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大阪高等裁判所 昭和62年(ネ)2053号 判決 1988年8月23日

控訴人

田賀明

控訴人

中村自明

控訴人

前田武和

右三名訴訟代理人弁護士

小田耕平

辻公雄

原田豊

松尾直嗣

斎藤浩

国府泰道

大川一夫

吉川実

桂充弘

森谷昌久

永田徹

被控訴人

兵庫県

右代表者知事

貝原俊民

右訴訟代理人弁護士

松岡清人

右指定代理人

松本泰之

外三名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者双方の申立て

一  控訴の趣旨

原判決を取り消す。

被控訴人は、控訴人ら各自に対し、金三四万円及びこれに対する昭和五九年八月五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決

第二  当事者双方の主張<省略>

第三  証拠<省略>

理由

一控訴人らが兵庫県民であること、昭和五九年五月三〇日、控訴人らが兵庫県北摂整備局の公金支出についての監査請求書を同監査委員事務局に提出したこと、同年六月二日、監査委員らが右監査請求書を受理できないと判断した旨の文書とともに控訴人らのもとに郵便で送り返してきたこと、同年六月六日、控訴人らが再度監査請求書を提出したこと、同年六月九日の新聞は、控訴人らが、右監査請求の不受理等は住民監査制度の法の趣旨を無視するものであり、被控訴人らに対し損害賠償請求をすることを決定したことを報道したこと、同月一三日、控訴人らが監査委員事務局を訪れたところ、監査請求は受理する、ただし一部補正するよう同事務局職員より告知されたこと、地方自治法二四二条一項所定の「不当な公金等の支出を証する書面については、別段の形式を要せず該当事実を具体的に指摘すれば足りる」、「他人からの聞知、新聞記事の切抜きなどを書面とした場合もこれに該当する」、「右該当事実を証するような形式を備えていれば一応受付なければならない、それが事実であるかどうかということは、監査委員の監査によって初めて明らかになってくるので、その前に事実を証する書面でないとして拒絶するというようなことは、法の趣旨でない」との行政実例があることは、いずれも当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、<証拠>を総合すれば、次のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  控訴人らは、いずれも兵庫県下の住民である税理士で、関西在住の弁護士、公認会計士、税理士、司法書士などの有志により、行政監視活動を主たる目的として昭和五五年一二月一四日に結成された民間団体「市民オンブズマン」の会員である。

2  右「市民オンブズマン」の代表者である岩崎善四郎は、昭和五九年三月下旬ころから同年四月上旬までの間、匿名の人物から二回にわたり、兵庫県北摂整備局が違法、不当な公金支出等を行っているとの電話による通報(その内容は、原判決添付別紙(二)事実調査報告書記載のとおり。)を受け、これを「市民オンブズマン」の会員に知らせたところ、これを重視した「市民オンブズマン」の会員は、右通報に基づき、地方自治法二四二条所定の住民監査請求をすること、並びに、兵庫県民である控訴人らが右請求人となることを決めた。

3  控訴人らは、監査請求書及びこれに添付する違法、不当な公金の支出等を証する書面としての事実調査報告書を各自の名義で一通ずつ作成した。控訴人田賀明の作成した監査請求書及び事実調査報告書は、原判決添付別紙(一)、(二)のとおりであり、控訴人中村自明、同前田武和の作成したものも請求人名義が異なるほか内容はすべて同一である。

4  昭和五九年五月三〇日午前一〇時ころ、控訴人らは、岩崎善四郎及び「市民オンブズマン」の会員である弁護士小田耕平ほか二名とともに兵庫県庁の監査委員事務局に赴き、同事務局長室において、坂田事務局長に対し、監査請求書及び事実調査報告書を手渡したうえ、「市民オンブズマン」の会の設立趣旨、活動状況、並びに、本件監査請求に至った経緯を説明した。

坂田事務局長は、右監査請求書及び事実調査報告書を閲読した後、控訴人らに対し、事実調査報告書の作成者がそれぞれ請求者である控訴人ら自身であり、事実の記載の末尾に「市民オンブズマンが情報を得たものである。」と記載されているだけで、誰が誰から情報を入手したかが明かでないから、地方自治法二四二条一項所定の違法、不当な公金の支出等を証する書面(以下、単に「事実を証する書面」という。)として不十分であって、例えば、新聞記事の切抜きとか、領収書のような客観性のある資料が必要であると、行政実例をあげて説明し、監査請求書を受付(受領)しようとしなかった。

