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大阪高等裁判所 昭和63年(ネ)2573号 判決 1989年11月29日

控訴人・附帯被控訴人 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 酉井善一

被控訴人・附帯控訴人 嶋田博吉

右訴訟代理人弁護士 河上泰廣

同 芝野義明

同 馬場康吏

同 辻田博子

主文

本件控訴を棄却する。

附帯控訴に基き、原判決中附帯控訴人敗訴部分を取り消す。

附帯被控訴人の請求を棄却する。

附帯控訴人から附帯被控訴人に対する原判決別紙目録記載の交通事故による損害賠償債務が存在しないことを確認する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人・附帯被控訴人の負担とする。

事実

第一申立

一  控訴人、附帯被控訴人

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、五〇五万二六二一円及びこれに対する昭和六二年四月二五日から右支払済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

3  本件附帯控訴を棄却する。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人・附帯控訴人の負担とする。

二  被控訴人・附帯控訴人

主文同旨

第二主張

次のとおり訂正、付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決二枚目裏一三行目の「被告は、」の次に「本件事故が被控訴人の前方不注視の過失によるものであると主張し、」を加える。

2  同三枚目裏一〇行目、同一三行目、同四枚目表一行目、同四行目の各文末に句点を加える。

3  同五枚目表八行目の「五・六・七間」を「第五、第六、第七頸椎間」と改める。

4  同六枚目表六行目の「原告」を「加害車」と改め、同七行目の「この程度の」の次に「速度の加害車が停止中の被害車に追突したことによる」を加え、同九行目の「被告車にはヘッドレス」を「被害車にはヘッドレスト」と改める。

第三証拠《省略》

理由

一  本件事故が被控訴人の過失により発生したことについては当事者間に争いがなく、控訴人・附帯被控訴人甲野太郎(以下「控訴人」という。)が本件事故を被控訴人・附帯控訴人嶋田博吉(以下「被控訴人」という。)の不法行為によるものであるとし、これにより被控訴人に対し五五二万〇二一三円の損害賠償請求権を有する旨主張し、被控訴人との間で争いがあることは、弁論の全趣旨により明らかである。

二  以下、本件の主たる争点である控訴人が本件事故によって被った損害(控訴人の傷害)について判断する。

1  《証拠省略》によると、次の各事実を認めることができる。

(一)  控訴人は、本件事故当日の昭和五六年六月二九日から同年七月二五日までの間、貝塚市の青山病院で脳神経外科及び整形外科を専門分野とする青山宏医師の診療(通院治療二七日間、うち治療実日数一七日)を受けた。当初、控訴人は、中等度の下ないし軽度の上程度の頸部痛を訴えたが、頸椎に神経学的異常は認められず、六方向から撮影した六枚の頸椎のエックス線像にも異常像はなく、ただ、頸筋緊張があり、四肢腱反射の亢進がみられた。同医師は、頸椎捻挫と診断して、入院の必要を認めず、通院末期に首の痛みが軽くなる一方、同年七月一五日ころから頭痛の、同月二三日ころから背部痛等の各愁訴を受け、薬物(ビタミン剤、筋弛緩剤、消炎酵素剤)療法と熱(低周波、超短波)療法を施こし、症状が軽快に向かっていたので、一か月半か二か月で症状固定するものとみていたが、控訴人は、同年七月二五日、同医師に理由を告げることなく、突然、転医した。

(二)  控訴人は、同年七月二八日から市立貝塚病院に転医し、青山病院での治療によっては頸部痛がとれない旨の訴えをし、当初、宮川医師の、同年九月七日から田中稠久医師の各診療を受け、症状固定日とされる同六一年三月三一日に至ったが、この間、頸肩痛、頭痛、右顔面痛、腰痛、右手指のしびれ感、意識不明となっての転倒、耳鳴り、目眩、不眠、食欲不振等の多彩な愁訴をなし、他覚的所見としては、同五九年五月一四日検査のエックス線像に第六、第七頸椎間に狭少が認められたほか、同六〇年一月二五日発行の診断書に第五、第六頸椎間及び第六、第七頸椎間の各狭少が認められるとされたほか、頸部、胸部、背部、肩部等の圧痛、頸部運動制限が認められるとされた。

