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山口地方裁判所下関支部 昭和42年(ワ)92号 判決 1968年9月17日

原告

常盤能生

ほか一名

右両名代理人

西田信義

被告

小田喜弌

ほか一名

右両名代理人

甲斐

主文

被告小田幸作は、原告常盤能生に対し金五万円、原告常盤博子に対し金五万円及びこれに対する昭和四二年三月二九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による各金員を支払え。

原告らの被告小田幸作に対するその余の請求及び被告小田喜弌に対する請求はこれを棄却する。

訴訟費用は、原告らと被告小田幸作との間においては、原告らに生じた費用の四分の一を被告小田幸作の負担とし、その余は各自の負担とし、原告らと被告小田喜弌との間においては全部原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は「被告らは連帯して、原告常盤能生に対し金一五〇万円、原告常盤博子に対し金一五〇万円及びこれらに対する昭和四二年三月二九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による各金員を支払え。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決を求め、請求原因として次のとおり述べた。

一、原告らの二男である訴外亡常盤恭士(昭和三九年一月一日生、以下恭士という。)は、昭和四二年三月二九日午後三時四〇分頃、下関市大字垢田字船木七六三番地所在の畑地内に設置されてあるコンクリート製農業用溜池に落ちて死亡した。

二、本件溜池は、被告小田喜弌、同小田幸作の共同占有下にあり、かつ被告喜弌の所有にかかる土地の工作物であつて、縦3.80米、横2.10米、深さ1.70米の規模を有するが、直ぐ隣には子供の遊び場があり、子供らは屡々溜池附近で遊んでいたのであるから、本件溜池は子供らが墜落する虞れのある極めて危険な設備であつたにもかかわらず、恭士の死亡事故当時において右危険を防止するにたる柵、蓋等の安全設備が設けられていなかつた。

右の如く安全設備が設けられていなかつたことは、土地の工作物たる本件溜池の設置又は保存に瑕疵があつたものというべく、恭士の死は、右瑕疵に基因するものである。

三、原告らは、死亡した恭士の父母として、その死によつて蒙つた精神的苦痛は計り知れない程甚大である。

原告らは、被告らに対し再三、再四本件溜池に柵、蓋等の安全設備を設置するよう申し入れたにもかかわらず、被告らはこれに応じなかつたばかりか、被告らには恭士の死に対しても謝罪の意思が認められないことなど諸般の事情を考慮すると、原告らが、恭士の死によつて蒙つた精神的苦痛(損害)に対する賠償即ち慰藉料相当額は、各金一五〇万円をもつて相当とする。

四、よつて原告らは、本件慰藉料として、土地の工作物たる本件溜池の占有者兼所有者である被告小田喜弌、同占有者である被告小田幸作に対し連帯して、各金一五〇万円及びこれらに対する本件死亡事故のあつた昭和四二年三月二九日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の支払いを求める。

被告ら訴訟代理人は「原告らの請求はいずれも棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求め、次のとおり述べた。

一、請求原因一の事実はすべて認める。

二、同二の事実中本件溜池が被告喜弌の所有で、柵、蓋等がなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

本件溜池は、二個からなり、その中一個は、縦二米、横1.80米、深さ1.28米、他の一個は縦1.15米、横1.05米、深さ0.95米の規模である。また右溜池に柵、蓋等が設置されてなかつたことは、土地の工作物の設置、保存の瑕疵ではない。即ち本件溜池の設置されている垢田地区には水系がなく、畑地の農耕に可欠な灌漑用水を賄うためには溜池を設ける外に方法がなく、附近一帯の畑地にはそれぞれ古くから農業用溜池が設けられているのであるが、溜池は各自の所有畑地内にあるので、柵、蓋等を設ける必要がなく、蓋をすれば水に直射日光が当らず農耕用に適する水温が保てず、また柵をすれば農作業は多大の制肘を受け、作業の能率は大いに阻害されるのであつて、垢田地区一帯の本件類似の溜池には柵、蓋等の安全設備が設けられていないのが、現状である。また本件溜池のある畑地は、畑地と子供の遊び場との間にある道路より約一米以上高く、道路との境界には殆んど垂直に近いコンークリートの擁壁があり、特に溜池附近は最も低い箇所で約1.3米、最も高い箇所で約二米のコンクリート及びブロックの擁壁があり、通行人には全く危険がなく、幼児が右擁壁を登ることは不可能であるから、その点全く危険はなく、幼児が溜池に近づくためには、被告小田喜弌の所有地を通つて迂回しなければならない地形であつて、本件溜池は一般家庭の庭にある池や井戸とかわりない。

以上の諸点よりして、本件溜池に柵、蓋等が設備されてなかつたことは、土地の工作物の設置、保存の瑕疵というべきではない。

三、同三の事実はすべて否認する。原告らにおいて、恭士らが本件溜池に近づいて危険だと気づいていたのなら、恭士らを十分監督すべきであつたのであり、原告らにこそ過失があつたといういうべきである。

証拠<省略>

理由

請求原因一の事実はすべて当事者間に争いがない。

同二の事実について。

土地の工作物たる本件溜池の設置、保存に瑕疵があつたか否かについて判断する。

恭士が死亡した当時本件溜池に柵、蓋等がされていなかつたことは当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、

