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富山地方裁判所 平成4年(行ウ)3号 判決 1997年3月26日

富山市五福四一六二番三号

原告

青木優

右訴訟代理人弁護士

水谷敏彦

右同

青島明生

富山市丸の内一丁目五番一三号

被告

富山税務署長 廣田政孝

右指定代理人

加藤裕

右同

太田尚男

右同

谷口文夫

右同

山下今朝夫

右同

三橋光雄

右同

鍛冶敏弘

右同

松任徹郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告が原告に対して平成二年一一月一三日付でなした、昭和六二年分、同六三年分及び平成元年分の所得税の更正及び過少申告加算税の賦課決定は、いずれもこれを取り消す。

第二事案の概要

原告が昭和六二年分、同六三年分及び平成元年分(以下「本件係争各年」という。)の所得税の確定申告をなしたところ、被告は、これに対していわゆる推計課税の方法により所得金額及びこれに対する税額を更正する処分(以下「本件更正処分」という。)並びに過少申告加算税の賦課決定処分をした(以下、右両処分をあわせて「本件課税処分」という。)。本件は、原告が、本件課税処分は、違法な税務調査に基づいてなされたものであること及び右推計課税は必要性も合理性もない違法なものであると主張し、加えていわゆる実額反証を主張して、本件課税処分の取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、中華料理業を営んでいる。

2  原告は、昭和六二年分、同六三年分及び平成元年分の所得税につき、別紙課税経過表の確定申告欄記載のとおり確定申告をした。

3  本件課税処分に先立つ被告の原告に対する税務調査の概要は、次のとおりである(以下、これらの調査全体を「本件税務調査」という。)

(一) 平成二年七月一九日、被告の調査担当者である鷲本祐大係官(以下「鷲本係官」という。)は、原告方に臨場したが、原告の関与税理士である飛見丈行税理士(以下「飛見税理士」という。)の立会いが得られなかったために、当日は何も調査せず、原告方を辞去した。

(二) 同月二四日、鷲本係官は、原告方に臨場し、飛見税理士立会いの下で調査を行った。

(三) 同年九月二七日、原告の妻青木福美(以下「福美」という。)は、飛見税理士とともに富山税務署を訪問し、能澤統括国税調査官(以下「統括官」という。)の面前で、飛見税理士立会いの下で、「今回の調査を機に民主商工会(以下「民商」という。)をやめ、飛見税理士さんの指導の下に、更に帳簿を整理し、青色申告として、適正な申告を致します。」との申立書(以下「本件申立書」という。)を作成し、提出した。

(四) 同年一〇月一八日、鷲本係官は、原告方に臨場し、飛見税理士立会いの下で、原告及び福美に面接した。

4  原告は、平成二年一〇月一九日付で本件係争各年の所得税の青色申告の承認取消処分(以下「本件取消処分」という。)を受け、原告は、これに対して異議申立ての手続をとらなかった。

5  原告の右確定申告に対する本件課税処分、これに対する異議申立て、異議決定、審査請求、裁決の経過は、別紙課税経過表記載のとおりである。

二  争点

1  本件税務調査の適法性

(被告の主張)

(一) 税務調査の意義

申告納税制度の下においては、税務行政の適正を期するために、税務署長に更正処分等の権限が保留され、税額の確定を補完する作用が認められているのであるから、税務署長は、納税義務者がその義務を正しく履行したか否かを調査する職責を有する。税務調査は、その職責遂行のために必要であり、税務署長は、過少申告であるとの疑いが認められる場合だけでなく、申告の真実性及び正確性を確かめるためにも調査を行い得るものである。そして、右の目的を達成するためには、必要な事項について調査を制限されるべきいわれはなく、社会通念上相当と認められる限り、調査権限の行使は合目的的な裁量に委ねられているのであり、また、現に税務調査の具体的方法について実定法上これを制限する規定は何ら存しない。

(二) 事実通知の要否

税務調査の実施に当たり、実施の日時場所を事前に通知すべきことを定めた法律の規定は何ら存在しないのであり、事前通知は、質問検査権の行使に当たっての法律上の要件とされるものではない。現金取引が主体である業種については、現金管理の状況と現場の資料の把握が調査上有効と考えられることから、事前通知を行わないこともある。

したがって、鷲本係官が本件税務調査の実施に当たり、原告に対し、実施の日時場所の指定をしなかったからといって本件税務調査が違法となるものではない。

(三) 調査理由開示の要否

質問検査権の性質からすると、納税者等は質問検査権の行使に対して一般的に受忍義務を負っているものというべく、また税務調査の際、調査理由を開示すべきことを求めた法律の規定も何ら存在しないのであり、これらのことからすれば、税務職員が質問検査権の行使に当たり、納税者等に対し調査理由を開示する必要性はないというべきである。また、申告所得税の調査目的は、適正な申告がなされているかどうかの確認であるから、調査対象項目は各種所得ごとの収入金額、必要経費及び所得控除など、所得税算定のための全項目にわたるものであり、調査着手時期において調査対象項目を特定できるものではなく、むしろ、申告内容を確認する過程において、調査相手方の対応及び反面調査の結果によって、対象項目は常に変動するものであって、具体的な調査項目をいかに選定するかは、調査担当者の合理的な判断に委ねられているというべきであり、調査開始時に開示できる性質のものではない。

したがって、鷲本係官が原告に対し具体的な調査理由を開示しなかったからといって本税務調査が違法となるものではない。

(四) 反面調査実施の当否

納税義務者の取引先に対する反面調査は、所得税法二三四条一項三号による質問検査権に基いて行うものであって、その調査の順序、方法などについて定めた規定はなく、したがって、反面調査をいかなる時期にいかなる範囲で実施すべきか否かの判断は、社会通念上相当の程度にとどまる限り、調査を行う税務職員の合理的な選択に委ねられているものである。本件税務調査では、鷲本係官は、平成二年七月二四日、飛見税理士立会いの下で原告から提出を受けた原始資料等を調査した結果、仕入や経費の領収書などが一部しかなかったため、本件係争各年分の事業所得の金額を把握するための一つの方法として、反面調査を実施したものである。しかも、原告は、反面調査を実施することについて了解していたものである。したがって、鷲本係官が反面調査を行ったことは、何ら違法ではない。

(原告の主張)

(一) 事前通知の欠如

被告は、税務調査に際して、原告に対して事前通知を行っていないが、これは、民商に対する差別的な措置である。

(二) 税務調査の理由開示について

仮に、国民は、税務調査について一般的な受忍義務を負っているとしても、およそ公権力が国民に義務(負担)を課す以上は、その義務がやむを得ないものであることの理由を告知すべきであり、この考えは適正手続に叶っている。そして、調査を開始するに当たっては、それなりの必要性(理由)があるはずであり、被告は、この必要性を開示すべきである。しかるに、被告は、右調査理由を開示していない。

なお、原告は、調査項目の開示を求めているのではない。

(三) 反面調査の濫用

反面調査は、調査の客観的必要性があることを前提条件とし、その必要性と被調査者の私的利益との権衡を各事実ごとの具体的事情に即して判断すべきであり、その比較衡量の結果、調査が社会通念上相当の程度にとどまる限りにおいて許容されるものである。

しかるに本件税務調査では、鷲本係官は、原告に対してほとんど調査を行わず、大量に存在した原始資料の提示を求めていない。したがって、当時反面調査の必要性があったとは認められない。

仮に、当時この必要性が認められたとしても、本件税務調査の早い段階で、仕入先等を漏らさずに調査するまでの必要性がなかったことは明らかである。更に、被告は、反面調査で原告が被る不利益を全く考慮に入れていない。したがって、本件の具体的な事情の下では、本件税務調査における反面調査は、社会通念上相当の程度を逸脱したものである。

なお、原告は、反面調査について、同意をしていない。

(四) 民商脱退の申立書(本件申立書)の提出及び青色申告の承認取消処分(本件取消処分)について

飛見税理士は、民商及びその加入者を敵視している被告の方針を認識しており、原告が民商を脱退すれば、青色申告承認の取消しを免れ、あるいは、税額上有利な取り計らいが受けられると判断し、福美に対し、本件申立書を被告に提出するよう勧めた。これに対して、被告の能澤統括官及び鷲本係官は、この飛見税理士の意図を了解した上で、福美に本件申立書を書かせ、これを受理した。

