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広島地方裁判所 平成3年(行ウ)18号 判決 1996年9月25日

広島県山県郡千代田町大字壬生六八番地

原告

日高活

右訴訟代理人弁護士

相良勝美

溝手康史

山口格之

広島市安佐北区亀山三丁目二五番一〇号

被告

広島北税務署長 小尻重道

右指定代理人

吉田尚弘

平元勝一

高地義勝

表田光陽

石黒秀寿

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告広島北税務署長が原告に対して平成元年一〇月二日付けでした次の各処分をいずれも取り消す。

(一) 原告の昭和六一年度分の所得税の総所得金額を八六四万六一三六円と更正した処分のうち三一四万三四六八円を超える部分

(二) 原告の昭和六二年度分の所得税の総所得金額を一〇七〇万三七一五円と更正した処分のうち四七一万六〇〇〇円を超える部分

(三) 原告の昭和六三年度分の所得税の総所得金額を一一八八万〇二三五円と更正した処分のうち四六九万一〇四六円を超える部分

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和六一年ないし昭和六三年当時、土木工事業及び左官工事業等を営んでいた。

2  原告は、昭和六一年度分から昭和六三年度分までの所得税につき確定申告をしたが、被告は、これに対して本税の更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定を行った。右確定申告、更正及びその後の異議申立、審査請求の経緯は別表一の1ないし3のとおりである。

3  しかし、原告の右各年(以下「本件係争年」という。)の所得金額は、右審査請求の審理の中で、営業所得の金額を、昭和六一年度を六八一万〇八七二円、昭和六二年度を四六四万六九四六円、昭和六三年度を四九〇万七四二〇円と訂正したほか、すべて各申告書記載のとおりであり、被告がした本件各更正処分には違法な経費率(所得率)の適用により原告の所得を過大に認定した違法がある。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の各事実は認める。

2  同3の事実のうち、原告が国税不服審判所長に対する審査請求に係る審理の過程において、原告の各年分の営業所得の金額を、昭和六一年分六八一万〇八七二円、昭和六二年分四六四万六九四六円、昭和六三年分四九〇万七四二〇円であるとそれぞれ主張したことは認め、その余は争う。

三  被告の主張

1  推計課税の必要性について

(一) 更正処分等に係る経緯について

(1) 原告は、肩書住所地において左官工事業及び土木工事業(主として建築基礎工事)を兼業として営む者で、被告に対し、総所得金額を別表一の1ないし3の各「確定申告」欄記載の金額とする各確定申告書を提出した。

(2) 右各確定申告書には収支内訳書が添付されていなかったため、被告は、申告された原告の事業所得の金額が正しいかどうかを確認するため、被告所部係官(以下「係官」という。)をして原告の所得税調査を実施させることとした。

(3) 係官は、平成元年四月一二日午前一〇時三〇分ころ、原告の自宅に赴き、応対に出た原告の父及び母に、本件係争年分の所得税の調査のため訪問した旨告げたところ、父母から原告は外出中であること、その時原告の事務所には原告の妹で従業員でもある原繁子がいるだけであるとの答えを得た。そこで、係官は、父母に同月一八日午前一〇時に再度自宅に臨場するので、申告の基となった書類を用意しておいてもらいたい旨を原告に伝えてもらうよう依頼して原告の自宅を辞去した。

(4) 係官は、同月一二日午前一〇時五〇分ころ、その足で原告の事務所に赴いたが、原告は外出中であったので、応対に出た原繁子に対し、本件係争年分の所得税の調査のため訪問した旨を告げた。そして、同女から事業の概況を聴取するとともに、備付け帳簿の記帳状況を確認するために当該帳簿の提示を求めたところ、同人は、「一一時半に役場にいく用事がありますので、それまででしたら。」と答え、昭和六三年分の売上帳及び仕入帳を提示したので、係官は一一時二〇分まで当該帳簿を閲覧した。そして、同月一八日午前一〇時に再度原告の自宅に臨場する旨原告に伝えてもらうよう原繁子に依頼し、同人が了解したので原告の事務所を辞去した。

(5) 係官は、約束の日である同月一八日午前一〇時ころ、原告の自宅に赴いたが、原告は不在であったため、事務所に赴いてみたが、原告は事務所にも不在であった。しかし、その時、係官は、たまたま原繁子が事務所の隣家の玄関から出てきたのを認めたので、同人に対し、本日原告の自宅に臨場する旨約束したにもかかわらず、原告が不在であるのはなぜかと尋ねたところ、同人は、「今日は仕事に出ていて誰もいませんよ、別に今日会う約束はしていないはずですが。」と答えた。係官は、同人の答えに納得できなかったが、原告の都合の良い日を再度確認し、その結果を同月一九日午前八時三〇分ころに、係官まで連絡するよう依頼して辞去した。

また、その際、原繁子が帳簿は民主商工会(以下「民商」という。)に預けている旨申し立てたので、係官は、次回臨場する際には帳簿を民商から取り寄せ、いつでも調査できるよう準備しておくことを申し添えた。

(6) 同月一九日午前八時三〇分ころ原繁子から電話があり、原告が仕事の納期の関係で手が離せないこと及び原繁子が同人の胸の病気の検査結果が出るまで気分的に帳簿に係わっておれないので、同年五月一〇日以降に原告の都合の良い日を連絡すると申し立てた。これに対し、係官は、日程が相当延びる結果となるのでもう少し早い時期を指定できないかと尋ねたところ、同人は、「こちらの都合を考えて日程を合わせてもらえないようであれば、調査に協力できない。」と一方的に申し立て電話を切った。

(7) その後、係官は、五月一〇日になっても原告から調査日程についての連絡がなかったので、翌一一日に原告方へ架電した。これに対し原告の父が応対に出たので、係官は、同人に対し、五月一〇日になっても原告から調査日程について何の連絡もない旨告げたところ、同人は、「原告は現在旅行中であるから帰り次第連絡させる。」と答えた。

(8) しかし、それにもかかわらずその後も原告から全く連絡がないため、係官は、同月一六日に再度原告方へ架電した。その時も原告ではなく原告の母が応対したので、同人に対し、調査日程について原告から何ら連絡がない旨告げたところ、原告の母は、「原告から何も聞いていない。民商に頼んでいるのでそちらで調べて欲しい。」と申し立てた。これに対し、係官は、あくまで原告本人の調査であるから、原告の協力の下に調査を進めたいので、早急に調査日程について原告から連絡を入れるよう申し渡した。

(9) その後、同月一九日に原繁子から電話があり、同月二五日が原告の都合が良いとの連絡があった。そこで、係官は、同日午前一〇時三〇分ころ原告の事務所へ赴いたところ、民商事務局員の内野某(以下「内野」という。)が同席していた。そこで、係官は、第三者の立会いのない状態で帳簿書類を提示するよう繰り返し説得したが、原告は、「内野の立会いがなければ帳簿書類の提示には応じられない。」と申し立てた。その際、原告から事業概況の説明がなされたが、帳簿書類の提示については右のような態度を変えず、提示しなかったので、係官は、これ以上調査が進展しないと判断し、同月三〇日までに第三者の立会いのない状態で帳簿書類を提示するよう改めて要請し、原告の事務所を辞去した。

(10) 次いで、同月三〇日に原繁子から係官に電話があり、「現在帳簿の整理中であるが、つけ落ちがたくさんあるので、もう一度見直した上で提出したい。」と申し出があったので、同人の申し出を受け入れ、六月五日に再度臨場することとし、同日には帳簿を提示するよう申し渡した。しかし、同年六月二日午後一時一〇分ころ、原告から係官に電話があり、「下請けに迷惑がかかるので、帳簿は結局見せられん。」と申し立てたので、係官が重ねて調査への協力を求め説得に努めたが、結局、原告は「勝手に調査してくれ。調査には協力せん。見せるものはない。」と申し立て調査への非協力の意思を明確にした。

(二) 本件課税処分等の適法性について

(1) 以上のとおり、係官は原告の協力のもとに所得税調査を行うべく、再三にわたり帳簿書類の提示を求め、原告の本件係争年分の事業所得の金額を実額で把握するよう努めたにもかかわらず、原告は帳簿書類を提出せず、非協力な態度に終始し、調査に協力が得られなかったため、被告は、やむを得ず所得税法一五六条による推計の方法によりこれを計算することとした。

また、その後、原告は、異議申立及び審査請求の段階で帳簿類を提出したが、それらはいずれも脱漏・不備が多い上、正確性や信頼性に欠けるものであり、原告が保管する帳簿書類に不備があるから、推計課税を行う必要性がある。

(2) 被告は、係官をして可能な限り原告の取引先を調査するなどして確認した収入金額を基にして、原告と業種、業態及び事業規模等の類似する同業者の平均所得率を適用して、推計の方法により原告の本件各係争年分の事業所得の金額を算出したところ、各年分の申告額が過少であると認められたので、別表一の1ないし3の「更正処分」欄記載のとおり更正処分等を行ったものである。

2  被告の推計による計算方法

(一) 本件係争年分の原告の事業所得の金額について

(1) 本件係争年分の原告の事業所得の金額は、左官工事業及び土木工事業に係る事業所得の金額(以下「営業所得の金額」という。)と農業に係る事業所得の金額の合計であり、その金額及び算出経過は別表二のとおりである。以下、これを敷衍する。

(2) 収入金額は、被告ができる限り調査して把握した別表三の1ないし6記載の収入金額と同額であり、右金額をもって、推計の計算の基礎となる金額とした。

(3) 営業所得の金額は、前記(2)の左官工事業に係る収入金額に、別表四の1ないし3記載の業種、業態及び事業規模が原告と類似する同業者(以下「類似同業者」という。)の所得率(収入金額に対する算出所得の金額(青色申告者に限り認められている必要経費を控除する前の所得金額)の割合をいう。)の平均を乗じて算定した金額と、前記(2)の土木工事業に係る収入金額に、別表五の1ないし3記載の類似同業者の所得率の平均を乗じて算定した金額を合計した金額である。

(4) 原告の農業に係る事業所得の金額は、原告の本件係争年分の確定申告書に記載された金額である。

(二) 本件係争年分の原告の総所得金額について

原告の総所得金額は、右(一)の事業所得金額に原告が確定申告した不動産所得金額を加えた金額であり、次のとおりである。

(1) 昭和六一年度

事業所得金額 一一三四万三二五六円

不動産所得金額 二〇万八九〇〇円

合計 一一五五万二一五六円

(2) 昭和六二年度

事業所得金額 一二七八万三六一四円

不動産所得金額 二〇万八九〇〇円

合計 一二九九万二五一四円

(3) 昭和六三年度

事業所得金額 一四一一万六〇五五円

不動産所得金額 二四万八八〇〇円

合計 一四三六万四八五五円

3  推計課税の合理性について

(一) 原告の収入金額について

原告の収入金額の左官工事業に係る収入と土木工事業に係る収入の区分は、調査の結果も参考にしつつ、異議申立段階で原告から提出された売上補助簿の記載に基づき、工事内容の区分を行ったものである。確かに、土木工事と左官工事の間の業種の類似性などから明確な区分ができない工事もあり、結果として若干の誤りが出る可能性は否定できないが、工事台帳がないことや右のような事情のもとではやむを得ないし、誤まりがあったとしてもその割合は少なく、また、両者の所得率の間には著しい違いもないから、推計の合理性を否定するものではない。なお、原告に有利に再計算しても本件更正処分において認定された総収入金額を超えているものである。

