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山口地方裁判所 昭和41年(ヨ)16号 判決 1966年9月26日

申請人 阿部幸作

被申請人 日本電信電話公社

訴訟代理人 川本権祐 外五名

主文

一、被申請人は、本件本案判決確定に至るまで申請人を休職中でない被申請公社職員として取り扱い、申請人に対し金四四万五三六〇円および昭和四一年九月二六日から本案判決確定に至るまで毎月末日に三万四三九〇円を支払え。

二、申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

申請代理人は主文第一項同旨の裁判を求め、被申請代理人は「申請人の申請は却下する。」との裁判を求めた。

申請代理人は申請の理由として次のとおり述べた。

一、被申請人は、多数の労働者を使用して日本における電信電話事業を営んでいるものであり、申請人は、昭和二五年四月、当時右電信電話事業を行なつていた電気通信省の職員となり、右事業を被申請人が行なうことになつてから引きつづきその職員となつているもので、現在被申請公社下関電報局第一通信課職員である。

二、申請人は、昭和三六年一二月八日山口地方裁判所下関支部に大要以下のような事実で公務執行妨害罪、傷害罪の被告人として起訴された。すなわち、申請人は、穴迫隆之ほか二〇名位と共謀の上、昭和三六年一一月二八日、下関市西細江町の下関市民館での志賀義雄らの記念演説会において、日本愛国青年同志会員の連中が殴り込んだ際、この状況を写真撮影中の平中敏明なる巡査に対して暴行を加え傷害を与えたというものである。そして、申請人は起訴後直ちに身柄拘束をとかれたが、申請人は、同年一二月一四日、被申請公社下関電報電話局長から右起訴が職員就業規則五二条一項二号に該当するとして休職処分を受けた。

三、しかしながら前記休職処分は、以下の理由により、就業規則および労働協約違反であり、権利濫用であつて、無効である。

即ち、被申請公社職員就業規則五二条には、刑事事件に関し起訴されたとき(同条一項二号)職員の意に反して休職にされることがあるとの規定があり、同公社と申請人の属する全国電気通信労働組合との間に昭和三六年四月一日に結ばれた労働協約一条には職員が刑事事件に関し起訴されたとき(同条四号)は、休職を発令すると定められているが、右協約一条但書には、この場合事案が軽微であつて情状がとくに軽いものについては、休職を発令しないことができるとされているのである。そもそも休職処分は、懲戒処分と本質を異にするものであるこというまでもなく、その趣旨、目的は休職期間中の労務不提供に対し通常の欠勤同様の不利益取扱をすることから労働者を保護することにあり、なお刑事事件で起訴されたことによる休職の場合は、あわせて懲戒権の発動を慎重にし、かたわらその間の経営秩序の維持を計ろうとするにあると解せられる。

ところが、申請人に対する起訴事実は、なんら被申請公社の経営秩序維持に関係のない軽微な事件であつて、かりに有罪の判決が確定しても、懲戒される筋合はなく、又申請人は起訴後すぐ身柄の拘束をとかれて勤務になんらの支障はないのである。

かりに、右起訴事実が懲戒の対象となりうるものとしても、懲戒免職には到底なしうるものではなくせいぜい戒告程度のものである。かりに減給、停職に値するとしたにせよ、減給の一番重いのは就業規則六二条により一年間基本給一〇分の一の減給であり、停職の一番重いのは同規則六一条によると一年間の停職でその間基本給の三分の一の支給がなされる程度である。

ところが、申請人は前記の如く昭和三六年一二月八日に起訴され、同月一四日に休職処分を受けて以来現在までの約四年間、基本給のみか勤務地手当、扶養手当まで四割差し引かれているのである。そうすると、結局、申請人は懲戒免職を除く最高の懲戒処分である停職一ケ年よりもはるかに重い処分を受けていることになるがこのように、予想される懲戒処分よりもはるかに重い結果を申請人に与える休職処分は、権利の濫用というべきである。

