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広島地方裁判所 昭和63年(ワ)269号 判決 1990年4月23日

原告

村上利春

被告

蔵本治久

ほか二名

主文

一  被告蔵本治久は、原告に対し、金三九〇万三八三九円及びこれに対する昭和六一年一一月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告日本火災海上保険株式会社、同シグナ・インシユアランス・カンパニーは、原告に対し、それぞれ金三四五万円及びこれに対する昭和六二年九月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告蔵本治久は、原告に対し、金七六八万五九八五円及びこれに対する昭和六一年一一月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告日本火災海上保険株式会社、同シグナ・インシユアランス・カンパニーは、原告に対し、それぞれ金三七九万五〇〇〇円及びこれに対する昭和六二年九月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故(以下、「本件事故」という)の発生

(一) 日時 昭和六一年一一月一三日

(二) 場所 広島県佐伯郡湯来町葛原魚切ハイツ入口東方二〇〇メートル先路上

(三) 加害車両 被告蔵本治久(以下、「被告蔵本」という)運転の普通乗用自動車

(四) 被害車両 原告運転の普通乗用自動車

被害者 原告

(五) 態様 被害車両が本件事故現場を走行中、加害車両が反対方向からセンターラインを越えて走行してきたため、正面衝突した。

2  責任原因

(一) 被告蔵本

被告蔵本には、センターラインを越えて加害車両を進行させた過失がある(民法七〇九条)

(二) 被告日本火災海上保険株式会社(以下、「被告日本火災」という)

原告は、被告日本火災との間で、入院一日につき一万五〇〇〇円(一八〇日を限度とする)、通院一日につき一万円(九〇日を限度とする)の入通院保険金の支払を受ける旨の交通事故傷害保険契約を締結した。

(三) 被告シグナ・インシユアランス・カンパニー(以下、「被告シグナ」という)

原告の内縁の妻訴外中西幸枝は、被告シグナとの間で、自動車保険契約を締結したが、右契約には、原告が入院一日つき一万五〇〇〇円(一八〇日を限度とする)、通院一日につき一万円(九〇日を限度とする)の入通院保険金の支払を受ける旨の搭乗者傷害保険特約がある。

3  受傷、治療経過等

(一) 受傷

原告は、本件事故により、外傷性頸傷、外傷性調節障害、外傷性眼精疲労、右膝関節打撲、腰背部打撲捻挫、右第一趾神経損傷の傷害を受けたものである。

(二) 治療経過

昭和六一年一一月一四日から同月一五日まで

山下外科医院通院

昭和六一年一一月一六日から昭和六二年五月七日まで

山下外科医院入院(一七三日間)

その後

山下外科医院通院

昭和六二年八月一三日から同月二四日まで

県立広島病院通院

昭和六一年一一月一七日から昭和六二年二月二四日まで

久賀眼科医院通院

(三) 後遺症

原告には右第一趾神経損傷の後遺症が残存し、右後遺症は、自賠法施行令二条別表後遺障害等級(以下、「後遺障害等級」という)一四級一〇号に該当する。

4  損害

(一) 入院雑費 二二万四九〇〇円

入院中の雑費として一日当たり一三〇〇円が相当であるから、入院日数一七三日を乗じると二二万四九〇〇円となる。

(二) 休業損害 二六九万五一六〇円

原告は、本件事故当時、タクシー運転手として、一か月平均二七万六九二〇円(一日九二三〇円)の収入を得ていたところ、本件事故による受傷のため、昭和六一年一一月一三日から昭和六二年八月三一日までの二九二日間の休業を余儀なくされたから、右休業による損害は二六九万五一六〇円となる。

(三) 後遺障害による逸失利益 一六八万四四七五円

原告は、本件事故により後遺障害等級一四級一〇号に該当する後遺症が残存し、これにより今後一〇年間にわたつて労働能力を五パーセント喪失したところ、前記平均日額九二三〇円の収入を前提に逸失利益を算定すると、次の計算のとおり、一六八万四四七五円となる。

