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宇都宮地方裁判所 昭和62年(行ウ)9号 判決 1989年11月09日

原告 西 房美

右訴訟代理人弁護士 三宅 弘

同 飯田正剛

被告 栃木県知事

渡辺文雄

右訴訟代理人弁護士 谷田容一

右指定代理人 生井邦夫 外三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告)

一  被告が原告に対し、昭和六一年一〇月一五日付でした昭和六〇年度知事交際費現金出納簿の非開示決定を取り消す。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

(被告)

主文同旨

第二当事者の主張

(原告の請求の原因)

一  当事者

原告は、栃木県内に住所を有する者であり、被告は、栃木県知事として、栃木県公文書の開示に関する条例(昭和六一年栃木県条例第一号、以下、「本件条例」という。)二条一項の実施機関である。

二  開示請求

原告は、昭和六〇年一〇月一日、県内に住所を有する個人は、実施機関に対して、公文書の開示を請求することができる旨を定めた本件条例五条一項一号に基づき、被告に対し、「昭和六〇年度の栃木県知事の交際費の金額及び内容」を知りうる公文書の開示(閲覧及び写しの交付)を請求した。

三  本件処分等

被告は、右請求に対し、請求に係る公文書として、交際費の総額を示す「返納票兼清算票」二通(昭和六〇年度知事交際費及び同年度全庁交際費中の知事使用分に係るもの各一通)と交際費の一件ごとの具体的な支出金額及び内容を示す「現金出納簿」一冊(同年度の知事の交際費に係るもので、以下、「本件文書」ともいう。)がこれに該当すると判断したうえ、昭和六一年一〇月一五日、本件条例九条一項により、「返納票兼精算票」二通については、これを開示し、「現金出納簿」については、本件条例六条一号、二号、四号及び五号に該当するとしてこれを非開示とする旨の決定(以下、右「現金出納簿」を非開示とした決定を「本件処分」という。)をし、本件条例九条二項及び三項により、原告に対し、そのころその旨を通知した。

四  異議申立等

原告は、右「現金出納簿」の非開示決定(本件処分)を不服として、昭和六一年一一月五日、被告に対し、行政不服審査法六条により異議申立をしたが、被告は、昭和六二年五月六日、右異議申立を棄却する旨の決定をし、同月八日、その旨を原告に通知した。

五  しかしながら、本件処分は、右「現金出納簿」が本件条例六条各号の適用除外事由になんら該当しないにもかかわらず、それに該当するとしてなされた違法なものである。

六  よって、原告は、本件処分の取消を求める。

(請求の原因に対する被告の認否)

請求の原因一ないし四は認め、同五、六は争う。

(被告の抗弁)

一  昭和六〇年度知事交際費現金出納簿の内容等について

本件文書は、被告栃木県知事の昭和六〇年度の知事交際費の一件ごとの具体的な支出金額及び内容を示す文書であるが、知事交際費及び本件文書の内容は以下のとおりである。

1 知事交際事務の内容及び性格

被告栃木県知事は、栃木県の代表者として、その職務執行に関し、広範囲かつ多数の関係者との間で、式典や行事その他の各種会合等への出席、慶弔事案の処理、懇談、接遇、挨拶、その他多岐にわたる交際を行う必要があるが、これらの交際事務は、関係者と県との間の友好、信頼、協力等の関係を形成、維持、確保し、もって県行政の適性かつ円滑な運営を期するために行われる。

2 交際費の予算措置及び経理方法

知事交際費は、知事が右1記載のような公の交際事務を行うに当たって必要な経費であり、一般会計予算の第二款総務費、第一項総務管理費、第一目一般管理費の第一〇節交際費の中に計上される。知事交際費の中には、当初から知事交際費として総務部秘書課が主管しているものと、県全体の交際費の調整財源として総務部財政課が主管している全庁交際費のうち知事交際費として秘書課が予算執行するものがあり、昭和六〇年度における知事交際費は、秘書課主管の知事交際費が金六〇〇万円、全庁交際費のうち知事交際費として使用されたものが金三五〇万円の合計九五〇万円である。

そして知事交際費の支出は、経費の性質上即時現金支払いの必要があるため、資金前渡の方法により経理されており(地方自治法二三二条の五第二項、同法施行令一六一条一項一四号、栃木県会計規則(昭和三九年栃木県規則第一八号)六一条七号(昭和六二年改正前の同条八号))、資金前渡員である秘書課長が予算の範囲内において、四半期ごとに三箇月分の支出予定金額に相当する現金の前渡を受けてこれを管理し、必要に応じて支出を行い、会計年度終了後清算して残額があればこれを返納している。請求の原因三の「返納票兼清算票」二通は、右清算のため作成された書類である(右会計規則六五条一項)。

3 本件文書の内容等

本件文書は、右会計規則一三一条により資金前渡員が備え整理することを義務づけられた会計上の帳簿であり、そこには、前渡資金収入及び個々の交際費支出について、その日付及び金額が日を追って記載されているほか、支出については、当該支出の摘要欄に、祝儀、慶弔、懇談、接伴、広告、賛助、餞別等の支出項目及び相手方の氏名、職名、団体名等が記載されている。

二  本件処分の適法性

1 本件条例は、県知事等の実施機関(二条一項)が管理している公文書について、請求に基づく開示を通じ、原則として公開されるべきものと定めているが(五条一項)、本件文書は、以下に述べるとおり、公文書開示制度の適用除外事由を定めた本件条例六条各号所定の事由(以下、同条各号を「適用除外事由」又は「適用除外規定」ということがある。)のうち、記録されているほぼ全ての情報が同条五号に該当し、また各情報の内容により更に四号、一号又は二号に該当するものであり、しかも同条例七条によって、部分開示しなければならない部分が含まれている公文書ではないから、これを非開示とした本件処分は適法である。

2 適用除外事由の解釈について

情報公開制度は、各地方公共団体が自主的に設けているものであり、これを条例上の制度とする場合においても、その内容は当該地方公共団体の議会がそれぞれの自主的判断に基づいて定めている。憲法上国民に知る権利が保障されてはいるが、公文書の開示を求める権利は条例に基づく権利であり、その具体的内容はあくまで当該条例により定められるものである。したがって、本件文書が本件条例六条各号の適用除外事由に該当するか否かは、同条例三条の解釈基準等に則り慎重に判断されなければならないが、その判断に当たっては、本件条例が定める要件に該当するか否かのみを考慮すべきであって、広く本件文書を開示することにより得られる利益と非開示とすることによって得られる利益を比較衡量したり、公文書開示に関する各条例を通じて一律的に認められるべき公文書開示請求権なるものを措定して、そのような権利を保障するために本件条例の適用除外規定を限定解釈すべきものではない。

