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広島地方裁判所 平成6年(ワ)993号 判決 1997年4月30日

原告

甲野太郎(仮名)(X)

右訴訟代理人弁護士

田上剛

恵木尚

下中奈美

被告

兵庫県(Y1)

右代表者知事

貝原俊民

右訴訟代理人弁護士

上谷佳宏

右復代理人弁護士

幸寺覚

右指定代理人

宮田数馬

嶋村薫

鎌倉良哲

宇原逸郎

冨岡孝行

足立雅良

被告

国(Y2)

右代表者法務大臣

松浦功

右指定代理人

吉田尚弘

鈴木雅彦

石橋秋夫

理由

二 本件各捜索の経過(請求原因2)

〔証拠略〕によれば、次の事実が認められ、〔証拠略〕中、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らしてたやすく信用できず、ほかに右事実を覆すに足りる証拠はない。

1  本件各令状請求に至る経過

(一)  平成六年の某日、保安課司法警察員C警部及び保安課捜査員は、第三者(以下「X」という。)から、「B」を経営する「甲野タロウ」がけん銃及び実包を所持しているのを目撃した旨の情報を入手した。

そこで、C警部らは、複数回にわたりXと面接し、その際、Xは、C警部らに対し、「甲野タロウ」がけん銃を所持しているのを目撃した時期、場所、状況、原告との関係等を具体的かつ詳細に述べた。

C警部らは、Xの話の内容は、見ていなければわからないような具体的かつ詳細なものであり、不合理さ、不自然さもなかったので、信憑性が高いと判断し、右情報の裏付け捜査を行った。

(二)  裏付捜査の実施

(1)  けん銃の特定

C警部らは、「甲野タロウ」が所持していたとされるけん銃(以下「本件けん銃」という。)を特定するため、保安課保管の「けん銃写真集」をXに示したところ、Xは、アメリカ製回転式三八口径けん銃のうち、本件けん銃に酷似しているとして、某名称を選別し、当該けん銃の特徴等について具体的に供述した。

けん銃は、一般的に普及しているものではなく、通常人であれば、その特徴を具体的に述べることができないものであるところ、Xの述べた本件けん銃に関する特徴は、職務上けん銃に関する相当の知識、経験を有するC警部の認識と矛盾がなかったので、C警部は、Xが実際に本件けん銃を見たものと判断した。

(2)  容疑者の特定

Xは、「甲野タロウ」は、広島市〔中略〕に住んでいる旨供述したので、捜査員らが実際に広島市E町の市電筋のFビル三〇一号室を捜索したところ、原告が居住している事実が判明した。

そして、Xに対し、面割り捜査をしたところ、Xの認識している「甲野タロウ」と原告とは合致した。

(3)  会社関係の裏付け

Xは、原告は、B株式会社及び何とか興産という名前の会社を経営している旨供述したため、現地調査した結果、「B株式会社」が実在し、また、同会社の同じビル内に「有限会社A」が存在することが判明したので、広島法務局において商業登記簿謄本(乙三、四)を入手したところ、右「B株式会社」及び「有限会社A」とも、原告が代表取締役となっていることが判明した。

(4)  乙川ハナコの割り出し

また、Xは、原告に近い間柄の人物で「乙川ハナコ」という人物がおり、同人は原告の秘書兼運転手をしている旨供述したため、捜査を実施した結果、右B株式会社の商業登記簿謄本(乙三)の役員欄に「乙川花子」なる人物が記載されていたので、当該人物の身上調査等を行ったところ、同人は、広島市M区K町に住む「乙川花子」であり、実在することが判明した。

(5)  所有車両及び運転免許の確認

Xは、原告は三三ナンバーのクラウンを所有しているが、運転免許はなく、乙川が右車を運転している旨供述したため、捜査を実施した結果、原告名義の車両は確認できなかったが、有限会社A名義の二台の車両の存在が確認された。そして、原告は、本件各会社近くの駐車場にそのうちの一台である本件車両を駐車しており、原告が日頃使用している形跡が認められた。

(6)  暴力団との関係

Xは、原告の背後には暴力団がついている、原告自身も暴力団と同じである、同人は、暴力団を利用してけん銃などを密売している等と供述したため、捜査を実施した結果、警察の内部資料において、原告は、昭和五二年に暴力団幹部らとともに恐喝事件を起こして逮捕され、共犯者の暴力団幹部の一人が全国に指名手配されて、同人の居宅から自動式けん銃が発見、押収されたこと、原告は右恐喝事件で懲役一年一〇月の実刑判決を受け、確定した事実が判明した。