(二) 所得率について

(1) 被告は、類似同業者の抽出においては、まず原告が左官工事業と土木工事業を兼業していることから、右の事業を兼業して営む者(以下「兼業者」という。)を、また兼業者のうち抽出条件に該当する者がいないときに備えて、左官工事業を営む者(以下「左官工事業者」という。)及び土木工事業を営む者(以下「土木工事業者」という。)をそれぞれ抽出することとし、その抽出基準については、兼業者、左官工事業者及び土木工事業者ごとに原告の業種業態に合致することを主たる内容とする次の条件を付することとした。

Ⅰ 兼業者

ア 本件係争年分を通じて左官工事業及び土木工事業(主として建築基礎工事業)を営んでいる者のうち、青色申告につき税務署長の承認を受けている者で、その中途において開廃業、休業又は業態の変更をしていない者

イ 主として材料費持ちで工事を請け負っている者

ウ 当該事業に係る各年分の収入金額が、各年分において次の範囲内にある者(この金額は、被告が把握している原告の本件係争年分の左官工事業及び土木工事業に係る収入金額のそれぞれ約二分の一以上かつ二倍以下の金額である。)

ⅰ 昭和六一年分 二六八二万五〇〇〇円以上一億〇七三〇万一〇〇〇円以下

ⅱ 昭和六二年分 二九〇八万三〇〇〇円以上一億一六三三万四〇〇〇円以下

ⅲ 昭和六三年分 三〇七四万四〇〇〇円以上一億二二九七万六〇〇〇円以下

エ 左官工事業及び土木工事業に係る収入金額の合計額に対する左官工事業に係る収入金額の割合が、本件係争年分を通じて二五パーセントないし七五パーセントの者

オ 従事員数(事業主を含む)が三ないし一二人の者

カ 更正又は決定の各処分を受けた者にあっては、国税通則法若しくは行政事件訴訟法の規定による不服申立期間が経過している者又はこれらの訴訟が係属していない者

Ⅱ 左官工事業者

ア 本件係争年分を通じて左官工事業を営んでいる者のうち、青色申告につき税務署長の承認を受けている者で、その中途において開廃業、休業又は業態の変更をしていない者

イ 主として材料費持ちで工事を請け負っている者

ウ 当該事業に係る各年分の収入金額が、各年分において次の範囲内にある者(この金額は、被告が把握している原告の本件係争年分の左官工事業に係る収入金額のそれぞれ約二分の一以上かつ二倍以下の金額である。)

ⅰ 昭和六一年分 一一七四万一〇〇〇円以上四六九六万五〇〇〇円以下

ⅱ 昭和六二年分 一六四四万一〇〇〇円以上六五七六万四〇〇〇円以下

ⅲ 昭和六三年分 一四四二万四〇〇〇円以上五七六九万六〇〇〇円以下

エ 従事員数(事業主を含む)が二ないし五人の者

オ 更正又は決定の各処分を受けた者にあっては、国税通則法若しくは行政事件訴訟法の規定による不服申立期間が経過している者又はこれらの訴訟が係属していない者

Ⅲ 土木工事業者

ア 本件係争年分を通じて土木工事業(主として建築基礎工事業)を営んでいる者のうち、青色申告につき税務署長の承認を受けている者で、その中途において開廃業、休業又は業態の変更をしていない者

イ 主として材料費持ちで工事を請け負っている者

ウ 当該事業に係る各年分の収入金額が、各年分において次の範囲内にある者(この金額は、被告が把握している原告の本件係争年分の土木工事業に係る収入金額のそれぞれ約二分の一以上かつ二倍以下の金額である。)

ⅰ 昭和六一年分 一五〇八万四〇〇〇円以上六〇三三万六〇〇〇円以下

ⅱ 昭和六二年分 一二六四万二〇〇〇円以上五〇五六万九〇〇〇円以下

ⅲ 昭和六三年分 一六三一万九〇〇〇円以上六五二七万九〇〇〇円以下

エ 従事員数(事業主を含む)が二ないし七人の者

オ 更正又は決定の各処分を受けた者にあっては、国税通則法若しくは行政事件訴訟法の規定による不服申立期間が経過している者又はこれらの訴訟が係属していない者

(2) その結果、原告の住所地を所轄する広島北税務署及び近隣の各税務署管内に右1のⅠの条件を満たす兼業者は一件も抽出されなかったので、左官工事業者及び土木工事業者をそれぞれ類似同業者として採用した。そして、被告は、原告の住所地を所轄する広島北税務署及び近隣の各税務署管内の個人の左官工事業者及び土木工事業者についてそれぞれ右の1のⅡ及びⅢの条件に合致した者をすべて抽出し、これをすべて類似同業者として採用した。このように、本件類似同業者は、機械的に抽出されており、抽出過程に恣意の介在する余地はなく、また資料内容も正確であるから、被告が採用した本件推計方法は客観的な合理性を有するものである。

(3) 類似同業者の抽出に際し、事業規模が重要な要素となり、また、本件の類似同業者において、事業規模の増大と所得率の低下との間に相関関係があることは否定しない。しかし、所得率は、単に収入金額や従業員数などの事業規模だけで決まるものではないこと、被告は類似同業者抽出にあたって前記のようないわゆる倍半基準を採用し、事業規模による所得率への影響を平均化する手法を採用したことからすれば、原告の収入を左官工事業関係と土木工事業関係に二分する方法が不合理であるとは言えない。

また、営業場所の地域的特性は、類似同業者においても個別に何らかの事情があり、同業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は平均値の中に吸収、捨象されたものとして無視することもやむを得ないものである。

4  以上のようにして算出された原告の総所得金額は、前記2の(二)のとおり、別表二のうち「総所得金額」欄記載の金額であり、いずれも本件各更正処分に係る総所得金額を優に上回っているから、その範囲内でなされた本件各更正処分は適法である。

四  被告の主張に対する認否反論

1  推計課税の必要性について

(一) 本件税務調査に至る経緯についての被告の主張に対する認否は次のとおりである。

(1) 被告の主張1の(一)の(1)の事実は認める。

(2) 同1の(一)の(3)の事実のうち、係官が、同月一八日に再度来るので書類を用意しておくことを原告に伝えるよう原告の父母に依頼した事実は否認し、その余の事実は認める。

同日、三宅係官ほか一名が原告の自宅を訪れたが、事前の連絡がなかったために原告は不在であった。原告の自宅には原告の父親がいたが、三宅係官は高圧的な態度で原告の父親に対し、売上や仕入先等について聞き出そうとしたが、父親は内容について知らないし、書類が事務所にある旨を返答した。

(3) 同1の(一)の(4)の事実のうち、原繁子が昭和六三年分の売上帳簿及び仕入帳を提示した事実及び再度の臨場日について同人が了解した事実は否認し、その余の事実は認める。

三宅係官は、対応した原繁子に対し、税務調査に来たから書類を出すように言ったが、同人は、原告の了解を得ないと提示できないので先に原告と話をしてくれと頼んだ。しかし、三宅係官は「出さないと罰を受けることになる。」と言って原繁子を威迫し強引に昭和六三年分の売掛帳と買掛帳を調査した。そして、なおも昭和六一年と六二年分の帳簿を見せるよう同人に要求したが、それらは当時、広島北民主商工会に置いてあったので、その旨を同人が回答した。三宅係官は四月一八日に原告の自宅に行く旨を一方的に通告して引き揚げた。

(4) 同1の(一)の(5)の事実のうち、係官が原告の都合のよい日を確認した事実及び帳簿を民商から取り寄せ、いつでも調査できるように準備しておくことを申し添えた事実は否認し、その余の事実は認める。

原告はその頃非常に多忙で、その日も仕事の予定が既にあったので外出していた。原繁子は三宅係官に都合のよい日を連絡する旨伝えたが三宅係官が翌日に連絡するよう一方的に通告した。

(5) 同1の(一)の(6)の事実のうち、原繁子の発言部分は否認する。同人は、「こちらの都合も考えて下さい。」と述べただけで、調査に協力できないとは言っていない。原繁子は、三宅係官に、電話で、土曜日が都合がよいことを伝えたところ、三宅係官は、その日は休みだから別の日にするように答えた。そこで原繁子が、乳癌の検査のために通院しているので、五月一〇日以降にしてほしいと言ったが、三宅係官はもっと早い日にするよう繰り返し言い、結局、その時は調査の日時の合意はできなかった。

(6) 同1の(一)の(7)の事実は認める。

(7) 同1の(一)の(8)の事実のうち、係官が「原告の協力の下に調査を進めたい」と述べた事実は否認し、その余の事実は認める。

(8) 同1の(一)の(9)の事実のうち、原告が帳簿書類の提示について態度を変えなかった事実及び係官に提示しなかった事実は否認し、その余の事実は認める。原告は、帳簿書類を提示しようとしたが、係官が民商職員の内野がいることを理由に一方的に調査を打ち切ったものである。

(9) 同1の(一)の(10)の事実のうち、電話での原告の発言内容及び調査への非協力の意思を明確にしたとの事実は否認し、その余の事実は認める。

同年五月三〇日に原繁子が三宅係官に帳簿の提出のために電話をしたが、その後、「日高工務店との取引について」と題する書類が原告の取引先や取引のない業者に送られている事実が判明し、これは原告の取引先に迷惑をかけることになるし、原告の信用にも関わることでもあったため、原告は、六月二日に三宅係官に電話をしてこのことについて抗議をしたところ、三宅係官は「このやり方で調査を進める。」と返答し、その後、被告による税額の更正決定がなされた。

(二) 以上のとおり、平成元年四月一二日には原告の従業員である原繁子が帳簿の提出に応じていること、係官が原告の都合を無視して調査の日時を指定したため原告が調査に臨むことができなかったものであること、五月二五日には調査に第三者の立会いを認めるかどうかで対立し、係官が原告の帳簿を見ることが可能であったのに調査をしなかったものであり、帳簿等の提出そのものを拒否したわけではないことの各事実があり原告が調査に協力しなかったために税務調査ができなかったというものではない。したがって、原告の対応は非協力とは言えず、推計課税の必要性はなかったというべきである。

