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宇都宮地方裁判所 昭和59年(行ウ)4号 判決 1989年11月30日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

(原告の請求の趣旨)

一  被告らは、塩谷町に対し、連帯して金六〇一万円及び右金員に対する昭和五九年九月一八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

(被告両名の答弁)

主文同旨

第二  当事者の主張

(原告の請求の原因)

一  当事者

原告は、栃木県塩谷郡塩谷町の住民であり、被告柿沼尚志(以下「被告柿沼」という。)は、昭和五二年四月以降、同町の町長の地位にあるもの、被告鬼怒川建設株式会社(以下「被告鬼怒川建設」という。)は、土木建設の請負を業とする株式会社である。

二  工事契約の締結

被告柿沼は、塩谷町町長として、昭和五八年四月一一日、被告鬼怒川建設との間に、左記の建設工事請負契約(以下「本件工事契約」という。)を締結し、同月一三日開かれた塩谷町議会の議決を経たうえ、同月一九日、工事前渡金として金一〇四五万円を支払った。

1 工事名  塩谷町総合公園工事(第五工区その一)(水害予防のための調整池の掘削と園路の造成工事)

2 工事箇所  栃木県塩谷郡塩谷町大字飯岡

3 工期  昭和五八年四月一二日から同年八月三〇日まで

4 請負代金  金三四八五万円

5 付記  議会の同意があった場合に本契約としての効力を生ずる。

三  変更契約の締結

被告柿沼は、昭和五八年五月一日、被告鬼怒川建設との間において、右公園の園路工事の方法を変更し、本件工事契約の請負代金額を六〇一万円増額した金四〇八六万円とする旨の変更契約を締結し、同年九月二日、同被告に右増額分を含む工事代金残額三〇四一万円を支払った。

四  変更契約の違法性

しかしながら、右変更契約は、以下に述べるとおり、被告柿沼が法令に違反して締結したものであり、違法、無効である。

1 随意契約の要件について

地方自治法二三四条一項、二項によると、普通地方公共団体が請負契約を締結する場合は、原則として一般競争入札の方法によるべきものとされ、指名競争入札または随意契約の方法によることができるのは、政令に定める場合に限られているところ、本件工事契約の右変更契約は、同法施行令一六七条の二に定める随意契約の方法によることができるとされている場合のいずれにも該当しないのに、随意契約の方法によりなされたものであり、違法、無効である。

即ち、

(一) 地方自治法が、地方自治体のなす契約について一般競争入札の方法によるのを原則とし、指名競争入札、随意契約の方法による場合を政令に定める場合に限定しているのは、契約締結における公正と機会均等を最大限に確保しようとする趣旨であるところ、競争入札の方法により決定された契約の内容を随意契約により変更しうるとすると、基本契約は損を覚悟で低廉な価格で落札し、後に追加ないし関連工事を無競争で受注することによって、基本契約における損失を填補することができることになり、当初の契約を競争入札の方法により行った趣旨を没却することになる。

したがって、基本となる工事契約が競争入札の方法により締結された場合は、その変更契約も競争入札の方法により締結されなければならない。

(二) また被告らは、本件工事契約の変更契約は、地方自治法施行令一六七条の二第一項三号の「緊急の必要により競争入札に付することができないとき」及び同項四号の「競争入札に付することが不利と認められるとき」に該当するから、随意契約の方法によることが許されると主張するが、以下に述べるとおり、右主張には理由がない。

(1) まず、本件変更契約は、「緊急の必要により競争入札に付することができないとき」には該当しない。

本件工事契約の対象である第五工区その一の工事は、他の工区における工事とは独立した工事であり、しかもその工期の終期は同工区その二を除く他の工区よりも遅い昭和五八年八月三〇日と定められており、また工期内にどうしても完成しなければならない事情もなかったのであって、本件工事を緊急に完成しなければ他の工区の工事に支障を来すという事態はなかった。また遅くとも工期の始期後間もない昭和五八年四月一九日には変更契約が必要であることが町当局の調べで判明したのであるから、この時点で競争入札に付したとしても、時期を失するなどにより経済上の不利益を被るおそれはなかった。したがって、「緊急の必要により競争入札に付することができない」とはいいがたい。

