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岐阜地方裁判所 昭和41年(ワ)429号 判決 1969年6月30日

原告 安江とも

<ほか二名>

右原告等訴訟代理人弁護士 上井源次

被告 関信用金庫

右代表者代表理事 山本春次郎

<ほか一名>

右被告等訴訟代理人弁護士 林千衛

右訴訟復代理人弁護士 棚橋隆

主文

原告等の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

第一当事者の申立

(原告等)

「一、被告等は各自、原告安江とも(以下単にともという。)に対し、金五〇〇万円、原告安江孝弘(以下単に孝弘という。)に対し金六五〇万円、原告安江正司(以下単に正司という。)に対し金一五〇万円、および右各金員に対する被告沢田甲子雄(以下単に沢田という。)は昭和四一年九月二五日から、被告関信用金庫(以下単に金庫という。)は同月二六日から、各支払いずみまで各年五分の割合による金員を支払え。

二、被告金庫は原告ともに対し金三一〇万円および右金員に対する同月二六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求める。

(被告等)

主文と同旨の判決を求める。

第二当事者の主張

≪以下事実省略≫

理由

一  1 先ず、原告ともの被告金庫に対する別件訴訟の追行に要した弁護士費用の賠償請求につき、その当否を判断するに、およそ、既存の不法行為に対する救済として訴訟手続が利用された場合において、右訴訟の追行に要した弁護士費用は、常に請求し得るものではなく、右訴訟の被告が不当に抗争した場合、換言すれば抗争行為自体が別個の不法行為を構成するものと認めうる場合にのみ、これが賠償請求をなし得るものといわなければならない。何となれば裁判を受けて黒白を争う権利をわが憲法三二条は保障しているのであり、事案が極めて明白な場合に敢えて抗争する等、濫用にわたらない限り訴訟において防禦権を行使することが認められているからである。従って、不当抗争に該当するか否かは、提起された訴訟の結果だけから判断すべきでなく、右訴訟をめぐる諸般の事情、すなわち、自らの不法行為によって相手方に訴の提起を余儀なくさせ、または当該事件の事実関係を調査し、その応訴が理由のないことを知り得べきであるのに、その注意義務をつくさず、事を構えてあくまでも抗争する等起訴の誘発ないしは応訴行為自体が公の秩序善良の風俗に反する場合に該当するか否かを考慮して判断されるべきである。

2 そこで進んで本件について考察することとする。

被告金庫と訴外中島善吉との間に昭和三六年一月二三日および同年三月二日にそれぞれ極度額金一、〇〇〇万円と金三、〇〇〇万円の手形取引契約が締結され、原告等主張の如く別紙第一ないし第四目録記載の各不動産について被告金庫金山支店店員中島正道を代理人と表示して根抵当権設定登記手続を経由したこと、原告等が昭和三六年九月二八日、岐阜地方裁判所に被告金庫を被告として連帯保証債務および根抵当権不存在確認並びに根抵当権設定登記の抹消登記手続請求の訴(同庁昭和三六年(ワ)第三七三号事件)を提起したこと、その結果、昭和三八年九月九日、原告勝訴の判決が言渡されたこと、被告金庫がこれを不服として名古屋高等裁判所へ控訴(同庁昭和三八年(ネ)第六七二号事件)したが、昭和四一年二月二四日控訴棄却の判決が言渡されたこと、被告金庫がなおも最高裁判所へ上告(同庁昭和四一年(オ)第五五四号事件)したが、同年九月三〇日、上告棄却の判決が言渡されたこと、はいずれも当事者間に争いがない。

3 ≪証拠省略≫によると、右別件訴訟の第一審において、原告等と被告金庫の間に、原告等主張の根抵当権設定契約につき、原告等において承諾をなしたか否かに関して、主として次の諸点について主張立証がなされたことが認められる。

(一)  本件訴訟の請求原因一に記載の如く、中島善吉が原告ともを欺罔して、昭和三六年一月中旬ごろ、金山町所在の飲食店「若草」において、印鑑および登記済証を借り受けたものであるか否か(後記(五)と関連する)。