ところが、その後飛美税理士の意図が原告に通じていないことが判明し、原告に民商を脱会する意思がないことが明らかとなった。そのため、被告は、本件取消処分を行い、調査を継続する旨の約束を反故にして、原告が求めていた売上ノートなどの調査や原告からの事情聴取を行わず、前記のとおりの反面調査に基づく推計により本件更正処分を行った。更に、被告は、反面調査の後、直接原告に質問検査権を行使していない。

帳簿書類の備付け・保存等に不備があって青色申告承認の取消しが問題になるときは、通常の処理としては、まず、適正に備付け・保存等をするよう指導し、それでも改善がない場合は、通常は青色申告を取り止めるよう求めることとし、青色申告承認の取消処分は最後の手段とする。ところが本件では、鷲本係官が原告に対して青色申告と白色申告の違いや青色申告の要件について詳しく説明したのは一〇月一八日が初めてであり、かつそれが最後である。しかるに翌一九日にはもう取消しの決済がなされている。

これらの処理(本件申立書の提出及び本件取消処分)は、被告の民商差別以外の何者でもない。

(五) まとめ

(1) 申告納税制度は、納付すべき税額が納税者のする申告により確定することを原則とするものであるから、税務署長には申告により確定した税額を尊重すべき義務があり、これを否定するには厳格な要件が必要であり、したがって国税通則法二四条は、更正等は調査に基づいて行われるべきことを明確に規定している。そして、この税務調査も、憲法の適正手続の要請を受けるものである。

また、税務調査は、所得税法二三四条の質問検査権の行使として行われるが、この税務調査が納税者等の被調査者の営業や生活に支障を及ぼし、その利益を損なう性質のものであることは明らかである。したがって、税務調査には、客観的な必要性と、調査方法が社会通念上相当であることが必要である。そして、右調査の必要性は、具体的事情に即して判断されるべきである。

したがって、税務調査手続の違法、少なくともその程度の著しいものは、課税処分の取消事由となるものと解すべきである。

(2) しかるところ前記のとおり、本件税務調査は、民商及びその会員である原告を差別し、その思想の自由、結社の自由を侵害するもので、憲法一九条、二一条に違反し、かつ、憲法一四条の保障する法の下の平等に違反する重大な瑕疵を有するものである。こうした憲法違反の重大な違法性を有する税務調査に基づく本件課税処分は、取消されるべきである。

(原告の主張(四)、(五)に対する被告の反論)

一般に、日本国内の居住者は、課税期間中の所得が法定の課税最低限を超えることによりその年分の所得税を納付する義務が生ずる(所得税法二条一項三号、五条)のであって、この点では原告が民商の会員であるとしてもなんら差異はないはずである。そして、課税処分における税額の多寡が争われている場合は、課税処分の違法性の有無は右処分により認定された課税標準又は税額が客観的に正当とされている数額をこえているか否かによってのみ決せられるべきものであり、同処分が原告主張の意図によるものであるというようないわゆる他事考慮に基づくか否かは、本来右処分の違法性とは無関係な事項というべきである。

本件も、税額の多寡自体が争点であり、したがって、本件課税処分の違法性の有無は本件課税処分により認定された課税標準又は税額が客観的に正当とされる数額を超えているか否かによってのみ決せられるべきものであり、本件課税処分が原告主張の意図によるものであるというようないわゆる他事考慮が基づくか否かは、本来右処分の違法性とは無関係な事項であるから、原告の主張は失当である。

2  推計課税の必要性

(被告の主張)

原告の記帳及び記録の保存状況は、青色申告としての要件を満たさない劣悪なものである。そして、推計課税が許されるのは、<1>納税義務者が帳簿等を備え付けておらず、収入・支出の状況を直接資料によって明らかにすることができない場合、<2>帳簿書類を備え付けているが、誤記脱漏が多いとか、同業者に比し所得率等が低率であるとか、二重帳簿が作成されているなど、その内容が不正確で信頼性に乏しい場合、<3>納税義務者又はその取引関係者が調査に協力しないため、直接資料が入手できない場合の三つである。原告の記帳及び記録の保存状況は、前記<1>及び<2>に当たるのであるから、推計課税の必要性が存することは明らかである。

なお、訴訟の段階で提出された書証によっても、所得金額を実額で把握することはできない。

(原告の主張)

推計課税は、直接資料を用いて納税者の所得金額を実額で把握できない場合に初めて補完的に許されるものである。そして、この推計の必要性が認められる場合は、前記被告主張の<1>ないし<3>と同様である。ところで、課税庁である被告には、実額を把握するための手段として質問検査権が与えられているから、この質問検査権を適切に行使して可能な限り実額の把握に努めるべきであり、調査を尽くせば実額による課税ができたにもかかわらず、推計によって課税したときは、その課税処分は、取り消されるべきである。

本件においては、原告には、収入・支出を明らかにして実額を把握するに足りる資料であり、しかも信頼性のある直接資料である帳簿書類(甲八ないし三三七)が存在しており、被告の主張する<1>、<2>には該当しない。また、原告は、被告の調査に対して非協力的な態度をとったことは全くなく、<3>にも該当しない。そして、被告は、本件税務調査において十分な実額調査を尽くしていない。

したがって、本件では、被告は、実額が把握できる客観的な条件がありながら、本件課税処分前に十分な実額調査を尽くしていないために実額が把握できなかったのであるから、推計の必要性は認められない。

3  推計課税の合理性

(被告の主張)

(一) 被告は、原告の事業所得の金額の算定の基礎となる事業に係る総収入金額及び必要経費の金額について、実額により把握することができなかったので、各取引先を調査し仕入金額を実額により把握し、各年分の期首期末の棚卸の金額を同額とみなして右各年分の仕入金額を売上原価の額とし、この売上原価の額を基礎とし、原告と類似する同業者の売上原価率及び必要経費率を用いて、本件係争各年分の事業所得の金額を推計により算出した。

そして、被告は、右の類似同業者の選定について、その選定範囲を、原告の居住する富山市内において中華料理業(ラーメン専門店を除く。)を営む青色申告の個人事業者とし、営業規模については、本件係争各年分の売上原価の額が原告のほぼ二分の一以上二倍以下との選定基準(いわゆる倍半基準)を採用し、併せて、資料等の正確性、算定比率の信頼性を確保するための諸条件を付して、機械的に類似同業者を選定したものである。

したがって、右のように選定された類似同業者の資料に基づきなされた本件における推計課税は、その正確性、信頼性が担保された客観的なものであり、合理性を有するものである。

(二) 原告の本件係争各年分の事業所得等

推計課税により算定した原告の本件係争各年分の事業所得の金額、雑所得の金額及び総所得金額は次のとおりである。

年分 事業所得の金額 雑所得の金額 総所得金額

昭和六二年分 五一七万一三三四万円 五万一七〇〇円 五二二万三〇三四円

昭和六三年分 五七五万六四五一円 三万六七一二円 五七九万三一三六円

平成元年分 六二一万二八〇〇円 〇円 六二一万二八〇〇円

(原告の主張)

本件の推計課税は、以下の通り不合理な点があり、違法である。

(一) 推計の基礎数値(売上原価)の把握の不十分性

売上原価の正確な把握は、合理的な推計の基本的条件である。

被告は、昭和六二年分に関しては、仕入先一二件からの仕入合計額を、昭和六三年分については仕入先一六件からの仕入合計額を、それぞれ原告の売上原価としている。しかしながら、本来は仕入先の漏れがないようチェックする必要があるのにもかかわらず、本件ではこれをしておらず、しかも、把握していない仕入があると予想していながら推計課税をしている。また、鷲本係官は、現金取引による仕入の存在は当然予想できたはずであるから、正確な推計を行うためには、原告にレシート、領収書の提出を求めるなど、現金取引の把握に努める必要があったが、同係官はこれをしておらず、よって、被告は、仕入を可能な限り把握したとはいえない。

以上のとおり、本件では推計の基本数値となるべき原告の売上原価は、正確に把握されていない。

(二) 類似性の担保のない類以同業者選定基準

所得金額を左右する要素として重要なものは、事業規模であるが、被告はその類似性の確保のための基準として、いわゆる倍半基準しか採用していない。そして、店舗面積や従業員数を選定基準に加えれば、より類似した同業者が選定可能であるのに、被告は、合理的な理由もなく、これらを選定基準に加えていない。

