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広島地方裁判所 昭和52年(ワ)638号 判決 1979年6月29日

原告

池田健太郎

ほか一名

被告

清水利之

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告池田健太郎に対し、金一四五万九、九八三円および内金一三二万九、九八三円に対する昭和五一年五月二九日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは各自原告池田悦子に対し、金六七万七、〇七三円および内金六一万七、〇七三円に対する昭和五一年五月二九日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の各請求を棄却する。

四  訴訟費用は五分し、その一を原告らの、その四を被告らの各負担とする。

五  この判決は原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

(一)  被告らは各自原告健太郎に対し、金一六八万二、九八一円および内金一五二万九、九八三円に対する昭和五一年五月二九日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被告らは各自原告悦子に対し、金九五万三、七八〇円および内金八六万七、〇七三円に対する昭和五一年五月二九日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告らの請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  交通事故の発生

次の交通事故が発生した。

1 日時 昭和五一年五月二九日午後四時三〇分ころ

2 場所 広島市舟入本町六番先国道二号線上

3 加害車 被告清水運転の普通貨物自動車(以下「被告車」という。)

4 被害者 原告両名

5 事故態様 原告両名乗車のタクシーが信号待ちのため停車中、被告車が追突

(二)  責任

1 被告清水は前方注視義務を怠つたために本件事故を惹起したものであるから不法行為責任を負う。

2 被告会社は被告車の保有者であり、本件事故はその運行中に発生したものであるから被告会社は運行供用者責任を負う。

(三)  原告らの蒙つた傷害の内容程度

原告らは本件事故により外傷性頸椎症の傷害を蒙り、岡本病院において次のとおり治療を受けた。

1 原告健太郎

昭和五一年五月二九日から昭和五二年一月二〇日まで二三七日間通院(実通院日数五二日)

2 原告悦子

昭和五一年五月二九日から同年一二月二九日まで二一五日間通院(但し、同年七月二七日から同月三〇日まで四日間入院、実通院日数四九日)

3 原告らは右通院終了後も神経症状に悩まされている実状にある。

(四)  原告健太郎の損害(弁護士費用以外のもの)

1 休業損害 金一三一万六、四九三円

原告健太郎は大正一一年一〇月三日生まれで本件事故当時満五三歳であり、時計、服飾品等の訪問販売業を営んでいた。同人は昭和五一年一一月二日治癒と診断され、この日まで休業したから休業日数は一五八日間である。

賃金センサス昭和五〇年第一巻第一表の男子労働者学歴計年齢階級別賃金表によると、同人と同年齢階級の昭和五〇年の年間賃金は金三〇四万九、六〇〇円である。

(187,400円×12+800,800円=3,049,600円)

右金額を基礎として、同人の休業損害を算定すると金一三一万六、四九三円となる。

(3,049,600円×158/366=1,316,493円)

2 慰謝料 金五〇万円

3 損害の填補 金二八万六、五一〇円

原告健太郎は被告会社が保険契約を締結していたホーム保険株式会社から損害賠償の一部として金二八万六、五一〇円を受領した。

4 未填補の損害 金一五二万九、九八三円

1、2の合計から3を控除すると右金額となる。

(五)  原告悦子の損害(弁護士費用以外のもの)

1 休業損害 金六四万六、七六三円

原告悦子は大正一三年七月一〇日生まれで本件事故当時満五一歳であり、原告健太郎の妻として同人の事業を補助するとともに主婦として家事に従事していた。原告悦子は昭和五一年一一月二日治癒と診断され、この日まで休業したから休業日数は一五八日間である。

賃金センサス昭和五〇年第一巻第一表の女子労働者学歴計年齢階級別賃金表によると、原告悦子と同年齢階級の昭和五〇年の年間賃金は金一四九万八、二〇〇円である。

(97,600円×12+327,000=1,498,200)

右金額を基礎として、原告悦子の休業損害を算定すると金六四万六、七六三円である。

(1,498,200円×158/366=646,763円)

