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広島地方裁判所 平成2年(わ)1016号 判決 1996年5月23日

主文

被告人は無罪。

理由

一  公訴事実

本件公訴事実は、「被告人は、自動車運転の業務に従事するものであるが、平成二年八月九日午後八時四五分ころ、大型貨物自動車を運転し、広島県東広島市八本松町宗吉三五八番地の一先道路北側の路外施設出入口で一時停止後、南方へ向け発進し車道へ進入するに当たり、右方は道路が北西方向にカーブしており右停止位置から右方道路の見とおしが困難であったから、最徐行をしながら右方道路の交通に留意し、その安全を確認して進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、右方道路から進行してくる車両はないものと軽信し、右方道路の交通の安全確認を欠いたまま漫然時速約一〇ないし一五キロメートルで進行した過失により、折から右方道路から進行して来るA(当時二八年)運転の自動二輪車を約五五メートル右前方にはじめて気付き急制動するも及ばず、同車前部に自車右側車体を衝突させて同人をその場に転倒させ、よって同人に両下肢全廃の後遺症を伴う第一腰椎脱臼骨折等の傷害を負わせたものである。」というのである。

二  本件の争点

右公訴事実のうち、公訴事実記載の日時・場所において、路外施設から国道二号線に出て右折しようとした被告人運転の大型貨物自動車(以下、「被告人車」という。)の右側部(正確には、右前輪タイヤハウス付近)と、国道二号線を広島方面(右方)から進行して来たA運転の自動二輪車((以下、「A車」という。)の前部とが、実況見分調書(検二号)添付の交通事故現場見取図(以下、「現場見取図」という。)の×点(検証調書添付の検証見取図第3図の×点はこれと同一点と認められる。以下、「衝突地点」という。なお、以下「検証見取図」という場合は、特に断らない限り右検証見取図第3図のことを指すものとする。)で衝突し(以下、「本件事故」という。)、その結果、Aが両下肢全廃の後遺症を伴う第一腰椎脱臼骨折等の傷害を負ったことは、関係証拠により明らかである。

しかしながら、被告人は、自己に公訴事実記載のとおりの注意義務があること自体は争わないものの、「右方道路から進行して来る車両はないものと軽信し」たことはなく、「右方道路の交通の安全確認を欠いたまま漫然時速約一〇ないし一五キロメートルで進行した」こともないなどとして、右の注意義務を怠ったという検察官の主張を争い、また、弁護人も、本件事故は、Aが法定の制限速度を遥かに上回る時速一〇〇キロメートル以上の高速度で暴走してきたことによって発生したものであり、何人が被告人の立場に立って運転し、相当の注意義務を尽くしたとしてもこれを回避することは極めて困難であって、被告人に過失を認める余地は全くないと主張する。

そこで、右被告人及び弁護人の主張を踏まえて検討したところ、当裁判所も、被告人に公訴事実記載のような注意義務違反はないとの結論に至ったものであり、以下、その理由について説明することとする。

三  本件事故現場付近の状況

関係証拠によると、本件事故現場付近の状況は以下のとおりであると認められ、これらの事実については、検察官、弁護人の双方に特段の争いはない。

(一)  本件事故現場付近の道路(以下、「本件道路」という。)は、広島方面(西方)から大阪方面(東方)へと通じる国道二号線で、東西を結ぶ幹線道路であることから、交通量は本件事故発生の時間帯でもかなり多い。

(二)  本件道路は、アスファルト舗装された片側一直線の道路であり、道路標識及び道路表示によって、最高速度が時速五〇キロメートル毎時に制限されている。衝突地点付近の本件道路の一直線の幅は約三・二メートルであり、その北側には幅約一・六メートルの路肩(車両通行帯とは、白線の実線で区分されている。以下、この線を「白線」という。)を挟んで幅約二・七メートルの歩道がある。そして、その北側に接して株式会社ヤマサン東広島物流センターの敷地(以下、「ヤマサン」という。)がある。歩道とヤマサンの境界線上には、高さ約一・七メートルの緑色フェンス(以下、「フェンス」という。)と、これとほぼ同じ高さのコンクリートブロックの塀及び門柱があり、その内側には高さ約七メートルから八メートルのカイヅカイブキが植樹されている(以下、これを「植え込み」という。)。

