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広島地方裁判所 昭和27年(ワ)620号 判決 1956年3月31日

原告 西日本海事工業株式会社

被告 国

被告補助参加人 堀口行松

主文

被告は原告に対し金八万六千円及びこれに対する昭和二十七年十一月三十日より完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用中、原告、被告間に生じた部分はこれを三分しその二を原告の負担、その一を被告の負担として補助参加人の参加につき原告の異議によりて生じた部分は原告の負担とし、原告、補助参加人間に生じた訴訟費用は補助参加人の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金三百八十万五千円及びこれに対する昭和二十七年十一月三十日より完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

一、原告は沈没船及び海没物資の引揚並に海運業を目的とする会社であるが、山口地方裁判所岩国支部執行吏野坂藤三郎は訴外村本登より同訴外人を債権者とし原告を債務者とする広島地方裁判所昭和二十六年(ヨ)第一二〇号仮差押事件決定の執行委任を受け昭和二十六年五月二十八日岩国市大字装束元陸軍燃料廠跡海岸でかねて原告が山九産業運輸株式会社岩国支店に保管させていた原告所有の

(イ)  ボイラー竪型(内径三尺六寸高さ九尺九寸) 一基

(ロ)  蒸気ウインチ(巻揚機)但し附属ワイヤー二百米付 一基

(ハ)  水タンク(直径三尺四寸高さ六尺六寸) 二基

(ニ)  檜木柱(元口一尺一寸末口八寸長さ四十七尺) 二本

につき仮差押を執行し、翌二十九日右債権者の代理人弁護士堀口行松の申出により右仮差押物件全部を右債権者に保管させることとしてこれを同代理人に引渡し同代理人は即日これを広島市宇品町海岸埋立地株式会社大洋海事に運搬し同会社をして債権者に代つて保管せしめた。

二、その後原告は右債権者より同二十六年十二月二十六日広島地方裁判所に右仮差押命令申請の取下書が提出され、右執行吏に対しては同二十七年三月四日有体動産仮差押解放申請書が提出されていることを知り、その解放と同時に右仮差押物件の引渡を受けるため同月十日右野坂執行吏と共に株式会社大洋海事に赴いたところ、同所に右物件は全く存在せず、調査の結果昭和二十六年十二月末頃同物件は既に右訴外会社により第三者に当該第三者により他人に順次引渡されその所有者及び所在場所は一切不明となつたことが判明し原告が引渡を受けることは不能に帰した。従つて右仮差押物件は右日時頃滅失し原告はその引渡を受け得ず所有権を喪失した。

三、しかして右の結果を生じたのは野坂執行吏の保管方法についての過失に基くものである。即ち同執行吏は、

(1)  昭和二十六年五月二十九日前敍債権者村本の代理人より自ら保管したい旨申出を受けた際同代理人より右物件はこれを他に移転し保管するつもりである旨を聞知したのであるから何処に運搬し如何なる保管方法を講ずるかを認める義務があるのにかゝわらずこれを怠り慢然同物件を右代理人に引渡し右解放申請が提出された当時もその保管場所を知らない有様であつた。

(2)  有体動産の仮差押物件はその旨を第三者に明白にするため公示方法を施すべきであるから、本件物件の如く重量物件で海上運搬により他の場所に移すにあたつては仮差押の標示等が剥落するのが当然であるので新保管場所に臨み更に標目公示書を施す義務があるのにこれをなさなかつたため前記大洋海事に保管場所を変更したのちは右物件が執行吏の占有中のものであることを第三者が認識できない状態にあつた。

(3)  仮に同執行吏が債権者代理人に対し保管場所保管方法等を確めたとしても岩国支部執行吏の職務取扱区域内に保管場所を指定すべき義務があるのにかゝわらず不注意にも右取扱区域外である広島市字品町の株式会社大洋海事を保管場所として。仮りにこれが許されるとしても職務取扱区域外であるため同執行吏は自らその保管状況の点検や監督はできないのであるから広島地方裁判所所属執行吏にこれを委嘱する等の方法を講ずべき義務があるのにかかわらずこれを怠り何等これらの措置を講じなかつた。

よつて右過失のため本件物件は失われ引渡不能となつたのであるからその責は右執行吏が自ら負うべきものといわねばならない。

四、右執行吏の過失により失われた本件物件は原告の事業経営上絶対的に必要なものであり、しかも稀少な品でその購入は著しく困難であるからこれを入手するには新たに発注製作せしめねばならぬところ原告が本件物件を喪失した昭和二十六年十二日末現在において

