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富山地方裁判所 平成5年(行ウ)4号 判決 1996年10月16日

原告

桂木健次

原告共同訴訟参加人

横田力

外三名

原告及び共同訴訟参加人ら訴訟代理人弁護士

山本直俊

井口博

水谷敏彦

被告

富山市長

正橋正一

正橋正一

右両名訴訟代理人弁護士

石川実

東博幸

主文

一  原告及び原告共同訴訟参加人らの本件各訴えのうち、

1  被告富山市長に対し、富山市の「呉羽丘陵健康とゆとりの森整備事業」の工事の続行、同事業に関する工事請負契約の締結及び同契約に基づく公金の支出の差止めを求める訴え

2  被告富山市長に対し、右整備事業に関する工事請負契約に基づく工事が呉羽丘陵に対する財産管理を怠る違法なものであることの確認を求める訴え

3  右整備事業の違法を理由とし、富山市に代位して、被告正橋正一に対し、損害賠償を求める訴え

をいずれも却下する。

二  原告共同訴訟参加人らの本件各訴えのうち、富山市と財団法人日本緑化センターとの間の業務委託契約の違法を理由とし、富山市に代位して、被告正橋正一に対し損害賠償を求める訴えを却下する。

三  原告の請求に基づき、被告正橋正一は、富山市に対し、一九九万九二三〇円及びこれに対する平成五年三月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告及び原告共同訴訟参加人らのその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用の負担は、次のとおりとする。

1  原告と被告正橋正一との間の訴訟については、これを五分し、その四を原告の、その余を被告正橋正一の負担とする。

2  原告と被告富山市長との間の訴訟については、原告の負担とする。

3  原告共同訴訟参加人らと被告らとの間の訴訟については、原告共同訴訟参加人らの負担とする。

六  本判決は、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  申立て

一  原告及び原告共同訴訟参加人ら(以下、両者を総称して「原告ら」という。)の請求(平成五年(行ウ)第三号事件、同四号事件に共通)

1  被告富山市長(以下「被告市長」という。)は、富山市の「呉羽丘陵健康とゆとりの森整備事業」(以下「本件整備事業」という。)の工事の続行、同事業に関する工事請負契約の締結及び同契約に基づく公金の支出をそれぞれしてはならない。

2  被告市長が本件整備事業に関する工事請負契約に基づいて行わせた工事は、呉羽丘陵に対する適正な財産管理を怠る違法なものであることを確認する。

3  被告正橋正一(以下「被告正橋」という。)は、富山市に対し、金五億三七九四万五四〇〇円及びこれに対する平成五年三月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  3項につき、仮執行宣言

二  被告らの答弁

1  原告らの訴え(平成五年(行ウ)第三号事件)に対して

(一) 本案前の答弁

請求の趣旨1項の訴えを却下する。

(二) 本案に対する答弁

原告の請求をいずれも棄却する。

2  原告共同訴訟参加人ら(以下「参加人ら」という。)の訴え(平成五年(行ウ)第四号事件)に対して

(一) 主位的答弁

(1) 請求の趣旨1、2及び3項のうち四億二四六四万五四〇〇円及びこれに対する平成五年三月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え、との各訴えを却下する。

(2) 請求の趣旨3項のその余の請求を棄却する。

(二) 予備的答弁

参加人らの請求をいずれも棄却する。

第二  事案の概要

被告市長は、富山市にある呉羽丘陵について「健康とゆとりの森整備事業基本計画」(以下「本件整備事業基本計画」という。)を策定し、本件整備事業を実施した。本件訴訟は、原告らが、地方自治法二四二条の二第一項に基づき、主位的に、本件整備事業自体の違法を根拠に、被告富山市長に対して本件整備事業の工事等の差止め及び本件整備事業に基づく工事が呉羽丘陵に対する適正な財産管理を怠る違法なものであることの確認を求めるとともに、富山市に代位して富山市長である被告正橋に対して損害賠償を求め、予備的に、本件整備事業に伴う契約を随意契約の方法によって締結したことが違法であることを理由に、富山市に代位して被告正橋に対して損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告らは、富山市民であり、被告正橋は、富山市長である。

2  呉羽丘陵の環境整備については、以前より富山県において、「富山中央部丘の夢構想」が計画され。「県民の豊かな生活を実現するため、身近なレクリエーション、文化活動の場としての丘陵地域の整備」が構想され、その一つとして呉羽丘陵の環境設備が計画されていた。これを受けて、富山市は、平成二年一二月、富山市新総合計画(第二期基本計画)を策定し、その中で主要事業の一つとして「呉羽丘陵の整備」を掲げ、平成三年から五か年をかけて「拠点整備、植物園の設置、ファミリーパークの整備(動物施設整備及び更新、城山自然館の建設調査)など」の事業を計画していた。

こうした中で、林野庁が、「国民が自然の中でゆとりとうるおいを享受する、明るい森林空間を整備する」として「健康とゆとりの森整備事業」を補助事業として創設し、平成三年度からこの事業を開始した。そのころ、富山市は、前記新総合計画の趣旨に沿って、呉羽丘陵環境整備基本計画を策定するとともに、その一部を林野庁の右新設補助事業の中で実施することとし、本件整備事業を計画し、平成三年度から三か年の事業として実施に移した。

本件整備事業の内容は、基本計画及び基本設計の策定、森林空間整備(樹木の伐採、草木の除去、植栽等)、付帯施設(視点場、サイン等)の整備などで、総事業費は約八億円である。

富山市は、このうち基本計画(本件整備事業基本計画)及び基本設計の策定について、財団法人日本緑化センター(以下「緑化センター」という。)との間で後記の内容で業務委託契約(以下「本件委託契約」という。)を随意契約の方法により締結した。

3  被告市長は、本件整備事業基本計画に従い、別紙一記載のとおり工事請負契約(以下「本件請負契約」といい、その契約にかかる工事を「本件請負工事」という。また、個別の工事を示すときは、別紙一に記載の番号で特定する。)を締結した。富山市は、本件請負契約①及び⑤については、婦負森林組合と後記の内容で随意契約の方法により締結したが、その他の本件請負契約については、指名競争入札により業者を選定した。

4  右2、3に記載した随意契約の方法によって締結した各契約(以下、これらを総称して「本件随意契約」ともいう。)の概要は、次のとおりである。

(一) 緑化センターとの随意契約(本件委託契約)

契約締結日 平成三年九月一〇日

履行期間 平成三年九月一一日から平成四年一月三一日まで

業務委託料 一九九八万二〇〇〇円

委託業務の内容 健康とゆとりの森整備事業の基本計画(本件整備事業基本計画)作成のための調査・計画立案及び基本設計の策定

緑化センターは、平成四年、右業務を「呉羽丘陵健康とゆとりの森整備事業基本計画報告書」及び「同附録資料集」の形でまとめ、被告市長に提出した。

(二) 婦負森林組合との随意契約

(1) 本件請負契約①

契約締結日 平成三年一〇月二二日

工事名 呉羽丘陵健康とゆとりの森整備事業 その1工事

工事場所 富山市古沢外地内

工期 平成三年一〇月二三日から平成四年三月一六日

請負代金額 六三一三万九〇〇〇円 工事の内容

森林空間整備(53.31ヘクタール)

天然林改良 天然林改良(雑木林整備A)

天然林改良 整理伐(雑木林整備B)

単層林整備 高木等植栽(竹林整備C)

天然林改良 除間伐(竹林整備D)  単層林整備 除間伐(スギ林整備E)

(2) 本件請負契約⑤

契約締結日 平成四年九月二九日

工事名 呉羽丘陵健康とゆとりの森整備事業 (その1)工事

工事場所 富山市吉作地内

工期 平成四年九月三〇日から平成五年二月一日

請負代金額 五〇一六万一〇〇〇円 工事の内容

森林空間整備(63.48ヘクタール)

天然林改良 天然林改良(雑木林整備A)

天然林改良 整理伐(雑木林整備B)

単層林整備 高木等植栽(竹林整備C)

天然林改良 除間伐(竹林整備D)

単層林整備 除間伐(スギ林整備E)

天然林改良 林床整備(竹林F)

5  別紙一記載の各請負業者は、本件整備事業の工事に着手した。そして、富山市は、緑化センター及び右各請負業者に対し、本件委託契約及び本件請負契約に基づく代金を全額支出した。

6  呉羽丘陵の概要

呉羽丘陵は、単に土地としての財産的価値のみを有しているのではなく、呉羽丘陵一体に繁茂している多数の樹木等土地の定着物も固有の財産的価値を有している。そして、呉羽丘陵は、以下のような特徴を有するから、その土地及びその定着物を含めた全体として、自然的、文化的、社会的に有数の高い価値を有しているものであり、特に、自然環境において都市近郊の里山として優れた環境を保持している。

(一) 呉羽丘陵は、富山市西部に位置し、市中心部から二ないし三キロメートルの所にあり、東西約一キロメートル、南北約四キロメートルにわたる丘陵である。北部を呉羽山、南部を城山と称し、城山の標高は、145.3メートルである。呉羽丘陵は、富山県県定公園に指定されている他、都市計画法による風致地区及び森林法による保安林指定地域を含んでいる。また、呉羽丘陵のうち、約一九二ヘクタールが富山市の公有財産である。

(二) 呉羽丘陵の植生は、コナラ等の落葉樹を主体とする二次林で、組成上極めて多様な成熟度の植物群落を含んでいる。環境庁策定の植生自然度十段階区分のうち、植生度七(かなりの程度人為が加わっている植生分布地)のクリーミズナラ群落、クヌギーコナラ群落などの代償植生地区に相当し、下層の低木層、草木層(下草)に随伴する植物の種の中にはヒメアオキ、ヤブコウジ、ツルアリドウシ、オオイワカガミ、ショウジョウバカマ等が含まれる。

(三) 呉羽丘陵は、その植生と平野部に突き出た半島状の地形により、鳥類の繁殖地、渡の中継地、越冬地として県内でも有数の生息地である。

また、呉羽丘陵には、ほ乳類としては、ムササビ、テン、タヌキ等二〇種近くが生息しているほか、両生類のホクリクサンショウウオが生息している。呉羽丘陵は、石川県羽昨市と並び、ホクリクサンショウウオの数少ない生息地の一つであり、城山のファミリーパーク横の呉羽トンネル上の沢で、ホクリクサンショウウオの個体、卵嚢及び縄張行動が観察記録されている。この動物は、極めて限定された環境条件の下でしか生存、繁殖できないため、数年前から環境庁により「絶滅危惧種」に指定されている。

呉羽丘陵の昆虫類でこれまでに明らかにされている種は、少なくとも一〇〇〇種以上である。

7  監査請求の前置

(一) 原告は、平成四年一二月二五日、富山市監査委員に対し、本件整備事業に関する本件委託契約及び本件請負契約並びに呉羽丘陵に対する財産管理に関し、地方自治法二四二条に基づき監査請求をしたところ、右監査委員は平成五年二月二二日、原告に対し、右請求は理由がないとする監査結果を通知した。

(二) 参加人らは、平成五年三月三一日、富山市監査委員に対し、監査請求の趣旨として左の内容を掲げて地方自治法二四二条に基づき監査請求をしたところ、右監査委員は同年五月二四日、参加人らに対し、右請求は理由がないとする監査結果を通知した。