(三) 被告の類似同業者選定基準には、原告の特殊事情が反映されていない。

原告には、<1>営業形態が年中無休で、深夜三時まで営業している、<2>第二店舗を本件係争年中に廃止している、<3>原告自身の病気入院や、事業専従者である福美の出産休業といった特殊事情があった。したがって、これらの事情は全部又は少なくとも一部が類似同業者の選定基準に盛り込まれなければ、類似性は担保されない。しかるに、被告の類似同業者選定基準では、これらの事情が考慮されていない。

(四) 類似同業者選定基準の当てはめ作業に信頼性はない。

金沢国税局長は、被告に対して、類似同業者を選定する旨の一般通達(乙一二)を出し、この中には、<1>ラーメン専門店の除外、<2>年の途中における開廃業者、休業者、業態変更者の除外、<3>災害等により経営状態が異常であると認められる者の除外といった項目が設けられている。しかし、被告は、「ラーメン専門店」、「休業」、「業態の変更」、経営状態の「異常」といった概念を明確に把握しないまま類似同業者を選定した。その上、被告は、右通達の基準に合致する同業者をわずか二日間で選定しているが、このようなことは不可能である。したがって、被告の類似同業者の選定には、信頼性はない。

(五) 恣意的な類似同業者の選定

本件では、異議段階、審査請求段階、本件訴訟段階を通じて、同額の売上原価を基礎として、いわゆる倍半基準によって選定された類似同業者の平均原価率、平均必要経費率を適用するという同一の推計方法が採られている。ところが、選定された類似同業者は、異議段階、審査請求段階では四件であるのに対し、本件訴訟では一〇件となっている。被告は、このように選定業者数が異なった理由について納得のいく説明をしていない。

前記通達により類似同業者の選定を求められた富山税務署長は、本件訴訟の一方当事者である。被告は、原告の件だと認識した上で右選定作業を行ったが、不公平な考え方を抱かないようにする特段の配慮はなされていない。さらに、選定された業者の一部を被告の判断で外して報告しても選定を求めた側は把握のしようがないという事情がある。

以上の事実の下では、被告は、恣意的に類似同業者を選定したというべきである。

(原告の主張に対する被告の反論)

(一) 被告は、売上原価の把握に当たっては、取引先に対して照会文書を発送し、回答(乙一五ないし乙三三)を得て、その金額を算定している。その回答はすべて取引ベース(発生主義)によるものであり、また、取引先の署名・押印がされたものであり、その信頼性及び正確性は十分に担保されている。

これに対し、原告の売上原価の把握は、主に領収書とレシート(甲三〇二ないし三二八)によってなされている。領収書は決済ベース(現金主義)によるものであるため、会計原則を無視した計算となる。事実、原告は実額反証に当たって、被告提出の書証により、金額の訂正を行っているのである。また、レシートは、原告のように現金出納帳の記帳がない場合には、原告の事業上の支払に関するものであるか否かを確認できないのである。したがって、原告の売上原価の把握方法は、不正確である。

また、税務署長は経済取引の当事者ではないこと及び税務調査自体無制限に時間が与えられているわけではないことを考慮すると、納税者の取引のすべてを把握することは不可能に近いのであるから、若干の取引の脱漏があるからといって推計が合理性を欠くとすることは相当でない。

なお、仮に原告が主張する売上原価(別紙「仕入一覧表」)により原告の事業所得を推計した場合、係争年分のすべての年分において被告が主張する事業所得の金額を上回る結果となる。

(二) 事業所得者に限らず、個々人には、一般に、それぞれ一定の範囲で特殊事情が存在するのが通常であるところ、同業者による推計は、類型的にみて納税者との間に類似性のある同業者を選定して、その平均的な率をもって納税者の課税標準等を推計するものであって、個々の業者について個別的にみれば、その事業内容や業態にある程度の差異があるのは当然の前提である。もし仮に納税者との間の類似性を極限まで追求して選定基準を設定したならば、その差異は解消されるとしても、反面、基準に該当する同業者数は著しく減少し、その平均値に普遍性を肯定することができない結果となる。こと課税関係においては、その事情に起因して当該納税者の所得金額を通常の同業者の所得金額に比し明らかに減少させるような事情を特殊事情というのであり、原告が特殊事情として主張するところは、客観的に事業所得の金額に顕著な影響を与えるとはいえず、特殊事情とはいえないのである。

そして、同業者率による推計の方法がいわゆる平均値による推計の場合には、基本的には、同業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は捨象されると考えてよいから、営業条件の差異が平均値による推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、推計の合理性を是認してよい。したがって、前記のような選定基準によって選定された同業者の同業者率を用いた本件における推計については、右同業者と原告との間の営業条件の差異が平均値による推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、推計の合理性を是認してよいのである。

原告が主張する営業条件の差異(原告の特殊事情)は、いずれも平均値による推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものといえないものである。

4  実額反証

(原告の主張)

(一) 原告の本件係争各年分の事業所得にかかる総収入金額、総仕入金額及び必要経費は、別表1ないし3のとおりである。

(二) 本件係争各年分の仕入総額の内訳(支払先と支払額)は、別紙「仕入一覧表」のとおりである。

(三) 実額反証の立証の程度について

いうまでもなく税務訴訟においては課税庁が当該課税処分の適法性について挙証責任を負担しているものであり、本件に則するなら、推計課税の必要性と合理性の存在につき、被告が挙証責任を負っているのである。そして、被告において右の立証が一応なされた場合には、特段の反証がなされない限り、被告主張の推計方法によって算出された所得額が真実の所得額に合致するものとして事実上の推定を受けるにすぎないのであって、推計の合理性が立証されたからといって、それ以上の意味を認める余地はない。よって、被告において推計課税の合理性を立証した場合にも、原告において合理的な反証をしたならば、すなわち被告の主張額に比べて原告の主張額の方が真実の所得額により近似していることが証明されたならば、被告の推計課税は原告の主張額に道を譲らざるを得ないことになるのである。

(被告の主張)

(一) 総収入金額

(1) そもそも、原告のような中華料理業等の現金取引を主体とする飲食業の場合、売上金額の証明手段としては、個々の売上明細を記録した売上伝票若しくはレジペーパーなどが通常であり、それらの売上に関する原始資料を作成しない場合には現金出納帳の記載が必要不可欠である。

(2) 原告の場合、日々作成した売上伝票若しくはレジペーパーなどの売上金額を直接証明する原始資料はない。原告が証明の根拠として挙げる大学ノートは、現金出納帳の記載要件を到底満たすものではなく、単に、普通預金口座への入金及び必要経費の現金支払額(ただし、現金による必要経費の支払のごく一部しか記載がない。)を記載した覚書き(メモ書き)にすぎないのである。

さらに、その大学ノートは、係争各年分の一部しか記載がないのであり、しかも、日々の注文を記載した「注文ノート」(原告は書証として提出していない。)の集計と大学ノート記載の売上金額との間に齟齬がある。

また、大学ノート記載の昭和六三年四月二七日分の七万二七五〇円、同年九月二一日分の八万一二四〇円については、普通預金口座への入金がなされていない。

(3) このような入金漏れの事実をみても、原告が日々の売上金額のすべてを普通預金口座に入金していたとの原告の供述は信憑性に欠け、北陸銀行五福支店の普通預金口座の通帳は、売上金額を直接証明するものではなく、それ自体は、単に、現金を普通預金口座へ入金したという事実を証明する意味しかないものであり、普通預金口座への日々の入金実績をもって原告の日々の売上金額の総額であるとはいえない。

(二) 売上原価

原告の売上原価の把握は主に領収書とレシート(甲三〇二ないし三二八)によってなされているのであり、領収書が決済ベース(現金主義)によるものである以上、買掛帳の記載のない原告においては、会計原則を無視した計算にならざるを得ないのである。

また、レシートについても、原告のように現金出納帳の記載のない場合には、原告の事業上の支払に関するものであるのか否かを確認できない。

(三) 売上原価を除く必要経費

(1) 給料賃金について

そもそも、所得金額の計算上必要経費に算入できるのは、債務の確定した費用でなければならない(所得税法三七条一項)のであって、原告は、その主張する給料賃金が、債務の確定した費用であることについて何ら具体的な立証をなしていない。

