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岡山地方裁判所 昭和63年(行ウ)6号 判決 1993年10月14日

岡山市大和町二丁目四番一五号

原告

亡松木正雄訴訟承継人 松本和子

岡山市万倍一五六

原告

亡松木正雄訴訟承継人 長瀬眞奈美

岡山市泉田四二三―一五

原告

亡松木正雄訴訟承継人 景山俊枝

群馬県高崎市上中居町五六二

上中居セブンハイツ三〇三

原告

亡松木正雄訴訟承継人 松本秀夫

右四名訴訟代理人弁護士

山崎博幸

岡山市伊福町四丁目五―三八

被告

岡山西税務署長 大石宗男

右指定代理人

稲葉一人

岡田克彦

土田哲郎

清水博志

筒井正史

伊藤敏彦

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六〇年二月一五日付けでした、松木正雄(以下「正雄」という。)の昭和五六年分の所得税の更正のうち総所得金額で一三五万六〇〇〇円を超える部分(異議決定により取消された部分を除く。)及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定、昭和五七年分の所得税の更正のうち総所得金額で二九六万四六四一円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定、昭和五八年分の所得税の更正のうち総所得金額で一四五万六〇〇〇円を超える部分及び同年分の所得税の過少申告加算税賦課決定を、いずれも取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  正雄は天ぷら製造小売業を営んでいたが、平成三年九月一二日死亡し、原告らが相続した。

2  正雄は、昭和五六年分ないし昭和五八年分(以下「本件各年分」という。)の所得税につき、別表一の1ないし3の各「確定申告」欄記載のとおりの申告をしたところ、被告は昭和六〇年二月一五日付けで、同表の各「更正」欄記載のとおり、本件各年分につき各更正(以下「本件各更正処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件各賦課決定処分」といい、本件各更正処分とあわせて「本件各処分」という。)をした。そこで、正雄は本件各処分を不服として、昭和六〇年四月九日、被告に対し異議申立てをしたところ、被告は昭和六〇年七月九日付けで同表の各「異議決定」欄記載のとおり異議決定した。さらに正雄は、昭和六〇年八月五日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は昭和六三年三月四日付けで同表の各「審査裁決」欄記載のとおりの裁決をし、右裁決は同年三月一〇日ころ正雄に到達した。

3  しかしながら、正雄の本件各年度における所得は、いずれも右確定申告のとおりであるから、本件各処分はいずれも違法であり、取り消されるべきである。

よって本件各処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2は認める。

2  同3は争う。

三  被告の主張

1(一)  被告は、正雄が確定申告した本件各年分の事業所得の金額が正しいかどうかを確認するため昭和五九年八月七日から被告所部係官(以下、「係官」という。)をして調査を行わせた。係官は正雄の多忙等のため同年九月二七日に正雄の店舗に臨場し、正雄に対し確定申告した本件各年分の事業所得の計算の基礎となった帳簿書類等の提示を求めたところ、正雄から金銭出納帳(以下「本件金銭出納帳」という。)及び岡山相互信用金庫(以下「岡相金」という。)駅前支店の正雄名義当座預金元帳の写しの提示を受けたが、右書類以外の帳簿書類等は記帳及び保存をしていないとの理由から提示を受けることはできなかった。

(二)  本件金銭出納帳には、昭和五六年九月二四日から昭和五七年八月二一日までの間の現金売上金額及び現金仕入金額並びに現金仕入れに係る経費の金額等が記帳されていたが、当該金銭出納帳の昭和五六年一〇月一日から昭和五七年七月三一日までの間(本件金銭出納帳の記帳期間のうち、一か月に満たない月を除いた期間。以下「本件検討期間」という。)の記帳内容などを調査、検討した結果、

(1) 仕入金額の記載漏れ及び仕入金額の過少記帳があること及び掛仕入されている野菜、小麦粉、パン粉、油等の仕入れの支払いに関する記載がないこと

(2) 従業員(パート)二名の給与の支払、地代家賃(月額二万五〇〇〇円)の支払、岡山信用金庫(以下「岡信金」という。)津島支店の正雄名義、松木民子(正雄の母)名義、原告松木和子(正雄の妻)名義の各普通預金に預け入れしている日掛預金一日当たり合計九二〇〇円(但し、昭和五七年五月二五日以降は九四〇〇円)の支出が記載されていないこと

