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岡山地方裁判所 昭和46年(わ)341号 判決 1974年8月05日

被告人 安井修

昭七・三・一〇生 会社員

主文

被告人を禁錮八月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、被告人の負担とする。

理由

第一罪となるべき事実

被告人は、自動車運転の業務に従事しているものであるが、昭和四六年三月九日午後一時四〇分ころ、大型貨物自動車(ダンプ型)を運転し、岡山市十日市中町七番十号先通称仁熊医院前交さ点に同市七日市方面から東進してさしかかり、同交さ点入口(別紙現場見取図①点)で一時停止後、約五・一メートル同交さ点に進入してから、再度一時停止したうえ、同所から同市福島方面に向つて左折発進しようとしたが、自車は、大型車で、その周囲には、通常の運転姿勢のもとでは、かなり広範囲の死角が存在するのみならず、同交さ点東南角には、県道の横断歩道が設置されており、自車の進路内で且右死角内に歩行者が横断のため、一時佇立し、或いは自車の進路内に向つて、右死角内を歩行している者がいることは、十分予想できるのであるから、かかる場合大型自動車の運転者としては、肉眼により直接、又は左アンダー・サイド両ミラーを介し前方及び左右を注視するはもちろん、あらかじめ運転席・助手席後部及び寝台席左窓の各カーテンを開けて見通しをよくしたうえ、腰を浮かせたり身体を前方・左方・左後方等に移動させるなどして、自車の前記死角内を注視し、その進路の安全を確認したうえ、発進すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、通常の運転姿勢のもとで、安全確認をしたのみで、自車の前方・左方に歩行者が存在しないものと軽信して、発進左折した過失により、折りから自車の進路内に佇立していたか又は進路内に歩み入ろうとしていた市川和子(当時四四年)に気付かず、自車の荷台左側面を同女に衝突・転倒させたうえ、自車左後車輪で轢過し、よつて同女に対し、脳底骨折等の傷害を負わせ、即時同所において右傷害により即死するに至らせたものである。

第二証拠(略)

第三過失を認定した理由

一  本件事故の発生

1  本件現場付近の状況

司法警察職員作成の実況見分調書前綴分及び当裁判所の検証調書(昭和四六年一一月六日付)を総合すれば、次の事実を認めることができる。

本件事故現場は、岡山市街地の南部に位置し、埋立空地及び田圃が散在するも、人家・事務所・工場等が建ち並んで、ほぼ市街地の観を呈する地域内で、別紙現場見取図記載のとおり県道岡山港線(車道巾員は約二一メートルで、巾一米の中央分離帯で区分され、両外側に巾三メートルの歩道が設置されているが、当時は外側緩速車線の新設等の改良工事中で、右緩速車線以外の車道はアスフアルト舗装されている)(以下県道という)と七日市方面から国道三〇号線方面に東西に通じる市道(有効巾員は約四・五メートルでアスフアルト簡易舗装がなされ、その路肩は溝に接している。)(以下市道という)とX型に約四五度の角度で鋭角に交さした通称仁熊医院前交さ点(以下本件交さ点という)の東南角の県道上であるが、右交さ点の県道上には巾員三・五メートルのゼブラゾーンによる横断歩道が設けられており、その付近における人の往来は普通程度である(当時県道の拡巾改良工事途上で、拡巾による横断歩道の適正位置への変更が未了であつたため、それが交さ点の中に設けられている観を呈し、その中央付近には照明灯設置のための穴掘りのため土嚢が積み上げられていた)。

2  本件事故の発生状況

証拠(略)を総合すれば、次の事実を認めることができる。

被告人は、岡山市七日市所在のし尿処理場と同福島との間で残土運搬に従事していたもので、大型貨物自動車(キヤブオーバーダンプ型、最大積載量八、〇〇〇キログラム、車両の長さ六・四メートル、その巾二・四六メートル、その高さ二・八〇メートル)(以下加害車という)を空車、助手なしで運転し、七日市方面から市道を通行して本件交さ点にさしかかつたが、先行車が三台程あつたため徐行・停止をくり返しながら、別紙現場見取図記載の①点に二、三秒停止した後、たまたま県道を北行し、市道に進入すべく本件交さ点を右折してきた大型貨物自動車が点に一時停止したので、被告人は同車と離合するため時速五キロメートル位で②点まで前進し、同地点において県道を南行する車をやりすごすため五、六秒停止したところ、そのうち南行車が点に停止してくれたため、右県道を南進すべく、時速四、五キロメートルで、同交さ点の左折を開始したところ、発進後二、三秒で③点に達した際左後輪にシヨツクを感じ、左サイドミラーを見たら、倒れている人影が見えたので、点に停止したところ、被害者が頭部を東方歩道上におき、仰向けに倒れているのが発見されたものである。

