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宇都宮地方裁判所 昭和38年(ワ)221号 判決 1968年8月31日

原告

野沢シナ

ほか三名

被告

石川幸男

ほか一名

主文

一、被告等は連帯して、原告野沢シナ、同きよ子、同洋子に対して各金五二八、五〇九円、同神永渡に対して金一二三、〇〇〇円と、それぞれ右各金員に対する昭和三八年九月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告等のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は全部被告等の負担とする。

四、この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告等は連帯して、原告野沢シナ、同きよ子、同洋子に対し各金八〇〇、〇〇〇円、同神永に対し金五〇〇、〇〇〇円と、それぞれ右各金員に対する昭和三八年九月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決と仮執行の宣言を求め、

請求の原因として、次のとおり述べた。

一、被告石川は自動車運転者、被告波多野はその使用者で、且つ、本件事故を起した自家用大型貨物自動車(栃一せ五五一号)の保有者である。

二、被告石川は、昭和三八年七月一六日午前零時一〇分頃、右自家用大型貨物自動車を運転して宇都宮から東京方面へ向け国道四号線を進行し、茨城県古河市大字古河八四六番地先にさしかかつた際、反対方向から進行して来た訴外野沢延雄運転、原告神永同乗の普通貨物自動車(栃四せ六九六二号)と衝突し、これがため、訴外野沢延雄を頭蓋底骨折によりその場で即死させ、原告神永に対し、脳震盪症、右眉部左頬部挫創、鼻骨粉砕骨折兼鼻部挫滅裂創、右前胸部打撲症、左前胸部右手背手指左右下腿足関節部挫傷による全治約一ケ月間の安静加療を要する重傷を負わせたものである。

三、前記事故は、被告石川の過失によるものである。

即ち、被告石川は、自車の後部荷台に大谷石約八トンを積み、前記国道四号線上を時速約六五キロメートル(制限速度は四〇キロメートル)でセンターライン直近を進行し、前記事故現場へさしかかつた際、訴外野沢延雄の車が反対方向から進行してくるのを約三五メートルの距離に認めたが、斯る場合自動車の運転者としては、前方注視の義務を尽して、衝突を避けるため左へ譲るか又は徐行すべきであるのに拘らず、被告石川はこれを怠り、漫然前記の速度と進路で運転を続けたため本件事故を起したものであるから、同被告の過失責任は免れない。

而して、被告波多野は、前述の如く被告石川の使用者であり、且つ本件事故を起した自動車の保有者であるから、自動車損害賠償保障法第三条及び民法第七一五条による責任を負わねばならない。

四、訴外野沢延雄は本件事故により左の損害を受けた。

(1)  得べかりし利益の喪失による損害

(イ)  訴外延雄は昭和八年一〇月二一日生れで、本件事故による死亡当時は満三〇才であつたから、その平均余命は昭和三〇年厚生省作成第一〇回生命表によれば三九・七〇年である。

(ロ)  訴外延雄は有限会社組織でダンボールケースの製造販売を営み、同人の死亡当時の収入は月給三五、〇〇〇円、家賃その他で金一〇、〇〇〇円、税金は一ケ月平均金一、〇〇〇円、食費と小遺い一ケ月金五、〇〇〇円であるから、差引一ケ月の収益は同三九、〇〇〇円、年間収益は金四六八、〇〇〇円、平均余命までの収益は金一八、五七九、六〇〇円であり、これをホフマン式計算法により中間利息を控除して計算すると金六、二二四、〇〇〇円となる。

(2)  なお、訴外延雄の精神的損害は金一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

五、原告野沢シナは訴外延雄の妻、同きよ子同洋子はその娘である。

ところで、右延雄の損害につき、自動車損害賠償責任保険から金五〇〇、〇〇〇円と、被告波多野から香典金一〇、〇〇〇円、合計金五一〇、〇〇〇円が支払われたので、これを控除した金六、七一四、〇〇〇円の各三分の一づつを右原告等が相続した。