(三)  衝突地点から西方に向かって約五五メートルの地点には歩道陸橋があり、更にその約二〇〇メートル先には信号機により交通整理の行われている宗吉交差点があるが、本件道路は、検証調書添付の検証見取図第2図記載のとおり、宗吉交差点付近から歩道陸橋付近に向けてはほぼ直線であるものの、同所付近から衝突地点方面に向かい左にカーブし、そのカーブは衝突地点から更に約一四〇メートル東方まで続いている。これを被告人車の進行方向から見ると、右方(西方)は道路が北西方向にカーブし、左方(東方)は道路が北東方向にカーブしていることとなる。

(四)  被告人車が本件道路に出ようとした地点は、前記のようにカーブの途中にある上、西方は、前記歩道陸橋、フェンス、植え込みの影響で視界が遮られ、また、東方は、被告人車の運転席左側窓の枠によって同じく視界が遮られるため、運転席に乗車した被告人からの左右の見通しは、総じてあまり良くない。

被告人が前記注意義務を怠ったかどうかを判断するにあたって重要な地点と思われる現場見取図<1>点、同<2>点、検証見取図<C>点、同<B>点、同<A>点からの具体的な見通し状況は以下のとおりである。

1  現場見取図<1>点(以下、「<1>点」という。)

西方は、前記フェンス及び植え込みに視界を遮られるため、歩道陸橋より西側は見えない。また、東方は、被告人車の運転席左側窓の枠に視界を遮られて、約一〇七・六メートルの地点までしか見通せない(この一〇七・六メートルという数値は、衝突地点からの距離であるが、<1>点からの見通しの限界を更に厳密に計測するためには、<1>点が衝突地点よりもやや東方に位置することから、<1>点と衝突地点との距離を右の一〇七・六メートルを計測したのと同様の方法で計測した数値を一〇七・六メートルから差し引く必要がある。以下の各点での数値も、衝突地点との位置関係によって、加えるか、差し引くかの差異はあるものの、本来は同様の操作が必要であるが、誤差は最大でも数メートルの範囲内であると認められるから〔その正確な数値は、いずれも記録上明らかではない〕、本項ではそこまでの操作はせずに、単純に衝突地点からの距離を記載しておくこととする。)。

2  現場見取図<2>点(以下、「<2>点」という。)

西方は、宗吉交差点までは見通せないものの、歩道陸橋よりもかなり遠方まで見通せる。ただし、上り車線(広島方面から大阪方面に向かう車線)上は、歩道陸橋の階段部分の陰になって見えない部分がある。東方は、<1>点よりもかなり見通しがよくなり、約一三九・二メートルの地点まで見通せる。

3  検証見取図<C>点(以下「<C>点」という。)

西方は、フェンス及び植え込みに視界を遮られるが、少なくとも約七九・七メートルから八四・三メートル西方の検証見取図[1]点(以下、「[1]点」という。)から同[2]点(以下、「[2]点」という。)までは見通せる。東方は、約一一五・八メートルの地点まで見通せる。 4 検証見取図<B>点(以下、「<B>点」という。)

西方は、歩道陸橋階段の手すりに視界を遮られるが、約一一〇・二メートルから一一六・一メートル西方の検証見取図[3]点(以下、「[3]点」という。)から同[4]点(以下、「[4]点」という。)までは見通せる。東方は、被告人車の運転席左側窓の枠に視界を遮られて、約八二・七メートルの地点までしか見通せなくなる。

5  検証見取図<A>点(以下、「<A>点」という。)

西方は、歩道陸橋の階段部分に視界を遮られる部分はあるものの、約一九〇・八メートル西方の地点に停車した車両は良く見え、更に西方の宗吉交差点まで見通せる。東方は、被告人車の運転席左側窓の枠に視界を遮られて、約五二・一メートルの地点までしか見通せなくなる。

以上の見通し状況からも明らかなように、西方の見通しは、被告人車が右<1>点から<A>点方向に移動するにしたがってよくなると認められるが、これとは逆に、東方の見通しは、一時的にはよくなるものの、運転席左側窓の枠に視界を遮られるため、<C>点通過後は次第に悪くなると認められる。