2 慰謝料 金五〇万円

3 損害の填補 金二七万九、六九〇円

原告悦子は被告会社が保険契約を締結していたホーム保険株式会社から損害賠償の一部として金二七万九、六九〇円を受領した。

4 未填補の損害 金八六万七、〇七三円

1、2の合計から3を控除すると右金額となる。

(六)  弁護士費用

原告らは被告らが任意の支払に応じないのでやむなく本訴の提起遂行を原告ら訴訟代理人に委任し、報酬として認容額の一割を支払うことを約した。従つて、原告らの負担する弁護士費用は次のとおりとなる。

原告健太郎 金一五万二、九九八円

原告悦子 金八万六、七〇七円

(七)  結論

被告らは各自

1 原告健太郎に対し(四)4および(六)の合計金一六八万二、九八一円および(四)4の金一五二万九、九八三円に対する本件事故発生の日である昭和五一年五月二九日以降支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金

2 原告悦子に対し、(五)4および(六)の合計金九五万三、七八〇円および(五)4の金八六万七、〇七三円に対する本件事故発生の日である昭和五一年五月二九日以降支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金

をそれぞれ支払う義務があるので、本訴に及ぶ。

二  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)の事実は認

(二)  請求原因(二)の事実は認

(三)  請求原因(三)の事実は不知

(四)  請求原因(四)の事実は、そのうち3の点は認、その余は不知

(五)  請求原因(五)の事実は、そのうち3の点は認、その余は不知

(六)  請求原因(六)の事実は不知

三  抗弁

原告らと被告会社との間において昭和五一年一一月一二日次の如き示談契約が成立し、被告会社は昭和五二年二月二一日示談金を原告らに支払つた。

1  原告健太郎につき

被告会社は同人の治療費として金二四万七、七八〇円およびその余の一切の人身損害賠償金として金二八万六、五一〇円を支払う。

2  原告悦子につき

被告会社は同人の治療費として金一八万八、六〇〇円およびその余の一切の人身損害賠償金として金二七万九、六九〇円を支払う。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は認

五  再抗弁

(一)  錯誤による無効

原告らは示談書に署名押印したことはあるが、これは原告らがホーム保険株式会社の為広真一から、原告健太郎に対する保険金は金二八万六、五一〇円、原告悦子に対する保険金は金二七万九、六九〇円になるが、ついては保険金支払手続上必要な書類に署名押印して欲しい旨頼まれ、保険金支払手続上必要な書類と信じてこれに署名押印したものであり、この際原告らは示談書であることを認識せず、従つて示談する意思はなかつたものである。

従つて、原告らの示談の意思表示にはこれに対応する真意を欠き、錯誤により無効である。

(二)  公序良俗違反による無効

仮に抗弁(一)が成立しないとしても、本件示談契約は自動車保険の実務に精通している前記為広真一が原告らの無知に乗じて現今の一般的損害賠償基準に較べて著しく低額の金額で示談したものであり、その交渉の態様および示談内容は社会的妥当性を欠く。

従つて、本件示談契約は民法九〇条により無効である。

六  再抗弁に対する認否

(一)  再抗弁(一)の事実は否認

(二)  再抗弁(二)の事実は否認

第三証拠関係〔略〕

理由

一  本件事故の発生、責任および原告らの受傷内容程度

(一)  請求原因(一)(二)の各事実は当事者間に争いがない。

(二)  成立につき当事者間に争いのない甲第一ないし第五号証および原告らの各本人尋問の結果によると、請求原因(三)の事実を認めることができる。

二  抗弁につき

抗弁事実は当事者間に争いがない。

三  再抗弁(一)につき

(一)  成立につき当事者間に争いのない(但し、示談条件欄の成立部分を除く。)乙第一、第二号証、証人為広真一の証言、原告らの各本人尋問の結果および弁論の全趣旨によると次の事実を認めることができ、この認定に明確に反する証拠はない。

