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宮崎地方裁判所 平成5年(ワ)173号 判決 1995年7月10日

原告

廣澤ふみ子

阿萬敬俊

右二名訴訟代理人弁護士

後藤好成

被告

宮崎県

右代表者知事

松形祐堯

右訴訟代理人弁護士

殿所哲

右指定代理人

八木洋

外七名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は原告らに対し、それぞれ二三七九万三三三三円およびこれに対する平成三年一二月一〇日から支払ずみまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二  事案の概要

一  平成三年一一月二五日、宮崎県立妻高等学校(以下「妻高校」という。)第三学年に在籍していた亡廣澤泰彦(昭和四九年二月二四日生。以下「泰彦」という。)は、保健体育の自習授業として行われたソフトボールの試合において投手を担当していたところ、打者の打った打球が左腹部に当たって意識不明の状態となり、病院に運ばれたものの、同年一二月九日、虚血性全脳障害により死亡した(以下「本件事故」という。)。本件は、泰彦の実父母である原告らが、本件事故により泰彦が死亡したのは、当時、体育の担任教諭が出張中で授業に立ち会っておらず妻高校側が本件事故後すみやかに人工呼吸等の救急措置を行わなかったためであるとして、被告に対し、不法行為に基づいて損害賠償を請求した事件である。

二  本件の争点は、第一に、保健体育科担当教諭において、自らが直接指導監督しない自習授業として、生徒のみでソフトボールの試合を行わせたことの適否であり、第二に、本件事故後、妻高校側が行った救急措置に不適切な点(過失)があったかどうかという点である。

第三  争点に対する判断

一  事実の認定

争いのない事実並びに甲第一号証、第二号証の1ないし129、第三号証の1ないし22、第四号証の1ないし4、第六号証の1ないし12、第七号証、第八号証の1ないし7、乙第一号証、第二号証、第八号証、第九号証、証人重永明、同横山知幸の各証言、鑑定人脇坂信一郎の鑑定結果及び弁論の全趣旨によれば、次のとおりの事実が認められる。

1  本件事故発生の状況

平成三年一一月二五日午前一〇時二八分ころ、宮崎県西都市右松二三三〇番地宮崎県立妻高等学校(以下「妻高校」という。)第一グラウンドにおいて、保健体育の授業として行われていたソフトボールの試合中、投手を担当していた泰彦の投げたボールを打者が打ったところ、右打球が泰彦の左腹部に当たった。泰彦は、その場にうずくまったが、すぐに転げ落ちたボールを拾い一塁に送球し、その後再びその場にうつぶせに倒れ、全身に痙攣を起こした。当時、泰彦らの保健体育の担当教諭は不在で右の試合は自習授業として行われていた。

2  体育実技の授業について

(一) 妻高校における校務分掌としての保健体育部には、保健体育科の教師全員(重永、山内、堀、図師、森川、大峯の六教諭と藤井講師、以下「教諭」で統一する。)と牧野養護教諭が所属していた。教科の一つとしての保健体育科は、保健体育部所属職員のうち、牧野養護教諭を除いた七名の教諭が担当していた。

(二) 妻高校においては、泰彦が属する三年生男子の場合、週間における保健体育科の授業時間数は三時間であり、学習年間計画表に基づいて実施されており、本件事故が発生した時点においては、選択科目としてのソフトボールが合計授業時間数一三時間の予定で、一一月二日から行われていた。授業予定は、一時間目が基礎練習、二ないし四時間目が試合形式の練習、五時間目以降は試合であり、六時間目までは体育担当の森川教諭の指導の下、予定どおり進行した。

(三) 森川教諭は、平成三年一一月一八日から出張予定であったため、同日(履習七時間目)から同二五日(履習九時間目)までのソフトボールの授業を自習授業とすることとした。クラスには、生徒中から体育授業に関する連絡等を担当する体育委員が選任されていたところ、当時、泰彦が属していたソフトボールクラス(五組及び六組)の体育委員は横山知幸(以下「横山」という。)であった。森川教諭は、生徒らに対し、自習となる履習七ないし九時間目の授業につき、履習六時間目の終わりに、ランニング等の準備運動をしてから試合に入るように指示するとともに、体育委員の横山に対しては、授業前に体育職員室に行って重永教諭からの指示を受けるよう指導し、重永教諭に対してもその旨を連絡していた。一一月一八日(履習七時間目)と同月二〇日(履習八時間目)の自習授業は格別の問題もなく消化された。

3  本件事故発生後の状況

(一) 本件事故発生後、現場にいた横山は、本件事故の発生を知らせるために体育館内にある体育職員室に向かったが、本件事故現場から体育館に向かう途中、本件事故現場から約八〇メートル離れたハンドボールコートにおいて体育の授業を行っていた藤井教諭に本件事故の発生及び内容を知らせた。横山から事故発生を聞いた藤井教諭は直ちに事故現場に走り、横山は、ハンドボールコートの先にある体育館内に大峯教諭の姿が見えたため、体育館に走って大峯教諭に事故を知らせ、同教諭とともに事故現場に戻った。