9230×365+0.05×10=1,684,475

(四) 入通院慰謝料 二五〇万円

(五) 後遺症慰謝料 九〇万円

(以下合計 八〇〇万四五三五円)

(六) 損害の填補 一〇一万八五五〇円

(八〇〇万四五三五円から一〇一万八五五〇円を差し引くと六九八万五九八五円となる)

(七) 弁護士費用 七〇万円

5  保険金額

原告が被告日本火災及び同シグナの両保険会社それぞれから支払を受けられる入通院保険金額は、次の計算のとおり、三四九万五〇〇〇円となる。

15,000×173+10,000×90=3,495,000

6  よつて、原告は、被告蔵本に対し、本件事故による損害額合計七六八万五九八五円及びこれに対する不法行為の日である昭和六一年一一月一三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告日本火災、同シグナそれぞれに対し、保険金三四九万五〇〇〇円と弁護士費用三〇万円の合計三七五万五〇〇〇円及びこれに対する原告が就労を開始した昭和六二年九月一日から支払ずみに至るまで商事法定率年六分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否及び被告らの主張

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2(一)  同3(一)につき、傷害の部位・程度は争う。

仮に、原告に外傷性頸傷等の傷害があるとしても、必要な入院治療期間は急性期の二、三週間程度であり、総治療期間も二、三か月が限度であつて、右程度を越える傷害と本件事故との間には相当因果関係がない。

(二)  同3(二)は認める。

(三)  同3(三)につき、右第一趾神経損傷と本件事故との間には相当因果関係がない。

3  同4は争う。

4  同5は争う。

被告日本火災と原告との間の交通事故傷害保険契約約款によると「当会社は原因のいかんを問わず、頸部症候群(いわゆる「むちうち症」)または腰痛で他覚症状のないものに対しては、保険金を支払いません」旨規定されているところ、原告の外傷性頸傷は他覚的所見のない頸推捻挫といわざるをえないから、被告日本火災については、右規定による免責を主張する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に各記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(本件事故の発生)及び同2(責任原因)の事実は当事者間に争いがない。

二  本件事故状況の詳細

請求原因1の事実に、成立に争いがない乙第三号証の一ないし四、第三号証の八並びに原告(第一回)及び被告蔵本各本人尋問の結果によれば、本件事故状況として、以下の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

1  被告蔵本は、加害車両を運転して時速約五〇キロメートルで本件事故現場付近を進行中、道路が下り勾配で前方がかなり大きく左にカーブしていたため、危険を感じてブレーキをかけたが、雨で路面(アスフアルト舗装)が濡れていたため加害車両を滑走させて対向車線に進入させ、折から対向進行してきた原告運転の被害車両の右前部に加害車両の左前部を衝突させた。なお、右衝突後、両車両は互いにくつついた状態で停止した。

2  右衝突時における速度は、両車両共に時速二〇ないし三〇キロメートルであつた。

3  原告は、本件事故時シートベルトを着用していた。

4  車両の破損状況については、加害車両が左側バンパー・ボンネツト・グリル凹損等(小破)であり、被害車両が右前バンパー凹損、右ライト・ウインカー破損(小破)であつた。