四  本件事故の態様

(一)  (1)ヤマサンで積み荷を下ろした後、勤務先に帰ろうと考えた被告人は、同所から本件道路に出て右折するべく被告人車を発進させたが、右折を開始するにあたって左右の安全を確認するため、<1>点で一旦停止したこと、(2)その際、被告人は、被告人車のヘッドライトを点灯させており、また、その時点で既に右折の合図を出していたこと、(3)被告人は、<1>点で左右から来る車両各数台をやり過ごし、通行車両が途切れたことを確認した後被告人車を再発進させたが、右折途中にA車を検証見取図ア点(この点は、検証時の再現方法からみて、現場見取図ア点と同一点とみて差し支えない。以下、「ア点」という。)に発見し、直ちに急制動の措置を講じて検証見取図<3>点(この点も、検証時の再現方法からみて、現場見取図<3>点と同一点とみて差し支えない。以下、「<3>点」という。)で停止したものの、次の瞬間、急制動によって後輪が浮き上がるといわゆるジャックナイフ状態に陥ったA車が、前記のように被告人車に衝突したことなどの事実が関係証拠によって明らかであり、これらの事実については、検察官、弁護人の双方に特段の争いはない。

しかし、(1)被告人が右折中にA車をア点に発見した際の被告人車の運転席の位置(以下、単に「被告人車の位置」などという。)、(2)再発進後の被告人車の速度、(3)制動をかける直前のA車の速度等については争いがあるところ、これらは、被告人に公訴事実記載のような注意義務違反があるかどうかの判断と密接に関連するものであるから、まず、これらについて検討を加える。

(二)  被告人がA車を発見した地点はどこか

1  被告人は、本件事故直後の実況見分において、<2>点でア点のA車を発見したと指示説明し、また、その後の検察官調書(検七号)、警察官調書(検六号)においても右と同様の供述をしているが、公判調書中の供述部分及び当公判廷における供述(以下、両者とも単に「公判供述」あるいは「公判廷の供述」などという。)では、<3>点より八〇センチメートルから一メートルくらい手前でア点のA車を発見したと供述し、また、検証の際にも<3>点に近い<A>点でA車を発見したと指示説明している(<3>点と<A>点との実測値は記録上明らかではないが、検証に至るまでの経緯からすると、前記公判供述と同様の趣旨で指示説明したと考えられる。)。

ところで、発見地点がいずれであったとしても、前記のとおり、被告人は、A車を発見後直ちに急制動の措置をとり、<3>点に停車したと認められるから、<1>点から再発進してからの被告人車の速度が認定できれば、その制動距離から発見地点の推測が可能である。そこで、まず、右速度について検討する。

2  被告人の検察官調書中には、右速度の点について「加速状態で発進したのでどのくらいのスピードであったかはっきりしないが、相手を見て急ブレーキをかけ、約三メートル進行して停止しており、制動距離からみると時速は一〇ないし一五キロメートルくらいであったと思っている。」との部分があるが、(1)警察官調書では、その際の速度は時速五キロメートルくらいだったとされており、検察官調書では右のようにその速度が二ないし三倍になっているにもかかわらず、同調書中にはその変更理由が全く述べられていないこと、(2)その記載自体からも窺われるように、右の速度は<2>点でA車を発見したことを前提に検察官が計算上算出した数値に過ぎないと認められることなどからすると、再発進後の速度が時速一〇ないし一五キロメートルくらいであったとの右部分は、信用性に乏しいというほかない。

3  被告人は、前記のように警察官調書においては再発進後の速度は時速約五キロメートルであったとするのに対し、公判廷では、「人がゆっくり歩く程度の速度」であったとした上、警察での取調べの際にも同様のことしか述べていないなどと供述しているところ、被告人の取調べにあたった警察官Bも、被告人が「人が歩く速度」と言うので被告人も納得の上で時速約五キロメートルということにしたと、一部被告人の右供述を裏付ける供述をしていることから、結局、争点は、被告人車の再発進後の速度が「人が歩く速度」だったのか、それとも「人がゆっくり歩く程度の速度」だったのかに絞られる。