2  推計課税の問題点について

(一) 本訴提起後、原告が本件係争年分の総収入を再計算したところ、次の金額となった。

昭和六一年度 五四七四万〇三一五円

昭和六二年度 五八二三万四三三四円

昭和六三年度 六一七六万三八〇九円

右金額は、被告が主張する本件係争年分の各収入金額を上回るものである。したがって、原告は、被告が主張する本件係争年分の各収入金額を争うものではなく、推計課税の方法、とりわけ所得率の内容を争うものである。

(二) 土木と左官の売上げの区別について

被告は、原告が左官業と土木業の兼業であるとして、原告の売上げを左官の売上げと土木の売上げに分離した上で、それぞれの売上金額に対応した類似業者の資料をもとにそれぞれの所得を推計し、それを合計するという方法を採用している。かかる推計方法においては、土木業に属する仕事と左官業に属する仕事を客観的に区別できること及び原告の個々の売上げが土木と左官の売上げのいずれかに区別できることが前提となっているはずである。

しかし、被告が行った土木と左官の売上金額の分類は、明確な資料に基づいてなされたものではない上、不正確なものである。のみならず、土木業と左官業は密接に関連した業種であり、土木業に属する仕事と左官業に属する仕事の区別自体、不可能なものであって、原告のように土木と左官という関連業種を営む者を兼業として扱い、それぞれの業種ごとに所得を推計するという方法自体が誤っている。

(三) 事業規模と所得率との関係について

原告のような形態の事業は、機械、器具を使った大規模事業ではなく、そのほとんどが職人の労力による手仕事であるため、その経費の中心は人件費である。そのため、売上げを伸ばすためには雇用する職人の数を増やさなければならず、職人の数が増えれば売上金額に対する雇用者の所得率は低下する(すなわち、売上金額が大きいほど所得率が低下するという関係がある。)。

そうであれば、本件の推計のように、売上げ(収入)を分割し、分割された金額に対応する類似同業者の所得率を使用して推計する場合にはそれによって得られる所得は実際の所得よりも確実に多くなる。

また、原告のような規模の事業においては、雇用者自らも一人の労働者として稼動する必要があるが、原告のように土木と左官という二つの業種を兼業している場合には、原告はいずれか一方の業種でしか稼動することができないから、他方の業種における所得率は専業の場合の所得率よりも低下することとなる。

にもかかわらず、本件の推計は、原告の売上げを分類した上、それぞれの業種について専業者の所得率を使用してなされたものであり、極めて不合理である。

(四) 類似同業者の選定の問題性

(1) 原告がその営業の中心としていたのは広島県山県郡千代田町であり、冬季(毎年一月から三月半ばまで)は寒さと降雪のため建設業の大半は休業し、左官工事も、使用する材料内に含まれる水分の凍結などの条件によって仕上げが困難となるためまとまった工事ができないという状況にある。また、原告の事業場所は農村部であり、従業員の半数が農業を兼業しており、農繁期には休暇を取る者が多いという特徴もある。

被告の行った推計では、類似同業者を抽出するに当たり、こういった事情がなく原告の事業内容と全く異なる広島県の臨海部の同業者を加えており、その推計には合理性がない。

(2) 原告は、元来左官業を営んでいたものであり、本件係争年度についても左官工事業として税務申告をしていたが、被告は、事業の実態を推計に反映させるためとして原告を左官業と土木業の兼業者として推計をしている。しかし、他方で、被告が推計のために収集した類似同業者の資料は、税務申告をした際に申告者が掲げた業種に基づいており、業務実態には基づいていない。

このように、被告は、原告については申告業種を無視し、他方で、推計の資料とした類似同業者については申告業種をそのまま採用しており、推計の方法として明らかに不合理である。

五  実額についての原告の主張

実額の主張

原告の本件係争年分の事業所得に関する収入、経費等は別表六の1ないし3のとおりであり、事業所得は次のとおりである。

昭和六一年 七一五万〇九八六円

昭和六二年 三八〇万一四三七円

昭和六三年 四二八万八三三六円

六  実額についての被告の主張

1  立証責任について

実額反証の主張・立証責任は、納税者、従って原告にあり、推計課税の方法によって認定された金額が実額と異なり、推計課税が違法というためには、その主張する金額が真実の所得金額に合致することを合理的疑いを容れない程度に立証する必要があり、具体的には、総収入金額のすべてを実額で主張・立証しなければならず、原告の主張する経費が、その主張する収入金額に対応するものであることをも主張・立証しなければならない。

2  帳簿等の問題点

(一) 売上経費勘定元帳

原告が売上経費勘定元帳と称して提出する書面(以下「本件元帳」という。甲第一ないし第三号証)は、取引に接着して記帳したものを原本として、そのすべてを機械複写したものでなく、争いになった後改めて作成したものであり、かつ、「総勘定元帳」と称する用紙を使用してはいるものの、売上等の一部の科目についてのみ記載されているだけで、現金、預金、固定資産等の資産勘定科目や借入金等の負債勘定科目について全く記載がないものである。

いわゆる総勘定元帳ならば、全勘定科目についての記載があり、その借方・貸方の総金額に関する貸借平均の原理によりそれ自体で検証できる余地があり、また、現金出納帳又は現金勘定を基本として全体の記帳経理の正確性が担保されるもので、これらによってその内容の正確性等を検証できるものであるが、本件元帳は一部の勘定科目の記載しかなく、記載自体から検証することは不可能であるのみならず、原告が現金出納帳又は現金勘定を証する証拠を提出していないことから、他の帳簿から本件元帳の正確性を検証することも難しいことからすると、本件元帳が総勘定元帳の体裁を整えていないことはもとより、勘定元帳の一部としてもその名に値しない資料であって、これにより原告の総収入金額を捕捉漏れなく把握できるといったものでない。

したがって、本件元帳は、単に売上と必要経費ほか若干の勘定科目の明細書と呼ばれる類のものにすぎず、その信用性は低いものというべきである。

さらに、その明細書として本件元帳の内容を見ても、通し番号が連続していないものがあり、このように一部しか提出されていない理由は不明であるが、本件元帳は、電算処理によるものであるから、本来、すべての勘定科目について入力・計算しているはずであり、そのすべてにつき、打ち出しが可能であると思料されるが、一部しか提出されていないことからすると、原告は、自己に有利となる部分のみ提出し、不利となるものは提出していないのではないかとの疑いが残るものであり、このような記載の連続性に欠ける点で、その信頼性はますます低くなるものといわざるを得ない。

(二) 収支日計表

原告は、現金出納帳に代わる帳簿として昭和六三年分の収支日計表を提出する(なお、昭和六一年分及び昭和六二年分は提出されていない。)が、右帳簿は、記載された各取引に係る日付が前後しているものがあること、その筆跡及び筆勢が同一であること、書き誤りによる訂正がないことなどから、日々取引に接着して作成されたものではなく、何らかの資料により一時期に作成されたものと認められる。

また、仮に、右収支日計表が現金出納帳ないしその機能を果たしていたものであるとしても、次のような問題点がある。

すなわち、右収支日計表には、銀行勘定、すなわち、銀行に対し現金を預け入れ又は払い出したときの記帳が全くないこと、小切手を受領したとき、現金入金として「掛売上の入金」欄に記帳をしているが、当然それを銀行で取り立てたりまたは他の取引先に当該小切手で支払をするはずであるところ、それがなされればその取立金等と同額が出金としてここに記載されねばならないところ、それらの記載もないこと、売掛金等が預金に振り込まれたときに「掛売上の入金」欄に記帳されているが、このような場合は現金出納帳に記載する必要はなく、仮に、預金への振込入金を現金入金として記帳するのであれば、同時に、同額を現金出金として記帳すべきであるところ、そのような適正な記帳もなされていない。これらによると、右収支日計表には、個々の金員の動きが正しく記載されていない疑いがある。

さらに、現金出納帳であれば、通常、現金の残高がマイナス(赤字)となることはあり得ないところ、収支日計表においては、一月一日における前年度からの繰越金額が七〇万円と記載されているが、その後においては現金残高の記載が一切なく、日々計算し、記帳していたかは疑問であるのみならず、被告において、現金残高を正確に計算して補正してみたところ、現金残高がマイナスになったり、最高で一一四九万円の現金があったりするなど不自然な状況が顕著に現れるものであり、さらに、被告が、原告の提出した請求書、領収書等の資料に基づいて計算すると、現金残高がマイナスになる日が昭和六三年六月三〇日から同年七月五日までのほか七回あり、現金のマイナスの最高額は三二万二七四七円となっている(なお、後述する原告の自宅の建築資金に係る出金を考慮すると、更にその回数、額は増加するものと思われる。)ものであり、これらからすると、到底この収支日計表が現金出納帳であるということはできず、原証人の証言も信用し難いものである。

仮に収支日計表が現金出納帳として用いられ、その記載が正しいとすると、金がないのに現金の支払があったということであり、もし、事実としてそのような現金の動きがあったのであれば、それに見合う現金の入金(収入金又はその他の入金)があったにもかかわらず、その記載が漏れたため現金残高が不足したということになるから、正しく事実を表していない可能性があり、これをもって実額を立証するに足りる帳簿関係書類とはいい難い。

(三) 工事台帳

原告は、工事原価に係る書証として、各科目の請求書及び領収証のみを提出するが、発生した材料費、労務費、工事経費等の工事原価を工事現場別に整理して記載したいわゆる工事台帳ないしそれに類する書類が提出されていないと、工事原価として支出した金額と工事収入金との対応関係が明らかにできないばかりか、自己固定資産の取得価額とすべき部分の金額、あるいは翌年以降の工事原価となるいわゆる未成工事支出金とすべき金額を計算することができない関係に立つことから、工事についての原告の右主張立証自体が不分明なものと言わざるを得ない。

3  収入金額について

(一) 総論

総収入金額については、原告において原告の収入に関する書証をすべて提出し、原告主張の収入金額に把握漏れがなく、収入金額を細大洩らさず計上した総収入金額の実額であることを立証する必要があるところ、原告の主張する収入金額は、少なからぬ計上漏れがある疑いがある。

原告は、自ら収入金額について再検討し、計上漏れを把握して加算した旨主張するが、それでもまだ多額の計上漏れを指摘することができ、原告が帳簿関係等に基づいて主張した当初の収入金額からすれば五〇〇万円を超える計上漏れがあったこととなり、その格差が甚だしいことからしても原告の本件における総収入金額の主張をそのまま信用することはできない。また、未提出の関係書類の存在も疑われ、到底、その真実の総収入金額を明らかにできたとは言えない。

