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宮崎家庭裁判所 昭和56年(家)698号 審判 1981年7月24日

申立人 矢野幸吉

相手方 中ケイ子

事件本人 中正美

主文

一  申立人が事件本人の後見人を辞任することを許可する。

二  事件本人の親権者を相手方母中ケイ子と定める。

理由

申立人は事件本人の後見人を辞任することの許可及び後見人の選任を求めた。よつて審理するに、中正美の戸籍抄本、矢野幸吉の戸籍謄本、中ケイ子の戸籍抄本と、中ケイ子、中正美に対する当裁判所の審問の結果によると、次の各事実を認めることができる。

一  申立人と相手方とは夫の氏を称する夫婦であつたが、相手方の母中コトヱの強い要請により昭和三九年五月一九日夫婦間の長女である事件本人が上記中コトヱの養子となる縁組を代諾してその旨戸籍上の届出をした。

二  養母コトヱは当時胃がんに羅患しており、相手方は申立人と別居して相手方の実母である上記中コトヱと同居しその看護に当つていたが、昭和四〇年四月一日同女が死亡したため、その遺産処理の必要から同年六月三日申立人が事件本人の後見人に就任したが、当時申立人と相手方は宮崎県内の異なる市町村において公立学校に勤務していたため別居を続け、相手方が事件本人を自己の手許で養育していた。

三  その後申立人と相手方とは協議離婚し相手方は中の籍に復帰し引続き事件本人を監護養育したが、さきに事件本人の後見人に就任した申立人は事実上全くその任務を執行することなく今日に及んでいる。

四  相手方は昭和四七年五月四日山口長典と中姓を称する婚姻をし長男長一郎を儲けた後昭和五四年一一月二四日夫と協議離婚し、長男長一郎の親権者として同人の監護養育に当つているが、その間引続き事件本人に対しても事実上親権者と同様に同人を監護養育している。(昭和五四年四月相手方は宮崎市立○○○中学校から宮崎県西臼杵郡○○○町立○○○中学校に転勤し、肩書住所に転居し、事件本人は同年同月宮崎市内所在の○○高等学校に入学し、その寮に起居することになつたが監護養育は従前にかわらない。)

五  申立人は昭和四二年一月九日妻文子と婚姻し、二児を儲けて肩書住所に居住しており、今後も事件本人の後見人としての事務を執行する意向はない。そこで民法八四四条により後見人辞任の許可を求め、許可されて辞任する場合を配慮して民法八四二条により後見人の選任を当裁判所に求め、後任後見人候補者として事件本人の実母である相手方を推せんしたものである。

六  相手方及び事件本人は申立人の後見人としての任務が終了してもその管理の計算をしなければならないとは考えていない。

以上認定の各事実によると、申立人が事件本人の後見人の任務を辞するについて正当な理由があると認めるのが相当であるから、民法八四四条、家事審判法九条一項甲類一五号、家事審判規則八二条によりその辞任を許可することとする。申立人の辞任の意思が事件本人の母である相手方に対し表示されていることは顕著なので、その辞任は本件許可により直ちに効力を生じるものである。そこで後任後見人の選任について検討するに、事件本人は養母死後もその生前と全く同様に実母である相手方に監護養育されて今日に及んでいるのであり、今後も相手方が監護養育の任に当るものであることは明らかである。かかる場合相手方を後見人として選任するよりは、親権者として監護養育の職分を尽くさせることが相当であると解する。事件本人は養子縁組により実父母の親権に服しなくなつたものとして親権者である養母の死亡により実父である申立人が後見人に就任したため、実母である相手方は形式上親権の行使ができないもののごとく扱われていたものであるから、その後見人が辞任した以上民法八三七条二項の趣旨を準用して実父母は親権を回復すべきところ、本件においてはその以前に実父母は協議離婚を遂げており、その際実父母の親権の行使が停止されているままに実父母間における親権者指定の協議がなされていなかつたものであるから、同時に民法八一九条を準用して回復後の親権を行使すべき親権者を指定することを要するものである。よつて事件本人の実父でありながら後見人に就任していた申立人が後見人を辞任し、事件本人の実母を後見人候補者として後見人選任を家庭裁判所に申立てた本件は、親権者の回復と親権者指定の審判を求める申立とみなすのが相当であり、従つてその申立は理由があるからこれを認容することとし、上記認定の各事実に照し相手方を事件本人の親権者に指定するのが相当であること明らかであるから当裁判所は民法八三七条二項、八一九条五項を準用し、家事審判法九条一項乙類七号、家事審判規則七〇条、五四条、六〇条により主文二項のとおり審判する。

(家事審判官 境野剛)

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