ところで、(1)前記のような衝突地点付近での見通しの状況、交通量等からも明らかなように、十分な安全確認をしないとヤマサンから本件道路に出て右折するのにはかなりの危険を伴うと考えられることから、被告人が供述するように、アクセルは踏まずにいわゆる半クラッチの状態で進行したとしても何ら不合理とはいえないこと、(2)前記Bも被告人が「人がゆっくり歩く程度の速度」だったと述べた可能性を否定していないことなどからすると、再発進後の速度は、被告人の公判供述のとおり、「人がゆっくり歩く程度の速度」だったと認めて差し支えないものと考える。

そこで、更に問題となるのは、「人がゆっくりと歩く程度の速度」を具体的にどのような数値に置き換えるかであるが、公知の文献によると、通常、人が普通に歩く速度が時速約四キロメートルから四・三キロメートルとされていることからすると、「人がゆっくり歩く程度の速度」とは、時速三ないし四キロメートルであるとみるのが相当である。

4  このように、再発進後の被告人車の速度が時速三ないし四キロメートルであったとすると、A車発見後最大制動力に達するまでの時間が仮に一秒かかったとしても、被告人車が停止するまでに〇・八八メートルないし一・二〇メートル程度(摩擦係数を〇・七として計算)しか要しないことに照らすと、停止地点である<3>点から二・九メートル手前の地点にある<2>点でA車を発見したということは、物理的にあり得ないことになる。

さらに、被告人は、公判廷において前記のように<2>点がA車の発見地点であることを否定し、(1)実況見分においてA車の発見地点を<2>点と指示説明したのは、再三にわたって<3>点と白線とのほぼ中間ぐらいで発見したと説明したにもかかわらず、警察官から「ここらで見たのはおかしい。ロケットじゃあるまいし、そがいに速くは走ってこない。」などと何回も言われて押し問答となり、結局、事故を起こしたという動揺や、Aの容体が思いのほか悪いということを聞かされて早く病院へ向かいたいという思いも手伝って、警察官の主張に妥協してしまったためである。(2)警察官による取調べの際にもその指示説明についてあらためて異議を述べなかったのは、右のように実況見分の際再三にわたって主張したのに結局自分の見解は取り上げられなかったことに加えて、取調官も実況見分に立ち会っていたB巡査であったことから、今更何を言っても無駄であると思ったこと、更には相手に対してすまないという気持ちが強かったことなどからである、(3)検察官調書においてもA車の発見地点について実況見分での指示説明を前提とした供述となっているのは、現場見取図の<2>点と<3>点との間を指さして発見地点はこの辺りである旨説明したものの、検察官から実況見分調書と警察官調書は公文書だから間違っているはずはないし、供述調書には署名押印もあるから間違いないなどと言われ、一切聞く耳をもってもらえなかったからであるなどと供述しているところ、右のうち特に(1)で述べられた事実は相当具体的で、実況見分の場で終始被告人と警察官とのやり取りを聞いていたの公判供述によっても裏付けられている上、被告人がA車の進行して来た右方のみを注視していたとの誤った前提に立てば、被告人の当初の指示説明に疑問を抱くのはある意味で当然で、警察官が被告人の供述するような態度を取ったとしても何ら不合理とは思われないこと(この点、被告人から「ロケットじゃあるまいし。」などと発言したと指摘された警察官Cは、公判廷において被告人に発見地点を押しつけたことはないなどと事実を全面的に否定する供述をしているが、同人は、「見分官はBであって、私は補助者だから口を挟むはずがない。」などと紋切り型の答えに終始し、その供述からは真摯に記憶を呼び起こそうとする態度も窺われないことから、同人の供述は全く信用できない。)、また、(1)及び(2)で述べられた被告人の心情も、事故を引き起こした者の事故直後の心理状態としては十分理解できるものであること、(3)で述べられた事実も具体的である上、検察官の取調べがかなり強引であったことは、前記のような再発進後の被告人車の速度についての認定手法からもある程度窺われることなどからすると、被告人の右供述は信用に値するというべきである。

このように、A車を<2>点で発見したということは物理的にも疑問がある上、右のような被告人の公判供述も信用できることから、これとは逆に、被告人がA車を発見したのは<2>点であるとする捜査段階での供述や指示説明はそのとおりに信用することができない。

