大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和42年(ワ)357号 判決 1968年9月24日

原告

加屋清

ほか一名

被告

大多和良則

ほか二名

主文

被告古西昭一および同加藤哲男は、各自原告加屋清に対し金一、三八三、二三五円およびこれに対する昭和四一年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告加屋清の被告古西昭一および同加藤哲男に対するその余の請求ならびに被告大多和良則に対する請求はいずれも棄却する。

原告加屋一二三の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告加屋清と被告古西昭一および同加藤哲男との間においては、原告加屋清に生じた費用の三分の二を被告古西昭一および同加藤哲男の連帯負担とし、その余は各自の負担とし、原告加屋清と被告大多和良則との間においては同原告の、原告加屋一二三と被告らとの間においても同原告の、各負担とする。

この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告らは各自、原告加屋清(以下、原告清という)に対し金、一、四一〇、三〇五円、同加屋一二三(以下、原告一二三という)に対し金一六〇、〇〇〇円および右各金員に対する昭和四一年四月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求原因として次のとおりのべた。

一、被告加藤哲男(以下、被告加藤という)は、昭和四一年四月一日午後一一時三〇分ごろ、自家用軽四輪自動車(八広む九〇六七号。以下、被告車という。)を運転して、広島県賀茂郡八本松町大字飯田一、六九七番地先国道上を西条町方面に向い東進中、自車前方を同一方向に進行していた原告清の運転する足踏自転車の後部に自車前部を追突させて、同人を路上に転倒させ、よつて同人に対し、頭蓋内出血、左大腿骨開放性骨折等の傷害を負わせた。

二、被告加藤は、前記のとおり被告車を運転するにあたり前方注視義務を怠つた過失により、自車進路前方を同一方向に向け進行していた原告清乗用の自転車の発見がおくれたため、被告車を前記のとおり右自転車に追突させて本件事故を惹起するに至らしめたものである。

よつて、同被告は民法第七〇九条によつて本件事故に基づく後記の損害を賠償する義務がある。

三、被告大多和良則(以下、被告大多和という)は被告車の所有者で、被告古西昭一(以下、被告古西という)に被告車の保管を依頼し、自己の使用に支障のないかぎり被告古西に被告車を使用させていたところ、被告古西は被告加藤に被告車を貸し与え、これを運転させて本件事故を惹起せしめたものである。

よつて、被告大多和および同古西は、被告車を運行の用に供する者であり、その運行によつて原告らに損害を与えたものであるから、自動車損害賠償保障法第三条によつて本件事故に基づく後記の損害を賠償する義務がある。

四、原告らは本件事故により次のような損害を蒙つた。

(一)  原告清の損害

(1)  入院諸雑費等 合計金一一一、〇七〇円

診断書、治療費明細書文書料、初診料 金九〇〇円

付添人食事代(一八〇食分) 金一四、三六〇円

電気代 金二、二九〇円

社会保険一部負担金 金一、〇三〇円

扇風機購入代 金一二、〇〇〇円

交通費 金二、七二〇円

エアーサロンパス 金五〇〇円

アンカコタツ購入代 金一、八〇〇円

橋本ハマ外五名に対する家事手伝料等 金六一、〇〇〇円

布団等購入代 金一四、四七〇円

(2)  得べかりし利益の喪失 金六九二、〇一一円

原告清は本件事故当時、広島県賀茂郡八本松町浜田鉄工所八本松工場に勤務し、昭和四〇年中に右鉄工所から金八六六、一六六円の給与賞与等の所得を得ていたが、本件事故の日より昭和四一年一一月六日までの間、賀茂郡西条町武島外科に入院治療し、その後自宅療養した後、同年一二月一二日右鉄工所に復職し勤務しているが、右鉄工所における昭和四一年中の給与賞与等の所得額は金一七四、一五五円に過ぎなかつたので、少くとも昭和四〇年中と昭和四一年中の右所得の差額金六九二、〇一一円が本件事故により喪失した利益である。

(3)  慰謝料 金一、〇〇〇、〇〇〇円

原告清は極めて健康な男子で、不安のない勤労者生活を送つていたが、本件事故による受傷により前記の如く長期にわたり入院治療につとめなければならなかつた肉体的精神的苦痛は甚大で、退院後も左足は外側を向き跛行、歩行困難となり、疼痛はげしく通院治療につとめるも治癒の見込なく、この後遺症のため不具者として生涯を送らなければならなくなつた。さらに原告清は、右工場の製造主任であつたが、本件事故による身体的欠陥のため一時検査主任に本意なく配置換えさせられる等の精神的苦痛を受けたほか、労働能力も著しく減退するに至つた。

