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広島地方裁判所 平成元年(行ウ)3号 判決 1993年8月04日

原告

大畑実男

右訴訟代理人弁護士

佐々木猛也

阿左美信義

津村健太郎

坂本宏一

被告

西条税務署長

藤嶋義久

右指定代理人

富岡淳

外三名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六一年一二月一六日付けでした原告の昭和五八年分、昭和五九年分、昭和六〇年分の各所得税の更正のうちそれぞれ総所得金額二一万一六〇〇円、五六万二八八〇円、五九万四三七〇円、それぞれ納付すべき税額〇円、一万二八〇〇円、一万六五〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定(ただし、昭和五八年分についてはいずれも審査裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は肩書地において鉄工業を営んでいる者であるが、被告に対し昭和五八年分、昭和五九年分及び昭和六〇年分(以下「本件各係争年分」という。)の所得税について別表1の確定申告欄記載のとおり確定申告したところ、被告は同表の更正欄記載のとおり更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件各賦課決定処分」といい、本件各更正処分と合せて以下「本件各処分」という。)をした。

2  右本件各処分に対する異議申立及び審査請求並びにこれに対する異議決定及び裁決は同表の同各欄記載のとおりである。

3  しかし、本件各処分は違法であるから、原告は、被告に対し、請求の趣旨記載のとおり本件各処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

三  被告の主張

1  推計の必要性

被告は、原告が昭和五三年ころ個人として開業して以来税務調査が実施されたことがなかったことから調査事務担当係官(以下「係官」という。)をして原告の税務調査を実施することとし(以下「本件税務調査」という。)、被告係官は昭和六一年八月七日原告宅に赴き、原告に対し所得税の調査のため訪れた旨を告げるとともに、原告の税務調査への協力方を依頼したが、忙しいことを理由に協力を得られなかった。

そこで、被告係官が二度に亘って原告に電話し、その結果同月二九日に原告宅に赴いて税務調査を行うこととなり、同日被告係官が原告宅に赴いて原告と面接し、調査への協力を依頼したところ、原告は今日に至るまでの事業経過について説明し、帳簿の作成はしていないが領収書等はある程度保存しているので収支を組んでみる旨申し立てたが、保存しているという領収書等の提示の依頼に対してその提示を拒否した。

その後、被告係官は、原告の不在のため原告と連絡が取れなかったが、同年九月三〇日原告に対し、同年一〇月八日を調査日とすることを連絡し、同日原告宅に赴いて原告に対し、前回原告が申し立てた収支を組んだものの提出を求めるとともに、改めて帳簿書類等の提示を求めたが、原告は、領収書等の保存が完全でないから現段階では必要経費については推計せざるをえないと思うが、豊国工業株式会社(以下「豊国工業」という。)の取引は極端に利幅が薄く、有限会社協建工業(以下「協建工業」という。)に対する工場、機械等の賃借料が多額であること等の事情を勘案すれば所得は出ない旨を繰り返すのみで進展せず、再三にわたる被告係官の説得にもかかわらず、帳簿書類等を提示しなかった。

その後、被告係官は同年一二月二日に原告宅に赴き、前回同様帳簿書類等の提示を求め、更にはそれまでの調査経緯に基づき申告内容の是非の確認のため調査への協力を依頼したものの、原告は忙しい忙しいと口にするだけで、被告係官の言葉に耳を傾ける様子も見せず、その協力を得られなかった。

以上のように、被告係官が帳簿書類の提示を求めたにもかかわらず、原告は帳簿を作成しておらず、領収書等の証拠資料の提示の要求にも応じず、原告のこれらの非協力によって被告係官は原告の所得金額を実額計算によって把握することができなかったため、やむなく推計の方法により原告の本件各係争年分の事業所得の金額を計算したものである。

なお、本件税務調査は右のとおり適法であるが、原告主張の調査手続自体の違法は課税処分の取消事由とはなりえない。

2  原告の事業所得の金額

被告が本件訴訟において主張する原告の本件各係争年分の売上金額、算出所得の金額、支払利子割引料の金額及び事業所得金額は別表2記載のとおりであり、その算出方法は次のとおりである。

(一) 売上金額

被告が原告の取引先等を調査して把握した売上の合計金額であり、その内訳は別表3記載のとおりである。

(二) 算出所得

右売上金額に、次の各要件に該当する原告と業種業態及び事業規模の類似する同業者(以下「類似同業者」という。その内訳は別表4記載のとおりである。)の平均算出所得率を乗じて算定したものである。

なお、被告は次の各要件に合致する西条税務署管内の個人をすべて抽出し、抽出された者すべてを類似同業者として採用したのであり、右方法により選定された類似同業者は、機械的に抽出され、そこに恣意の介在する余地はないとともに資料は正確であるから、各同業者間に存する差異はそれが通常存する程度のものを超える異常なものでない限り平均値算出の過程で捨象することができ、被告の推計方法は客観的な合理性を有するものである。

(1) 本件各係争年分を通じて鉄工業(金属、機械部品受託加工業)を営んでおり、その中途において開廃業、休業又は業態の変更をしていない者

(2) 本件各係争年分を通じて青色申告につき税務署長の承認を受けている者

(3) 本件各係争年分を通じて材料仕入がある者

(4) 本件各係争年分を通じて売上金額に対する外注費の比率が五〇パーセント以内の者

(5) 本件各係争年分を通じて従業員数(事業主を含む)が一ないし三名の者

(6) 事業にかかる売上金額は、本件各係争年分にかかる売上金額が次の①ないし③のいずれにも該当する者(この金額は、被告が把握している原告の本件各係争年分の売上の金額のそれぞれ約二分の一以上かつ二倍以下の金額である。)