(イ)  ボイラー           八十万円

(ロ)  蒸気ウインチ       二百五十万円

(ハ)  水タンク二          十四万円

(ニ)  檜木柱二          二十六万円

(ホ)  ウインチ附属ワイヤー二百米 一万五千円

合計      三百八十万五千円

の費用を要するのであつて、原告は右金額相当の損害を蒙つたのである。

五、執行吏は国の公権力の行使にあたる公務員であるとこと前記野坂執行吏は右仮差押を執行しその保管の方法につき過失があつたため原告に右損害を与えたものであるから被告は国家賠償法により原告に対し右損害を賠償する義務あるものといわねばならない。よつて原告は被告に対し右金三百八十万五千円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和二十七年十一月三十日より完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めると述べ、

六、被告の答弁に対しその主張事実中訴外上山逸雄が原告取締役であつたこと本件物件が第三者の手に渡り行方不明となつたことは認めるが、訴外長西盛徳が訴外村本登に対し第三者異議の訴を提起し、示談が成立したこと、及び訴外北浜清一が執行吏に対し「仮差押執行の場所は陸揚場所であるから陸揚作業に困難を来すので速に他に運搬されたい」と申入れたことは知らない。その余の事実はすべて否認すると述べ、

七、本件仮差押執行直後訴外長西盛徳が広島市宇品町三十六番地所在の原告広島出張所に来て原告取締役上山逸雄に対し右仮差押を無効にすべく手続するからと申し虚偽の本件物件に対する売渡証書に原告印を押印させ「事件解決の際は売渡物件は直ちに返還する」旨の念書と引換に右売渡証書を持ち去つたことはあるが、右取締役上山逸雄は実質上は原告の単なる庶務係にすぎず内部的にも外部的にも何等会社を代表する権限は持つていない。仮りに右上山に代表権があつたとしても、右「売渡証書」は原告代表者武岡賢作成名義であるところ、右上山は右武岡の意思によらず擅に代表者名義の右証書を作成したのであるから偽造の文書であり、同証書の作成行為は右上山個人の行為である。と述べた。<立証省略>

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

答弁として、

一、原告主張事実第一項中本件仮差押物件が原告の所有である事実及び原告がこれを山九産業運輸株式会社岩国支店に保管させていた事実を否認し、同項中その余の事実を認め、同第二項の事実はそのうち原告が所有権を喪失したとの事実を否認し同項中その余の事実を認めその余の原告主張事実を総て否認し、

二、本件仮差押物件は本件仮差押執行前である昭和二十六年五月五日既に原告より訴外長西盛徳に対し金十五万円の債務の代物弁済として譲渡され原告は同日限り右物件の所有権を喪失したものである。よつて同物件が原告の所有であつたことを前提とする本訴請求は失当である。

三、仮りに右仮差押物件が原告の所有であつたとしても執行吏野坂藤三郎に右物件の保管方法につき何等故意過失は存しない。

即ち同執行吏は、

(1)  右債権者村本の代理人堀口行松より執行委任され即日同代理人を伴ひ本件仮差押物件の所在地に臨み同所の管理者である山九産業運輸株式会社岩国支店業務主任北浜清一に対し執行の諾否を求めたところ、同人は右執行には異議ないが同物件は原告より単に陸揚げを依頼されたにすぎず保管を委任されたことはなく、且同場所は陸揚場で同所に放置されては陸揚作業に困難を来すので速やかに他所に運搬されたい旨申入れた。そこで同執行吏はとりあえず本件物件に対し仮差押の執行ををなしたうえ右債権者代理人に保管場所につき協議したところ同代理人は同物件を責任を以つて保管する旨申入れた。

(2)  よつて同執行吏は右執行の翌日である昭和二十六年五月二十九日再び右仮差押執行現場に臨み右代理人堀口行松に対し

(イ)  保管を託された物件は誠実に管理し全責任を負ひ執行吏に迷惑をかけないこと。

(ロ)  右物件につき後日提出、提供或は返還のため提出場所を指定されたときは直ちに債権者の費用、労力を以つて指定場所に提出すること。

の条件を付し誠実に保管すべきことを命じ同代理人の口頭の申出により右債権者の関係している広島市宇品町海岸埋立地所在株式会社大洋海事倉庫に保管せしめる旨定めて本件仮差押物件を引渡し、同物件の運搬に先だち途中標示の剥落を慮り新に木札で公示方法を施して保管させた。

