大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和61年(う)849号 判決 1986年12月24日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金二〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人長山亨及び被告人作成の各控訴趣意書記載(なお、被告人の控訴趣意は量刑不当の趣旨と釈明)のとおりであるから、これらを引用する。

各論旨は、いずれも、原判決の量刑は、被告人に対し罰金刑をもつて処断しなかつた点において苛酷に失し不当であるというので、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討するのに、本件は、被告人が普通乗用自動車を運転し、交通整理の行われていない、左右道路の見通しが困難な交差点を西から南に向かい右折するにあたり、同交差点手前には一時停止の標識が設置されていたが、同交差点の一時停止位置からは南北道路の見通しがきかない状態にあつたから、南北道路に進入しようとする車両の運転者は、右一時停止位置で停止するだけでは足りず、南北道路に進入する直前でさらに一時停止するなどして左右道路の交通の安全を確認すべきであるのに、右の一時停止線を僅かに越えた付近で一時停止したものの、その後左右道路の交通の安全を確認せずに、時速約一〇キロメートルで右折進入した過失により、折から南北の交差道路を南から北へ向かい直進してきた被害者運転の原動機付自転車前輪部に、自車右前角部を衝突させて路上に転倒させ、加療約四〇九日間を要する左大腿骨々折等の傷害を負わせた事犯であるが、被害者の進行してきた南北道路が、被告人が進行してきた東西道路に対し、優先道路の関係にある事実をあわせ考えると、その過失内容は大きいといわざるをえず、また右被害者の負傷の程度も重いこと等に徴し、その犯情は軽視できず、前示のように被告人が右折進入前に一度一時停止しており、右折進入速度も低速であること、被害者の骨折の治療が長期にわたつているが、いわゆる複雑骨折ではなく後遺症は残らないとの診断を受けていること、被告人は運転免許を取得して以来、本件事故後の単車の一時停止違反を除き、約六年間無事故、無違反であり、他に前科、前歴もないこと、昭和四五年から岸和田市の職員(保育所保母、同六〇年四月からは主任保母)として勤務してきたが、本件で禁錮以上の刑に処せられるときには右職員としての地位を失い失職することになるところ(地方公務員法一六条二号、二八条四項)、被告人の家庭の事情等もあつて、なお保母として働きたいとの強い希望を有していること、本件事故後自動車の運転を見合わせる等自省の念が顕著であるなど被告人にとつて酌むべき一切の事情を斟酌しても、本件につき禁錮刑を選択し、被告人を禁錮八月、二年間刑執行猶予に処した原判決の量刑は、原判決時を基準とする限り不当に重いとまではいえない。

なお、弁護人の所論は、本件交差点について、一時停止線の位置が不適切であることや、鏡の設置がないことをもつて、被告人に過重な注意義務を課する欠陥交差点である旨いい、さらに、被害者にも速度超過等の過失がある旨いうが、南北道路の西側に歩道があることなど関係証拠によつて認められる本件現場の状況に照らし、一時停止線が本件のように右歩道の延長線の直前に引かれているのは相当であると認められ、また、鏡が設置されていないからといつて、本件交差点が所論のように被告人に過重な義務を負わせる欠陥交差点であるとはいえず、さらに、被害者の過失についてみても、前示のように被害者の方が明らかに優先関係にあることを考慮すると、本件における被害者の運転に取り立てていうほどの過失があつたとも認められないから、所論はいずれも採用のかぎりではない。

しかし、当審における事実取調べの結果によると、原判決後、被告人の側で被害者の下に足繁く見舞いに訪れて慰藉と示談に誠意を示した結果、原判決時には芳しくなかつた被害者の被告人に対する感情が好転し、暫定的な示談契約書が作成され、さらに被害者側から被告人の寛大処分を望む嘆願書が提出されるまでに至つたこと、被害者の傷害はその後も順調に回復に向つていることなどの事実が認められ、これら原判決後の事情を、前示の情状、とりわけ禁錮以上の刑に処せられると公務員としての地位を失うことなどとあわせ勘案すると、原判決の前示量刑を現時点でそのまま維持することは、いささか酷に失するものと認められ、被告人に対し、むしろ罰金刑を選択して処断するのが相当であると考えられる。

よつて、刑訴法三九七条二項により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に判決することとし、原判決の認定した事案に法律を適用すると、被告人の原判示所為は、刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、所定金額の範囲内で被告人を罰金二〇万円に処し、労役場留置の点につき刑法一八条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官荒石利雄 裁判官谷村允裕 裁判官河上元康は転勤につき署名押印できない。裁判長裁判官荒石利雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例