3  被害者の受傷・死亡状況

司法警察職員作成の実況見分調書(後綴分)及び医師和田健治作成の死体検案書を総合すれば、次の事実を認めることができる。

被害者は、頭蓋底骨折・左胸部圧迫による肋骨々折・右下腿挫滅創等により即死したものであるところ、身長一五七センチメートルの身体前面中央部で踵から一メートル三三センチメートルの部位に肌着スリツプの襟に沿つて長さ約六センチメートルの三日月状の圧挫傷があり、右下腿足関節から膝関節部の間長さ約五八センチメートルに亘つて皮膚が完全に開放分離し、脂肪・筋肉・骨を露呈して完全骨折し、同部に砂が混入しており、また同膝関節の上部に長さ約八センチメートル、巾約三センチメートルに亘る三日月形の挫創があり、ねずみ色オーバー右脇の袖付け部分が引き裂け、同右肩部分から背部分にかけて油質物が付着し、スカートには土砂による斜線状の紋様が印象されていた。

4  本件事故直後の加害車の状況

司法警察員作成の実況見分調書(前綴分)及び捜査報告書によれば、次の事実を認めることができる。

加害車左後輪内側タイヤ接地面に直径約一五センチメートルの楕円形をした圧轢痕があつて、左後輪フエンダーの前部下端の線(地上〇・九メートル)の埃が払拭され、また左後輪前部の荷台下にある燃料タンク(車体前部から三・六メートル、地上〇・八メートル)に直径約五センチの大きさで、同タンクの周囲に付着した油とその上の埃が払拭され、また荷台左側壁下際(地上一・二五メートル、車体前部より二・七メートルないし三・八五メートルの間)の蝶番三ヶ所に同所に給油されている油とそのうえに付着した埃が払拭されていたことが認められる。

5  被害者受傷・死亡の経過及びその直前の行動

証拠(略)を総合すれば、被害者は、当時教員をしている夫、その母及び大学卒業直後の長女とともに本件事故現場の北東一三〇ないし一五〇メートルの岡山市十日市中町五番一二号に居住する四四才の主婦であるが、市内西大寺町方面に所用のため本件事故現場の向側の北方約四〇メートルの地点にある県道北行バス停留所からバスに乗車しようとして、自宅を出発し、本件交さ点の東方約二〇メートルの地点で市道に出たうえ、本件事故現場に至つたものと推認される。

ところで、被告人は、本件捜査・公判を通じ、事故前に被害者の姿を見かけなかつた旨供述し、事故前における被害者を目撃した者が発見されておらないため、被害者受傷・死亡の経過及び事故直前における行動は明確ではなく、諸般の状況から推測する以外に方法はないのであるが、まず被害者受傷・死亡の経過について検討するに、前記一の2・3の被害者受傷状況及び加害車の状況に前記一の2のうち本件事故前の被告人の運転状況を総合すれば、別紙現場見取図記載の点にいた被害者の上半身に、本件交さ点を左折進行してきた加害車の荷台左側面が衝突して、その衝撃により被害者を歩道側に転倒させるとともに、その下半身を加害車左後車輪で轢過したものと推認できる。

問題は、前記のとおり被害者宅を出発して、本件交さ点の東方約二〇メートルの地点で市道に達してから、本件事故現場までの被害者の歩行経路及び受傷・死亡直前の被害者の挙動如何であるが、前記認定の本件交さ点付近の状況、加害車の進行状況等当時の市道・県道の交通状況、被害者の外出目的及び轢過状況等の諸事実に、経験則上認められる通常人の歩行速度(時速四ないし六キロメートル)、岡山県警察本部刑事部犯罪科学研究所技師槇尾省三外一名作成の嘱託鑑定書(昭和四八年一〇月二日付)により認められる加害車の内輪差(轢過地点付近においては六〇センチメートルをかなり上廻る)を総合すれば、被害者は、前記のとおり市道に達したうえ、①点に停止中の加害車の後方(東方)で市道を横断して、その右側(南側)を本件交さ点に向つて歩行し、加害車の左側方を通つて点に至つたものと推認できるが、受傷・死亡直前の被害者の挙動については、次の諸場合が考えられる。