5  そこで次に、<3>点から八〇センチメートルから一メートルくらい手前でア点のA車を発見したとの被告人の公判供述が信用できるかどうかについて検討するに、(1)これまでに検討してきたところからも明らかなように、被告人は事故直後の実況見分時から右公判供述と同趣旨の供述をしていたと認められること、(2)前記のような本件事故現場付近の見通し状況からすると、被告人は右方のみならず左方の安全をも確認しなければならないと考えられるところ、その確認方法如何によっては、被告人が供述する地点で初めてA車を発見するということもあり得ること、(3)被告人は、前記のように半クラッチの状態で再発進し、しかも公判供述によるとその際他方の足をブレーキに置いていたと認められることから、時速三ないし四キロメートルでの制動距離としては、右の八〇センチメートルから一メートルというのはやや長い感がないわけではないが(例えば、摩擦係数を〇・七として計算すると、最大制動力に達するまでの時間が仮に〇・五秒だとすると、時速三キロメートルなら〇・四七メートルで、時速四キロメートルなら〇・六五メートルで停止することになる。)、関係証拠によると、A車がア点まで迫っていたことは、被告人にとって予想外のことであり、それも後に述べるように左方から右方に視線を移した瞬間に突然それに気づいたと認められることから、反応が若干遅れ気味になることもあり得るのであって、制動距離が前記のようになったとしても不合理とは言い難いことなどからすると、前記のようなA車の発見地点に関する被告人の供述は信用できるというべきである。

6  以上によると、被告人は、<3>点から八〇センチメートルから一メートルくらい手前でア点のA車を発見したものと認められる(以下、右の点を「発見地点」という。)。

(三)  制動をかける直前のA車の速度はどのくらいであったか

1  被告人は、A車はア点をかなり速い速度で走って来ており、時速一〇〇キロメートルは出ていたと思うと供述するのに対し、A本人は、スピードメーターを見ていたわけではないが、せいぜい時速六〇ないし七〇キロメートルしか出ていなかったと供述している。

2  この点に関し、本件事故発生当時、A車に追従進行していた自動二輪車の運転者である△△は、公判廷において、「当時私は時速八〇キロメートルで進行していたが、A車にはちょっと追いつけない状況だったので、A車は時速一〇〇キロメートルより早かったのは間違いない。」などと供述しているところ、右供述は、本件事故の翌日に事故現場付近で自ら事故直前の状況を再現した結果をも踏まえ、本件事故現場よりもかなり手前から同所に至るまでのA車の走行状況を具体的かつ詳細に述べたものであって、A車の性能やA自身が述べる本件事故現場付近の走行状況(宗吉交差点から本件事故現場に向けては若干の上りだったのでアクセルをふかしていたと述べている。)に照らしても格別不合理と思われる点もないことから、その信用性は高いと認められる。また、A自身、最初に被告人車を発見した時点では、衝突を避けられると思ってブレーキをかけ始めたが、すぐにだめだと思って急制動した旨供述しているところ、この供述は、A車の速度がA自身が思っていたよりも速かったことを裏付けており、このことも△△の供述の信用性を高めているというべきである。

もっとも、△△は、その警察官調書(検一九号)においては、「事故現場手前での私の速度は時速約六〇キロメートルくらいで、A車の速度については、車間距離が徐々に開いていく感じであったことからすると、私より少し速かったように思うが、はっきりしたことは分からない。」と前記公判供述とは異なる供述をしていることから、このことが前記公判供述の信用性に影響を及ぼさないかどうかが一応問題となる。△△は、警察官に対し右のように供述したことの理由として、「相手が警察であったことから言いにくかったこともあるが、当時、Aがこの事故で下半身不随になったと聞いていたので、私がAの方が不利だと言うことで現金も下りなくなったらかわいそうだと思って、どうしても自分の速度が時速八〇キロメートルだったとは言えなかった。」などと述べているところ、(1)制限速度を時速一〇キロメートル程度超過して進行することは日常まま見られるところであるから、自己の速度が時速六〇キロメートル(本件道路の制限速度は前記のように五〇キロメートル毎時)であったと供述することにはそれほど抵抗を感じなかったとしても、右制限速度を時速約三〇キロメートルも超過する時速約八〇キロメートルで進行していたと警察官に対し告白することに躊躇を覚えたという同人の心情は理解できなくはないこと、また、(2)障害者となったAに対する配慮もあって本当のことを言えなかったという点も同様に納得しうるものであるし、△△の心中にそのような思いがあったことは「私より少し速かったように思うが、はっきりしたことは分からない。」というような警察官に対する曖昧な供述内容からも裏付けられていると考えられることなどからすると、捜査段階では真実とは異なる供述をしたとする△△の右供述は十分信用できるというべきであって、同人が警察官調書中で前記のように述べていることは、同人の前記公判供述の信用性に関する判断を何ら左右するものではない。