(二) 藤井教諭は、本件事故現場に到着後、泰彦の様子をみたところ、意識がなく、全身痙攣を起こしていたため泰彦の意識を回復させようと泰彦の頬をたたくなどするとともに、泰彦の顎を上げて気道を確保し、泰彦が自分の舌を噛まないように手で口を広げて自己の親指を噛ませた。藤井教諭は、大峯教諭とともに本件事故現場まで戻ってきた横山に対して、保健室にいる牧野養護教諭に連絡し、かつ、担架を持って来ることを指示し、横山は直ちに保健室に向かった。大峯教諭は、泰彦の容体が異常であったため、救急車の出動を要請するために体育館内にある体育職員室に引き返し、その場にいた重永教諭、図師教諭、堀教諭に本件事故の発生を急ぎ告知した。堀教諭は、体育職員室から内線専用電話で事務室の押川事務員に電話連絡し、生徒がソフトボールの授業中意識不明の重体となったことを告げ、急いで救急車を呼ぶように指示した。

(三) 横山から本件事故の発生を告げられた牧野養護教諭は、急いで担架と毛布を横山に渡し、本件事故現場に向かった。横山は、牧野養護教諭よりも先に本件事故現場に戻り、藤井教諭らとともに泰彦を担架に乗せ保健室に運び込むために三〇メートルほど移動させたところ、その地点に牧野養護教諭が到着した。牧野養護教諭は、泰彦に内蔵破裂等が発生していることを恐れ、担架での搬送を中止させ、その場で泰彦の状態を確認したところ、意識はなく、呼吸、脈拍ともに感じとれなかったことから、藤井教諭に人工呼吸を、図師教諭に心臓マッサージをそれぞれ指示した。藤井教諭は、泰彦の気道を確保して口から呼気を吹き込むマウスツーマウス法による人工呼吸を行い、図師教諭は、泰彦の胸に両手を当てて胸を押す胸骨圧迫法による心臓マッサージを行い、右救急処置は救急車到着まで継続され、救急隊員に引き継がれた。

(四) 重永教諭は、藤井教諭らが救急処置を開始したころ、当日の朝、消防隊員が消火器の点検に来ていたことを思い出し、その隊員の指導を受けようと考え、同人を捜すために事務室に向かった。事務室にいた押川事務員は、堀教諭の指示に基づいて西都市消防本部に電話をかけ、本件事故の状況等について消防署員に説明したが、消防署員はなかなか事態を理解しなかったため、折良く来合わせた重永教諭に電話を替わった。電話を替わった重永教諭は消防署員に対し「状況が悪いので、事情を聞いている暇があったらとにかくすぐに来てくれ。」等と言ったところ、消防署員はこれを了解した。

(五) 西都市消防本部では、妻高校からの一一九番通報を午前一〇時三六分に受け、午前一〇時四三分ころ、救急車が妻高校に到着し、救急車の出迎えのために予め正門に出ていた重永教諭が本件事故現場まで救急車を先導した。本件事故現場では、泰彦に対して、藤井教諭が人工呼吸を、図師教諭が心臓マッサージを続けていた。救急隊員は、泰彦を救急車に乗せたうえ、午前一〇時四八分ころ、妻高校を出発し、泰彦は、午前一〇時五〇分ころ、西都市内の大塚病院に搬入された。

(六) 大塚病院到着時の泰彦の状態は、脈拍は触知することができず、自発呼吸もほとんどなく、心房細動(心房全体が正常のまとまった収縮、弛緩を行わず、その各小部分が無秩序不規則に、頻数に収縮する状態をいう。)、下顎呼吸(補助呼吸筋のうち、下顎を動かして吸気を行う呼吸をいう。重症疾患の末期等において、意識障害のあるときにみられ、臨床上、死の直前を意味する状態である。)の状態であった。そのため、同病院において直ちに心肺蘇生術が施され、同日午前一一時〇八分に心拍動が回復し、その後自発呼吸が良好となり人工呼吸器は不要となったけれども、依然として意識不明の状態が続いた。同日午後六時ころ、泰彦は、大塚病院から宮崎医科大学付属病院脳神経外科に運ばれ、同病院で治療を受けたが、平成三年一二月九日午前一〇時〇五分ころ、心停止による虚血性全脳障害により死亡するに至った。泰彦は、打球を腹部に受けたことによる神経性ショックのために心停止が生じ、その結果、全脳虚血を起こして脳浮腫が進行し、脳ヘルニアを生じて脳死の状態となり、一旦は回復した心拍動も停止して死亡するに至ったものである。