(三)  C警部は、Xの情報は、右の裏付け捜査の結果から、ほぼ事実と合致したため、その信憑性が高まったこと、原告が過去に暴力団幹部と共謀して恐喝事件を起こしていた事実及び共犯者の暴力団幹部の一人がけん銃を不法所持していた事実も判明したことから、Xの情報と相まって、原告が暴力団と関係を持ち、けん銃を密売している疑いが濃厚となり、原告が継続してけん銃等を所持している嫌疑があると判断した。

(四)  C警部は、けん銃捜査は事案の性格上、任意捜査では目的を達成できないと判断し、平成六年六月八日、神戸地方裁判所裁判官に対し、本件被疑事件を罪名として、原告が罪を犯したと思料されるべき資料を添付の上、証拠品の存在する蓋然性が高いと認められる、<1>原告の着衣及び所持品、<2>広島市〔中略〕原告宅、<3>広島市〔中略〕B株式会社(代表者原告)、<4>右同所、有限会社A(代表者原告)、<5>本件車両、以上の捜索差押許可状の発付を請求し、右同日、神戸地方裁判所裁判官は、右請求のとおり、本件各令状を発付した(〔証拠略〕)。

2  本件各捜索行為の経過

(一)  平成六年六月一〇日、D警部補ほか五名は、本件各令状に基づく捜索を実施する目的で、保安課管理の普通乗用自動車(以下「捜査車両」という。)を使用して、広島市内の原告宅付近に赴き、張り込みを実施した。

同日午前八時三六分頃、原告宅が存するKビルの前路上に赤色っぽい普通乗用自動車〔中略〕(後に乙川の所有する車両と判明、以下「乙川車両」という。)が到着して、同所に駐車し、運転していた年齢三〇歳後半と思われる小柄な女性(後に乙川と判明)が右ビル内に入って行った。

しばらくして、右ビルから乙川が出てきて、乙川車両の後部トランク内に大きさ約五〇センチ四方、高さ約二〇センチの段ボール箱様の物を積み込み、ほぼ同時に、原告と思料される五〇歳位の男性が続いて出てきて、乙川車両の助手席に乗り込み、同車両は発車した。

そこで、D警部補とI警部補は原告宅付近で張り込みを続けることとし、K警部補ほか三名が捜査車両で乙川車両を追尾した。

本件捜査員らは、乙川車両を一旦見失ったが、最終的には、広島市N区〔中略〕のF外科病院駐車場に右車両が駐車されているのを発見し、病院関係者からの聞き込み捜査を行ったところ、乙川車両に同乗していたのが原告であること、原告及び乙川らが同病院で人工透析の治療中であることが確認できたので、同所において張り込みを続行することにした。

(二)  職務質問及び原告の着衣及び所持品に対する捜索の実施

右同日午後一時五九分頃、乙川がF外科病院から手に籐製バスケットを持って出てきたため、N巡査部長は同人に対し、警察手帳を示した上、職務質問を実施した。

N巡査部長は、運転免許証により、乙川であることを確認し、さらに同人に対し、同伴者について質問したところ、「一緒に来たのは甲野太郎で、もうしばらくしたら病院から出てくる。」旨答えた。そして、N巡査部長が乙川に対し原告との関係を聞くと、同人は、原告の秘書である旨答えた。

同日午後二時一二分頃、原告が籐製バスケットと革製ショルダーバッグを持ってF外科病院から出てきたので、D警部補は、原告に対し警察手帳を示した上、原告本人であることを確認し、銃砲刀剣類所持等取締法違反及び火薬類取締法違反容疑で捜索に来た旨伝えた。そして、I警部補が、原告に対し、同人の着衣・所持品に対する捜索差押許可状(〔証拠略〕)を呈示した。

すると原告は、「銃刀法といえば、登録した刀なら持っているが、けん銃などは知らない。」「誰がわしがけん銃を持っていると話したのか。」等と言った。

I警部補が、ここは歩道上でもあり、通行人の目もあるので、捜査車両に乗車してくれるよう要請すると、原告は手に持っていた籐製バスケットを藤原車両の助手席に置き、革製ショルダーバッグは持ったまま、自ら捜査車両の後部座席に乗込んだ。