(2) 固定資産除却損について

原告主張の第二店舗の除却損については、その除却損の内容について不明な点があるとともに、税法の解釈についても誤りがある。したがって、当該金額は確定しているとはいえない。以下、相手先ごとにその理由を述べていく。

<1> 高砂建設株式会社について

高砂建設株式会社の店舗工事一式四八四万円のうち四八〇万円については、提出されている書証が工事請負契約書(甲四二)であり、この書証では、工事金額が確定しているとはいえないのみならず、工事内容が不明である。また、四万円の追加工事についても、見積書(甲四三)及び領収書(甲三四六)では工事内容が不明である。

店舗内の設備工事については、工事内容によって店用簡易装備のように耐用年数が三年の工事もあり、原告が主張する一五年の耐用年数が適用されるのかも不明である。この点について主張立証がなされていない以上、高砂建設株式会社の店舗内設備に係る除却損の計算は不可能である。

<2> 株式会社宣広社について

株式会社宣広社からの購入資産は、立看板、スタンド看板、窓ガラスマーク及びメニュー板であり、これらは購入価格がそれぞれ一個当たり一〇万円未満のものであり、昭和六三年改正前の所得税法施行令一三八条(少額な減価償却資産の必要経費算入)により減価償却の対象とはならず、当該資産を業務の用に供した年分の必要経費に算入すべきものである。

取得価額が同条に規定する金額未満であるかどうかは、通常一単位として単体されるその単位で判断すべきである。株式会社宣広社からの購入資産はすべて担体で機能を有する個々独立したものであり、原告が一括して減価償却資産として計上しているのは誤りである。

したがって、本件の場合、これらの資産については、当該資産を業務の用に供した昭和六〇年分の必要経費となる。

<3> アサヒ厨機設備について

アサヒ厨機設備からの購入資産についても、そのひとつひとつがすべて単体で機能を有する個々独立したものであり、原告が一括して減価償却資産として計上しているのは誤りである。

したがって、その購入資産のうち取得価額が一〇万円未満の資産については、当該資産を業務の用に供した昭和六〇年分の必要経費となる。

さらに、原告は、コールドテーブル及び氷温冷蔵庫以外の資産は原告の借家の裏に野積みしてシートをかぶせておいたと主張するが、これらの資産の中には第一店舗でも使用可能な資産もあり、常識的には、第一店舗の古くなった同様の資産と取り替えて使用するか、第一店で新たに使用するのが通常であり、それらを使用することなく放置していたとは考えにくい。仮に第一店舗において使用せずに野積みしておいたとしても、実際に固定資産除却損が発生したのは、原告提出の書証によれば平成七年四月である。

<4> 株式会社マル井富山店について

株式会社マル井富山店からの購入資産についても、右<2>及び<3>で述べた理由と同様の理由により、すべて当該資産を業務の用に供した昭和六〇年分の必要経費となる。

(3) 売上原価、給料賃金及び固定資産除却損を除く必要経費について

右必要経費の支出については、原告の領収書等により支払事実を証するにすぎず、その発生がいつであるのか、また、支払の内容が事業上の必要経費になり得る内容であるのか否かは全く不明である。したがって、原告は、所得を実額で算定するための必要経費についての根拠事実を立証しているとは到底いい難い。

(四) 実額反証の立証の程度に対する反論

実額反証における立証については、原告は、自らの主張する売上金額が売上のすべてであること及び自らの主張する必要経費が事業のために必要な支出であり、その年に費用として発生確定したものであることを立証しなければならない。

(原告の反論)

(一) 総収入金額

原告は、中華料理業の営業にかかる日々の売上金をすべて漏らさず北陸銀行五福支店の普通預金口座に入金していた。

原告は、現金出納帳をつけず、レジを打つ態勢もとれなかったことから、これに代わるものとして、この口座の通帳に日々の売上金額の記録を残すようにしていた。売上金を一括せず、わざわざ1日ごとに区分して入金しているのはそのためである。原告が大学ノート(甲二六、二七、二九)に記載していた売上金額は、右の口座入金額と合致している(若干齟齬する日があるのは釣銭間違いや未収金等が生じたためで、原告としてはあくまで口座入金額をもってその日の売上高としてきた)。右の大学ノートは、原告が当時、税務調査などおよそ意識することなく、売上金額のほか、その日の業者に対する支払ないし支払予定や当月の給料の集計等を記載していたもので、極めて信憑性が高い。その大学ノートに記載された売上金額と口座入金額が合致している事実は、日々の売上金額がこの口座入金額にそのまま正確に反映されていること、すなわち他に売上漏れがないことを直接裏付けるものである。

右の大学ノート記載の売上金額ないし口座入金額と「注文ノート」に基づく集計に差額が生じた原因は、「注文ノート」にすべての注文を書き切れないときがあったり、ギョーザの注文が書かれているものの無料券による決済がなされている場合があるうえ、釣銭間違いなどの過誤もあったからである。そもそもこの「注文ノート」は、顧客の注文に応じるための備忘録にすぎず、売上高の集計を目的とするものではなく、これによって日々の売上高を正確に捕捉するには無理がある。だからこそ原告は、別に大学ノートを用意し、その日の売上金額を記録しておいたのである。大学ノート記載の売上金額と「注文ノート」の集計との齟齬は大学ノート記載の売上金額の正確性を何ら左右するものではない。

(二) 売上原価

原告は、手元にあった納品書・領収書・レシート等の原始資料(甲三〇二ないし三三六)の記載から仕入の時期を推認し、それが推認できない場合は仕入先に問い合わせて、可能な限りで発生主義を基本にして仕入金額を集計したもので、会計原則を無視したものではない。

なお、被告は、仕入先に対する照会の回答に依拠して原告の集計を非難しているが、右の回答の中には、原告の手元の原始資料に照らせば取引(仕入)があったことは確実であるにも拘らず、それが計上されていないなど、事実に符号しない不正確な回答も一部含まれている。

(三) 必要経費

(1) 給料賃金について

支払金額の一部には推計で計上したものがあるが、これは、その月に出勤し、給料を支給したことは間違いないが、偶々給与台帳や出勤簿等に支払金額の痕跡が残っていないため、推計を使ったものである。このような推計も、より真実に近い金額を計上する一方法として許容されるべきである。

住所や名前の不明な従業員がいるのは、学生アルバイトの出入りが頻繁であったためにそれが記録に残らなかっただけのことである。当時その者に給料を支払ったことは間違いのない事実であり、実額の算定上何ら問題はない。

岩城徹は昭和五七年の開業時からの古参従業員で、見よう見真似で調理もこなすなど原告の右腕的な従業員であった。この岩城については、謂わば特別扱いがなされており、他のパート従業員のように出勤簿に記入せず、自ら時間管理をしていた。出勤簿の記載の有無に関わりなく、同人が出勤し、給料を支給されていた事実は動かない。

(2) 減価償却及び固定資産除却損について

原告は、昭和六〇年九月、第二店舗(直営店)を開設するにあたり、以下の経費を支出した。

<1> 高砂建設株式会社に合計金四八四万円で請け負わせて内装・電気・配管の各工事を行った。

これは建物本体と不可分一体となった設備で、減価償却資産の耐用年数等に関する省令第一条を受けた別表第一(以下、単に「別表第一」という。)にいう「建物附属設備」のうち「電気設備」ないし「給排水設備」等に該当し、その耐用年数は一五年である。そこで、昭和六二年期末の残存価格を算定すると、次の計算式のとおり、金四一六万九一七六円となる。

昭和六〇年減価償却 4,840,000×0.9×0.066×(4÷12)=95,832

昭和六一年減価償却 4,840,000×0.9×0.066=287,496

昭和六二年減価償却 4,840,000×0.9×0.066=287,496

残存価格 4,840,000-(95,832+287,496+287,496)=4,169,176円

<2> 株式会社宣広社に看板及びメニュー板の製作・取付けを請け負わせ、金二八万円を支払った。

これは、別表第一にいう「器具及び備品」のうちの「看板及び広告器具」に該当し、その耐用年数は三年である。そこで、昭和六二年期末の残存価格を算定すると、次の計算式のとおり、金八万四一九六円となる。