これらの事情を斟酌するときは、原告清が受けるべき慰謝料の額は金一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

(4)  弁護士費用 金一二〇、〇〇〇円

原告清は本件訴訟を弁護士広兼文夫に委任し、手数料および謝金として、同弁護士に対し金一二〇、〇〇〇円を支払わねばならない。

(二)  原告一二三の損害

(1)  慰謝料 金一五〇、〇〇〇円

原告一二三は原告清の妻であつて、原告清が本件事故により入院した昭和四一年四月二日より同年五月二〇日まで病院に泊り込み、同年五月二一日以降は訴外加屋ヒデ子に夜間病院に泊り込みを依頼し、昼間は自ら通院して付添看護した。

原告清と原告一二三の間には幼少の子供三名がいるが原告一二三が原告清に付添看護する間、子供の世話並らびに家事一切を顧みることができなかつたので、訴外橋本ハマ外五名の者にそれぞれ賃金を支払つて子供の世話家事一切、原告清の付添看護等を依頼し、また当時三才であつた女児に他家に預けて養育して貰わざるを得なかつた。

右のごとく原告一二三は本件事故以来、原告清の身体を憂い、同人の入院中は付添看護につとめて心の安まることなく、子供の世話をはじめ家事一切を顧みることができないばかりか、経済的な不安もつのるなど、本件事故により原告一二三の受けた精神的苦痛は甚大であつてこれに対する慰謝料の額は金一五〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

(2)  弁護士費用 金一〇、〇〇〇円

原告一二三は本件訴訟を弁護士広兼文夫に委任し、手数料および謝金として同弁護士に対し、金一〇、〇〇〇円を支払わねばならない。

五、よつて、被告らに対し、原告清は前記四項(一)の(1)ないし(4)の合計金一、九二三、〇八一円のうち、原告清が本件事故に関し自動車損害保険から支払いを受ける見込額金五一二、七七六円を控除した残額金一、四一〇、三〇五円、原告一二三は同項(二)の(1)および(2)の合計金一六〇、〇〇〇円、およびこれらに対する被告らが遅滞に陥つたことの明らかな本件不法行為の日である昭和四一年四月一日から各完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

被告加藤は、「原告らの請求を棄却する。」との判決を求め、答弁および抗弁として次のとおりのべた。

一、請求原因第一項および第二項の事実は認める。同第四項の事実は不知。

二、本件事故当時、原告清は相当量の酒を飲んでいたが、これがなければ本件事故は発生していなかつたか、発生していたとしても損害は軽微にとどまつたと考えられるから、損害賠償額の算定につき斟酌されるべきである。

被告大多和は、「原告らの請求を棄却する。」との判決を求め、答弁および抗弁として次のとおりのべた。

一、請求原因第三項の事実中、被告車が被告大多和の所有であることを認め、被告古西が被告加藤に被告車を貸し与えたという事実は不知、その余の事実は否認する。

二、被告大多和は、被告古西から車庫を借り受けて被告車を自ら保管していたもので、被告古西に被告車の保管を依頼したことも、同被告が被告車を使用することを許したこともなく本件事故発生当日も被告車のエンジンキーを抜きとり、ドアに施錠したうえ車庫の扉をしめておいたものであり、被告加藤が被告車を運転するに至つた事情についても全く関知していないので、被告大多和は本件事故当時被告車の運行支配を有していなかつたのであるから、本件事故による損害につき自動車損害賠償保障法第三条による運行供用者としての責任を負うものではない。

被告古西は、「原告らの請求を棄却する。」との判決を求め答弁および抗弁として次のとおりのべた。

一、請求原因第一項・第四項の事実はいずれも不知、同第三項の事実中、被告車が被告大多和の所有であることおよび被告古西が被告加藤に被告車を貸し与えたという事実を認め、その余は否認する。

