大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和56年(行ウ)1号 判決 1981年5月06日

原告

有限会社クラブ豊

右代表者

頓京美代子

登記簿上の代表者代表取締役

永田豊満

右訴訟代理人

栗原淳

被告

広島法務局長

八巻正雄

被告

広島法務局登記官  藤原達也

被告両名指定代理人

麻田正勝

外二名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一先ず、被告登記官に対する請求(昭和五六年(行ウ)第一号事件)について判断する。

1  請求原因1ないし3の事実はすべて当事者間において争がない。

2  そこで、双方の主張に基づき被告登記官がなした本件各登記申請却下処分の適否について検討するに

(一)  被告登記官の主張(一)(1)の事実(即ち原告が別紙一の申請をなすにあたり規則九条四項及び五項で要求されている印鑑届書を提出しなかつたこと)は当事者間に争いがないところである。

(二)(1)  先ず、法二〇条の立法趣旨は、登記の申請書に押印すべき者(本件では原告会社の代表取締役がこれにあたる。)の印鑑をあらかじめ登記所に提出させておき、その後その者から登記の申請がなされるとき、登記所に提出しておいた右印鑑と同一のものを当該申請書に押捺させることにより、申請書面上の申請者と現実に申請をする者との同一性を担保し、もつて登記申請人の真意に基づいた登記がなされることを図るにあるものと解される。

(2)  そして、右にいう申請者の同一性を担保するという観点からすると、ここでいう印鑑は、当該申請者、即ち本件にあつては原告会社の代表取締役個人を表章するものであつて、当該個人が代表する会社を表章するものではないことになる。

ちなみに一会社に数人の代表者がある場合、例えば各自代表権を有する数人の代表者や共同代表者が同一の印鑑を提出することはできないとする登記実務の取扱(昭和四三年一月一九日民事甲第二〇七号民事局長回答)もこのような解釈を前提にしたものと考えられる。

(3)  次に、規則九条一項、附録九号の様式によると、印鑑の提出は、提出者の氏名及び生年月日等を記載した印鑑紙をもつて行うこと、規則九条四項及び五項によると印鑑届書には、登記の申請書に押印すべき者が会社の代表者である場合には、その氏名及び住所等を記載することがそれぞれ規定されている。

(4)  原告は、法二〇条についてその「登記の申請書に押印すべき者」を本件にあつては抽象的な原告会社の代表取締役、即ち、その交替等があつても同一性を失わない代表取締役そのものと解したうえで、新代表取締役が従前と同一の印鑑を使用する場合には、その印鑑は右の意義の代表取締役を表章し、ひいてその代表する会社を表章するものであるから、あらためて印鑑届書の添附を要しないものと解すべきであると主張する。

判旨(5) しかしながら、右にみたように、法二〇条によつて提出を要求されている印鑑は代表取締役の地位にある特定の自然人を表章するものであり、同条をうけた規則の該当条項もそれぞれ印鑑の提出について当該印鑑とこれを使用する特定の自然人とを結び付けた規定となつていることからすると、会社の代表者の交替があつた場合、新任者は、その使用する印鑑がたまたま前任者の登記所に提出しているものと同一であつても、あらためて、爾後当該印鑑を自らの意思に基づいて使用するものである旨表示した印鑑届書を添附すべきものと言わなければならない。

(6)  そうすると、被告登記官が別紙一記載の登記申請につき法二〇条、規則九条所定の印鑑の提出がないとして、法二四条七号により右申請を却下した処分は、その余の争点につき判断するまでもなく正当ということになる。(なお、被告登記官は右申請却下の理由として「申請書に必要な書面((決議書記名の取締役頓京幹治の印鑑証明書))の添附がない。」ことも付加しているところ、当裁判所も結論的に右書面の添附が必要と解するものであるが、右結論に到達した理由については、被告登記官の前記1(二)(2)の主張からアの部分を除き、右主張を正当とするのでこれを採用する。)

(三)  次に、右のとおり別紙一記載の登記申請に対する却下が正当である以上、同二記載の登記申請につき法二四条九号に該当するとしてこれを却下した被告登記官の処分が正当であることは当然の事理である。

3  以上のとおり、被告登記官がなした本件各登記申請却下処分はいずれも適法であるから、独自の見解に基づき右各処分の取消を求める原告の被告登記官に対する本訴請求は失当として棄却を免れない。

二次に、被告法務局長に対する請求について判断する。

1  法には、原処分(本件にあつては被告登記官の各登記申請却下処分)に対する出訴を許さず、裁決(同じく被告法務局長の審査請求棄却裁決)に対してのみ出訴を認める旨(いわゆる裁決主義)の定めがないから、行政事件訴訟法一〇条二項により、本件裁決取消の訴においては処分の違法を理由として主張することができないこと明らかである。

2  そして原告が本件において主張しているのは、被告登記官の各登記申請却下処分が法令の解釈を誤つたものであることのみであつて、右処分を支持した被告法務局の審査請求棄却裁決についても同様であり、右裁決固有の瑕疵について非難するものではない。

3  そうすると、原告の被告法務局長に対する本件裁決取消の訴も理由がないこと明らかである。

三結論

以上説示のとおり、原告の本訴各請求は理由がないからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(植杉豊 山崎宏征 橋本良成)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例