そこで、同日午後二時一三分頃、I警部補及びK警都補が、捜査車両後部座席において、原告の着衣及び革製ショルダーバッグについて、捜索を実施した。

(三)  乙川車両の積載物の確認

N巡査部長は、I警部補らが右原告の着衣等を捜索している際、乙川によりこれから捜索する原告宅等の関係者に通報されて証拠品を堙滅されては困ると思ったので、同人に対し、「次に原告の家に行くので、しばらく我々と一緒に同行してもらえませんか。」と協力を求めると、乙川は、「診療を終えてパジャマ姿のままなので、どこかで着替えたい。」旨述べた。

右やりとりを聞いていたD警部補は、乙川車の後部トランク内には原告宅から持出したと思われる段ボール箱が積んだままになっており、その中にけん銃等本件被疑事件の証拠品が存在する可能性があると考え、仮にそのような証拠品が存在していた場合、乙川の同行が確保できなければ、それらの証拠品が堙滅されるおそれが高いと判断し、N巡査部長に対し、乙川の協力を得たうえで、任意に乙川車両の積載物を見せてもらうよう指示した。

そこで、N巡査部長は、乙川に対し、「トランクの中を見せてもらえませんか。」と依頼すると、同人は、「いいですよ。どうぞ見てください。」と承諾し、同人自身が運転席レバーにより後部トランクのロックを解除した。

そして、N巡査部長は、乙川に対し、「あなたも車から降りて、一緒に見ていただけませんか。」と依頼し、トランクの蓋を開けて、側に来ていた乙川に対し、「段ボールの中を見せてもらえませんか。」と依頼すると、同人は、「いいですよ。中は瓶ですよ。」と承諾した。

N巡査部長が右トランク内にあった段ボールの中を一瞥したところ、透明な液体が入った瓶や空き瓶が詰まっている状態であり、その他、右トランク内には工具類、スケッチブック等が積載されているだけで、けん銃等が隠匿されている様子は認められなかったので、すぐに確認を打ち切った。

N巡査部長が乙川車両のトランク内を確認している間、原告は、捜査車両の中から、D警部補に対し、「何の根拠に基づいて車を見ているのか。」と声を荒げて申し立てたため、同人が、「乙川さんの承諾を得ており、その承諾に基づいて見せてもらっている。」と説明したところ、原告はこのことに対してはそれ以上言及しなかったが、「けん銃が出なかったらどうしてくれるのか。もしなかったら、国家賠償請求をして誰が警察に話したか明らかにしてやる。」とまくし立てた。

D警部補は、その後、原告に対し、「あなたが乙川の車の中に置いたバスケットも見せて貰うぞ。」と言い、N巡査部長に右バスケットの捜索を指示し、同人は、原告の所持品等に対する捜索差押許可状に基づいて、右バスケットの捜索を実施した。

そして、乙川車両には、同人の持ち物と思料される籐製バスケットが置かれていたので、N巡査部長は、乙川に対し、「あなたのバスケットの中も見せてもらっていいですか。」と依頼すると、同人は「見てもいいけど、お弁当ですよ。」と言って承諾したので、N巡査部長が乙川のバスケットの中身を確認したところ、空の弁当箱と水筒が入っていただけであった。

(四)  原告の着衣等に対する捜索の終了及び捜索結果

右同日午後二時二五分頃、原告の着衣及び所持品に対する捜索は終了したが、差し押さえるべき物は発見されなかった。

D警部補は、その後の捜索に際し、乙川に同行を求めると、同人は、パジャマ姿なので、どこかで寄り道をしたい旨答えたが、D警部補は、原告宅等関係先の捜索が未了であり、捜索予定先等に通報されるおそれがあると考え、さらに、乙川に「とりあえず原告宅まで来て欲しい。」と説得した。

しかし、原告が「何で着替えもさせんのか。」等と食ってかかり、また乙川の強い要望もあったところから、やむを得ないと判断し、乙川の同行については断念した。

(五)  原告宅に対する捜索

原告及び捜査員らは、F外科病院駐車場を出発し、原告宅に赴き、右同日午後二時三〇分頃、I警部補が原告宅に対する捜索差押許可状(〔証拠略〕)を原告に呈示し、捜索を開始しようとした。