3 本件条例六条五号該当性について

(一) 本件文書に記録された交際費の支出に関する情報は、以下に述べるとおり、雑費のうち特定の交際とかかわりのない封筒代、葉書代、祝儀袋代、印刷代等の支出に関するもの一四件(合計約一三万円)を除く全ての情報が本件条例六条五号に該当する。

(二) 即ち、本件条例六条五号は、「県の機関又は国等の行う検査、監査、取締り、争訟、交渉、入札、試験その他の事務に関する情報であって、当該事務の性質上、公開することにより、当該事務若しくは同種の事務の実施の目的が失われ、又はこれらの事務の公正若しくは適切な実施を著しく困難にするおそれがあるもの」に該当する情報が記録されている公文書については、実施機関は、公文書の開示をしないことができる旨規定している。これは、これら行政事務に関する情報の中には、これが公開された場合、当該事務を実施する目的が失われたり、事務の公正若しくは適切な実施が阻害され、ひいては県全体の利益が損なわれるものがあるため、公開を原則と定めた公文書開示制度の例外として、右のような情報を記録した公文書を開示しないことができるとしたものである。

(三) 本件文書は、前記の一の3のとおり、被告栃木県知事の交際の相手方、交際の内容及びこれに支出した経費の額など知事の交際事務に関する情報を記録したものであるところ、同号によりその適正な実施が確保されるべき公の事務が同号に例示された前記の事務やこれらと類似の性質を有する事務に限定されないことは、本件条例六条五号の文言上明らかであり、また、県政に関わりのある団体及び個人と県との間の友好、信頼、協力等の関係を形成、維持、確保し、こうした関係を通じて県の事務、事業等に対する理解と協力を得ることなどにより、県行政の適正かつ円滑な運営を期するという知事交際事務の重要な意義に鑑れば、同事務がその性質上前記適用除外規定によって保護されるべき事務に該当することは明らかである。

(四) 交際事務は、交際という多分に儀礼的な意味を有する行為であるが、交際の一方の当事者が本件文書に記録されているような交際の相手方、内容及び支出額など個々の交際の内容を公開することは、それ自体儀礼の趣旨に反するものとして、相手方などの関係者に不快や困惑、更に不信の念を抱かせる。また、知事は個々の事案ごとに交際の必要性及び重要度を判断し、交際の是非、行うべき交際の内容、これに対する経費支出の要否及びその金額などを決定しながら交際事務を行っているところ、知事が現実に行った個々の交際内容を明らかにした場合、交際の対象となった者と然らざる者とを比較し、あるいは交際の内容や支出された金額を比較することなどを通じて、交際の必要性等に関する知事の判断の結果、即ち知事との交際における関係者の相対的重要度が明らかになるが、右判断の結果は社会一般から知事の当該関係者に関する公的な評価を示すものと受け取られがちであり、交際の内容等を明らかにするならば、知事交際の対象者はもとより、対象にならなかった者を含めて、広範囲の関係者に不快、困惑、不信等の念を抱かせ、また知事の判断の当否などをめぐって少なからぬ関係者に不満、不信等の念を抱かせるおそれがある。

知事の交際事務は、前記一の1のとおり、関係者と県との友好、信頼、協力等の関係を形成、維持、確保し、県行政の適正かつ円滑な運営を期するために行われるものであって、右のように関係者に不快、困惑、不信等の念を抱かせる結果となっては、かえって関係者との友好、信頼関係を損ない、その理解と協力が得られなくなり、当該交際事務の実施の目的が失われ、又はその適正な実施を著しく困難にするおそれがある。

また、知事は事案ごとに交際の必要性及び重要度を判断し、交際の是非、交際内容及び支出額等を決定しながら交際事務を行っており、このような知事の裁量の結果が相手方にそのまま受容されて初めて適切な交際事務の実施が図られるところ、相手方が前記のような不快、困惑、不信等の念を抱いた結果、知事が交際の必要を認めても、相手方がこれを快く受け入れず、または交際を辞退したり回避しようとし、あるいは逆に相手方が知事の交際の有無や金額等に殊更な関心を示してくるようになると、知事が適宜の取捨選択をした上で必要な交際を行っていくことは極めて困難になる。また、知事の交際の内容が逐一公開され、衆人監視の下に置かれた場合、知事の側及び相手方の双方において、交際の要否及びその内容等に関する判断が極度に硬直化したものとなり、本来知事がその自由な裁量によって必要に応じて行うべき交際事務の適切な実施を著しく困難にするおそれが大きい。

したがって、本件文書に記録されている知事交際費の支出に関する情報は、交際事務の性質上公開することにより当該交際事務の実施の目的が失われ、又はその適正な実施を著しく困難にするおそれがあるものであって、本件条例六条五号に該当する。ちなみに、交際費に関する行政実例においても、右と同様の観点から、一般監査(地方自治法一九九条一項)で交際費の内容まで監査することは経費の性質に鑑みて適当でないとされ、また議会の請求又は住民の直接請求による場合(同法九八条二項、七五条一項)には監査はできるが、その結果の公表に当たっては費目の性質上適当な配慮が必要であるとされている。

4 本件条例六条四号該当性について

(一) 本件条例六条四号は、「県の機関又は国等の機関が行う審議、検討、調査研究等に関する情報であって、公開することにより、当該審議等又は同種の審議等に著しい支障の生ずるおそれがあるもの」に該当する情報が記録されている公文書については、実施機関は、公文書の開示をしないことができる旨規定している。これは、行政の内部的な審議、検討、調査研究等に関する情報の中には、行政として最終的な意思決定をするまでの過程にあるため、公開した場合、県民に誤解や混乱を生じさせるものや、審議等における自由率直な意見交換を阻害するものなどがあり、そのような情報が公開されると審議等に著しい支障を生ずるおそれがあるところから、これを防止しようとする趣旨である。

(二) 知事が行う交際事務の中には、意思決定を行う上で必要な調査、検討をするために、懇談、接遇等として、関係者と意見を調整し、その意向を打診するものが含まれており、右懇談、接遇等に関する情報を公開すると、その懇談等の相手方、時期、頻度などから、調査検討中の事務、事業等の内容や進渉状況、関係者などが推測されることがあり、右情報が最終的な意思決定に至る前の調査、検討段階における情報であるところから、県民に誤解や混乱などを与え、あるいは爾後関係者が同種の懇談等に応じなくなるなど、調査、検討等に著しい支障が生ずるおそれがある。

(三) したがって、右のような懇談、接遇等に関する情報は、本件条例六条四号に該当する。

5 本件条例六条一号該当性について

(一) 本件条例六条一号は、「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され、又は識別されうるもの」に該当する情報(同号ただし書イ、ロ及びハに掲げる情報を除く。)が記録されている公文書については、実施機関は、公文書の開示をしないことができる旨規定している。これは、個人情報をみだりに公開すると、個人のプライバシーを侵害する危険があるため、特定の個人に関する情報で、当該個人が識別され、又は識別されうるものについては、法令の規定により誰でも閲覧できるような情報(ただし書イ)、公表目的に作成し、又は取得した情報(同ロ)及び許認可等に関する情報で公益上公開する必要があるもの(同ハ)を除き、これを公開しないことができるとし、個人のプライバシーの十全なる保護を図ろうとするものである。