そうすると、△△の公判供述によって裏付けられた被告人の前記供述も信用しうるというべきである。

3  このように、被告人及び△△の公判供述のみでも、A車が少なくとも時速一〇〇キロメートル程度で進行していたと優に認定できるところであるが、このことは、鑑定人門田博知の鑑定書、同人の公判供述、公判廷での検証結果及び同人の「和歌山利宏氏の意見書(平成7年10月19日付)に対する反論書」と題する書面(弁一八号)(以下、これらを一括して「門田鑑定」という。)によって、力学的にも裏付けられている。

すなわち、門田鑑定は、A車が時速一〇〇キロメートルで走行していたとしても本件と同様の結果が生じうる可能性があったとの結論を導いているが、右結論は、A車がいわゆるジャックナイフ状態になってから被告人車と衝突するに至るまでの走行過程を一件記録をもとに推定し、それに基づいてジャックナイフ状態にある自動二輪車の減速過程を表現する基礎運動方程式を誘導した上、それにA車の諸元を代入することによって導かれたものであって、鑑定の資料、鑑定の方法及びその推論の過程はいずれも合理的であると認められるから、右結論は十分に信頼できるものと考えられる。

これに対し、牧野隆の鑑定書(検二〇号)及び同人の公判供述(以下、これらを合わせて「牧野鑑定」という。)並びに和歌山利宏の意見書(検二八号。以下、「和歌山意見」という。)は、いずれも時速六〇ないし七〇キロメートルで走行していたとするAの供述の方が力学的に合理性が高いとの結論を導いている。しかし、(1)牧野鑑定については、本件の場合、ジャックナイフ状態にあるA車の前輪は道路面に接触して走行した可能性が高く、また、タイヤのスリップ痕がほとんど見られないことから、通常の制動時とは減速過程を表現する基礎運動方程式が異なるはずであるのに、同鑑定は、通常の制動時の基礎運動方程式を用いている上、摩擦係数を通常の場合つまり二輪走行の場合に比し単純に二分の一にしてジャックナイフという特殊の状態の条件に置き換えているが、その根拠について説得的な論証もなされていないことから、その推論の過程は合理的とは言い難く、また、(2)和歌山意見についても、同意見は摩擦力は摩擦係数のみで決まるとの論拠に基づき立論しているところ、このような考え方は、本件のようにジャックナイフ状態を引き起こすような動的な力が作用し、タイヤを路面に押しつける力が働く場合にはあてはまらないと考えられることから、同様に推論の過程に疑問があって、いずれも前記門田鑑定の信頼性を左右するものではない。

(四)  被告人がA車を発見可能な地点はどこか

1  以上の検討結果を踏まえた上で、被告人がA車を発見可能な地点はどこかを検討するが、被告人車が移動した軌跡上の地点で、記録上明らかとなっている地点のうち、発見地点に最も近い点は<B>点であることから、まず、ここからA車が発見可能であったかどうかをみてみることとする。

先に認定したように、被告人車が発見地点にある時にA車はア点を走行していたのであるから、被告人車が前記のように時速三ないし四キロメートルで<B>点から発見地点まで進行する時間を算出した上、その時間内に時速一〇〇キロメートルのA車がどのくらい進行するかを計算し、その距離を発見地点からア点までの距離に足せば、被告人車が<B>点にある時にA車がどのあたりを走行していたかを推定することが可能である。そこで、発見地点と<B>点との距離の実測値が記録上に存在しないため、<B>点と<3>点との実測値二・八八メートルから、<3>点と発見地点との距離八〇センチメートルないし一メートルを差し引いた数値、すなわち一・八八メートルから二・〇八メートルを発見地点と<B>点との距離として計算すると、被告人車が<B>点から発見地点まで時速三キロメートルで進行した場合には、その間にA車は六二・七八メートルから六九・四五メートル進行し、被告人車が時速四キロメートルで進行した場合には、その間にA車は四六・九四メートルから五一・九四メートル進行するため、これらに五三・四メートル(これは衝突地点からア点までの距離であるが、発見地点とア点との実測値が記録にないこと、発見地点と衝突地点とはかなり近接している上、発見地点とア点との距離は右数値よりも若干長いと認められることから、右の数値を代替しても差し支えないと考える。)をそれぞれ加算して計算すると、被告人車が<B>点にある時には、A車は少なくとも発見地点から約一〇〇・三四メートルから一二二・八五メートルは西方を走行していたものと推認できる。