すると、原告は、I警部補が所持していた布製バッグを指差し、「それは何だ。中身を見せろ。その中にけん銃を入れて、捜索で発見したようにして、わしを陥れるつもりだろう。」と言って、言いがかりをつけた。

さらに、H巡査部長が再度、右許可状を原告に示したところ、「令状に書かれている年齢は四九歳になっているが、自分は五〇歳であり、これは別人の令状ではないか。」と申し立てたので、原告に右許可状に記載された捜索すべき場所の住所・号室・被疑者名等の再確認を求めるとともに、同人の生年月日を聞いたところ、四九歳に間違いないことが判明したので、その旨納得させたうえで、捜索に着手した。

原告宅に対する捜索途中に、乙川が原告宅にやってきたが、原告は、乙川が玄関に入ってくるなり、叱りつけるようなきつい口調で、「車の中を見せることを承諾したのか。」と問い質した。乙川はこれに対し、黙って肯いて承諾したことを認めながらも、原告の顔色を窺うように、「だって………」と小声で何か弁解していた。

また、原告宅の捜索中、原告は、本件捜査員らに対し、「弁護士はだてに三人も雇っていない。」「誰がわしがけん銃を持っているといったのか。訴訟でも何でも起こしてでもそれを明らかにしてやる。」等と盛んに言い立てた。

そして、本件捜査員らが応接間の押入付近を捜索しようとしたところ、原告が「そこの押入にあんたらが言うようなものがあるのを思い出した。二〇年も前に連れから貰った物や。」と申し立てたので、本件捜査員らが押入を確認したところ、ガンベルト付きホルスターに入っていた全体が銀色に塗られた明らかに玩具と判るモデルガン一丁を発見したが、差し押さえるべきものには該当しないと判断した。

同日午後三時七分、原告宅の捜索は終了したが、差し押さえるべき物の発見には至らなかった。

右捜索終了後、原告が、捜索の結果何も出なかったことを証明してくれと言い出したので、D警部補は捜索証明書(〔証拠略〕)を作成し、原告に交付した。

(六)  本件各会社及び本件車両に対する捜索の実施状況

原告宅の捜索終了後、本件捜査員らは、原告とともに、本件各会社に赴いた。

本件各会社の事務所は共通で、同一の事務所の中にあり、事務所内を高さ約一・五メートルの衝立様の壁で社長室、経理部、営業部等に間仕切りされていたが、両社を特定識別できるような外形上の区別は見受けられなかった。

原告は、本件各会社に着くとすぐ、本件各会社の従業員と思料される者四、五名を呼び集め、「全く身に覚えがないが、わしがけん銃を持っているという容疑で警察の捜索を受ける。仕事は続けてもよいが、邪魔をしないように。」と言い渡すと、社長室に入った。そこで、本件捜査員らは、社長室内で、本件各会社の捜索差押許可状二通(〔証拠略〕)を原告に呈示したうえ、同日午後三時一三分、本件各会社に対する捜索を開始した。

本件捜査員らは、営業中の会社事務所における捜索であることから、できるだけ営業の妨害にならないように配慮し、事務員の女性二名に対して、「仕事の段取りがあると思うので、どこから見せてもらうのが一番いいですか。」と尋ねたところ、同人らは、「それなら、ここからお願いします。」と経理部と記載された区画を指示したので、そこから順次捜索を実施した。

右捜索の実施中、原告は、社長室内で、D警部補に対し、「自分の同級生で暴力団員になっている者が二、三人いるが、それらの者は会社に出入りさせていない。」と申立て、また、Gと称する総務課長(以下「G総務課長」という。)に、「これで何も出なかったら、誰がしゃべったか調べなあかん。」「損害賠償を請求してはっきりさせる。」等と言っていた。

D警部補は、本件各会社に対する捜索がほぼ終了しかけたので、捜索差押許可状の発付を得ていた本件車両の捜索を実施するため、その所在を原告に尋ねたところ、同人がG総務課長に「車を一階駐車場に持ってきて捜査の立会をするように。」と指示したので、D警部補は、原告に本件車両に対する捜索差押許可状(〔証拠略〕)を呈示したうえ、N巡査部長らに本件車両に対する捜索の実施を指示した。