なお、被告が、行政不服審査段階で収入金額につき明示的に争わなかったのは、原告が、その見直しにより収入金額の計上漏れを自ら加算し、また、被告の指摘した収入金額の計上漏れを認めてこれを加算し、これによって明らかとなった収入金額が、原処分時に被告が把握できた収入金額を超えるものであったので、被告としては、真実の総収入金額は少なくとも右の加算、修正された収入金額を下回ることはないと考え、右収入金額を推計の基礎に用いただけであり、それを真実の総収入金額と認めていたわけではない。

(二) 個々の問題点

(1) 力石との取引について

原告の領収証の控えによると、力石某という得意先から、昭和六二年八月一一日に一〇〇万円を、また、同年九月二日に二六万円をそれぞれ受け取ったこととされているが(乙第四号証)、原告の昭和六二年分の収入補助簿(乙第二号証の二七丁)には、同年八月一一日の一〇〇万円については記帳されているものの、同年九月二日の二六万円については全く記帳されていない。したがって、同年九月二日に原告が力石某から現金二六万円を受け取りながら、収入補助簿には記載しなかったが、本訴に至ってこれを加算して主張したものであると認められる。

(2) 有限会社三上金物店との取引について

有限会社三上金物店からの「取引金額等の照会について」と題する文書に対する回答書(乙第五号証)によれば、昭和六三年三月に原告と同社との間に二〇〇万円の取引があり、同社から同金額を同年三月二九日に現金で受け取ったことが明らかであるところ、原告の同年分の収入補助簿(乙第三号証の五丁)には、同日、また、原告の同年分の収支日計表(甲第九七号証の一三)には、同月二七日に同社から受け取った金額は一五〇万円と記載されている。したがって、原告らが有限会社三上金物店から、同年三月二九日に受け取った二〇〇万円のうち五〇万円を除外して記載していたが、本訴に至ってこれを加算して主張したものであると考えられる。

(3) 梅木工務店との取引について

昭和六二年八月一二日付け梅木工務店あての金額五〇万円の領収証控え(乙第一六号証)があるが、一九九二年九月四日付け原告準備書面別表には計上されておらず、本件元帳にも該当箇所がなく、計上漏れがある。

なお、同日付け岡野製材所あて金額五〇万円の領収証控え(乙第一七号証)があるが、これは、本件元帳の岡野製材所口座では、同日付けで入金五〇万円の計上があり(甲第二号証六八丁)、相手勘定は現金で摘要欄には梅木工務店と記載されており、その意味するところは不明である。

(4) 広藤工務店との取引について

昭和六二年八月八日付け広藤工務店に対する納品書(控)(乙第一八号証)によると、「日の原邸、増築左官工事及び瓦代金一式」二六万七八〇〇円とあるが、本件元帳の広藤工務店口座には当該工事に関する記載がなく、計上漏れがある。

(5) (川東)谷川との取引について

昭和六三年五月二〇日付け(川東)谷川に対する納品書(控)(乙第一九号証)の一枚目に「内塀工事」七七万九二五〇円、二枚目に「吹付工事(タイル)」一八万六五〇〇円の合計金額九六万五七五〇円の記載があるが、本件元帳(甲第三号証二丁)では七六万円と計上されており、二〇万五七五〇円は計上漏れである。

(6) (南方)金垣との取引について

昭和六三年五月二五日付け(南方)金垣に対する納品書(控)(乙第二〇号証)によると、「マサ土ほかの資材及び工事費等」四八万九七五〇円とあるが、一九九二年九月四日付け原告準備書面別表に計上されておらず、また、本件元帳にも該当箇所がなく、計上漏れである。

(7) 譲渡所得の収入金額について

昭和六二年一二月九日付け計田木材に対するユンボの売却代金九〇万円(乙第一〇号証)の計上漏れがある。

3  必要経費の期間対応の計算について

(一) 固定資産取得のための費用について

固定資産等を取得した場合、その取得金額の全額が支出した年の必要経費となるものではなく、原則として、取得金額が一〇万円を超えるものについては、その固定資産等の使用可能期間等に基づいて算出された金額を減価償却費としてその支出した年以後数年間にわたって必要経費に算入することとなるが、これらの点につき個々的に主張、立証する必要があるにもかかわらずなされていない。

(二) 年末における未完成工事について

その年末において未完成となっている工事に係る収入金については、その年分の収入金額に計上されないとともに、当該工事原価として支出された金額も全額が支出された年分の必要経費となるものではなく、未成工事支出金として翌年以降の必要経費となるものであるが、これも同様に明らかになっていない。

未成工事支出金の算出方法についていえば、まず材料費等の額を明らかにする必要があるところ、それは所得金額の計算上、期首材料棚卸高に当期材料仕入高を加え期末材料棚卸高を控除することで算定されるものである。すなわち、材料費の額は、費用配分の原則に基づき、材料仕入高のうち、その年の消費量のみを抽出することによって算定され、次期以降の収入金額に対応する材料仕入高は棚卸資産(貯蔵品)として繰り越されることになる。したがって、すべての材料や貯蔵品の在り高を実地に調査し、その結果である実際の在り高を記載した棚卸表は決算に不可欠な記録であるから、これが存在していなければ、正確な期間損益の計算は不可能となる。それにもかかわらず、原告の場合は、工事台帳もなく、また、期末棚卸表等を提出していない以上、原告の主張を直ちに信用することはできない。

4  必要経費等について

(一) 必要経費に関する主張立証について

(1) 前述のとおり、実額反証を行う以上は、必要経費及びそれと収入金額との対応関係まで明らかにして主張、立証すべきものであるが、原告は、必要経費については詳細に主張しておらず、かつそれに関する書証として領収証及び請求書を提出しているところ、請求書はあるものの領収証の提出のない取引のほか、領収証のみ提出され請求書が提出されていない取引や、請求書の合計表のみは提出されているものの、当該請求書に添付されている納品書又は請求明細書が提出されていない取引が多数存在するところから、これのみでは、その主張及び立証のいずれの点においても不十分であると解されるが、この点を概括的に述べれば以下のとおりである。

(2) 領収証について

通常、領収証は、原告が現金等の支払をすれば取引の相手方より発行されるものであり、領収証の保存があれば、当該領収証に係る支出がされたことは推認されるものではあるにしても、領収証があれば当該領収証に記載された金額がすべて必要経費となるものではない。

すなわち、前記のとおり、固定資産(減価償却資産)の取得価額とすべき支出や未成工事支出金とすべき支出の場合は支出した金額がその年分の必要経費になるものではないし、以下のような支出がされた場合にも、当該支出した金額の全額あるいは一部の金額は、その年の必要経費には算入されないからである。

ア 家事上の経費及び家事関連費について

所得税法四五条一項一号は、家事上の経費及びこれに関連する経費で政令で定めるものは、事業所得の金額の計算上、必要経費に算入しない旨規定し、これを受けた同法施行令九六条一号は、家事上の経費に関連する経費の主たる部分が、事業所得を生ずべき業務の遂行上必要であり、かつ、その必要である部分を明らかに区分することができる場合における当該部分に相当する経費については、必要経費に算入できる旨を明らかにしているところ、領収証は支払年月日、支払先、金額等の記載はあっても、それが家事上の経費に該当しないことが明らかでないし、当然家事に関連する経費であって業務の遂行上必要な部分を明らかにしてもいないのである。

イ 借入金の返済額

借入金を返済した場合は、債務が減少したに過ぎないから、必要経費に算入されないものである。したがって、領収証が提出されていない取引に係る金額については、その支払いの事実が確認できないことから、当該金額が必要経費とされないことは言うまでもないが、右のとおり、領収証が提出されていても当該領収証に係る支出が、全額必要経費に算入されるというものでもない。

(3) 請求書又は納品書若しくは請求明細書について

領収証は提出されているが、請求書又は納品書若しくは請求明細書が提出されていない取引については、右の必要経費とならない部分が含まれている場合に、当該金額を区分することができないばかりか、売上と必要経費との対応関係について立証することができないから、領収証の提出のみでは、請求書又は納品書若しくは請求明細書が提出されない限り、有効な必要経費の立証とはなり得ないことは明らかである。

(4) 会計帳簿について

帳簿書類が過去の営業取引について証拠原因たりうるためには、すべての取引が、関係書類に基づいて、整理された帳簿に継続的に秩序正しく記録されていることが必要である。とりわけ、現金出納帳や銀行帳等は、会計処理上相手科目との照合等による取引全体の記録の正確性をチェックする機能という重要な役割を有するのであって、一定の経費支出があれば、現金勘定又は預金勘定等の減少処理も同時になされるはずであり、経費の支出を資産の減少という面から検証できるから、これらの会計帳簿を欠いての主張・立証は不十分と言わざるを得ない。

(二) 給料手当てについて

原告は、給料手当てに関する書証としては、給与仕切書(甲第五二号の一ないし一一三、甲第五三号証の一ないし一一四、甲第五四号証の一ないし九八)を提出しているが、当該給与仕切書のみでは、以下に述べる理由から実額の立証としては不十分であるといわざるを得ない。

(1) 給与仕切書について

原告の提出する右給与仕切書は、従業員に交付する給与明細書の控に過ぎず、以下に述べる点からして、より信用のおける賃金台帳等の客観的資料の提出がない以上、そのままに信用できるものとは言い難い。

まず、右給与仕切書の数の過不足をみるに、昭和六二年分収入経費勘定元帳(甲第二号証)の給与手当勘定の昭和六二年一二月二九日に給料賃金五二万円が未払計上されているが、それに対応する給与仕切書がない。

また、昭和六三年分収入経費勘定元帳(甲第三号証)の給与手当勘定の昭和六三年一二月三〇日に高次登外三名分のボーナス合計五七万円が計上されているが、それに対応する給与仕切書がない。

したがって、これらの書証のみで正しく給料手当のすべてを表しているかは疑問である。

特に原告が提出した右給与仕切書によれば、受給者の毎月の出勤日数が記載されていることから、その記載の根拠となる出面帳等の従業員の日々の稼動状況を記載した資料が存在するはずであるが、当該資料が提出されていない。これによって従業員のどのような出勤状況に基づいて本件給与が支払われたのかが明らかにできるものである。

また、建物等の固定資産を自ら建設したような場合には、右従業員の稼動の状況を記載した資料は、当該建物等の建設作業に従事した従業員に支払った給料手当を当該建物等の取得価額に振り替えるときにも必要な資料として残されるものである。

これらの重要な資料の不存在ないし証拠としての不提出ゆえに、右給与仕切書の正確性には大いに疑問の残るところである。

また、現金の入出金の状況を記録した現金出納帳等の帳簿や当該給与の受給者の受領印を押印した書類の提出がされておらず、本当に支払の事実があったかについては疑問がある(なお、昭和六三年分については収支日計表(甲第九七号証の一ないし六二)は提出されている。)。

