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宇都宮地方裁判所 昭和32年(わ)166号 判決 1958年3月07日

被告人 川又義男

主文

被告人を懲役十二年に処する。

未決勾留日数のうち百二十日を右本刑に算入する。

押収に係る匕首(昭和三十二年(ろ)領第二十一号)一振を没収する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、農業を営む岡本国三郎の五男に生れ、高等小学校卒業後店員、事務員等をしていたが、昭和十三年一月現役兵として入隊し、北支に派遣され主計伍長に進み、昭和十五年十一月満期除隊し昭和十六年四月応召し満州、南支、ニューギニヤを転戦主計準尉まで進んだが終戦を迎え、昭和二十一年八月頃復員して実家で農業に従事中、遠縁の川又トミと懇ろになり、昭和二十二年十一月夫婦の契りを結び、栃木県芳賀郡茂木町大字深沢五九一番地同女の祖父川又由右エ門方に住込んで農業に従事し、翌二十三年六月十日婚姻届出をなし、同日トミの戸籍に入り、同年五月長女和子、昭和二十六年十二月長男則親を儲けたが、トミの祖父由右エ門及び母あさとの折合が悪く、その上同居していた佐藤幸子と情を通じるに至り夫婦仲もとかく円満を欠き、昭和三十年二月頃協議離婚をしたが、子供の将来を考え同年五月十日再びトミと結婚したが、埼玉県川口市で始めた薪炭商も日ならずして失敗し、同女と子供は由右エ門方に帰つたが、同人及びあさは被告人が帰ることを拒んだため、被告人は止むなく父国三郎方に身をよせ、ひそかにトミと夫婦の情を通じていたが、新潟方面の出稼から戻つて後の昭和三十二年初頃からトミが上野益善と懇ろになつたとの風評を真実と思い込み、日夜懊悩を重ね、トミを頻りに難詰しては暴行を加える反面、執拗に情交を求めるなどの行動に出でたため、次第に同女からも疎んぜられ、はては離婚の申出を受けるに至り、由右エ門、あさからもトミにつきまとうことを非難されるに至つたが、なお同女に対する愛情断ち難く、同女がつれない仕打ちをするのもその本意でなく、むしろ背後より由右エ門、あさが入智恵する結果であると考え、深く右両名を恨むに至つたが、同年六月十日午後八時過頃トミに会つて愛情を呼戻そうと考え、前記由右エ門居宅に赴き、戸外からトミに話があるから出てきてくれと話しかけたところ、同女や由右エ門、あさから「明日は田植で忙しいから帰つてくれ」「何時も夜になつてうろうろ野良犬みたいに歩き廻るな」等とこもごも叱責罵倒され、敢えて屋内に入ろうとすれば押出され、その上由右エ門、あさが鉈や竹棒を手にしている様子を見て憤慨し、この上は手荒なことも辞せずとかねて風呂場西側の木小屋に隠しておいた匕首(押収に係る昭和三十二年(ろ)領第二十一号)一振を携え、同家廐から屋内に至つたが同人等の姿が見えぬので、同家東南隅の電灯線安全器を外して屋内を暗くした上、同家廐と納屋との中間附近で同人等の動静を窺つていたところ、屋内から井戸端に赴くあさの姿を認めるや、同女に対する日頃の鬱憤が爆発し背後より近附き同女の後襟を掴んで納屋前に引戻しその場に同女を引倒し、咄嗟に同女を殺害しようと決意し、尻もちをついた形の同女を北向にし、所携の前記匕首を右手に持ち替え、同女の背部を一回突刺し、左肺門部の肺動脈を切断し、右刺創による失血のため間もなく同女をその場で死亡させ、もつて配偶者の尊属である同女を殺害したものである。

(証拠)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第二百条に該当するので、所定刑中無期懲役刑を選択し、犯罪の情状憫諒すべきものがあるので同法第六十六条第七十一条第六十八条により酌量減軽をした刑期の範囲内で、被告人を懲役十二年に処し、同法第二十一条により未決勾留日数のうち百二十日を右本刑に算入し、押収に係る匕首(昭和三十二年(ろ)領第二十一号)一振は本件犯行に供した物で被告人以外の者に属しないので、同法第十九条第一項第二号第二項によりこれを没収し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により全部被告人に負担させることとする。

弁護人は、本件犯行当時被告人が心神喪失の状態にあつた旨主張するが、前顕被告人の各供述調書を精査し、当公廷における被告人の供述態度、並びに検証現場における被告人の指示説明の内容態度を観察し、更らに鑑定人川西正大の鑑定書の記載とを併せ考えると被告人が本件犯行当時心神喪失の状態になかつたことは勿論心神耗弱の状態にもなかつたことを認めるに十分であるから、弁護人の該主張は採用できない。

更に、弁護人は、被告人の本件犯行は正当防衛行為である旨主張するが判示事実のように由右エ門、あさが鉈或は竹棒を手にしていたのは被告人が屋内に入るのを阻止するためでありその攻撃に備えたものであつたと解すべきで、またあさが井戸端に赴いたのは安全器を外されて暗くなつた屋内に不安を感じて逃げ出したものと解せられるのであり、被告人はそのあさの背後より近附き後襟を掴えて引戻し、更にこれを引倒した上殺意を生じて突刺したのであつてあさが被告人に突当つた旨の被告人の供述は前顕各証拠(被告人の供述関係を除く)に照し措信できず、その他あさが被告人に攻撃を加えた形跡は認められないから、正当防衛の要件である急迫不正の侵害が全く存在しなかつたことは明白であるから、弁護人の該主張は到底採用することはできない。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 菅原二郎 小沢博 桑田連平)

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