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山形地方裁判所 昭和30年(行)5号 判決 1955年7月21日

原告 倉金文五郎

被告 尾花沢町宮沢地区農業委員会

主文

被告が昭和三十年五月十九日なした、原告を同日開催の第十二回農業委員会より八日間出席停止とする旨の議決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として、

第一、(一)、原告は、被告農業委員会の発足当時から現在まで引続き同委員会の農業委員であるところ、原告の次に述べる行為は懲罰事由にあたるものとして、被告は昭和三十年五月十九日、原告を「昭和三十年五月十九日開催の第十二回農業委員会より八日間(但し招集日のみとする)出席停止」とする旨の議決をなした。その懲罰事由にあたるとされた原告の行為というのは、

原告は、同年二月二十一日、尾花沢町宮沢支所役場において、被告農業委員会事務局職員から、堀江三郎作成の歎願書と題する被告委員会宛の書面が提出されているとて、これを示されたが、右書面には、原告が真実関知していないにも拘らず、堀江三郎がその所有田地を他に貸付けたのは原告外一名の斡旋によつたものである旨、虚構の事実を記載してあつたので、直ちにその場で右文書中原告の姓名が記載してある部分、二箇所を破つてこれを毀損したという事実である。

第二、被告委員会が原告に対し右懲罰を議決した根拠は、被告委員会議事規則第十七条にあるというのであるが、右議決は次に述べるところによつて違法である。

(一)、被告委員会議事規則第十七条は、本件の懲罰事由とされた文書毀損行為の発生後に制定されたもので、右規定に基いて原告に対し懲罰を科することはできない。即ち、原告が懲罰事由とされた前記の文書毀損をなしたのは昭和三十年二月二十一日であるが、右議事規則第十七条が制定されたのはその後である同年四月二十七日に開催された第十一回委員会においてであつた。規則制定前になした原告の前記行為に対し、これを遡及して適用することは違法である。

(二)、被告農業委員会議事規則第十七条は無効であるからこれを適用した右懲罰議決は違法である。即ち右規則第十七条第二項は「罰目その他必要なことは尾花沢町議会議事規則に則り事態発生の都度委員会において定める。」

と規定しているが、尾花沢町議会議員でない農業委員に対して懲罰を科するのに町議会議事規則を準用することは許されない。従つて町議会議事規則を準用する旨を定めた被告委員会議事規則第十七条は無効のものであつて、これに基いてなした本件懲罰議決は違法である。

(三)、懲罰を科するには予め作為、不作為の義務を定めた規定が定立してあり、これに背反して始めて懲罰の対象となし得るのである。本件懲罰事由とされた原告の文書毀損行為が懲罰事由であるとされるためには、予め禁止規定が定立されていなければならないところ、前述の被告委員会議事規則第十七条は、本件の原告の毀損行為発生後に定められたものであるから本件行為に適用すべき懲罰規定ではなかつたのみならず、而も仮りに右規定が遡及適用され得るとしても、なお、右規定をもつて本件行為を懲罰事由たる義務違反と認めるべき規定であつたということはできない。

いずれの理由からしても本件行為につき、予め禁止規定が定立していたものとすることはできないから、本件懲罰議決は違法である。

(四)、なお、以上の各主張が理由がないとしても、被告委員会は、同年三月十一日開催された第九回農業委員会において、既に本件の毀損行為については、懲罰を科さない旨を議決しているにも拘わらず、同年五月十九日開催の第十二回委員会において本件議決をなしたものであるから、「一事不再議の原則」に違反し、本件議決は違法である。

(五)、本件議決は前記のとおり「第十二回農業委員会より八日間出席停止」とするのがその内容であつて、これは委員会開催八回の意味であるが、従来開催された委員会は、会期が一日であつて、かように次期開催の委員会に亘る(長期間の)出席停止の議決は「会期不継続の原則」に違反し違法である。

(六)、以上述べたところがすべて理由がないとしても原告の本件行為は被告委員会議事規則にいう懲罰事由にあたらない。

堀江三郎が原告の名誉を甚だしく毀損する文書を作成したので、原告はこれは毀損したというに過ぎず、被告委員会が未だ正式に受附けていない文書を毀損したのであるから、原告の右行為は被告委員会の紀律を紊すものではなく、単なる私行であつて何等農業委員として懲罰を科せられるべき行為ではないから、これを敢えてした議決は違法である。