これに対し、控訴人らは、事実を証する書面は、私人の作成した事情聴取書でも良く、自治省の通達においても新聞記事、領収書などに限定されていないと主張して、約一時間にわたり、坂田事務局長と激しく論争を繰り返した後、監査請求書の受理、不受理を決定する権限を有するのは事務局長ではなく、監査委員であるから、その判断を求めるとして、監査請求書及び事実調査報告書を坂田事務局長の手許に置いたまま、同局長室を退出した。

5  坂田事務局長は、控訴人らが退出後、部下職員に命じて監査請求書及び事実調査報告書にそれぞれ昭和五九年五月三〇日付の収受印を押捺させ、同日夕刻、監査委員がこれを受理するか否かの決定をするための同委員会招集の手続きをとった。

同日夕刻、監査委員矢尾田京兵ほか三名の監査委員らは、監査委員事務局に参集し、同委員会を開催して協議した結果、本件監査請求は、添付された「事実を証する書面」としての事実調査報告書が不備であってこのままでは受理することができないので、控訴人らに返戻することを決議し、同年六月二日付で、本件監査請求については、「事実を証する書面」が不備と判断し受理できないので、これを返却する旨の文書を添えて、本件監査請求書及び事実調査報告書を控訴人らに郵送して返戻した。

6  控訴人中村、同前田、岩崎善四郎、小田弁護士らは、同年六月六日、本件監査請求書を再提出するために監査委員事務局に赴き、坂田事務局長に対し、控訴人ら作成名義の監査請求書及び「事実を証する書面」として、岩崎善四郎作成名義の事実調査報告書、本件監査請求に係る事実を記載した「オンブズマンニュース」号外、岩崎善四郎が同年六月一日に電話で聴取した、兵庫県北摂整備局の甲野太郎らが昭和五九年五月一六日に有馬の古泉閣で飲食した代金九万五八三七円の領収書の内容を記載した「領収書の内容」と題する書面を提出した。

右監査請求書及び事実調査報告書の内容は、前回提出のものと同一であり、ただ、事実調査報告書の作成の名義人は、いずれも岩崎善四郎となっており、前回提出の事実調査報告書の末尾の部分が、「市民オンブズマンが情報を得たものである。」となっていたのが、「内部告発者とみられる人から市民オンブズマン事務局に電話があり、市民オンブズマンの報告者岩崎善四郎がこれを傍受し、内容を整理し、この報告書を作成したものである。」と訂正されていた。

坂田事務局長は、右各書類に目をとおしたうえ、これを受領し、同日付の収受印を押捺した。

7  同年六月八日、監査委員は、再提出された本件監査請求書を受理することを決定し、同月一一日の監査委員会において、地方自治法二四二条五項所定の控訴人らに対する証拠の提出及び陳述の機会の日を同年六月二五日と指定するとともに、監査請求に係る事実について、(1)違法支出として記載されている一〇六〇万円以上の損害のうち約一五万円程度の支出については、事実を証する書面を総合すると一年を経過しており、措置請求の対象とはならないものと判断されるので、請求の対象事項から除外するのか否かを明確にすること、除外しない場合は、一年を経過したにもかかわらず措置請求をする正当な理由を明示すること、(2)違法支出として記載されている一〇六〇万円以上の損害のうち大半を占める九六〇万円程度の支出について具体的に摘示すること、(3)三田市灰又所在の県有地の無償払下げの時期を明確にすることの三項目の補正を命じることを決定した。

同月一三日、監査委員事務局は、出頭した控訴人田賀、同中村及び控訴人前田の代理人である岩崎善四郎らに対し右決定事項を通知した。

8  監査委員らは、控訴人らが、右補正に応じないとの回答をしたので、補正を命じた三項目のうち二項目(前記(1)、(2))については、監査請求が行為のあった時から一年を経過し、法定の期限までに請求を妨げるような正当な理由がなく、また、具体的な事実の摘示がないという理由で監査の対象から除外し、その余の事実については、請求に係る措置要求は、いずれも理由がないと判断し、右監査の結果は、昭和五九年八月三日付の兵庫県公報によって公表された。

以上のとおり認められる。

二本訴において控訴人らが、被控訴人の国家賠償法上の責任原因として主張するところは、これを要するに、本件監査請求は、昭和五九年五月三〇日に受理されるべきものであるのに、被控訴人の職員である坂田事務局長及び監査委員らは、違法にその受付及び受理を拒絶し、控訴人らが、やむを得ず同年六月六日に再提出した監査請求についても、違法にその受付及び受理を拒絶した結果、控訴人らに請求原因記載の前記損害を与えたものであり、同法一条一項に基づき、被控訴人に対して右損害の賠償を求めるというのであるが、当裁判所は、以下に説示するとおり理由がないものと判断する。