そこで、N巡査部長らが一階駐車場に赴いたところ、本件各会社所在のビル前の道路には通行人があり、また道路を挟んで反対側は商店であったことから、同人らがG総務課長に対し、「ここで見せてもらってもいいのですか。」と尋ねたところ、G総務課長から「本来の駐車場の方がいいのですが。」と言われたので、本件各会社所在のビルのすぐ近くの駐車場に同車両を移動させ、G総務課長に対しても本件車両の捜索差押許可状を示し、同人立会のうえ、同日午後三時四五分頃、本件車両に対する捜索を開始した。

右同日、本件車両に対する捜索が午後三時五〇分頃、本件各会社に対する捜索が午後三時五五分頃それぞれ終了したが、いずれの捜索においても、差し押さえるべき物の発見に至らなかった。

そして、原告が本件各会社及び本件車両に対する捜索に関する捜索証明書の交付を求めたため、D警部補は、右捜索証明書二通(甲一の1、3)をそれぞれ作成し、これらを原告に交付した。

3  その後の捜査状況

右のとおり、本件各捜査において、差し押さえるべき物の発見には至らず、本件被疑事件は、現在なお捜査を継続中である。

右各捜索実施後の同年六月一〇日午後五時五〇分、原告は、兵庫県警察本部に電話をし、身に覚えのない事実で捜索を受け、個人の名誉を傷つけられたことで、国家賠償法に基づく訴訟をし、誰が密告したのか公判の場で明らかにする、等と抗議をしたが、翌一一日午後八時頃にも再度右警察本部に電話をして、前日とほぼ同様の抗議をした。

三 被告兵庫県の責任(請求原因3、4)

1  捜査官が犯罪のために裁判官に対して捜索差押許可状の発付を求めるには、犯罪の捜査をする必要があって、被疑者が罪を犯したと思料されるべき資料を提出しなければならないとされているが(刑事訴訟法二一八条一項、刑事訴訟規則一五六条一項)、右資料は、迅速かつ秘密裡に遂行すべき捜査の性質上、有罪判決を得るに足りるものであることを要するものではなく、客観的に犯罪の嫌疑が一応存在することを根拠づけるものであれば足り、逮捕の場合(刑事訴訟法一九九条一項)に比して低い程度の嫌疑をもって必要十分とされているのであるから、捜査官が右令状の発付を求め又は発付された令状を執行するに際し、犯罪の嫌疑が一応存在すると考えたことについて、当時の諸般の状況に照らして著しく合理性を欠き、首肯することができないと認められる場合に限り、捜査官の右令状の発付請求及びその執行が違法となるものと解すべきであって、後に結果的に押収すべき物が存在しなかったことが判明したとしても、そのことだけでは捜索が違法になるものではない。

2  これを本件についてみるに、前記認定の事実によれば、C警部は、情報提供者Xの具体的かつ詳細な供述に基づき、裏付け捜査を行ったうえで、Xの情報の信憑性が高いものと判断したことや、原告が過去に暴力団と関係があった等の経歴から、原告が継続してけん銃等を所持している嫌疑があると判断したというのであり、右判断は、それまでの捜査の結果に照らして誤りではなく一応合理的なものということができるから、原告に対する本件各令状の発付請求時に、右請求に必要とされる程度の犯罪の嫌疑が客観的にも一応存在したものと認められる。そして、C警部が本件各令状記載の場所に差し押さえるべき物として本件各令状記載の各物品が存在すると認めるに足りる状況があり、かつ、本件各令状の発付を請求する必要があると判断したことは、前記の合理的判断過程の範囲内においてなされたものと認められ、適法というべきである。

また、D警部補らは、右請求により発付された本件各令状に基づいて、その執行をしたものであるところ、前記認定のとおり、右執行行為は、当時の諸般の状況に照らして相当であるというべく、著しく合理性を欠くとか、首肯することができないと認められるような特段の事情は、本件証拠上認められない(なお、本件においては、本件各令状を執行した結果、差し押さえるべき物を発見することができなかったのであるが、捜査当局が当初存在すると認めた嫌疑を裏付ける証拠を押収することができなかったからといって、捜査当局の本件各令状の発付請求及びその執行に関する判断が遡って違法であるとすることはできない。)。