したがつて、申請人の場合、前記労働協約一条一項四号、就業規則五二条一項二号の各規定によつては休職を命ずることはできず、他に労働協約、就業規則で定める休職事由に該当する事実はないから、本件休職処分は労働協約、就業規則に違反して無効である。

四、(1) 現在、申請人は、幼児を抱え、当人および妻の家庭も裕福でないため、現在支給されている六割の給与では、家庭の維持ができず、無理な借金に頼つているところ、申請人の休職事由となつた刑事裁判はようやく広島高等裁判所の控訴審で第二回目の弁論期日が本年五月にある状況であり、その確定もさらに延引される模様であり、本件本案訴訟の確定を待つては、現在の生活が破壊されるおそれがある。

(2) ところで昭和三九年一月から昭和四一年二月までの期間において、(イ)申請人が休職処分を受けなかつた場合に受け取るべき給与の総額は八五万五四七二円、(ロ)申請人が現実に受け取つた給与の総額は四一万〇一一二円であり、右(イ)と(ロ)との差額は四四万五三六〇円であり

(3) 昭和四〇年四月ないし六月現在において、申請人が休職処分を受けなかつた場合に受け取るべき給与の月額は三万四三九〇円である。

従つて申請人は、被申請人に対し休職中でない旨の地位確認にあわせ、右金四四万五三六〇円および本件仮処分判決言渡の日から毎月末日金三万四三九〇円の支払を求めるべく本申請に及んだ。

被申請代理人は、申請人の主張事実中一、二項の各事実(但し電気通信省の職員となつたのは昭和二五年四月である)三項の事実中被申請公社の就業規則および労働協約に、申請人主張のような定めがあること、および四項(2)、(3)の各事実はいずれも認め、その余の事実は否認し、日本電信電話公社法(以下「公社法」という)三二条および日本電信電話公社職員就業規則(以下「就業規則」という)五二条ならびに「休職の発令時期および休職者の給与等に関する協約」(以下「協約」という)一条等において、職員が刑事事件に関し起訴されたときは休職にされるという制度が設けられた所以は、このような場合においては、公社職員に課せられたいわゆる職務専念義務を忠実に履行することが期待できないという服務秩序上の当然の要請にもとづくものと解すべきところ本件は公務執行妨害罪および傷害罪というきわめて反社会的性格の強い事案について起訴せられたものとして休職処分に付したもので現にその後山口地裁下関支部においてなされた判決によれば、前記両罪の成立を認め、懲役八月(執行猶予三年)の刑の言い渡しがあつたことからみても、到底協約一条一項ただし書にいわゆる事案軽微で情状特に軽いものに該当するものとはいえない。」

と述べた。(疎明省略)

理由

一、被申請人が日本における電信電話事業を営む公社であり申請人が、現在右公社下関電報局第一通信課職員であること。申請人が、昭和三六年一二月八日山口地方裁判所下関支部に申請人の主張する事実により公務執行妨害罪、傷害罪の被告人として起訴され、同年一二月一四日、同公社下関電報電話局長から右起訴が就業規則五二条一項二号に該当するとして休職処分を受けたこと。就業規則および協約には、申請人主張のとおりの休職条項が定められていることはいずれも、当事者間に争いがない。

そして、右就業規則および協約の右各条項は公社法三二条を受けるものであり、これらの各規定とその趣旨に照らすと同条は、公社職員が刑事事件に関し起訴された場合、その事実の未確定の間は、その儘職務に専念させない方が、公共的職務の性質からみて、あるいはまた、職場秩序を維持する上において、適当である場合もあるので、右起訴の事実を要件として当該職員の職務の性質、公訴事実の内容、身柄釈放の有無など諸般の事情に照らし、任命権者に休職に付する裁量の権限を付与したものと解せられるから、本件休職処分は、申請人の起訴事実にもとづき一応これら各条項に則つて、なされたものということができる。

しかしながら、休職処分が、事実上被休職者に休職期間中の就業を拒み、ひいてはその生活上に、相当の不利益を与えることが否めない以上、右裁量権の行使に当つては、休職制度の趣旨を逸脱しない相当性の限界を守るべきものであり、その裁量権の範囲には、自ら以上のような客観的制約が存するというべきである。