① 昭和五八年分 九六五万四〇〇〇円から三八六一万四〇〇〇円まで

② 昭和五九年分 一六一三万八〇〇〇円から六四五四万八〇〇〇円まで

③ 昭和六〇年分 一七六六万八〇〇〇円から七〇六六万八〇〇〇円まで

(7) 更正又は決定の各処分を受けた者にあっては、国税通則法若しくは行政事件訴訟法の規定による不服申立期間若しくは出訴期間が経過している者またはこれらの訴訟が係属していない者

(三) 支払利子割引料の金額

第一信用組合黒瀬支店へ支払った支払利子割引料である。

(四) 事業所得金額

前記(二)の算出所得金額から右(三)の支払利子割引料の金額を差し引いたものである。

3  本件各処分の適法性

右2による原告の各係争年分の事業所得の金額は、別表2記載のとおり、昭和五八年分が四六二万一三八五円、昭和五九年分が六九二万八八二二円、昭和六〇年分が八〇三万三二六五円であり、これら各係争年分の金額はいずれも別表1記載の本件各更正処分の金額を上回っているので、被告のした本件各更正処分は適法であり、また、原告が右各年分にかかる所得税の確定申告を過少に行ったことについて、昭和五八年分は国税通則法六五条二項(昭和五九年改正前のもの)、昭和五九年分及び昭和六〇年分は同法六五条四項に規定されている正当な理由は認められないから、同法六五条一項に基づいて行われた本件各賦課決定処分も適法である。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張に対する認否

(一) 被告の主張1のうち、昭和六一年八月七日に被告係官が原告宅に赴いたこと、被告係官の電話連絡(ただし、電話の回数は除く。)により同月二九日に税務調査を行うことになったこと、同日被告係官が原告宅に赴いて原告と面接し、調査への協力を依頼したのに対し、原告は今日に至るまでの事業経過について説明し、帳簿の作成はしていないが領収書等はある程度保存しているので収支を組んでみる旨申し立てたこと、第三回目の税務調査が同年一〇月八日と決まったこと、同日の税務調査において原告が被告係官に対し、豊国工業の取引は極端に利幅が薄く、協建工業に対する工場、機械等の賃借料が多額であることを説明したこと、同年一二月二日に被告係官が原告宅に赴いたこと、被告が推計により本件各係争年分の事業所得の金額を計算したことは認めるが、その余は否認ないし不知。

(二) 同2の(一)のうち、昭和五八年分及び昭和六〇年分の各売上金額が被告主張のとおりであることは認める。被告主張の昭和五九年分の売上金額のうち藤野工業所に対する売上八八万五一三五円は、原告が豊国工業から受け取った手形を藤野工業所から割り引いてもらったもので売上ではないから、被告主張の売上金額三二二七万四四二五円から右金額を差し引いた三一三八万九二九〇円が売上金額である。

(三) 同2の(二)は争う。

(四) 同2の(三)のうち、昭和五九年分及び昭和六〇年分の支払利子割引料が被告主張のとおりであることは認める。昭和五八年分の支払利子割引料は一〇万七五九五円である。

(五) 同2の(四)及び同3は争う。

2  被告の主張に対する原告の反論

(一) 本件処分に至る経緯

被告係官(栗原秋憲外一名)の昭和六一年八月七日の原告宅訪問は事前の予告なく突然のものであったため、原告は時間が取れず、調査は短時間で終わり、次回調査日時は連絡のうえ決めることになった。

同月二九日の税務調査の際には、原告は調査の理由を尋ねたが、納得のゆく説明はなされなかった。原告は被告係官の質問に答えて事業の概要を説明し、取引の領収書等は保存していることを伝え、被告係官は再度話合いをすることを了解して帰った。

同年一〇月八日の税務調査において、被告係官が原告宅に来て説明を求めたので、原告は経営の形態等を説明し、領収書等の資料は原告が経理事務の相談や伝票類の整理等を依頼している西条民主商工会(以下「商工会」という。)にあること、その領収書を検討してもらうなら経営実態が概ね正確に把握できること、右商工会に電話連絡のうえいつでも行ってもらえば領収書などは検討できることを告げ、被告係官はこれを了承したものである。

被告係官は、同年一二月二日突然原告宅を訪れ、作業中の工場内に立ち入って原告に対し、売上の二〇パーセント位の所得で修正申告をするように告げたが、被告の示した修正申告の内容は原告の経営実態を無視した、あまりに実態とかけ離れたものであったので、原告は被告係官に対し、原告の経営実態を正確に把握して欲しいこと、特に原告は事業用土地建物や設備一切を賃借しているため多額の賃料の支払を要すること、外注費の支払も高いこと、調査にはいくらでも協力すること及び被告係官において原告が商工会に保存している領収書等の資料を見ることになっていたはずであったことを伝え、被告係官は実額計算可能な領収書等の資料を見たうえで話し合うことを納得して帰ったのである。なお、原告は帳簿を作成していなかったが、原告に記帳義務は課せられていない。