よつて、原告野沢シナ母子はその内金八〇〇、〇〇〇円づつを本訴で請求する。

六、原告神永の本件事故による損害

原告神永は、野沢延雄に雇われ、月給三〇、〇〇〇円を得ていたが、本件負傷により入院したため三ケ月分の月給九〇、〇〇〇円を得られず、医療費雑費等に金五〇、〇〇〇円を支出し、更に三ケ月の入院とその後の通院による苦痛、後遺症による苦痛不便、顔面の傷痕等による精神的打撃は金五〇〇、〇〇〇円に相当するから、右合計金六四〇、〇〇〇円の内金五〇〇、〇〇〇円を本訴で請求する。

なお、原告神永の入院中の医療費は、自動車損害賠償責任保険によつて支払われたから、その分は請求しない。

七、よつて、被告等は連帯して、原告野沢シナ、同きよ子、同洋子に対し各金八〇〇、〇〇〇円、同神永に対し金五〇〇、〇〇〇円と、それぞれ右各金員に対する本件訴状が被告等に送達された日の翌日である昭和三八年九月一一日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告等訴訟代理人は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、

請求原因事実に対する答弁並びに被告等の主張として、次のとおり述べた。

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、同第二項の事実中、原告等主張の日時場所において、訴外野沢延雄運転(原告神永同乗)の自動車と、被告石川運転の自動車の衝突事故があつたことは認めるが、他は争う。

三、同第三項以下は争う。

四、仮に被告石川に本件事故につき過失があるとしても、相手方にも過失がある。

すなわち、本件事故は、被告石川ならびに訴外野沢延雄が互に反対方向からセンターライン附近を進行し、すれ違う際に生じた事故であり、訴外野沢延雄としても、反対方向から被告車が進行して来るのを認めた場合、自己の前照灯で相手方が眩惑されることのないようライトの切替をなすべきであるのに、右訴外人は、これをなさなかつたうえ、直前でセンターラインを越えて被告車の進行する右側に寄つて来た過失がある。

従つて、訴外人の右の如き過失は、本件損害賠償額の算定にあたつて、大いに考慮せられるべきである。

〔証拠関係略〕

理由

一、被告石川は自動車運転者であり、被告波多野はその使用者で且つ本件事故を起した自家用大型貨物自動車の保有者であること、原告等主張の日時場所において、被告石川運転の右大型貨物自動車と、訴外野沢延雄運転(原告神永同乗)の普通貨物自動車が衝突事故を起したこと、は当事者間に争いがない。

二、まず、右衝突事故の態様と被告等の責任について考察する。〔証拠略〕を綜合すると、次の事実が認められる。

(1)  被告石川は、本件事故の前日の一五日に、本件事故を起した自動車の荷台に大谷石約八トンを積み、自宅で午後五時頃から一休みしたあと、午後一一時頃、右自動車を運転して国道四号線を北から南へ東京方面に向つて出発し、翌一六日午前零時一〇分頃、時速約六〇キロメートルの速度で、センターライン直近を進行しながら本件事故現場へ近づいた時、反対方向、すなわち南から北へ向つて進行してくる訴外野沢延雄運転の自動車を相当遠距離に発見した。

(2)  発見後、被告石川は自車のライトを近目に切替えたが、速度と進路は従前通りにしていても衝突はしないと考えてそのまま進行を続けたところ、対向車はライトの切替えをせずにセンターラインの直近を走つて来るので、対向車が近づくにつれて、被告石川はその光りのためにやゝ視界を妨げられたが、約二〇メートルに近づいた時、対向車はセンターラインを越えて約〇・四メートル被告石川の進路に侵入して来たので、被告石川は危険を感じ、ハンドルを左に切り、ブレーキを踏んだが避け切れず、自車の右前部が対向車の右前部と衝突し、そのため、対向車は前部を大破し、斜右後方に約一〇・四メートル押戻され、前部を北西に向け西側歩道に乗上げて停り、被告車は衝突地点から斜左に走り、東側歩道に乗上げ、電柱を押倒し、更に畑の中に突込み、衝突地点から約六四・五二メートル斜左前方に進行して停つた。