ところで、職員が刑事事件で起訴されたことを要件とする休職処分の趣旨、目的は前記のとおり起訴によつて職務に専念できないとみられる間、暫定的な身分上の措置を採る必要性および起訴にかゝる事実の未確定の間、その職員をその儘職務にとどまらせることが職場秩序上好ましくないとの配慮にあると解せられる以上起訴にかゝる事実が軽微であつてその事実が確定的に認められても重い懲戒処分に値しないため懲戒処分決定前に右のような配慮を特に必要としない場合には、刑事事件によつて起訴されたからとて一律形式的に職員を休職処分に付することは制度の趣旨にもとるものであるから、その旨注意的に、労働協約上明確にしたのが協約一条但書の趣意であると解せられる。従つて同条項にいわゆる事案軽微にして情状特に軽いものという意味は、単純に社会観念ないし公訴事実に科せらるべき法定刑の軽重によつて解すべきものではなく、前記のような休職処分の本質ならびにその必要性に則し、判断するのが相当であつて、このような客観的基準に照らし、明らかに右例外条項に該当するとみられる事案について休職処分に付されたときは、右処分は裁量権の濫用として無効というべきものである。

そこで、申請人に対する本件公訴事実が、協約一条但書にいわゆる事案軽微にして情状特に軽いものと、客観的且つ明白に認められるかどうかについて判断するのに、

(1)  なるほど本件起訴罪名は、公務執行妨害罪ならびに傷害罪であり、客観的にみて、かならずしも軽微な犯罪ではないといいうるようではある。しかしながら、両当事者間に争いのない公訴事実に照らしても、右犯罪は職場外において、申請人の職務と全く無関係に行われたものであつて、申請人の職務上の誠実性に対する評価にかゝわるところがないことが推認されるのみならず、本件は申請人の平素の性格、行動によるというよりも、むしろ当日右翼と目される者の行動が誘因となつて、これを取締る任務を帯びた警察官との偶発的な衝突に因るものであることが、容易に窺知せられ、傷害の程度も高々十日程度にすぎず、たとえこれらの事実が確定的に証明されたとしても、左程重い懲戒処分に値するものとは断じ難い。休職処分の適否を決するに当つては、犯罪の軽重は休職制度の趣旨に照らし判断すべきこと前記のとおりであるから、たとえ右犯行が、社会観念に照らし許し難いものと評価さるべきであるとしても、そのことによつて直ちに、申請人をこの儘職務にとどまらせることが、職場の体面を著しく損い、その他労務秩序を乱す結果を招くものとは認められない。

(2)  尤も、公共的奉仕の色彩を強く帯びる公務員の場合は、公私の内外を問わず、いやしくも刑事事件に問われ起訴せられた以上はそれが社会観念上特に軽微な事件でないかぎり職務の公正な遂行に一般の懸念が予想せられ、職場秩序の上からもこれを休職処分に付する相当の理由が存すると解せられるけれども、申請人は公共的職務にあるとはいえ、公務員ではなく、その労務の性質はむしろ独占私企業の従業員のそれに近いものともみられるのであつて、前記各疎明に照らすと、その地位も管理的職務ではなく一般私企業の現業労務者に準ずるものとみられるから、有罪判決の確定に至るまでその儘職務にとゞまらせることが直ちに職場秩序をさまたげ、又は被申請人の名誉、信用を損う事情があるものとは認め難い。