(1) 富山市が、婦負森林組合と行った本件請負契約①⑤は、不当若しくは違法である。

(2)① 富山市は、呉羽丘陵の市有地の雑木について資産評価をせず、伐採後の雑木の価値の収入措置をせず、公有財産の管理を怠っている。

② 富山市は、公有財産における学術的価値の高い樹木などの管理・処分を不当若くは違法に怠っている。

③ 富山市は、ボクリクサンショウウオ生息地の復旧を行っていない。

二  本案前の争点

1  請求の趣旨1項(差止請求)について

(被告らの主張)

富山市は、平成六年三月三一日までに、本件整備事業の工事を完了し、同年五月二日、本件請負契約に基づく公金の支出を終了した。

(原告らの主張)

富山市は、平成六年四月以降も北陸自動車道東視点場入り口付近で新たに表土を掘削して芝生を張ったり、散策路沿いにさらに樹木の植栽を行うなどしており、本件整備事業は、未だ終了していない。

2  参加人らの訴えについて

(被告らの主張)

(一) 参加人らは、争いのない事実7(二)記載のとおり監査請求をした。

(二)(1) したがって、参加人らは、本件請負契約①⑤以外の本件請負契約などについて監査請求を経ていないから、請求の趣旨1項並びに請求の趣旨3項のうち本件請負契約①⑤に対応する六三一三万九〇〇〇円及び五〇一六万一〇〇〇円以外の部分について、共同訴訟参加をすることができない。

(2) 参加人らは、雑木及び樹木以外の財産の管理を怠ることについて監査請求を経ていないから、請求の趣旨2項について、共同訴訟参加をすることができない。

(三) 参加人らの参加の対象となる平成五年(行ウ)第三号事件についての出訴期間は、平成五年三月二二日までであったから、この期間を徒過した共同訴訟参加は許されない。

なお、参加人らは、原告の訴訟の対象と同一の財務会計上の行為又は怠る事実を対象として監査手続を経たものでないから、後記原告らの主張5は失当である。

(原告らの主張)

(一) 監査請求の対象は、普通地方公共団体の長その他による違法、不当な行為又は怠る事実として当該普通地方公共団体の住民が何を監査対象として取り上げ、監査委員に措置請求をしているかという観点から、監査請求の趣旨、理由によって特定するほかない。そして、監査請求の対象の特定にあたっては、措置請求書の「請求の趣旨」に記載された措置の内容ないし類型は一つの判断資料となるが、これを形式的に判断すべきでなく、措置請求書に添付された資料や監査手続における請求人の陳述等も総合し、請求人の意思を合理的に解釈して判断すべきである。

(二) 差止請求についての監査請求と本訴請求の同一性について

参加人ら監査対象として取り上げた事項は、婦負森林組合との本件請負契約の締結をも含めた総体としての呉羽丘陵の管理のあり方であり、監査請求書の請求の趣旨で記載した事実(争いのない事実7(二))は、呉羽丘陵の管理の不当性ないし違法性を根拠づける事由に他ならない。このことは、参加人が、監査手続における意見陳述において、

(1) 原告桂木の監査請求に対する監査結果が納得できないために監査請求に及んだ旨を述べていること、

(2) 富山市監査委員が、原告桂木に通知した監査結果の中で付した勧告を引用しつつ、本件整備事業がこの勧告を尊重していない旨非難していること、

(3) 呉羽丘陵の生態学的位置づけに立って、本件整備事業を憂いていること、

(4) 参加人らが、保存緑地として等級度を持つ森林地をどのように利用するのか生態学的把握をまったく欠いた本件整備事業の基本設計を見直し、「ゆとりの森整備事業」予算を適正に使おうと提言してきたのに対し、富山市がこの提言に背を向けた施行を進めていることを非難していること

等からも明らかである。ところで、原告桂木は、被告市長による総体としての呉羽丘陵の管理の改善を求めて監査請求を行った上で、本訴請求では、本件整備事業の工事の続行、本件請負契約の締結及び同契約に基づく公金支出の差止めを求めている(請求の趣旨1項)が、参加人らの監査請求の内容は、右のとおり、請求の趣旨1項と同様の内容である。

(三) 財産管理の違法確認請求についての監査請求と本訴請求の同一性について

参加人は、富山市が雑木について資産評価をしていないこと、伐採樹木の収入措置がなされていないことを主張したのみではなく、ホクリクサンショウウオの生息地の復旧を行っていないことをも指摘し、添付資料としてホクリクサンショウウオの縄張行動に関する研究報告書を提出した上で、監査手続の意見陳述では、絶滅が危惧されているホクリクサンショウウオの生息環境を保護すべきことを訴えていた。よって、参加人らの監査請求は、雑木及び樹木の財産管理の違法、不当のみを取り上げたのではなく、被告市長の呉羽丘陵に対する財産管理のあり方を問題としていたことは明らかである。よって、参加人らの監査請求は、本訴請求の趣旨2項と同一である。

(四) 損害賠償の代位請求について

住民訴訟の対象となる行為又は事実は、監査請求にかかる行為又は事実と同一のものに限定されず、これから派生し、又はこれを前提として後続することが必然的に予測されるすべての行為又は事実に及ぶ。本件でも、被告市長が呉羽丘陵に対する財産管理を違法に怠ったことにより富山市に損害が生じたとして、その損害賠償を請求しているのであって、監査請求の対象となった行為又は事実から派生した事実が対象となっており、監査請求前置の要件は充たしている。

(五) 出訴期間について

住民訴訟の提訴期間の起算点は、監査請求を経由した住民ごとに個別に判断すべきであり、本件の参加人らは、参加人ら固有の出訴期間内に共同訴訟参加の申出をしている。

三  本案についての争点

1  前提事実(本件整備事業の概要等)

(原告らの主張)

(一) 本件整備事業基本計画に至る経緯

(1) 富山市による呉羽丘陵「開発」の計画

本件整備事業が計画、実施されるに至った経過の概略は次のとおりである。

呉羽丘陵は、戦中戦後の食糧難の時代に畑地に転用された以外は、ほとんど「薪炭林」として自然度を維持しつつ利用されてきた。昭和三〇年代から炭が使われなくなって一部が放置されるようになったが、依然として自然度は高いままであったにもかかわらず、富山市は、そのころから呉羽丘陵の開発を都市開発あるいは観光開発の一環としてとらえ、これを進めようとしてきた。特に昭和三六年の「富山・高岡新産業都市建設構想」には、呉羽丘陵の宅地開発と観光開発に関する計画が含まれていた。その後昭和四〇年の「呉羽山観光開発構想計画」、昭和四六年の「富山市城山公園基本計画」、昭和五二年の「呉羽山公園城山公園構想」、昭和五三年の「富山市観光基本調査報告」、昭和五五年の「城山公園土地利用基本構想」において、呉羽丘陵を観光地域あるいは都市公園として「開発」するための構想、計画が積み上げられた。しかし、その間、富山市は、昭和四七年城山山頂上に呉羽ハイツを、昭和五四年呉羽山麓に富山市民芸館などの施設を建設するにとどまった。

その後昭和五六年に、それまでの呉羽山の動物園建設構想の実現化として、「富山市城山ファミリーパーク基本計画」が発表された。しかし、この計画では環境影響への配慮があまりに欠落していたため、「アベサンショウウオ(後にホクリクサンショウウオと判明)生息地の保全など計画区域の変更、縮小」、「環境アセスメントの実施」を条件に、ようやく昭和六一年に富山市ファミリーパークとして開園をみた。

(2) 富山市によるその後の開発計画と本件整備事業

富山市は、呉羽丘陵の開発を大規模に進めようとし、昭和六〇年新総合計画策定専門委員会から「富山市新総合計画」(甲六)の提出を受けたが、その中には呉羽丘陵整備が挙げられていた。そして、その中では、施策の方向として、「呉羽丘陵一帯の環境整備に伴う社会・自然・生活環境についての環境アセスメントを行う。」とはっきり書かれている。

次いで、昭和六三年、富山市は、「富山中央部丘の夢構想」なるものを発表し(甲五)、その中で呉羽山、城山一帯のゾーニングを行い、「保全優先ゾーン」と「利用可能ゾーン」に区分した。しかし、この「保全優先ゾーン」というのは、実際は東側の開発の不可能な急傾斜地であり、「レクリエーション施設…を積極的に誘導立地させる」とされた「利用可能ゾーン」に豊かな自然林が多く含まれていた。

しかし、その後、富山市は、呉羽丘陵の開発に着手しなかったが、富山市は、平成三年度から、林野庁が、「健康とゆとりの森整備事業」として、都市近郊、農山村地域等において構成樹種の多様化等を行うことにより、国民が森林とふれあい、快適かつ安全に自然を享受できる自然度の高い森林空間の整備を行うことを目的とした事業を実施するとの情報を得て、まず平成二年に「呉羽丘陵整備推進連絡会議」を設置し、同年「呉羽丘陵整備推進基本構想」を作成した。そしてこの基本構想を基にして、同年一二月に林野庁が右「健康とゆとりの森整備事業」の実施を正式に発表したころ、株式会社森俊偉+ARCO建築計画事務所に委託して「呉羽丘陵環境整備調査報告書」を作成させ、さらに平成三年五月、同事務所に委託して、平成四年一月「呉羽丘陵環境整備基本計画報告書」(甲一六)を作成させた。

(二) 本件整備事業基本計画の内容

(1) 本件整備事業基本計画の作成

富山市は、平成三年八月、林野庁から本件「呉羽丘陵健康とゆとりの森整備事業」の実施の内示を受けた。そして、同年九月、緑化センターにその基本計画の作成業務を委託し(本件委託契約)、同センターはこれを株式会社エキープ・エスパス(以下「エキープ・エスパス」という。)に全面的に再委託して、平成四年四月ころに「呉羽丘陵健康とゆとりの森整備事業基本計画報告書」(乙一の1)、「呉羽丘陵健康とゆとりの森整備事業基本設計図」(乙一の2)及び「呉羽丘陵健康とゆとりの森整備事業基本計画附録資料集」(甲一五)を完成させた。

(2) 本件整備事業基本計画の内容

本件整備事業計画と一体化して進められた「呉羽丘陵環境整備基本計画報告書」(甲一六)は、その目的として、「丘陵の今後のあり方を検討するための基礎調査を行い、利用のあり方の基本的な方針と施設整備のスケジュールを策定する」ことを挙げている。そしてその調査検討項目としては、一、道路ネットワーク(景観道路、修景道路、導入部、駐車場、連絡道)、二、観光・レクリエーション施設(視点場、ゲストハウス)、三、歴史・文化施設の検討(民俗民芸村、染織館、城山しぜん館)を挙げているが、この施設整備は、「新たな文化・レクリエーション空間等の確保」として「一体・統一あるもの」と位置付けられている。しかしながら、環境整備基本計画において、すでに事前の環境影響調査がまったくなされていないという問題があった他、呉羽丘陵の植生、昆虫、鳥獣等の生息に関し、生態学的考慮をしていない杜撰なものである。

(三) 本件整備事業の実施内容

(1) 平成三年一〇月二三日開始の婦負森林組合による「整備」工事(本件請負工事①)