これを前提に、被告人が<B>点からA車を発見することが可能であったかをみてみると、前記のように<B>点からはその西方一一〇・二メートルから一一六・一メートルまで見通せるが(先にも指摘したとおり、この距離は正確には<B>点からの距離ではなく衝突地点からの距離である。)、これらと右で認定したようなA車の走行位置とを比較し(A車の走行位置も、前記のように厳密には衝突地点からの数値であるから、右の見通しの距離と走行位置とを単純に比較すれば足りる。)、これに距離計算上の誤差をも考慮すると、<B>点ではA車は被告人の視界の外にある可能性は否定できず、被告人からA車を発見できなかった可能性も十分あり得るところである。

2  このように<B>点からはA車を発見できたかどうか疑問が残るものの、被告人車が<B>点から発見地点に向けて進行するにつれて次第に右方の視界を妨げるものはなくなると認められることに加えて、A車も次第に近づいてくることから、<B>点を通過して発見地点に至るまでに被告人が右方に視線を移せば、確実にA車を発見できたものと優に推認できる。

(五)  本件事故の態様についてのまとめ

1  本件事故の態様をまとめるにあたって残された問題は、(1)果たして被告人が<B>点で右方の安全を確認したのかどうか、(2)被告人が<B>点から発見地点に至るまでの間に右方の安全を確認したのかどうかの二点である。

被告人は、公判廷において、<1>点から再発進後も左右を交互に確認しながら進み、<B>点でも右方を確認した旨供述しているところ、前記のような本件現場付近の見通しの状況に加えて、<B>点は、被告人車の左前部が白線の歩道側線にかかる位置であり、同車が上り車線(大阪方面行き)の車両通行帯に進出する寸前であることからすると、被告人が<B>点で右方の安全を確認するというのは極めて自然で、被告人の右供述どおり、被告人は<B>点で右方を確認したと認めて差し支えないものと考えられる。

また、前記のように、<B>点を通過して発見地点に至るまでに右方に視線を移しさえすれば、確実にA車は被告人の視界に入ると推認できることから、もし被告人がその段階で一秒でも右方を見ていたとするならば、ヘッドライトを点灯していたA車を発見できたはずであって、それにも関わらず発見できなかったということは、被告人はその間右方から視線を逸らしていた蓋然性が高いと認められる。

2  そこで、以上の検討結果から、本件事故の態様をまとめてみると、以下のとおりであったと認められる。

被告人は、前記のように<1>点で一旦停止して左右を確認した後、時速三ないし四キロメートルで再発進し、何回か左右を見ながら進行したが、<B>点で右方を確認した際には同方向から来る車両はなかったことから、今度は左方を見てその安全を確認しつつそのまま進行し、続いて発見地点で右方に視線を移したところ、ア点を時速約一〇〇キロメートルで進行して来るA車を発見したことから、急制動の措置をとって<3>点で停止したものの、次の瞬間に同じく急制動の措置をとった結果ジャックナイフ状態になって進行してきたA車が、衝突地点で被告人車の右前輪タイヤハウス付近に衝突した。

以上のとおりである。

五  被告人に注意義務違反はあるか

(一)  本件事故現場のように、左右の見通しがあまりよくない道路に路外施設から進入する車両の運転者には、最徐行をしながら左右道路の交通に留意し、その安全を確認して進行すべき業務上の注意義務があることは当然である。

(二)  ところで、少なくとも被告人車が<B>点に至るまでは、前記のようにA車は被告人の視界の外を走行していた可能性が高いのであるから、被告人が前記程度の速度のまま<B>点を通過しようとしたこと自体に責められるべき点はないというべきである。