被告古西は被告大多和に単に車庫を貸していたのみで、被告車の保管を依頼されたこともなく、被告車を使用することを認められていたということもない。

二、被告大多和、同古西および同加藤の間には雇用関係など何らの利害関係はなく、被告加藤の本件事故時の被告車の運行は被告古西のためのものではないので、被告古西は本件事故による損害につき自動車損害賠償保障法第三条による運行供用者としての責任を負うものではない。

〔証拠関係略〕

理由

一、原告らと被告加藤の間には請求原因第一項につき争いがなく、原告らと被告大多和および同古西との間では、〔証拠略〕により請求原因第一項の事実を認めることができる。

二、原告らと被告加藤の間に請求原因第二項について争いがなく、右事実によれば本件事故発生につき被告加藤の過失を認定できるので、被告加藤は不法行為者として後記の損害を賠償する義務がある。

三、原告らと被告大多和の間に、被告車が被告大多和の所有であることについては争いがないが、右によれば、被告大多和は被告車を自己のため運行の用に供しうべき地位にあつたと認められるところ、〔証拠略〕によれば、被告大多和は被告古西から車庫を一カ月金一〇〇〇円の賃料で借り受けて被告車を保管していたところ、被告古西が右車庫に置かれている被告車を自己の用のためときどき使用していたが、これは被告大多和からその使用を許されたものでもなく、被告大多和が右事実を知りながら黙認していたものでもないことおよび被告大多和は本件事故当日も被告車のエンジンキーを抜きとり、ドアに施錠したうえ車庫の扉を閉めておいたところ被告古西がかねて所持していた被告車のものではないが被告車に合うエンジンキーを被告加藤に貸し与えて被告車を使用させたところ、被告加藤が本件事故を惹起したものであり、被告大多和と被告加藤とは一面識もなかつたことが認められ右認定に反する被告古西本人尋問の結果の一部を採用できず他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告大多和は本件事故当時被告車の運行に関し運行支配を有していたものとは認められないので、この点の被告大多和の抗弁は理由があり、同被告に対する原告らの請求は理由がない。

四、被告車が被告大多和の所有であることおよび被告古西が被告車を被告加藤に貸し与えたという事実については原告らと被告古西の間に争いがない。〔証拠略〕によれば、被告大多和が被告古西から車庫を借りうけて被告車を保管していたところ被告古西は前記エンジンキーを所持していてこれを用いて被告大多和に無断で被告車を自己の用のためときどき使用していたことおよび被告車を被告加藤に貸し与えた際も被告大多和の承諾を受けないで右エンジンキーを利用したものであることが認められ、右認定に反する被告古西本人尋問の結果の一部は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告古西は、被告車を被告加藤に貸し与える際、被告大多和の被告車に対する支配を排除し、これを事実上自己の支配下においていたものであるから、本件事故当時被告車に対する運行支配と運行利益は被告古西に帰属していたものと認められるので、被告古西は本件事故による損害につき自動車損害賠償保障法第三条の運行供用者としての責をまぬかれることはできず、被告古西のこの点についての抗弁は採用できない。よつて、被告古西は後記損害を賠償する義務がある。

五、原告らの蒙つた損害

(一)  原告清の損害

(1)  入院諸雑費等

〔証拠略〕によれば、原告清は入院中の必要経費として、

イ 診断書、治療費明細書文書料、初診料 金九〇〇円

ロ 付添人食事代 金一四、三六〇円

ハ 電気代 金二、二九〇円

ニ 社会保険一部負担金 金九三〇円

ホ 扇風機購入代 金一二、〇〇〇円

ヘ 交通費 金二、七二〇円

ト アンカコタツ購入代 金一、八〇〇円

チ 橋本ハマ外五名に対する家事等手伝料 金六一、〇〇〇円

リ 布団等購入費 金一四、四七〇円

の合計金一一〇、四七〇円の支払いをした事実が認められる。

右のうちホ、リの二項目を除いては、右損害項目および損害額はいずれも本件事故と相当因果関係があると認められるが、右二項目につき賃料相当額の支払いを求めるのでなく新規購入代金相当額の支払いを求めうる特段の事情は、本件全証拠によるも認めるに足りない。