(二)  本件訴訟の被告等の答弁一の2の(一)に記載の如く、昭和三六年一月一〇ごろ、被告沢田が中島善吉方を訪れ、居合わせた原告ともより第一回目の連帯保証契約および根抵当権設定契約の内諾を得たものであるか否か(≪証拠省略≫を総合すると、別件訴訟における判示にもかかわらず、そのころ、或いはその前年末ころにおいて、被告沢田が中島善吉方で原告ともに出会った事実を、少くとも認めることができ、これによれば前示被告等の主張事実の存在も推認できないではない。)

(三)  同じく答弁一の2の(三)に記載の如く、原告とも自身が本人および原告孝弘の使者として別紙第一、第二目録記載の各不動産の登記済証および原告ともと同孝弘の印鑑を、被告金庫金山支店に持参し、被告沢田に根抵当権設定登記手続を一任したものであるか否か(右事実は≪証拠省略≫により、認められないではない)。

(四)  右根抵当権設定登記手続がなされた数日後、中島正道が登記済証および印鑑を持参して原告とも宅へ赴き同原告にこれを返還しに行ったか(別件訴訟における判示にもかかわらず、右事実は≪証拠省略≫により認められないではない)。

(五)  同じく答弁二の2の(一)に記載の如く、原告ともが昭和三六年二月二七日ころ、飲食店「若草」において、被告沢田に対し、第二回目の連帯保証契約および根抵当権設定契約を内諾し、別紙第三、第四目録記載の各不動産の登記済証および原告孝弘、同ともの印鑑等の交付を受けたものであるか否か(右事実は、別件訴訟における判示にもかかわらず、≪証拠省略≫により認められないものでもない)。

(六)  原告ともと被告沢田が同道して岐阜営林署へ行き、中島善吉が工事の指名を受けられるか否か確かめたのが、請求原因三に記載の如く、昭和三六年三月下旬であったか、答弁の二の(二)に記載の如く、同月二日であったか、その帰途、岐阜駅構内の食堂で食事した際、原告ともが同孝弘の使者および同正司の法定代理人として、被告沢田と前記契約の合意をなしたか(被告金庫の右主張事実は、別件訴訟における判示するところと異り、≪証拠省略≫により認められないではない)。

(七)  第二回目の根抵当権設定登記の直前に中島正道が原告とも方を訪れ、二、三の登記済証の調査をなしたことがあるか(右事実は、≪証拠省略≫により認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない)。

(八)  原告ともが中島善吉より根抵当権設定等をなすについて報酬を受け、或いは利益を有しているか否か(≪証拠省略≫を総合すると、中島善吉の妻二代は、昭和三五年九月に死亡した実父安江孝市の遺産相続権を放棄していること、中島善吉は昭和三五年一一月ころ、原告ともの長女が嫁入りするに際し、原告ともの所有する山林の立木を金一〇〇万円で却売する仲介をなしたこと、昭和三六年四月ころ、中島善吉が原告ともに対し額面三〇万円の小切手を交付していることが認められないではない)。

(九)  その後、原告ともが連帯保証債務等を肯定するような言動を示していないか否か(≪証拠省略≫を総合すると昭和三六年四月に原告ともが被告金庫に借金を申し込んだこと、同年夏に原告等の所有する山林が伐採されているとの噂で被告金庫店員が原告ともに抗議したところ、その事実はないと言われたことが認められない訳ではない)。

4 ≪証拠省略≫によると別件訴訟の第二審において、原告等と被告金庫との間で右の諸点の外に、主として次の二点について主張、立証がなされたことが認められる。

(一)  前記各根抵当権設定の際、使用された原告ともおよび同孝弘の印鑑証明書は本人が交付を受けたものではないか(右事実は≪証拠省略≫により認められない訳ではない)。