(二) 本件文書に記録された情報のうち、知事交際の相手方が個人である場合(事業を営む個人との間で専らその事業に関して交際がなされた場合を除く。)、相手方の氏名、役職名は、特定の個人が識別され、又は識別されうる情報であり、また葬儀等の日時が新聞等により公知となった慶弔事案で、当然に知事交際の対象となったと認められるものについては、支出年月日と支出項目を対照することにより特定の個人が識別されうるものである。

(三) したがって、右部分の情報は、本件条例六条一号本文に該当する。

6 本件条例六条二号該当性について

(一) 本件条例六条二号は、「法人その他の団体に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、公開することにより、当該法人又は当該事業を営む個人に不利益を与えることが明らかなもの」に該当する情報(同号ただし書イ、ロ及びハに掲げる情報を除く。)が記録されている公文書については、実施機関は、公文書の開示をしないことができる旨規定している。これは、法人情報や個人の事業情報が公開されることによりこれらの者の正当な利益が害されることを防止しようとするものであり、「不利益を与えることが明らか」とは、その者の競争上の地位その他の正当な利益を害することが客観的に明らかであることをいう。

(二)本件文書に記録された支出情報のうち、被告栃木県知事が挨拶、激励、賛助等のために知事名で広告等を掲載する場合、右名刺広告等に関する情報は、本件条例六条二号本文に該当する。即ち、右名刺広告等の掲載料は、個別具体的な案件ごとにその都度新聞社等の事業者と交渉した結果、合意されるもので、各事業者ごとに当然異なるものである。したがって、右掲載料の金額は当該事業者にとって事業上の秘密であり、これを公開した場合、当該事業者に対し、知事以外の掲載者から非難されたり、また類似の事業を遂行するに当たり多方面から値引きを要求されるなどの不利益を与えることになり、右情報が、相手方である事業者に事業上の不利益を与えることは客観的に明らかである。

7 本件条例七条(部分開示の義務)について

(一) 以上のとおり、本件文書に記録された情報は、その一部が本件条例六条五号、四号、一号及び二号に該当するところ、本件条例七条は、六条各号のいずれかに該当する情報以外の情報が記録されている部分が含まれている場合において、「当該部分を容易に、かつ、公文書の開示の請求の趣旨を失わない程度に分離できるときは」、実施機関は、当該部分については公文書の開示をしなければならない旨を定めている。

しかしながら、本件文書については、以下のとおり、実施機関である被告栃木県知事は、部分開示義務を負わない。

(二) 分離の容易性について

本件文書は、B五判大、一頁二六行の現金出納簿用紙の一六枚三二頁にわたって知事交際費の収支が記録された文書であり、本件条例六条五号、四号、一号及び二号に該当する情報はこの全頁に多数混在している。したがって、本件文書を損傷することなく、同号に該当する情報を判読不可能な状態にして開示するためには、(1)まず文書の全部を乾式複写機で複写し、(2)その複写物の各頁ごとに右各号該当部分を黒インク等で消去し、(3)これを更に複写してその複写物を開示する、という方法をとらざるをえない。右作業は相当の時間を要するものであり、また本件条例一一条により請求者から費用を徴収できるのは、右(3)によって開示する複写物につき更に写しを作成交付する場合の費用だけで、(1)及び(2)に要する費用は県の負担となるのであって、右各号該当部分とそれ以外の情報が記録されている部分とを容易に分離することができないから、本件条例六条五号、四号、一号及び二号に該当しない部分の情報についても、被告には部分開示すべき義務がない。

(三) 開示の趣旨について

まず、本件文書に記録された情報のうち金額欄のみを取り出して開示することについては、知事交際費の総額が明示された「返納票兼清算票」二通を既に開示しているから、たとえこれに加えて右部分開示を行ったとしても、「昭和六〇年度の栃木県知事の交際費の金額及び内容」を知るための新たな情報が得られるとはいえず、原告の開示請求の趣旨が失われることは明らかである。

また本件文書に支出項目として記録されている雑費五七件のうち、特定の交際とはかかわりのない封筒代、葉書代、祝儀袋代、印刷代など一四件(合計約一三万円)は、本件条例六条五号には該当しない。しかしながら、それらは、四四二件(合計金九五〇万円)中のわずか一四件(合計金一三万円)にすぎず、しかも特定の交際とはかかわりのない右支出情報だけの部分開示をしても、前記のとおり、「昭和六〇年度の栃木県知事の交際費の金額及び内容」を知りうる全ての公文書の開示を求めた原告の開示請求の趣旨が失われることは明らかである。

したがって、原告の開示請求の趣旨に鑑みると、被告に右金額欄や雑費一四件について部分開示すべき義務はないものというべきである。

8 以上のとおり、本件文書を全て非開示とした本件処分は適法である。

(抗弁に対する原告の認否)

被告主張の事実はいずれも否認し、法律的主張は争う。

(抗弁に対する原告の反論)

一  適用除外規定の解釈について

1 本件条例は、憲法二一条が保障する知る権利を具体的に情報開示請求権として認めたものであり、県民参加による公正で開かれた県政を確立し(本件条例一条)、もって憲法一五条の参政権を実質的に確保するため、県の保有する情報は県政の担い手である県民と共通して有する財産であるとの認識の下に、実施機関に対し原則としてその管理する公文書の全てを開示することを具体的に義務づけることにより、県の保有する情報の公開原則を明らかにしたものである。したがって、右情報開示請求権を制限する適用除外事由は、限定的かつ明確であり、必要最小限でなければならず、右原則の例外を定めた本件条例六条の適用除外規定については、右趣旨に則り、合憲的に限定解釈しなければならない。

2 即ち、個人に関する情報の適用除外事由を定めた本件条例六条一号の解釈では、当該個人に関する情報を公開することによって得られる利益と個人のプライバシーなど非公開とすることによって得られる利益とを比較衡量すべきであり、また法人等に関する情報の適用除外事由を定めた本件条例六条二号の解釈では、当該法人等に関する情報を公開することによって得られる利益と法人等の事業活動の自由など非公開とすることによって得られる利益とを比較衡量すべきであり、更に主として県の行政執行上の利益の保護を図って制定された本件条例六条四号及び五号の解釈に当たっては、行政機関の保有する情報がややもすると行政側によって恣意的、濫用的に秘密扱いとされてきた経緯に鑑み、そこで保護されるべき利益が実質的に保護に値する正当なものであるか、またその利益侵害の程度が単に行政機関の主観においてそのおそれがあると判断されているにすぎないのか、あるいはそのような危険が具体的に存在し、客観的に明白であるか、更に右のような危険があるとしても、逆に情報を非公開とすることによる弊害はないか、また公開することによる有用性や公益性はないかなどを総合的に解釈すべきである。