平成三年度施行区域は、北陸自動車道に隣接した「ファミリーパーク」周辺一帯を含む県定公園南部より城山の南西部の比較的まとまった落葉樹林植生を含む一帯であったが、極めて無配慮な樹木の伐採、林内低木層の刈り払い、モウソウチク林の刈り払い、重機による激しい土壊層の破壊が行われた。

平成三年度の事業では、モウソウチク林のみならず二次林をも含む広い範囲で皆伐に近い施工が行われ、重機による土壤の削剥も広範囲に及んだ。これは、計画自体の問題のみならず、それ以上に整備工事において行き過ぎがあったことを示すものである。

(2) その後の本件整備事業の実施内容

平成四年度の施工区域は、城山の山頂部を含む城山の中枢部と旧国道八号線までの北へやや細長くのびる範囲がその対象地域であった。やはり前年度と同様に、林内及び林縁低木層の切り払いが実施され、タニウツギ、ヒメアオキ、ショウジョウバカマなどの貴重な低木、草本植物の成育環境が根こそぎ刈り払われ、破壊された。

平成五年度に呉羽山地区で行われた施工では、平成三年度と同じように二次林や竹木が大規模に破壊され、林床層の無差別な刈り払いと土壤層の削剥が繰り返された。

(四) 本件整備事業による自然環境破壊の実態

(1) 植生破壊の現状

① 伐開地の現状

伐開地において実際にどの程度の樹木が伐倒されたかを具体的に調査した結果によると、全体としてコナラ、エゴノキなどを主たる構成要素をするかなり良好な再生林が立地していたこと、ほとんどの伐株が現在萌芽を持つことからみて、それらは枯死していなかったこと、エゴノキの優勢な株を除伐した後に同じエゴノキの苗を植栽しているという非常識なことがなされていること、良く発達したコナラ再生林などの低木層に出現するものと同程度のヒサカキが存在していることなどから、ここには伐採前に良好なコナラ再生林などが存在していたと推認される。

平成三年度の施工区域について、平成五年になされた追跡調査によれば、重機等で激しく破壊された箇所では土壤層はまったく存在せず、最下層のローム層が露出し、腐植層はまったく存在しない。また自然植生率は低く、帰化雑草などが占める割合が高くなった。

② 林床植生破壊の実態

本件整備事業地域内において調査されたヒメアオキ集団(この木は、特に日本海沿岸のブナ林を主体とする落葉広葉樹林内の代表的な下層低木で、この種の集団の発達状態を見ることによって林分の成熟度を判定する目安となる。)の個体数と、本件施業後の個体数を対比すると、一メートル以上の成熟個体は一本もない状態となった。このような林床相の破壊とこの伐採後に侵入したカラスザンショウ、クサギ、アカメガシワなどにより、ヒメアオキの他、より撹乱に弱いショウジョウバカマ、オオイワカガミを主体とする林床植物群は壊滅状態となってしまった。平成五年一一月における調査でも、林床破壊の実態はさらに進行している。伐開、除伐を受けた地域全体にわたり、アカメガシワ、カラスザンショウ、クサギ、ネムノキ等の陽樹、ベニバナボロギク、アメリカセンダングサ、セイタカアワダチソウ等の帰化植物が優勢で、たいへん荒れた植生になっている。前述の林床低木のヒメアオキや林床草本層のショウジョウバカマ、オオイワカガミ、ヤブコウジなどの個体群は壊滅的な状態にあり、一部残存しているものも光条件、水条件等の変化から、早晩失われていくものと推定される。

③ 林内土砂の流出等の発生

本件整備事業の施工に際し、地形を考慮せずに急斜面に直線的な階段や散策路を敷設したために、雨水等による土壤の流亡と林内への流入が生じている。路面の砂利についても、転圧が十分でなかったことなどから周辺の林内に流入している。

また、のり面は、散策路の開設のために軟弱化し、工事直後から崩壊、地滑りの兆候が見られる。さらに、排水溝の付設も形ばかりのもので、一度の降雨で完全に土砂の堆積によって埋まったり、排水のためと思われるパイプもまったく機能していない。

④ 樹木植栽の問題点

平成五年の調査によると、調査地域において被告が大量の伐採の後に植栽した樹木の総本数は一一〇〇本にも上るが、その中にはもともと呉羽丘陵に自生しないアラカシ、ウバメガシ、カツラ、カクレミノ、サザンカなど、雑多な樹種が含まれる。しかし、このうち、アラカシ、ウバメガシ、サワラは日本海側には自生しない。また自生はしても、既存の落葉樹林を伐採し、その構成種よりみて位置の低いアカマツ、タラノキ、ネムノキなど、やがて進行遷移の中で消滅していく樹種が含まれている。これらの植栽木は、当然ながらいずれも成長が悪く、その調査の時点ですでに三六本が完全に枯死していた。またこれら以外の植栽木も、今後再生するであろうモウソウチクやカラスザンショウ、アカメガシワなどの二次遷移の先駆種の急速な成長により、大半は駆逐される可能性が高い。この点だけを見ても、この植栽のための支出の違法は明白である。

(2) 動物相に対する影響

本件整備事業による樹木の伐採と林床層の破壊は、鳥類をはじめ、本件整備事業地に生息する動物の生息環境に極めて重大な改変をもたらした。平成五年六月のラインセンサス調査によれば、事業実施済みの地域はそうでない地域と比較して種数にして四五パーセント、個体数にして四〇パーセントの生息しか記録されず、またホトトギス、キビタキ、サンコウチョウといった植生の豊かな地域に生息する種はまったく記録されなかった。

(3) ホクリクサンショウウオ及びオオタカ等に対する影響

① ホクリクサンショウウオ

呉羽丘陵において、これまでに確認されているホクリクサンショウウオの産卵場所は二か所ある。しかし、平成三年度に行われた本件整備事業による大規模な樹木の伐採、土壤の撹乱等により、ホクリクサンショウウオの生息地は極めて劣悪な条件にあり、繁殖活動が今後長期にわたって維持されることは困難であると言わざるを得ない状況である。

② オオタカ等

平成四年に呉羽丘陵の特定の営巣木で確認されたオオタカの営巣活動も、翌平成五年には確認されなかったが、これは、右営巣木を中心とするオオタカの営巣地及び行動圏である呉羽丘陵全体が本件整備事業によって大規模に除間伐されたためと断じざるを得ない。

また、無配慮な樹木の除伐により、呉羽丘陵の生物相が単純化したために平地から低山帯における生態系の食物連鎖の頂点に位置するオオタカをはじめとするワシタカ目鳥類の個体数と種数は確実に減少するものと考えられる。

(被告らの主張)

(一) 呉羽丘陵環境整備計画について

(1) 呉羽丘陵一帯は、呉羽山地区、城山地区、民俗民芸村周辺等それぞれ個々に整備されているが、①道路ネットワークが十分確立されていない、②文化・観光・レクリエーション施設等は単発的な利用が多い、③歴史性、文化性に富んだ資源を生かしていない、などの問題が指摘されていた。

(2) そこで、富山市では、平成二年四月、呉羽丘陵一帯を新たな文化・レクリエーション空間を目指した環境整備を行うことを目的として、当面する課題を整理するための呉羽丘陵整備推進協議会を設置し、専門業者に調査を依頼して、平成三年三月、呉羽丘陵環境整備調査書を、平成四年三月、呉羽丘陵環境整備基本計画書をそれぞれ作成した。

(3) 右基本計画における整備計画のテーマは、「自然と親しむ呉羽丘陵、心と体のリフレッシュの場の提供」であり、基本方針は次の六点であり、また、その調査・検討・整備項目は、呉羽丘陵全体にわたっての、総合的な環境整備を目的としていた。

① 自然環境の保全と活用の相互調和を図る。

② 丘陵の持つ自然の特質を生かし、森林浴や野鳥観察が楽しめるよう整備を図る。

③ 統一性と一体感のある丘陵整備を図る。

④ 連動利用がなされるよう、丘陵内施設のネットワーク化を図る。

⑤ 「都市の庭・市民の庭」としての丘陵の魅力付けを図る。

⑥ 学・遊・憩の拠点としての整備を施し、能動的な余暇活動の場を提供する。

(二) 林野庁「健康とゆとりの森整備事業」について

平成二年一二月、農林水産省林野庁は、都市近郊、農山村地域等において、林木の密度調整、構成樹種の多様化、林内歩道等の整備等を行うことにより、国民が森林とふれあい、快適かつ安全に自然を享受できる自然度の高い森林空間の整備を行う「健康とゆとりの森整備事業」を創設し、平成三年度から全国九か所で同事業を発足させる旨発表した。右健康とゆとりの森整備事業は、森林整備、路網整備、防災施設整備等を行うことを目的としていた。

(三) 呉羽丘陵健康とゆとりの森整備事業(本件整備事業)の位置付けについて

(1) 富山市は、ちょうど前記呉羽丘陵環境整備計画について調査検討中であったことから、呉羽丘陵環境整備計画の内、右健康とゆとりの森整備事業として事業の採択が可能なものを含めて実施するため、平成三年八月、林野庁の補助事業採択の内示を受け、本件整備事業を行うこととした。竹林及び雑木林の伐採や間伐など森林空間整備は、本件整備事業独自のものであり、呉羽丘陵環境整備計画から取り入れたものは、散策路、視点場及び駐車場など森林空間付帯施設整備計画、路網整備計画などであった。

(2) いずれにしても、本件整備事業は、森林の管理が不十分で市民が親しみにくい状況にある呉羽丘陵の森を、緑豊かで市民が身近にふれやすい場に再生するために必要な事業として計画されたものである。

(四) 呉羽丘陵健康とゆとりの森整備事業基本計画(本件整備事業基本計画)の策定について

(1) 富山市は、前記呉羽丘陵整備推進会議に諮りながら、平成四年一月、「呉羽丘陵健康とゆとりの森整備事業基本計画書」(本件整備事業基本計画書)を作成した。

(2) 本件整備事業基本計画は、富山県生活環境部自然保護課昭和五五年三月作成の「呉羽丘陵自然環境調査報告書」、富山市都市開発部公園緑地課昭和五七年三月作成の「呉羽丘陵自然環境調査報告書(呉羽山)」及び平成三年の現地調査に基づくものであるが、呉羽丘陵の現況として次のような問題があることが指摘された。

① 所有者及び管理者について

城山、呉羽山共に、市有地と私有地がモザイク状に混在し、なかでも呉羽丘陵に存在する私有地は、小規模のものが多くそれだけ地権者も多く、森林の管理は、大半がなされておらず、放置された状態で森林の荒廃が進み管理面等の問題がある。