三  原告受傷の部位・程度

1  請求原因3(二)の事実は当事者間に争いがないところ(もつとも、山下外科医院への入院日は、後記のとおり昭和六一年一一月一五日と認められる)、右事実に、成立に争いがない甲第三ないし第六号証、第一一号証、乙第三号証の六、第四、五号証の各一ないし七、第六号証、第七号証の一ないし三、第八、九号証の各一、二、原本の存在及び成立に争いがない甲第一二、一三号証、乙第一〇号証、弁論の全趣旨により成立が認られる乙第二一号証の一、証人山下憲次郎の証言並びに原告本人尋問の結果(第一回)を総合すれば、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  原告は、本件事故翌日の昭和六一年一一月一四日、山下外科医院で受診したが、外傷性頸傷、気分不良嘔気、両眼熱感浮腫、背筋痛、右膝挫創と診断され(なお、入院時における傷病名は、外傷性頸傷、両眼熱感、右膝関節打撲、腰背部打撲捻挫と診断されている)、翌一五日から昭和六二年五月七日まで同病院で入院治療を受け(一七四日間)、更に同月八日から同年七月三一日まで同病院に通院して治療を受けた(通院実日数八四日間。なお、原告は、同年五月八日から同年六月一八日までの間、現実には同病院に入院しているが、それは風邪によるものであつて、右受傷による治療としては通院扱いであつた。又、その後も同年一〇月頃まで、私病で時々通院した)。

その間、原告は、昭和六一年一一月一七日、くが眼科医院で受診し、外傷性眼精疲労、外傷性調節障害と診断され、昭和六二年二月二四日まで通院して治療を受けた(通院実日数一〇日間)。

更に、原告は、昭和六二年八月六日、県立広島病院脳外科で頭部CT検査(コンピユーター断層撮影)を受け、又、同月一三日には、同病院整形外科で受診した結果、右第一趾神経損傷と診断され、同月二四日も通院し、同日付で右第一趾の痺れにつき症状固定とされた。

(二)  原告は、山下外科医院で入通院中、頭痛、腰痛、背部痛、眼痛、下腿の冷感等を訴え、消炎鎮痛剤等の投薬、ビタミン剤等の注射による治療に加え、湿布療法及び牽引・電気等の理学療法が行われた。なお、腰痛については、本件事故前より時々痛みがあつたが、本件事故後痛みが特に酷くなつた。

(三)  山下外科医院の診療録には原告の右第一趾の痺れについての記載は一切なく、事故後約八か月を経過した昭和六二年七月になつて初めて拇指に冷感がある旨の記載がみられる。又、右第一趾神経損傷と診断した県立広島病院の診療録には、右第一趾の痺れが生じたのは受診日の約三か月前(したがつて、事故後約六か月後)からである旨記載されている(なお、原告本人<第二回>は、右足親指の痺れは当初からあつたという趣旨の供述をしているが、右各診療録の記載内容に照らして、右供述部分を俄に採用することはできないものというべきである)。

(四)  山下外科医院におけるレントゲン検査(頸椎、腰椎、膝関節)によれば、原告の第三ないし第五腰椎には著明な骨棘形成がみられるなど既往症として変形性脊椎症の所見があるが、頸椎、膝関節には異常所見は認められない。

又、県立広島病院におけるレントゲン検査(右足)、CT検査(頭部)によれば、右足、頭部共に異常所見は認められない。

(五)  原告は、低血圧症であり、入院中の最高血圧も八〇ないし九〇mmHgで経過している。

(六)  原告の治療に当たつた山下憲次郎医師(以下、「山下医師」という)は、その診療録において、レントゲン検査により原告の変形性脊椎症(既往症)を認め、本件事故による衝突時に腰部を捻挫し、腰痛が増悪したものと考えられる旨指摘している。

又、前掲乙第二一号証の一(意見書)を作成した鈴木庸夫山形大学医学部教授(以下、「鈴木教授」という)は、右意見書において、本件事故が、原告の変形性脊椎症、低血圧症、心因性反応などによる症状が長期化した契機となつたこと自体は否定されない旨指摘している。

2  以上1の事実に前記二に認定の事故状況を併せ考慮すると、原告の受傷のうち、右第一趾神経損傷については本件事故との因果関係を認めるには十分でないが、その余の受傷である外傷性頸傷、外傷性眼精疲労、外傷性調節障害、右膝関節打撲、腰背部打撲捻挫と本件事故との間には相当因果関係を認めるのが相当である。