二  判断

1  自習授業としてソフトボールの試合を行わせたことの適否

原告は、救急処置が遅れたのは、本件事故当時、体育教師が授業に立ち会っていなかったことが原因であると主張している。そこでこの点について検討するのに、ソフトボールの試合は、その性質上水泳や持久走とは異なり一般的に危険度の少ない競技であること、本件事故が発生したのは、ソフトボール履習の全予定時間一三時間のうち、基礎練習が終了した後であり、履習六時間目までは体育担当である森川教諭の指導下に練習が行われたこと、森川教諭は、自習を行わせるにあたり、生徒に対し、ランニング等の準備運動を行った後に試合を行うべきことを告げるとともに、生徒の中の体育委員に対しては、授業前に体育職員室に行って重永教諭の指導を受けるよう指示していること、妻高校においては、過去において本件事故のようなソフトボール試合中の事故が生じたことはないこと(重永明の証言、弁論の全趣旨)、以上の諸点を斟酌すると、本件事故時のソフトボール授業が自習授業として担当教諭による直接の指導を受けることなく行われたとしても、これを違法不当な措置ということはできない。よって、右の点に関する原告らの主張は理由がない。

2  妻高校側の救急措置の適否

(一) 本件事故発生時刻

原告は、本件事故発生時刻が午前一〇時一五分ころであることを前提とし、これに基づいて救急措置の遅れを主張している。そこでこの点について検討する。

甲第七号証、乙第九号証、証人重永明、同横山知幸の証言によれば、次のとおり認めることができる。

(1) 本件事故が発生した第二時限は、午前九時四五分から午前一〇時三五分までであり、事故発生時の次打者は体育委員の横山であった。横山は、終業時刻が気になり、自分に打席が回ってくるかどうか確かめるために、ソフトボールが行われていたグラウンド横にあった大時計をみたところ、一〇時二八分くらいをさしていた。横山は、自己が時刻を確認して一、二分経過したころに事故が発生したと認識している。

(2) 藤井教諭は、泰彦らがソフトボールを行っていたグラウンドに隣接したハンドボールコートで、女生徒一八名を三チームに分け、暫く練習させた後、二チームに試合を行わせた。これが終わった後、残った一チームに試合をさせることができるかどうかを確かめるため腕時計をみたところ、一〇時二五分ころであったため、五分間の試合をさせることとし、試合開始後四分が経過したことを腕時計で確認したころに横山から事故の急報を受けた。

(3) 本件事故発生時、保健室には女生徒が休んでおり、牧野養護教諭はその看護をしていた。牧野養護教諭は、第二時限目の授業終了時刻(一〇時三五分)まで残り三、四分となったため、右女生徒を教室に帰すか引き続き休ませておくかを判断するため女生徒の様子を見ようとしていたときに横山から事故の急報を受けた。

(4) 本件事件現場及び関係施設の位置と距離関係は別紙の妻高校見取図記載のとおりである。

以上、右に認定した事実を基礎とし、横山が急報のため走った概略の距離を参考にして本件事故発生時刻を推定すると、その時刻は午前一〇時二八分ころと認めるのが相当である。

(二) 救急措置の適否

甲第八号証の6、鑑定の結果によれば、次のとおり認めることができる。

(1) 本件事故のような突発的事故の際、特殊な器具、薬品を用いることなく、医師以外の者でも行ってよい範囲の救急措置として、①言語と疼痛刺激によって意識の有無を判定し、救急措置が行いやすいように仰臥位にする、②気道を確保する、③無呼吸の場合は、呼気吹き込み法などにより人工呼吸を開始する、④心拍動がない場合には人工呼吸に加え、胸骨圧迫心マッサージも開始する、⑤できるだけ迅速に救急医療機関に連絡し搬送する、以上の諸処置がある。

(2) 心停止から五分ないし八分で不可逆的な脳障害が生じるため、できるだけ迅速に右①ないし⑤の措置を行う必要があるところ、実際に救急施設に搬入される患者の推定心停止時間は、全国救命救急センター三三施設における調査では、一〇分から三〇分の間に多数の症例が存在し、三〇分以上の症例が二八〇症例中五七例も存する。

本件事故時において、担任教諭の直接の指導下にはなかったけれども、事故の発生は直ちに他の保健体育の担当教諭らに通報され、本件事故直後から、右教諭らは、意識不明状態の泰彦に対し、その気道を確保した上、養護教諭の指示の下に人工呼吸及び心臓マッサージを行うとともに、直ちに消防署に本件事故の発生を通報して救急車の出動を要請するなどしており、妻高校側は泰彦に対し、遅滞なく右①ないし⑤の心肺脳蘇生法を含む救急措置を実施したと評価することができる。このことは、事故発生から大塚病院到着までの時間が約二二分であったことからも窺われるところである。そうすると、結果的に泰彦が脳血流遮断により不可逆的な脳神経障害に陥り、虚血性全脳障害により死亡するに至ったとしても、妻高校側の行った人工呼吸等の心肺脳蘇生法及び医療機関への搬入について遅滞がない以上、被告に不法行為上の過失があったとはいえない。よって、原告らの主張は理由がない。

第四  結論

以上よりすれば、原告らの本訴請求はいずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官加藤誠 裁判官黒野功久 裁判官内藤裕之)

別紙<省略>

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