② 植生について

呉羽丘陵の森は、大きく、もともと沢筋や丘陵の裾野部分に植栽された「モウソウチク林」、モウソウチクとほぼ同じ条件のところに植栽された「スギ林」、モウソウチク、スギ林の分布域の上から尾根線にかけて分布する「雑木林」、スギ林や雑木林にモウソウチクが侵入し竹林に移行しつつある「モウソウチク移行林」に分けられる。

a モウソウチク林

呉羽丘陵を展望する限りでは理解されないが、筍を採取することもなく放置されて以来、その分布域が広がり、密度も極端に高く、風や雪の被害を受け倒木した竹が朽ちるに任せた状態で、決して美しい林とは言いがたく、又、林床植生もほとんどない。

b モウソウチク移行林

モウソウチクは隣地に侵入し他の植生を被圧し、その分布域を広げている。モウソウチクの侵入を押さえているものは常に水のある沢や幅三メートル以上の砂利道のみで登山道や芝生広場では容易にモウソウチクの侵入を許していた。前年の桿から一〇メートル以上も離れて他の植生地に侵入しているのを確認することができた。このままでは呉羽丘陵全域にわたって森がモウソウチク林に取って変わる可能性がある。竹林の緑は一見豊かで美しいが、その種組成は単純で生態的には決して豊かではなく、植生遷移的に見ても健全な自然とは言いがたい。

c スギ林

呉羽丘陵では大規模なスギ林は見られない。点在するスギの多くは、枝打ちや下草管理もなされることなく、特に樹高一〇メートル以下のスギはモウソウチクに被圧されているものが少なくなく、健全な育成をしているとは言いがたい。林床植生もおおむね暗く、貧弱である。

d 雑木林

呉羽丘陵の森の中でも最も面積が大きいが、全般的には樹齢が若く、丘陵の南西側では北東側に比べ樹種、樹高とも貧弱であり、畑作放棄跡に生育したものである。また、このような貧弱な雑木林ではフジをはじめとしたツル植物によって被圧されている樹林も少なくなかった。

(五) 本件整備事業の内容について

(1) 本件整備事業基本計画書は次の五点を整備の基本方針に掲げた。

① 開発抑制と農業保全の整合を計る。(森が守る。)

② 良好な二次林を再生させ新しいタイプの里山づくりを目ざす。(森が生きる。)

③ 既存の施設と計画されている施設を森での利用を通じて人々の活力を生みだす。(森が結ぶ。)

④ 市街地から望む緑の屏風として生活と結びついた身近な緑を感じさせる。(森が美しい。)

⑤ 市民にとって身近なレクリエーションの場を提供する。(森が楽しい。)

(2) 次いで、本件基本計画書は地域の特性を生かすため、地形保護のため保全を優先する保全ゾーン、生育している小型動物等の生物保全を優先する生物保全ゾーン、保護、保全されている小型動物の観察等自然教育的利用を主とする森林保全型活用ゾーン、森林浴等体験型森林レクリエーション利用を主とする林内活用ゾーン、畑地や果樹園として整備し、市民のためのクラインガルテン化を図る農的利用ゾーン、景観道路として整備する道路修景・修景ゾーンの六つにゾーニングを行った。

(3) さらに、本件基本計画書は、右のようにゾーニングされた呉羽丘陵をその目的に応じ、森林空間整備計画、森林空間付帯施設整備計画、路網整備計画、防災施設整備計画という具体的整備計画を立てた。

(4) 森林空間整備計画

本件基本計画書は、前記のように植生上の問題を抱える呉羽丘陵を、①落葉樹林、②常緑樹林、③スギ林、④竹林、⑤畑地・果樹園、⑥草地という多様な植生を有する豊かな森に整備することを目指した森林空間整備計画を立て、その実現のため、雑木林、スギ林、竹林毎に、個別具体的な整備手法をとることとした。

(5) 路網整備計画

呉羽丘陵が市民に身近な自然として親しまれるためには、観光的性格を持つ景観道路、修景道路を核とした散策、自然観察のための散策路などが、それぞれ目的別に整備・管理される必要があることから、本件基本計画書は、本件整備事業として、丘陵縦走路、自然観察路及び連絡管理道の整備を取り上げた。

(六) 以上のように、本件整備事業は、前記「呉羽丘陵自然環境調査報告書」、「呉羽丘陵自然環境調査報告書(呉羽山)」及び平成三年の現地調査に基づき、計画・実施されているもので、右各調査で指摘されたいくつかの課題を果たす森林の整備・管理行為である。

2  本件整備事業自体の違法性(ただし、後記随意契約に関する点を除く。)

(原告らの主張)

前記1(前提事実)で主張した内容の本件整備事業は、以下のとおり違法なものである。

(一) 環境権の侵害

(1) 環境権の意義

環境権とは、「健康で、安全かつ快適な生活を維持する条件としての良好な環境を享受する権利」と定義付けすることができる。この良好な環境の中でも「自然環境」は、地域や時間をも超えて人々が享受すべき公共物ということができる。言い換えれば、良好な自然環境の享受を内容とする環境権は、現在及び将来の人間が、人間としての尊厳を保持し、健康で文化的に生存するうえでの不可欠な権利ということができる。

また、環境権は、法律のレベルでもその趣旨、内容が明記されるに至った。すなわち、平成五年一一月に成立、施行された環境基本法では、その基本理念(三条)において、「環境を健全で恵み豊かなものとして位置づけることが人間の健康で文化的な生活に欠くことができないものであること」、「現在及び将来の世代の人間が健全で恵み豊かな環境の恵沢を享受する」ことができるようにしなければならないことが明記され、環境権という文言は使われないものの、その実質的内容が明記された。

(2) 本件における環境権侵害

原告らは、人間として、「健康で、安全かつ快適な生活を維持する条件としての良好な環境を享受する権利」を有する。しかるに被告市長は、本件整備事業において「健康とゆとりの森整備事業」という名の下に、呉羽丘陵の豊かな自然環境を破壊し、今後も破壊しようとしている。原告らは、被告の環境破壊行為によって、健康で文化的な生活を侵害され、かつ将来にわたって侵害されるおそれがある。

(二) 自然環境享有権の侵害

(1) 自然環境享有権の意義

自然環境の破壊に対しては、次の理由により、その自然環境の恵みを受けている者には「自然環境享有権」が認められるべきである。

人間は自然の生態系の中で生きており、将来の人間もこの生態系の中で生きていかなければならない。自然環境享有権は、自然生態系を守ることが、人間の生命あるいは人間らしい生活を維持するために不可欠な自然の恵沢を享有することを可能ならしめることから、その自然環境の恵みを受けている人間が、現在及び将来の人間から信託されてその自然を守ることをその侵害者に対し権利として請求できるものである。

(2) 本件における自然環境享有権の侵害

呉羽丘陵の自然環境は、本件整備事業の対象となった土地の所有者である富山市あるいは富山市民だけに帰属するものでは断じてない。多種多様な動植物、豊かな土壤、その生態系すべては、その自然環境の恵みを受けている人間と共にある公共のものである。被告市長は、たまたまその土地の管理を行う立場にあるが、このような自然環境までを破壊することが許されるものではない。この自然環境は現在及び将来の者のために維持すべき義務がある。

呉羽丘陵の豊かな自然と共に生活している原告らには、呉羽丘陵の豊かな自然環境を享有し、利用する権利を有する。これは、単に原告ら富山市民だけの権利ではない。広く一般に現在及び将来の呉羽丘陵の恵みを受ける者すべてがこの利益を享有する権利を有しているのである。

(3) 人格権としての自然環境享有権の侵害

原告らの自然環境享有権は、法的には人格権の一種であるとも考えられる。すなわち、原告らは、人間として、生命、自由及び幸福追求権があり、健康で文化的な生活を保障されるべき権利がある。原告らは、呉羽丘陵の豊かな自然環境と共にその恵みを享有しているが、その環境を破壊し、自然環境の享有を妨げる行為は、原告らの人格権を侵害するものというべきである。

被告市長は、本件整備事業の名の下に、呉羽丘陵の有する自然環境を破壊し、原告らの有する呉羽丘陵の自然環境を享有する権利を侵害し、かつ将来も侵害しようとしている。これらの行為は、原告らの人格権たる自然環境享有権を侵害する違法な行為であって、差止めあるいは損害賠償の対象となる。

(三) ストックホルム宣言、リオ宣言、生物多様性条約その他の国際法違反

(1) ストックホルムの人間環境宣言からリオ宣言へ

昭和四七年六月、ストックホルムで開催された国連人間環境会議は、人間環境宣言を採択した。この中には、天然資源の保護、野生生物の保護が含まれており、自然生態系や野生生物保護の義務が定められている。この人間環境宣言は、平成四年のリオデジャネイロの地球サミットに引き継がれてさらに発展しており、自然環境保護はますます強固な国際的責務となっている。

(2) 森林に関する原則声明

リオ宣言の際、森林に関する原則声明もなされた。これは、地球環境保護の見地から、森林の持つ役割を認識し、その保全を図ろうとする目的からなされたものである。その声明のうち、野生生物保護に関連する部分は次のとおりである。

① 森林と森林の生態系に関する時宜を得た正確かつ信頼しうる情報の提供は一般の人々の理解と見識ある政策決定に必要不可欠であり、確保されるべきである(1条(c))。

② 特に、脆弱な生態系、流域、淡水資源を保護する役割や生物多様性及び生物資源の宝庫及びバイオテクノロジー生産物のための遺伝物質の源泉としての役割及び光合成と通じて、地方、国、地域、地球レベルの生態学的プロセス及びバランスを維持するのに果たすすべての種類の森林の極めて重要な役割が認識されるべきである(4条)。

③ 国の政策は、諸活動が重要な森林資源に重大な悪影響を及ぼすおそれがあり、かつ、そのような活動が権限のある国の当局の決定の対象となる場合には、環境影響評価の実施を確保すべきである(8条(h))。

(3) 生物多様性条約

平成四年六月、日本も含め一五七か国が生物多様性条約に調印した。この条約は、生態系、生物種、種内の三つのレベルを含む生物の多様性という概念により、従来の野生生物保護の枠組を広げ、生物の側から地球環境を保全していく枠組を設けたものである。具体的な保全のための措置は以下のとおりである(六ないし一四条)。わが国は、条約締結国として以下の措置をとる国際法上の義務がある。

① 多様性保全のための国家戦略の策定、関連部門の計画・政策への統合

② 重要な地域・種の選定及びモニタリング

③ 生息地内での保全 保護区体系の確立、生態系の維持回復、絶滅のおそれのある種の保護など

④ 生息地外での保全 施設下での系統保存、種の増殖・野生還元など

⑤ 生物資源の持続的利用・管理

⑥ 経済社会的奨励措置

⑦ 研究、訓練、教育、普及啓発

⑧ 環境アセスメント制度の導入など

(四) 自然環境保全法違反

自然環境保全法は、その二条で、「国、地方公共団体、事業者及び国民は、環境基本法第三条から第五条までに定める環境の保全についての基本理念にのっとり、自然環境の適正な保全が図られるように、それぞれの立場において努めなければならない。」とし、普通地方公共団体に対し自然環境の適正保全義務を課している。

したがって、被告市長の本件整備事業による自然破壊は、自然環境保全法にも違反する。

(五) 絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(以下「保存法」という。)違反

(1) この法律は、生態系、生物群集、個体群、種、遺伝子等様々なレベルでの多様性こそが自然の根源であり、それぞれのレベルでの多様性の保護を図ることが必要であること、なかでも種は、生物相、生態系を構成する基本単位であり、野生生物の保護を進めるためには種の保護の観点で個別対策を進めることが効果的かつ重要であること、との認識に立つ。そして絶滅のおそれのある種の保護としては、捕獲や譲渡の規制等の個体を対象とする保護施策だけではなく、生息地の保護対策を進め、その生息環境を維持しなければならないとの観点から規制しようとするものである。そして、保存法は、国及び普通地方公共団体の責務を定める(二条)。このうち、普通地方公共団体の責務としては、「地方公共団体は、その区域内の自然的社会的諸条件に応じて、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存のための施策を策定し、及び実施するよう努めるものとする。」とし、富山市のような普通地方公共団体には、右のような責務を課しているのである。