2  右に判示した控訴人の症状固定日までの症状と本件事故との因果関係の点を検討するに、《証拠省略》によると、次の各事実を認めることができる。

(一)  本件事故は、被控訴人が加害車を運転し、控訴人の運転する被害者に追随して本件事故現場にさしかかった際、進路前方に道路脇の工場敷地から第三者の運転する貨物自動車が出て来たため、控訴人が急停車の措置をとったのに対し、被控訴人がこれに対応した急停車の措置をとることが遅れた結果、加害車の前部バンパー附近が被害車の後部バンパーに追突する形で接触したものであるところ、右接触により加害車(普通貨物自動車で車両重量約〇・八トン)には格別の損傷がなく、被害車(普通乗用自動車で車両重量約一・三トン)には後部バンパー後面に点状打痕が三か所と右リアコンビネーションランプ右側枠に小さい打痕が生じ、この後部バンパーの打痕は、凹損が打痕の周辺に僅かに波及しているが、凹損量は数ミリメートルで、バンパーのステー間部分に変位が生じたとしても一センチメートル位で二センチメートルには達しないものであり、他に衝突の部倍、程度をうかがわせる顕著な物理的状況は認めがたい。

(二)  右両車両の損傷状況から、加害車の追突により被害車に与えられた速度は、大き目に推計しても毎時数キロメートルまでであり、右追突によって被害車が受けた衝撃は小さいものと判断されるものであり、現に、加害車を運転していた被控訴人は、右車両の接触による衝撃を知覚せず、急制動の措置が奏功して追突事故を免れたと感じたほどであった。

(三)  被害車が本件事故における加害車の追突により与えられた速度が右判示の毎時数キロメートルである場合には、一般に被追突車両の運転者に生ずる頭部後傾角は、数度であり、一般に人間の頭は後方へ平均六一度まで曲がるものであるから、右の数度に過ぎない頭部後傾角は、首の生理的限界に達することが遠く、頸椎捻挫の発生は、医学的に考え難いとされ、叙上判示の各事実に基づき京都府立医科大学法医学教室に在籍する古村節男医師は、本件事故により控訴人に頸椎捻挫が生じたとしても極めて軽度のものと推定されると判断するとともに、一般には三か月以内の治療で十分と推定されるものとした。

右認定に反し、控訴人は、その本人尋問(第一、二回)において、本件事故における追突の衝撃が激烈なものであり、被害者の車体の後半分が潰れたと思うほどであった旨供述しているけれども、前判示の被害車の現実の損傷状況に徴し、被害者の印象としても誇張を含んだものとして信用することができず、また、控訴人が本件事故によって生じた旨供述する前判示の愁訴の内容をなす心身の症状も、控訴人が青山医院から市立貝塚病院へ転医してから後のものは、多分に控訴人の過度の被害意識その他の心因性要素によるものが少なくないものと考えられ、右控訴人の供述にはそのまま信用しがたいところのものがある。もっとも、エックス線写真にみられる頸椎狭少の点については、前判示のとおり認められるが、これも当初の写真には出ていなかったこと及び控訴人が昭和三年一二月生れの自動車の職業運転手であること(このことは《証拠省略》により認められる。)より、控訴人の身体の単なる経年的変化であることの疑いを払拭することができない。また、証人田中稠久は、控訴人の主治医として、控訴人の愁訴に見合う症状とこれが本件事故に起因するバレリュー症候群に該当する旨証言するけれども、同証人自身、控訴人の愁訴に心因的なものが含まれていること、意識不明となって転倒する症状が右症候群において珍奇なことを承認する証言をしており、総じて控訴人の主訴を重視した証言とみられるから、右証言もにわかに採用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

3  そうすると、本件事故による控訴人の傷害は、頸椎捻挫が認められるとしても、その症状が長くとも受傷後二か年を超えて続くものと認めることは困難であり、その後の症状は、控訴人の不定愁訴の域を超えた本件事故との因果関係あるものとしては、これを肯認することができない。

三  控訴人が被控訴人から前判示の傷害に対応する本訴で請求する費目の損害については、その賠償を受けていることは、弁論の全趣旨により明らかである(ちなみに、休業損害については、《証拠省略》によると、控訴人は、本件事故前タクシーの運転手として少なくとも毎月二七万一四三六円の収入を得ていたことが認められ、《証拠省略》により、控訴人が本件事故により二か年間の休業を余儀なくされたものであることを前提としても、六五四万一四六四円を超えるものでないことを認めることができ、右傷害の治療中の慰藉料については、前判示の傷害と本件事故の態様等諸般の事情を考慮して一〇〇万円と認めるのが相当であり、他方、被控訴人から控訴人に対して右金額を上廻る本件事故による損害賠償金の支払い及び労災保険による保険金の給付がなされていることについては当事者間に争いがない。)から、被控訴人の本訴請求は理由があり、これを認容すべきであるとともに、控訴人の反訴請求は理由がないので、これを全部棄却すべきである。

四  よって、控訴人の本件控訴を棄却するとともに、被控訴人の附帯控訴に基づき原判決中の被控訴人の敗訴部分を取り消して控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 舟本信光 裁判官 井上清 坂本倫城)

<以下省略>

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