以上述べたところによつて、本件議決は違法であり、取消を免れないものと思料するからこれを求めるため本訴請求に及んだと陳述した。(立証省略)

被告農業委員会代表者は、「原告の請求を棄却する」との判決を求め、答弁として原告主張事実中、原告は被告委員会の農業委員であること、原告主張の日時に原告が堀江三郎作成にかかる歎願書を毀損したこと、右行為について被告主張のような懲罰議決をなしたこと、及び原告主張の日時に被告委員会議事規則第十七条が制定されたことは認めるがその余は争う。即ち、右毀損文書は農地問題に関係ある文書で昭和三十年二月十九日被告宛提出され、被告において受附けた公文書であり原告は右文書を被告委員会事務局において毀損したものである。右行為は刑法第二百五十八条に該当すべきものであり、開会中の行為でなくとも、被告委員会議事規則第十七条にいう「農業委員の体面を汚した」行為というべきである。また、右規則第十七条は農業委員会等に関する法律第二十八条に基いて制定されたものであるから、右規定を本件の原告の行為に適用したのは適法である。と述べた。(立証省略)

理由

原告は被告農業委員会の農業委員であること、原告は昭和三十年二月二十一日堀江三郎作成名義の歎願書と題する被告宛の書面中、原告姓名記載の二箇所を毀損したこと、被告委員会は同年四月二十七日、同委員会議事規則を改正して第十七条を加えたこと、右条項に基いて同年五月十九日開催の第十二回農業委員会において原告の前記文書毀損行為は懲罰事由にあたるものとして主文記載の如き内容の懲罰議決をなしたことは当事者間に争いがない。

惟うに農業委員会は、その委員に対し、議決により懲罰を科し得ることは当該委員会の自律性から当然のことといわねばならない。しかし懲罰は一つの制裁である以上、如何なる行為が懲罰事由たるかについて事前に客観的基準を設けることが必要である。会議規則制定前においては会議規則違反の行為はなく、従つて、会議規則違反による懲罰の存し得ないことは極めて明白である。また懲罰の対象となつた行為が既に発生した後会議規則を設け、その中に懲罰に関し必要な事項を定めるに至つたとしても、その制定前における委員の行為に対し、事後制定の会議規則中の懲罰に関するいわば実体的規定を適用し、もつて会議規則違反の行為ありとしてこれを懲罰し得ないことも当然である。甲第二号証及び成立に争のない甲第六号証によれば、被告委員会議事規則第十七条には「委員にしてその体面を汚し、又は議事を妨害し、或は委員としての職員を甚しく怠りたるときは委員を懲罰に附することができる。罰目その他必要なことは尾花沢町議会議事規則に則り事態発生の都度委員会において定める」と規定してあり、右規定は農業委員会等に関する法律第二十八条に基いて定められ、被告委員会の懲罰に関する実体的規定たると共に、手続をも規定したものであることが認められる。右規定は本件の原告毀損行為発生後である同年四月二十七日に制定され、右規定を適用して同年五月十九日本件懲罰議決がなされたこと前述のとおりであるから、以上述べたところによつて本件懲罰議決は違法であることが明白である。のみならず右規定第二項には前述のとおり「罰目その他必要なことは、尾花沢町議会議事規則に則り事態発生の都度委員会において定める」と規定されているが、右の「その他必要なこと」というのは何を指すのか不明確であるばかりか、これを「事態発生の都度委員会において定める」というのであるから、右条項は、結局事後において定めた規則とか議決によつて懲罰を科することを定めた規定であると解され、上述したところによつて違法な事項を規定したことが明白であるから無効といわねばならない。(即ち被告は速かに明確な懲罰に関する規定を樹立しこれによつて本件の如き事案を律すべきである。)よつて爾余の点について判断するまでもなく、右議決の取消を求める本訴請求は正当であるからこれを認容すべきものとし、訴訟費用について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本晃平 藤本久 宮瀬洋一)

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