(2) また、本件変更契約は、「競争入札に付することが不利と認められるとき」にも該当しない。

本件工事の変更契約の内容は、前記塩谷町総合公園の園路工事の方法について、本件工事契約では路面の掘削工事のみであったものを、通常道路の路盤工事仕様に準拠し、路面を六五センチメートル以上掘削し、五〇センチメートルの厚さで砕石を入れる置換工法に変更するというものであり、新たな工事の追加に等しい工事内容の変更である。また園路工事の工事方法の変更は、第五工区その一と隣接する第四工区についてもなされており、右変更後の請負代金は、元の請負代金額に比して、第四工区については六八パーセント、第五工区その一については一七パーセントそれぞれ増加しており、両者を併せた園路工事全体としては、約三〇パーセントも増加している(なお、本件変更契約では、安全費が変更前の一〇倍も増加しており、町の内部資料による歩掛率を機械的に適用して算出される数値としては異常に増加しているのであって、変更後の見積額の正確性は疑わしい。)。右契約内容の独立性及び請負代金の増加率に照らすと、第五工区その一の調整池の掘削工事と園路工事とを分離し、第五工区その一と第四工区の園路工事を併せて一つの独立した工事とし、これを競争入札に付した方が、塩谷町にとって有利な契約が成立する可能性が高い。したがって「競争入札に付することが不利」とはいいがたい。

2 設計変更の可否

なお、被告らは、本件変更契約は地方自治法二三四条一項及び二項にいう「随意契約」の方法により締結されたものではなく、前記随意契約の要件を充たしていなくても、塩谷町財務規則八二条、同町建設工事執行規則二〇条、二一条に基づいてこれを締結することができると主張するが、仮に被告主張のように、本件変更契約が随意契約の方法により締結されたものではないとしても、右各規則の定める要件をみたしてはいないから、結局は違法、無効である。

即ち、

(一) 塩谷町財務規則八二条は、天災その他特別の理由があるときは契約の相手方と協議の上契約の内容を変更することができる旨規定しているが、本件においては、天災その他特別の理由がないことは明らかである。

(二)(1) 塩谷町建設工事執行規則二〇条、二一条は、同町が発注した工事請負契約について、工事着工後に工事内容等に変更の必要が生じた場合に、これに伴い契約内容の変更をしうる場合を定めているが、これは事情の変更が生じた場合に、不測の事態に基づく危険を請負業者に負担させるのは公正ではないとの理由によるものである。したがって、「工事現場の地質、湧水等の状態、施工上の制約等設計図書に示された自然的又は人為的な施工条件が実際と相違する」(同規則二〇条一項三号)などの設計変更を必要とする事実を、当初の契約の時点において、契約当事者が現に予測しておらず、また予測することができなかったことが必要である。契約の時点で、請負業者が追加工事等のありうることを予測し、あるいは予測しえた場合は、その後において工事内容に変更が生じて工事費用が増加したとしても、発注者がこれを填補する必要はなく、このような場合に安易に設計変更を認めると、競争入札を原則とした地方自治法の趣旨を没却することになるからである。

(2) これを本件についてみると、<1>被告鬼怒川建設は、本件工事契約が締結された日の僅か二日後で、議会において右契約の承認議決がなされた当日である昭和五八年四月一三日に、塩谷町に対し、「工事請負契約内容条件変更届」を提出しているが、これはあまりにも手回しが良すぎること、<2>本件工事の設計変更は、当初本件工事に利用する予定であった自衛隊の作業道路等が軟弱であり、トラックが通行不能であるため、本件工事のために使用することができないことが理由とされているが、右道路等の状態は、契約当時には既に町当局及び在町の工事業者に知られていたと考えられることなどに徴すると、町当局と被告鬼怒川建設は、本件工事契約の設計変更があることを現に予測していたか、十分予測しえたばかりでなく、右両者が右設計変更について通謀していた疑いさえある。