その後同執行吏は一、二回口頭で右債権者に対しその保管状況を尋ね保管を監督した。

のであつて同執行吏としては保管に関し万全の注意を払い、最善の方法を以つて保管者を選任したものであつて何等過失等は存しない。

四、仮りに同執行吏に右仮差押執行につき過失があつたとしても、訴外長西盛徳は本件仮差押解放前に債権者村本と示談をなした上右物件を仮差押物件であると知りながら売却処分したのであるから、仮りに右執行吏の保管方法が完全であり、保管場所が同執行吏の職務取扱区域内であつたとしても、右長西は売却処分を実行し得る関係にあつたのであつて、右執行吏の過失と右仮差押物件が第三者に譲渡されたことにより原告の蒙つた損害との間には因果関係は存しない。

五、仮に右主張理由なしとするも本件仮差押執行直後に原告会社取締役上山逸雄は不法にも訴外長西盛徳と本件仮差押を失効させ差押物件を取戻そうとの謀議をこらしその手段として原告会社社長名義の昭和二十六年五月五日右仮差押物件を原告より右長西に代金十五万円で売渡し且つこれを引渡す旨の仮装の売渡証(乙第四号証)を作成しこれを長西の手にとどめたところ右謀議に基き長西は仮差押債権者を相手取り右仮差押物件につき第三者異議の訴を提起しその証拠として右売渡証を提出し仮差押債権者をして遂に示談として右物件が長西の所有であることを認め仮差押執行解放を約するに至らしめ次で右物件保管場所たる訴外株式会社大洋海事に赴き同会社に対し右のとおり仮差押債権者との間に示談が成立した旨申向けて同会社より右物件の引渡を受けたがその後右物件は第三者の手に渡り遂に行方不明となつてしまつたものである。元来原告会社が自ら他人の共謀の上仮差押物件を執行吏を代理して保管する者の手から脱せしめるように仕向けその物件を喪失する原因を与えておきながら執行吏の保管の不行届をとがめて損害賠償を請求することは民法第七百八条の類推適用により許されないものといわなければならない。而して右上山は原告会社の取締役であるから前述の上山の行為は原告会社の行為となるべく又仮りに上山が代表権を有していなかつたとしても上山は原告会社の使用人として財産保全を含む常務を行う地位にあるところ前述の上山の行為は原告会社の財産保全につきなしたものであるから使用主たる原告会社の行為となるものである。

六、仮に右主張理由なしとするも右仮差押執行直後長西と原告会社取締役たる右上山との間には右長西が右仮差押の失効により目的物件を取戻したときは直ちにこれを原告に返還する旨の約が成立したから同人が本件仮差押物件の引渡をうけ占有すると同時に原告についても代理占有が成立し原告も引渡をうけたことになるところ長西は既に本件仮差押解放前に保管者たる訴外株式会社大洋海事より目的物件の引渡を受けたので原告も亦既に引渡を受けた結果となる。

従つてその後原告が右物件を喪失したとしてもこの結果と右執行吏の過失に基く行為との間の因果関係は右のとおり原告が右物件の引渡を受けたことにより中断したものというべきである。

七、本件仮差押物件は古品でその用をなさずスクラツプとしての価値しかないもので、その価額は合計八万六千円に過ぎないものであると述べた。<立証省略>

理由

一、原告が沈没船及び海没物資の引揚並に海運業を目的とする会社であること、山口地方裁判所岩国支部執行吏野坂藤三郎が訴外村本登の執行委任により、同訴外人を債権者として原告を債務者とする広島地方裁判所昭和二十六年(ヨ)第一二〇号仮差押事件決定に基き同二十六年五月二十八日岩国市大字装束元海軍燃料廠跡海岸で

(イ)  ボイラー竪型(内径三尺六寸高さ九尺九寸) 一基

(ロ)  蒸気ウインチ(巻揚機)但し附属ワイヤー二百米付 一基

(ハ)  水タンク(直径三尺四寸高さ六尺六寸) 二基

(ニ)  檜木柱(元口一尺一寸末口八寸長さ四十七尺) 二本

の有体動産の仮差押を執行し翌二十九日債権者村本の代理人弁護士堀口行松の申出により右仮差押物件全部を債権者に保管させることとして同代理人にこれを引渡し同代理人が即日右物件を広島市宇品町海岸埋立地株式会社大洋海事に運搬し同会社をして保管せしめたこと、右債権者より同二十六年十二月二十六日仮差押命令申請の取下書が広島地方裁判所に提出され、同二十七年三月四日有体動産仮差押解放申請書が右執行吏に提出されたこと、原告が右仮差押物件の解放と同時にその引渡をうけるため同二十七年三月十日右野坂執行吏と共に前記株式会社大洋海事に赴いたところ、同所に右物件は一物も存在せず、昭和二十六年十二月末頃既に右訴外会社により第三者に当該第三者より他人に順次引渡されその所有者及び所在場所は一切不明となり原告がその引渡を受けることは不能に帰したことは当事者間に争いがない。而して右物件が昭和二十六年五月四日以前において原告の所有であつたことについては被告の明らかに争わないところである。

