大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山口地方裁判所下関支部 昭和46年(ワ)92号 判決 1971年7月13日

原告

清水元

被告

藤田成夫

ほか一名

主文

一、被告らは連帯して原告に対し、一、一二一、四九一円およびこれに対する昭和四六年四月二九日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担、その余を被告らの連帯負担とする。

四、この判決一項は、かりに執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一、原告

(1)  被告らは連帯して原告に対し、三、三二三、五八一円およびこれに対する昭和四六年四月二九日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(3)  仮執行の宣言。

二、被告ら

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二争いのない事実

一、傷害交通事故発生

とき 昭和四五年二月二〇日午後五時三〇分ごろ

ところ 下関市竹崎町三町マルハ通り路上

加害車 ライトバン自動車(六山け四〇九三号)

運転車 被告藤田

受傷者 原告(右手親指第一関節切断等)

態様 被告藤田が加害者の助手席側ドアを開いた際、原動機付自転車を運転してさしかかつた原告に接触し、ために原告は右自転車とともに転倒した。

二、被告らの責任原因

(1)  被告藤田(民法七〇九条)

左側後方の安全を確認せず突然前記ドアを開いた過失により、前記事故を惹起した。

(2)  被告会社(民法七一五条、自賠法三条)

被告会社は被告藤田を雇用していたものであるが、被告藤田は右業務のため被告会社保有の加害者を運転中、前記過失により事故を惹起した。

三、原告の損害の填補(自賠責保険より)

(1)  後遺障害補償 一、三一〇、〇〇〇円

(2)  その他 六八、五〇九円

第三争点

(原告の主張)

一、原告の損害

(1) 逸失利益 三、七〇二、〇九〇円

(イ) 原告は本件事故当時三一才で、訴外株式会社藤本商店の経理係主任として、月給手取り五〇、〇〇〇円(賞与を含まない諸手当等から法定控除額を差し引いた金額)の収入を得、妻および子供二名(五才、三才の男子)を養育していた。

(ロ) しかるに、右事故により右手親指を第一関節から失い(自賠法施行令別表九級該当)、算盤や筆記事務面の能率低下をきたし、そのための逸失利益は計り知れないが、左記算式によりこれを算出した。

(A) 推定稼働年数 二九年間

(B) 右ホフマン係数 一七・六二九

(C) 労働能力喪失率 三五パーセント

50000×0.35×12×17.629

(2) 慰謝料 一、〇〇〇、〇〇〇円

(イ) 原告は本件事故により、事故当日(二月二〇日)から同年四月末日まで下関市田中町佐島外科に通院を余儀なくされた。その間就業はしたものの、毎日四時間は通院のため就労できず、ために時間外手当や賞与につき損害をこうむつた。

(ロ) 被告らには原告に対し損害賠償をなさんとする誠意がまつたく見られない。

二、本訴請求

以上の合計四、七〇二、〇九〇円から前記填補額一、三七八、五〇九円を控除した残額三、三二三、五八一円およびこれに対する本件訴状送達後の昭和四六年四月二九日から支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の(不真正)連帯支払い。

(被告らの主張)

一、原告の損害について

(1) 原告の負傷は親指の一部切断であるが、通院三六日で治癒している。経理事務は算盤を使用せずとも計算器等の使用により能率を上げることができるし、右の程度の指切断で筆記上の機能が低下することは少ない。また現実に、原告は本件事故後給与を減額されていない。

(2) 被告らは原告の治療費全額を支払うなどして、原告に対する損害賠償につき誠意を示した。

二、原告の過失

本件事故は一方通行の道路上で発生しているが、運転者としては、前方に乗用車や貨物自動車が停止した場合、その助手席側のドアが開いて乗員が降車するかも知れないことを予見し、十分注意を払いつつ進行すべき義務があるのに、原告は漫然進行してドアに接触したものである。しかも、原告はハンドルを握つて内側にあるべき親指切断の傷害を受けたのであるが、このことは、原告の運転操作または技術が正常でなかつたことを推認させる。

第四証拠〔略〕

第五争点に対する判断

一、原告の損害

(1)  逸失利益

(イ) 後遺障害の程度

〔証拠略〕によると、原告の右手親指は指関節以上が失われ(自賠法施行令別表九級八号該当)、算盤や筆記事務に重大な支障をきたしていることが認められる。

(ロ) 逸失利益の有無

原告は、右後遺障害のため会社の経理係としての労働能力および得べかりし収入を少くとも従前の三五パーセント失つた旨主張する。たしかに、右手親指に前記のごとき障害が残つたため、計算事務等に無視しがたい支障をきたし不自由を感じているのであるから、原告の右主張もあながち不当とはいえない。しかしながら、損害賠償制度は被害者に生じた現実の損害を填補することを目的とするものであるから、労働能力の減退にもかかわらず損害が発生しなかつた場合には、それを理由とする賠償請求ができないことはいうまでもない。しかるところ、〔証拠略〕によると、原告は本件事故後も従来どおり訴外株式会社藤本商店の経理係主任(会計課長)として勤務しているが、前記後遺障害により計算等の机上事務に支障をきたすため、事故後は会計事務の監督のかたわら商品の配送業務(自動車運転等)にも従事することにより、机上事務面における能率低下を補つていること、そのため本件事故による労働能力の減退によつて格別の収入減を生じていないし、将来も収入減を生ずるおそれは少ないことが認められる。

とすると、原告の逸失利益の損害は、これを認めることができないとしなければならない。

(2)  慰謝料 二、五〇〇、〇〇〇円

右算定につき特記すべき事実は左のとおりである。

(イ) 本件事故により、頭部外傷一型、顔面挫傷、右手親指切断創の傷害を受け、当初は頭痛、悪心、顔面血腫形成が認められたが、右手親指は断端成形術を行い、事故当日(二月二〇日)から四月二日までの間に三五日通院治療して治癒した〔証拠略〕

(ロ) 従来の算盤や筆記事務に重大な支障をきたしているため、計算器の操作や左手筆記の訓練に並なみならぬ努力を払つているが、従来の事務能率はたやすく回復しがたい〔証拠略〕。

付言するに、慰謝料の額に関する当事者の主張は事実そのものの主張ではなく、いわば精神的苦痛についての当事者の評価の主張というべきものであるから、裁判所は当事者の主張額に拘束されず、場合によつてはこれを越える額を認定することができると解すべく、また、身体傷害という不法行為は「身体」という一個の法益を侵害するものであるから、これより生ずる損害賠償請求権も一個と解するのが相当である。とすると、本件において慰謝料の額を原告主張以上に認定しても、認容総額において原告の請求額を越えないかぎり、民訴法一八六条に違反しないということができる。

二、過失相殺の当否

本件全証拠によるも、いわゆる過失相殺に供すべき原告の過失は認めがたい。

三、結論

被告らは不真正連帯債務の関係で原告に対し、前記慰謝料二、五〇〇、〇〇〇円から前記填補額一、三七八、五〇九円を控除した残額一、一二一、四九一円およびこれに対する本件訴状送達後の昭和四六年四月二九日から支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷水央)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例