(2) 呉羽丘陵では、国内希少動植物としてオオタカ(レッドデータブック絶滅危急種)、オジロワシ(同絶滅危惧種)、ハヤブサ(同危急種)が生息しており、国内希少動植物として指定が予定されているホクリクサンショウウオ(レッドデータブック絶滅危惧種)も生息している。そのほか、ミサゴ(同危急種)、コハクチョウ、オシドリ、トモエガモ、ハチクマ、ハイタカ、チュウヒ、ブッポウソウ等(希少種)が生息しており、富山市は、保存法二条二項により、その種の保存のための施策を積極的に行わなければならない責務を負っている。

しかるに被告市長は、豊かな呉羽丘陵の森における動植物の調査を長年にわたって怠り、保存のための何らの施策も行わなかったばかりか、かえって本件整備事業により、右の絶滅のおそれのある動植物の生息域を侵し、個体数の減少等の結果をもたらしたものであり、これは保存法二条二項に違反する。また、被告市長は、本件整備事業により、国内希少種であるオオタカ等の生息環境を破壊し、その生存をおびやかしたもので、この行為は、保存法九条の国内希少動植物種の殺傷又は損傷に該当する。

(六) 森林法違反

森林法三四条は、保安林においては知事の許可を受けなければ立木を伐採してはならないと規定し、これに違反した者に対して五〇万円以下の罰金に処するものとしている(二〇六条三号)。

本件整備事業の区域内に森林法にいう風致保安林が含まれていたことは、明白である。したがって、被告市長が行った本件整備事業は森林法三四条に違反する。

(七) 環境影響評価義務違反

(1) 環境影響評価義務

昭和四七年六月の閣議了解及び昭和五九年の「環境影響評価の実施について」の閣議決定により、道路、ダムその他河川工事など一一種の事業及び主務大臣が環境庁長官と協議して定めた事業を対象に、環境影響評価を実施することが義務付けられた。

また、環境基本法は、豊かな自然環境を有する普通地方公共団体に対して、同法二〇条に該当する事業を行うに当たっては、事前に環境影響評価を行うことを義務付けている。

加えて、富山県環境影響評価要綱によれば、開発行為に環境アセスメントの義務が課されている。この点につき被告らは、本件整備事業は開発ではなく「整備」事業であると主張するが、そのような形式的な理由は、右の環境アセスメント義務を免れる根拠には到底ならない。

(2) 本件における環境影響評価義務違反

本件整備事業は、環境基本法二〇条にいう「土地の形状の変更その他これに類する事業」に当たることは明白である。また、本件整備事業は、前記1(前提事実)(二)(2)で主張したとおり、「呉羽丘陵環境整備基本計画」の一環として実施されたものであり、右基本計画には、呉羽丘陵の整備事業に「環境アセスメント調査」をすることが明記されている。しかるに、被告らは、本件整備事業において環境影響評価を行わなかったことについて、本件整備事業は「整備」であって「開発」ではないなどというまったく形式的な弁解に終始している。これは、被告市長が、本件整備事業が自然環境への著しい影響のあることを十分に予見しながら、本件整備事業を「整備」と名付けることによって環境影響評価義務を形式的に回避できると考えたからに他ならない。

(八) 富山県自然環境保全条例違反

富山県の「富山県自然環境保全条例」の四条二項は、「市町村は、当該地域の自然的社会的諸条件に応じて、自然環境を適正に保全するための施策を策定し、及びこれを実施するとともに、県の行う施策の策定及びその実施に協力するものとする。」としている。

しかるに被告市長は、本件整備事業によって自然環境の適正保全義務に違反したもので、その違法性は明らかである。

(被告らの主張)

(一) 本件整備事業が違法であるとの原告らの主張は争う。

(二) 原告らと被告らとの間の真実の争点は、原告らが「本件整備事業の実施によって呉羽丘陵の自然、動物に重大な影響を与え、その壊滅が危惧される。」と主張するのに対し、被告らが「本件整備事業の実施によって、原告が主張するような事実は生じない。」と主張することにある。右紛争は、法律上の争訟に該当しないから、裁判所は、右のような自然保護論争について判断すべき法律上の責務、権限はない。

(三) 事前調査や環境影響調査の要否について

(1) 本件整備事業は、前記1(前提事実)の(被告らの主張)欄(六)に記載のとおり、森林の整備・管理行為に他ならない。しかも、呉羽丘陵は、都市公園や富山県定公園に指定されているところ、その趣旨は前述したとおりであり、このような公園及びそれに含まれる森林の整備・管理行為は富山市に課された責務というべきである。

(2) 平成二年六月、富山県環境影響評価要綱が告示されているが、富山市は、以上に述べたような呉羽丘陵の森林整備(管理)として実施する本件整備事業については、「開発行為」ではなく、右要綱において定められた環境影響評価(環境アセスメント調査)を実施すべき対象事業に該当しないと判断し、環境影響評価を行わなかったものである。この判断を下すについては、国や富山県との間で事前の協議を経ている。

3  財産管理の違法性

(原告らの主張)

(一) 呉羽丘陵の公有財産としての意義

呉羽丘陵は、単に土地としての財産的価値のみを有しているのではない。丘陵一体に繁茂している多数の樹木等、土地の定着物も固有の財産的価値を有することはもとより、このような土地の定着物を含めた全体としての呉羽丘陵が自然的文化的、社会的に有数の高い価値を有し、特に自然環境において都市近郊の里山として優れた環境を保持してきたのである。

したがって、公有財産としての呉羽丘陵の管理を考える場合、土地及びその定着物の財産管理だけではなく、このような自然的、文化的、社会的価値を含めた総体としての同丘陵の管理の在り方如何が問われなければならない。

(二) 呉羽丘陵に対する財産管理の違法性

被告市長は、地方自治法一四九条六号に基づき、財産の管理をその担任事務の一つとしているが、その事務の執行に当たっては、富山市から委任を受けた者として当然に、善良なる管理者としての注意をもって、その職務を行わなければならないし、普通地方公共団体の執行機関として、自らの判断と責任において、誠実に管理し及び執行する義務を負う。

被告市長は、呉羽丘陵に対する財産管理においても、この善管注意義務ないし誠実管理執行義務を尽くし、土地及びその定着物としての財産のほか、右のとおり自然的、文化的、社会的価値を含めた総体としての財産として、同丘陵の価値を損なうことがないようにしなければならない義務を負っている。

しかるに、前記のとおり、被告市長が執行した本件整備事業は呉羽丘陵の自然環境を破壊するものであり、公有財産たる同丘陵の自然的、文化的、社会的価値を含めた総体としての財産的価値を著しく損なうものであった。こうした財産管理の在り方は極めて不適切で、善管注意義務ないし誠実管理執行義務に反する違法なものであることは明らかである。

よって、本件整備事業を執行した被告市長の行為は、公有財産の適切な管理を怠る違法な財産管理に該当する。

(被告らの主張)

原告らは、被告市長が本件整備事業を執行したことによって呉羽丘陵の自然環境を破壊したこと、つまり作為の違法を主張していることになる。

また、被告市長は、本件整備事業の執行により呉羽丘陵の自然環境を破壊していない。

4  本件委託契約及び本件請負契約の違法性

(原告らの主張)

(一) 先行行為の違法性

本件請負契約及び本件委託契約は、前記のとおり違法な本件整備事業に基づくものであり、違法な先行行為に基づくものとして違法である。また、右各契約の内容は、前記のとおり自然破壊を招来するものであり、契約締結につき被告市長に認められた裁量権の範囲を逸脱した違法な契約である。

(二) 随意契約の方法によったことの違法性

(1) 本件委託契約の違法性について

仮に、被告らが主張するように、本件委託契約の内容が特殊な業務で、その遂行に専門的知識と技術が必要であるとしても、これは指名競争入札を避けて随意契約によることを許容する根拠とはならず、緑化センターの他にも専門的知識と技術を備えた業者は存在する。

また、随意契約が許容されるか否かは、個々具体的な契約ごとに、当該契約の種類、内容、性質、目的など諸般の事情を考慮して決定すべきであるところ、選定しようとする契約の相手方の実績や技術は契約目的を達成できるかどうかの判断において意味を持つ事項であるに留まり、随意契約を許容する独自の根拠とはなりえない。そして、緑化センターには、本件委託契約の業務を遂行する能力が欠如していたことや、その果たした役割等の点からみても、特に随意契約によって同センターを契約の相手方に選定することが、本件委託契約の性質に照らし又はその目的を究極的に達成する上でより妥当であるとか、そのことがひいては富山市の利益の増進につながるとかいった事情はまったく認められない。

(2) 本件請負契約①、⑤の違法性について

本件請負工事①、⑤で婦負森林組合が行った作業は下草刈り、樹木・竹の伐採、搬出、粉砕といったものである。この作業は、ほかの森林組合等々も通常行っている仕事であり、他の森林組合でもできる作業である。

要するに、本件請負工事①、⑤の作業は、造林の知識・技術等が多少なりとも必要になるにしても、特に高い専門技術性を求められる作業ではなく、これを実施できる業者を他に見出だすことはた易い。ましてや、婦負森林組合でなければできないという事情はまったく認められないのである。

以上のとおり、本件委託契約及び本件請負契約①、⑤は、随意契約の許容要件を欠くことは明らかであり、したがって右各契約の締結は違法な支出負担行為であり、かつ、被告正橋は、市長としてそのような支出負担行為を行ったことにつき責任があることは明らかである。

(被告らの主張)

(一) 随意契約の方法をとった根拠・判断基準について

(1) 地方自治法施行令一六七条の二第一項二号にいう「その性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき」とは、当該契約の性質又は目的に照らして競争入札の方法による契約の締結が不可能又は著しく困難というべき場合の他、競争入札によること自体が不可能又は著しく困難とはいえないが、不特定多数の者の参加を求め競争原理に基づいて契約の相手方を決定することが必ずしも適当ではなく、当該契約自体では多少とも価格の有利性を犠牲にする結果になるとしても、普通地方公共団体において当該契約の目的、内容に照らしそれに相応する資力、技術、経験等を有する相手方を選定しその者との間で契約の締結をするという方法をとるのが当該契約の性質に照らし又はその目的を究極的に達成する上で、より妥当でありひいては当該普通地方公共団体の利益の増進につながると合理的に判断される場合もこれに該当するものと解すべきである。

(2) そして、右のような場合に該当するか否かは、契約の公正及び価格の有利性を図ることを目的として普通地方公共団体の契約締結の方法に制限を加えている地方自治法及び同施行令の趣旨を勘案し、個々具体的な契約ごとに、当該契約の種類、内容、性質、目的等諸般の事情を考慮して当該普通公共団体の契約担当者の合理的な裁量判断により決定されるべきものと解するのが相当である。