1  被告は自動車事故の人身事故に関し、ホーム保険株式会社の自賠責保険の外、同社の任意保険にも加入していたので、同会社の損害査定事故処理関係を担当する社員為広真一が被告会社の代理人として原告らとの示談交渉にあたり、その結果乙第一、第二号証が作成された。

2  (1) 乙第一号証の原告健太郎の人身損害金二八万六、五一〇円は自賠責保険の損害査定要綱にもとづき次のとおり計算された。

イ 通院費 金五、〇四〇円

一日当りの通院費 金一二〇円

実通院日数(治癒と診断された日まで) 四二日

(120円×42=5,040円)

ロ 文書料 金七〇円

ハ 休業損害 金八万八、二〇〇円

一日当りの休業損害金二、一〇〇円

実通院日数(同) 四二日

(2,100円×42=88,200円)

ニ 慰謝料 金一九万三、二〇〇円

一日当りの慰謝料 金二、三〇〇円

実通院日数(同)の二倍の日数 八四日

(2,300円×84=193,200円)

(2) 乙第二号証の原告悦子の人身損害金二七万九、六九〇円も同要綱にもとづき次のとおり計算された。

イ 通院費 金四、九二〇円

一日当りの通院費 金一二〇円

実通院日数(同) 四一日

(120円×41=4,920円)

ロ 文書料 金七〇円

ハ 休業損害 金八万六、一〇〇円

一日当りの休業損害金二、一〇〇円

実通院日数(同) 四一日

(2,100円×41=86,100円)

ニ 慰謝料 金一八万八、六〇〇円

一日当りの慰謝料 金二、三〇〇円

実通院日数(同)の二倍の日数 八二日

(2,300円×82=188,600円)

3  示談の交渉にあたり、訴外為広が原告健太郎に対し、所得の証明となる資料を求めたところ、同原告は昭和五〇年度の所得税の確定申告書の控を差出したが、これは過少申告している旨断つたので、これを所得算定の基礎とすることはできなくなり、またその外にも右の資料となるべきものはなかつた。そこで、訴外為広は休業損害および慰謝料等の損害額についての自賠責保険の査定方法を説明した。

原告健太郎は、所得を証明する資料がない場合には休業損害として自賠責保険の査定金額しか認容されないものと、判断したばかりでなく、慰謝料についても右の査定金額しか認容されないものと判断して、自ら請求金額を提示することなく、訴外為広の提示した金額に対し一言の異議をとなえることもなく即時に了承して乙第一号証に調印した。

原告悦子も原告健太郎と同様、休業損害および慰謝料につき訴外為広の説明する自賠責保険の査定金額しか認容されないものと判断して、自ら請求金額を提示することなく、訴外為広の提示した金額に対し一言の異議をとなえることもなく即時に了承して乙第二号証に調印した。

(二)  右認定事実を基礎として考察する。

原告らは自分達の蒙つた休業損害および慰謝料につき自賠責保険の査定金額しか認容されないものと誤解し、この前提のもとに本件示談契約を締結したものと解される。つまり、原告らは右査定金額以上の損害が発生し、かつ、この金額の賠償請求をなしうることを知つていたならば右の示談契約に応じなかつたものであるところ、これを知らなかつたゆえに訴外為広の提示した金額を否応もなく了承したものである。

しかして、原告らは右の前提事項を訴外為広に明示的に表示したとはみられないが、原告らが同人の提示した金額に対し何らの異議を唱えることなくこれを了承したことから同人は右の前提事項を了知しえたものと解され、従つて、右の前提事項は黙示的に表示されていたと解することができる。

そうすると、原告らの本件示談の意思表示には動機の錯誤があるが、原告らは動機を表示したからこれは意思表示の内容となり、しかして原告らはこの錯誤がなかつたならば本件示談契約をしなかつたものと考えられるので、原告らの本件示談の意思表示には要素の錯誤があるというべきである。

右によると、本件示談契約は錯誤により無効である。

四  原告らの損害

(一)  原告健太郎の損害(弁護士費用以外のもの)