(二) 本件税務調査の違法

申告納税制度のもとにおいて確定申告にかかる所得税について税務調査をするためには、具体的事情に基づく客観的必要性を要するものであるところ、本件税務調査は明確な根拠に基づかずに行われ、しかも、原告に対し本件税務調査の理由を全く開示せず、また、原告が調査を拒否していないにもかかわらずその承諾を得ないで反面調査を行っており、このような違法な税務調査に基づく本件各処分もまた違法である。

(三) 本件推計課税の必要性の不存在

右(一)記載のように、原告は実額課税が可能な領収書等の資料を検討するように申し立て、被告係官においてもそれを了解していたのに実質的な調査を何ら行うことなく、しかも、右資料を検討すれば原告の収入はもとよりその経営実態、経費支払の実態を正確に把握でき、実額課税が可能であったから推計課税をする必要性は存せず、本件各処分は違法である。

(四) 推計の合理性の欠如

(1) 推計が合理的であるためには当該事業者の所得を算定する基礎として用いる類似同業者の選択が合理的であることが不可欠であるが、被告は同業者を符合で示し、その氏名や営業実態等を一切明らかにしないままであり、その経営実態、業歴、取扱品目、製品の種類、材料支給の有無、従業員数、立地条件、被雇者の状態等を全く示していないから、類似同業者という根拠は不明である。

(2) 被告が本件各処分時及び本件訴訟提起後にそれぞれ推計の資料として採用した類似同業者八名(ただし、重複する一名を除く。)についての個人算出所得率、差益率及び経費率は、同じ類似同業者の本件各係争年分を比較しても、また、類似同業者相互間の比較においても著しい偏差が存在する。このことは類似同業者間においても業務内容に大きな差異があることを意味し、しかも、著しい偏差のある資料でもって推計すると結果においても大きな差異を生じるので、被告が選択した類似同業者は推計の基礎資料とすることはできない。

(3) 原告は、土地建物、事業設備の一切を協建工業から賃借して年額五〇四万円もの多額の賃料を支払い、かつ、外注費、工賃の比重が高いという他の同業者にはない特殊性が存在するので、原告は被告主張の類似同業者とは異なっている。しかるに被告はこうした原告の経営実態を見ないで漫然推計課税をした。

五  実額反証

原告の本件各係争年分の収入、仕入金額、必要経費及び事業所得金額は、別表5に各記載のとおりである。なお、協建工業に対する賃料の支払は、発生主義をとる以上、当然に経費として認められるべきである。また、必要経費と収入金額との間には相関関係があるから、被告が推計した必要経費と原告が立証した実額の必要経費との間に著しい差がある場合は、被告主張の売上金額、経費等の妥当性も当然に欠けることになり、所得金額の計算に大きく影響する。したがって、このような場合には当該推計自体を違法ならしめるというべきである。

六  実額反証に対する被告の主張

1  原告が実額反証を主張するからには、単にその主張する収入及び経費の各金額を立証するだけでは足りず、その主張する収入金額がすべての取引先からの総収入金額であること及びその主張する必要経費の金額がその主張する収入と対応することまで立証しなければならず、単に推計項目にすぎない必要経費のみについて実額を主張することは、有効な実額反証とはなりえない。

本件において原告は、売上金額については被告主張の一部を除いて争わず、経費についてのみ実額を主張立証しようとしているが、次に述べるように、原告は、帳簿書類その他証拠資料によって、主張する売上金額が客観的な真実額であるか、又は、客観的売上金額が被告主張額を超えるものではないこと及びその主張する必要経費の額が客観的な売上金額に対応するものであることをいずれも明らかにしていない。

(一) 売上金額について

(1) 被告が取引先の調査により把握した原告の売上金額は、第一信用組合黒瀬支店及び呉信用金庫黒瀬支店の各原告名義の普通預金口座への入金状況、原告の取引先への照会に対する回答文書によって明らかになったものに限定されており、原告の売上金額のすべてではありえない。

(2) また、原告は売上に関する資料を全く提出していないから、被告主張の売上金額が原告の全取引にかかるものか判断しえない。

(3) 更に、原告が本件訴訟において提出した領収書等から見て、被告が把握した以外の売上が存在した可能性が十分にある。

(二) 必要経費について

売上金額と経費の対応関係が認められないうえ、原告の経費に関する資料はほとんど提出されておらず、本件各係争年分の必要経費の額について継続的に記録した帳簿書類の提示がなく、しかも次のような問題があり、信用できない。

(1) 雇人費について

原告は従業員給料について支給明細書を作成しておらず、受領書も徴していないし、従業員の勤務事績を記入した給与台帳等を作成していない。そして、原告作成の給与支払書は、時間給で支払単価を定めているにもかかわらず万単位で記載されており、審査請求時に作成されたのにその作成根拠となったメモ等の資料が提出されていない。また、パートの者からの領収書中には同一人の署名が異なっていたり、名前が間違っているものがある。更に、給与の支払の資金繰りは、原告の取引銀行の出金状況からすれば、給与の額に相当する資金がなかったり、資金不足を生じる月が存在することになり、右支払に疑問が生じる。

(2) 地代家賃について

原告が協建工業に対し工場、機械設備、敷地等一切の賃料として支払ったとする金額は、使用委託契約書の記載、原告提出の地代家賃に関する領収書、原告本人の供述等からみて、原告が協建工業の連帯保証人であったことからその連帯保証人として広島県信用保証協会へ支払ったものであり、原告の事業に関連する経費の支払とは認められない。