二  本件条例の適用除外事由の該当性について

1 本件条例六条五号該当性について

(一) 本件文書に記録された知事交際費に関する情報は、同号が掲げるいずれの事務に関する情報にも該当しない。本件文書に記録された情報が同号の定める「検査、監査、取締り、争訟、入札、試験に関する情報」でないことは明らかであり、また右情報のうち、祝儀、慶弔、広告・賛助金等、餞別等、その他贈答品・みやげ等が同号の定める「交渉」に関する情報に該当しないことも明らかである。この点、右情報のうち懇談経費が同号の掲げる「交渉」事務に関する情報に該当するかが問題となるが、右部分には、単に懇談の年月日、相手方の氏名等、支出金額の他、支出項目として「接伴」との記載があるのみで、懇談の具体的内容は記録されていないから、「交渉」の内容を明らかにしたものではなく、「交渉」事務に関する情報とはいいがたい。

(二) 仮に、本件文書の内容が同号に列挙された「交渉」事務等に該当するとしても、右内容は、公開することにより、当該事務若しくは同種の事務の実施の目的が失われ、又はこれらの事務の公正若しくは適切な実施を著しく困難にするおそれがあるものとはいいがたい。

本件文書に記録された知事交際費の内容が公開されることにより、相手方等の関係者が不快、困惑、不信等の念を抱くことについては、客観的な根拠はなにもない。被告栃木県知事との懇談及びそれに関する飲食等の事実が明らかにされることにより、その者が何らかの社会的影響を受けることがあっても、知事との交際が公的な事柄に関することである以上やむをえないことであり、また知事交際費の必要性及び支出額は、従前の例を基準とし、相手方の県との関わりの濃淡、県に対する貢献度の大小等によって客観的に決せられるものであって、このような県の評価に対して相手方が不満を抱いたとしても、右不満は正当な利益とはいいがたく、本件文書を開示することによって、県民全体の利益が害されることはない。

むしろ、知事交際費の内容が明らかにされないことによって、少なからぬ額の交際費の使途、配分が県民に明らかにされないままとなり、右使途、配分が公正、適切になされているか否か、実施機関の恣意、濫用にわたるものがないかなどを監視、検討する機会が奪われるという弊害が予測され、逆に本件文書を開示するとすれば、右使途、配分が県民の自由な批判にさらされ、一時的には混乱や支障が生じたとしても、長期的かつ将来的には右交際事務の公正、適切さを確保できるという有用性、公益性があるのであって、交際費の性質及びそれが政治の衝に携わる者の全く自由な裁量に委ねられることの危険性を考慮すると、本件文書を非開示とすることによる弊害及び開示することによる有用性、公益性が、これを開示することによる支障、弊害を上回っている。

(三) したがって、本件文書は、本件条例八条五号には該当しない。

2 本件条例六条四号該当性について

(一) 本件文書に記録された知事交際費に関する情報は、本件条例六条四号が定める「審議、検討、調査研究等に関する情報」には該当しない。右情報のうち、祝儀、慶弔、広告・賛助金等、餞別等、その他贈答品・みやげ等が本号の定める情報に該当しないことは明らかであり、また懇談経費についても、本件文書に記録されているのは前記のとおり接伴の日時、相手方の氏名等のみであって、「審議、検討、調査研究等」の内容をなんら推知させるものではないから、右事務に関する情報とはいいがたい。

(二) 仮に、懇談経費が同号に定める事務に関する情報に該当するとしても、本号は、審議の内容など行政としての最終的な意思決定過程における情報を公開することにより、県民に誤解や混乱を与えたり、審議等における自由率直な意見交換が阻害されるのを防止するために設けられたものであるから、前記のとおり審議等の内容をなんら推知させない情報しか記録されていない本件文書を開示しても、当該審議等または同種の審議等に著しい支障を生ずるおそれは全くない。また、知事との懇談等が明らかになることにより、関係者がなんらかの社会的影響を受けることがあっても、知事との懇談が公的なものである以上やむをえないことであり、同号は、関係者に対し右情報を秘匿することを保証したうえで行政施策等についての協力を得ることまで認めたものではない。

そして、前記1の(二)で述べた本件文書を非開示とすることには弊害、これを開示することの有益性、公益性を考慮すると、本件文書に記載された情報が同号に該当しないことは明らかである。

3 本件条例六条一号該当性について

(一) 本件条例六条一号は、特定の個人が識別され、又は識別されうる情報が記録されている公文書を原則として開示しないことができると定めているが、前記一のとおり、非公開とされる情報は限定的かつ明確であり、また必要最小限のものでなければならず、当該情報を公開とすることによって得られる利益とこれを非公開とすることによって得られる利益とを比較衡量し、プライバシーを侵害することのない情報や、公開することについて公益上理由のある情報は、同号ただし書イ、ロ及びハの解釈によってこれを公開しなければならない。

(二) 本件文書に記録された情報のうち、特定の個人が識別され、又は識別されうる情報は、個人の氏名だけである。被告主張の「相手方の役職名」は、公私の団体等の事業に関する情報であって、本号にいう個人に関する情報ではない。また被告主張の「葬儀等の日時が新聞等により公知となった慶弔事案で、当然に知事交際の対照となったと認められるもの」の支出年月日と支出項目については、当該情報だけから個人が識別されるものではなく、また公知性を有する慶弔事案では本件文書を開示するまでもなく既に特定の個人は識別されており、本件文書の開示によって明らかとなるのは当該「香料」等の支出額がその個人に関する支出であることだけであるから、本号にいう情報には該当しない。

そして、本件文書に記録された情報は、被告栃木県知事の公の交際に関する公金の支出を明らかにするものであって、公開することが公益上必要であり、また相手方の個人氏名の情報についても、当該個人の私生活上のことを記録したものではなく、プライバシーの侵害につながるおそれのある情報ではないから、原則として同号ただし書ハを適用し、これを開示すべきである。

4 本件条例六条二号該当性について

(一) 前記一のとおり、本件条例六条二号は請求者の知る権利と当該法人等の利益との調整を図ったものであるから、その適用に当たっては、非公開とすることにより保護される利益を明確にしたうえで、その範囲を必要最小限に限定する必要がある。