(3)  右衝突事故により、訴外野沢延雄は頭蓋底骨折のため対向車内の運転席において死亡し、同乗していた原告神永は路上に投出され、脳震盪症、右眉部左頬部挫創、鼻骨粉砕骨折兼鼻部挫滅裂創、右前胸部打撲症、左前胸部右手背手指左右下腿足関節部挫傷の傷害を蒙つた。

以上認定した事実によれば、被告石川は、夜間における制限速度五〇キロメートル(昼間は四〇キロ)を超えた時速約六〇キロメートルの速度でセンターライン直近を進行していた時、対向車がライトを切替えずにセンターライン直近を進行して来るのを認め、さらに、対向車のライトにより前方の視界がやゝ不十分となつたのであるから、斯る場合、自動車運転者としては、事故の発生を防止するため、減速徐行の措置を取るか、又は進路を左に寄せるなどの適宜の措置を取る義務があるにもかゝわらず、被告石川は右いずれの措置も取らず、従前の速度と進路のままで走つたため、対向車がセンターラインを越えて自車の進路に侵入した際、避譲措置が間に合なかつたものであるから、本件事故の発生につき、被告石川にも過失責任があることは免れない。

次に、被告波多野は、本件事故に際して被告石川が運転していた大型貨物自動車の運行供用者であるから、自動車損害賠償保障法第三条に定める三つの無過失要件を立証しない限りその責任を免れ得ないものであるところ、前述の如く、被用者たる被告石川に過失がある以上、たとえ同被告が刑事上の訴追を受けなくとも、被告波多野は右自動車損害賠償保障法に基く民事上の責任を免れ得ないものである。

しかしながら、本件事故の発生については、対向車を運転していた訴外野沢延雄にも重大な過失がある。すなわち、前記認定の如く、被告石川が前方の視界を妨げられたのは、野沢延雄が自車のライトの切替えをしなかつたためであり、また、本件事故の第一の原因は、野沢延雄の車と被告石川の車が約二〇メートルの距離に近づいた時、野沢延雄の車がセンターラインを越えて被告石川の車の進路に侵入したためであり、この点において野沢延雄の過失は被告石川の過失よりも重大である。

従つて、損害賠償額の算定に当つては、この点を大いに斟酌しなければならない。

三、そこで、被告等が賠償すべき額について考察する。

(一)  訴外野沢延雄が本件事故により蒙つた損害

(1)  得べかりし利益の喪失による損害

〔証拠略〕によれば、訴外延雄は本件事故による死亡当時満三〇才であつたことが認められ、そして厚生大臣官房統計調査部発行の第一〇回生命表によれば、満三〇才の男子の平均余命は三九・七〇年であることが認められる。

次に、〔証拠略〕によると、訴外延雄は有限会社組織でダンボールケースの製造販売業を営んでいた者で、本件事故による死亡当時の収入は月給三五、〇〇〇円であり、同人の個人税金は月平均一、〇〇〇円であつたことが認められる。(なお原告等は、訴外延雄はその所有家屋を前記有限会社に賃貸し、一ケ月金一〇、〇〇〇円の賃料を得ていたとして、これを同人の得べかりし利益に計上しているが、たとえ同人の死亡によつて右会社を解散したにしても、該家屋は他に利用することも可能と思われるので、右賃料をもつて訴外延雄の能力による収入とみるのは相当でない。)

ところで、総理府統計局作成の「昭和三七年度における二八都市の平均勤労者一ケ月の世帯実収入階級別収入支出金額表」によると、家族三人で、一ケ月金四〇、〇〇〇円ないし四四、九九九円の実収入がある家庭の実支出は、平均一ケ月金三九、二五三円であることが認められるから、斯る資料を参考にすると、訴外延雄の一ケ月の平均生活費は金八、〇〇〇円と認めるのが相当である。そうすると、訴外延雄の得べかりし利益は、月額二六、〇〇〇円、年間三一二、〇〇〇円となる。而して、一般に用いられている就労可能年数と新ホフマン式計算による係数表によると、年齢三〇才の男子の平均就労可能年数は三三年とみるのが相当であるから、訴外延雄が右三三年間に得らるべき利益は金一〇、二九六、〇〇〇円となり、これを新ホフマン式計算法により年五分の単利による中間利息を控除すると、その現価額は金五、九八五、〇九六円となり、これが訴外延雄の逸失利益である。