(3) 外注費について

原告の訴外甲斐清人に対する外注費の支払のうちには、本件各係争年分を通じて資金手当が不足するものがあるほか、昭和六〇年一二月には四度に亘って合計三七二万六〇〇〇円が支払われているが、これは他の月と比べて極めて異常で不自然である。

(4) その他の経費について

原告の事務所と生活の場が同一であるところ、原告の提出した領収書及び請求書からは、家事用部分に該当するものが相当あり、事業の遂行上必要である部分を明らかに区分できないのが含まれている。また、領収書の記載等から真実を証するものとは認められないのがある。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  先ず、本件税務調査の経緯及び推計の必要性について判断する。

証人栗原秋憲及び同井町良治(ただし、後記信用しない部分を除く。)の各証言並びに原告本人尋問の結果(第一回。ただし、後記信用しない部分を除く。)を総合すれば、次の事実が認められる。

被告は、原告が本件各係争年分の確定申告をしたが、申告書に所得金額しか記載されておらず、また、個人として開業して以来原告に対し税務調査を実施したことがなかったこともあって、その申告内容の正確性について調査する必要があると考え、本件各係争年分の所得税について原告に対し税務調査を実施することとした。被告係官は、昭和六一年八月七日、原告に事前に連絡することなく原告の事業所に赴き、申告内容の確認のために調査に協力して欲しいと述べたが、原告は忙しいと言って取り合わなかったので、調査に入ることができなかった。その後、被告係官は原告に電話連絡をして同年八月二九日原告の事業所を訪問し、原告に対し申告の基になった帳簿、領収書、請求書等の提示を求めたところ、原告及び立ち会った商工会の事務局長井町良治は執拗に調査の理由を尋ねた後、原告は被告係官に、帳簿は作成していないが、領収書等はあると述べたので、被告係官は被告側で収支を組むため領収書等の提示を求めたが、右井町良治は、原告側で収支を組んでみるが、いつまでにできるか、また、被告係官に見せるかどうかは確約できないと述べて、それ以上調査は進展しなかったので、被告係官は同日の調査を打ち切った。そして、同年九月初めころ原告の収入金額算定の資料を得るため、原告の取引先に対し反面調査を開始した。

その後、被告係官は原告に電話で連絡して次回の調査日時を約束したが、その際収支を組んだか否かを確認したところ、原告は商工会に任せてあるから分からない、そちらで聞いてくれと述べたので、被告係官は領収書等を商工会から取り寄せて次回に提示するように依頼した。そして、被告係官は同年一〇月八日原告の事業所を訪問し、収支を組んだものの提示を求めたが、原告は、これを提出せず、領収書等の保存が完全ではないので現段階では必要経費について推計せざるをえないと思う、しかし、取引先である豊国工業の利幅が薄く、協建工業に対する敷地建物機械等の賃料が多額なので所得は出ないと思うとの答えに終始し、領収書等は商工会にあるので被告係官において連絡すればいつでも見ることができる旨述べ、右領収書等の提出には応じなかった。被告係官は原告に対し、所得の有無は収支を組んでみないと分からないので、申告の基になった領収書及び賃貸借契約書等をそろえておくよう要請して右の日の調査を打ち切った。

その後、同年一二月二日に被告係官が原告の事業所を訪れ、一般的に原告と同種の事業では二割ないし三割の事業所得がある旨を説明したが、原告は前回の調査時と同様に所得は出ないと述べるだけで、領収書等を提示せず、調査に協力しようとしなかった。そこで、被告はこれ以上原告の協力を期待することはできないと判断して推計により原告の事業所得金額を算出し、本件各処分を行った。

原告は、被告が前記商工会に預けてある領収書等を見ることを了解していたのにその調査をしなかったと主張するが、これに沿う証人井町良治の証言及び原告本人尋問の結果(第一回)はあいまいであり、証人栗原秋憲の証言に照らして信用できない。

右認定の事実によれば、被告は、原告が被告係官に対し本件各係争年分の申告の基になった領収書等の裏付け資料を提示しなかったため、原告の事業所得金額を実額によって把握することができなかったものであり、推計の必要性が存したというべきである。

原告は、被告が、税務調査開始の客観的必要性がないうえ、調査理由を開示せず、また、原告が調査に協力しているのに反面調査を行ったことを理由に本件税務調査は違法であると主張する。

しかし、本件税務調査は、調査権限を有する被告職員において、原告提出の申告書に所得金額しか記載されておらず、原告に対しこれまで税務調査を実施していなかったことから、右申告の正確性について調査の必要性があると判断したのであるから、本件税務調査の必要性に欠けるところはないというべきである。また、税務調査の理由の開示は調査を行ううえの法律上の要件とされていないが、被告係官は原告に対し申告内容の確認のための調査であることを告げている。更に、反面調査についても納税者の承諾を得る必要はなく、税務調査の必要性がある場合には、右反面調査をするか否かは権限ある税務職員の合理的選択に委ねられていると解すべきであり、前記認定の昭和六一年八月二九日に行われた調査に対する原告の態度からみて、原告に対する調査と並行して原告の取引先に対し反面調査をしても違法ではないというべきである。したがって、本件税務調査に原告主張の違法はない。