3  前掲乙第二一号証の一によれば、外傷性頸傷等(いわゆる鞭打ち症)による治療期間は一般に二ないし三か月程度であることが認められるところ、前記1の事実によれば、変形性脊椎症、低血圧症及び心因性反応の競合により、原告の受傷による症状が悪化し、治療が通常より長期間に及んでいることが推認されるから、右体質的素因及び心因的素因を斟酌して、損害の公平な分担という見地から、治療期間を制限しあるいは右各素因による寄与度に応じて損害額を減額する余地がないではない。

しかしながら、そもそも不法行為の被害者となる者の身心の状況は千差万別であり、加害者としても当然そのことを了知しているものというべきであるから、加害者としては原則として被害者の右状況をそのまま受け入れるべきであつて、右各素因による減額等を考慮するのは、素因の占める要素が極めて高い場合、すなわち不法行為がなくてもいずれ被害者の体質的素因を主因として損害が発生した蓋然性が高い場合や被害者の精神的・心理的状況が損害の発生・拡大に強く作用している場合等損害のすべてを加害者に負担させるのが公平の観念に照らし著しく不当と認められるような場合に限られるものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記認定の事実のみをもつてしては、いまだ右減額等を考慮すべき場合に該当するものと認めるに十分ではないし、他に右事情を認めるに足りる証拠もないから、治療期間を制限し、あるいは損害額から素因による寄与度に応じて減額するのは相当でないものというほかない。

4  なお、被告日本火災の免責約款に基づく主張について検討するに、本件事故による原告の受傷が原告の既往症である変形性脊椎症及び低血圧症による症状を増悪させた面を否定できないのであつて、他覚症状のないものということはできないから、被告日本火災の右主張は採用できない。

四  損害

1  入院雑費 一七万四〇〇〇円

原告が本件事故により一七四日間山下外科医院に入院したことは前記のとおりであるところ、経験則上、原告がその間少なくとも一日当たり一〇〇〇円の割合による合計一七万四〇〇〇円の入院雑費を要したものと推認するのが相当である。

2  休業損害 二三四万八三八九円

原告本人尋問の結果(第一回)及び右により成立が認められる甲第七号証の一ないし一〇、第八号証の一、二、第九号証によれば、原告は、本件事故当時訴外国際タクシー株式会社に勤務し、少なくとも三二八万四一四六円を下らない年収を得ていたことが認められるところ、原告は、本件事故により昭和六一年一一月一三日から昭和六二年七月三一日までの二六一日間の休業を余儀なくされたものというべきであるから、右休業による原告の損害は、次の計算のとおり、二三四万八三八九円となる(円未満切捨て)。

3,284,146÷365×261=2,348,389

3  慰謝料 二〇〇万円

本件事故の態様、原告の傷害の部位・程度、治療経過、原告の年齢等諸般の事情を勘案すれば、本件事故と相当因果関係のある慰謝料としては、二〇〇万円とするのが相当である。

(以上合計四五二万二三八九円)

4  損害の填補

原告が一〇一万八五五〇円の損害の填補を受けたことは、原告が自認するところである。

したがつて、原告の残損害額は三五〇万三八三九円となる。

5  弁護士費用 四〇万円

本件事故と相当因果関係のある損害として原告が被告蔵本に対して賠償を求めうる弁護士費用の額は、四〇万円をもつて相当と認める。

五  保険金 三四五万円

原告が被告日本火災及び同シグナの両保険会社それぞれから支払を受けられる入通院保険金額は、次の計算のとおり、三四五万円となる(なお、くが眼科医院への通院期間は、山下外科医院での入院期間と重複しているから、これを通院日数から除外するのが相当である)。

15,000×174+10,000×84=3,450,000

六  結論

してみると、原告の本訴請求は、被告蔵本に対し損害金三九〇万三八三九円及びこれに対する不法行為の日である昭和六一年一一月一三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告日本火災、同シグナそれぞれに対し保険金三四五万円及びこれに対する弁済期経過後の昭和六二年九月一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 内藤紘二)

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