(3) 営業日であるにもかかわらず売上金額の記帳のない日(昭和五六年一一月四日、同月一三日、同年一二月一七日、昭和五七年七月二三日)があること

(4) 売上商品の一品当たりの売上単価が一〇円単位であるところから、各営業日の売上金額も端数(一〇円単位)のあることが一般的であるにもかかわらず、売上金額が千円単位になっている日が二六九日中五六日もあること

(5) 正雄は本件金銭出納帳に記載された日々の現金売上金額から現金仕入金額及び現金支払に係る経費の金額を控除した残額(以下「売溜金」という。)の一部を岡相金駅前支店の正雄名義の当座預金及び普通預金、岡信金津島支店の正雄名義、松木民子名義、原告松木和子名義の各普通預金(以下、岡相金駅前支店及び岡信金津島支店のこれらの預金をあわせて「本件当座預金等」という。)に預け入れしているところ、本件検討期間の売溜金の合計額(以下「預金可能額」という。)と右期間の本件当座預金等への預入合計額(明らかに事業外の資金の預入れと認められるものを除く。)とを比較すると、預金可能額を越える当座預金等への預入れがあり、また、これを週単位に細分化して検討してみても過半数の週において同様の状況があることの各事実が認められた。

(三)  推計課税の方法によるためには、納税者が帳簿書類を備え付けていないとき、帳簿書類の備え付けがあってもその内容に信憑性が認められないとき、課税庁の調査に対して資料提供を拒否する等協力的態度を示さないとき等、収入支出金額の実額を捕捉することができないため推計によらざるを得ない必要性を要するところ、被告は右(二)の(1)ないし(5)の各事実から、本件金銭出納帳が正雄の現金取引のすべてを記帳したものとは認めることができない上、正雄が本件金銭出納帳及び岡相金駅前支店の正雄名義当座預金元帳の写し以外の帳簿書類は提示しなかったので、正雄の事業所得の金額を実額によって計算することができないと判断し、やむを得ず所得税法一五六条による推計の方法によりこれを計算することとした。

2(一)  被告は、右1の事情から、推計の方法により課税すべく類似同業者(個人二名、法人一名、別表四参照、以下「本件類似同業者」という。)を選定した。本件類似同業者の選定に当たり、広島国税局長は広島国税局管内五〇の各税務署長に対し、通達により、正雄と同様に天ぷら製造小売業者を営む個人(本件各年分の所得税の確定申告について所得税法一四三条の承認を受けて青色申告書を提出している者に限る。)及び法人(昭和五六年六月三〇日から昭和五九年六月二九日までの間に決算期が到来した各事業年度の法人税の確定申告を提出している法人に限る。)のうち、本件各年分(法人の場合は、右各事業年度。)を通じて次の(1)ないし(3)のすべての条件に該当する者(法人)を対象として、それらの者(法人)の本件各年分の売上金額、売上原価の額、差益金額、一般経費の額、算出所得金額、差益率、算出所得率及び従事員数について報告を求めたところ、本件類似同業者が報告された。

(1) 昭和五六年一月一日から昭和五八年一二月三一日まで(法人の場合は昭和五六年六月三〇日から昭和五九年六月二九日まで)の間を通じて、天ぷら製造小売業を営んでいる者(法人)。但し、次のア、イに該当する者(法人)は除く。

ア 本件各年分の中途において開廃業、休業又は業態を変更した者(法人)。

イ 更正処分又は決定処分が行われた者(法人)のうち国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間を経過していない者(法人)並びに不服申立中又は訴訟中の者(法人)。

(2) 本件各年分の売上原価の額が次のアないしウのいずれかに該当する者(法人)。

ア 昭和五六年分(法人の場合には、昭和五六年六月三〇日から昭和五七年六月二九日までの間に終了する事業年度分)は七一〇万円以上二八三九万九〇〇〇円以下。

イ 昭和五七年分(法人の場合は、昭和五七年六月三〇日から昭和五八年六月二九日までの間に終了する事業年度分)は七四五万一〇〇〇円以上二九八〇万一〇〇〇円以下。

ウ 昭和五八年分(法人の場合は、昭和五八年六月三〇日から昭和五九年六月二九日までの間に終了する事業年度分)は七二〇万五〇〇〇円以上二八八一万八〇〇〇円以下。

(3) 従事員数(事業主及び法人の役員を含む。)が本件各年分とも三名以上一二名以下の範囲の者(法人)。

(二)  本件類似同業者は、右抽出基準の範囲内の者(法人)すべてを抽出したものであるから、選定された類似同業者は正雄と業種、業態、事業規模等の類似性及び資料の正確性があり、しかも被告の恣意が介入する余地はない。したがって被告が本件類似同業者の平均売上差益率及び平均算出所得率を適用して正雄の本件各年分の事業所得の金額を算出した推計の方法には合理性がある。

