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山口地方裁判所 昭和43年(行ウ)9号 判決 1969年3月31日

原告 繩田英武

被告 宇部市長

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が被保険者繩田和代に関する国民健康保険料として原告に対し昭和四三年四月一日付で金六、六〇四円(昭和四三年度上期分)を、同月一〇日付で金七、一二六円(昭和四二年度八ケ月分)を賦課した各処分は、いずれも取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求めた。

原告は、請求の原因として、

一、原告は宇部窒素健康保険組合の組合員であり、次女繩田和代は原告を世帯主とし原告と同一世帯にあるが、年収約二二万円あつて主として原告により生計を維持するものでないので、同組合において原告の被扶養者とされなくなり、昭和四三年二月二五日宇部市国民健康保険組合の組合員となつたものであり、宇部市は国民健康保険法三条一項に基づき同法に規定する国民健康保険事業を行うものである。

二、ところで、被告は宇部市国民健康保険条例八条二項の「被保険者である資格がない世帯主であつて、当該世帯内に被保険者であるものがある場合には当該世帯主を被保険者である世帯主とみなして保険料を課す。」との規定に基づき、原告に対し、被保険者繩田和代に関する保険料として昭和四三年四月一日付で金六、六〇四円(昭和四三年度上期分)を、同月一〇日付で金七、一二六円(昭和四二年八月、九月分および同年度下期分)を賦課する各処分をなした。

三、しかしながら、同条例八条二項は国民健康保険法(以下「国保法」と称す。)六条に悖り同一人に二重の保険料賦課を強いる違法なものといわなければならない。

もし同条例八条二項が国保法七六条に基づくものとすれば、同条を曲解したものというべきである。国保法七六条の世帯主とは同法における被保険者たる世帯主に限られるべきもので、これを超え同法において被保険者となりえない世帯主まで含むものではない。

四、原告は昭和四三年四月二五日被告から本件処分たる保険料納付通知書を交付されたので、同年五月一五日宇部支役所に赴き右違法を質したところ、同庁の指示に基づき同月二五日山口県知事に対し異議申立をなした。同年六月一三日山口行政監察局に対し右異議申立書の写を提出し事件に対する配慮方を願つたところ、同年七月六日山口県国民健康保険審査会(以下「審査会」と称する。)長に対し異議申立をなすべき旨指示された。そこで翌七日審査会長に対し異議申立をなし、その後審査会の指示により異議申立書の訂正、書替えをなし、最終的に同年九月一三日審査会長に対し国民健康保険の保険料の賦課に関する不服審査請求書を提出した。

しかし、審査会は同年一〇月五日本件処分が適法であるとし、右異議申立を棄却する旨決定し、同月二八日原告に対しその裁決書を送達した。

五、そこで、原告は本件処分が違法であるので、本訴に及んだ。

と述べた。

被告訴訟代理人は、答弁として、

請求の原因第一項のうち、原告が宇部窒素健康保険組合の組合員であることは知らない。繩田和代が原告の次女であり、原告を世帯主とするものであること、同女が原告の属する健康保険組合において原告の被扶養者とされなくなり、昭和四三年二月二五日宇部市国民健康保険組合に加入したこと、宇部市が国民健康保険事業を行うものであることの各事実は認める。

請求の原因第二項は認める。

同第三項は争う。

同第四項は認める。

と述べ、

主張として、

国民健康保険は他の被用者保険と異なり、被保険者と被扶養者の区別がなくすべて被保険者となつている。従つて被保険者のうちには老人・子供或は無能力者も存在するので、国民健康保険においては法律上の権利、義務につきすべて世帯主主義が採用され、保険料についても国保法七六条によりこれを世帯主から徴収するものとされているものである。このように同条に規定する世帯主は同法により被保険者の資格を有する世帯主に限定されず世帯主が被保険者の資格を有しない場合であつても当該世帯主から保険料を徴収しうるものである。

同条例八条二項のみなし規定は国保法七六条の重複規定にすぎない。

と述べた。

(証拠省略)