昭和六〇年減価償却 280,000×0.9×0.333×(4÷12)=27,972

昭和六一年減価償却 280,000×0.9×0.333=83,916

昭和六二年減価償却 280,000×0.9×0.333=83,916

残存価格 280,000-(27,972+83,916+83,916)=84,196円

<3> アサヒ厨機設備に厨房設備の据付け・取付け工事を請け負わせ、金二八九万五〇〇〇円を支出した。

これらの設備は、中華料理業の厨房設備として一体となって効用を発揮するものであるから、各物件を個別に切り離して減価償却資産か否かを判定するのは相当ではなく、全体を一括して別表第一にいう「器具及び備品」のうちの「前掲のもの以外のもの」(その他のもの)に該当し、その耐用年数は五年と認められる。そこで、昭和六二年期末の残存価格を算定すると、次の計算式のとおり、金一六七万九一〇〇円となる。

昭和六〇年減価償却 2,895,000×0.9×0.2×(4÷12)=173,700

昭和六一年減価償却 2,895,000×0.9×0.2=521,100

昭和六二年減価償却 2,895,000×0.9×0.2=521,100

残存価格 2,895,000-(137,700+521,100+521,100)=1,679,100円

<4> 株式会社マル井からカウンターイス、食卓テーブル、食堂椅子を金二二万二六〇〇円で購入して設置した。

これらの物件は、新店舗の規模・面積や様式、カウンターの高さ等と調和するように選定して取り揃えたものであり、また形状・材質等も統一されているのであるから、これまた各物件を個別に切り離して減価償却資産か否かを判定するのは相当ではなく、全体を一組のものとして捉えるべきである。そうすると、別表第一にいう「器具及び備品」のうちの「その他の家具」(接客業用のもの)に該当し、その耐用年数は五年と認められる。そこで、昭和六二年期末の残存価格を算定すると、次の計算式のとおり、金一二万九一〇八円となる。

昭和六〇年減価償却 222,600×0.9×0.2×(4÷12)=13,356

昭和六一年減価償却 222,600×0.9×0.2=40,068

昭和六二年減価償却 222,600×0.9×0.2=40,068

残存価格 222,600-(13,356+40,068+40,068)=129,108円

<5> 株式会社細井照会から食器類や調理用器具を金一〇六万四二三四円で購入した。

これらの食器類や調理用器具は、新店舗用に一式のものとして取り揃えたものであり、全体を一括して減価償却の対象と捉えるべきである。そうすると、別表第一にいう「器具及び備品」のうちの「食事又はちゅう房用品」に該当し、その耐用年数は二年と認められ、次の計算式のとおりの減価償却となる。

昭和六〇年減価償却 1,064,234×0.9×0.5×(4÷12)=159,635

昭和六一年減価償却 1,064,234×0.9×0.5=478,905

昭和六二年減価償却 1,064,234-(159,635+478,905)-1,064,234×0.05=372,483円

そこで、昭和六二年分の減価償却費として金三七万二四八三円を計上することができる。

(四) 原告は、昭和六三年三月に直営店を廃止したが、その際の除去損は次のとおりである。

(1) 右<1>の建物本体と不可分一体となった内装・電気・配管の設備は、取り外し・持出しはできず、そのまま放棄した。よって、昭和六三年にその残存価格金四一六万九一七六円の除却損が生じている。

(2) 右<2>の看板、メニュー板は直営店でしか用をなさないものであって、これもそのまま放棄した。よって、昭和六三年にその残存価格金八万四一九六円の除却損が生じた。

(3) 右<3>の厨房設備は、アサヒ厨機設備こと藤井良正に依頼して本店近くに借りていた借家の裏に搬出し、買手が現われないか待っていたが、結局、そのうちのコールドテーブルを金一〇万円で、氷温冷蔵庫を金五万円で処分できただけで、その他の物件はすべて廃棄した。そこで、昭和六二年期末の残存価格金一六七万九一〇〇円から右処分価格合計一五万円を控除した金一五二万九一〇〇円の除却損が生じている。

(4) 右<4>の椅子・テーブルは持ち出し、前記借家に保管していたものの、本店には合わないため、結局利用することなく、廃棄した。よって、その残存価格金一二万九一〇八円の除却損が生じている。

(5) 右<5>の食器類・調理用器具は、前記借家に運び入れ、その後順次本店で使っており、除却損は生じていない。

第三証拠

一  本件記録中の、書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

二  なお、原告は、別紙文書提出命令や申立書記載のとおりの文書提出命令の申立て(平成七年(モ)第二四三号)をなしたが、当裁判所は、これを採用しなかった。その理由は次のとおりである。

1  民事訴訟法の定める文書提出義務は、公法上の義務であり、同法が定める証人義務、証言義務と同一の性質のものであると解されるから、文書保持者にも同法二七二条、二八一条一項一号等の規定が類推適用され、文書保持者に守秘義務が認められるときは、当該文書の提出義務を免れるというべきである。

2  原告が提出を求めている青色申告決算書は、個人の秘密に属する所得金額、資産、負債等の財務会計内容が記載された文書であるから、税務署長は、職務上知り得た右事項につき、守秘義務を負っている(国家公務員法一〇〇条一項、所得税法二四三条)。したがって、右決算書が、被告において本件訴訟において引用した文書に該当するかを判断するまでもなく、被告は、右決算書の原本の提出義務を負わないことは明らかである。

なお、原告は、予備的に、右決算書の写しで、申告者、税理士の住所氏名、電話番号、事業所の名称等、同業者を特定しうる記載部分を隠蔽したものの提出を求めているが、このように隠蔽した決算書によっても、その主要な記載内容が開示され、当該申告書と原告が同一地域内(富山税務署管内)の同業者であることに照らすと、開示された記載内容から当該申告者が特定する可能性がないとはいえない。

よって、原告の主張する一部を隠蔽した方式によっても前記守秘義務に抵触するおそれはあるというべきである。

第四争点に対する判断

一  争点1(本件調査の適法性)について

1  本件調査の調査経過(以下、特に断らない限り平成二年の事柄である。)については、前記争いのない事実及び後掲の証拠により、次のとおり認められる。

(一) 七月一九日、鷲本係官は、上司である能澤統括官の指示により、事前に連絡することなく、原告方に臨場し、原告に対して身分証明書及び質問検査章を提示し、本件係争各年分の所得税調査のために臨場した旨を告げた。原告は、飛見税理士に電話連絡し、調査への立会いを求めたが、飛見税理士は都合がつかなかった。そこで、鷲本係官は、同月二四日、午前九時三〇分に、飛見税理士立会いの下で調査する旨、原告と合意した。また、鷲本係官は、原告に対して、売上金額の管理方法について聞いたところ、原告は、レジで金額を管理しておらず、日々の売上金額は普通預金に全て入れてある旨答えた(証人鷲本、同青木、原告本人)。

(二) 同月二四日、鷲本係官は、原告方に臨場し、飛見税理士立会いの下で税務調査を行った。鷲本係官は、原告に対して、本件係争各年の全ての帳簿、書類の呈示を求めた。これに対して原告は、帳簿については、飛見税理士がパソコンで保管していた昭和六三年及び平成元年分の勘定元帳のみを呈示し、原始資料については、売上に関するものはなく、仕入及び経費に関するものについては昭和六三年及び平成元年の領収書の一部を示した。鷲本係官は、原告に対して売上に関するレジテープ、伝票等の保管の有無について尋ねたところ、原告は保管していないと答えた。また、飛見税理士は、鷲本係官に対して、昭和六二年分の申告は、原告の示した仕入の領収書、預金通帳、本人の陳述等に基づき収支計算したものである旨を述べた。鷲本係官は、この調査の際呈示された資料や、原告本人及び飛見税理士の陳述を検討したところ、本件係争各年の原告の所得を実額で把握することは不可能であると判断した。そこで、鷲本係官は、原告に対して、取引先に取引金額を照会する旨を伝えたところ、原告はこれを了承した。そして、鷲本係官は、前記帳簿等を借受けて、原告方を辞去した。なお、福美は、鷲本係官に対して、人件費関係の書類があると述べたところ、鷲本係官は、あれば見せてほしい旨返答したが、その後右書類は呈示されなかった。

