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岡山地方裁判所津山支部 昭和43年(モ)142号 判決 1968年8月12日

債権者 熊井谷水利組合

右代理人 柴田治

債務者 中央簡易水道組合

右代理人 横林良昌

主文

当裁判所が債権者債務者間の昭和四三年(ヨ)第四四号水利妨害禁止仮処分命令申請事件につき、同年六月二四日にした仮処分決定を認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

債権者代理人は主文同旨の判決を求め、その理由として

一、債権者は津山市綾部字王地内において付近にある熊井谷の自然流水(以下本件流水という)を灌漑用水として利用している約六町歩の耕地所有者二二名によって組織された水利組合であって、本件流水中に取水口を設け井堰によって熊井谷井手に引水し前記耕地の灌漑に充てることにより明治時代から継続的に専用利用して来た水利権者である。

債務者は、右王地地区の南に隣接する中央地区の一部住民によって昭和三三年に組織された飲料水の確保利用を目的とする水道組合である。

二、しかして、本件流水はそれより上流の山林からの湧出水、雨水、樹木の露の集積によって得られるものでその水量は極めて少く、前記耕地を灌漑するのに十分でなく、従って債権者組合員は統制により時間給水等の措置により平均した共同利用をはかっているが、それでも水不足のため一部耕作不能地が出ている実情にあるから、昭和三四年に債務者組合が飲用水確保のため本件流水の前記取水口の上方に水槽を設けて取水しようとしたときもこれを拒否し、結局債務者組合において右取水口の下方に水槽を設けて現在に至ったもので、右水槽により取水する流水は債務者組合の飲用水需要量を充たすのに十分の量がある。

三、しかるに、債務者組合は昭和四三年六月、突如として右取水口上方の本件流水中に水槽六個を設置(以下本件水槽設置という)し、右水槽によって取水した流水を一インチのビニール又はポリパイプによって引水するに至った。そのため、債権者組合が熊井谷井手に取水する水量は二分の一に減じ、灌漑用水の不足を来たし、田植ができず、今後の耕作に重大な支障を来たすに至った。

四、そこで債務者組合のなした本件水槽設置は債権者組合の有する前記流水利用権を侵害するものであり、これを放置すれば、債権者組合は前項のとおり著しい損害を受けるので右侵害の排除を求めるため本件仮処分命令を申請し、昭和四三年六月二四日債務者組合の設置した水槽および引水パイプに対する債務者組合の占有を解いて執行官の保管とし、右パイプによる債務者組合の引水を禁止する等の仮処分決定を得たものである。

と述べ、債務者の主張に対し

一、本件流水をもって債務者組合員所有耕地の一部の灌漑をした時期があったが、右は債権者組合員であったからではなく、本件流水の余水利用を認めたものに過ぎず、右耕地に近平用水が導かれるようになってからは全く右のような事実がなく、熊井谷井手に関する経費は終始現債権者組合において負担しているものである。

また、仮に債務者組合員の一部の者に本件流水の共同利用者があるとしても右は灌漑用水に関する利用権であって飲用水に関する利用権ではない。

二、債務者組合のなした本件水槽設置による引水により債権者組合員耕地は田植の不能、植付耕地の灌漑用水の不足により甚大な損失を蒙るのに比し債務者組合は従来からの本件取入口下方の水槽により飲用水の確保は可能で損失はない。

と述べた。

≪証拠関係省略≫

債務者代理人は「当裁判所が債権者債務者間の昭和四三年(ヨ)第四四号水利妨害禁止仮処分命令申請事件につき、同年六月二四日にした仮処分決定を取消す。債権者の右申請を却下する。訴訟費用は債権者の負担とする。」との判決を求め、答弁および主張として

一、債権者主張第一項の事実は債権者組合の灌漑耕地および組合員の各範囲に関する部分を除いて全部認める。債務者組合の構成員も明治時代からそれぞれ債権者組合の構成員であるから、債権者組合の有する流水利用権について共同利用者である。

二、同第二項の事実は全部否認する。

三、同第三項の事実のうち、債務者組合が本件水槽設置をなしたことは認めるが、その位置関係、取水方法並びにその余の事実は否認する。右水槽は流水個所に設けたものではなく、その近くに設けたものであって流水を取水しているのでなく地下水を取水しているものであるから本件流水を利用したことにはならない。

四、同第四項の事実のうち債権者がその主張のような仮処分決定を得たことは認めるが、その余の事実は否認する。

五、仮に債務者組合の本件水槽設置が本件流水を利用するものとしても既に第一項において主張しているとおり債務者組合の構成員は旧くから債権者組合員の構成員として本件流水の共同利用者である。

六、また、仮に右共同利用者ではないとしても債権者主張の昭和三四年当時、債権者債務者の両組合間において、本件熊井谷井手の取入口井堰上縁に指二本以上の落し口を設けることにし、同所より流下する流水について債務者組合の利用を認める旨の合意が成立したから右流下水と同量の流水については債務者組合にその利用権のあるところ、債権者組合が右落し口を閉鎖したので同量の流水を利用すべく本件水槽設置をしたものである。

七、さらに仮に債務者組合に以上の流水利用権がないとしても、本件流水は数十年に一度の大かんばつを除けば、常に債権者主張耕地を灌漑するに十分な水量があり、現に本年も例年どおり田植を終え、灌漑水は流末において余水放流している実情にあるから債務者組合の本件水槽設置は何ら債権者組合の水利権に影響を与えるものではなく、従ってそれを妨害するものではない。