(3)  一般に将来懲戒解雇などの重い処分のなされるべきことが予想せられながら、懲戒事由の存否不明のためその職員を職場にとゞめておくことは職場規律の上からも好ましくないといえるが、懲戒事由が存在しても労務秩序面から評価して軽微であつて、左程重い懲戒に値しない場合には特に休職処分に付さなくても職場の秩序を乱す虞は少ないのである。従つて刑事事件によつて起訴されたことを要件とする休職は、公訴事実が証明され有罪の確定判決があつた暁、被休職者に対し、懲戒権の発動として少くとも相当期間の停職またはこれに準ずる程度の処分がなされる可能性を予想してなされるのが通常である。このことは、休職処分が本質的にみて即懲戒処分ではなく、むしろ職場排除に至るまでの暫定措置であり、このような最後的判断の慎重を期するところに制度の主眼があると一般的に了解せられていることからも明らかである。もしそうでないとするならば一般に刑事事件で起訴せられた場合、その確定に至るまで少くとも数ケ月間を要し、その間、休職職員としての給与しか受けられないのと比較して、最終的懲戒処分によつて蒙る不利益の方が遙かに軽微である結果を招来するが、このように休職処分に伴う不利益が、最終的懲戒処分に比し著しく均衡を失するならば、休職制度は容易に懲戒の代用として濫用せられることにもなりかねず、また公訴提起を受けた被告人の防禦面にも著しい障碍を与えることは自明である。

しかるところ本件休職処分によつて、申請人の現実に受けた給与は略々半減し、この状態が数年の長きに亘つていること、両当事者間に争いのないところであるが、本件公訴事実につき有罪の確定判定があつた場合に予想せられる懲戒は、申請人の地位、職務の内容、公訴事実から推認せられる犯罪の動機、態様、前歴についての疎明のないことその他諸般の情状に照らすと、事前の休職措置を必要とする程の重い処分が相当であるものとは思われず、申請人に対する本件休職処分の必要性はいさゝか薄弱の感を免れない。

(4)  なお申請人は、起訴後身柄の拘束を解かれたこと争いなく労務の提供に支障を来すことはないと考えられ、公訴事実に照らすとその防禦活動のため、職務専念義務を全うし難い事情があるものとも推察できないのであるから、その期待不可能を以て本件休職処分の正当性を根拠づけることはできない。

そうだとすれば、申請人に対する本件公訴事実は、休職処分の要件としては、協約一条但書にいわゆる事案軽微にして情状特に軽いものに該当すると判断するのが相当であり、しかもこのことが客観的に明白である以上、たとえ右条項が、被申請人の自由裁量にかゝらせる如き表現をとつているにしても、決してその恣意に委ねた趣旨でないこと前記認定のとおりであるから、結局被申請人のなした本件休職処分は、申請人が刑事事件で起訴されたという外形的事実にしばられ、その罪質、態様と公社職員の労務内容との連関についての認識把握に欠けた結果、協約一条但書の適用につき裁量を誤まり休職制度の本来の目的を逸脱した不当処分というほかなく、結局裁量権の濫用として無効と解するのが相当であり、申請人は右休職処分の無効にもとづき被申請公社職員たる地位の確認を求める権利があるというべきである。

二、ついで、申請人が、昭和三九年一月から昭和四一年二月までの期間において、休職処分を受けなかつた場合に受け取るべき給与の総額と、申請人が現実に受領した給与の総額との差額が四四万五三六〇円であり、昭和四〇年四月ないし六月現在において申請人が休職処分を受けなかつた場合に受取るべき給与の月額は三万四、三九〇円であることについては両当事者間に争いがないところ申請人本人尋問の結果、およびこれによつて真正に成立したものと認める甲一号証、成立に争いのない甲九号証によれば、現在、申請人は幼児を抱え、当人および妻の家庭も裕福でないため、現在支給されている六割の給与では家庭の維持ができず、休職事由となつた刑事裁判はようやく広島高等裁判所の控訴審で第二回の弁論期日が本年五月にある状況で他からの借財によつて辛うじて生活を支えているもので本案訴訟の確定を待つては申請人の生活が破壊されるおそれがあるものと認められる。

よつて、本件本案判決確定に至るまで申請人を休職中でない被申請公社職員として取り扱い、かつ、被申請人に対し前記金四四万五三六〇円および本裁判言渡の日である昭和四一年九月二六日から本案判決確定に至るまで毎月末日に申請人が休職処分を受けなかつた場合に受け取るべき給与の月額と推定すべき金三万四三九〇円を支払うことを求める本件申請は理由がありその必要があるから、これを認容し、申請費用について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡村旦 平山雅也 大前和俊)

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