(3) 本件においては、被告市長から随意契約によること及び随意契約の相手方の選定を委任されていた富山市請負工事等指名業者選定委員会委員長石田淳(富山市助役)が、合理的な裁量によって随意契約によることと相手方の選定を決裁し、これを受けて被告市長が本件随意契約を締結したものであるから、適法である。仮に適法でなかったとしても、被告市長は、右委員長が、随意契約によること及び契約の相手方として緑化センター及び婦負森林組合を選定することを阻止しなかったことについて重大な過失はない。

(二) 本件委託契約について随意契約をとった理由について

(1) 本件整備事業は、森林の整備保全を目的としており、森林の整備保全という特殊な事業の基本計画・基本設計を企画する作業においては、極めて専門的な知識と技術を要求される。

(2) 緑化センターは、都市緑化、森林地域の保全等の調査研究、緑化技術の開発、緑化思想の普及を目的として、昭和四八年九月に経済界や農業、林業、造園建設業、緑化木生産業など民間各界をはじめ、農林水産、建設、通商産業の三省共管の財団法人として設立されたものである。

(3) 緑化センターは、都市緑化に関する調査、モデル緑化と森林地域保全などの調査・研究、工場緑化に関する調査・研究等について、経験豊富で卓越した技術を有し、全国的にも数多くの実績がある。また、緑化センターは、富山市の都市緑化に関する調査を実施した実績があり、その経験により富山市の実情をよく理解している。

(三) 本件請負契約①、⑤について随意契約をとった理由について

(1) 婦負森林組合に請け負わせた整備工事は、竹伐採・粉砕・除間伐・枝打ち・林床整備という森林の形態や利用目的に適した整備を必要とする森林整備作業であり、基本的には造林事業に属する。

(2) 婦負森林組合は、昭和五九年に八尾町森林組合を中核として富山市、婦中町、山田村、細入村の五つの森林組合が広域合併して設立され、町村と森林組合及び所有者が一体となり、計画的な造林推進と適正な森林の保育管理を積極的に進めることを目的として事業を展開している。

(3) 同組合は、多数の林業従事作業員を確保し、安全かつ迅速な作業が可能であるだけでなく、豊富な公共事業経験を持ち、卓越した技術を有し、数多くの実績をあげている。

(4) 森林整備(工事)は、工夫や改良を重ねながら今後も継続的に行なっていく必要があるが、その面から富山市をエリアとしている同組合が最もふさわしい。

5  不法行為の成立及びその損害額

(原告らの主張)

(一) 主位的請求 違法な本件整備事業に基づく不法行為及びこれによる損害

(1) 前記のとおり、被告正橋が市長として行った本件整備事業は、違法であり、これは富山市に対する不法行為を構成する。したがって、富山市は、当該職員である被告正橋に対し損害賠償請求権を有する。

(2) 右不法行為がもたらした損害は、代替性のない無窮の価値を有する自然の破壊を始め、違法な公金支出による損害、伐採した樹木などの無償処分による損失及び破壊された呉羽丘陵の原状回復に要する費用等、金銭では評価しがたいほど甚大なものである。これは、少なく見積もっても、支出済みの本件委託契約の委託料及び本件請負契約の代金の合計額五億三七九四万五四〇〇円を下回ることはない。

(二) 予備的請求 違法な随意契約に基づく不法行為及びこれによる損害

(1) 前記のとおり、被告正橋が市長として本件随意契約(本件委託契約及び本件請負契約①、⑤)を締結したことは違法でありこれは富山市に対する不法行為を構成する。

(2) 仮に、被告ら主張のように富山市請負工事等指名業者選定委員会委員長石田淳(富山市助役)が随意契約によること及びその契約の相手方を決定したものであるとしても、右選定委員会や助役は富山市長の補助機関であり、市長たる被告正橋には、右委員会ないし助役の決定について再考を求めあるいはこれを決裁する権限と責任があったものであり、本件随意契約について最終的に決裁したのは市長たる被告正橋自身であったから、被告ら主張の右事実は、被告正橋の責任を免れさせるものではない。

(3) 損害

① 主位的主張

本件随意契約に基づいて、富山市は緑化センターに業務委託料金一九九八万二〇〇〇円を、婦負森林組合に工事請負代金合計金一億三六七五万三一〇〇円を支出した。右の支出金合計金一億五六七三万五一〇〇円は、被告正橋が本件随意契約を締結しなければ支出されることのなかった金額であるから、その全額を富山市の被った損害と認めるべきである。

② 予備的主張

エキープ・エスパスは、緑化センターが富山市から受託した本件整備事業基本計画作成業務について、これを同センターからそっくりそのまま金一七九八万二七七〇円で再委託され、右金額を受領している。

したがって、富山市は緑化センターに支払った金一九九八万二〇〇〇円と右金一七九八万二七七〇円との差額、金一九九万九二三〇円の無駄な支出をするに至ったもので、控え目に算定しても同額の損害が発生していることは明らかである。

(被告らの主張)

(一) 原告らの主張は争う。

(二) 被告正橋は、違法な行為を行っていないから、不法行為は成立しない。

(三) 仮に随意契約の方法によることが適法でないとしても、前記のとおり、被告正橋には重過失はないから、不法行為を構成しない。

(四) 富山市は、一定の基準に従った予定価格を設定し、その範囲内の金額で、緑化センター及び婦負森林組合と本件随意契約を締結し、その契約による成果を確認した上で契約に定められた支出をしたものであって、損害を蒙っていない。

第三  証拠

本件記録中の、書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

第四  本案前の争点に対する判断

一  争点1 差止請求(請求の趣旨1項)について

1  本件請負契約の契約書には、請負人が工事を完了したときは、この旨を書面で注文者である富山市に通知しなければならず、富山市は、この通知を受けたときは、この日から一四日以内に、工事の完成を確認するための検査をしなければならないこと、及び請負人は、右検査に合格したときは請負代金の請求ができ、富山市は、右請求のときから四〇日以内に請負代金を支払わなければならないことが定められている(乙三の1、2、四、五、六の1、2、七、八、)。

2  ところで、本件請負契約①ないし④については、富山市による完成後の検査が平成四年三月三一日までに実施され、設計図書のとおり完成していることが確認されていた(乙三九、四〇ないし四二の各1、2、四三ないし四五)。また、本件請負契約⑤ないし⑧については、富山市は、右各請負契約にかかる工事が完成したとして、平成五年四月三〇日までに請負代金を全額請負人に支払った(乙四七ないし五六)。よって、本件請負契約にかかる工事は、既に完成し、右請負代金は支払済みであると認められる。

原告らは、平成六年以降も芝生張り及び樹木の植栽が行われており、本件整備事業は継続していると主張する。原告らが主張する工事は、富山市と立山造園土木・堀造園共同企業体との間の請負契約及び富山市と久郷一樹園・金剛造園共同企業体との間の請負契約に基づいて行われた工事で、本件整備事業の一つとしてなされたものであるが、右各工事はいずれも完了し、富山市から右請負人に対して平成六年五月二日までに請負代金が全額支払われていることが認められる(乙五七ないし六一)。そして、平成六年四月以降も工事が行われているとして原告らが具体的に指摘している工事は、本来予定されていた工事の完了後に、右請負業者が、鳥が芝生を反転させたものを張り直し、あるいは、右請負契約に基づく工事で植えた樹木が枯れたので、樹木の植栽をし直したものであって、いずれも右工事の手直しとして行われたものと認められる(前記認定事実及び弁論の全趣旨)。よって、原告ら主張の事実をもって、本件整備事業が依然継続していると認めることはできず、この他に本件整備事業が本件の口頭弁論終結時点まで継続していることを示す証拠はない。

3  以上の次第で、請求の趣旨1項の訴えにおいて差止めを求めている対象の工事は既に完了し、もはや差止めの余地はないから右の訴えは、不適法であり、却下を免れない。

二  財産管理を怠る事実の違法確認請求(請求の趣旨2項)について

1  地方自治法二四二条の二に基づく住民訴訟は、同法の財務の章の中に規定されていることからも明らかなように、普通地方公共団体の財務会計の適正な運営を住民自ら図ることを目的とするものであるから、同条一項所定の行為又は事実とは、財務会計上の行為又は事実に限定されると解すべきである。そして、住民訴訟制度は、普通地方公共団体の行政一般の適正を担保することを目的とするものでなく、普通地方公共団体の財務会計の適正を担保することを目的とする制度であることに鑑みると、ある行為又は事実が財務会計上の行為又は事実に該当するか否かは、その行為等の結果として普通地方公共団体に財産的損害を与えるかどうかによってではなく、当該行為又は事実自体を観察し、その性質如何によって判断すべきであり、当該行為又は事実がその性質上専ら財務的処理を目的とするものであって初めて財務会計上のものに該当すると解するのが相当である。また、当該行為又は事実が専ら財務的処理を目的とするというのは、当該行為又は事実が専ら一定の財産の財産的価値に着目し、その維持、保全、実現を図ることを目的とすることを意味するものと解するべきである。確かに、当該行為又は事実が専ら財務的処理を目的とするものでなく、他の行政目的の達成を目的とするものであっても、普通地方公共団体の財産の財産的価値に何らかの影響を及ぼす場合があり得ることは否定できないが、この場合は、当該行為又は事実は、財務会計上のものに該当するということはできないというべきである。

2  これを本件についてみると原告らは、被告市長が本件整備事業を実施したことにより、呉羽丘陵の自然環境を破壊したとして、被告市長の右行為が公有財産の適正な管理を怠る違法な財産管理に当たると主張する。ところで、本件整備事業は、その目的として、①開発抑制と農業保全の整合を計る、②良好な二次林を再生させ、新しいタイプの里山づくりを目指す、③既存の施設と計画されている施設を森での利用を通じて人々の活力を生み出す、④市街地から望む緑の屏風としての生活と結びついた身近な緑を感じさせる、⑤市民にとって身近なレクリエーションの場を提供する、の五点を掲げており、呉羽丘陵の自然環境を整備することを目的とした事業であると認められる(乙一の1ないし3)。このように本件整備事業は、呉羽丘陵の自然環境を維持、保全、整備することが目的であり、その財産的価値の維持、保全、実現を目的としたものではない。したがって、本件整備事業は、財務会計上の行為又は事実には該当せず、請求の趣旨2項にかかる怠る事実の違法確認を求める訴えは、不適法であり、却下を免れないといわざるを得ない。

三  被告正橋に対する損害賠償請求(請求の趣旨3項)中、本件整備事業自体の違法を理由とする訴えについて

1  前記二に判示した住民訴訟制度の趣旨に鑑みると、地方自治法二四二条の二第一項四号により当該普通地方公共団体に代位して損害賠償請求をするためには、同法二四二条一項の請求にかかる行為又は怠る事実が、前記二に判示した趣旨のものであり、それが違法であること、右の違法な行為又は怠る事実により当該普通地方公共団体が損害を被ったこと、及び、右損害賠償請求の被告は、当該職員又は当該行為若しくは怠る事実の相手方であることの各要件を充足することが必要であって、非財務行為により当該普通地方公共団体に損害が生じたことを理由として、当該普通地方公共団体に代位して損害賠償請求をすることは、二四二条の二が規定する住民訴訟としては不適法であると解するのが相当である。

すなわち、普通地方公共団体の機関のした非財務的な事務処理の適否自体は、この非財務的な事務が必然的に財務会計上の行為に結びつき、財務会計上の違法な行為又は怠る事実を構成する場合でない限り、同条の規定する住民訴訟における審理判断の対象とはならないと解するのが相当である。