給料等の支払者は、各受給者ごとにその年に源泉徴収した税額と納付すべき税額を精算するいわゆる年末調整を実施することとされているが、受給者別の支給金額、源泉徴収税額、年税額、社会保険料控除の額、扶養控除の額等の年末調整の結果を記載した源泉徴収簿等の書類が提出されていないことからも、右支払の事実に同様の疑問がある。

したがって、この点からも右給与仕切書の正確性の担保できる資料はなくかなり疑わしいものと言わざるを得ない。

(2) 内容上の問題点

源泉所得税の徴収義務者は、前年中の給与所得の金額その他必要な事項を各受給者の住所所在の市町村に給与支払報告書に記載して提出することとされている(地方税法三一七条の六)が、原告が提出した給与支払報告書に記載された金額と原告主張額との間には開差がある。

給料の支給の際に差し引かれることとなっている源泉所得税は、所得税法に定めるところにしたがって、給料の支給額、社会保険料の金額、扶養家族の人数により徴収すべき金額を個別に算出することとされていることから一人一人その金額がが異なって当然であるところ、右給与仕切書によれば、支給額から毎月三千円、五千円、六千円又は一万円といった一定額の源泉所得税が徴収されており、また、源泉徴収されるはずの原計行(原告の妹の夫)からは源泉所得税は差し引かれていないなど右給与仕切書の記載は極めて不自然である。

さらに、原告の自宅の建築工事については、原告の従業員が関与していると思われるが、個人の住居の建築であり、当該工事に従事した従業員に支払った当該労賃等については事業所得の必要経費として認められないところ、給与手当勘定等では、当該自宅の建築費等及びそれに従事した従業員に支払った金額が明らかにされておらず、すくなくとも当該自宅の建築工事に係る労賃相当分について原告が給料として計上したことは誤りである。

(三) 外注費について

原告は、外注費に係る書証として、昭和六一年の外注費補助帳(甲第四号証)、同年分の外注費に係る原始資料(甲第五号証の一ないし一〇七)、昭和六二年の外注費補助帳(甲第六号証)、同年分の外注費に係る原始資料(甲第七号証の一ないし一〇一)、昭和六三年の外注費補助帳(甲第八号証)、同年分の外注費に係る原始資料(甲第九号証の一ないし七八)をそれぞれ提出するが、原告の取引の中には本件元帳(甲第一号証ないし三号証)に計上されているが、外注費補助帳への記帳がなく、請求書及び領収証が提出されていないもの、領収証はあるものの外注費補助簿への記帳がなく、請求書も提出されていないものなど、各書証の間の矛盾、記載の不合理性、原始資料の一部欠缺などが見られ、これらの問題点があることに鑑みると、原告の外注費の主張が真実であるかは疑わしい。

(四) 仕入れについて

原告は、仕入に係る書証として、昭和六一年の仕入補助帳(甲第一〇号証の一ないし七〇)、同年分の仕入に係る原始資料(甲第一一号証の一ないし二二号証の一八)、昭和六二年の仕入補助帳(甲第二三号証の一ないし八三)、同年分の仕入に係る原始資料(甲第二四号証の一ないし三四号証の二三)、昭和六三年の仕入補助帳(甲第三五号証の一ないし七二)、同年分の仕入に係る原始資料(甲第三六号証の一ないし五一号証の四)をそれぞれ提出するが、これらについても、原告の取引について請求書または領収証が提出されていないものがあること、請求月の合計請求額を記載した書類が提出されているのみで個々の取引の内容を記載した納品書または請求明細書が提出されていないものがあること、同一の取引について元帳の仕入勘定に二重計上されているものがあることなど、原始資料の欠缺、不合理な記載内容があり、原告の仕入に関する主張が真実であるかは疑わしい。

(五) 福利厚生費、接待交際費、雑費について

右各科目については、飲食店、酒店、スーパー、洋服店等に対する支払がほとんどであることから、家事上の経費及び家事関連費が含まれている可能性があることが想定されるが、その具体的内容は明らかにされておらず、その支払の事実が確認できないほか、業務遂行上の必要性についても一切判明していないことから、これらすべての費用を必要費用として認めることはできない。

(六) 水道光熱費について

電気代に関する計算書及び領収証が提出されていないほか、減価償却費の計算書(甲第七二号証ないし七四号証)によれば、昭和五七年に取得した事務所の事業割合は五〇パーセントとなっているが、事務所に係る電気代について当割合が加味されていない疑いがある。

(七) 消耗品費、修繕費について

消耗品等のうち金額が一〇万円を超えるものについては、固定資産(減価償却資産)に計上すべきであるところ、一〇万円を超える領収証しか提出されていないものについてはその判断ができないため、原告の計算をそのまま信用することはできない。

(八) 減価償却費について

減価償却の計算書において、各年分の中途に取得した固定資産(減価償却資産)が記載されているにもかかわらず、その取得費用等に関する書証が一切提出されていないため、その取得の内容が不明であり、当該年度でいくら償却すべきか不明となるから、立証不十分である。

(九) 雑収入について

甲第八五号証の一二及び一三によれば、昭和六二年五月一二日に固定資産税について、年税額の二一万五八二〇円から前納奨励金三七七〇円を差し引いた二一万二〇五〇円を支払ったこととされているが、売上経費勘定元帳(甲第二号証)の租税公課勘定には、同日分として二一万五八二〇円が計上されている。右差額三七七〇円は雑収入として計上されるべきである。

(一〇) トヨタハイエースについて

原告は、昭和六三年七月二九日、中野自動車から、トヨタハイエースを二五三万七〇〇〇円で購入したとして、決算書において減価償却費の計算をしているが(甲第七四号証)、これが個人用か事業用かについては疑問があり、事業用とするには、そのような取扱いをする根拠が不明であって、これをそのまま必要経費とするわけにはいかない。

(一一) 原告の自宅等の建築について

原告は、昭和六二年から昭和六三年にかけて、自宅等を建築しているが、当該建築資金等は相当高額な金額であろうと想定されるが、当該資金の手当てや当該資金と事業所得上の資金との関連の有無などは本件元帳にも記載がなく不明である。したがって、原告は、原告提出の帳簿書類等に記載されている資金関係以外にも相当額の資金を運用していたものと思われるが、原告には、事業所得による収入以外には多額の資金を得る道はないことから、これに関する取引について記載漏れがあるものと疑われる。

七  実額についての被告の主張に対する原告の反論

1  実額についての被告の主張(以下「被告の主張」という。)1の立証責任の点は争う。行政処分の適法性については、被告がその処分を適法と考えて処分をしたのであるから、立証責任は被告にある。したがって、本件でも、収入金額と必要経費の額については被告に立証責任があり、推計課税に対し原告がなす実額反証は文字どおり反証で足りる。

収入金額について、原告側に一定額以上の収入が存在しないことの立証を求めることは不可能を強いるものである。また、必要経費についても、少なくとも当該年にその経費を支出したことが立証できれば足り、それがどの収入に対応する経費かを厳密に立証することまでは必要ないと解すべきである。全ての領収証にどの収入に対応する経費かを記載することは不可能であり、また、膨大な領収証の全てについて原告が収入との対応関係を記憶しておくこともまた不可能である。

2  同2について

(一) 原告が提出した昭和六一年分ないし昭和六三年分の本件元帳は、いずれも領収証等の原資料に基づいて作成したものであり、これらの資料を前提とした最も正確な帳簿である。原告は、通し番号が連続していないことを指摘するが、本件元帳に記載した番号の一部は取引先のコード番号であり、当該番号の取引先と年間を通じて取引がなければ出力されないものである。すなわち、欠落する番号については、該当部分について記帳する内容がそもそも存在しないに過ぎない。

(二) 原告の提出する収支日計表は、原告の事務員が個々の取引に接着した日に記入、作成したものであり、筆跡が同一であるのは当然のことである。そして、その日の収支を記入した後、前日の取引の未記入分を記入する必要が出てくることは事業現場ではよくあり、日付が前後している箇所があるのはそのためである。日付が前後していることは、整理した上で一時期にまとめて記入したものでないことの何よりの証拠である。また、右書類は、現金出納帳ではなく、支出に重点を置いて記入された帳簿に過ぎないのであり、収支の残高を計算することを意図して作成されたものではない。

(三) 工事台帳は作成していないが、零細な事業者の場合、工事の規模も小さく、工事台帳を作成する必要性がないからである。

3(一)  同3の(一)の主張は争う。原告は、被告の指摘に基づき、記録を逐一調査し、自主的にこれを訂正して総収入金額の立証を尽くすべく努力し、可能な限りの資料を提示しつつ誠実に行なっており、原告の立証は充分になされている。

なお、総収入金額に関しては、そもそも異議申立手続及びそれに続く審査請求手続において何ら争いがなかったが、本訴訟手続になってから被告が争点として提起したものである。

(二)  同3の(二)について

(1) 力石との取引について

確かに収入補助簿(乙第二号証)には昭和六二年九月二日分の記載はない。しかし、その点は領収証の控えを精査した上で単純な記帳漏れであることが判明したので既に異議申立の段階で訂正している。したがって、本訴に至って加算して主張したものではない。

(2) 三上金物店との取引について

領収証(甲第一一一号証)が存在するとおり、領収金額一五〇万円であり、三上金物店が記帳ミスをしていたものである。乙第一二号証の金額二〇〇万円の領収証は、その用紙も当時原告方で使用していたものではないし、その筆跡も原告あるいは原告の従業員原繁子のものとは異なる。

(3) 梅木工務店との取引について

この工事は岡野製材と梅木工務店が合同で受けた工事であり、最初、五〇万円の領収証を岡野製材宛で発行したところ、梅木工務店宛で発行してほしい旨求められ、再発行したものである。本来であれば、先に発行した領収証を回収し、控えを破棄すべきであったところ、それを怠ったものではあるが、計上漏れではない。

(4) 広藤工務店との取引について

昭和六二年八月八日付けの請求書(乙第一八号証)を一旦作成したものの、発送以前である同月一四日に一五万円の入金があったためこれを発送せず、同年一〇月三一日付けの請求書で先の分も含めた金額として請求したものである。右事実は、昭和六二年一〇月三一日付け納品書(甲第一一二号証の一、二)掲載の瓦代金と乙第一八号証の同代金額が一致することからも明らかである。したがって、計上漏れではない。

(5) (川東)谷川との取引について

昭和六三年五月二〇日付けの二〇万五七五〇円の売上は、そのうち二〇万円が前年一二月三一日に内金として入金があったものであり、その時点で昭和六二年分売上として計上し、端数となる五七五〇円は値引きしたものである。したがって計上漏れではない。