(2)  訴外延雄の精神的損害

未だ年若い同人が、本件事故により、妻子を残して死亡するに至つた精神的苦痛は十分推認し得るところであり、その苦痛に対する慰藉料は金一、〇〇〇、〇〇〇円を相当と考える。

(3)  そうすると、訴外延雄は右(1)(2)の合計金六、九八五、〇九六円の損害を蒙つたわけであるが、本件事故については、前述の如く訴外延雄にも重大な過失があつたから、これを斟酌して被告等が賠償すべき額を算定すると、右損害額の三割に当る金二、〇九五、五二八円をもつて相当と考える。

(4)  〔証拠略〕によれば、原告野沢シナは亡延雄の妻であり、同きよ子、同洋子は子であることが認められるから、右三人は延雄の前記損害賠償債権の三分の一宛を相続したわけであるが、野沢シナの供述によると、右三人は、自動車損害賠償責任保険から金五〇〇、〇〇〇円、被告波多野から金一〇、〇〇〇円の香典を受取つたことが認められるから、これを賠償額に充当すると、右三人が請求し得る金額は各自金五二八、五〇九円である。

(二)  原告神永の蒙つた損害

(1)  〔証拠略〕によると、原告神永は、本件事故当時、訴外野沢延雄が経営していた有限会社に雇われて月給三〇、〇〇〇円を得ていたが、本件事故により前記認定の如き重傷を負い、古河市の松永外科医院に一ケ月間入院して治療を受け(右入院中に要した医療費は、自動車損害賠償責任保険から支払われたことは、同原告の自認するところである)、その後、宇都宮市の柴崎外科病院、宇都宮病院、済生会病院などで治療を受け、これら病院の医療費に合計金二〇、〇〇〇円程を支払い、なお本件事故により野沢延雄が死亡したため前記有限会社が潰れたので、入院中の一ケ月分の月給三〇、〇〇〇円をもらうことができず、退院後も二ケ月間は職がなかつたので、結局三ケ月分の得べかりし収入合計金九〇、〇〇〇円を失つたことが認められる。

(2)  なお、〔証拠略〕によれば、同人は本件事故で頭部を打つたため、今でも頭が重く、体の調子が元通りでないことが認められ、これと前記傷害の部位程度などに鑑みれば、同人の精神的苦痛に対する慰藉料は金三〇〇、〇〇〇円を相当と考える。

(3)  そうすると、原告神永は本件事故によつて右(1)(2)の合計金四一〇、〇〇〇円の損害を蒙つたわけであるが、本件事故については、前記の如く被害車を運転していた野沢延雄にも重大な過失があり、この過失は直接原告神永の責任に結びつくものではないが、〔証拠略〕によれば、同人は被害車の助手席に同乗しながら、栗橋附近から眠つてしまつて、運転者の野沢延雄に協力をつくさなかつたことが認められるから、原告神永も本件事故について野沢延雄と同様の過失責任を負担すべきものと考える。よつて、これを斟酌して被告等が賠償すべき額を算定すると、右損害額の三割に当る金一二三、〇〇〇円をもつて相当と考える。

四、そうすると、被告等は連帯して、原告野沢シナ、同きよ子、同洋子に対して各金五二八、五〇九円宛、原告神永渡に対して金一二三、〇〇〇円、及び右各金員に対する昭和三八年九月一一日(訴状送達の翌日)から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、右の限度において原告等の請求を認容し、その余は棄却し、訴訟費用は民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項に則つて全部被告等の負担と定め、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石沢三千雄)

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