三控訴人らが、本件監査請求書を昭和五九年五月三〇日及び同年六月六日の二回にわたって監査委員事務局に提出した際の坂田事務局長の対応については、前記一の3ないし6に認定したとおりであり、右事実によれば、坂田事務局長は、いずれの場合についても、受付を拒絶したことはないものというべきである。

控訴人らは、当審において、坂田事務局長が本件監査請求書の受付を拒絶しなかったとしても、監査請求書の受付にあたり、事務局職員に許される行政指導の範囲は、任意の補正にとどめられるべきものであり、坂田事務局長の行為は、その許容範囲を超えた違法なものであると主張する。

確かに、監査委員事務局長には監査請求の受理、不受理を決定する権限はなく、受付事務における審査は、書類の不備の指摘等の形式的審査にとどめられるべきであり、その際に許容される行政指導も、あくまでも任意的補正を促すに限るというべきところ、前記認定のとおり、控訴人らには坂田事務局長の行政指導に従う意思はなかったものと認められるから、同事務局長としては、いたずらに書類の不備等の有無について議論を重ねることなく、すみやかに受付をする旨を明示したうえ、受理、不受理の決定は、監査委員が行う旨を告知すべきであったとはいえるが、同事務局長が、控訴人らが置いていった書類に部下に命じて収受印を押捺させ、同日これを受理するか否かを審議するための監査委員会招集の手続きをとっていることなど前記認定事実を併せ考えると、同事務局長の右行為は、未だ行政指導の範囲を超える違法なものとはいえず、いわんや国家賠償法一条にいう違法なものとはいえない。

四監査委員らが、控訴人らの昭和五九年五月三〇日付で提出した本件監査請求書につき、同日開催された委員会の決議に基づき、同年六月二日付で「事実を証する書面」が不備と判断し、受理できないから返却するとの書面を添えてこれを控訴人らに返戻したことは、前記認定のとおりである。

思うに、地方自治法二四二条一項が、監査請求をするに当たって「事実を証する書面」の添付を要すると定めたゆえんは、監査請求が濫用にわたることを防止し、また、監査請求書とあいまって監査委員の監査の指針ともなるべき資料を提供することにあると解するのが相当であるが、一般的には、捜査能力を持たない住民の作成する書面であることを考慮して、実務上、別段の形式を要せず、該当事実を具体的に指摘すれば足り、他人からの聞知、新聞記事などの切抜きなどを書面にした場合もこれに該当するとされている。

いまこれを本件についてみるに、控訴人らが、昭和五九年五月三〇日付で提出した事実調査報告書は、その内容(原判決添付別紙(二)のとおり。)、形式に徴し、右観点からは、本件監査請求における「事実を証する書面」として受理できないほど不備なものとは認められず、したがって、監査委員としては、同年六月六日付で提出された監査請求書の場合と同じく、監査請求書、事実調査報告書を受理したうえ、補正すべき点があれば、行政指導として補正を求めるべきであったにも拘らず、事実調査報告書が「事実を証する書面」として不備であるとして、監査請求を不受理とし、監査請求書、事実調査報告書を返却したものであり、監査委員らの右措置は、地方自治法二四二条の解釈を誤り、同条に違反するものというべきである。

しかしながら、国家賠償法一条にいう「違法」があるというためには、単に公務員の当該行為がその直接の根拠となる法令に違背するというだけでは足りず、同条の法意に照らし、当該法令違反の性質、程度、被侵害利益の大小、その他諸般の事情から、国又は公共団体に損害賠償義務を負担させるだけの実質的な理由のある場合でなければならないと解するのが相当であるところ、これを本件についてみるに、控訴人らが賠償を求める損害の性質、程度、控訴人らの提出した事実調査報告書にも事実の入手経路、記載された不当、違法な事実の行われた時期が明らかにされていないこと、監査請求は控訴人らが同年六月六日にあらためて提出した監査請求書、事実調査報告書が受理されたことにより行われたことなどを勘案すると、監査委員らの右不受理行為は、未だ国家賠償法一条の違法な行為とは認められない。

のみならず、前記認定の通り、控訴人らが昭和五九年五月三〇日に提出した本件監査請求書に「事実を証する書面」として添付したのは、控訴人ら自身の作成にかかる原判決添付別紙(二)の事実調査報告書のみであり、かつ、右事実調査報告書には事実の入手経路が明らかにされておらず、違法・不当な事実についても、その摘示が抽象的で、時期も明らかでない部分があること等に照らして考えると、右事実調査報告書のみをもって、地方自治法二四二条に定める「事実を証する書面」を添付したことになるか否かについて、必ずしも定まった見解、解釈があったわけではないので、監査委員らが、右事実調査報告書のみでは「事実を証する書面」を添付したことにはならないとの解釈をとったことについては無理からぬ点があったと認めるのが相当であるから、前記不受理の行為について、監査委員らに国家賠償法一条に定める故意、過失があったとは到底認め難い。