(一) 加害車が②点で停止しているので、その左折通過前に県道を横断しようと考え、小走りに点まで進出したところ、時を同じくして加害車も左折を開始して進行してきたため轢過された。

(二) 前同様左折通過前に県道を横断しようと考えたが、加害車が県道北方の見通しをさまたげているため、南行して本件交さ点に接近してくる車の有無を確認できる点まで進行したうえ、南行車の通過を待っていたところ、加害車が左折進行してきたため轢過された。

(三) 加害車の左折通過後に県道を横断しようと考えたが、舗装未了部分は、完全であると即断して、地点まで進出したところ、加害車が予期に反して外寄りに左折進行してきたため轢過された。

右三つの場合のうちの(二)の場合の可能性がより高いものと推測されるのであるが、いまだそれであると断定するには至りえない。

二  被告人の過失の有無及びその態様

被告人は、当公判廷において左折発進前に前後左右の安全確認をしたところ、人影がなかつたので、発進したものである旨供述し、弁護人も同様に主張し、本件事故は、被害者が加害車の死角、死角を歩行して来たため生じたもので、不可抗力によるものであるから、無罪であると主張するので、以下検討する。

1  死角の有無及びその範囲

鑑定人槇尾省三作成の鑑定書(昭和四七年一〇月一七日付)によれば、加害車の周囲には、正常な運転姿勢のもとで肉眼及び車体左右前部に付設されたサイド・アンダー両ミラーによつても見通すことができない部分(いわゆる死角―以下死角という)がかなり広範囲にわたつて存在し、被告人が運転席に正常な運転姿勢で座つた場合における被害者と同一身長の人に関する死角範囲は、加害車が①点に停止している場合は、別紙死角図一のまた②点に停止している場合には、別紙死角図二の各赤色部分であることが認められる。

右事実によれば、前記一の5の受傷・死亡直前における被害者の挙動として想定されるいずれの場合についても、加害車が②点を発進する直前において、被害者が死角内に位置し、被告人が正常な運転姿勢にあつては、肉眼又はアンダー・サイド両ミラーによつては、その存在を確認しえなかつた可能性は否定できない。

もつとも前記一の5記載のとおりの被害者が点に至つた経路よりして、被害者が終始死角内に位置していたものでないことも、明白であり、主として左サイドミラーにより、①点に停止・発進後②点の発進までの間に、被害者を確知しうる余地があつたといわざるをえない。

右の点に関し、被告人は、当公判廷において、①点発進の際、左前方(肉眼により)、左後方(左サイドミラーにより)、右方(肉眼により)の順で安全確認をしたうえ、②点に至り、同地点を発進の際も左後方を左サイドミラーで確認したところ、人影を認めなかつた旨供述するところ、司法警察職員に対する供述調書によれば、②点に停車したところ、県道南行車が点に停車してくれたので、早く進まねばと思い、左サイドミラーをちらつと見たうえ、発進左折した旨供述しており、また検察官に対する供述調書によれば、①点を発進の際、左サイドミラーで左後輪付近の安全確認をしつつ、②点に達して停車したところ、右県道南行車が停車してくれたので、いち早く左折しようと考えて発進した旨供述し、②点発進の際の左サイドミラー確認の有無についての記載がなく、捜査・公判段階を通じ、若干の喰違いを示しているのであるけれども、①②各地点の発進時には、被害者が左サイドミラーによる視野外にいた可能性も否定できず、したがつて、右各場合に左サイドミラーを確認していても、被害者を確知しえたものとは、いまだ断定できない。さらに本件交さ点を左折するため①点から②点までほぼ直線に進行のうえ、暫時停止し、その間対向してくる大型車との安全な離合をも配慮しなければならなかつた車両の運転者として、右進行・停止の全期間終始左後方の安全確認を継続すべき注意義務は、ないものといわざるを得ないから、①点を発進後②点で停車中に左サイドミラーにより被害者を確知しえたのに、それをしなかつたとしても、それを直ちに非難することは、できないといわざるをえない。