(3) したがって、本件においては工事の設計変更に伴い請負代金等の契約内容を変更することは許されず、本件工事契約の変更契約は、塩谷町建設工事執行規則二〇条、二一条に違反し、違法である。

3 議決の欠缺

(一) 地方自治法九六条一項五号、同法施行令一二一条の二第一項、別表第一、昭和三八年塩谷町条例一八号二条によると、本件工事契約の変更契約の締結については、町議会の議決を要するところ、右変更契約は、町議会の議決を経ずに締結されたものであり、違法、無効である。

(二) 被告らは、昭和五八年一二月一五日に開かれた塩谷町議会において、右変更契約について承認議決を経た旨主張するが、右議決は、以下に述べる理由により、不存在又は無効である。

(1) 議決の不存在

被告柿沼は、本件変更契約を締結した後である昭和五八年一二月一五日に開かれた塩谷町議会(一二月定例会)において、工事現場の道路の地盤が軟弱であり、延長二〇〇メートルにわたり深さ五〇センチメートル、幅員四、五メートルで、新しく路盤作りをする必要が生じたため、昭和五八年五月一日、塩谷町総合公園第五工区その一の工事変更請負契約を締結し、議会の議決を経ないまま執行した旨の説明をしたうえで、議会に対し、右変更契約についての承認を求めた。

しかしながら、被告柿沼の右説明は、実際に締結された本件工事契約の変更契約の内容とは異なっているから、塩谷町議会は、実際に締結された本件変更契約について、未だ承認議決をしていないというべきである。したがって、本件変更契約については、町議会の議決は存在しない。

(2) 議決の無効

仮に議決が存在するとしても、議会の議決手続には重大な瑕疵があるから、当該議決は違法であり、当然無効である。即ち、地方自治法九六条五号、同法施行令一二一条の二が、本来地方公共団体の長の権限に属する契約の締結について、議会の議決を要すると定めているのは、議会の予算議決権との関連で、重要な契約については、地方公共団体の長の執行行為の監督を議会になさしめようとする趣旨であるところ、右議決は、前記のとおり、議案の提案者である被告柿沼からの虚偽の説明に基づき、しかも議員に対し内容を検討するための資料も全く配布されないまま、議決されたものであって、議決手続に重大な瑕疵があり、無効である。

また、右議会の議決は、被告柿沼の右虚偽の説明により、全ての議員が錯誤に陥ってなしたものであるから、無効である。

五  被告柿沼の責任

被告柿沼は、塩谷町の町長として、同町との委任関係の本旨に従い、善良なる管理者の注意をもって、右委任事務を処理する義務を負うものであるところ、本件工事契約の変更契約は、以上に述べたとおり、被告柿沼が故意又は過失により法令に違反して締結したものであり、違法、無効であるから、右変更契約に基づいて支出された工事代金の増額分六〇一万円の支出も違法であり、同被告は、債務不履行又は不法行為に基づき、塩谷町の被った右損害六〇一万円を賠償すべき義務がある。

六  被告鬼怒川建設の責任

また、被告鬼怒川建設は、右に述べたとおり、無効な変更契約に基づいて、工事代金の増額分六〇一万円の支払いを受けたのであるから、塩谷町に対し、不当利得として右六〇一万円を返還すべき義務がある。

七  住民監査請求

原告は、被告柿沼がした本件変更契約の締結及びそれに基づく公金の支出について、昭和五九年六月二五日、塩谷町監査委員に対し、地方自治法二四二条に基づく監査請求をしたが、同監査委員は、監査の理由がないとして、同年八月八日、その旨を原告に通知した。

八  よって、原告は、地方自治法二四二条の二第一項に基づき、塩谷町に代位して、債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告柿沼に対し、不当利得返還請求権に基づき、被告鬼怒川建設に対し、連帯して、前記金六〇一万円の支払いを求めるとともに右金員に対する本訴状送達の日の翌日である昭和五九年九月一八日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(請求の原因に対する被告らの認否)