(二)  乙第一号証の「安江とも」および「安江孝弘」の各記名は原告とも本人がなしたのではないか(≪証拠省略≫を総合対比すれば、右事実の蓋然性は相当高度である。甲第一五号証は結論的には右署名については原告とも本人のものと「異筆と推定される」という文言を使用し、「異筆と認められる」ものと区別している。これを仔細に検討するに、「安」字については(1)「ウ」冠が「女」部に対して大きく書かれていないこと、(2)第一画が水平又は水平に近い打ち方であること―右は偶然のものとは認められない―(3)「ウ」冠の第二画と第三画とが離れていること、(4)「ウ」冠の第三画横線部が比較的直線を呈していること、(5)「女」部の屈曲後の線部がわずかに反れ気味であること、(6)右屈曲部と第二画との間隔が広いこと、(7)「女」部の第三画が「ウ」冠に対し長目であること、「江」字については(1)第一画が比較的大きく書かれていること、(2)第二画の起筆方向が第一画起筆部に向っていること―乙第三号証の一および二においては第一画終筆部に向って書かれているが、毛筆書きによる特例と認める―(3)第二画縦線が第一画と離れて短かく書かれていること、「と」字については、第一筆が右下りであること、「も」字については(1)第一筆縦線部は大きく曲線を呈していること、(2)第三筆が第一筆に交叉して書かれていること―右二点について乙第三号証の一および二は例外と認める―(3)第二筆、第三筆がそれぞれ単独で書かれていること、等諸点において類似点を認め得る。≪証拠判断省略≫

5 ≪証拠省略≫によれば、被告金庫が右第二審口頭弁論終結後に発見された≪証拠省略≫を提出し、弁論の再開を求めたが、容れられず、判決言渡となったこと、右の点等につき被告金庫が争い、上告に至ったことが認められる。

6 以上の事実および当審における弁論の全趣旨を総合すると別件訴訟は事案の性質上、相互に対立する証拠資料が多数存在し、ことに前示乙第一号証の成立に関する各鑑定の結果をどのように判断すべきか等事案の真相の究明には多大の困難が存することが明らかであって、もとより、原告等において勝訴すべきことが明白であったものとはなし難く、請求原因四の2に記載の二点の新主張を含め、被告金庫が別件訴訟第一審から控訴審を経て上告審にいたるまで抗争したのも、不当抗争とみるべきではなくその防禦権の正当な行使の範囲内の行為と見るべきである。その他、被告金庫の応訴が違法であることを認めるに足りる証拠はないからこれを前提とした原告ともの被告金庫に対する弁護士費用の賠償請求は失当である。

二、次に、原告ともの被告金庫に対する、判決に基いて請求し得る訴訟費用以外の諸支出金の賠償請求の当否につき判断するに、前認定のとおり、原告等は別件訴訟において勝訴したというものの、被告金庫の応訴行為には違法性が認められないのであるから、これを前提とした原告ともの請求は失当という外はない。

三、最後に、原告等の被告等に対する慰藉料請求の当否につき判断するに、慰藉料の算定については口論弁論終結時における諸般の事情を参酌して客観的になすべきであり、これを不当抗争の場合について見れば、これによって被った精神的苦痛は通常勝訴判決を得ることによって十分慰藉され得るものというべきであり、勝訴してもなお回復し得ない精神的苦痛については、特別事情に因って生じた損害として予見ないし予見可能性の主張、立証がなければならない。本件についてはこれを欠くばかりでなく原告とも、被告沢田各本人尋問の結果によれば、安江家は一時苦境に陥ったものの、別件訴訟において勝訴判決が確定し、一家が立ち直り、平穏な日々を送っていること、原告孝弘の緑談がまとまったこと、別件目録記載の各不動産が安江家の財産全部という訳でもなく、特別に主観的価値を有するものではないことを認めることができる。してみれば原告等の被告等に対する慰藉料請求はいずれも失当といわざるを得ない。

四、よって原告等の被告等に対する本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丸山武夫 裁判官 川端浩 太田幸夫)

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