二、被告は昭和二十六年五月五日原告は訴外長西盛徳に右物件を譲渡し以てその所有権を喪失した旨抗争するけれどもこの点に関する乙第四号証はその成立を認めるに由なく証人長西盛徳(第一、二回)の証言は信用し難く他に右事実を肯認するに足る何らの証左もないから被告の右抗弁は採用し難い。そうすると原告の右物件に対する所有権は昭和二十六年五月五日以後も引続き存続したものと推定すべく同年十二月末右物件が行方不明となつたこと前記のとおりであるからその時に原告が右物件の所有権を失つたと同様の結果を生じたものというべきである。

三、そこで本件仮差押執行につき執行吏野坂藤三郎に過失があつたか否かにつき判断するに、元来執行吏は特別の定がある場合のほかその職務取扱区域は所属地方裁判所の管轄区域内に限られその区域外で職務を取扱うことは許されないところであるから執行吏が他人をして仮差押物件を保管せしめんとするに際してはその者が何処でその物件を保管するかということに特に留意し、もしその者において仮差押物件の品質、形状等によりその職務取扱区域内に適当な保管の場所がないこと、その他の事情のためその区域外に搬出し保管しようとしていることを知つた場合は、執行吏としてはその保管せしめる場所を職務取扱区域内とする他の地方裁判所執行吏に執行手続続行の委任をなす等の方法を講じ以て右物件が一刻たりとも執行吏の支配を脱しないような用意をした後でなければ他人にその保管を命ずることはできないものといわねばならない。本件仮差押においてこれを見るに山口地方裁判所岩国支部執行吏野坂藤三郎が債権者村本登の委任により岩国市において本件物件の仮差押を執行し、右債権者代理人弁護士堀口行松の申出により仮差押物件を同人に保管せしめたところ同人はこれを広島市宇品町海岸埋立地株式会社大洋海事に運搬し同会社をして保管せしめたことは前記の如く当事者間に争いがないところ、広島市宇品町は広島地方裁判所の管轄区域内であることは公知の事実でありこの事実と証人北浜清一の証言によりその成立を認める乙第五号証、証人野坂藤三郎同堀口行松の各証言によれば、野坂執行吏は本件物件の適当な保管者、保管場所がなかつたため債権者代理人弁護士堀口行松を保管者としたがその際保管場所を職務取扱区域外である広島市宇品とする旨聞知したのにかかわらず軽卒にも執行吏の要求あり次第責任を以つて右物件を返還する旨を誓約せしめればその保管場所が職務取扱区域外でも構はないと誤解し広島地方裁判所執行吏に執行続行の委任をする等の方法を講ぜず単に堀口をしてその旨誓約せしめた後右物件を引渡し広島市宇品で保管せしめたことが認められ右認定を左右するに足る証拠はない。そうすると右野坂執行吏の本件仮差押の執行の仕方は違法でありその違法は同執行吏の過失に基くものといわねばならない。

しかして若し広島地方裁判所執行吏が右仮差押執行の続行の委任を受けたならば同執行吏は執行吏としての注意義務を尽して執務するであろうと推測せられるところこのような場合執行吏としては仮差押物件の保管場所に特に注意すべく債権者が更に他人をして保管せしめんとしていることを聞き取りその保管場所に同道し保管設備の具合を点検するは勿論のことその保管場所の責任者に面会しその物件は仮差押物件として執行吏の占有の下にあるものであるからいかなる場合にも執行吏の立会なくしては他人に引渡してはならない旨の注告をなす等右物件が右保管場所から従つて又執行吏の支配から逸脱することのないよう適宜の処置を講ずべき義務を負うものと解すべきであるから執行続行を委任せられた右執行吏もそのように行動するであろうと推測せられるところであり右執行吏がそのように行動したときは保管場所の責任者は特に右注告を忘却するか又は特に右注告に背く意思ある場合でない限り執行吏の立会なくして右物件を他人に引渡すことはない筈であるから本件の仮差押物件に対する原告の所有権喪失という結果は野坂執行吏が債権者において右物件を職務取扱区域外に搬出することを知りつつ他の執行吏に執行続行の委任もせず単に債権者代理人に託したことに基因するといわねばならない。被告は執行吏が債権者代理人に対し被告主張のような条件を附し誠実に保管すべき旨命じて物件を引渡したこと同物件の運搬に先だち木札で公示方法を施したこと、その後一、二回債権者に保管状況を尋ねたことがあるから執行吏に過失があつたとはいえない旨抗争するけれども被告主張の右各事実は未だ前記過失の認定を左右するに足る事情となすに足らないから被告の右主張は採用し難い。