一  請求の原因一ないし三項及び七項は認める。

二  同四項の事実は否認し、法律的主張は争う。

なお、本件工事契約の変更契約が随意契約の方法により締結されたとの点は争う。被告らは、当初右の点を認め、後でこれを争うに至ったが、右主張の変更は、単なる法律的主張の変更であって、本件変更契約が随意契約の方法により締結されたことについて、自白は成立していない。

仮に、右の点について、被告らの自白が成立している場合は、右自白は、真実に反し、かつ錯誤に基づくものであるから、これを撤回する。

三  同五項、六項及び八項は争う。

(被告らの主張)

本件変更契約は、以下に述べる理由により、適法である。

一  設計変更

1 本件変更契約は、塩谷町財務規則八二条、同町建設工事執行規則一〇条、二〇条及び二一条に基づき、本件工事契約の設計変更として締結されたものであって、適法である。

2 地方自治法二三四条一項の規定する普通地方公共団体の契約締結の方法(一般競争入札、指名競争入札、随意契約、せり売り)に関する定めは、基本的な契約の締結方法について定めたものであり、基本的な契約を締結した後、事情の変更等により右基本的な契約の内容を、その同一性を失わない程度に変更する契約は、地方自治法二三四条一項の「契約」には含まれない。したがって、基本契約を同一性を失わない程度に変更する契約(変更契約)は、同法二三四条二項、同法施行令一六七条の二に定める随意契約の方法によることができるとされている場合に該当するか否かにかかわらず、塩谷町財務規則八二条、同町建設工事執行規則一〇条、二〇条及び二一条に基づいて、これを締結することができる。

3 本件変更契約は、塩谷町総合公園工事の第五工区その一の園路工事の方法について、本件工事契約では盛土、切土の工法により造成するとしていたものを、更に道路に五〇センチメートルの厚さで砂利を入れ、三〇センチメートル幅の路肩をつけるようにしただけのものであって、工事方法を部分的に変更するものであり、また請負代金についても、本件工事契約の請負代金の一七パーセントである六〇一万円を増加するだけであって、本件工事契約をその同一性を失わない程度に変更する契約に過ぎないから、随意契約の要件を充たしているか否かにかかわらず、塩谷町財務規則八二条、同町建設工事執行規則一〇条、二〇条及び二一条に基づいて、これを締結することができる。

4 そして、塩谷町財務規則八二条は、「天災その他特別の理由があるとき」は契約の内容を変更しうると規定し、同町建設工事執行規則二〇条一項三号は、「工事現場の地質、湧水等の状態、施工上の制限等設計図書に示された自然的又は人為的な条件が実際と相違する」ときは、請負者が発注者にその旨を通知する旨を、同規則二一条は、発注者がそれに基づいて設計変更しうる旨をそれぞれ定めている。ところで、本件工事前の昭和五八年三、四月に長雨があって、本件工事現場及びその付近の地盤が軟弱となったため、調整池の掘削工事で掘り出される多量の土砂を運搬する予定のトラックが、自衛隊の作業道路を通行することができず、園路(右掘削工事中は右運搬用の通路として利用される予定であったもの)の工事もできなくなり、本件工事契約の設計変更が必要になった。町当局や被告鬼怒川建設は、右自衛隊道路等の状況の変化を予測していなかったし、予測することができなかった。したがって、右各規則の要件は十分に充たされている。

5 以上の次第で、本件変更契約は、適法である。

二  随意契約の要件

仮に、本件変更契約が、随意契約の方法により締結されたものであるとしても、地方自治法二三四条二項、同法施行令一六七条の二第一項の定める随意契約の方法によることができる場合のうち、同項三号の「緊急の必要により競争入札に付することができないとき」及び同項四号の「競争入札に付することが不利と認められるとき」に該当するから、適法である。