1  休業損害 金一三一万六、四九三円

成立につき当事者間に争いのない乙第三号証の一、二、原告らの各本人尋問の結果および賃金センサス昭和五〇年度第一巻第一表によると請求原因(四)1の事実を認めることができる。

付言すると、原告健太郎の現実の所得を直接証明する資料(例えば所得税の確定申告書など)は本件において提出されていないが、同原告は時計等の訪問販売業を営み、これにより生活を維持しうる程度の収入を得ていたことは間違いなく、また、同原告は昭和五一年八月末ころまで完全に休業し、同年九月ころからぼつぼつ仕事を始めるようになつたが、体調がすぐれないため芳しくない成績で(この点は店舗を構える営業形態の場合よりも影響を受ける程度が大きいためと考えられる。)、以前の成績に復したのは昭和五二年春ころであるから休業期間も同原告主張の通りと解しても差支えなく(通院期間中の実通院日以外の日は稼働する時間的余裕はあるものの、身体的、精神的に稼働が困難と解されるから、休業日数を実通院日数に限定するのは相当でない。)、結局、右認定金額の休業損害が発生したものと推認することが可能である。

2  慰謝料 金三〇万円

同原告の通院期間が二三七日であること(慰謝料の算定に際しては回復するに至るまでの精神的苦痛を重視すべきであるから、全通院期間を慰謝料算定の基礎とすべきである。)、現在も完全には以前の体調を回復してはいないこと等および次の減額事由を考慮すると、本件受傷により同原告が蒙つた精神的苦痛は金三〇万円と解するのが相当である。同原告は法廷において、乙第一号証につき被告の署名押印も含め必要事項がすべて記入された後に署名押印したのに不動文字以外白紙の書面に署名押印したとか、乙第一号証を一部訴外為広から交付を受けたはずであるのにこれを否定する供述をするなど重要な点において真実に反する供述をしており、これにより加害者に逆に苦痛を与えたものと解しうるので、公平の見地からこの事情を慰謝料の減額事由として考慮した。

3  損害の填補 金二八万六、五一〇円

請求原因(四)3の事実は当事者間に争いがない。

4  未填補の損害 金一三二万九、九八三円

(二)  原告悦子の損害(弁護士費用以外のもの)

1  休業損害 金六四万六、七六三円

成立につき当事者間に争いのない乙第三号証の一、二、原告両名の各本人尋問の結果および賃金センサス昭和五〇年度第一巻第一表によると、請求原因(五)1の事実を認めることができる。

2  慰謝料 金二五万円

同原告の通院期間が二一五日であること等および次の減額事由を考慮し、本件受傷により同原告が蒙つた精神的苦痛は金二五万円と解するのが相当である。同原告は乙第二号証につき法廷において乙第一号証につき原告健太郎がなしたと同趣旨の事実に反する供述をしているので、同原告の場合と同様、この事情を慰謝料の減額事由として考慮した。

3  損害の填補 金二七万九、六九〇円

請求原因(五)3の事実は当事者間に争いがない。

4  未填補の損害 金六一万七、〇七三円

(三)  弁護士費用

本件事故と相当因果関係にあるものとして被告らに対し賠償を請求しうる弁護士費用は未填補賠償額の約一割である次の金額と解するのが相当である。

原告健太郎 金一三万円

原告悦子 金六万円

五  結論

(一)  被告らは各自不法行為による損害賠償として

1  原告健太郎に対し(四)、(一)4および四、(三)の合計金一四五万九、九八三円および四、(一)4の金一三二万九、九八三円に対する本件事故発生の日である昭和五一年五月二九日以降支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金

2  原告悦子に対し四、(二)4および四、(三)の合計金六七万七〇七三円および四、(二)4の金六一万七、〇七三円に対する本件事故発生の日である昭和五一年五月二九日以降支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金

をそれぞれ支払う義務がある。

(二)  よつて、原告らの本訴各請求は、そのうち右(一)の範囲において正当としてこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三浦宏一)

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