(二) 本件文書に記録された広告等に関する情報としては、支出年月日、広告を掲載する新聞社等の名称、掲載料が具体的な事項であるが、これは当該新聞社等の製作技術上または販売、営業上のノウハウ等が記載されたものではないから、これを公開することによって当該新聞社等の競争上または事業活動上の利益を害するとは考えられない。また、広告掲載料が明らかになることによって、競争が激化するとも考えられるが、自由競争の原理にたつ社会においては公正な競争秩序であって、これによって当該新聞社等の競争上の正当な利益が害されることはない。したがって、右広告等に関する情報の公開は、当該新聞社等の相手方に不利益を与えることが明らかであるとはいえず、右情報が同号に該当するとはいえない。

5 以上のとおり、本件文書に記録された情報は、いずれも本件条例六条一号、二号、四号、五号の適用除外事由に該当しないから、被告栃木県知事はこれを公開すべきであって、本件文書を非開示とした本件処分は違法である。

三  本件条例七条(部分開示の義務)について

仮に本件文書に記録された情報のうち、本件条例六条五号等に該当するものがあるとしても、以下のとおり、被告は他の情報を記録した部分を開示すべき義務がある。

1 本件条例七条は、同条例六条各号のいずれかに該当する情報が記録されている公文書について、右情報以外の情報が記録されている部分が存する場合、当該部分を容易に、かつ公文書の開示の請求の趣旨を損わない程度に分離できるときは、実施機関に対し、これを開示する義務を課している。

2 分離の容易性について

本件文書はB五判大、一頁二六行の現金出納簿用紙一六枚三二頁にわたる文書に過ぎず、被告が前記二の7の(三)で主張する分離の方法は極めて容易である(右分離に要する費用は、複写作成に要する費用として、本件条例一一条により、全て請求者に請求できる。)。

3 開示の趣旨について

次に、開示の請求の趣旨を損なわないかどうかは、請求者自身が判断すべきことであり、実施機関が請求者の趣旨を曲げて解釈してはならないところ、少なくとも、相手方として記載された個人氏名を除いたその余の部分を記録した部分は開示すべきである。また全ての情報の金額欄のみの公開であっても、返納票兼清算票と異なり、項目別の金額が公開されるから、それが記録された部分を開示することが原告の開示請求の趣旨に沿うものである。更に被告主張の封筒代等一四件についても、それが「昭和六〇年度の栃木県知事の交際費の金額及び内容」である以上、それが記録された部分を開示することが原告の開示請求の趣旨に沿うものである。

4 したがって、本件文書の右各部分を含む全てを非開示とした本件処分は、本件条例七条に反し、違法である。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因一ないし四の事実(当事者、開示請求、本件処分等、異議申立等)は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件文書が本件条例の適用除外事由に該当するか否かについて検討する。

1  本件文書の内容等

<証拠>によると、以下の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一)  本件文書(昭和六〇年度知事交際費現金出納簿)は、被告栃木県知事の交際費に関する文書であるが、右交際費は、一般会計予算の第二款総務費、第一項総務管理費、第一目一般管理費の第一〇節交際費の中に計上され、その支出の中には、年度当初から知事交際費として秘書課が主管・執行したもの(秘書課主管知事交際費)と、県全体の調整財源として財政課が主管していた全庁交際費のうちから知事交際費として秘書課が執行したものとがあり(秘書課執行の全庁交際費)、昭和六〇年度においては前者が六〇〇万円、後者が三五〇万円の合計九五〇万円が支出された。また、右交際費の経理方法は、地方自治法二三二条の五第二項、同法施行令一六一条一項一四号、栃木県会計規則(昭和三九年栃木県規則第一八号。以下、「会計規則」という。)六一条七号(昭和六二年改正前は同条八号)により、資金前渡の方法がとられている。そして、秘書課秘書係長が資金前渡員となり、概ね四半期ごとに支出予定額の前渡を受け、管理・支出し、会計年度終了後に返納票兼清算票を作成して清算している。

(二)  本件文書は、資金前渡員である秘書課秘書係長が会計規則一三一条の規定により、別紙記載の様式により記帳、作成したものであり、前記秘書課主管知事交際費及び秘書課執行の全庁交際費とがそれぞれ各月順にバインダー式簿冊に用紙一六枚三二頁にわたり綴り込まれている。具体的な記載方法としては、まず前渡金収入(本件文書については合計七件)については、年月日欄に当該収入の月日が、受高欄にその金額が、残高欄にはこれを加えた残高がそれぞれ記載され、次に支出(本件文書については合計四四二件)については、年月日欄に当該支出の月日が、摘要欄には後述の支出項目及び相手方の氏名、職名、法人・団体名等が、払高欄には当該支出の金額が、残高欄にはこれを差し引いた残高がそれぞれ記載されている。また、本件文書は、月毎に改頁されており、各月分の初行には前月までの受高及び払高の累計額並びに残高が記帳され、各月分の末尾には受高及び払高の累計額が記帳されたうえ、秘書課長及び課長補佐等の押印がなされている。

(三)  そして、本件文書の支出項目の記載をその支出種別にみると、(1)祝儀に関するもの(各種会合等へ出席する場合の祝金、各種大会の選手への激励金等)、(2)慶弔(主として弔事)に関するもの、(3)懇談経費に関するもの、(4)広告、賛助金等に関するもの、(5)餞別等に関するもの、(6)その他の贈答品、みやげ等に関するものに分類され、その摘要欄に記載された支出項目ごとの件数を集計すると、右の(1)については、<1>御祝一五三件、<2>生花八件(合計一六一件)、(2)については、<1>香料五〇件、<2>供物二五件、<3>生花三一件、<4>御見舞七件(合計一一三件)、(3)については、接伴一九件、(4)については、<1>広告二九件、<2>賛助三六件(合計六五件)、(5)については、餞別二七件、(6)については雑費五七件(うち、特定の交際とのかかわりのない封筒代、葉書代、祝儀袋代、印刷代等の支出に関するものが一四件で、右一四件については、相手方の記載がない。その支出額合計は約一三万円である。)となっている。

(四)  被告栃木県知事は、栃木県の代表者として、その職務執行に関し、広範囲かつ多数の関係者との間で、その友好、信頼、協力等の関係を形成、維持、確保して、県行政の適正かつ円滑な運営を図るため、式典や行事その他の各種会合等への出席、慶弔事案の処理、懇談、接遇、挨拶、その他多岐にわたる交際を行う必要があるが、栃木県においては、知事の交際費の支出基準について、特に訓令などの内部規則の定めはなく、知事の秘書課が個別的、具体的な事例ごとに、従来の先例を参考にして、相手方の地位、相手方の県との関わりの濃淡、貢献度の大小などを考慮して、支出の金額を知事に上申し、これを参考にして最終的には知事自身が当該交際の必要性、交際費の支出及びその額を決定する。交際の必要性(県行政の執行上有益であるか)、交際費の支出の有無及びその金額については、上記の基準によりある程度は客観的に決せられるが、一義的に決まる性格のものではなく、その判断は県の行政執行の最高責任者である知事の合理的な裁量に委ねられている。