(6) 譲渡所得の収入金額について

確かに、ユンボ代金を外注費に計上したのは誤りであったが、そもそも譲渡所得として計上すべきものであり、事業所得に係わる売上ではない。

3  被告の主張3について

(一) 固定資産の取得費用については減価償却費として数年間にわたって経費に算入している。

(二) 原告の行う工事のうち工期が何か月にも及ぶものについては、これを一式工事として請けることはなく、月末時点での出来高計算(売上)で請け負うものである。したがって、未完成工事支出金はそもそも存在しない。特に年末は正月を控えて工事を完成してしまうことがほとんどであり、翌年に工期がかかるケースもほとんどない。

また、期末材料棚卸高についても、原告の場合、小規模工事と手間工事であるため、すべて現場に必要な数量のみを仕入れ、直接現場に届けてもらうやり方となる。またセメント袋などは冬場湿って使用できなくなることがあるし、ブロックなどは置き場の確保にも困る事情もある。つまり、かような場合、事情から棚卸はない。

これらの点に関する被告の主張は、いずれも原告の実態からは完全に乖離しており、原告の業務実態を全く理解していないことの証左である。

4(一)  被告の主張4の(一)について

経費の計上について、被告は、書類が一式揃っていないことをもって不充分であると主張するが、およそ原告程度の規模の業者において、請求書や領収書等を完璧に整えている業者こそむしろまれと言うべきであり、取引の実態にそぐわない主張である。被告よりかかる主張がなされること自体、いかに被告が業者の実態を把握せずに税務に携わっているかを暴露するものに外ならない。他方、原告においては、可能な限り詳細な帳簿を作成し、むしろ原告程度の規模の業者にあっては、比較的経理的な処理がきちんとなされていると言える。

なお、原告は、家事上の経費は事業と区別して処理をしているし、原告の借入先は金融機関だけであって、債務を返済した場合が経費に算入される可能性はない。

(二)  被告の主張4の(二)(給与)について

給与については、被告は給与仕切書のみでは不十分であると主張する。しかし、給与に関する資料がこれ以外に存在しない以上、そのことのみで右記載が不正確であるとか信用できないとかいう根拠とはならず、給与手当を立証する方法としては右仕切書の存在で十分である。

また、原告の自宅の建築工事について原告の従業員が関与した事実はない。原告の自宅の建築とは、正確には納屋を壊して子供部屋を増築したものであり、右工事については主として原告の父親が監督し、前川工務店の職人に工事をしてもらった。

(三)  被告の主張4の(三)(外注費について)

およそ原告と同業種、同程度の規模の会社で、外注費につき、請求書と領収書との両方がきちんと揃っていること自体あり得ない。特に請求書については、現場において口頭で請求されることも多々あるのが現実であって、そんなものをいちいち取り交わしたりする方が少ない。

およそ請求書及び領収書を全て揃えなくては立証を尽くしたことにならないという主張は、被告の甚だしい現状不認識に基づいている。

(四)  被告の主張4の(四)(仕入れ)について

この点についても、被告は、前項と同様に、請求書、領収書等およそ取引で交付される可能性が考えられる全ての書類を発行、受領、保存しておかなくてはならないかの如く主張する。しかし、右被告の主張は取引の実態とは全くそぐわない。

(五)  被告の主張4の(五)(福利厚生費、接待交際費、雑費)について

これらはいずれも業務上の経費であることは明らかである。

(六)  被告の主張4の(六)(水道光熱費)について

電気代については銀行の預金からの引き落としの方法で支払っている。また、事業割合を加味していないのは、電気のメーターが事務所建物の一階と二階とで別になっているため、その必要がないからである。

(七)  被告の主張4の(七)(消耗品費、修繕費)について

固定資産に該当するものはない上、そもそも被告の主張自体不正確である。

(八)  被告の主張4の(八)(減価償却費)について

減価償却費の計算は甲七二ないし七四号証のとおりであり、それに関する書証も存在する。

契約書の存在しないものについては、中古品のうち同業者や知人から譲り受けたもの、あるいは金額の小さいものについては契約書を作成してもらえないことが多いこと、昭和五七年以前のものについては同年、事務所を移転した際に紛失したものもあること等の理由によるものである。

(九)  被告の主張4の(一〇)(トヨタハイエース)について

右自動車は貨物型式のバンであり、明らかに業務用のものである。登録名については「日高工務店」という個人営業の屋号では登録できないため、当時は個人名で登録するしかなかったものである。

(一〇)  被告の主張4の(一一)(自宅等の建築)について

工事の概要は前記二のとおりであるが、その費用については自己資金と簡易保険を担保にした借入金とで充てた。

第三証拠

本件訴訟記録中の証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1及び2の各事実(原告の地位及び本件各更正の経緯等)については当事者間に争いがない。

二  推計課税の必要性について

本件各更正が、推計の方法によって原告の所得金額を算出してなされたものであることは当事者間に争いがないところ、原告は、原告が調査に協力しなかったという事実はなく、推計の必要性がなかったと主張するので、この点につき判断する。

1  前記「本件課税処分等に係る経緯について」に記載の事実のうち争いがない事実、証人三宅修及び同原繁子(後記採用しない部分を除く)の各証言、原告本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く)、成立に争いのない乙第八号証並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  原告は、昭和六一年ないし昭和六三年当時、左官工事業及び土木工事業を営んでおり、毎年確定申告をしていたが、平成元年三月にした昭和六三年度分の確定申告の際、申告書に収支内訳書を添付していなかったことから、被告では、原告の所得について昭和六一年度分から昭和六三年度分まで調査することなり、被告の所部係官であり広島北税務署で所得税の調査事務を担当していた三宅係官が担当することとなった。

(二)  三宅係官及び中田係官は、平成元年四月一二日、事前の連絡なく原告の自宅に赴いたところ、原告は不在で、原告の両親が応対した。三宅係官は、原告の両親に対し、本件係争年分の所得税の調査のために訪問した旨を告げたところ、両親は、原告が不在であること、原告の事務所には原繁子がいるだけであることを回答したため、原告が不在なので同月一八日午前一〇時に再度来訪すること、その際確定申告の基となった帳簿関係を確認させてもらいたいことを告げ、両親からその旨を原告に伝えるとの回答を得て辞去した。

三宅係官及び中田係官は、その後、原告の事務所を訪れ、原告は不在であったが、原告の妹であり原告の従業員として原告の事業に関する経理を担当し、帳簿等の記帳を行なっていた原繁子が応対した。三宅係官らは、原繁子から事業内容の概況を聞いた後、同女に帳簿類の提示を要請し、同女が外出するまでの間、提示のあった昭和六三年度分の売上帳と仕入帳を約一五分程度閲覧し、売上先及び仕入先をメモした。そして、原繁子に、次回、同月一八日に原告の自宅に行くこと、その際、申告の基となった帳簿書類を用意しておくことを原告に伝えるよう依頼し、原繁子はそれを了解し、同女はそのころ原告にその旨を伝えた。

(三)  同月一八日午前一〇時ころ、三宅係官は原告の自宅に赴いたが、誰もいなかったため、そのまま原告の事務所に赴いた。しかし、そこには原告の従業員二名がいただけで原告や原繁子が不在であり、原告の自宅に戻った後、再度原告の事務所付近でようやく原繁子に出会ったが、原告と会うことはできず、結局、三宅係官は原繁子に対し、原告の都合を確認した上、翌日に電話連絡をしてくれるよう依頼して帰った。また、その際、三宅係官は、原繁子から、原告の事業に関する帳簿が民商に預けてある旨を聞いた。

(四)  同月一九日朝、原繁子から三宅係官宛に電話があり、原告が仕事の納期の関係で手が離せないこと及び原繁子の健康上の理由から調査に応じることができるのが同年五月一〇日以降になることを告げたため、三宅係官はもう少し早い時期の調査を希望したが、結局、原繁子はそれに応じず、三宅係官もやむを得ないものと考え、同年五月一〇日以降、原告側から都合のよい日を三宅係官宛に連絡することとなった。そして、被告は、部内で協議の上、それまでの間に、原告の取引先に対する反面調査を行うこととし、同年五月二二日ころから原告の取引先に反面調査の書面を送付した。

(五)  同年五月一〇日、三宅係官は、原告方に電話したが不在であり、その後も同月一八日までの間、何度か電話したが、原告本人が旅行中であるとのことで原告と話をすることができず、原告の両親に対し、原告本人から連絡をもらいたい旨を告げるに止まった。そして、同月一九日、原繁子から三宅係官宛に、同月二五日が都合がよい旨の電話連絡があった。

(六)  同月二五日午前一〇時三〇分ころ、三宅係官が原告事務所に臨場したところ、原告のほか原繁子と民商事務局員の内野がいたため、三宅係官は、原告に対し、守秘義務上の問題から第三者の立会いを認めていない旨を説明し、内野の退席を求めた。しかし、原告及び内野はこれに応じず、内野の立会いなく帳簿を提示することを拒否したため、三宅係官は、原告から事業内容についての概括的な聴取を行った後、第三者の立会いのない状態での帳簿書類の提示を求めたが、結局、原告は、考えさせてほしいということとなり、三宅係官は、同月三〇日までに第三者の立会いのない状態での帳簿の提示がない場合には被告のほうで調査を進める旨を原告に伝え、辞去した。なお、右同日、原告の帳簿は原告の事務所に置いてあり、その大部分は三宅係官から見えないロッカー内にあり、一部は机上に置いてあったが、原告は内野の立会いなく提示することを拒み、また、現に内野が同席していたため、三宅係官はこれらの帳簿を閲覧調査することはしなかった。

(七)  同月三〇日、原繁子から三宅係官に電話があり、帳簿の整理中であるためもう少し時間がかかる旨を述べたため、三宅係官は、整理は不要であることを回答し、そのままの状態での帳簿の提示を求めた。しかし、原繁子は、やはり帳簿を見直したいとの意向であったため、三宅係官もそれに応じ、同年六月五日に再度赴くので、その際に帳簿類を提示するよう告げた。

(八)  同年六月二日午後一時一〇分ころ、原告から三宅係官に電話があり、被告が反面調査のため原告の取引先に照会文書を送付したことに抗議するとともに、「外注先とか全部見られては下請けに迷惑がかかるので、結局、帳簿は見せられん。」との話があり、三宅係官が「帳簿の提出がないということは調査に協力していただけないということか。」と聞いたのに対しては、「勝手に調査してくれ。協力せん。帳簿は整理中だが、忙しいし見せるものはない。五日に来ても空振りになる。」との回答であった。そのため、三宅係官は、被告のほうで調査を進める旨を告げた。

