大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和60年(ネ)1899号 判決 1986年8月07日

控訴人

十時英彰

右訴訟代理人弁護士

岡田隆芳

被控訴人

東亜精機工業株式会社

右代表者代表取締役

十時雅

右訴訟代理人弁護士

佐古田英郎

小原望

叶智加羅

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人

(一)  原判決を取り消す。

(二)(1)  被控訴人の昭和五六年二月二五日開催の定時株主総会における原判決添付決議目録(一)記載の決議が存在しないことを確認する。

(2)  被控訴人の昭和五七年四月一二日開催の臨時株主総会における同目録(二)記載の決議を取り消す。

(3)  被控訴人の昭和五七年五月一日開催の取締役会における同目録(三)記載の決議が無効であることを確認する。

(三)(1)  被控訴人の昭和五八年三月二二日開催の定時株主総会における同目録(四)記載の決議を取り消す。

(2)  被控訴人の昭和五八年三月二二日開催の取締役会における同目録(五)記載の決議が無効であることを確認する。

(四)  被控訴人の昭和五九年三月一六日開催の定時株主総会における同目録(六)記載の決議が存在しないこと又は無効であることを確認する。

(五)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決

2  被控訴人

主文と同旨の判決

二  当事者の主張

次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  控訴人

(一)  本件公正証書遺言は、当該遺言をなし得る判断力を十分に有していたミサヲがなしたものであり、法定の方式を具備し、無効とすべき事由の存在が明らかなものではないから、判決によって無効であることが確定されない限り、有効なものとして取り扱われるべきものである。したがつて、右遺言は、ミサヲが死亡した昭和五六年七月一〇日に効力を生じ、ミサヲ名義の株式六万一三一四株(以下「本件株式」という。)については、相続分の指定があつたものというべきであり、未だ株券の発行がなく、株主名簿も作成されていなかつた関係上、執行の必要もなかつたため、右同日、本件株式は遺言のとおり分割されたものといわなければならない。

大阪家庭裁判所は遺産分割調停前の仮の措置として、昭和五七年二月二五日に、本件株式の現状を変更することを禁止する旨の決定をしたが、右株式分割の効力は、右決定によつて何ら左右されないというべきところ、右決定も昭和五七年一二月二三日に右遺産分割調停が不成立になつたため、即日失効したものである。本件公正証書遺言の遺言執行者西村捷三は、当該遺言に従い、昭和五九年二月二七日付書面を以て被控訴会社に対し、本件株式につき名義書換請求をしたが、当該請求は有効であるから、被控訴会社はこれに応ずるべきであるにもかかわらず、応ずることなく現在に至つているものである。

(二)  控訴人は、被控訴会社の取締役として第一決議が記載された五六年総会の議事録に署名押印したが、それは第一決議の内容が法定の期間内に登記されることを予想してなしたものであるところ、右の登記は、その後著しく遅れて本件紛争が発生した後である昭和五七年五月八日になされたから、控訴人において第一決議に同意したものとはいえず、第一決議は不存在であるといわなければならない。

(三)  本件株式は昭和五六年七月一〇日に本件公正証書遺言のとおり分割されたから、それを無視してなされた第二、第四及び第六各決議は、いずれもその決議の方法が違法であり、無効又は取り消されるべきものであるし、第二決議を前提としてなされた第三決議、第四決議を前提としてなされた第五決議もまた、それぞれ無効又は取り消されるべきものである。

仮に、大阪家庭裁判所がなした前記調停前の仮の措置の決定により本件公正証書遺言の効力が停止されたものとしても、右決定は昭和五七年一二月二三日に失効したから、少なくとも五八年総会における第四決議は、本件公正証書遺言所定の株式の分割がなされた株式数により決議されるべきであつたにもかかわらず、本件株式を棚上げにしたまま決議された点において違法であるのみならず、その開催場所が総会招集通知には「本社応接室」と記載されていたにもかかわらず、十時雅の自宅応接間であつたから、その決議の方法は違法であり、したがつて、第四決議とそれを前提としてなされた第五決議とは、無効又は取り消されるべきものである。

また、本件公正証書遺言の遺言執行者西村捷三は、前記のとおり、昭和五九年二月二七日付書面を以て被控訴人に対し、本件株式の名義書換請求をしたから、被控訴人においてはこれに応ずるべきであつたにもかかわらず、それを無視して五九年総会を開催し、第六決議をしたものである。したがつて、右決議はその決議の方法が違法であり、そうでないとしても、不公正な決議であるから、その点において、少なくとも第六決議は取消されるべきである。

(四)  被控訴会社の株主は全員がミサヲの相続人又はこれと同視し得る者であつて、本件株式の帰すうに利害関係を有するところ、被控訴会社代表取締役の十時雅は同人自身がミサヲの相続人の一員であり、かつ、本件公正証書遺言による株式の分割に従つた株式数で決議がなされれば、被控訴会社代表者の地位を喪失するおそれがある関係もあつて、本件公正証書遺言の無効を主張する側の一員であり、そのため被控訴会社も、遺言執行者からの右遺言によつて分割された株式の名義書換請求を拒否している。右事情の下において、十時雅は、被控訴会社代表取締役として五七年ないし五九年各総会を招集し、その議長として権限を濫用し、本件株式につきほしいままに欠席扱いとして、第二、第四及び第六各決議を成立させたものである。右各決議はいずれもその決議の方法が著しく不公正であつて取り消されるべきものであり、また、右各総会及び各決議は、それぞれ権利を濫用してなされたものであつて、公序良俗に反し、無効といわなければならない。