八、本件仮処分については次のような特別事情が存する。

すなわち本件仮処分決定および前記第五項記載の債権者組合のなした井堰落し口の閉鎖により債務者組合は飲用水の確保が困難となり津山市から給水車による給水を受けている実情にあるため組合員はその都度多くの時間と労力を費されるうえ、費用も要するのでその損害は大きく、債務者組合の右損害に比し債権者組合の損害は過少である。

九、よって本件仮処分の取消と本件仮処分命令申請の却下を求めるものである。

と述べた。

≪証拠関係省略≫

理由

一、債権者組合がその構成組合員所有耕地の灌漑用に供するため明治時代から継続的に津山市綾部地区内熊井谷の流水を取水口に設けられた井堰によって熊井谷井手に専用引水して来たものである事実関係は当事者間に争がなく、右事実関係より判断すれば債権者組合は右熊井谷の流水について慣行上の水利権者であることが認められる。

また、債務者組合が津山市王地地区に隣接する中央地区の一部住民により昭和三三年に組織された飲用水の確保使用を目的とする水道組合であることは当事者間に争がない。

二、次に債務者組合が昭和四三年六月に、本件水槽設置をなし、パイプを通じて引水を開始したことは当事者間に争がない。

そこで右水槽設置がその位置関係も含め本件流水を利用するものであるか否かについて考察するに、≪証拠省略≫によれば、本件水槽設置の位置関係は必ずしも明確ではないが、少くとも一個は本件流水中に設置されているうえ各水槽とも周囲に小さい穴を多数あけた小型のバケツを埋め込んだ程度の設備によって取水している状態にあることが一応認められるのでこの程度で取水可能であることの事実関係より判断すれば本件流水の取入れを目的とする水槽であると認めるのが相当であり、これを否定する債務者代表者の供述部分は措信することができない。

三、そこで債務者組合の右流水利用は債務者組合員が債権者組合の構成員として旧くから有する共同利用権に基くものであるとの主張について考察するに、債務者組合員所有耕地の一部が本件流水によって灌漑されたことのあることは債権者の自認するところであるが、右事実と≪証拠省略≫によって一応認められる明治一九年頃に本件流水の利用に関し債務者組合員所属地区を含めて成立した合意の内容はいずれも灌漑用水に関するものであることの事実よりすれば、債務者組合員の個々に灌漑用として本件流水の共同利用権があるとしてもそれ以上に飲用水の確保利用を目的とする債務者組合に本件流水の共同利用権があると認めることは到底困難である。

四、また、債務者は昭和三四年に債権者との間に本件流水の利用について分水契約が成立した旨主張するので按ずるに、右主張に副う証人岡田千尋と債務者代表者の供述が一応存するが、右供述を仔細に検討すれば、証人岡田千尋は単に交渉結果の書面記載を見分した結果を供述するにとどまり、また、債務者代表者は瞹眛な伝聞事項を供述するものであって、いずれも右合意の具体的内容に乏しいものであるうえ、実際上井堰に分水のための措置を加えて来たことの疎明が全く存しないのみならず、かえって≪証拠省略≫によれば債権者債務者間において本件取水口の上方には相互において流水取入れ設備をしないことの合意の成立していたことの事実が一応肯認されるので、右分水契約の存在を肯認することはできない。仮に債務者の主張する井堰における分水に関する合意が存したとしても前認定の事実よりすれば右は井堰の落ち水の利用に限られ、これより上方の流水の分水利用に関するものではないと判断するのが相当であり、債務者の右主張は理由がない。

五、そこで債務者組合のなした本件水槽設置の債権者組合の水利権に対する影響について考えてみるに、≪証拠省略≫によれば、本件流水は上方においては流水の形状を示す程の水量もなく、渇水期の灌漑には時間給水によらざるを得ない実情にあることが一応認められ、右認定に反する債務者代表者の供述部分は措信しない。しかしてこのような実情にある本件流水を本件水槽設置によりその上方で取水することは債権者の右水利権を妨害するものであるといわなければならない。

六、最後に債務者主張の特別事情の存在の有無について判断する。

債権者が本件仮処分申請により、当裁判所において昭和四三年六月二四日債務者組合設置にかかる水槽およびパイプに対する債務者組合の占有を解き執行官の保管とし、右パイプによる債務者組合の引水を禁止する旨の仮処分決定を得たものであることは当事者間に争のないものであるところ、債務者は右仮処分決定により飲用水の確保が困難となり、その損害は債権者組合の損害に比し甚大である旨主張するが、債務者組合の飲用水確保を目的とした本件水槽設置はその引水を開始して間もないものであって右設備を使用した引水を禁止したとしても本件仮処分決定は従来から存した取水設備には何らの変更をも加えるものではないから、債務者組合は右既存設備による取水により前記昭和三四年以来継続され容認されて来た程度の飲用水確保が可能であると判断されるのに比し、債権者組合は前認定のとおり従来から灌漑用水として十分な水量を得られなかったものであるから前記債務者組合の取水があれば益々不足を来たすことは明らかであり、その損害もまた重大であると判断される。

従って本件においては仮処分を取消すべき特別の事情は存しないというべきである。(債務者は井堰落し口の閉鎖による損害発生をも特別事情として主張するが、右は本件仮処分決定に関係がない。)

七、以上の理由により債権者の本件仮処分申請は理由があり、これを認容した本件仮処分決定は相当であるからこれを認可することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山田敬二郎)

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