(九)  以上の経緯から、被告は、原告から協力を得るのは無理であると判断し、本件係争年分の原告の所得金額を推計によって算出し、本件各更正及び本件各決定を行った。

以上のとおり認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果及び証人原繁子の証言の各部分は採用することができない。

2  右認定の事実によれば、原告は、平成元年五月二五日の調査の際、第三者である民商職員の立会いに固執し、被告担当職員に対して立会いなく帳簿を提示することを拒み、本件調査に協力する態度がみられなかったばかりでなく、同年六月二日には、被告担当職員に対し、今後、調査への協力をしない意思を明確にしたものであり、被告が、原告の事業所得金額について、原告に対する質問調査等によってこれを把握することが困難であると判断して独自の調査を行い、その結果を基に推計の方法によって右金額を算出したことはやむを得なかったものであると認めることができるから、本件においては推計の必要性があったものというべきである。

なお、原告は、平成元年四月一二日には原事務員が帳簿の提出に応じている上、同年五月二五日には調査に第三者の立会いを認めるかどうかで対立したため、被告が原告の帳簿を見ることが可能であったのに調査をしなかったものであり、帳簿等の提出そのものを拒否したわけではないと主張するが、同年四月一二日の帳簿の提出については、前記認定のとおり、原告の事業に係る帳簿の一部であり、かつ、ごく短時間の閲覧調査に止まっており、右事実が本件における推計の必要性を否定するものでないことは明らかであるし、また、後者の第三者の立会いについても、被告担当職員の行う質問検査は、調査対象者のみならず取引先である第三者の秘密事項等にも及ぶ可能性があることなどを考慮すれば、これを認めないことも被告担当職員の裁量の範囲内の行為であると認められ、そうであれば、三宅係官が原告に対し、内野等の第三者の立会いのない状態での帳簿の提示を求めた行為は権限内の正当な質問検査権の行使であり、にもかかわらず、原告が第三者の立会いに固執し、立会いのない状態での帳簿の提示を拒んだ行為は帳簿の提示の拒否に他ならないものであり、原告の主張は採用することができない。

また、前記認定のとおり、被告による調査に際し、原告に対し、臨場について事前の連絡がなく、また、原告本人の調査をする前に取引先への反面調査に着手しているが、これら調査の時期や方法等は税務職員の合理的な裁量に委ねられており、本件税務調査の方法等は、右裁量の範囲内と認められ違法な点はなく、推計の必要性を否定する事由にもなり得ない。

三  推計課税の合理性について

1  収入金額

被告は、原告の業務形態を左官工事業及び土木工事業の兼業とした上で、原告の取引先に対する反面調査によって把握した収入金額を、左官工事業に係る収入と土木工事業に係る収入とに分けた上、左官工事業と土木工事業それぞれについて類似同業者の所得率の平均を乗じて算定した金額を合算して原告の本件係争年分の事業所得の金額を算出していることが認められる(弁護の全趣旨)。

そこで、まず、被告のした推計課税の基礎となった原告の収入金額の右区分が相当であるか否かについて判断する。

(一)  前示のとおり被告が推計の基礎とした原告の収入金額については、被告は、原告の取引先に対する反面調査の結果及び原告から提出のあった売上補助簿(乙一ないし三)の記載により工事内容を検討し(なお、工事台帳は作成されていない。)、それに基づいて左官工事業に属する工事による収入と土木工事業に属する工事による収入に区分したものであり、その内訳は別表三の1ないし6記載のとおりである。

もっとも、原告は、被告による右収入の区分は明確な資料に基づいてなされたものではない旨主張する。確かに、被告が、原告の収入を二分するに際して根拠の一つとした前記売上補助簿には、左官工事と土木工事が必ずしも明確に分類されて記載されてはいないが、工事内容の記載がなされているものもあり、その工事の収入が左官業と土木業のいずれに属するのかを区分するに際しての資料になり得るものというべきである。

また、原告本人尋問の結果及び証人原繁子の証言によれば、原告の営業は原告を中心とする左官部と呼ばれるグループと原告の妹の夫である原計行を中心とする土木部と呼ばれるグループに分かれてなされており、前者は左官工事を、後者は土木工事をそれぞれ主に行なっていたものの、前者が土木工事を、後者が左官工事をそれぞれ行うこともあったことが認められる。

しかしながら、前示のとおり、被告は、当該工事の客観的性質、内容により区分したものであり、単に、左官部のした工事を左官工事とし、土木部のした工事を土木工事として担当者別に区分したものではないから、右認定の事実をもって被告のした原告の収入分が誤っていると評することはできない。

(二)  原告は、各工事のうち、被告の区分には誤っているものがあると主張し、証人原繁子のそれに沿う趣旨の証言部分もあるので、この点について検討する。

まず、昭和六一年分の左官工事収入金のうち、柳との取引については、原証人が土木工事であると証言し、売上補助簿(乙第一号証、二二丁)でも土木部の工事の欄に記載されている上、右売上補助簿には、工事内容が「計量器基礎式一式工事」である旨の記載があることからすれば、右工事は土木工事であり、それによる収入(四五万円)は土木工事業による収入と認めるのが相当である。

また、昭和六三年分の左官工事収入金のうち、千代田町農業協同組合との取引については、売上補助簿(乙第三号証、一六丁)では左官工事として区分されているものの、同帳簿の記載によれば、工事内容はブロック工事(BL工事と記載されている。)や埋立工事を主な内容とするものであるから、土木工事であって、それによる収入(一六万一四〇〇円)は土木工事業による収入と認めるのが相当である。

しかしながら、その余の工事については、被告の区分が明らかに誤っていると認めるべき証拠はない(右の点に関する原証言は、具体的な根拠に基づかないものが多く、その内容も曖昧なものが多い上、その証言を裏付ける証拠がなく、たやすく信用できない。)。

(三)  なお、前項記載の二つの工事のほか、原証人が被告のした区分が誤っていると証言で指摘する工事のうち(被告の平成七年一二月一一日付準備書面添付の別紙一のうち「二 区分け」欄参照)、売上補助簿の記載からは区分が明確でないと認められる後記(1)、(2)記載の工事につき、仮に原証言に従い、被告の区分が誤りであるとするほか、同証言においても区分がなお不明なものは原告に有利な所得率の低い左官工事に区分替え(なお、昭和六一年分の千代田工務店との取引については、左官工事である可能性の高い「ゴルフ瓦修理」の三〇〇〇円のみを区分替えするものとする。)をしたとしても、それによって算出される所得金額はいずれも本件更正処分によって認定された所得金額を優に上回るものである。(前記別紙一のうち「一 再計算」欄参照)

(1) 昭和六一年分の土木工事

<1> 千代田工務店 九七万三〇〇〇円

<2> 千代田工業株式会社 二一〇万円

<3> 大谷建設 八四万三〇〇〇円

<4> 三宅宗三 八五万六〇〇〇円

(2) 昭和六三年分の土木工事

<1> 菊川 五万〇五五〇円

<2> 田中 一一万円

(四)  以上によれば、被告の推計の基礎となった原告の収入金額のうち、一部(前記(二)に記載の二つの工事に係る収入)については被告の区分は誤りであるというべきであるが、その余については被告のした区分に誤りを見出すことができない。そして、右の区分の誤りが、原告の事業所得に影響を及ぼす程度は軽微であってとるに足りないばかりか、証拠上、右区分が明確でない工事や原証言の指摘する前記工事を原告に有利な区分に置き替えて所得金額を算定してもなお、本件更正処分のそれを優に上回る所得金額が認められるのであるから、被告の区分の誤りを理由に被告の推計を非難する原告の主張は理由がない。

2  所得率

次に、被告が推計課税において使用した平均所得率につき、その合理性について判断する。

(一)  推計課税は、所得を実額で把握することが困難な場合、税負担公平の観点から、実額課税の代替的手段として、合理的な推計の方法で所得を算定することを課税庁に許容した実体法上の制度と解するのが相当であり、実額課税とは別に課税庁に所得の算定を許す行為規範を認めたものであって、真実の所得を事実上の推定によって認定するものではない。したがって、その推計の結果は、真実の所得と合致している必要はなく、実額近似値で足り、推計の方法も真実の所得を算定し得る最も合理的なものである必要はなく、実額近似値を求めうる程度の合理性が認められれば足りるというべきである。

(二)  被告が平均所得率を算定した方法について、証人米森英次の証言及びそれより真正に成立したものと認められる乙第六号証、第七号証の一ないし五四、成立に争いのない乙第九号証並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 被告は、類似同業者の抽出にあたり、原告が兼業者であることから、原の住所地を所轄する広島北税務署及び同署に隣接する各税務署(広島東、広島西、廿日市、海田、西条、吉田)並びに広島県北部の二税務署(三次、庄原)の合計九税務署管内で事業を営む個人事業者の中から前記第二の三の3(二)(1)Ⅰ記載の要件を満たす兼業者を抽出することとし、また、右要件を満たす兼業者がいないときに備えて、左官工事業者及び土木工事業を営む者のうち前記第二の三の3(二)(1)Ⅱ及びⅢ記載の各要件を満たす者を抽出することとした。

(2) 右抽出の結果、要件を満たす兼業者がいなかったため、要件を満たす左官工事業者及び土木工事業者を抽出し、各事業者の収入金額、経費の額を把握し、左官工事業者及び土木工事業者のそれぞれにつき、本件係争年ごとの算出所得率を算出した。抽出した類似同業者の数、平均所得率の算定経過及び平均所得率は別表四の1ないし3及び別表五の1ないし3記載のとおりである。

(三)  右認定事実によれば、被告は、原告が兼業者であることを考慮し、先ず前記九税務署管内で所定の抽出要件を満たす兼業者の抽出を試みたが、兼業の類似同業者はいなかったため、やむなく兼業する二つの業種についてそれぞれ類似同業者を抽出し、それぞれの平均所得率を算出して原告の所得を推計したものであって、実額近似値を求める手法として、いずれか一方の業種の平均所得率を使用する場合よりも合理的な推計方法であると認められる。

また、被告のした類似同業者の抽出の基準は、業種の同一性、事業所の近接性及び事業規模の近似性等を考慮したものであり、同業者の類似性を判別する要件として合理的なものと認められ、また、被告は、前記の抽出要件に該当する同業者をすべて機械的に抽出したものであり、その過程に被告の恣意が介在する余地も認められず、さらに、本件の類似同業者は、いずれも帳簿等の書類の裏付けを有する青色申告者であるほか、経営状態が異常な者、または更正に対して不服申立てをし、あるいは訴訟を提起するなどしている者が除外されていることに照らすと、その資料の正確性も担保されていると認めることができる。

以上によれば、被告がした推計方法には合理性があると認めることができる。

(四)  もっとも、原告は、所得率は、事業規模が大きいほど低下することを理由に、原告の売上げを左官工事業に係るものと土木工事業に係るものに二分し、それぞれに、各収入金額を基準として抽出した類似同業者の平均所得率を乗じた場合には、実際の所得よりも多くなると主張する。