1 三号(緊急の必要)について

本件工区の工事は、水害予防のための調整池の掘削工事と園路造成工事であるが、調整池の掘削工事を行うためには、右掘削工事によって掘り出された土砂を運搬する道路が必要であった。しかるに、本件工事契約締結後、当初利用を予定していた自衛隊の作業道路は、地盤が軟弱なためトラックの通行が不能で使用できないものであることが判明したうえ、工事用道路を兼ねる予定であった園路そのものについても、その工法を変更する必要が生じた。特に、本件工事の初まる前の昭和五八年三月及び四月に予想外の雨天が続き、調整池の早い完成が期待されており、そのため本件設計変更契約を緊急に締結する必要があった。

したがって、本件変更契約は、地方自治法施行令一六七条の二第一項三号の「緊急の必要により競争入札に付することができないとき」に該当する。

2 四号(競争入札に付することが不利)について

本件変更契約は、園路工事の方法を当初盛土、切土の工法により造成するとしていたものを、更に道路に五〇センチメートルの厚さで砂利を入れ、三〇センチメートル幅の路肩をつけるようにしたものであり、当初の工事と直接関連する工事であって、これを他の業者に行わせることは、資材、工期、請負金額等において割高となり、かえって不利となる。

したがって、本件変更契約は、地方自治法施行令一六七条の二第一項四号の「競争入札に付することが不利と認められるとき」に該当する。

四  議会による承認議決

1 被告柿沼は、昭和五八年一二月一五日、本件変更契約について、議会の承認を求めたところ、同日、その承認議決が得られた。したがって、本件変更契約は、右追認議決によってその瑕疵が治癒されたから、被告鬼怒川建設に対する請負代金の増額分六〇一万円の支出行為は適法である。

2 原告は、右議会における被告柿沼の提案理由には虚偽があるから、本件変更契約に関する議会の承認議決は不存在又は無効であると主張するが、被告柿沼が園路の延長工事を約二〇〇メートルと説明したのは、単なる勘違いによるものである。

右議会に先立つ昭和五八年一一月二八日、塩谷町議会土木常任委員が本件工事の設計変更箇所について現場調査を行った際、同委員は、町当局者から設計変更後の工事内容が記載された塩谷町総合公園建設工事費明細書を渡されており、また議会の当日においても、被告柿沼の他に、担当の課長から資料に基づく詳細な説明がなされており、質疑、質問の時間も十分にあったのであって、右議決は、慎重な審議を経てなされたものであるから、有効である(なお、被告柿沼は、昭和五九年九月に開かれた議会において右提案理由の説明の誤りを訂正した。)。

(被告らの主張に対する原告の認否)

一 いずれも争う。

二 なお、被告らは当初、本件変更契約が随意契約の方法により締結されたことを認めていたが、これは、裁判上の自白にあたり、原告は右自白の撤回には異議がある。

第三 証拠<省略>

理由

一  請求原因一(当事者)、二(工事契約の締結)、三(変更契約の締結)及び七(住民監査請求)は、いずれも当事者間に争いがない。

二  変更契約の違法性等について

1  地方自治法二三四条一項の「契約」について

原告は、本件変更契約は随意契約の方法により締結されたと主張しているところ、被告は、右契約は指名競争入札の方法により締結された本件工事契約を単に部分的に変更するだけの契約であって、地方自治法二三四条一項の定める「契約」には含まれないから、同条二項、同法施行令一六七条の二の定める随意契約の要件を充たしているか否かにかかわらず、塩谷町は、同町の定める規則に則り、これを締結することができると主張する(なお、被告らが当初本件変更契約が随意契約の方法により締結されたことを認めたのは、法律的主張であって、右の点について被告らの自白は成立していないと解するのが相当である。)。

よって、検討するに、地方自治法二三四条一項は、普通地方公共団体の締結する「売買、貸借、請負その他の契約は、一般競争入札、指名競争入札、随意契約又はせり売りの方法」によることと規定しており、その文言上、対象となる契約の種類を特に限定していないこと、また同条二項は、普通地方公共団体の締結する契約について、機会均等の理念に適合した契約の公正と契約価格の有利性を確保するため、一般競争入札を原則とし、指名競争入札、随意契約及びせり売りの方法は、政令で定める場合に該当するときに限り、これによることができると規定し、その趣旨の徹底を図っていることなどに鑑みると、同条一項にいう「契約」には、普通地方公共団体の締結する全ての私法上の合意が含まれると解するのが相当である。