3  推計により正雄の本件各年分の総所得金額を計算すると以下のとおりとなる(別表二参照)。

(一) 売上金額

昭和五六年分 三一六〇万九二九五円

昭和五七年分 三三三三万三六二九円

昭和五八年分 三二五四万九八〇二円

正雄の売上金額自体の捕捉ができないため、被告で捕捉した後記(二)の売上原価額に後記(三)の類似同業者の平均売上差益率を適用して算出した額である。

(二) 売上原価額

昭和五六年分 一四一二万六一九四円

昭和五七年分 一四八二万三四六五円

昭和五八年分 一四三三万四九三三円

売上原価額は、当期仕入金額に期首棚卸金額を加算し、期末棚卸金額を控除して求めるべきであるが、正雄が期首、期末の棚卸金額を明らかにする資料を提出せず右各棚卸金額は不明であったことや、正雄の本件各年分の事業形態にさしたる変化がないことから、期首、期末の棚卸金額を同額とみなして売上原価額を算出したもので、次の掛仕入金額と現金仕入金額の合計額である。

(1) 掛仕入金額

昭和五六年分 九二八万六五六〇円

昭和五七年分 九七四万四九四六円

昭和五八年分 九四二万三七八五円

掛仕入金額は、被告ができる限り調査して把握した別表三の「掛仕入」欄の本件各年分欄記載のとおりである。

(2) 現金仕入金額

昭和五六年分 四八三万九六三四円

昭和五七年分 五〇七万八五一九円

昭和五八年分 四九一万一一四八円

現金仕入金額は、昭和五六年一〇月一日から昭和五七年七月三一日までの本件検討期間の掛仕入金額、現金仕入金額(別表三の付表)を調査して掛仕入割合(本件検討期間の現金仕入金額と該当期間の掛仕入金額との合計額に占める掛仕入金額の割合)を算出し、右(1)の掛仕入金額を掛仕入割合で除した本件各年分毎の総仕入金額から右(1)の掛仕入金額を控除した額である。

(三) 本件類似同業者の平均売上差益率

昭和五六年分 五五・三一パーセント

昭和五七年分 五五・五三パーセント

昭和五八年分 五五・九六パーセント

本件類似同業者の平均売上差益率は、別表四の「売上差益率」欄記載のとおり、本件類似同業者三名(個人二名、法人一名)の売上金額、差益金額により求めた売上差益率の平均値(百分比の小数点第三位以下切捨て)である。

(四) 本件類似同業者の平均算出所得率

昭和五六年分 三九・八七パーセント

昭和五七年分 三九・七八パーセント

昭和五八年分 三九・〇七パーセント

本件類似同業者の平均算出所得率は、別表四の「算出所得率」欄記載のとおり、本件類似同業者三名の売上金額、算出所得金額により求めた算出所得率の平均値(百分比の小数点三位以下切捨て)である。