のみならず、課税処分は課税標準の存在を理由にされるものであるから、税務調査手続に何らかの違法があったとしても、それが全く調査を欠き、あるいは、公序良俗に反する方法で課税処分の基礎資料を収集したなどの重大なものでない限り、課税処分の取消原因にはならないと解すべきであるところ、原告の主張する違法理由は右の場合に該当しない。

以上によれば、被告が原告の事業所得を推計によって算出し、それを基に本件各処分をした手続については何ら違法はないというべきである。

三  そこで、原告の本件各係争年分の事業所得について判断する。

1  売上金額

被告主張の売上金額は、証人木村守孝の証言によれば、被告が原告の取引先等を調査して把握した金額であることが認められる。原告はこの金額に対し昭和五八年分及び昭和六〇年分について認め、昭和五九年分について一部否認するので、少なくとも昭和五八年分は一九五五万七二七八円、昭和六〇年分は三五三三万四一一九円の売上があったことは当事者間に争いがない。

昭和五九年分について、原告は藤野工業所に対する売上八八万五一三五円を否認するので、右売上が認められるか否かについて検討する。

成立に争いがない乙第一二(原本の存在とも)、第二二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第九、第二一号証、原告本人尋問(第一回)の結果により真正に成立したものと認められる甲第四七号証の三及び原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、原告は豊国工業から昭和五九年三月分の売上代金の一部の支払として同年四月一〇日額面八八万五一三五円の約束手形一通を受け取り、この手形を年に一、二度程度の取引があった藤野工業所で割り引いてもらうため、同手形を右藤野工業所に裏書譲渡し、藤野工業所は割引料を取らないことにして右手形金額と同じ額面八八万五一三五円、振出日を同年五月一日とする先日付の小切手を原告に振出交付したことが認められる。

藤野工業事業主の野中靖彦からの聴取書(乙第一七号証)には、右小切手は原告との単発の取引の支払のために振り出したもので、金銭貸借のために振り出したものではないとの記載があるが、同人に対し右約束手形を示して右小切手との関係を聴取しておらず、同人の供述は記憶違いであると認める余地が十分にあり、右記載は直ちには信用できず、他に藤野工業所に対する八八万五一三五円の売上を認めるに足りる証拠はない。

したがって、昭和五九年分の売上金額は三一三八万九二九〇円となる。

2  被告主張の推計の方法による算出所得金額(売上金額から売上原価及び支払利子割引料以外の経費を控除した金額)

(一)  類似同業者の選定及びその合理性

前掲乙第九、第一二号証、成立に争いのない乙第一一、第一四、第一五(原本の存在とも)、第一八号証、証人木村守孝の証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証、第二号証の一ないし三、右乙第一八号証により真正に成立したものと認められる乙第三ないし第八、第一〇、第一三、第一六、第一七号証及び証人木村守孝の証言によれば、被告元指定代理人木村守孝らは、原告の事業所得金額を推計するため、原告と業種、業態及び事業規模が類似する同業者を求めることとし、原告に対する税務調査担当者から聴いていた内容、原告の取引金融機関及び取引先等に対する調査により把握した売上金額等から被告主張2(二)の(1)ないし(7)の条件を定め、西条税務署管内で本件各係争年分について右条件すべてを満たす個人を選定することとし、広島国税局長の通達により被告に報告を求めたところ、被告は管内納税者(個人)のうち青色申告の承認を受けている者が提出している青色申告書に基づき右条件すべてに該当する者は乙第二号証の一記載のA、B、C、Dの四名であり、その算出所得金額等は別表4に記載のとおりである旨の回答をしたことが認められる。

右事実によれば、右四名が選定された過程に被告の思惑や恣意は介在していないということができ、また、右四名の算出所得金額等の数値は青色申告書に基づくものであり正確であるということができる。

そして、原告本人尋問の結果(第二回)及び弁論の全趣旨によれば、原告は昭和五四年ころから賀茂郡黒瀬町で個人として営業し、材料を仕入れ発注に基づき水門用のラック棒等を製造する鉄工業を営む者であり、従業員も臨時に働く者がいた程度であり、外注費も売上の半分以下であったことが認められ、そして、原告の本件各係争年分の売上金額は右1で認定したとおりであるから、原告は、前記条件のうち、青色申告の承認を受けている者及び訴訟が係属していない者という二つの条件を除いた条件をすべて満たし、前記A、B、C、Dの四名は原告と同じ西条税務署管内に実在し、原告の業種、業態及び事業規模において類似している同業者であるということができる。

原告は、被告は類似同業者を符合で示したうえ、取扱品目、従業員数等の経営実態を明らかにしていないから右四名は原告に類似する同業者かどうか不明であると主張するが、右四名の氏名を秘匿することは守秘義務によりやむをえないことというべきであり、また、所得の推計は限られた資料を基礎として実額に近似する所得を推測する方法であるから、その性質上、原告とその事業内容の細部にわたって一致することまで要求することはできず、右認定程度の類似性が認められる限り、右四名の算出所得の平均値によって原告の算出所得を推計してもその合理性を認めることができるというべきである。