2  本件条例の趣旨等

(一)  本件条例の趣旨、目的

(1) 本件条例は、一条において、「この条例は、県民の公文書の開示を求める権利を明らかにするとともに、公文書の開示に関し必要な事項を定めることにより、県民の県政に対する理解と信頼を深め、県政への参加を推進し、もって一層公正で開かれた県政の実現に寄与することを目的とする。」と定め、二条一項において、実施機関とは、知事、教育委員会等をいうと定め、五条一項において、<1>「県内に住所を有する個人」、<2>「県内に事務所又は事業所を有する法人」、<3>「県内に事務所又は事業所を有する法人でない社団又は財団で代表者又は管理人の定めがあるもの」は、実施機関に対して、公文書の開示を請求することができると定めている。この趣旨を原本の存在及びその成立に争いのない甲二号証(栃木県情報公開準備委員会作成の「栃木県における情報公開制度」素案)、甲四号証(情報公開制度に関する栃木県議会議事録)、成立に争いのない甲三号証(栃木県作成の「情報公開制度実施大綱」)及び乙七号証(栃木県総務部文書学事課作成の「情報公開事務の手引(I)〔条例の解釈・運用基準〕」)などを参考に検討すると、憲法九二条に定める地方自治の本旨に則り、県民の県政への積極的な参加を推進し、一層公正で開かれた県政を実現するためには、その前提として県政等に関する情報が県民に十分公開され、県政等に関する県民の理解と認識を得る必要があり、右目的を実現するため、県の保有する情報は県民との共有財産であるとの認識の下に、その保有する公文書を原則として公開すべきものと定めたものであり、もって地方自治の本旨に基づいた活力ある地方公共団体の運営を図ることを目的としたものと解される。

(2) そして、本件条例の定める公文書開示請求権は、地方自治の場において県民の県政に対する知る権利を確立したものであり、間接的には憲法二一条の保障する国民の知る権利に奉仕するものである。しかしながら、本件条例五条一項が公文書の開示を請求することができる者を県民及び県内に事務所又は事業所を有する法人その他の団体に限っていることからも明らかなとおり、右公文書開示請求権は、憲法二一条で保障された権利ではなく、あくまでも公正で開かれた県政の実現を目的として、本件条例によって創設された権利であると解される。

(二)  適用除外事由

(1) 本件条例は、実施機関の管理する公文書を原則として開示すべきものと定めているが、他方六条一号ないし七号において、例外として実施機関が公文書の開示をしないことができる適用除外事由を列挙している。これは、公文書の開示を原則としながら、プライバシーの権利など県民の基本的人権が侵害されたり、県政の公正若しくは適切な実施、公共の安全や秩序などの公益が損なわれることのないよう、開示しないことができる公文書を類型化したものである。

(2) 同条一号は、個人に関する情報(特定の個人が識別され、又は識別されうるもの)について、二号は、法人その他の団体に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報について、それぞれ開示しないことができる場合を規定した規定であり、もっぱら個人や法人等の個人的な利益の保護を図ろうとしたものである。

他方、同条三号ないし五号は、主として行政機関側の利益、即ち県政の公正若しくは適切な実施の確保を目的とした規定である。そのうち四号は、県の機関又は国等の機関が行う審議、検討、調査研究等に関する情報の中には、行政として最終的な意思決定をするまでの過程にあるため、公開することにより県民に誤解や混乱を与え、あるいは審議等における自由率直な意見交換を阻害するものがあり、行政内部の審議等の適正な実施を確保するため、これらの情報を記録した公文書を開示しないことができるとした規定であり、五号は、県の機関又は国等の機関が行う検査、監査、取締り、争訟、交渉、入札、試験その他の事務に関する情報を記録した公文書について、開示しないことができる場合を定めたものであって、後記のとおり、主として県政の公正若しくは適切な実施を図ることを目的として設けられた規定であると解される。

(3) 本件条例の解釈及び適用について、本件条例は、三条において、「実施機関は、県民の公文書の開示を求める権利が十分に保障されるようこの条例を解釈し、運用するものとする。」と規定するとともに、「個人の秘密その他の通常他人に知られたくない個人に関する情報がみだりに公開されることのないよう最大限の配慮をしなければならない。」と規定している。これは、個人のプライバシーについては最大限の配慮をしながらも、本件条例、特に前記適用除外規定の解釈にあたっては、行政側の恣意的な解釈、運用を排除し、県民の公文書開示請求権の実質的な保障を図ろうとしたものであり、右適用除外規定の解釈は、その規定の文理及び趣旨に照らして厳格にされるべきであって、特に六条三号ないし五号の判断にあたっては、行政機関の主観的な判断を基準として解釈するのではなく、県政の公正若しくは適切な実施という目的を喪失するか、あるいはその実施等を著しく阻害するおそれがあるか否かなどについて、公文書の内容等に照らし、客観的に判断すべきものと考えられる。

(4) なお原告は、本件条例の定める情報開示請求権が憲法二一条の保障する国民の知る権利を具体化した権利であることを根拠に、適用除外事由は限定的かつ明確で、必要最小限のものに限られるとし、右適用除外規定を合憲的に限定解釈すべきであると主張する。しかしながら、前記のとおり、本件条例の定める公文書の開示請求権は憲法二一条から直接導き出されるものではなく、本件条例によって創設されたものであるから、本件条例六条各号の適用除外規定の解釈に当たり、条例の規定する文理及び趣旨を超えて、これを限定的に解釈すべき理由はなく、原告主張のような解釈は採用しがたい。

3  本件条例六条五号該当性について

以上の見地から、まず本件文書が本件条例六条五号の適用除外事由に該当するか否かについて、以下検討を加える。

(一)  本件条例六条五号は、「県の機関又は国等の機関が行う検査、監査、取締り、争訟、交渉、入札、試験その他の事務に関する情報であって、当該事務の性質上、公開することにより、当該事務若しくは同種の事務の実施の目的が失われ、又はこれらの事務の公正若しくは適切な実施を著しく困難にするおそれのあるもの」に該当する情報が記録されている公文書については、実施機関は、公文書の開示をしないことができると規定している。前記乙七号証(「情報公開事務の手引(I)〔条例の解釈・運用基準〕」)に照らして、右規定の趣旨を検討すると、同号に掲げられた事務に関する情報の中には、当該事務の性質上、公開されることにより県民全体の福祉の増進を目的とする行政の公正若しくは適切な実施が阻害され、ひいては県民全体の利益が損なわれるおそれのある情報があり、このような情報を公開すれば、かえって本件条例がめざした公正若しくは適切な県行政の実施が阻害される結果になるから、それを防止するため設けられた規定であると解される。