よつて、右合計金額から右ホおよびリの項目の金額を控除した残額金八四、〇〇〇円が原告清の入院諸雑費等損害として認められる。

(2)  得べかりし利益の喪失

〔証拠略〕によれば、原告清は昭和三五年から現在まで広島県賀茂郡八本松町浜田鉄工所八本松工場に勤務しており、昭和四〇年中右鉄工所から金八六六、一六六円を下らない給与賞与等の所得を得ていたが、原告清は本件事故により昭和四一年四月一日から同年一一月六日まで賀茂郡西条町武島外科に入院治療し、その後自宅療養して同年一二月一二日右鉄工所に復職するまで右鉄工所を欠勤したが、昭和四一年中に右鉄工所から受けた給与賞与等の所得は金一七四、一五五円であつたことが認められるが、右事実によれば、原告清は本件事故により、少くとも、昭和四〇年中の右所得額と昭和四一年中の右所得額の差額金六九二、〇一一円を下らない得べかりし利益を失つたものと認められる。

(3)  慰謝料

〔証拠略〕によれば、原告清は本件事故による受傷により昭和四一年四月一日から同年一一月六日まで七カ月余の長期にわたり入院治療し、退院後現在にいたるまでときどき通院治療を受けていることおよび後遺症として左足は右足より四糎短縮して外側を向いて跛行し、歩行も不自由な点があり、ときには、右半身にしびれ感が起こり、右手握力が低下することがあるため、それだけ労働能力が減退したことが認められるが、その他本件に現われた諸般の事情を考慮すると、原告清の蒙つた精神的苦痛に対する慰謝料としては金一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

(4)  弁護士費用

〔証拠略〕によれば、原告清は本件訴訟を弁護士広兼文夫に委任し、本訴認容額の一割を同弁護士に対する手数料および謝金として支払うべき債務を負担したことが認められるが、本件訴訟の審理の過程で明らかとなつた事案の内容、性質および認容すべき前出(1)ないし(3)の損害額ならびに当裁判所に顧著な日本弁護士連合会および広島弁護士会の各報酬規定(民事)等を参酌するに、本件弁護士費用としての金一二〇、〇〇〇円は本件事故と相当因果関係にある負担額と認める。

(二)  原告一二三の損害

(1)  慰謝料

原告一二三は被告らに対し、民法第七〇九条または自動車損害賠償保障法第三条によつて、原告一二三が本件事故によつて蒙つた精神的損害につき慰謝料の支払いを求めるが、身体的傷害の場合、被害者本人以外の配偶者に固有の慰謝料請求権を認めうるか否かについては、民法第七〇九条(自動車損害賠償保障法第三条、第四条)、民法第七一〇条、第七一一条の文言を総合して合理的に解釈する場合、被害者の身体的傷害の程度が著しく、したがつて、その「生命を害された場合にも比肩すべき、または右場合に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛を受けたときにかぎり」(最判、昭和四二年六月一三日、民集二一巻六号一四四七頁参照)、つまり右のような特別事情があるときに、自己の権利として慰謝料請求権が認められることのある場合をのぞき、一般にこれを否定するのが相当である。

〔証拠略〕によれば、原告一二三が原告清の配偶者であることは認められるが、原告清の傷害の程度等からして右のような特別事情があるとは未だ認めるに充分でないので、本件においては原告一二三の慰謝料請求はこれを認めることができない。

(2)  弁護士費用

右のとおり原告一二三の慰謝料請求権は認められないので、その請求を前提とする弁護士費用の認められないことは言うまでもない。

六、なお、被告加藤は原告清が相当量の酒を飲んでいたことが本件事故発生の原因であつたかまたは損害を拡大したと主張するが、原告清本人訊問の結果によれば、本件事故当時原告清がコツプ一杯程度の酒を飲んでいたことは認められるが、原告清の右飲酒が本件事故発生の原因となつたことあるいは損害を拡大させたことについてはこれを認めるにたりる証拠がない。よつて、被告加藤の右主張は採用しがたい。

七、以上の次第であるから、原告清の本訴請求は、被告古西および同加藤に対し各自、五の(一)の(1)の八四、〇〇〇円と(2)の六九二、〇一一円と(3)の一〇〇万円と(4)の一二万円との合計金一、八九六、〇一一円から原告の自認する控除額五一二、七七六円を控除した残額金一、三八三、二三五円およびこれに対する本件事故発生の日である昭和四一年四月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度でこれを認容し、原告清の右被告らに対するその余の請求および被告大多和に対する請求は理由がないのでいずれも棄却し、また、原告一二三の請求も理由がないのでいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を、適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 荻田健治郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例