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大阪高等裁判所 昭和61年(う)981号 判決 1987年4月02日

主文

被告人乙に対する原判決を破棄する。

被告人乙を懲役一年六月に処する。

同被告人に対し、原審における未決勾留日数中九〇日を右刑に算入する。

被告人乙に対する本件公訴事実中、甲と共謀して営利目的で覚せい剤を所持したとの点については、同被告人は無罪。

被告人甲の本件控訴を棄却する。

同被告人に対し、当審における未決勾留日数中一八〇日をその原判決の懲役刑に算入する。

理由

第一被告人甲及び弁護人岩崎昭徳の控訴趣意について

一事実誤認の論旨について

各所論は、被告人甲が、原判示第二の二の事実に記載のごとく丙に対し、営利の目的で覚せい剤結晶約〇・五グラムを代金一万円で譲り渡した事実はないのに、これを容認している原判決は、事実を誤認したもので、破棄を免れない、というのである。

そこで、記録を調査し当審事実取調の結果をもあわせて検討するに、これによると、原判決(被告人甲に対するもの、以下同被告人に関する論旨につき同じ。)認定の事実は優に肯認することができ、原判決に所論のような事実誤認の点は認められない。すなわち、丙の司法警察員及び検察官に対する各供述調書(謄本を含む)並びにこれに照応する被告人甲の司法警察員及び検察官に対する各供述調書では、右の覚せい剤の売買について双方から具体的かつ詳細な供述がなされており、その内容もほぼ合致し、各供述は十分信用に値するものと認められ、被告人甲が右の覚せい剤譲り渡しの公訴事実を含む原審公判廷での認否において、これを自認する供述をしていることからも、捜査官に対する同被告人の右供述には任意性は勿論、信用性、証明力に欠けるところはないというべきである。同被告人は当審公判廷において、右丙が同被告人から覚せい剤を買い受けたように述べているのは、真の買受け先を秘匿するため、同被告人の名前を偽つて出したものであるというのであるが、未だその合理的な理由や必要性を説明するに十分でないばかりか、当時右丙が被告人甲から覚せい剤を買つていたということは当審相被告人乙においても耳にしていたところであり、その後警察に検挙された丙が甲からの買受け事実を自供したらしいから気をつけるようにと電話で知らせてくれる者もあつたこと、更には被告人甲が覚せい弁を売つたことも顔を合わせたこともないという右丙が、知るはずのない同被告人方を的確に指示もしていること等にかんがみると、丙の前示買受けに関する供述の信用性は否定し難く、これに反する被告人甲の右供述は是認できない。所論は、被告人甲が丙に対して譲渡したとされる覚せい剤の数量が同被告人扱いのものに比して約〇・一グラムも多く、このことからも右譲渡事実の真実性が疑われるというのであるが、右量目のくい違いなど細部の相違は、前示措信するに足りる両者の基本的供述内容までゆるがすことはできず、この所論もまた採用するに足りない。論旨は理由がない。

二量刑不当の論旨について

各所論は、被告人甲を懲役三年及び罰金一〇万円に処した原判決の量刑は重きに過ぎる不当なものである、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調の結果も参酌して検討するに、本件は、覚せい剤の譲渡三回(うち二回は営利目的によるもの)、使用一回、所持一回(数量約一一・一二グラム、うち一一グラム近くは営利目的所持)という事実であつて、その行為が昭和六〇年八月ころから自己の使用分を捻出する意図で続けられて来たものであること、しかも同被告人は覚せい剤の所持、使用などで既に三回処罰された前歴があり、社会に及ぼす善悪を十分承知しながら何らそのことを顧慮することなく自己本位の考えから右所為に及んだもので、取り扱つた覚せい剤の量が多く、反社会性並びに覚せい剤への親和性も強いことを考慮すると、その刑責は重く、同被告人がその後反省して更生するべく決意していることその他所論の点を十分勘案しても、原判決の前示量刑が重きに失した不当なものとは認められない。論旨は理由がない。