四、被告は長西盛徳は本件仮差押解放前に債権者村本と示談をした上右物件を仮差押物件であると知りながら売却処分したから仮りに右執行吏の保管方法が完全であつたとしても売却処分を実行し得る関係にあつたので右執行吏の過失と原告の損害との間には因果関係はないと主張するが、執行吏が仮差押執行処分を解除又は取消す場合は該物件を債務者に引渡すべきであり叙上認定の如く前記長西と村本間の裁判外の示談を以つて直ちに右長西に右物件を引渡すべきものではないから被告の右主張も亦採用し得ない。

五、被告は更に前記上山、長西は通謀して本件仮差押物件を不法に取戻そうとし右物件を長西に売渡した如く仮装して第三者異議の訴を提起して仮差押を解放せしめ原告に取戻そうとし右長西はその謀議に基ずき右物件の引渡を受けたのであるから同人が原告に返還しなかつたとしても原告が自ら招いた損害にすぎずその損害の賠償を被告に対し請求するのは民法第七百八条の法理から失当である旨抗争するからこの点につき按ずるに仮に上山が被告主張のような行動に出たとしても右上山が原告取締役で原告の一般業務を担当していたが代表権を有していなかつたことは証人上山逸雄(第一回)の証言に弁論の全趣旨を綜合して明らかであり又上山の行為が仮に原告会社の財産保全のためなされたとしてもそのためそれが原告会社の行為となるものではないから仮に右上山、長西間の謀議がなされたとしても原告としてはこれに何らの関係もないというべく本件物件の引渡不能が原告の自ら招いた結果であるという被告抗弁は採用するに由がない。

六、被告は更に長西と原告会社取締役たる右上山との間に長西が右仮差押物件を取戻した後これを原告に返還する旨の約が成立したから長西が右物件の引渡を受けると同時に代理占有が成立し原告が引渡を受けた結果となつた旨抗争するけれども右上山に日常の事務ならばとも角前記のような異常な契約を締結し得る代理権限があつたことにつき立証がないだけでなく又証人上山武雄(第一回)同武岡正人の各証言証人長西盛徳(第一回)の証言の一部を綜合すれば長西は右のような契約をする以前から所有の意思を以て右物件を自己の用途に使用せんとしていたものであつて代理占有の意思は内実は欠如していたことを窺い知ることができるから代理占有関係が成立するとなし難くこの点の被告抗弁も亦失当である。

七、そうだとすると野坂執行吏は過失による違法な職務執行により本件仮差押物件に対する原告の所有権を喪失するにいたらしめたものというべきであり従つて被告は国家賠償法第一条により原告に対し右仮差押物件の喪失による損害を賠償する義務ありというべきである。

そこで損害額につき按ずるに原本の存在並に成立に争ない甲第一号証及び証人野坂藤三郎及び同長西盛徳(第一、二回、後記措信しない部分を除く)の各証言によれば本件仮差押物件は破損してその使用には修理を要し殆ど鉄屑としての価値を有するにすぎずその価格は昭和二十六年十二月末当時

(イ)  ボイラー 一基金三万円

(ロ)  蒸気ウインチ但し附属ワイヤー二百米付 一基金四万円

(ハ)  水タンク 二基金一万円

(ニ)  檜木柱 二本金六千円

計 八万六千円

にすぎないものであることが認定され、これに反する甲第九号証の記載内容及び証人水戸義明、同武岡正人、同深見一雄、同長西盛徳(第一、二回前記措信する部分を除く)の各証言並に原告代表者武岡賢尋問(第一、二回)の結果は前掲資料に照し信用し難いし他に右認定を覆すに足る証拠はない。

そうすると執行吏野坂藤三郎は本件仮差押執行に当り過失により違法な職務取扱をなし原告に右金八万六千円の損害を与たことになるから、被告は原告に対し右金額及びこれに対する本訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和二十七年十一月三十日より完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきである。

よつて原告の本訴請求は右金額の限度において正当として認容しその余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十四条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 大賀遼作 柚木淳 大前邦道)

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