2  本件において、原告らは、本件整備事業の実施自体が不法行為に該当すると主張し、その違法事由として、環境権の侵害、自然環境享有権の侵害、ストックホルム宣言、リオ宣言、生物多様体その他の国際法違反、自然環境保全法違反、保存法違反、森林法違反、環境影響評価義務違反及び富山県自然環境保全条例違反を主張し、その損害は金銭では評価しがたいほど甚大なものであり、少なく見積もっても本件委託契約の業務委託料及び本件請負契約の代金の合計額を下回ることはない旨主張しているところからすれば、原告らは、請求の趣旨3項にかかる訴え(主位的請求)においては、非財務的行為である本件整備事業自体に違法事由が存するか否かの判断を求めているものと解する他はない。そして、右の事業自体は、いずれも必然的に財務会計上の違法な行為あるいは怠る事実に結びつくものとは認められない。

そうすると、前記1で判示したところによれば、右訴えは不適法といわざるを得ず、却下を免れない。

四  参加人らの損害賠償請求(請求の趣旨3項)中、本件委託契約が違法であることを理由とする訴えについて

1  参加人らは、本件訴訟提起に先立ち、富山市監査委員に対し、争いのない事実7(二)記載のとおりの監査請求をした。これによれば、参加人らは、違法な契約として本件請負契約①、⑤のみを主張し、本件委託契約については主張していない。

住民訴訟を提起するには、当該訴訟の請求と同一の事項について監査請求を経ていることが必要であり、右同一性の判断基準としては、訴訟において主張する行為又は事実が、監査請求にかかる行為又は事実から派生し、又はこれを前提として後続することが当然予想される行為又は事実であるか否かの点に求めるのが相当である。

2  この点を本件についてみると、本件請負契約①、⑤と、本件委託契約は、いずれも本件整備事業の一環をなすものではあるが、別個独立の契約であり、一方が他方の前提になるとか、又一方から他方が派生するといった関係にあるとは認められない。そうすると、参加人らの本件委託契約が違法であることに基づく損害賠償請求の訴えについては、富山市監査委員に対する監査請求を経ていないこととなり、右訴えは不適法であり、却下を免れない。

五  本案前の争点についてのまとめ

以上の次第で、原告らの、請求の趣旨1項にかかる訴え、同2項にかかる訴え及び同3項にかかる訴えのうち本件随意契約を随意契約の方法によったことの違法を理由とする請求以外の訴え、並びに、参加人らの請求の趣旨3項にかかる訴えのうち、本件委託契約が違法であることを理由とする損害賠償請求の訴えは、その余の点を判断するまでもなく、いずれも不適法であるから、却下する。

そうすると、本件において判断すべき本案における争点は、随意契約の方法によって本件随意契約を締結したことの違法を理由とする被告正橋に対する不法行為に基づく損害賠償請求権の成否及びその損害額(ただし、このうち、本件委託契約の締結が違法であることを理由とする損害賠償請求は、原告の請求によるものである。)となる。

第五  本案についての争点に対する判断

一  随意契約の適法性の判断基準

被告は、本件随意契約は、地方自治法施行令一六七条の二第一項二号にいう「その他の契約でその性質又は目的が競争入札に適しないもの」に該当すると主張する。この「その性質又は目的が競争入札に適しないもの」とは、契約の目的又は性質に照らして競争入札の方法による契約の締結が不可能又は著しく困難というべき場合がこれに該当する他、競争入札の方法によること自体が不可能又は著しく困難とはいえないが、競争入札に基づいて契約の相手方を決定することが必ずしも適当ではなく、当該契約自体では多少とも価額の有利性を犠牲にする結果になるとしても、当該普通地方公共団体において当該契約の目的、内容に照らし、それに相応する資力、信用、技術、経歴を有する相手方を選定し、その者との間で契約の締結をするという方法をとるのが当該契約の性質に照らし、又その目的を究極的に達成するうえでより妥当であり、ひいては当該普通地方公共団体の利益の増進につながると合理的に判断される場合もこれに該当すると解すべきである。そして、右のような場合に該当するか否かは、契約の公正及び価額の有利性を図ることを目的として普通地方公共団体の契約の締結の方法に制限を加えている地方自治法及び同施行令の趣旨を勘案し、個々具体的な契約ごとに、当該契約の種類、内容、性質、目的等諸般の事情を考慮して当該公共団体の契約担当者の合理的な裁量判断により決定されるべきものと解するのが相当である。(最高裁判所昭和六二年三月二〇日第二小法廷判決・民集四一巻二号一八九頁)

以下、これを、本件随時契約について検討する。

二  本件委託契約の締結について

1  本件委託契約の実施内容等については、次のとおり認定判断される。

(一) 本件委託契約は、本件整備事業の基本計画及び基本設計を行うことをその内容としており、右契約の受託者である緑化センターは、本件整備事業の基本計画書(乙一の1)、基本設計図面(乙一の2)及び基本計画附録資料集(甲一五、乙一の3)を作成し、被告市長に提出した。

(二) 緑化センターは、エキープ・エスパスに対し、右基本計画及び基本設計を再委託し、エキープ・エスパスは、これを受けて、右基本計画書、基本設計図面及び基本計画附録資料集のほとんど全部、実質的な内容についてはその全部を作成した。エキープ・エスパスが右作業を行う際、緑化センターは、エキープ・エスパスに対しては、報告書の構成など全体のフレームワークに関する指示と、補助金事業に適合するような事業内容にするようにとの指導をしただけで、個々具体的な業務については何ら指示せず、作業の具体的な進め方については、エキープ・エスパスに一任されていた。そして、緑化センターは、エキープ・エスパスに対し、右再委託料として本件委託契約の委託料の約九割に相当する一七九八万二七七〇円を支払った。(甲四三、四四の各1ないし3、乙一の1ないし3、証人藤永、同中野、同田中、同森)

(三) しかも、エキープ・エスパスが、緑化センターから右再委託を受けたのは、本件委託契約が締結された平成三年九月一〇日の二日後の同月一二日であり、この再委託の内容は、委託料を一七九八万二七七〇円とし、履行期限を平成四年一月二五日(本件委託契約の履行期限の六日前)とする他は、本件委託契約の内容と実質的に同一である(乙二、甲四四の2)。そうすると、緑化センターは、本件委託契約を締結するに当たっては、当初から、その業務を実質上丸ごとエキープ・エスパスに、再委託をすることを予定していたものと認めるのが相当である。

(四) ところで、本件委託契約の契約書第五条においては「緑化センターは、業務の処理を他に委託し、又は請負わせてはならない。」と規定されているが(乙二)、右の承諾を示す書面は作成されておらず(証人中野)、緑化センターの前記(二)、(三)の行為は、本件委託契約の右約定に反するものと認められる。

(五) なお、前記(二)に判示した緑化センターの指示、指導について見てみると、エキープ・エスパスの代表者の証人田中は、緑化センターの指示、指導がなければ本件整備事業基本計画作成の業務が行えなかったというわけではない旨述べているし、林野庁の「健康とゆとりの森整備事業」に係る事業の中には、緑化センター等が受注することなくエキープ・エスパスのような業者が直接契約している事例が多数存在している(証人田中)。したがって、前記のような緑化センターの指示、指導は、本件整備事業基本計画の作成に当たり不可欠のものであったわけではないと認めるのが相当である。

2  緑化センターの組織及び本件委託契約の遂行する能力については次のとおり認定判断される。

緑化センターは、その設立趣意書において、主に環境緑化を推進するための総合的な研究開発集団として設立したとされている財団法人であり、本件委託契約にかかる業務を担当した緑化技術部は部長の他五名の部員等から構成されている。また、緑化センターは、評議員として、造園建設業界や緑化木生産業界等の会社などの代表者を擁している。(乙一一の3、証人中野)

ところで、証人中野は、緑化センターは本件整備事業のグランドデザインを画くことを担当した旨供述するが、その一方で、グランドデザインを画く専門家は緑化センター内部にはおらず、外部の専門家に依頼していた旨供述している。そうすると、緑化センターには、本件整備事業のグランドデザインを画く専門家は存在していなかったものであり、このことと、前記判示の、エキープ・エスパスへの本件委託契約の右再委託の事実並びに緑化センターは、本件委託契約を遂行するだけのスタッフを擁していない旨の証人田中及び同森の供述を合わせ考えると、緑化センター自身は、本件委託契約を遂行するに足りる専門的能力を有していなかったことが明らかである。

3  ところで、富山市は、本件委託契約を締結するにあたり、随意契約の方法で緑化センターと契約する理由として、緑化センターは、「緑化に関する総合調査機関として約二〇年間にわたり、都市緑化、森林地域保全などの調査研究、緑化技術の開発、緑化思想の普及等を手掛けており、特に森林整備に関する計画設計については経験豊富で、卓抜した技術を有しており、数多くの実績を上げて」いること及び緑化センターは、「林野庁が強く推薦している」ことを挙げ、その旨記載した起案書により、平成三年八月二七日に右の点についての内部決裁を経た上で、同年九月一〇日に緑化センターと本件委託契約を随意契約の方法式で締結した。その際、富山市は、緑化センターから、過去の実施事業名と前記のような組織状況を記載した「事業概要」の提出を受けただけで、それ以上に緑化センターの技術、スタッフの内容、能力等についての調査などは行っていない。(乙二、一一の1ないし3、証人藤永、同家城)

他方、緑化センターは、平成三年三月ころ、林野庁から本件整備事業の受注の話を受け、次いで同年六月ころ富山県農地林務部林政課に対して、本件整備事業を受注できるよう依頼していた(証人中野)。

また、富山市は、本件委託契約を緑化センターとの間で随意契約の方法で締結するに当たって、緑化センター以外にも、本件委託契約を遂行しうる能力のある業者はいると考えていたが、緑化センター以外の業者を右契約の相手方として検討したことはない(証人藤永)。

4 以上1ないし3に判示したところによると、富山市は、緑化センターに本件委託契約の遂行能力があるか否かを調査しないまま、その遂行能力を有しない緑化センターと本件委託契約を締結するに至ったものであり、かつ、緑化センターと他の業者との比較検討も行っておらず、したがって、仮に、本件委託契約はその遂行につき、特殊な専門的能力が必要とされ、この点において随意契約の方法をとることに適したものであったとしても、緑化センターとの間で随意契約により右契約を締結したことについては、合理性が著しく欠如していたものといわざるを得ない。そして、他に本件委託契約の締結につき緑化センターとの間で随意契約の方法をとることが、本件委託契約の性質に照らし又その目的を究極的に達成する上でより妥当であるとか、富山市の利益の増進につながるといった事情を認めるに足りる証拠はない。

よって、本件委託契約を随意契約の方法で締結したことは、契約担当者に委ねられた裁量の範囲を逸脱し、違法である。

三  本件請負契約①、⑤について

1  本件請負契約①の内容は、天然林改良、単層林整備(高木等植栽)、単層林整備(除間伐)であり、同⑤の内容は、天然林改良、単層林整備(高木等植栽)、天然林改良(除間伐)、天然林改良(林床整理)である(争いのない事実)。