(五) 算出所得金額

昭和五六年分 一二六〇万二六二五円

昭和五七年分 一三二六万〇一一七円

昭和五八年分 一二七一万七二〇七円

前期(一)の売上金額に右(四)の本件類似同業者の平均算出所得率を乗じた額である。

(六) 雑収入

正雄が岡山市から市道四七〇七号線道路改良工事に伴う営業補償金とし受領したもので、昭和五七年分につき三五七万六〇〇〇円である。

(七) 特別経費の額

昭和五六年分 四二一万八一〇〇円

昭和五七年分 二六一万六三〇〇円

昭和五八年分 二五一万二九〇〇円

正雄の申立てに基づき被告が調査したもので、別表五のとおり算出した給料賃金、別表六のとおり算出した地代家賃及び別表七のとおり算出した建物減価償却費の合計額である。

(八) 事業専従者控除額

原告松木和子及び正雄の父松木喜久正にかかるもので、本件各年分につき八〇万円であり、正雄の確定申告額である。

(九) 事業所得の金額

昭和五六年分 七五八万四五二五円

昭和五七年分 一三四一万九八一七円

昭和五八年分 九四〇万四三〇七円

前記(五)の算出所得金額(昭和五七年分については前記(六)の雑収入を加算した金額)から前記(七)、(八)の金額を控除した額である。

(一〇) 給与所得の金額

正雄が松正工機株式会社から支給を受けた報酬一二六万円に対応する額で、本件各年分毎に七五万六〇〇〇円であり、正雄の確定申告額である。

(一一) 総所得金額

昭和五六年分 八三四万〇五二五円

昭和五七年分 一四一七万五八一七円

昭和五八年分 一〇一六万〇三〇七円

前記(九)の事業所得の金額と右(一〇)の給与所得の金額の合計額である。

4  以上から、本件各更正処分には、推計の必要性及び推計方法の合理性が認められる。そして、正雄の本件各年分の総所得金額は別表二の「総所得金額」欄記載の金額となり、本件各更正処分に係る総所得金額は別表一の1ないし3の「課税処分経過表」欄の各「更正」欄(但し、昭和五六年分は異議決定後の金額)に掲げる金額であって、いずれも正雄の本件各年分の総所得金額の範囲内であるから本件各更正処分は適法である。

また正雄が本件各年分の所得税の確定申告を過少に行ったことについて国税通則法(昭和五九年法律第五号による改正前のもの。)六五条二項の定める正当な理由はないから、同条一項に基づき本件各更正処分により納付することとなった税額にそれぞれ一〇〇分の五を乗じて計算した金額に相当する本件各賦課決定処分は適法である。

四  被告の主張に対する認否及び主張

1  被告の主張1は争う。

被告主張の本件金銭出納帳の仕入金額の記帳漏れ及び仕入金額の過少記帳については、魚の現金仕入れを例にとると、本件検討期間の被告調査額の合計は二四七万七〇九三円であり、本件金銭出納帳の記帳合計は二三二万二六〇三円であるから、その差額は一五万四四九〇円である。右差額はそれほど大きなものではなく、本件金銭出納帳の記帳は、全体的にみれば相当程度に正確である。また本件金銭出納帳に掛仕入れに関する記帳がないのは、金銭出納帳である以上当然であり、さらに預金可能額と本件当座預金等への預入合計額の関係では、自動販売機からの売上や松正工機株式会社からの仮払金等を考えれば、部分的に預金可能額が預入合計額を下回る日もあるが、ほとんどが預金可能額が上回っており、本件金銭出納帳の記帳は信頼できる。

2  被告の主張2は争う。

推計の方法が合理的といえるためには、同業者の類似性、業種、業態の同一性という同業者の抽出基準が合理的でなければならない。

正雄が営んでいたのは天ぷら製造販売の専門店であるが、現在、天ぷら専門店は激減し、岡山市内において独立して店舗を構えた天ぷら専門店は正雄の店を除いて存在せず、天ぷらを扱う他の店は、スーパーの店内においてごはん物を含めた惣菜一般を扱うか、ほかほか弁当などの惣菜店かのどちらかである。

本件類似同業者のうち別表四のAは、昭和五六年から売上が激減しているから営業成績がじり貧になっていると考えられるにもかかわらず、所得率は横ばいであるから、業種、業態を変えていった可能性が高い。また従業員が五・五人で正雄より二、三人多いから配達要員がいるものと考えられ、正雄の販売方法と異なる。

本件類似同業者のうち別表四のBは、A以上に売上が減少しており当該地区の電話帳から惣菜店の記載がなくなっていることからも廃業したものと考えられる。

本件類似同業者のうち別表四のCは、当該地区の電話帳の記載等からするとその存在自体疑わしい面もあるが、仮に昭和五六年当時存在していたとしてもその後転廃業したものと考えられる。