本件溜池は、南北に相接続する大小二個から成り、その中大きい方は縦約2.05米、横約1.83米、深さ約1.00米、小さい方は縦約1.04米、横約1.20米、深さ約0.90〜約1.05米で、その北側の縁(コンクリート製)の高さは畑地とほぼ同じであり、南側の縁は畑地への通路の一部と思われる空地より約1.40米高く、東側はその中間にあつて畑地への上り勾配の通路となつており、西側は隣接する訴外久恒孝一所有地(私有道路。)より約1.00米高くなつているが、本件溜池のある垢田地区は水系に恵まれず、同地区の約八〇町歩に及ぶ畑地には約一〇〇個余りの農業用溜池が設置されているところ、本件溜池も農業用溜池として古くから設置されていたもので、昭和二五年頃被告小田幸作において修理しほぼ現状のものとなつたこと、右溜池の水は溜池のある被告小田喜弌所有の畑地(面積約七畝)における野菜の栽培に不可欠の灌漑用に主として使用されているものであるが、右溜池には常時満水に近い水が貯水され、本件死亡事故当時もほぼ八分方水が溜つていたこと、右畑地は、右訴外久恒所有道路より約1.00米高く、その境界には約24.00米にわたつてほぼ垂直のコンクリート製の擁壁が築かれ、さらに溜池の西、南側にはL字型にブロックが約0.40米の高さに積上げられていること、西隣する訴外久恒所有地は、もと本件畑地と同様畑地であつたが、昭和三九年の春頃同訴外人が訴外田川某から買受けて宅地用として整地し、翌昭和四〇年五月頃右土地に二階建の工場兼アパートを建築したが、本件溜池と右アパートとは前記私有道路をはさんで約十数米の距離で、アパートの子供ら十数人(年令満二・三歳から小学生まで。)は、溜池の直ぐ西側にある空地を遊び場としていたが、本件溜池においても屡々水遊びに興じていた事実を認めることができ、他に右認定を覆すにたる証拠はない。

右認定事実を綜合すれば、満二・三歳の幼児でも東南に迂回すれば比較的容易に本件溜池に達し得るのであり、溜池に子供、特に幼児が誤つて落ち込めば、最悪の場合には死亡事故をも起しかねない危険性があるところ、極く近距離にアパートが建設され、そこには十数名の子供がいるのであるから、本件溜池の危険性を否定することはできない。ところで、右の危険を防止するため、柵、蓋等の安全設備を設ければ、天水を受けられないとか、農作業が制約を受けるとか、灌漑用の水として適温が保てないとかの不利益を受けることは容易に考えられるけれども、その不利益は例えば金綱を使用して蓋を作るとか、柵も農作業の際には北側の部分だけ取外し得るような装置にするとか工夫を凝せば避け得るものであり、しかもその費用は、さほどかさむものとは考えられないのであるから、本件溜池の占有者には右程度の安全設備を設置する義務があるといわねばならない。従つて本件溜池に右の如き安全設備が設置されていなかつたことは、土地の工作物の設置又は保存の瑕疵といわざるを得ない。

してみれば、本件死亡事故は、右瑕疵に基因するものと推認するのを相当とすべく、他にこれを覆すに足る証拠は存しない。

次に被告らが本件溜池の占有者であるか否かについて判断する。

被告小田幸作本人尋問の結果によれば、被告小田喜弌は、今次の終戦後間もなく、身体、言語の自由を失い、爾来病床に伏して農業に従事せず、同被告の婿養子である被告小田幸作夫婦ら三人が専ら農業に従事し、本件溜池を管理しながら本件畑地を耕作し、本件溜池は被告小田幸作の占有下にあつた事実を認めるに難くなく、他に被告小田喜弌の右占有を認めるにたる証拠はない。

請求原因三の本件慰藉料の額について判断する。

証人久恒ユミの証言、原告常盤能生本人尋問の結果によれば、本件事故によりその二男恭士を失つた原告ら両親の受けた精神的苦痛は想像に難くない。

なお、原告らは、被告らに対し再三再四本件溜池に柵、蓋等を設置するよう申入れた旨主張するけれども、……これを認めるに足る証拠は存しない。

ところで、子供特に満二・三歳の幼児に対する親の監督義務について検討するに、幼児は、親の注意を十分に理解できず、危険を危険として理解し自らその危険を防止すべく行動する能力がなく、好奇心の赴くままに我を忘れて行動することは、我々の経験則から容易に理解しうるところであるから、本件溜池の如き安全設備のない危険な工作物が、自宅の極く近くにある場合、幼児の親としては、幼児の動静には十分留意し、危険な場所へ近づくことのないよう注意する義務があるというべきである。監護義務者たる原告らに右の如き相当高度の注意義務が要求されるとしても、損害の公平な分担という見地からはまことに已むを得ないものというべきである。

原告常盤能生本人尋問の結果によれば、原告ら夫婦は、かねてから本件溜池が幼児に極めて危険な設備であることを十分知りながら、恭士に対し常日頃右溜池附近に近づかないように注意し、また溜池附近において遊んでいる恭士を見つけた際、叱る程度の注意をしていた程度に止まり、恭士が本件溜池に近づかないよう十分注意を尽さなかつたものと認めるに難くない。

従つて、原告らには、右注意義務を怠つた過失があるというべく、これが本件死亡事故の主要な原因をなしていることは否定できず、本件慰藉料の算定に当つては、当然これを斟酌すべきものと考える。

右の諸事情と前記認定にかかる本件溜池の瑕疵の程度等綜合して判断すれば、原告らが、恭士の父母としてその死亡によつて蒙つた精神的苦痛(損害)につき受けるべき慰藉料相当額は、各五万円をもつて相当とする。

従つて被告小田幸作は、本件溜池の占有者として、原告らに対し、本件慰藉料として各金五万円及びこれらに対する本件死亡事故のあつた昭和四二年三月二九日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の支払義務があるというべきである。

よつて原告らの被告らに対する本訴請求は、右認定の限度で正当であるから認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項を適用して主文のとおり判決する。(雑賀飛竜 田尻惟敏 久保田徹)

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