これらの作業を行うには密度管理といった専門知識が必要とされるが、必ずしも婦負森林組合でなければできないといった作業であるとは認められない。実際、富山市の担当者は、婦負森林組合以外にも、右請負契約を遂行する能力を持った業者がいることを認識していた(証人藤永、同堀井)。したがって、本件請負契約①、⑤は、競争入札の方法による契約の締結が不可能あるいは著しく困難なものであるとは認められない。

なお、証人竹原は、右請負契約の内容を実施するには、特殊な専門的能力が必要であり、この能力を有する業者は、婦負森林組合しかいない旨供述するが、証人藤永及び同堀井の証言に照らし採用できない。

2  また、婦負森林組合の人員についてみても、本件請負契約の工事を実施するために確保した作業員は、多いときで約一五名である。加えて、婦負森林組合は、本件請負契約の工事を行うのに必要な粉砕機を所有しておらず、右工事に当たってはこの機械をリースにより借り受けて使用した。(証人竹原)

3  ところで、富山市が婦負森林組合を本件請負契約①、⑤の請負人として選定した経緯及び理由については、次のとおり認められる。

婦負森林組合は、富山県の出先機関である富山農地林務事務所から、本件請負契約の受注を打診された。一方、富山市は、富山県農地林務部林政課から、婦負森林組合を推薦されており、また婦負森林組合が富山市を管轄においている森林組合であったことから、前記のように、他にも本件請負契約①を行う能力のある業者がいることを認識していながら、他の業者の資料を取り寄せることなく、本件請負契約①について婦負森林組合と随意契約の方法で契約を締結した。その際、富山市における決裁手続において、本件請負契約の締結を随意契約の方法で行うことの理由として、作業内容からして造林事業に精通している必要があること、多数の従業員が確保できること、卓越した技術を有していること、富山市が婦負森林組合の管内にあること及び県農地林務部が強く推薦していることを挙げた。(乙一二、一三の各1ないし4、証人藤永、同竹原)

また、本件整備事業基本計画の附録資料集では、本件請負契約①に基づく工事について、計画意図と実施状況が合致していない旨消極的な評価がされ、富山市の担当者は、これを知っていた。それにも関わらず、富山市は、その後も、婦負森林組合と、本件請負契約⑤を随意契約の方法で締結した。(甲一五、証人藤永、同堀井、同竹原)

4  以上の事実によれば、本件請負契約①、⑤は、そもそもその性質又は目的に照らし、随意契約の方法をとることに適したものとは認められない。また、仮に、本件請負契約①、⑤が、随意契約に適したものであったとしても、富山市は、この契約を遂行する能力を十分備えているとは認められない婦負森林組合と、本件請負契約を締結したと認められる。また、富山市は、本件請負契約①、⑤を締結する際に、婦負森林組合と他の業者とを比較検討しておらず、その他、婦負森林組合との間で随意契約により契約締結することが本件請負契約①、⑤の性質に照らし又その目的を究極的に達成する上でより妥当であるとか、富山市の利益の増進につながるといった事情は認められない。よって、本件請負契約①、⑤を随意契約の方法で締結したことは、契約担当者に委ねられた裁量を逸脱し、違法である。

四  被告正橋の責任について

1  被告市長は、本件随意契約の契約締結(支出負担行為)の決裁をし、富山市の代表者となって右契約を締結したものであるが、右契約締結に先立ち、富山市の内部において、右契約を随意契約の方法によって締結することとし、契約の相手方を緑化センター、婦負森林組合と選定したのは、富山市請負工事等指名業者選定委員会の委員長である富山市助役の決裁によるものであると認められる。そして、富山市においては、富山市請負工事等指名業者選定要領により、関係部局の幹部職員で構成する右選定委員会が、被告市長から随意契約によることとその相手方を選定することを内部的に委任されていることが認められ、その関係はいわゆる専決と同様であると解される。(前記争いのない事実、乙二、三の1、2、一一の1ないし3、一二、一三の各1ないし4、一五ないし一八、証人家城)

2  ところで、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく普通地方公共団体の長に対する損害賠償請求権が成立するためには、右長に違法な行為についての故意又は過失が必要である。

また、右長がその権限に属する財務会計上の行為を補助職員に専決させていた場合には、右長は、右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務を負い、故意又は過失により、右義務に違反した場合に、普通地方公共団体に対し、右補助職員がなした財務会計上の違法行為により当該普通地方公共団体が被った損害につき賠償責任を負うものと解するのが相当である(最高裁判所平成三年一二月二〇日第二小法廷判決・民集四五巻九号一四五五頁)。

これを本件について検討する。

(一) 被告正橋は、前記1のとおり、富山市請負工事等指名業者選定委員会の委員長たる富山市助役が随意契約の決裁をした後、富山市長として、本件随意契約の締結の決裁をし、その締結を行ったものであるが、右選定委員会委員長(富山市助役)は富山市長の補助職員に該当すると解されるから、被告正橋としては、右選定委員会委員長のした決裁に関して同人を指揮監督すべき権限と責任を有していたと同時に、契約締結の決裁を行うに際しては、契約の締結方法及び内容の適否を検討し、それが違法であると判断した場合には、その決裁を拒否すべき権限と責任を有していたものと解される。

(二) ところで、随意契約の方法で契約を締結することが許容される要件は前記一に判示したとおりであるから、富山市長たる被告正橋としては、随意契約の方法で本件委託契約、本件請負契約①、⑤を締結するに当たっては、補助職員たる前記選定委員会委員長が前記判示の観点から適性に随意契約によることの決定と相手方の選定を行ったか否かにつき指揮監督する責任があったと同時に、契約締結の決裁権者たる立場においても、前記判示の観点において適正な契約の締結を確保すべき責任があったものというべきである。したがって、被告正橋としては、前記判示の観点から見て随意契約の方法をとることが違法であると判断される場合には、当該随意契約の締結を拒否し、その随意契約の実現を阻止すべき義務があったものというべきである。

(三) しかるところ、被告正橋は、本件随意契約の締結に当たっては、前記選定委員会委員長の決裁文書及び添付資料(乙一一ないし一三の各1ないし3)を検討した上で決裁しているが、それ以外の資料等は検討していない(証人家城、弁論の全趣旨)。そして、前記二、三に判示したところからすれば、右決裁文書及び添付資料では、本件委託契約や本件請負契約①、⑤を随意契約の方法によって締結することを適法ならしめるような事由は示されていないことが明らかであるから、被告正橋が、前記選定委員会委員長の決裁を拒否することなく、随意契約の方法により右各契約を締結したのは、右(二)に判示した義務に違反するものであり、同被告には、その点において過失があったものというべきである。

(四) よって、被告正橋は、富山市に対し、随意契約の方法によって前記各契約を締結したことによって生じた後記損害を賠償する責任を負っているというべきである。

3  以上に対して、被告らは、本件随意契約を締結するに際しては、被告市長から随意契約によること及び随意契約の相手方を選定することを委任されている前記選定委員会委員長(富山市助役)が合理的な裁量によって随意契約によることと相手方の選定を決裁し、これに基づき被告市長が本件随意契約を締結したことを根拠に、本件随意契約は適法であると主張し、併せて、仮に本件随意契約が適法でないとしても、被告正橋は、右選定委員会委員長が、随意契約によること及び随意契約の相手方として緑化センター及び婦負森林組合を選定することを阻止しなかったことについて、重大な過失はないと主張する。

しかしながら、右選定委員会は本件随意契約を締結するに当たり開催されたとは認められない(証人家城)し、前記二、三で判示したとおり、右選定委員会委員長のした決裁は、随意契約によることを適法ならしめる事由を欠き、裁量の範囲を逸脱していたことが明らかである。

また、普通地方公共団体の長は、地方自治法二四三条の二第一項所定の職員に該当しない(最高裁判所昭和六一年二月二七日第一小法廷判決・民集四〇巻一号八八頁)から、普通地方公共団体の長は、民法の一般原則に従い、過失責任を負うことは明らかであり、本件において、被告正橋に本件随意契約締結につき少なくとも過失が認められることは前記判示のとおりである。

よって、被告らの右主張は、失当である。

五  損害

1  随意契約による方法で契約を締結したことが違法である場合に、当該普通地方公共団体に生じる損害額は、競争入札をすべきところ随意契約の方法をとったことによって生じた損害であるから、随意契約の方法により締結した契約金額と競争入札をしたならば締結されたであろう契約の契約金額(以下「想定価額」という。)との差額と解するのが相当であり、右差額の存在は原告らにおいて主張立証すべき事項であるというべきである。

ところで、想定価額は、現実には存在しない価額であり、通常は、入札に応じようとする業者において、当該契約の費用、利益等を見込んで算定した金額で入札することにより形成される金額であるから、入札価格に相当する金額が立証されれば、想定価額は、この金額とほぼ等しいものと推定するのが相当である。また、入札価格に相当する金額が立証できない場合であっても、他の立証方法により、当該契約の費用及び利益等を合算した金額が認められる場合も、一般の業者であれば、右金額で入札をしたであろうと認められるので、右金額をもって想定価額と推定するのが相当である。

なお、原告らは、一次的には、本件随意契約の契約金額自体を損害と主張しているが、富山市は、契約を履行することにより、緑化センター及び婦負森林組合からその対価である給付を受領しているから、たとえ契約自体が違法であっても、契約金額自体を損害と評価することはできないというべきである。

2  本件委託契約による損害額

前記判示のとおり、緑化センターは、本件委託契約の業務を実質上丸ごとエキープ・エスパスに再委託し、エキープ・エスパスは、右業務を一七九八万二七七〇円(以下「本件受託金額」という。)で受託し、これを実施した。

そして、エキープ・エスパスは、本件受託金額で本件委託契約の実質的な業務内容をすべて実施、処理しているから、本件受託金額は、本件委託契約の費用及び利益等を合算した想定価額にほぼ等しいものと認めるのが相当である。そうすると、本件委託契約の契約金額一九九八万二〇〇〇円と本件受託金額との差額である一九九万九二三〇円をもって、本件委託契約を随意契約の方法によって締結したことで生じた損害と評価するのが相当である。

3  本件請負契約①、⑤による損害額

この場合は、前記本件委託契約の場合とは異なり、想定価額について、原告らは、何ら主張立証していない。また、原告らは、その他富山市に損害が生じたことを示す具体的事実も主張していないし、これを示す証拠もない。よって、本件請負契約①、⑤を随意契約の方法により締結したことは違法ではあるが、これによる損害の立証はないこととなる。

4  以上によれば、被告正橋が富山市に賠償すべき金額は、一九九万九二三〇円となる。

六  本案についての結論

以上の次第で、原告の請求の趣旨3項にかかる訴えのうち、本件随意契約を随意契約の方法で締結したことの違法を理由とする損害賠償請求は、一九九万九二三〇円とこれに対する遅延損害金を求める限度で理由があるので、この限度で認容し、その余は棄却することとし、参加人らの請求の趣旨3項にかかる訴えのうち、先に却下する旨判示した部分(本件整備事業計画自体が違法であることを理由とする損害賠償請求の訴え及び本件委託契約が違法であることを理由とする損害賠償請求の訴え)以外の請求は、理由がないので棄却する。

(裁判長裁判官渡辺修明 裁判官堀内満 裁判官鳥居俊一)

別紙<省略>

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