また、原告は、被告が推計の資料とした右四名の算出所得率、差益率及び経費率に著しい偏差が存在するから、これを推計の基礎資料とすることはできないと主張する。別表4によれば、類似同業者AとCの各昭和五八年分の算出所得率は14.4パーセントの偏差があるが、Aを除いた三名の昭和五八年及び昭和五九年の算出所得率は最大4.3パーセントの偏差しかない(昭和六〇年については最大10.7パーセントの偏差がある。)。原告主張の別表5の数値によっても原告自身の算出所得率は昭和五八年がマイナス4.9パーセント、昭和五九年がマイナス0.4パーセント、昭和六〇年が5.5パーセントであって昭和五八年と昭和六〇年とでは10.4パーセントの偏差が生じている。類似同業者であっても、前記のように事業内容の細部については同じでないうえ、経営努力等の経営姿勢、個別的な経営環境は異なっているから、ある程度算出所得率に差異が生じるのはむしろ当然なことである。右程度の差異から右四名の業務内容に大きな違いがあると直ちにいうことはできないし、推計に右四名の算出所得率の平均値を用いることによって類似同業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は右平均値に吸収されると考えることができるから、本件の場合の右四名の算出所得率の平均値を推計に用いても不合理ということはできない。

更に、原告は、多額の賃料を支払い、かつ、外注費、工賃の比重が高いという他の同業者にはない特殊性が存すると主張する。成立に争いがない甲第五一号証の一ないし一一及び原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、原告は鉄工業を営業目的とする協建工業の代表取締役であるが、同会社は昭和五三年一〇月ころ事実上倒産し、昭和五四年ころから原告は個人として協建工業所有の事務所、工場、機械設備及び敷地を使用して鉄工業を始め、現在に至っていることが認められるが、後記認定のように右使用は原告と協建工業との間の賃貸借契約に基づくものであると認定することはできないから、右使用は原告主張の特殊事情とはいえない。また仮に原告が協建工業から右工場等を賃借し、相当額の賃料を支払っていたとしても、自己所有者については工場の建物及び設備の原価償却費、固定資産税等が必要経費に算入されるから、右は前記類似同業者四名の算出所得率の平均値に吸収されえないような特殊事情に該当するということはできない。

また、原告も右類似同業者四名もいずれも売上に対する外注費の割合は五〇パーセント以下、従業員数(事業主を含む。)一ないし三名程度であり、原告だけが他の類似同業者に比べて外注費や工賃が異常に高いという原告固有の事情を認めるに足りる証拠はないので、前記平均値を用いた推計の合理性は何ら覆されることはないというべきである。

(二)  推計

類似同業者四名の算出所得率の平均値は別表4記載のとおりであるから、これに前記1の原告の売上金額を乗じると、原告の算出所得は、昭和五八年分が四六九万三七四六円、昭和五九年分が六九八万〇九七八円、昭和六〇年分が八三三万八八五二円となる。

3  原告の実額の主張について

(一) 原告は被告主張の売上金額のうち昭和五九年分の一部を否認し、その余を認め、必要経費について実額を主張している。しかし、売上金額を実額で捕捉し、これを基に必要経費を推計して事業所得を算定している場合において、実額反証によって必要経費の推計を破るためには、右売上以外に売上がないこと又は実額主張にかかる必要経費が右売上金額に対応するものであることを立証することが必要である。けだし、総売上金額とそれに要した必要経費が一体となって課税標準である原告の事業所得金額が算出されるからである。

そこで、他に売上が存在するかその蓋然性について検討する。

(1) 前掲乙第三ないし第一八号証及び証人木村守孝の証言によれば、被告が把握した原告の売上金額は第一信用組合黒瀬支店及び呉信用金庫黒瀬支店の各原告名義の普通預金口座への入金状況及び原告の取引先への照会に対する回答文書等によって明らかとなったものに限定されることが認められ(しかも、右乙第一四号証によれば、原告の第一信用組合での口座開設は昭和五八年一〇月二二日であることが認められる。)、捕捉もれの可能性は否定できない。

(2) 原告は売上に関する領収書等の資料を提出していない。また、原告が国税不服審判所に対する審査請求の際に主張した収入金額と本訴において認める売上金額とは異なっている。

(3) 豊国工業に対する売上金額が原告の総売上金額に占める割合は別表3において明らかなように(ただし、昭和五九年分の売上から藤野工業所の八八万五一三五円は除く。)昭和五八年分が88.3パーセント、昭和五九年分が96.3パーセント、昭和六〇年分が98.5パーセントであるが、原告は平成元年八月二八日付け準備書面において豊国工業の受注率が昭和五八年分は二五パーセント、昭和五九年分は五〇パーセント、昭和六〇年分は六〇パーセントと主張し、原告本人尋問(第一回)においても昭和五八年分は七〇パーセント、昭和五九年分は七五パーセント、昭和六〇年分は九九パーセントと供述している。また、原告はその本人尋問(第一回)において、協建工業の債権者に対する売上の代金は借金と相殺処理させられた趣旨の供述をしている(昭和五八年より前のことであると限定していない。)。これらに照らせば、豊国工業以外の売上が他にもかなり存在することが窺われる。

(4) 昭和五八年分の売上金額について、昭和興産株式会社から鋼材を仕入れた際の額面六万円の領収書(甲第二号証の二四)には、右額面と相殺した旨の記載があり、これは原告が同会社に対して六万円の売上をしたことが窺われる(原告は本人尋問(第二回)において、右は協建工業が所有していた肉厚鋼管を昭和興産に売却した代金である旨供述するが直ちには信用できない。)。