3  もっとも、原告は、原告の着衣及び所持品、本件車両に対する捜索は、令状の呈示なしに行われたもので違法である旨主張し、原告は本人尋問においてこれに副う供述をする。

しかしながら、本件捜査員らが、原告に対し、本件各令状(原告の着衣及び所持品や本件車両に対する捜索差押許可状を含む。)を呈示したうえで本件各捜索を行ったことは前記認定のとおり(二2の(二)ないし(六))であるうえ、原告本人の供述についても、「着衣・所持品については捜索自体がなされなかった」とか、呈示された令状は原告宅及び本件各会社に関する三通のみであると供述したり、他方、原告宅、本件各会社(一通)及び本件車両に関する三通であると供述するなど、その供述内容はあいまいで矛盾、変遷がみられることから、原告本人の右供述はたやすく信用できない。

したがって、原告の右主張は理由がない。

4  以上のとおりであるから、本件各令状の請求行為及び本件各捜索行為について、これを違法とする事由を見出すことができない。

5  さらに、原告は、本件捜索差押許可状に記載されている「捜索すべき場所」の範囲を超えて第三者である乙川の車両をも捜索したもので違法である旨主張する。

しかしながら、警察官は、周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯したと疑うに足りる相当な理由のある者又は犯罪について知っていると認められる者等を停止させて質問することができ(職務質問、警察官職務執行法二条一項)、その職務質問に附随して、任意捜査の一環として、所持品の検査を行うことも許されるものというべきである。

そして、本件において、D警部補らが乙川車両内の藤原の所持品等を捜査のため確認したのは、前記認定のとおり、その合理的な理由があり、また、その確認方法も藤原の明示の承諾に基づき、相当な手段でなされたものであることが認められるから、任意捜査の一環としての所持品検査の範囲内の行為であって、これをもって違法な捜索ということはできない。

もっとも、証人乙川花子は、警察官に対し乙川車両内の所持品の捜索につき同意したことはない旨供述するが、右供述は被告側の反対尋問を経ていない供述であり(同証人は、本件における被告側の証人の証言中に乙川を侮辱する内容の供述があったとして、反対尋問を受けることを全面的に拒否した。)、それ自体証拠価値に乏しいものと評せざるを得ないのみならず、証人乙川花子の前記供述は、これに反する証人丙田厚子の供述と対比し、たやすく信用することができない。

したがって、原告の右主張も理由がない。

6  以上によれば、司法警察職員の本件令状の発付請求及びD警部補らの本件捜索差押えの執行について、なんら違法とすべき事由は見あたらないから、被告兵庫県に損害賠償の責任があるとする原告の請求は理由がない。

四 被告国の責任(請求原因5)

次に、原告は裁判官のした本件各令状の発付が違法であると主張するので判断する。

1  裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これによって当然に国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任の問題が生ずるわけのものではなく、右責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とすると解するのが最高裁判所の判例である(最高裁判所昭和五七年三月一二日第二小法廷判決、民集三六巻三号三二九頁)。

右最高裁判所の判決は、民事訴訟において裁判官の行った判決の違法性が争われた事案に関するものであることから、右判決が示した基準を「争訟」の裁判以外に及ぼすことはできないとする見解があるが、当裁判所はかかる見解を採用しない。すなわち、右最高裁判所の判決の法理は、その趣旨、根拠等に照らして、裁判官がした裁判のうち「争訟」に関するものについてのみ妥当するものではなく、裁判官の職務行為一般に広く適用されるものと解するのが相当である。

2  これを本件についてみると、本件各令状を発付した裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官が付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があったことについては、本件全証拠によっても認めることができないから、国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為があったということはできない。

のみならず、原告に対する犯罪の嫌疑が本件各令状の発付請求に必要とされる程度には客観的に存在したことは前示のとおりであるところ、同裁判官が、原告の犯罪の右程度の嫌疑を裏付ける疎明資料に基づいて本件各令状を発付したからといって、これを違法視するのは当たらない(けだし、本件各令状の発付請求と発付とで必要とされる犯罪の嫌疑の程度に特別の差異があるとは考えられないからである。)。

3  以上の次第であるから、原告の本件各令状を発付した裁判官の違法行為を理由とする被告国に対する請求も理由がない。

五 結語

よって、原告の被告らに対する本訴各請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松村雅司 裁判官 金村敏彦 村上未来子)

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