(三) 九月六日、鷲本係及び上席調査官は、飛見税理士をその事務所に訪ねた。そして、鷲本係官は、飛見税理士に対し、これまでの調査経過を説明し、原告の帳簿作成状況から見て、原告に対して青色申告の承認取消処分をせざるを得ず、推計により課税をせざるを得ない旨を話した。(証人鷲本・第一回、同飛見・第一回)

(四) 九月二〇日、飛見税理士は、富山税務署を訪問し、能澤統括官と面談した。その際、能澤統括官は、飛見税理士に対して、原告の青色申告承認取消処分及び推計課税を行う旨を話し、更に原告に修正申告をする意思の有無を確認するよう求めた。(証人鷲本・第一回、同飛見・第一回)

(五) 九月二六日、鷲本係官は、飛見税理士に電話をし、原告に修正申告をする意思の有無を問い合わせた。これに対して、飛見税理士は、明日原告本人を税務署に連れて行くので、原告の話を聞いてくれるよう依頼した。これは、飛見税理士が、鷲本係官から原告に修正申告の必要性を説明してもらうことを意図した申出であった。(証人鷲本・第一回、同飛見・第一、二回)

同月二七日、飛見税理士は、福美を伴って、富山税務署を訪問した。これは、当初は原告本人が税務署を訪問する予定であったが、同人の体調がよくなかったため、福美が代わりに行ったものである。この訪問に先立ち、飛見税理士は、福美に対して、「税務調査が長引いているのは、原告が民商に加入しているためである。今日の午後から、税務署で民商加入者のラベル貼りの会議があるから、それまでに何とかして手を打たなければならないから、一時的にでも民商を抜けることで、青色申告承認が取消しにならないようお願いしてみよう。」と話した。そして、福美は、原告に相談したところ、原告は、民商脱退については何も触れず、福美に対して税務署に行き話を聞いてくるよう言った。(甲三三八、証人福美、同飛見・第一回)

飛見税理士と福美は、富山税務署で能澤統括官と鷲本係官と面談した。その際、鷲年係官は、福美に対して、調査の結果、推計課税をせざるを得ない旨話し、能澤統括官は、「帳簿等に不備がある。」旨話した。そこで、飛見税理士が、青色申告承認取消しを免れるため、能澤統括官に対して、原告は民商をやめると言っている旨話し、民商を脱退する旨の申立書を書くことを申し出た。そて、福美は、鷲本係官が持ってきた紙で、本件申立書を作成した。その文面は、「民商を脱退する」旨の文書は飛見税理士が考えた他は、飛見税理士、鷲本係官及び能澤統括官で相談して決めたものであり、福美は、右相談の結果鷲本係官が述べた文面をそのまま紙に書いた。福美が、売上の資料がある旨伝えたところ、鷲本係官は、更に帳簿の不備な点を補完する資料があれば提出するよう言った。また、この面談の際、鷲本係官は、福美に対して、原告に対して推計課税を行う場合の所得金額を伝えた。帰宅後、福美は、原告に対して、右経過を報告したところ、本件申立書を提出することを承知していなかった原告は、飛見税理士を原告方に呼び出し、本件申立書を提出したことにつき、罵倒した。(甲三三八、証人福美、同飛見・第一、二回、証人鷲本・第一、二回)

(六) 一〇月一八日、鷲本係官は、原告方を訪問し、それまでの調査経過を説明し、帳簿の記載及び原始資料が不十分であるので、修正申告をするか推計課税をせざるを得ない旨説明した。

以上の認定に対して、原告は、反面調査に同意を与えていないこと及び被告は本件申立書を提出した際に再調査の約束をしたことを主張するが、前者は、証人飛見の証言(第一回)に照らし、後者は、甲三三八における鷲本係官の発言に照らし、いずれも採用できない。

また、原告は、本件申立書を提出した際、能沢統括官及び鷲本係官は、飛見税理士が本件申立書を提出すれば税額上有利な取り計らいが受けられると判断していたことを認識していた旨主張するが、この事実を証する的確な証拠はなく、右主張は採用できない。

2  所得税法二三四条一項規定の質問検査による税務調査は、租税実体法により成立した抽象的な納税義務を具体的に確定するための事実行為であって、課税処分とは本来別個のものであり、この調査手続自体が課税処分の要件となっているものではない。したがって、調査手続の違法は、そのことのみで直ちに課税処分の違法をもたらすとはいえない。しかし、およそ税務調査を行ったとはいえないような場合、あるいはこれと同視すべき程度に違法性の程度が著しい場合、すなわち、調査手続が、刑罰法規に触れる重大な瑕疵を有していたり公序良俗に反するような場合には、その調査によって収集された資料を課税処分の資料として用いることは許されず、その結果、他の資料によって当該処分を適法ならしめることができず、当該処分が違法となる場合があるにとどまるものと解するのが相当である。

そして、質問検査権は、税務調査の権限を有するものにおいて、当該調査の目的、調査すべき事項、申請・申告の体裁内容、帳簿等の記入保全状況、相手方の事業の形態等、具体的事情に鑑み、客観的必要性があると判断される場合には、職権調査の一方法として、所得税法二三四条一項各号の規定の者に対し、質問し、またはその事業に関する帳簿その他の調査対象に関連する物件の検査を行う権限を認めた趣旨であり、当該調査の範囲、程度、時期、場所などの実施の細目については、質問検査の必要性があり、かつ、これとの権衡において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限のある税務職員の合理的な選択に委ねられていると解される(最高裁決定昭和四八年七月一〇日、刑集二七巻七号一二一一頁参照)。

3  右に述べた質問検査の趣旨及び右最高裁の判例に鑑みれば、所得税法二三四条一項に質問検査の行使方法、要件等が具体的に規定されていない以上、事前通知及び調査理由の開示については、これを行うことが税務調査(質問検査権の行使)の適法要件と解することはできず、原告の主張は失当である。

4  また、本件においては、前記1で判示したとおり、鷲本係官が七月一九日に原告方に臨場し、本件係争各年の税務調査に来たと告げたが、原告の関与税理士である飛見税理士の都合を聞いて改めて七月二四日に原告方を臨場したにもかかわらず、原告は、本件係争各年の資料のうち、昭和六二年分は勘定元帳さえも準備できず、昭和六三年及び平成元年分は、勘定元帳は準備したが、原始資料は一部しか準備していなかったものであり、原告の本件係争各年の申告内容を確認できる状況では到底なかった。したがって、本件においては、原告の仕入先等に対して反面調査を行う必要性は認められ、右反面調査が社会相当性を逸脱したものとは認められず、原告の主張は採用できない。

5  前記1で判示した経過によれば、本件申立書は、飛見税理士の発案で提出されたものであるが、更に進んで鷲本係官あるいは能澤統括官が原告主張の飛見税理士の意図を了解していたことを認める的確な証拠はない。また、本件取消処分についてみると、前記1に判示した事実に照らせば、原告の場合は、帳簿書類の備付け、記録又は保存が大蔵省令で定めるところに従って行われていないこと(所得税法一五〇条一項一号)に該当することは明らかであり、かつ、前記1で判示したように、本件取消処分に先立ち、鷲本係官あるいは能澤統括官は、九月六日、九月二〇日、九月二七日に飛見税理士と面談した際に、原告の青色申告承認の取消しの可能性を伝えているのであるから、本件取消処分は、正当なものと認められる。

したがって、本件申立書の差し入れ及び本件取消処分は、被告の民商に対する差別的意図の現れであると認めることはできない。

また、原告は、課税庁が民商を差別している証拠として、甲四、五、三六三、三六五を提出するが、これらの証拠は、本件税務調査において被告が原告の思想信条の自由や結社の自由を侵害していることを示す資料となるものではない。

6  結論

以上によれば、本件税務調査は、適法である。

二  争点2(推計課税の必要性)について

1  前記一1で判示したように、七月二四日の税務調査で原告が呈示した資料は、帳簿類は昭和六三年及び平成元年分の勘定元帳のみであり、原始資料については、売上に関するものはなく、昭和六三年分及び平成元年分の仕入及び経費に関する領収書の一部であり、その上、鷲本係官が原告に対して売上に関するレジテープ、伝票等の保管の有無について尋ねたところ、原告は保管していないと答えた。したがって、七月二四日に呈示された資料のみでは、およそ本件係争各年の原告の所得金額を確認することはできないというべきである。