その他、甲第九号証の四三、第四二号証の一〇、第六四号証によれば、原告は昭和五八年分について長岡鉄工に対し一六万円、昭和六〇年分について金屋鉄工に対し二四万三二〇〇円の売上があったことが窺われ、これが売上でないと説明する原告本人尋問の結果(第二回)は内容的に不自然なところがあり、直ちには信用できない。

右(1)ないし(4)によれば、他に売上が存在する蓋然性があり、前記1で認定の売上金額以外に売上がないこと及び原告主張の仕入金額等の必要経費が右金額に対応することの立証は尽くされていないといわざるをえない。

(二)  必要経費

(1) 雇人費について

原告は雇人費に関する証拠として本件各係争年分についての給与支払書と題する書面(甲第五二号証の一ないし三)及び昭和六〇年分のパートへの支払(二八万一〇〇〇円分)の領収書(甲第五三号証の一ないし一一)を提出するが、原告本人尋問(第一、二回)の結果によれば、原告は従業員給料にかかる支給明細書、給与台帳等の記録を作成しておらず、右給与支払書は国税不服審判所に対する審査請求の段階において商工会事務局長井町良治が作成したものであり、同支払書に記載された各月ごとの支払金額は時間給であるのにすべて一万円単位であることが認められ、これに、原告は右甲第五三号証の一ないし一一を除き右給与支払書記載の支払を裏付ける資料を全く提出していないこと及び原告の取引金融機関の各口座(乙第一一号証及び第一四号証)の出金状況からみて右給与の支払がなされたか否か疑問があることを考慮すれば、右給与支払書と題する書面から原告主張の雇人費を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

なお、原告本人尋問の結果(第一回)中、再度アルバイトに来てもらうため一万円以下は切り上げて一万円にしたとの供述部分はその内容からみて到底信用できない。

(2) 地代家賃について

原告は協建工業から同会社所有の工場、敷地、機械設備一切を賃借して年額五〇四万円の賃料を支払っていると主張し、その本人尋問(第一回)において、原告は昭和五五年末ころ相談した西税務署の係官の教えにより昭和五六年一月二〇日ころ協建工業との間で使用委託契約書(甲第五〇号証)を作成し、賃料を支払うことにしたと供述する。

しかしながら、右供述は次の理由により信用できない。

① 右契約書には、使用料金は月額四八万円(年額に換算すると五七六万円)とし、その支払方法は、協建工業の債務の支払に直接大畑鉄工名義で払込んで使用料金の支払とすると記載されているところ、成立に争いのない甲第四号証の二、第一七号証の二〇ないし二四、官署作成部分について成立に争いがなく、原告作成部分について弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四号証の一、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四号証の三、四、六、第一七号証の一ないし一九、二六、二七によれば、原告が実際に広島県信用保証協会等の協建工業の債権者に支払った金額は、昭和五八年は八八万四四八〇円、昭和五九年は三二八万五四八〇円、昭和六〇年分は三六一万七二五〇円であることが認められ、右賃料の年額と大きく隔たっており、右支払が右契約に基づくものであるとは直ちにはいえない。

② 原告本人尋問の結果(第一回)によれば、賃料の支払を示すものとして提出された領収書(甲第四号証の五、第一七号証の二五、第三一号証の二三)はいずれも一年分の金額が一括記載されていて、いずれも国税不服審判所に対する審査請求(昭和六二年六月一一日)の際に同審判所に提出するために作成されたものであること、右各領収書には昭和五八年分が三三六万円、昭和五九年及び昭和六〇年分が各五〇四万円と記載されているが、右三三六万円は、原告が昭和五八年ころ支払能力がなかったために賃料を減額したとして記載された金額であり、右各五〇四万円は、右賃料月額四八万円から工場敷地の一部を金屋鉄工に転貸していた賃料月額六万円を控除した四二万円の一年分の金額であり、これは原告が協建工業に実際に支払った金額ではなく、右債務が発生したという原告の考えから右金額を記入したことが認められる。したがって、右各領収書は賃料の現実の支払とは関係がない。

③ 金屋鉄工に転貸したことによって協建工業に対する原告の賃料が四二万円になったのであれば、金屋鉄工に転貸した賃料六万円は協建工業に支払われなければならないのに、その支払を証する領収書等の提出がなく、原告本人尋問の結果(第一、二回)に照らしても、右転貸の賃料は原告の収入と混同されている疑いが強い。

④ 前掲甲第一七号証の一ないし一七、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二〇号証の二(同号証中の四通の信用保証委託契約書の成立は争いがない。)及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は協建工業の代表取締役であり、広島県信用保証協会等に対する協建工業の債務について連帯保証人になっており、同債務の支払について協建工業名義で支払ったり原告名義で支払ったりしていてその支払名義については特に意識していなかったこと、原告は、協建工業が倒産した以後右契約書作成以前から原告名義で協建工業の債権者であった広島県信用保証協会に対し債務の支払をしていたこと、協建工業は前記倒産以後営業活動等は一切行っておらず、また、右賃料の受領に関して帳簿等の作成はもとより、確定申告もしていないことが認められる。右事実によれば、原告は個人事業の経理と協建工業の経理とを明確に区分していなかったということができる。また、原告による協建工業の債権者に対する支払は前記契約書を作成したとするころ以前からしており、その前後で支払方法に変化がない。