しかし、前記のとおり、推計課税の場合は、得られる資料によって実額の近似値を求め得る合理的な推計方法を取れば足り、実額との一致を要求するものではないところ、被告のした推計の方法は、得られた資料から実際の所得率の近似値を求めることのできる合理的な方法であると認めることができる(類似同業者の抽出にあたり、原告の総収入金額を基準としたほうが、被告のした推計方法より実際の所得率に近い平均所得率を算出できることの確証はない。)。また、被告のした類似同業者の抽出に際していわゆる倍半基準が採用されており、事業規模についてもある程度幅のある業者が抽出されていることにも鑑みれば、この点について、被告のした推計が不合理であるとは言えない。

(五)  また、原告は、(1)被告による類似同業者抽出について、原告の主たる営業場所である広島県山県郡千代田町の地域的な特性(寒冷地であること及び農村部であること)を考慮せず、県内の臨海部の同業者も加えており、その間の所得率には明らかな差があること、(2)原告については税務申告の際の業種である左官業でなく、営業実態から左官業と土木業の兼業であるとしてこれを推計の基準としながら、類似同業者抽出に際しては税務申告による業種によっており、不合理であることを主張する。

しかし、右(1)の点については、推計課税は、納税者の所得金額が直接資料によって把握することができない場合に、やむを得ず間接資料によって推計した金額をもって真実の所得金額に近似するものとして認定し、課税するものであるところ原告と類似同業者の類似性を過度に要求するときは、推計の方法による課税自体を不可能にすることになりかねず、所得税法が推計による課税を認めている以上、業種・業態・事業所の所在地、事業規模などの基本的な要因において類似同業者の抽出が合理的であれば、類似同業者間に通常存在する程度の個別的な営業条件の差異は、それが推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、その平均値(平均所得率)を算出する過程で捨象されるものというべきである。そして、本件については、前記のとおり、類似同業者の抽出範囲が原告の事業所を所轄する税務署及びそれに隣接する各税務署並びにより県北に位置する二税務署(三次、庄原)の各管内とされたことに鑑みると、類似同業者の抽出基準は合理的であり、また、抽出した類似同業者の数は、別表四の1ないし3及び別表五の1ないし3記載のとおりであって、いずれも同業者の個別性を平均化するに足りる抽出件数であるということができる。したがって、原告が主張する主たる営業場所の地域的な特性という事情は、類似同業者間に通常存在する程度の差異であり、この点が推計を不合理ならしめるような特殊な事情であるということはできない。

次に、原告は、右(2)の点、すなわち、原告については業務実態(左官業と土木業の兼業)を基準とし、類似同業者の抽出に際しては税務申告における業種を基準にしたことを非難する。しかしながら、原告の事業内容の実態は左官業と土木業の兼業者であること、被告は兼業する二つの業種について、それぞれ類似同業者を抽出し、原告の所得を推計したこと、被告の採用した右推計方法が不合理とはいえないことは、前記認定、説示のとおりである(前記(一)ないし(三))のみならず、原告は、被告の推計方法の誤りとする右の点が、平均所得率の算出に関して具体的にどのような影響を及ぼすのかについて明らかにしないこと、また、類似同業者の抽出に際して業務実態をすべて把握することは不可能であることに鑑みても、右の点が被告のした推計を不合理ならしめるものということはできない。

3  以上のとおり、被告が本件において採用した推計方法は合理性を有するものであり、前記の左官工事業及び土木工事業の各収入金額の区分について修正した上での原告の本件係争年分の総所得金額は別表七のとおりである(被告の主張する別表二の推計による総所得金額を上回るものである。)。

四  原告の実額の主張について

1  立証責任について

推計課税は、税負担公平の見地から、納税者の所得を認識することができる帳簿等の資料がないからといって課税を放棄できないため、推計の必要性の存在を要件として、実額課税に代替する手段として認められたものと解すべきであり(所得税法一五六条)、現実の所得が明らかになれば実額課税の原則に戻り推計による課税処分は取り消されることになると解すべきものであるから、被告の推計課税に対して、原告が実額による課税をすべき旨を主張する場合には、原告に現実の所得金額の立証責任があるというべきである。具体的には、原告は、その主張する収入金額が収入のすべてであること及びその主張する必要経費がその年に発生確定し、事業との関連性を有することを立証しなければならない。

2  原告は、その主張する収入金額が原告の総収入である旨主張し、その証拠として本件元帳(甲第一ないし第三号証)及び収支日計表(昭和六三年分、甲第九六号証の一ないし六二)を提出している。

(一)  まず、本件元帳については、原告は、いずれも領収証等の原資料に基づいて作成した正確なものであると主張している。

しかしながら、本件元帳は、その体裁から見て、取引に接着して記帳されたものではなく、本件の争いになった後に作成されたものであることが窺われるほか、勘定科目のうち売上等の一部の科目についてのみ記載されたものであって、現金、預金、固定資産等の資産勘定科目や借入金等の負債勘定科目については全く記載がなく、本件元帳自体からその正確性を検証できないものである上、本件元帳の記載の正確性を認めるに足りる他の証拠(現金出納帳や現金勘定を証する証拠)もないので、信用性に乏しいものというべきである。

さらに、本件元帳には次のような個々的な問題がある。

(1) 昭和六二年八月一二日付け梅木工務店宛の金額五〇万円の領収証控え(乙第一六号証)があるが、同年分の本件元帳(甲第二号証)には記載がなく、計上漏れの可能性がある。

もっとも、同日付の岡野製材所宛の同額の領収書控え(乙第一七号証)があり、本件元帳の同製材所(製作所)口座には同日付けで同額が計上され、摘要欄には梅木工務店との記載があるところ、原告は、右工事は岡野製材所と梅木工務店が合同で受けた工事であり、当初、岡野製材所宛で領収証を発行したが、梅木工務店宛で発行することを求められ、先に発行した領収証を回収・廃棄しないまま再発行したものであると主張するが、これを裏付けるに足りる証拠はなく、計上漏れの可能性を否定できない。

(2) 昭和六三年五月二〇日付け谷川(川東)に対する納品書(乙第一九号証)の合計額が九六万五七五〇円となっているが、同年分の本件元帳(甲第三号証)には七六万円のみが計上されているに過ぎず、差額の二〇万五七五〇円は計上漏れの可能性がある。

原告は、差額のうち二〇万円は前年一二月三一日に内金として入金があり、残余の五七五〇円は値引きしたものであると主張するが、右納品書にはその旨の記載がなく、その他右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(3) 昭和六三年五月二五日付け(南方)金垣に対する納品書控え(乙第二〇号証)には工事費及び材料費等として四八万九七五〇円の記載があるが、同年分の本件元帳(甲第三号証)にはその旨の記載がなく、計上漏れの可能性がある。

以上のとおり本件元帳には、その信用性、記載の正確性に問題があり、原告の主張する収入が総収入であることの証拠とすることはできない。

(二)  また、現金出納帳に代わる帳簿として提出された昭和六三年分の収支日計表(甲第九七号証の1ないし62)については、原告は、原告の事務員が個々の取引に接着した日に記入、作成したものであると主張し、証人原繁子もそれに沿う証言をしている。

しかしながら、右収支日計表には、残高の記載や銀行勘定の記載がないうえ、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一四号証及び第一五号証によれば、右収支日計表の記載が正確なものであるとすると現金残高がマイナスになったり一〇〇〇万円を超える現金があったことになるなど不自然な状況があるほか(現金出納帳であれば、通常、現金残高がマイナス(赤字)となることは考えられない。)、原告の提出した請求書及び領収書等の資料に基づいて修正した場合でも、同様に現金残高がマイナスになるなど(マイナスの最高額は三二万二七四七円、乙第一五号証)、およそ現金出納帳としての体裁をなしていないことが認められ、右収支日計表が現金出納帳に代わるものとはいえないし(証人原繁子の右証言はたやすく信用できない。)、これをもって実額を立証するに足りる証拠ということはできない。

3  以上のとおり、本件元帳及び昭和六三年分の収支日計表のそれぞれに種々問題があるほか、原告は、本訴において、被告が売上補助簿等によって把握した収入以外の収入を主張しており、これらは売上補助簿に記載がなされていなかったものであること、原告は、総収入金額につき、本件控訴手続の中で従前の主張額を増額して主張したものであるが、それにもかかわらず、さらに前記のような計上漏れの可能性が認められ、かつ、そのほかにも捕捉漏れの可能性を否定できないことなどからすれば、原告の主張する総収入について、それが収入のすべてであることの立証がなされたとは認めることはできず、その他、原告の総収入を具体的に立証するに足りる証拠はない。

4  そうすると、原告の総収入金額を実額で認定することができない以上、必要経費について原告主張の実額を認定できるか否かの点について判断するまでもなく、原告の実額主張は失当というべきである。

六  結論

以上のとおり、本件推計課税においては、推計の必要性及び合理性が認められ、本件各更正処分に係る総所得金額は、右推計により算出した本件係争年分の総所得金額(別表七記載のとおり)の範囲内である。したがって、本件各更正処分には何ら違法はないから、原告の請求はいずれも理由がない。

よって、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松村雅司 裁判官 金村敏彦 裁判官 村上未来子)

別表一の1

課税処分経過表(昭和六一年分)

<省略>

別表一の2

課税処分経過表(昭和六二年分)

<省略>

別表一の3

課税処分経過表(昭和六三年分)

<省略>

別表二

原告の所得の金額の算出経過表

<省略>

別表三の1

昭和61年分 左官工事収入金

<省略>

別表三の2

昭和62年分 左官工事収入金

<省略>

別表三の3

昭和63年分 左官工事収入金

<省略>

別表三の4

昭和61年分 土木工事収入金

<省略>

別表三の5

昭和62年分 土木工事収入金

<省略>

別表三の6

昭和63年分 土木工事収入金

<省略>

別表四の1

類似同業者の所得率表(昭和六一年分・左官工事業者)

<省略>

別表四の2

類似同業者の所得率表(昭和六二年分・左官工事業者)

<省略>

別表四の3

類似同業者の所得率表(昭和六三年分・左官工事業者)

<省略>

別表五の1

類似同業者の所得率表(昭和六一年分・土木工事業者)

<省略>

別表五の2

類似同業者の所得率表(昭和六二年分・土木工事業者)

<省略>

別表五の3

類似同業者の所得率表(昭和六三年分・土木工事業者)

<省略>

別表六の1

月別損益計算書

<省略>

別表六の2

月別損益計算書

<省略>

別表六の3

月別損益計算書

<省略>

別表七

原告の所得金額

<省略>

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