五控訴人らが、昭和五九年六月六日に提出した監査請求が受理され、監査が行われたことは、前記一の7、8で認定したとおりである。

控訴人らは、当審において、控訴人らが監査請求の受付拒否あるいは不受理につき国家賠償訴訟を提起するとの決意を表明するまで、右受理をしなかったのは、監査委員らの職務上の義務違反による権限の不行使であると主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。

六以上のとおりであって、控訴人らの本訴請求は、その余の点について判断をするまでもなく失当であるから、いずれもこれを棄却すべきものである。したがってこれと結論において同旨の原判決は、相当であり、本件控訴は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官後藤勇 裁判官東條敬 裁判官横山秀憲)

別紙事実調査報告書

兵庫県北摂整備局は北摂方面を中心に住宅開発や、ダム建設工事等の公共事業を中心に企画施工を行なう兵庫県庁の行政局の一部であるが昭和四八年頃より、同局次長の甲野太郎氏は昭和五八年中において次のような接待をなし公金や事業収入金を不当に支出した。

1 五八年五月下旬有馬

古泉閣において夜六時頃より一〇時頃まで兵庫県の土木部の幹部及び北摂整備局の幹部を接待した。費用は一五万円程度。

2 昭和五八年一一月一二日

兵庫県三田市浄水場起工式直後、午後〇時三〇分頃、井元文治県会議員(現兵庫県県議会副議長)ほか県の職員約一〇人を一人あたり三万円程度の費用で夜一〇時頃まで「藤の坊」(三田市所在)で接待した。のちタクシーで自宅まで送った。費用タクシー代共で三五万円程度。

3 昭和五八年一二月二二日

同北摂整備局OB会と称して、同北摂整備局の元職員一〇人、一人一万円程度の予算で「律泉」(同三田市)で接待し同じくタクシーで送った。費用一〇万円程度。

4 昭和五九年一月一二日

兵庫県土木部並びに都市住宅部の上層部を数名「如月」(同三田市所在)に接待した。費用一〇万円程度。

5 昭和五九年一月一三日

兵庫県監査委員を含む決算委員会の県会議員数名を同市所在の「蓬菜」に接待し、いずれも終了後タクシーで送りそれらを公金で賄った。費用一〇万円程度。

6 昭和五九年二月一一日

住宅公団の打合せと称して三田市小野所在の「某所」にて地元の業者と公団の職員を接待した。参加人員は数名。費用は二〇万円程度。

7 甲野太郎氏は同県が所有していた官民境界地である兵庫県三田市灰又の土地三〇m2を同市に所在の喜多忠一氏に無償で払い下ることの仲介をした。この時兵庫県土木管理課係長井坂某氏も同席した。このため県は同土地評価額で三〇〇万円の損害を被った。

8 昭和五九年一月

三田市の総合庁舎が完成され、そのうちの食堂(約三〇〇m2は設備一式を県が整備)同市所在の「でんすけ」に使用せしめるにつき甲野太郎氏が斡旋した。

ところが通常の評価で一ケ月二〇万円の相場の家賃にもかかわらず「でんすけ」に対して、一ケ月三万円の家賃とし保証金等は一切徴収しないという賃借人にとって非常に有利な契約を結ばせた。このため県は一ケ月一七万円、年間約二〇〇万円の損害を被った。この時ほかに喫茶「ジャンボ」など三件などから賃借申込があった。

9 その他甲野太郎氏は毎夜のように上記「律泉」「如月」「蓬来」等へ県の幹部職員や三田市長ならびに市幹部、三田警察署幹部等を連れて麻雀や飲食をなし、その後タクシーで送り迎えをするなど宴会を伴った会合を私物化し、公金を浪費している。その額はおよそ月間最低五〇万円にも及び、さらに宴会後のタクシーの送り迎えについて播州交通、有馬交通の三田営業所等の車を利用し、比較的遠距離が多く、その支払も一ケ月三〇万円に及んでいる。これらの浪費額は年間九六〇万円となっている。

以上については昭和五九年三月二七日午後三時頃からおよそ一時間と四月一〇日頃午後二時からおよそ一〇分間にわたり市民オンブズマンが情報を得たものである。

昭和五九年五月○○日

請求人 田賀明

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