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広島地方裁判所 昭和42年(ワ)590号 判決 1969年6月20日

原告 古川静子

右訴訟代理人弁護士 広兼文夫

同 福永綽夫

被告 正岡良次郎

右訴訟代理人弁護士 神田昭二

主文

被告は、原告に対し、金六三万円及びこれに対する昭和四二年七月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、原告

(一)  被告は原告に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和四二年七月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

二、被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二、原告の請求原因

一、原告は、昭和四一年一〇月一五日、被告から被告所有の別紙目録(一)記載の建物(以下本件建物という。)と原告の母訴外古川ラク所有の別紙目録(二)記載の土地(以下本件土地という。)に対する被告の借地権を次のような約定で譲受けた。

(一)  本件建物の代金は金八〇万円とし、本件土地の借地権の代金は金九二〇万円とする。

(二)  本件建物の代金は、昭和四一年一〇月二〇日限り、右建物の所有権移転登記手続の完了と同時に支払う。

(三)  本件土地の借地権の代金は、昭和四一年一〇月二〇日限り金六二〇万円、同四二年四月三〇日限り金三〇〇万円と二回に分割して支払う。

(四)  被告は原告に対し昭和四二年一月三一日限り本件建物を明渡すとともに本件土地を引渡す。

二、そして、原告は右約旨にしたがい被告に対し昭和四一年一〇月一七日本件建物の代金八〇万円を、同年同月二〇日本件土地の借地権の代金の内金六二〇万円をそれぞれ支払った。

三、原告は昭和四一年一〇月三一日被告を相手方として広島簡易裁判所に起訴前の和解の申立をしたところ、同年一一月一五日、同裁判所において大要次のとおりの和解が成立した。

(一)  被告は原告に対し昭和四二年一月三一日限り本件建物を明渡すとともに本件土地を引渡す。

(二)  原告は被告に対し右建物の明渡並びに土地の引渡しと同時に残代金三〇〇万円を支払う。

四、ところで被告は、本件建物の内北側表約五坪を昭和三二年頃から訴外富田彰二に賃貸していたが、右建物を原告に譲渡するに際しては被告が責任をもって右富田を立退かすことを確約していたのにかかわらず、昭和四一年一一月末頃、右富田が原告方に同年一一月分の賃料を持参したので拒絶したところ、法務局に賃料を供託して引続き右賃借部分を使用する様子が窺がわれたので、原告は昭和四一年一一月二九日広島簡易裁判所に対し右富田を相手方として建物明渡等を内容とする民事調停の申立をした。そして右調停の際調停委員会は参考人として被告を呼出したが被告は出頭せず、被告の協力を得られなかったので、原告はやむをえず昭和四二年二月一〇日右富田との間に、原告が右富田に移転補償費等として金一〇〇万円を支払って、本件建物の内富田の占有する部分約五坪を昭和四二年六月末日限り原告に明渡す旨の調停が成立した。

五、そこで、原告は昭和四二年二月一七日被告に対し金三〇〇万円を支払うとともに同年六月二九日富田に金一〇〇万円を支払って本件建物全部の明渡と本件土地の引渡を受けた。

六、よって、原告は被告に対し、被告の債務の不履行によって原告が出捐を余儀なくされた金一〇〇万円の損害賠償とこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四二年七月二七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告の答弁及び主張

一、請求原因第一ないし第三項及び同第四項中被告が本件建物の内北側表約五坪を訴外富田に賃貸していたことは認めるが、その余は不知又は否認する。同第五項は否認する。

二、原・被告間の契約締結の際、富田の立退きは原告の責任においてなす約束のもとに前記の代金が一、〇〇〇万円、明渡期限が昭和四二年一月三一日と定められたものである。このことは、原告が右契約締結後直ちに右富田に建物明渡の交渉を進めるとともに昭和四一年一一月二九日には富田を相手方として建物明渡の調停を申立てていることからも明らかである。仮に富田の立退が被告の責任だとすれば、原告はすべからく昭和四二年一月三一日の明渡期日まで被告の履行を待つのが当然で、その履行期日前に富田に立退を交渉し、その旨の調停の申立をする筈はありえない。したがって、被告には原告が富田に支払った金一〇〇万円を賠償すべき義務はない。

第四、証拠関係≪省略≫

理由

一、請求原因第一ないし第三項及び同第四項中被告が本件建物の内北側表約五坪を富田に賃貸していたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫を総合し、前記当事者間に争いない事実に徴すると、次の事実を認定することができる。

(一)  原告の母訴外古川ラクは、昭和二七年二月頃、被告に対し本件土地を建物所有の目的で賃貸し、被告が同年五月頃右地上に本件建物を建築して爾来これを被告一家の生活の本拠として使用してきたが、その後右古川ラクが右土地を他に売却する必要が生じたため、被告に対し直接あるいは他人を介してその返還方を求めて再三交渉したところ、昭和四一年一〇月一五日原告は被告から原告主張の約定で本件建物と本件土地の借地権の譲渡を受けることになり、古川ラクが右借地権の譲渡について承諾した。

(二)  ところで、右売買契約当時本件建物の表北側の一部約五坪には訴外富田彰二が被告から賃料一ヵ月金一万五〇〇円で賃借して印判屋を経営していたが、右富田については貸主である被告が責任をもって昭和四二年一月末日までに立退かせ本件建物全部を原告に明渡す旨確約したので、原告は被告に対し、昭和四一年一〇月一七日本件建物の代金八〇万円を、同月二〇日本件土地の借地権の代金の内金六二〇万円をそれぞれ支払い、同月二一日頃、右建物につき所有権移転登記を受けた。