(なお、職権により調査するに、検察事務官作成の被告人甲についての前科照会書回答書によると、同被告人は、昭和五〇年一〇月一日神戸地方裁判所伊丹支部において、覚せい剤取締法違反罪により懲役八月、五年間保護観察付刑執行猶予に処せられ、昭和五四年一二月六日右猶予を取り消され、昭和五五年一二月一四日その刑の執行を受け終わつたものであることが明らかである。そうすると、原判示第一、第二の一、二の各所為は、右前科とそれぞれ刑法五六条一項の累犯に当たることになるから、同法五七条により累犯加重をすべきところ、原判決はこれを看過して累犯加重をしていない法令適用の違背があるが、本件においては、他に併合罪加重がなされる関係上、右の累犯加重の遺脱は処断刑の範囲に消長がなく、結局原判決の右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかとはいえないので、これを原判決破棄の理由とはしない。また、原判決は、その証拠の標目において、(1)原判示第二の冒頭及び二の事実に関し、丙の司法警察員に対する供述調書四通を掲げるに当たり、うち昭和六〇年一一月二〇日付の原判示カード番号6のものと、同月二一日付のものについて、各謄本と表示すべきであるのに、その記載を遺脱し、(2)原判示第四の事実に関し、乙の司法警察職員に対する供述調書を掲げるに当たり、昭和六一年二月二五日付のものは司法巡査に対する供述調書とすべきところを司法警察員に対するものと誤り掲記した過誤があるが、これら過誤も未だ判決に影響を及ぼすものではない。)

よつて、刑事訴訟法三九六条により被告人甲の本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数の算入につき刑法二一条、同訴訟費用につき刑事訴訟法一八一条一項但書を各適用して、主文のとおり判決する。

第二弁護人岩本信正の控訴趣意について

一事実誤認の論旨について

所論は、原判決は、原判示第二事実において、被告人乙が甲と共謀のうえ営利の目的等で覚せい剤を共同所持したとの事実を認定しているが、右は事実を誤認したものであつて、同覚せい剤は甲が単独で所有し所持していたものであり、被告人乙は共謀による共同所持者という関係にはなかつた(したがつて営利目的もなかつた)、というのである。

そこで、記録を調査し当審における事実取調の結果も勘案して検討するに、右事実に関する原判決(被告人乙に対するもの、以下同じ。)挙示の各証拠、並びに被告人乙の原審、被告人丙及び甲の当審各公判廷における供述を総合すると、甲は自己使用分を捻出する目的で昭和六〇年八月ころから単独で覚せい剤の密売を行つていたところ、かねてから甲と親交のあつた被告人乙が訪ねてきて、昭和六一年一月ころからは甲方に泊り込んで同居するような形になり、食事の世話なども受ける半面、甲の覚せい剤密売の手助けを行うようになったこと、しかし、密売の手助けとはいつても、その行為は、甲に対し密売する覚せい剤の数量が代価に比して多過ぎるので減量するように勧告したり、買受代金を借りにして支払わない不良買受人にその支払方を督促してやつたり、時折買受客を探して甲に引き合わせ又は甲に頼まれて買受客のもとへ覚せい剤を持参ないしは交付するのを手伝つてやつたりする程度で、あくまでも真の手助けの程度にすぎず、甲の覚せい剤密売を共同しその販売の役割を分担して実行する販売係というようなものではなかつたこと、したがつて、右覚せい剤の密売は、終始甲が全面的に単独で行つていたもので、覚せい剤の仕入れ、売り捌きのための小分け、保管、客への販売など原則的にはすべて甲が単独で切り回し、被告人乙は現実には時に甲に依頼されて客と接触をする使い走り程度のことをしていただけにすぎず、甲から覚せい剤の保管や密売を任されることは勿論、その留守中においても、同人の依頼で全体或いは密売用の小分け覚せい剤を託されて密売を代行するようなこともなく、外出に際しては甲本人が覚せい剤を携行し、自己使用に当たつても、代金こそ徴収はされなかつたもののすべて甲から許しを受けて使用する状況であつたこと、本件所持罪に問擬されている覚せい剤は、その一部は当日甲が丁から仕入れたもので、被告人乙は甲の希望で丁方に同行して同席はしていたものの、仕入れについてとくに関与はしておらず、残部のものは被告人乙は仕入れ先も知らず、その入手に全く関知していないことが、それぞれ認められるのであつて、右に徴すると、被告人乙が甲と共謀して本件覚せい剤を共同所持する立場にあつたものとは到底理解することができない。