したがって、本件変更契約も、同条一項の「契約」に該当すると解され、結局、本件変更契約は、同条一項及び二項の定める随意契約の方法により締結されたものというべきである。

2  随意契約の要件

原告は、本件変更契約について、地方自治法二三四条二項、同法施行令一六七条の二の定める随意契約の要件をなんら充たさないにもかかわらず締結された違法があると主張するので、以下検討する。

(一)  「競争入札に付することが不利と認められるとき」(同施行令一六七条の二第一項四号)について

(1) 地方自治法二三四条二項が、普通地方公共団体が締結する契約について、一般競争入札の方法によることを原則とし、他の方法を例外として政令の定める場合に限定しているのは、前記のとおり、契約の公正を確保し、契約価格の有利性を図る趣旨である。したがって、普通地方公共団体が締結した契約について、その履行中にこれを変更する契約が、同法施行令一六七条の二第一項四号の「競争入札に付することが不利と認められる」場合に該当するか否かの判断は、契約の公正の確保及び契約価格の有利性を図る趣旨に照らし、変更契約の内容と変更前の契約の内容との関連性、設計変更の理由、変更契約の請負代金の額とその決定過程の合理性など諸般の具体的事情を総合考慮してなすべきであると解される。

(2) そこで、これを本件について検討するに、前記一の事実、<証拠>によると、以下の事実が認められる。

[1] 本件工事契約(塩谷町総合公園第五工区その一)の内容は、水害予防のための調整池の掘削と園路(右掘削工事中は掘削された土砂を運搬するための道路として利用される予定であったもの)の造成工事であったこと、ところが、本件工事前の昭和五八年三月から四月にかけて降った長雨によって、本件工事現場及びその付近の地盤が軟弱となったため、右園路を本件工事契約において設計されていた盛土、切土の工法で工事しても、掘削された土砂を運搬するトラック等の車両がそこを通行できる見込みが立たず、また予備的に、右トラック等の通行を予定していた付近の自衛隊の作業道路も、右通行をすることができなくなったこと、そこで、右調整池の掘削工事を行うためには、右園路(工事中は掘削された土砂を運搬する道路として利用される予定のもの)の工法を変更することが必要不可欠となったこと

[2] 本件変更契約は、右園路工事の方法について、本件工事契約では四メートル幅の道路を盛土、切土の工法により造成するとしていたものを変更し、右四メートル幅の道路に置換工法を施して路面に五〇センチメートルの厚さで一〇〇ミリメートル以下の砂利を入れ、更に三〇センチメートル幅の路肩をつけるようにするものであること

[3] 本件変更契約の締結に当たっては、本件工事の設計と見積りを行った株式会社あい造園設計事務所(以下「あい造園」という。)に変更する工事の設計と工事費の見積りをさせ、町当局において、右変更内容と見積額を基礎に町の内部資料に基づいて設計変更後の請負代金の見積額(四三〇八万円)を算出し、本件工事契約の際の塩谷町の見積額(三六七四万円)に対する被告鬼怒川建設の落札額(三四八五万円)の割合(九四・八五パーセント)を設計変更後の町の見積額に乗じた額を、本件変更契約の請負代金額(四〇八六万円)と決めたこと

以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

以上の事実によると、本件変更契約の内容は、本件工事契約の内容と密接に関連しており、当初の工事を落札した業者にこれを行わせる方が、工事の手順や工事用の機械等の利用に便宜を図ることができると考えられ、本件設計変更は工事を遂行するうえで必要不可欠なものであり、また、設計変更による請負代金額は、本件工事請負契約の請負代金の約一七パーセントにとどまり、新たな工事という程の規模ではなく、その金額の決定も設計変更の内容に応じて合理的になされたものと認められ、以上を総合すると、本件変更契約を本件工事契約の落札者である被告鬼怒川建設との間で締結したことには、十分に合理性があり、塩谷町にとっても有利であったと認められる。もしこれを新たな工事として競争入札に付すると、かえってその手続に相当の期間、手数と費用を要し、しかも工事の手順を複雑にし、工事用の機械の利用に便宜が図れないなど、工事の完成までに様々な支障が予想されるのであって、塩谷町にとって不利になると考えられる。したがって、本件変更契約の締結については、地方自治法施行令一六七条の二第一項四号の「競争入札に付することが不利と認められるとき」に該当するというべきである。