以上から、本件類似同業者はその業種、業態、その後の転廃業の事情から正雄との類似性は認められない。

3  被告の主張3は争う。

本件金銭出納帳は、前記1のとおり一定期間の売上原価を算出するための資料として信用性が高い。

そこで本件金銭出納帳の記載を基に正雄の売上額を検討するに、本件金銭出納帳により実額を証明できるのは、昭和五六年九月二四日から昭和五七年八月二一日までの期間の売上金額一八四〇万三一二七円と現金仕入金額三六九万六三三一円である。掛仕入れの金額の記帳はないが、被告の反面調査により判明した右期間中の掛仕入れの金額が七五一万一〇九〇円なので、右期間中の仕入総額は一一二〇万七四二一円である。よって、仕入総額を売上金額で除した売上原価率は六〇パーセント(小数点以下切捨て)となる。正雄の本件各年分の仕入金額は、昭和五六年分が一三七七万四一七三円、昭和五七年分が一四六〇万三四四五円、昭和五八年分が一四〇六万七七四七円なので、右売上原価率六〇パーセントを適用して計算すると、正雄の本件各年分の売上金額は、昭和五六年分が二二九五万六九五五円、昭和五七年分が二四三三万九〇七五円、昭和五八年分が二三四四万六二四五円となる。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1、2は当事者間に争いがない。

二  推計の必要性について

1  証拠(甲五、証人河野久夫)及び弁論の全趣旨によれば被告の主張1(一)の事実が認められる。

2  そこで本件金銭出納帳の信用性について検討する。

証拠(甲五)によれば、被告係官が正雄から提出を受けた本件金銭出納帳には、昭和五六年九月二四日から昭和五七年八月二一日までの現金売上金額や現金仕入金額その他電気代等の経費の金額が記載されていることが認められるが、他方証拠(甲四ないし六、一二、一六の2、乙一三、一四、一五の1ないし3、一六ないし一九、証人河野久夫)によれば、以下の事実が認められる。

(一)  正雄は平井鮮魚店から魚を現金仕入れしていたが、右仕入れに関する本件検討期間の本件金銭出納帳の記載は、昭和五六年一一月に四万円強、同年一二月に一一万円強、昭和五七年七月に六万円強の、それ以外の月は昭和五七年二月、同年四月を除いて一万数千円程度の記載漏れがある(本件金銭出納帳の昭和五七年三月四日、同年六月二四日の記載は桁違いの誤記と認められる。)ものの、記載のある金額については、それに対応する仕入れが認められる(昭和五六年一〇月、同年一一月の本件金銭出納帳の記載は、その仕入日が平井鮮魚店の売上日と一日ないし数日ずれているが、金額的には対応関係が認められる。)。正雄は魚以外にも、別表三の付表記載の品物を現金仕入していたが、そのうち、ちくわ(のやき)、う玉(鶏卵)は反面調査の結果、記載金額がほぼ正確であることが確認できた。魚、ちくわ(のやき)、う玉(鶏卵)以外の現金仕入商品の反面調査はできなかった。

(二)  正雄は、別表三の「掛仕入」欄記載の業者から、天ぷら、フライの原材料を掛仕入れしていたが、本件金銭出納帳には右掛仕入れの支払いに関する記載はない。

(三)  本件金銭出納帳には、アルバイト一名へのアルバイト代の支払いの記載はあるが、従業員(パート)二名への給与の支払いの記載はなく、正雄が賃借していた地代家賃の支払いの記載もない。また、正雄は岡信金津島支店の正雄名義、松木民子名義、原告松木和子名義の各普通預金口座に日掛預金として一日当たり合計九二〇〇円(昭和五七年五月二五日以降は九四〇〇円)を預け入れしていた(松木民子は確定申告上扶養控除の対象になっており、同じく原告松木和子は事業専従者となっているから、右口座への入金はいずれも正雄の天ぷら製造小売業の売上金と認められる。)が、本件金銭出納帳には、その出金の記載がない。

(四)  正雄の売上商品の一品当たりの売上単価は一〇円単位であるにもかかわらず、売上金額が一〇〇〇円単位になっている日が本件金銭出納帳記載期間(昭和五六年九月二四日から昭和五七年八月二一日まで)内に、五六日ある。

(五)  本件検討期間の本件当座預金等への預入金額から、明らかに天ぷら製造小売業と関係のない入金と認められる金額(家賃収入の入金や、一回に五〇万円等の多額の入金等)を控除した額と、本件金銭出納帳の売上金額から現金仕入金額及び現金支払にかかる経費の金額を控除した残額(預金可能額)を比較すると、預金可能額をはるかに越える当座預金等への預入れが認められる。また、本件当座預金等への入金状況から、正雄は一週間単位で預入れをしていたことが窺えるが、右検討を週単位で行うと、過半数の週において預金可能額を上回る当座預金等への預入れが認められる(別表八の1、2のとおり)。