⑤ 原告は、その本人尋問の結果(第一回)において、賃料と協建工業の債権者に対する実際の支払額との差額(昭和五八年分は二四七万五五二〇円、昭和五九年分は一七五万四五二〇円、昭和六〇年分は一四二万二七五〇円)については、一旦協建工業に賃料として支払ったものを借り入れたと供述するが、具体的な行為は一切ないのであるから、原告の右供述は直ちには信用できない。

⑥ 原告は、税金の関係から税務署に相談して前記契約書を作成したと言いながら、賃料の支払関係を明確にする書類を作成していない。

⑦ 原告に月額四八万円の賃料支払債務があるのであれば、原告の主張によればなおさらのこと昭和五八年分の所得は大幅な赤字になる筈であるのに、原告は二一万円余りの所得があった旨の確定申告をした。この点について原告は、その本人尋問(第一回)において、銀行割引の関係で粉飾したと供述するが、右供述は信用できない。

⑧ 原告は、その本人尋問(第一回)において、昭和五八年以前は生活が非常に苦しかったと供述しながら、昭和五六年に四八万円という高額の賃料を定めたのは不自然であり、仮にそのころ契約書を作成したとして、原告に右賃料を支払う意思があったかどうか極めて疑わしく、右作成は単に形式を整えただけのものといえる。

そして、右①ないし⑧によれば、原告が協建工業の債務の支払をしたのは、原告が同会社の連帯保証人として又は同会社に代わって支払をしたものと認めるのが相当であり、他に原告が協建工業と賃貸借契約を締結したこと及び協建工業に賃料を支払ったことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告主張の地代家賃を経費として認めることはできない。

(3) 外注費について

原告は外注費支払を証するものとして、甲第一三号証の一ないし一六、第二八号証の一ないし一二、第四二号の一ないし一〇の各領収書を提出しているが、右のうち最も金額の多い訴外甲斐清人の原告宛ての二二二万六〇〇〇円の領収書は右甲斐名義のその他の領収書に比べ、領収書の用紙、金額及び署名の筆跡、住所の記載(地番が四―四六―一〇四となっていない。)、印影を異にするうえ、年度まで間違えており、真に右甲斐が作成したものか否か極めて疑わしい。甲第四二号証の六の領収書は作成日の年度が訂正され、訂正印と署名押印した印とが異なっており、昭和六〇年に作成されたものかどうか疑問が残る。また、甲第四二号証の四ないし七の領収書の金額を合計すると、原告の昭和六〇年一二月の右甲斐に対する外注費は三七二万六〇〇〇円となり、これは他の月と比べて極端に金額が大きくなるが、前記のように豊国工業は原告の売上金額の98.5パーセントを占めるところ、前掲乙第九号証によれば同月の豊国工業への売上金額は二三六万〇五七六円で、そのうち六二万八六二一円が相殺分であることが認められるから、右差額一七三万一九五五円が原告の外注費の限度と考えられること(前月である同年一一月の原告の豊国工業に対する売上金額は六八四万六七二九円で相殺分を差し引くと四〇四万六七二九円と多額であるが、一一月分の決済は乙第二一号証によれば同年一二月一〇日に行われているから、一一月分の外注費と考えることは困難である。)からしても、原告が同年一二月に右多額の外注費を支払ったかについては疑問が生じる。

更に、前掲乙第一一、第一四号証に照らすと、昭和五八年三月一三日の三四万円、昭和五九年三月一五日の三四万円及び二〇万円等についてその日における支払原資の存在に疑問が生じるが、これに対する原告の説明は裏付け資料もなく十分とはいえない。

したがって、各年度とも原告主張の外注費をそのまま認めることはできない。

(三)  以上によれば、原告主張のその他の経費について判断するまでもなく、原告の事業所得を実額で認定することはできない。

4  支払利子割引料について

昭和五九年分が二四万九〇一〇円、昭和六〇年分が三〇万五五八七円であることは当事者間に争いがない。

原告は、昭和五八年分の支払利子割引料は、被告主張の七万二三六一円に、同年一月二七日に朝銀広島信用組合天満支店で額面八五万円の手形を割り引いた際の割引料三万五二三四円を加えた一〇万七五九五円であると主張するところ、原告本人尋問(第二回)により真正に成立したものと認められる甲第一四号証及び同本人尋問の結果によれば、原告は豊国工業から売上代金の支払として受け取った右手形を右日時場所において割り引き、その際右金額の割引料を支払ったことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。したがって、昭和五八年分の支払利子割引料は一〇万七五九五円となる。

5  以上によれば、原告の本件各係争年分の事業所得金額は、前記算出所得金額から、右各支払利子割引料を控除して算出されるから、昭和五八年分は四五八万六一五一円、昭和五九年分は六七三万一九六八円、昭和六〇年分は八〇三万三二六五円となる。

四  結論

原告の本件各係争年分の総所得金額は、本件各更正処分(昭和五八年分については審査裁決によって一部取り消された後のもの)による総所得金額を上回るから、本件各更正処分はいずれも適法であり、右所得額があることを前提になされた本件各賦課決定処分(昭和五八年分については審査裁決によって一部取り消された後のもの)もまた適法である。

よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官吉岡浩 裁判官福士利博 裁判官土屋靖之は転補のため署名捺印できない。裁判長裁判官吉岡浩)

別表一 課税の経緯<省略>

別表二 原告の事業所得の金額の算出経過<省略>

別表三 売上金額の明細<省略>

別表四 類似同業者の所得率表<省略>

別表五<省略>

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