2  死角消除の可能性

当裁判所の検証調書(昭和四九年三月一九日施行分)によれば、加害車両の運転席において、被告人が運転席を離れることなく、腰を浮かせたり、上半身を前方・左方・左後方に移動させるなどすることによつて、②点における前記死角のうち、被害者が位置した可能性のある歩道の外側端以西部分内の被害者を助手席及びその後部寝台の各左側窓ガラスを通して肉眼により、又は左サイドミラーにより確知しうることが認められる。

ところで、被告人の当公判廷における供述及び当裁判所の右検証調書によれば、本件事故当時加害車の運転席・助手席とその後部に設けられている寝台との間及び寝台の左右の窓には、いずれもカーテンが引かれていたことが認められるところ、右検証調書によれば、そのような状態においては、右死角のうち左後方部分は、前記動作によつて消去することができないことが認められる。

3  業務上の注意義務

まず前記の如くカーテンを引いたまま走行することの当否につき検討するに、前記認定のとおり被告人は、昼間市街地において、その周囲に広範囲の死角を帯有する大型自動車を、助手を同乗させることなく単独で、運転走行していたのであるから、かかる大型自動車の運転者としては、右死角を減少させて、安全な運行を期するために、あらかじめ運転席・助手席後部の及び寝台左右の窓の各カーテンを開け、同部を通しての車外の見通しを良くしておく業務上の注意義務があるといわざるをえない。

次に被告人が本件交さ点を左折すべく②点発進の際、加害車左・左後方の死角内に人の存在を予想し、その安全確認のため前記死角を消除するための動作までする業務上の注意義務があるか否かについて検討するに、前記認定のとおり本件交さ点付近は、埋立空地及び田圃が散在するも、人家・事務所・工場が建ち並んで、ほぼ市街地の観を呈し、普通程度の人の往来があり、その南東角には、県道の横断歩道が設けられているのであつて、被告人は、かかる交さ点の手前で①点において先行車進行待ちのため二、三秒停止のうえ、時速約五キロメートルで約五・一m同交さ点に進入し、県道南行車通過待ちのため、五、六秒②点に停止してから、左折進行を図つたものであつて、本件交さ点に接近してから、②点を発進して左折を開始するまでの間相当の時間を経過しており、②点においては、加害車体が右横断歩道を塞ぐ状態にあるとはいえ、右横断歩道は道路改良工事中のため変則的な位置にあつて、当時は右横断歩道から外れた点付近より県道の横断を開始する者があることは、充分に予想しうる状態にあつたのであるから、そのような状況のもとで②点から本件交さ点を左折発進しようとする大型自動車の運転者としては、助手席の左・左後部に広範囲の死角が存在することを考慮し、前述したとおりあらかじめ運転席・助手席後部の及び寝台左側窓の各カーテンを開け、同部を通しての見通しを良くしておかなければならないのみならず、運転席を離れない限度内で適宜腰を浮かせたり、上体を前方、左方又は左後方に移動させるなどして死角の内外にわたり、横断のため、自車の進路内で佇立し、又は進路内に進入しようとする者が存在しないことを確認する業務上の注意義務があるものといわざるをえず、右各注意義務を尽しておれば、被害者を事前に発見でき、その横断終了を待つなり、避譲を促すなりして本件事故発生を回避できたことが明らかであるのに、前認定のとおり、右各義務を怠り、通常の運転姿勢により左・左後方の死角外の安全確認をしたのみで左折発進したため、被害者を轢過するに至つたのであるから、被告人に業務上過失があることは、明白である。

第四法令の適用

被告人の判示所為は、行為時においては、刑法第二一一条前段・昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法第三条に、裁判時においては、刑法第二一一条前段・罰金等臨時措置法第三条に該当するところ、犯罪後の法律により刑の変更があつたときにあたるから、刑法第六条・第一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、所定刑中禁錮刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を禁錮八月に処することとするが、情状により刑法第二五条第一項を適用して、本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用のうえ、主文のとおり判決する。

死角図一及び二(略)

現場見取図 <省略>

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