右認定事実によれば、本件金銭出納帳から実額の捕捉が可能なのは、せいぜい現金仕入金額だけであって、掛仕入金額や、天ぷら製造小売業からの売上金額の捕捉はできず、本件金銭出納帳によっては正雄の所得金額の実額を把握することはできないものであり、他にこれを明らかにするに足りる資料もないから、推計の方法による課税の必要性が認められる。

なお、原告らは、自動販売機からの売上げや松正工機株式会社からの仮払金等を考えれば、当座預金等への預入金額が預金可能額を上回る週が一部出るが、ほとんとが預金可能額が預入金額を上回っているから、本件金銭出納帳の売上金額の記載は正確であると主張する。

しかしながら、原告松木和子は、ジュース類の自動販売機は中のジュース等の詰め替え等はメーカーが行い、正雄は手数料として売上の二〇パーセントを得ていたにすぎず、電気料等の経費を控除すると利益が少ないのでやめてしまった旨供述しているが、本件当座預金等からは右メーカーへの手数料を除いた売上金の八割の支払いの事実は明らかでなく、また原告らが自動販売機からの売上金と指摘する岡相金駅前支店の正雄名義の当座預金の当該入金部分が、自動販売機による売上金額とする根拠についても明らかではない。

また根拠(甲一ないし三、証人松木勝利)によれば、松正工機株式会社は正雄に対し役員報酬を支払っていたが、それ以外の支払いはしていないこと、正雄は確定申告において右会社からの役員報酬として年額一二六万円を申告していることが認められるから、岡相金駅前支店の正雄名義の普通預金口座への毎月一五万円の入金が右会社からの仮払金名目の報酬であるとは認められず、原告の右会社から正雄への仮払金の主張は採用できない。

さらに原告らの検討(甲一二、証人下原幸夫)によっても、四七週のうち二一週は預金可能金額累計額より本件当座預金等の預入額の累計額が上回っているから、原告らの検討を前提としても本件金銭出納帳の売上金額の記載が信用性の高いものとはいえない。

三  推計方法の合理性について

前記認定の事実及び証拠(甲四、五、乙一ないし五、八、九、一〇ないし一二の各1ないし3、証人河野久夫)によれば、次の事実が認められる。

1  正雄が提出した資料では正雄の売上金額自体の捕捉はできなかったが、本件金銭出納帳から本件検討期間の現金仕入金額の捕捉ができたこと、被告の調査の結果本件各年度における掛仕入金額が判明したこと、そこで被告は本件検討期間の仕入金額(掛仕入金額と現金仕入金額の合計)に対する掛仕入金額の割合を算出し、本件各年度の掛仕入金額から現金仕入金額を算出したこと、期首、期末の棚卸金額が不明であり、正雄の本件各年度の事業形態にさしたる変化のないところから、右掛仕入金額と現金仕入金額の合計額を正雄の売上原価額としたこと、右売上原価を基礎数値とし、これに類似同業者の平均売上差益率(売上金額に対する売上金額から売上原価額を差引いた額の割合)及び平均算出所得率(売上金額に対する特別経費の額及び事業専従者控除額を控除する前の所得金額の割合)から正雄の算出所得金額を算出することにしたこと。

2  そこで被告は、被告の主張2(一)記載の経緯で本件類似同業者を選定したこと、本件類似同業者選定の基準に関し、数値、係数の正確性担保のため所得税法上の青色申告者に限定したこと、年の中途での開廃業等がある場合には特別事情がある場合が多いので除外したこと、数値、係数は確定値を用いる必要があることから係争中の者等を除外したこと、事業規模の近似性を確保するため被告で捕捉した正雄の売上原価のいわゆる倍半基準によったこと、正雄の従事員数が六、七名であったことから、事業規模の近似性確保のため従事員数(事業主、法人役員を含む)の範囲を三名ないし一〇名にしたこと、正雄は個人事業者であったがなるべく多くの類似同業者を集めるため法人についても個人業者用の基準修正をしたうえで報告を求めたことが認められる。

右認定事実によれば、本件類似同業者は、その業種、業態、事業規模の点で正雄と類似性が認められ、さらに本件類似同業者の資料の正確性、類似同業者抽出過程の客観性が認められるから、被告の捕捉できた売上原価額を基準値として、これに本件類似同業者の平均売上差益率及び平均算出所得率を適用して正雄の本件各年分の事業所得の金額を算出することには合理性があると認められる。