(3) もっとも、<証拠>によると、本件工事を設計したあい造園は、本件工事を設計した当初から、工事現場の地盤が軟弱で、盛土や切土の工法による園路の造成では、掘削した土砂等を運搬するトラックの通行が困難であることをある程度予測しており、町当局においても、工事現場の地盤が軟弱であることを本件工事契約締結前からある程度予測し、トラック等の通行が困難であった場合、園路工事については、設計変更で対応しようと考えていたこと、本件変更契約では、町の内部資料による歩掛率を機械的に適用して算出されるべき工事の安全費が、変更前(二五万六〇二七円)の一〇倍以上である二九三万三六二〇円に増額しており、変更前後のいずれかの計算が誤りであった可能性があることがそれぞれ窺われ、これに反する証人大島の証言(第一回、第二回)は採用しがたい。

しかしながら、前記(2)の[1]ないし[3]認定の事実に照らすと、右の事実だけでは、本件変更契約の公正と価額の有利性を損なうとまではいいがたく、競争入札に付することが不利であるとの前記判断を左右するものとはいえない。

(4) なお、原告は、園路工事の工事方法の変更は第五工区その一と隣接する第四工区についてもなされており、右変更後の請負代金は両工区を併せると約三〇パーセントも増加しているから、第五工区その一と第四工区の各園路工事を併せて一つの独立した工事とし、これを競争入札に付した方が、塩谷町にとって有利な契約が成立する可能性が高いと主張するが、前記(2)の[1]ないし[3]認定の事実に照らすと、原告主張のような方法が直ちに町にとって有利であるとはいいがたく、また、法が一度業者に発注した工事について、右業者との契約を一部にせよ解消したうえ、これを原告主張のように別業者に行わせるような変更をすべきことまでを求めているとは解されないから、右主張は理由がない。

(二)  以上検討したとおり、本件変更契約は、地方自治法二三四条二項、同法施行令一六七条の二第一項四号に該当した適法なものであることになるから、それが随意契約の要件を充たしていない違法、無効な契約であるとの原告の主張は理由がない。

3  塩谷町財務規則、同町建設工事執行規則について

なお、原告は、本件変更契約は、塩谷町が契約を変更しうる場合を定めた塩谷町財務規則八二条、同町建設工事執行規則二〇条、二一条に反し、違法、無効であるとも主張するので、この点についても、検討を加えておく。

(一)  塩谷町財務規則八二条は、塩谷町の締結する一般の契約について、「天災その他特別の理由があるときは」、「契約の全部又は一部を解除し内容を変更」することができると規定しているが、そのうち工事請負契約については、塩谷町建設工事執行規則が設計変更をしうる場合とその変更の手続について規定しているから、工事請負契約については、右建設工事執行規則の定める要件に該当すれば、同町財務規則の要件も充たしていると解するのが相当である。

(二)  そこで、塩谷町建設工事執行規則の定める要件を充たしているか否かを検討するに、同規則二〇条は、請負者が工事施工に当たり、「工事現場の地質、湧水等の状態、施工上の制約等設計図書に示された自然的又は人為的な施工条件が実際と相違すること」(一項三号)に該当する事実を発見し、これが確認された場合において、必要があると認められるときは、「工事内容の変更又は設計図書の訂正を行わなければならない。」(三項)と規定し、更に同規則二一条は、発注者が「必要があると認めるときは」、「工事内容を変更」することができる(一項前段)と定めており、いずれの場合においても、「必要があると認められるときは」、「工期若しくは請負代金を変更し、又は必要な費用を発注者が負担しなければなら」ず(二〇条四項、二一条一項後段)、「工期又は請負代金の変更は、」請負者と発注者が「協議して定める。」(二〇条四項、二一条二項)と規定している。