(三)  ところが、昭和四一年一一月末頃富田が原告方に同年一一月分の家賃を持参したので、原告は富田に本件建物の一部を貸したことはないし将来も貸すつもりがないとの理由で家賃の受領を拒絶したところ、間もなく賃料を供託して原告に対する賃借権を主張し、容易に原告の立退の請求に応じないばかりか、富田の口吻からして被告も従来の言明をひるがえして富田の立退についての確約を履行する態度が全く窺われなかったが、原告としては富田の立退を被告の責任に委してそのまま放置し、期限までに富田の立退ができなくなると、本件土地建物を他に転売することが困難になってすでに本件建物買受の代金等として銀行から受けている融資の返済ができなくなるのみならず金利も嵩んで非常に困難な事態に遭遇するに至るものであるから、やむをえず昭和四一年一一月二九日広島簡易裁判所に対し、富田を相手方として、賃借権不存在確認並びに家屋明渡の調停を申立てた。

(四)  そして右調停において、原告は富田から本件建物の一部の賃借権を主張されて立退を拒絶されたばかりか同人から高額の立退料を要求されたのであるが、同人の立退については被告にその責任があることが明らかであるから、被告の協力さえ得れば円満解決するものと考え、昭和四二年二月一〇日の第二回調停期日に被告を参考人として呼出してもらったが、被告は出頭せず、協力を得られなかったので原告はやむをえず調停委員会の勧告を容れ、富田との間に移転補償費等として金一〇〇万円を支払い、昭和四二年六月末日までに本件建物の内同人の占有部分の明渡を受けることの調停をなし、同年同月二九日金一〇〇万円を支払ってその明渡を受けた。

(五)  他方被告は原告との間に明渡部分の範囲について争があり、かつ残額三〇〇万円の支払がないことを理由として昭和四二年一月末までに本件建物を明渡さなかったので、原告は広島地方裁判所執行官に建物明渡等の執行を委任し、同年二月一七日被告に対し金三〇〇万円を支払うとともに本件建物の内富田の占有する約五坪を除く部分の明渡と本件土地の引渡を受けた。

≪証拠判断省略≫

もっとも、被告は、富田の立退きは原告の責任においてなす約束であった旨主張し、証人正岡博子及び被告本人は右主張に副うような供述をしているけれども、この点に関する同人らの供述は、前掲各証拠とそごするし、もし右供述が真実であるとすれば極めて異例でしかも重要な事項であるから、前記甲第一号証(契約書)や同第四号証(和解調書)に当然その旨記載されているべき筈であるのにそのように記載されていないばかりか、かえって被告が本件建物の全部を明渡す旨記載されているのであるから、これ等の点に照して容易に措信し難く、他に右認定をくつがえして被告のこの点に関する主張を認めるに足りる証拠はない。

三、そこで前記認定の事実関係に基づき原告の損害賠償の当否につき検討するに、被告としては原告に対し富田の立退の履行を責任をもってなす旨確約していたのであるから、貸主である被告において積極的に熱意を示しておれば、同人を立退かせることは左程困難なものでなかったのにかかわらず、被告が従来の言明をひるがえして富田の立退についてその責任を否定し、なんらの努力を示さなかったため、原告をしてやむをえず富田を相手として調停の申立をさせ、ひいては原告をして前記金一〇〇万円の出捐を余儀なくせしめるに至ったのであるから、右原告に対する義務不履行によって生じた損害は、被告の責に帰すべき事由によって生じたものであるというべきである。

しかも、被告は富田の立退の履行を責任をもってなす旨確約していたところであって、これに違反すれば、当然原告が富田から立退を得られず、同人から賃借権を主張されあるいは多額の立退料を請求されるにおいては全く困難な事態に立ち至るであろうことは、被告においてたやすく察知しうるところであるから、その損害の発生も当然予想しえたものというべきである。

したがって、右原告の損害につき被告に責任があることは明らかである。

四、進んで原告の損害額について考えてみるに、原告は富田に対し移転補償費等として金一〇〇万円を支払ったことは明らかであるが、右金員全部を被告に負担させることは相当でない。けだし、右の損害額すなわち前記移転補償費等は、調停時における富田の賃借権の価格、明渡の時期等に原告と富田双方の諸事情が考慮され、それに双方の譲歩によって決定されたものであろうことは、これを窺知しうるところ、富田は当時印判屋を経営していたとはいえその賃借部分は僅かに約五坪にすぎなかったからその賃借権も左程高い価値を有するものとは考えられないのにかかわらず、原告が殊更その解決を急ぎ、富田に対する積極的な説得や被告に対する重ねての協力を求める努力をせずして富田の要求にたやすく応じたため、その移転補償費等の金額を増大せしめたものであってもし、原告が殊更その解決を急がずしかも前記のごとき積極的な努力等を尽していたならば、右のような多額の移転補償費等を支払うに至らなかったであろうことも、また疑う余地のないところである。そうだとすれば、原告において、その損害の増大を容易に防止しえたにもかかわらず、これを防止しなかったために生じた損害まで被告に負担せしめることは信義則上相当でないので、原告にもその損害の一部を負担させてしかるべきものといわなければならない。

しかして、原告が被告に求めうる損害額は、本件において原告が富田に支払うべき適正な移転補償費等の範囲に限定されるべきものというべきところ、その額は、富田と被告間の賃貸借契約の内容(賃料、期間等)、明渡猶予期間、富田の職業等諸般の事情を考慮すると、富田と被告との賃貸借契約における賃料一ヵ月金一万五〇〇円の六〇ヵ月分に相当する金六三万円をもって相当とすべく、それらを超える原告の請求は失当として排斥を免れない。

五、よって、原告の本訴請求は、被告に対し金六三万円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが本件記録に徴し明らかな昭和四二年七月二七日から右支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当であるからこれを認容するが、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤)

<以下省略>

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