原判決は、被告人乙が昭和六一年初めころから甲方に同居し、覚せい剤の仕入れ、販売或いはその配達や不良取引先との交渉及び代金取立等の手伝いをするようになつたこと、また甲が密売用の覚せい剤を切らすことなく仕入れ、小分けし、原判示ショルダーバッグに入れて保管しているのを知つていたこと、原判示ショルダーバッグ内の覚せい剤はこのような事情のもとに同ショルダーバッグに保管中のところを捜査官に差し押えられたものであることを理由に、同覚せい剤が被告人乙と甲との共謀共同所持と認めるに十分であるというのであるが、所論も疑問を呈するごとく、そのように本犯者が所持し保管していることを知つていることと、共謀すなわち共同意思のもとに一体となつて互いに他方の行為を利用し合つて犯行を実現することとは全く別異のことであり、甲には、前示のように個々に持参交付させる分を除き、その所持所有する覚せい剤を被告人乙に保管させ、共同所持するという意思ないし行為は少しもなく、被告人乙においても、密売の手伝いをしていたとはいつても、それは単に個々の場合に甲から渡されたものを買受客に持参交付する程度で、全体或いは相当量の密売用分の保管を任されるというような事実ないし意識はなく、ましてその仕入れ資金を共同出資するなどして共同で覚せい剤の入手をし、その現実の保管を甲に対して分担実行させていたというような事情も認め得ないところであるから、右認定は到底是認できない。また、他の手提鞄内覚せい剤(原審昭和六一年押第六〇号の1、2)についても、原判決は、当日被告人乙が甲と共同して仕入れたものを二人の間の役割分担として甲において保管していたものであるというが、前示のように被告人乙は甲の希望で仕入れ先に同行したにすぎず、他に共同仕入れと目すべき仕入れ資金の提供その他これを窺わせるに足りる何らの行為をも行つたことが認められず、したがつて、その保管が所論のようなものとは解し難いことさきに示したところと同一であるから、この点についても同様証明がないことに帰し、原判断は是認できない。このことは被告人乙及び甲がその捜査官に対する各供述調書中で、両名が共同して覚せい剤の密売をし、本件覚せい剤も共同所持していた旨供述しているところではあつても、その表現が未だ単なる抽象的なものにとどまり、それを裏付けるに足りる何らの具体的な事実の供述がないことに照らし、右結論を左右できない。

そうすると、原判示第二の一、二の本件覚せい剤所持は、甲の単独行為と認めるべきものであつて、被告人乙が甲と共謀してこれを共同所持したとの事実はないものというべきであり、当然営利目的もその証明を欠くから、被告人乙につき、右覚せい剤所持の事実を肯認した原判決には事実誤認の違法があり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない。

なお、被告人乙には、右の原判示第二の一、二のほかに、原判示第一の所為があり、以上が併合罪として一括処断されているので、原判決はその全部について破棄すべきものである。

そこで、量刑不当の論旨についての判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、原判示第二の一、二の点については、前示のとおり犯罪の証明がないので刑事訴訟法三三六条により無罪を言渡すこととし、その余の第一の事実については、同法四〇〇条但書による当裁判所においてさらに次のとおり判決する。

原判決挙示の原判示第一の事実及び累犯前科の事実に関する各証拠によつて、罪となるべき事実として原判示第一の事実を、累犯前科として原判示累犯前科の事実をそれぞれ認定し、右は覚せい剤取締法四一条の二第一項三号、一九条に該当し、かつ、右の前科があるから、刑法五九条、五六条一項、五七条により四犯の加重をした刑期の範囲内で処断すべきところ、本件は覚せい剤の自己使用一回の事案ではあるが、同被告人には覚せい剤取締法違反の罪などで一六回にわたり処罰された前科前歴があり、覚せい剤の常用者と思料されることなどを勘案して、同被告人を懲役一年六月に処し、原審未決勾留日数の算入につき刑法二一条、原審及び当審における訴訟費用につき刑事訴訟法一八一条一項但書を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石田登良夫 裁判官梨岡輝彦 裁判官白井万久)

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