理由

一、繩田和代が原告の次女であり、原告を世帯主とするものであること、同女が原告の属する健康保険組合において原告の被扶養者とされなくなり昭和四三年二月二五日宇部市国民健康保険組合に加入したこと、宇部市が国民健康保険事業を行うものであること、被告が原告に対し原告主張のとおりの保険料賦課処分をなしたことの各事実については、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証によれば、原告は宇部窒素健康保険組合の組合員であることが認められ、従つて国保法六条一号に該当し国民健康保険の被保険者となるべき資格がないものと解される。

二、そうだとすれば、本件の唯一の争点は、国保法の解釈上、国民健康保険の被保険者となるべき資格がない世帯主から同保険の保険料を徴収しうるかの一点につきるから、以上この点について検討する。

国保法七六条は保険料の徴収につき「世帯主又は組合員」からこれを徴収すべき旨を規定し、単に国民健康保険の組合員のみに限定せず世帯主からこれを徴収できることとし、世帯主の範囲・資格についても何らの制限的規定を設けていない。

この点につき、まず、旧法である国民健康保険法(昭和一三年四月一日法律六〇号)八条の九は、「保険者は療養の給付に要する費用の一部を其の給付を受くる者(給付を受くる者世帯主たる被保険者に非らざる場合に於ては其の属する世帯の世帯主たる被保険者)より徴収することを得る」旨規定し、その世帯主が被保険者であるべきことを明らかにし、他方同法八条の一五は、「被保険者たる資格なき世帯主にして其の世帯に被保険者たるべき者あるときは八条の九及八条の一一の規定の適用に関しては之を世帯主たる被保険者と看做す」旨規定し、世帯主が国民健康保険の被保険者たる資格がない場合であつても、これを世帯主たる被保険者と看做し、なおこれから保険料の徴収をなしうることとしていたものである。つぎに、これを実質的に考えるに、世帯主は主として世帯の生計を維持し、世帯員は世帯主の扶養家族であるか否かを問わず、原則として主に世帯主の所得に依存して生活しその生計を同一にするものとみることができる。したがつて、世帯員が罹病したときにはその医療費などの費用は結局世帯主の所得と責任とにおいてまかなわれるものと観念されるから、国民健康保険に世帯員が加入しその被保険者となつた場合には、その世帯主は右保険について独自の保険利益を有するものといつてもあながち過言ではなく、この理はその世帯主がみずから国民健康保険の被保険者たるべき資格を有しているか否かによつて別異にすべきいわれもなく、結局は立法政策に委ねられているものといわなければならない。

そして、国保法七六条は、前記旧規定を引継いだものと認められるから、その文言ならびに前記立法上の沿革および実質的理由を併せ考えると、同条は保険料の賦課について従来の所謂擬制被保険者の観念を廃止し、従来擬制被保険者とされた世帯主をも含め、徴収の対象として単に世帯主と規定したものと解するのが相当である。

国民健康保険以外の健康保険組合に加入しその保険料を負担する世帯主は、国民健康保険の被保険者となつた世帯員のために、別途その保険料を賦課されることとなつても、それらの保険料は、前に述べた独自の保険利益に対応するものとみることができるから、これを目して、ただちに保険料の重複賦課であるとは解し難い。

三、なお、本条例八条二項は、保険料の賦課についても、擬制被保険者なる観念の存在を前提とするもののごとく、看做規定の形式を採つており、その表現は国保法の建前にてらし適切ではないが、同条例八条一項と相俟ち国保法七六条に規定する世帯主概念の当然解釈にすぎないとみることができ、且つ同条例八条一、二項は、保険料を世帯主または組合員のいずれから徴収すべきかに関する国保法七六条の裁量の余地をなくし、その取扱いを統一したものと解釈される。そして右の如き制限的立法につきこれを違法視すべき特段の事由は見当らないから、同条例八条は国保法に悖らず有効なものであり、これに基づく被告の本件各処分はいずれも適法というべきである。

四、以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 後藤文彦 土山幸三郎 小林茂雄)

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