約一か月後の同年五月二一日頃から乱取り練習を始め、その最初の一、二週間は同じ一年生と練習をし、その後は上級生とも自由に乱取り練習をするようになったこと、そしてその頃から二年生で初段の小田とも乱取り練習をし、同人とは本件事故までに約三〇回位は乱取り練習をしたこと、同人は大外刈りが得意で、原告豊は同人から同技を数多くかけられて倒されたが、受身をして頭を強く打つようなことはなかったこと、柔道部の練習は原則として毎日で、一日の練習時間は約二時間ないし二時間半であり、受身、打込み、約束投げ、乱取りの順に練習をしたこと、引地教諭は全日本柔道連盟の六段で昭和三六年から中学校で柔道の指導をしていたが、右柔道部の練習の際には常に立ち会い、部員に対して絶えず、「技は力まかせでなくタイミングで投げること、大外刈りは引き手を離さないこと、受身は確実に行うこと、気を引き締めて練習をすること」等の注意を与えて指導し、部員の練習状況を監視していたが、原告豊は受身を習得し、これを確実にしていたとみられたこと、県大会等の対外試合があるときは、その一週間前から右通常の練習に加え、部員全員参加による回し乱取り練習(正選手のうち二人が、他の部員を順次相手にして試合形式で練習する。)を約三、四〇分していたが、原告豊もこれに参加していたこと、同原告は同年六月二一日に開催された対外試合に出場し、本件事故までに三回右大会に出場したこと、同原告は同年六月下旬頃からは民間の柔道の道場に週二回通って一回二時間位練習をしていたこと、本件事故のあった同年七月二五日は夏期休暇中であり、午前九時から約二時間半練習をし、その後、翌日の県大会に備え、一週間前からしていた回し乱取り練習を二組にわかれてしたこと、原告豊は当日朝及び右回し乱取り練習をする際も健康状態は普段と変わりなく、疲労している様子はみられなかったこと、回し乱取り練習は、回される部員は自分の番が来たときにだけ乱取りをするものであるから、きつい練習ではないこと、右当日小田が回す側の選手として順次他の部員と試合形式で練習をし、原告豊とこれをした際、小田は同原告に一連の動きの中で大外刈りの技をかけ、その技が余りにもタイミングよくきまり、小田が力が余って体勢をくずして同体となって一緒に倒れ、そのため原告豊は受身を十分にすることができないまま転倒して後頭部を畳に強打し、同日午後一二時一〇分頃本件事故が発生したこと、引地教諭は直ちに同原告を練習場の隅に移動させ、舌をかまないように応急措置をして救急車を呼び、同日午後一二時三五分頃救急車が到着して日比野病院に同原告を運んだことが認められ、右認定に反する原告﨑田章雄本人尋問の結果は前記証拠に対比して採用できず、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

三  ところで、成立に争いがない<書証番号略>、証人守山洋、同川口一郎の各証言によると、柔道は相手を投げる等をする競技であるため一般的に危険を伴うものであり、大外刈りについて言えば、同技は柔道の基本的な技であるが、タイミング等によっては後頭部を打つ危険性があるから、初心者は受身を十分に練習し、有段者から速くどのような体勢で技をかけられても、それに対応して受身を確実にすることができるようになるまでは、試合形式の回し乱取り練習に参加させるべきではないこと、しかし、右受身が確実にできれば、有段者と試合をしても通常事故は発生しないことが認められるところ、前記認定の原告豊の約三か月にわたる練習状況に照らすと、同原告は本件事故当時においては右にいうところの受身を習得し、これを確実に行う技能を有していたと引地教諭が判断したのも相当であったということができ、しかも、小田とは本件事故前数多く乱取り練習をし、危険を感じさせる状況はなかったものであり、また、同原告が特に疲労していた様子もなかったから、引地教諭が原告豊を小田と回し乱取り練習をさせたことが、安全配慮の面において不適切であったといえず、この点に過失があったということはできない。

四  また、引地教諭は本件事故後直ちに救護措置を講じており、その他原告豊が柔道を練習する上において、同原告の安全配慮に欠けるところはなかったということができる。

五  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉岡浩)

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