本件では、前記2の(一)の(2)の[1]のとおり、工事現場の地盤は軟弱となったため、本件工事契約において設計されていた工法では、園路(掘削工事中は掘削された土砂を運搬する道路として利用される予定のもの)をトラック等の車両が通行できる見込みが立たなかった等の状況があったから、右二〇条三号(工事現場の地質、湧水等の状態、施工上の制限等設計図書に示された自然的又は人為的な施工条件が実際と相違すること)に該当し、また工事を遂行するためには、本件変更契約により園路の工事方法を変更することが必要不可欠であったから、右二一条一項(発注者が必要があると認めるとき)にも該当すると解すべきである。また、請負代金額の変更は、前記2の(一)の(2)の[3]認定のとおり、設計変更の内容に応じて合理的になされているから、同規則二一条一項後段にいう「必要があると認められるとき」に該当すると解すべきである。

(三)  右の点について、原告は、塩谷町建設工事執行規則二〇条、二一条は、同町が発注した建設請負工事契約について、契約当事者が予測しえないような事情が生じたときに限って、契約を変更しうる趣旨であるところ、本件では、塩谷町当局及び被告鬼怒川建設のいずれもが設計変更があることを現に予測していたか、予測しえた場合であるから、契約を変更して請負代金を増額することは許されないと主張する。

確かに塩谷町当局は、前記2の(一)の(3)認定のとおり、ある程度契約変更を見込んでいたことが窺われるが、町当局及び請負者が予想される設計変更を奇貨とし、これを利用して請負者に不当な利益を与えるなど、契約の公正と契約価格の有利性を損なうような不当な事情があるときは格別、そのような事情までは認められない本件においては、前記のような工事遂行上必要な設計変更及びこれに伴う契約の変更ができなくなると解することはできない。

(四)  以上のとおり、本件変更契約は、塩谷町建設工事執行規則二〇条及び二一条に定める要件を充たしており、したがってまた同町財務規則八二条の要件をも充たしていると解されるから、これらの規則に違反しているとの原告の主張は、理由がない。

4  議決の存否ないし効力

原告は、本件変更契約は町議会の議決を経ずに締結されたものであり、また昭和五八年一二月一五日に開かれた塩谷町議会における被告柿沼の本件工事契約の変更契約に関する議案の提案理由には重大な誤りがあるから、本件変更契約に関する町議会の議決は、不存在又は無効であると主張する。

確かに、<証拠>によると、被告柿沼は、本件変更契約を締結した後である昭和五八年一二月一五日に開かれた塩谷町議会(一二月定例会)において、本件変更契約の締結について町議会の承認を求める議案を提案する際、工事現場の道路の地盤が軟弱であり、延長約二〇〇メートルにわたり深さ五〇センチメートル、幅員四、五メートルで、新しく路盤作りをする必要が生じたため、昭和五八年五月一日、塩谷町総合公園第五工区その一の工事変更請負契約を締結し、議会の議決を経ないまま執行した旨の説明をしたが、工事内容を変更する園路の長さは実際は約四五三メートルであり、右提案理由にはこの点について誤りがあったこと、被告柿沼は、右誤りを昭和五九年九月一四日から同月二〇日までの間に開かれた町議会で訂正し、議会に対して謝罪したことが認められる。しかしながら、昭和五八年一二月一五日になされた右議決が本件変更契約に関するものであることは明らかであり、それがなされた以上、右に認定した程度の提案理由の誤りは、議決の存否ないし効力を左右する事由とはならない(議員は、提案された議案について、資料が必要であればこれを要求し、納得ができなければ自らこれを調査して、慎重に審議し、表決すべき責務がある。)から、原告の右主張には理由がない。

5  以上のとおり、本件変更契約について原告が主張する違法事由は、いずれも理由がなく、したがって、本件変更契約を締結した被告柿沼の行為には、なんらの違法もない。

三  よって、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村田達生 裁判官 草深重明 裁判官 三角比呂)

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