(三)  問題は、<B>点通過直後被告人が右方から視線を外してしまったことが、前記注意義務を怠ったと評価しうるかどうかにある。

なるほど、先に認定したように、<B>点通過後は被告人からの左方の見通しは悪くなる一方であるから、右方一〇〇メートル以上にわたって車両が進行して来ていないことを確認した段階で、できるだけ早く左方の安全を確認したいと考えるのももっともなことのようにも思われ、被告人がその段階で右方から左方に視線を移したとしても、何ら非難に値しないようにも思われる。しかし他方で、上り車線の車両通行帯に進入しはじめた被告人車が、上り車線を通過して下り車線に進入し始めるまでにはなお三ないし四秒を要すると考えられる上、運転席から身をやや乗り出す等の方法によって確認すれば、左方の見通しも運転席からそのまま確認する場合よりも良くなるであろうから、本件事故現場付近の右方の見通し状況に照らすと、もうほんの少しの時間、これから正に進入しようとする上り車線右方を確認し続けることを被告人に要求したとしても、それが過大な要求であるとまでは言えないように思われないでもない。

(四)  もっとも、仮に被告人に右で述べたような右方に対する更なる注意を尽くすべき義務があり、かつ、被告人がその義務を果たしたとしても、本件事故を回避し得たかどうかは更に検討を要する。

被告人が、<B>点通過後どの程度の時間引き続き右方を注視していればA車を発見できたかを確定することはなかなか困難であるが、少なくとももう一秒程度右方を見続けていれば、A車は更に被告人車に接近する上、被告人の右方の視界も広がることから、A車は被告人の視界に入るものと認めて差し支えないものと考えられる。しかしながら、この段階で直ちに急制動の措置をとったとしても、発見までに時速三キロメートルならば〇・八三メートル、時速四キロメートルならば一・一一メートル進行している上、更にこれらに停止するまでに要する距離を加算すると、被告人車は上り車線の半分程度あるいはそれ以上を塞いだまま停止することになる可能性も十分あると認められる(本件の場合、被告人に、A車が衝突するまでに上り車線を通過してしまったり、一旦停止して後退する余裕があったとは到底考えられないから、停止すること自体不適切な措置といえないことは明らかである。)。また、もし仮に一秒未満でA車を発見できたとしても、その段階ではA車は被告人車より約一〇〇メートル前後西方を走行している蓋然性が高いことから、本件事故が夜間に発生したことをも併せて考慮すると、A車が被告人の視界に入ってきた段階で瞬時にA車の速度及び衝突の危険性を判断できるかどうかは疑問であって、被告人の制動措置が遅れる結果、同様に上り車線の半分程度あるいはそれ以上を塞いだまま停止することになる可能性もあると認められる。

ところで、関係証拠によっても、Aが歩道陸橋よりも西方で被告人車に気づいていた形跡は全く窺われないから、被告人が右のようにA車を現実よりも早く発見して停止したとしても、結局、Aは本件の場合と同じように、更に被告人車に接近してから初めて同車が前記のように自己の進路の半分程度あるいはそれ以上を塞いだまま停止していることに気付くものと考えられる。そうすると、本件事故の場合よりも若干上り車線上に残されたスペースは広いとは認められるものの、それがそのままの速度で安全に通過できるほどのものとは考えられず、また、被告人車に下り車線に対する視界を妨げられ、下り車線に進入することに危険を感じるであろうことも本件の場合とほとんど異ならないと考えられることから、結局、本件事故の場合と同様に、動揺したAが急制動の措置をとった結果ジャックナイフ状態に陥ってしまい、被告人車に衝突する可能性も皆無とはいえず、例え被告人が<B>点から引き続き右方を注視していたとしても、確実に結果の発生を防止しえたとまでは断定し難い(急制動の状態あるいはジャックナイフ状態での自動二輪車の走行の不安定性を考慮すると、Aが本件と同様の箇所に衝突し、同様の傷害を負った可能性もないとは言い切れないように思われる。)。

このように考えると、仮に被告人が右方に対する注意を更に尽くしていたとしても、結局、本件事故を回避し得なかった可能性は否定できないのであるから、被告人に公訴事実記載のような注意義務違反はなかったと認めるよりほかない。

六  結論

以上の次第で、本件公訴事実は結局犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法三三六条により、被告人に対し無罪の言渡しをする。

(裁判官 齋藤正人)

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