原告らは、本件検討期間中の本件金銭出納帳の売上金額の記載を前提にし、右期間の売上原価額(掛仕入金額と現金仕入金額の合計)の割合を六〇パーセントと算定し、右売上原価率を適用すべきであると主張するが、本件金銭出納帳の売上金額の記載が信用性に欠けるのもであることは前記二で認定したとおりであるから、右金額を前提とする原告らの右主張は採用できない。

原告らは本件類似同業者Aは売上金額や所得率の傾向から業種、業態を変更した可能性が高く、従業員数から配達要員がいることが考えられ、正雄と販売方法が異なると主張する。しかしながら、売上金額の減少が所得率の減少につながる必然性はないから、業種、業態の変更の主張は単なる推測に過ぎない。また原告は従事員数と従業員数を混同しており、本件類似同業者Aの従業員数は正雄とほぼ同じ(正雄の従事員数は六名程度)であるから、原告の右主張は採用できない。

また本件類似同業者B、Cにつき原告は、その後廃業した可能性を指摘するが、昭和五九年以降に廃業したか否かは、本件での類似同業者の類似性とは直接関係しない上、原告の右主張は職業別電話帳の記載に基づく推測に過ぎないから採用できない。

四  正雄の所得金額について

1  前記認定の事実及び証拠(甲四、乙一ないし八、一〇ないし一二の各1、2、証人河野久夫)及び弁論の全趣旨によれば、前記三1により算出された正雄の売上原価は昭和五六年分が一四一二万六一九四円、昭和五七年分が一四八二万三四六五円、昭和五八年分が一四三三万四九三三円であること、本件類似同業者の平均差益率は昭和五六年分が五五・三一パーセント、昭和五七年分が五五・五三パーセント、昭和五八年分が五五・九六パーセントであること、これを適用して売上原価から計算すると、正雄の売上金額は昭和五六年分が三一六〇万九二九五円、昭和五七年分は三三三三万三六二九円、昭和五八年分は三二五四万九八〇二円となること、本件類似同業者の平均算出所得率は昭和五六年分が三九・八七パーセント、昭和五七年分三九・七八パーセント、昭和五八年分が三九・〇七パーセントであること、これを適用すると、正雄の算出所得金額は昭和五六年分が一二六〇万二六二五円、昭和五七年分が一三二六万〇一一七円、昭和五八年分が一二七一万七二〇七円となること、正雄には被告の主張3(六)、(一〇)記載の収入及び同3(七)、(八)記載の経費が認められること、これを加除して計算すると、別表二記載のとおり正雄の総所得金額は昭和五六年分が八三四万〇五二五円、昭和五七年分が一四一七万五八一七円、昭和五八年分が一〇一六万〇三〇七円となることが認められる。

五  まとめ

以上から本件各更正処分には推計の必要性及び推計方法の合理性が認められ、本件各更正処分に係る総所得金額は別表一の1ないし3の「更正」欄(昭和五六年分については「異議決定」欄の金額)のとおりであり、いずれも右四で認定した正雄の本件各年分の総所得金額の範囲内であるから、本件各更正処分は適法である。

また正雄が本件各年分の所得税の確定申告を過少に行ったことについて、国税通則法(昭和五九年法律第五号による改正前のもの。)六五条二項の定める「正当な理由」に該当するとの主張、立証はないから、被告が同条一項に基づき本件各更正処分により納付することとなった税額にそれぞれ一〇〇分の五を乗じて計算した金額に相当する本件各賦課決定処分は適法である。

よって、原告らの本件請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 將積良子 裁判官 吉波佳希 裁判官 遠藤邦彦)

別表一の1

課税処分等経過表(昭和五六年分)

<省略>

別表一の2

課税処分等経過表(昭和五七年分)

<省略>

別表一の3

課税処分等経過表(昭和五八年分)

<省略>

別表二

総所得金額の算出経過表

<省略>

別表三

仕入金額の明細表

<省略>

別表三の付表

現金仕入の明細表

<省略>

別表四

類似同業者の比率表

<省略>

別表五

給料賃金の明細表

<省略>

別表六

地代家賃の明細表

<省略>

別表七

建物減価償却費の明細表

<省略>

別表八の1

預金可能額と預金預入額との対比表(週単位)

<省略>

別表八の2

預金可能額と預金預入額との対比表(週単位)

<省略>

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