(二)  そこで、まず、本件文書に記録された情報、即ち知事の交際費の支出等の内容が五号に掲げられた「検査、監査、取締り、争訟、交渉、入札、試験、その他の事務に関する情報」に該当するか否かについて検討する。

(1) 交際費の意義については、地方自治法施行規則中、歳出の表中の節の表に規定があるだけで、その内容は解釈に委ねられているところ、対外的に活動する地方公共団体の長その他の執行機関が、その行政上のために必要な外部との交際上要する経費で、交際費の予算科目から支出される経費であると解される。交際事務が同号の掲げる事務のうち、「検査、監査、取締り、争訟、入札、試験」に該当しないことは明らかであり、格別の検討を要しない。

(2) そこで、交際事務が「交渉」事務に該当するか否かについて検討する。「交渉」とは、利害関係事項について相手方と協議し、決定するために折衝する事務をいうと解されるところ、知事が「交渉」事務を行うに際し、交渉の相手方との懇談等にあたって接伴をし、飲食等の経費を支出することはありうることであり、右の経費は知事の交際費から支出されることになる。したがって、知事の交際費のうち、懇談経費については、知事の「交渉」事務に付随して行われる交際事務に伴って支出されることがあることになり、右情報が「交渉」事務に関する情報に該当するかどうかが問題となる。しかしながら、懇談、接伴に関する交際事務は、「交渉」事務の内容それ自体ではなく、単にその手段としてこれに付随して行われることがありうる事務にすぎず、このように単なる手段にすぎない事務の日時、相手方、支出項目、支出金額は、「交渉」事務に関する情報とはいいがたい。

(3) 次に、交際事務が「その他の事務」に該当するか否かについて検討する。

前記のとおり、本件条例六条五号は、同号に掲げられた事務に関する情報の中には、当該事務の性質上、公開することにより、県民全体の福祉の増進を目的とする行政の公正若しくは適切な実施が阻害され、ひいては県民全体の利益が損なわれるおそれのある情報があり、このような情報を公開すれば、かえって本件条例がめざした公正若しくは適切な県行政の実施が阻害される結果となるのを防止するため設けられた規定であって、同号が掲げている検査、監査、取締り、争訟、入札、試験は、そのような事務の例示にすぎない。したがって、同号が掲げる「その他の事務」は、当該事務の性質上、それに関する情報を公開することにより、その実施の目的が失われ、又はその公正若しくは適切な実施を阻害するおそれのある他の事務に及ぶものと解すべきで、例えば、職員人事に関する事務等もこれに含まれると解する余地が十分にある。一般に被告栃木県知事の交際事務の中にも、後記のように、それに関する情報を公開することにより、相手方の信頼を損ねたり、知事の秘匿すべき行動を白日のもとにさらす結果となったり、また交際費支出に関する知事の裁量権を侵害するなど、当該事務の実施の目的が失われ、又はその公正若しくは適切な実施を阻害するおそれのある交際事務があるのであって、知事の交際事務も同号の規定する「その他の事務」に含まれると解するのが相当である。

(三)  本件条例六条五号は、前記事務に関する情報について、更に「当該事務の性質上、公開することにより、当該事務若しくは同種の事務の実施の目的が失われ、又はこれらの事務の公正若しくは適切な実施を著しく困難にするおそれのある」ことを要件としている。

そこで、本件文書が右要件に該当するか否かについて検討する。

(1) 相手方の信頼の喪失等について

まず、被告栃木県知事の交際事務の中には、多分に儀礼的な性質を有しているもので、それに関する情報を公開すれば、交際の相手方のプライバシーを侵害し、その結果、相手方の信頼を失い、不快、困惑等の念を抱かせるおそれのある交際事務がある。そのような交際事務に関する情報は、これを公開すると、儀礼的な交際事務の目的を失い、あるいはその実施に著しい障害を生ずるおそれがあるといわなければならない。本件文書に記録されている情報のうち、そのような情報としては、前記1の(三)の(1)の祝儀(御祝、生花)、同(2)の慶弔(香料、供物、生花、御見舞)、同(5)の餞別等(餞別)に関する情報が考えられ、また同(6)のその他の贈答品、みやげ等(雑費)に関する情報の中にも一部そのようなものが考えられる。即ち、被告栃木県知事が右祝儀、慶弔、餞別、贈答等を行ったこと自体は、相手方にとっても、通常は社会的に名誉な事柄であり、相手方の方で自らこれを公表することさえ考えられるところであるから、知事が行った右祝儀等の年月日や相手方の氏名、職名などについては、特段の事情のない限り、これを公開しても、一般に相手方の信頼を損なったり、不快等の念を抱かせることはないと考えられる。しかしながら、右祝儀等に関して支出された金額は、社会通念上、相手方として公開されることを望まないものと考えられ、これを公開することにより、相手方の信頼を損ない、不快等の念を抱かせ、ひいては儀礼的な行為の趣旨を没却して、当該若しくは同種の事務の実施の目的が失われ、又はこれらの事務の公正若しくは適切な実施を著しく困難にするおそれが十分に存すると解される。

(2) 知事の秘匿行動の暴露について

被告栃木県知事は、県行政の最高責任者として各種の行政事務の執行に当たっているが、その中には行政事務の遂行上、関係者と接触し、その意向を打診し、意見を調整するなど秘匿行動として行わなければならないものがある。本件文書に記録された情報のうち、前記1の(三)の(3)の懇談(接伴)に関するものは、事柄の性質上、知事が右の述べたように秘匿すべき行政事務に伴って行われる可能性があるものであり、右懇談(接伴)の相手方の氏名、職名等はもとより、その日時、支出金額等についても、これが明らかになると、秘匿すべき知事の右懇談(接伴)等が白日のもとにさらされ、あるいは本件文書に記録された情報以外の種々の情報と相まって推測され、その結果、爾後相手方その他関係者が同種の懇談(接伴)に応じなくなるなど、当該事務若しくは同種の事務の実施の目的が失われ、又はそれらの適切な実施を著しく困難にするおそれがあると解される。したがって、右懇談経費に関する情報は、本号に該当する情報ということができる。

(3) 知事の裁量権の侵害について

更に前記1の(四)で述べたとおり、被告栃木県知事の交際費支出は、個別的、具体的な事例ごとに、従来の先例を参考にして、相手方の地位、相手方の県との関わりの濃淡、貢献度の大小などを考慮し、知事が合理的な裁量により、その額を決定するものであり、その内容が逐一公開されて衆人監視の下に置かれた場合、知事の交際費支出に関する裁量が硬直化し、その結果、具体的事案ごとに事態に即応した適切な交際事務の実施ができなくなり、交際事務の目的である円滑な行政の運営が著しく損なわれるおそれがあると考えられる。確かに、知事は、私人と異なり公的な立場にある者であり、交際費の総額等明らかにされても当然受容しなければならない情報もあるが、知事は県の首長として、県を統括、代表し(地方自治法一四七条)、県の事務等を管理し及びこれを執行する(同法一四八条)者であって、交際費の支出についても、その独自の判断にしたがって右のような重要な職務を全うすべき職責にあり、知事として与えられた交際費支出に関する裁量の範囲も極めて広範なものであると解すべきであって、その支出の日時、相手方、支出項目及び金額を逐一公開すれば、知事の有する右の裁量権を不当に侵害するおそれが十分にあり、ひいては当該事務若しくは同種の事務の実施の目的が失われ、又はこれらの事務の適切な実施を著しく困難にするおそれがあるというべきである。