2  原告が、本件訴訟において提出した資料(甲八ないし三三七)について

(一) 総収入について

この点に関し原告が提出したものは、日々の売上を全て入金したと主張する預金通帳(甲八ないし一六)及び日々の売上額を記録したと主張する大学ノート(甲二六ないし二九)である。しかし、レジペーパー又はそれに代わる日々の売上に関する原始資料は現金出納帳も含め何ら提出されていない。原告は、個々の注文を記載した大学ノート(注文ノート)が存在する旨主張し、陳述するが、本件訴訟において提出されていない以上、これを存在するものと認めることができないのは当然である。

ところで、原告のように現金による売上が収入の大半を占める事業者の場合、その収入を把握する最も適切な証拠はレジの記録(レジペーパー)であるが、原告はこれをつけておらず、また現金出納帳も記帳していない(証人飛見・第一回、原告本人)。そして、個々の注文を記録したと称する大学ノートの存在も認められないことは、右に判示したとおりである。更に、日々の売上高を記入してあるとされる前記大学ノート(甲二六ないし二九)は、本件係争各年のうち一部の期間(昭和六三年二月一日から平成元年三月三一日まで)のものにすぎない。また、このノートの記載方法も、当初は、日々の売上と思われる金額と、実際に存在した現金及びその誤差が記載されていたが、平成元年二月ころになると、日々の売上らしき数値しか記載されておらず、必要経費の支出状況については全く記載されていない日が多くなっている(甲二九)。したがって、右大学ノートは、記載内容が一貫しておらず、その実質的証拠力は高いとはいえない。

そうすると、原告の日々の売上を全て預金していたとの原告の主張を裏付ける証拠はなく、右主張を採用することはできないというべきである。

(二) 必要経費の支出について

この点につき原告本人は、月に何度か売上金を預け入れている前記預金から金員を引き出してプールしておき、この金員を現金での必要経費(仕入等)の支払に充てた旨供述する。確かに、前記預金通帳には、月に数度、現金での引き出しがあった旨記載されており(甲八ないし一六)、また前記大学ノートには、日々の売上高とされる金額とその日に現金で支払ったとされる必要経費(項目と金額)が記載されているが、この記載された必要経費は、日々の売上金の中から支払われたのか、または、売上金以外の金から支払われたのかを客観的に示す証拠はない。また、領収書は存在するものの右大学ノートに記載のないものがある(例えば、昭和六三年二月一一日の小島屋書店への支払〔甲一九二の1〕は、右大学ノートの同日欄に記載がない。)。加えて、右大学ノートの他に、現金での支払を集計した証拠、したがって、右プールしておいたとされる金額の残高を確認する証拠は存在しない。更に、原告は、仕入先であるミートサービス株式会社への支払は、小切手で行っていたと認められるところ(乙一八の1)、この小切手のための資金については、当座預金関係の証拠あるいは小切手帳が証拠として提出されておらず、他にこの資金関係についての証拠はない。

なお、原告は、本件係争各年における必要経費の証拠として、支払の際に受けとったレシート、領収書等(甲四八ないし三三六)を提出している。ところで、会計処理は、原則としていわゆる発生主義によるべきところ、原告の提出した右レシート、領収書等では、現金による支出の時期は判明するが、実際に財貨あるいは役務を費消した時期は明らかにされず、本件でもこの時期を特に明らかにする証拠は存在しない。また、原告は、被告が提出した書証(乙一五ない三三)に基づき、必要経費に関する主張を訂正している。

以上の疑問点に照らせば、原告の提出した右証拠によっては、本件係争各年の原告の必要経費を確認することはできないといわざるを得ない。

3  以上によれば、七月二四日の税務調査時点のみならず、本件訴訟の口頭弁論終結時点においても、原告の所得(総収入及び必要経費の支出)を確認する資料は不十分であり、本件税務調査において推計課税を実施する必要性は、優に認められるといわざるを得ない。

なお、原告は、本件税務調査において更に調査を尽くせば実額の把握が可能であったと主張するが、右2に判示したところに照らせば、この主張は失当であることが明らかである。

三  争点3(推計課税の合理性)について

1  推計課税は、税負担の公平の見地上、納税者の所得を認識できる帳簿等の資料がないからといって課税を放棄できないため、推計による課税の必要性の存在を条件として、実額課税に代替する手段として認められたものである。そして、所得税法一五六条は、どのような推計方法を採用するかを税務署長の裁量に委ねているが、同条は、税務署長が入手し、又は容易に入手しうる統計資料などを用いて、納税者の実際の所得額に最も近づくことができる推計方法を採用することを期待しているものと解される。他方、推計の基礎事実や統計資料等が得られにくい場合において、実額課税の場合と同程度の合理性又は立証の程度を要求することは不可能であるし、仮に右の基礎事実や統計資料等が得られる事例であっても、税務署長に多くの時間と労力をかけて推計の基礎事実や当該納税者に極めて類似する同業者などを探し出すよう要求することは、実額課税の代替手段として推計課税を認めた趣旨を没却することになる。したがって、税務署長が採用した推計方法が合理的であるためには、税務署長が入手し又は容易に入手しうる推計の基礎事実及び統計資料等に照らし、その推計方法が一応最良の方法と認められ、かつ、当該納税者の所得につき近似値を求めうると認められる程度のものであれば足りるというべきである。

2  これを本件について検討する。

(一)(1) 鷲本係官は本件税務調査において、原告からその仕入先を聴取した。被告は、この仕入先に対し、原告に対する本件係争各年における毎月の取引高の報告を求め、この報告を集計し原告の本件係争各年の仕入高(売上原価)の合計額を推計した。その結果は、別紙仕入金額明細書記載のとおりであると認められる。(乙一五ないし三三の各1、2、証人鷲本・第一回、弁論の全趣旨)

また、原告は、棚卸については何ら主張しておらず、また、原告の事業内容、事業規模に著しい変動があったとは認められないので、期首・期末の棚卸額は同額であると認めるのが相当である(弁論の全趣旨)。

(2) 被告は、原告の事業の類似同業者として、次の基準を満たす同業者一〇件を選定したことが認められる(乙一二、一三、証人鷲本・第一、二回、同高井)。

<1> 原告の居住する富山市内において、ラーメン専門店を除く中華料理業を営む青色申告の個人事業者であること。

<2> 年の途中において、改廃業若しくは休業をした者又は業態を変更した者でないこと。

<3> 災害等により経営状態が異常であると認められる者でないこと。

<4> 小規模事業者で、所得税法六七条の二により、収入及び費用の帰属時期を、現金主義としている者でないこと。

<5> 更正処分又は決定処分が行われた者のうち、これに対して不服申立て若しくは訴訟係属中の者又は法令の規定に基づく不服申立期間若しくは出訴期間を経過していない者でないこと。

<6> 営業規模については原告の売上原価の額のほぼ二分の一以上二倍未満(いわゆる倍半基準)の者。具体的には、売上原価が、昭和六二年については、四三〇万円以上一七三万円未満の者、昭和六三年及び平成元年については、四八〇万円以上一九六〇万円未満の者であること。

(3) そして、右の同業者の選定は、無作為に機械的に行ったものと認められる(乙一二、一三、証人鷲本・第一、二回、証人高井)。

(4) 右(2)、(3)によれば、被告の採用した類似同業者の選定基準は、業種の同一性、営業地域の近隣性、事業規模の近似性の点において、同業者の類似性を把握する要件として合理的なものである。また、選定された同業者は、いずれも本件係争各年を通じて事業を継続する青色申告者であって、その申告は確定しているから、右同業者の売上原価は正確性が高いものと認められる。しかも、選定された同業者は、一〇名であり、事業者の個別性を平均化するに足りる件数であると解される。

(二) 右一〇件の同業者の本件係争各年度における平均売上原価率は、昭和六二年が三六・九六パーセント、昭和六三年が三六・八五パーセント、平成元年が三五・八八パーセントであり、右業者の売上原価以外の必要経費率は、昭和六二年が三八・三四パーセント、昭和六三年が三九・二二パーセント、平成元年が三八・三八パーセントであると認められる。(乙一三)