なお、行政実務においても、交際費に関する監査請求については、一般に地方自治法一九九条一項の一般監査において交際費の内容を逐一監査することは適当ではないと解されており、議会又は住民の直接請求による場合(同法九八条二項、七五条一項)には、その内容についても監査しうると解されるが、その場合であっても、結果の公表にあたっては、費目の性質上適当な配慮が必要と解されているところであって、このような解釈も前述の知事交際費に関する知事の広範な裁量権をその根拠としているものと解される。

(4) 以上のとおり、本件文書に記録された情報の中には、右(1)ないし(3)の見地からそれぞれ、本件条例六条五号の「当該事務の性質上、公開することにより、当該事務若しくは同種の事務の実施の目的が失われ、又はこれらの事務の公正若しくは適切な実施を著しく困難にするおそれのある」に該当する情報があるが、特に、右の(3)で述べたことからも明らかなように、知事の交際費に関する右裁量権の侵害を防止するためには、原則として本件文書の記載全般にわたり、開示しないことができるとしなければ、右裁量権を侵害するおそれが十分にあり、ひいては知事の交際事務の実施の目的が失われ、又はその実施の適切な実施を著しく困難にするおそれがあるというべきである。したがって、支出がほぼ客観的に決まり、公開しても知事の裁量権を侵害しないと思われる、前記1の(三)の(6)の雑費のうち特定の交際とのかかわりのない封筒代、葉書代、祝儀袋代、印刷代等の支出に関する一四件の情報は、本件条例六条五号の右要件に該当しないが、他の情報はいずれも同号の要件に該当するものと解すべきである。

(四)  以上の次第で、結局、本件文書に記録された情報のうち、前記一四件に関する情報を除く他の情報は、本件条例六条五号に該当し、被告栃木県知事は、本件文書中のこれが記録されている部分を開示しないことができるものである。

(五) これに対し、原告は、本件条例六条五号の解釈にあたっては、そこで保護されるべき利益が実質的に保護に値する正当なものであるか、またその利益侵害の危険が具体的に存在し、それが客観的に明白であるか、更に右のような危険があるとしても、逆に情報を非公開とすることによる弊害はないか、また公開することによる有用性や公益性はないかなどを総合的に解釈すべきであるところ、知事交際費の内容が明らかにされないことによって、交際費の使途、配分が公正、適正になされているか、実施機関の恣意、濫用にわたるものがないかなどを県民が監視、検討する機会が奪われるという弊害が予測され、逆に本件文書を開示するとすれば、右使途、配分が県民の自由な批判にさらされ、長期的かつ将来的には、右交際事務の公正、適切さを確保できるという有用性、公益性があり、本件文書を非開示とすることによる弊害及び開示することによる有用性、公益性が、これを開示することによる支障、弊害を上回っていると主張する。

しかしながら、本件条例六条五号は、同号に掲げる事務に関する情報について、これを公開することにより、当該事務若しくは同種の事務の実施の目的が失われ、又はこれらの事務の公正若しくは適切な実施を著しく困難にするおそれのある場合には、これを開示しないことができると定めているのであって、右要件以外に公文書を非開示とすることの弊害や開示することの有用性、公益性等を考慮すべきものとはしていない。また、右のようなおそれが存するか否かの判断が前記2の(二)の(3)で述べたとおり客観的になされなければならないことはいうまでもないが、同号は単に「著しく困難にするおそれ」があれば足りるとしているのであって、利益侵害の危険が具体的に存在し、それが客観的に明白であることまでを要件とはしていない。本件条例は、実施機関の管理する公文書を原則として開示すべきものとしつつ、六条各号に該当する場合は、公文書の開示することの弊害が開示することの有益性、公益性等を上回ると判断して、これを開示しないことができると定めているのであって、前記のとおり本件条例の公文書開示請求権が条例によって創設された権利であることを考慮すると、同条五号の右要件を所論のように総合して解釈すべき理由はないといわなければならない。

三  部分開示について

1  本件条例七条は、「実施機関は、前条に規定する公文書に同条各号のいずれかに該当する情報(当該情報が記録されていることによりその記録されている公文書について公文書の開示をしないこととされるものに限る。)以外の情報が記録されている部分が含まれている場合において、当該部分を容易に、かつ、公文書の開示の趣旨を失わない程度に分離できるときは、同条の規定にかかわらず、当該部分については公文書の開示をしなければならない。」と定めている。

2  前記のとおり、本件文書に記録された情報のうち、前記二の1の(三)で述べた封筒代等の雑費一四件は、本件条例六条五号に該当せず、同条一号、二号、四号その他各号にも該当しない情報と考えられる。

そこで、右情報について、被告に右部分開示の義務があるか否かについて検討するに、原告の開示請求は、昭和六〇年度における知事の交際費に関する情報を記録した公文書全ての開示を請求しているものであって、右請求の趣旨、目的に照らして考えると、被告にほとんど裁量の余地がない右一四件だけについて、その支出年月日、支出項目、金額を開示したとしても、右開示請求の趣旨が失われることは明らかであるから、本件の場合、開示請求の趣旨を失わない程度に分離できる場合には該当せず、被告は右部分の開示の義務を負わないものと解するのが相当である。

3  原告は、本件文書に記録された情報のうち、少なくとも金額欄だけは開示すべきであると主張する。

しかしながら、本件文書の各金額欄に記載された金額だけを開示しても、支出項目等が開示されなければ、結局当該金額が何に関するものであるかは全く不明で、無意味な数字の羅列にしか過ぎず、被告が既に開示した「返納票兼清算票」二通の記録内容(これによって、昭和六〇年度の知事交際費の総額は明示されている。)以上の内容は明らかとならないから、原告の開示請求の趣旨を失わない程度の部分開示とはならないと解される。

4  したがって、本件文書には、被告が部分開示をしなければならない部分は含まれていない。

四  以上の次第で、前記一四件に関する情報が記録されている部分を含めて、本件文書を全て非開示とした本件処分に違法はない。

五  よって、本件処分の取消を求める原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がないから、失当として棄却すべきであり、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村田達生 裁判官 草深重明 裁判官 三角比呂)

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