(三) 原告における事業専従者(福美)控除額は、昭和六二年及び六三年分が各六〇万円、平成元年分が八〇万円であると認められる(本件係争各年において適用された所得税法五七条三項一号)。

(四) 原告の本件係争各年における総収入金額は、売上原価の額を前記平均原価率で除して求めるのが相当(一円未満切り捨て)であり、原告の必要経費額は、右算式で求めた総収入金額に前記必要経費率を乗じて求めるのが相当(一円未満切り上げ)である。

(五) 以上に基づき、原告の本件係争各年における事業所得金額を算定すると、被告の主張どおり、次のとおりになる。

(1) 昭和六二年

総収入金額 二三三六万五七二七円

売上原価 八六三万五九七三円

売上原価以外の必要経費額 八九五万八四二〇円

事業専従者控除額 六〇万円

事業所得金額 五一七万一三三四円

(2) 昭和六三年

総収入金額 二六五六万二六八九円

売上原価 九七八万八三五一円

売上原価以外の必要経費額 一〇四一万七八八七円

事業専従者控除額 六〇万円

事業所得金額 五七五万六四五一円

(3) 平成元年

総収入金額 二七二四万四七五七円

売上原価 九七七万五四一九円

売上原価以外の必要経費額 一〇四五万六五三八円

事業専従者控除額 八〇万円

事業所得金額 六二一万二八〇〇円

(六) 以上(一)ないし(五)で判示したところからすれば、被告主張の本件における推計は、推計の基礎となる事実を適切に選択、把握した上で、合理性のある類似同業者の平均売上原価率及び平均必要経費率を用いた推計により、原告の事業所得金額を算定したものであり、その推計は合理性を有するものであると認められる。

(七) また、原告の雑所得金額は、昭和六二年が五万一七〇〇円、昭和六三年が三万六七一二円であると認められる(乙七、弁論の全趣旨)。

(八) そうすると、原告の本係争各年の総所得金額は被告主張のとおりとなり、本件課税処分はその範囲内でなされていることが明らかである。

3  次に、原告の推計課税の合理性に関する主張について検討する。

(一) 推計課税は、実額による課税が不可能あるいは著しく困難な場合(推計の必要性が認められる場合)に、税負担の公平という租税制度の理念を貫く手段として許容されたものであり、推計課税は、その性質上、納税者の個別事情を捨象し、類似同業者の平均的数値によって満足せざるを得ないものである。したがって、納税者において、推計課税の合理性を争う場合においては、平均値での推計自体を不合理ならしめる事情等、この合理性を著しく損なう事情を主張、立証することが必要であると解するのが相当である。

(二) 原告の主張(一)について

右に述べた推計課税の趣旨に照らせば、推計課税において、その基礎となる仕入高把握のための反面調査は、課税庁において調査当時の資料に基づき、可能な限り把握すれば足りるというべきである。

本件においては、前記判示のとおり、鷲本係官は、原告からその仕入先を聴取し、あらかじめ調査を約束しておいた七月二四日に原告から呈示された資料を持ち帰り検討した上で、この仕入先に対して反面調査を実施したものである。そして、原告の仕入先については、原告から聴取するのが最も確実な方法であること及び、右方法により調査した範囲で反面調査を実施し、その結果に基づき原告の仕入高(売上原価)を推計したのであるから、結果的に仕入先の把握漏れが生じたとしても、この点につき合理性が欠けるとは認められない。

(三) 原告の主張(二)(三)について

類似同業者の選定は、その条件を厳密にすれば、より正確な推計の結果が得られることは否定できないが、条件を過度に厳密にすれば該当する同業者を選定し得なくなり推計課税自体不可能となるから、納税者と対比されるべき同業者の営業が当該納税者の営業と細部にわたり完全に一致する必要はなく、その主要な点において類似しておれば足りるというべきでる。そして、営業の主要な点が当該納税者の営業と一致し合理性を持つと認められる同業者を選定し、かつ、その同業者数が事業者の個別性を平均化するに足りるものである場合には、当業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は、平均値の中に吸収されるものとして、捨象して取り扱うことが許されるというべきである。

本件において被告が採用したいわゆる倍半基準は、営業規模において原告との類似性を認める基準として合理性があるものとして一般に承認されており、本件における類似同業者の選定においてもこれを満たしていることは前記判示のとおりである。そして、原告主張の諸条件(店舗面積、従業員数、営業形態が年中無休であること、第二店舗の廃止、経営者や専従者の入院)は、当業者間に通常存在する程度の営業条件の差異というべきものであるから、これが捨象されたからといって、前記合理性を揺るがすものとは認められない。

(四) 原告の主張(四)、(五)について

この点の主張を基礎づける的確な証拠は、存在せず、右主張は採用できない。

なお、原告は、本件課税処分の審査請求段階では類似同業者が四件であったが、本件訴訟において一〇件となったことを非難しているが、被告は、口頭弁論終結時点まで、本件課税処分の適法性を基礎づける資料を提出できるのであるから、右主張は失当である。

四  争点4(実額反証)につてい

1  前記三1で判示したとおり、推計課税は、税負担の公平の見地から実額課税に代替する手段として認められたものであり、その性質上実額そのものではなく、その近似値的なものを把握すれば足りるものであるところ、現在の所得が明らかになれば実額により課税するとの原則に戻り、推計による課税処分は取り消されると解すべきである。そして、このようないわゆる実額反証は、課税庁の推計の合理性が認められる場合に、この推計により把握された所得金額をもって所得税算出の基礎とすることを覆すものである以上、現実の所得額の主張立証責任は、納税者(原告)にあると解すべきである。したがって、本件においては、原告が、その主張する収入金額が収入の全てであり、かつその主張する必要経費が、その年に発生し確定した事業との関連性を有する経費であることを立証しなければならないというべきである。

2  本件においては、前記二2に判示したとおり、原告の提出した証拠によっても、本件係争各年の原告の収入及び必要経費を確定できない。加えて、売上原価を実額で算定するには、棚卸の対象とすべきものが存在する場合には、棚卸の金額を仕入金額に加え、あるいはこれを控除しなければ、本件係争各年分の売上原価を把握することはできない。しかし、本件において、原告は、棚卸の有無について何ら主張立証していない。

以上の点に照らせば、原告の実額反証の主張は理由がない。

五  結論

以上の次第で、被告のなした本件課税処分はいずれも適法であって、原告の本訴請求は理由がない。

(裁判長裁判官 渡辺修明 裁判官 堀内満 裁判官 鳥居俊一)

別紙

課税経過表

<省略>

別表1

昭和62年分

<省略>

別表2

昭和63年分

<省略>

別表3

平成元年分

<省略>

別紙

62年分仕入一覧表

<省略>

別紙

63年分仕入一覧表

<省略>

別紙

元年分仕入一覧表

<省略>

別紙

平成四年(行ウ)第三号

所得税更正処分等取消請求事件

原告 青木優

被告 富山税務署長

一九九五年五月二四日

原告訴訟代理人

弁護士 水谷敏彦

同 青島明生

富山地方裁判所 御中

文書提出命令申立書

原告は、次のとおり文書の提出を求める。

一 文書の表示及び趣旨

1 主位的申立

平成四年六月一九日付被告第一準備書面の別表一の一ないし三に記載されている同業者AないしJについての各昭和六二年分、同六三年分及び平成元年分の青色申告決算書(青色申告書添付の決算書一切)

2 予備的申立

右文書の写し。但し、申告者・税理士の住所・氏名・電話番号、事業所の名称・所在地、従業員の氏名等の固有名詞その他同業者を特定し得る記載部分を隠蔽したもの

二 文書の所持者

被告

三 証すべき事実

被告が「類似同業者」として抽出した同業者AないしJと原告とは営業規模・業態、営業条件が相違しており、これら同業者の売上原価率及び必要経費率を用いて原告の事業所得を推計することに合理性がない事実。

四 文書提出義務の原因

民事訴訟法三一二条一号。

被告は、本件推計に用いた同業者AないしJの売上原価率及び必要経費率について、右第一準備書面三五頁において「類似同業者の売上原価率及び必要経費率は、それぞれの所得税青色申告決算書に基づき、正確に算定された」と主張しているので、その青色申告決算書が民訴法三一二条一号にいう引用文書に該当することは明らかである。

以上

別紙

仕入金額明細表

<省略>

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