(五)  被控訴人の後記2の(二)の主張は争う。

2  被控訴人

(一)  本件公正証書遺言は、遺言者ミサヲが当該遺言時において遺言をなし得る意思能力を欠いていたのであり、同人の公証人に対する口授もなければ、公証人のミサヲに対する読み聞かせもなく、かつ、公証人が遺言者に代わり記名することが許される場合でもなかつたのに、公証人がミサヲに代わつて公正証書に同人の氏名を記載したものであつて、無効というべきである。

なお、仮に本件公正証書遺言が有効であるとしても、それはミサヲが各相続人に対しそれぞれ特定遺贈することを内容とするものであるから、目的物の保管・引渡等の事務が処理されなければならないのであつて、その執行を必要とするものであり、しかも、右遺贈については遺留分による減殺請求がなされているので、当該遺贈は、その目的の価額に応じて減殺の効果が生じているというべきであり、したがつて、未だミサヲの遺産の範囲も明確ではなく、遺留分の範囲も確定されていないから、本件株式につき、ミサヲの相続人らがそれぞれ相続すべき株式数も現在のところ未確定であり、遺言執行者西村捷三において名義書換停止期間中に被控訴会社に対し、本件株式につき名義書換請求ないしその協力方の要請をしても、本件公正証書遺言は未だ執行されたとはいえないものである。

右のとおり本件公正証書遺言の効力については、多大の疑義があり、その効力の存否が現に訴訟において争われている最中であつて、未だ当該遺言が執行されていない段階である五七年ないし五九年各総会においては、被控訴会社が本件株式につき、欠席扱いとし、議決権を認めることなく、第二、第四及び第六各決議をなし、第二決議を前提とする第三決議、第四決議を前提とする第五決議をそれぞれなしても、それらはいずれも違法ではないというべきである。

(二)  第一、第二、第四、第五各決議と第六決議の(2)とは、いずれも役員選任決議であるが、それらによつて選任された各役員は、すべて任期の満了によつて退任しているか又は別の決議によつて再任されているのであり、また、第六決議の(1)は決算書類の承認であるが、既にその決議の執行が終了し、異なる事業年度になつている。したがつて、現在においては、控訴人において右各決議の不存在ないし無効確認又は取消を求める利益を有しないというべきであるから、本訴請求は棄却されるべきであり、仮に現在においても右の利益が失われていず、本件各決議に何らかの瑕疵があるとしても、本件における上記諸事情からすれば、現在において、控訴人の本訴請求を認容しなければならない理由は何もないから、裁判所は、その裁量により本訴請求を棄却すべき筋合であるといわなければならない。

三  証拠関係<省略>

理由

一当裁判所も、当審における新たな証拠調の結果を斟酌しても、控訴人の本訴請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は、次のとおり付加・訂正・削除するほか、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決関係

(一)  原判決一三枚目表一一行目と同一二行目から末行にかけての各「代表者尋問の結果」の次にいずれも「及び弁論の全趣旨」を加え、同一三枚目裏一行目の「証人十時良子の証言」を「証人十時良子、同鈴木茂の各証言」と改め、同一五枚目表八行目の「甲」の次に「第」を加え、同一六枚目表八行目の「議事録」を「「昭和五六年二月二五日午前一〇時被控訴会社本店において第三七回定時株主総会を開催し、任期が満了した役員全員を再任した旨の同日付株主総会議事録」(甲第一七号証の二)」と改める。

(二)  原判決一八枚目表三行目の「二月末」を「三月」と改め、その六行目末尾に「控訴人が異議なく署名押印した五六年総会議事録記載の第一決議による役員選任の登記手続が、控訴人の予想よりも遅れてなされたとしても、そのことにより、控訴人が、五六年総会が開催され、かつ、第一決議がなされたことにすることを了承したとの認定判断を左右することはできない。」を加え、同一九枚目表二行目の「ないし三二号証」を「及び三一号証」と改め、その三行目の「尋問の結果」の次に「及び弁論の全趣旨」を加える。

(三)  原判決二〇枚目裏一二行目の「一二月二六日」を「一二月一六日ころ」と改め、同二一枚目裏八行目の「付」を削り、その一一行目の「同月二四日午後三時」を同年四月一二日午後三時一五分」と、その末行の「巫左子」を「正也」と、同行から次行にかけての「正也」を「巫左子」と、同二二枚目表七行目から八行目にかけての「役員」を「取締役」と各改め、同二二枚目裏七行目の「その行使は」の次に「一応」を加え、同二三枚目表末行の「ある」を「あり、その権限行使の当否は、当該総会の意思によつて決せられるべきものであると解するのが相当である」と、同二三枚目裏末行の「可能性も相当程度認められ」を「可能性が全くないとはいえず」と各改める。

(四)  原判決二四枚目表六行目の「疑議」を「疑義」と、同九行目の「できる」を「できるし、当該総会の意思も雅の右措置を是認したものであること明らかである」と各改め、同二五枚目表一二行目の「それ自体」を削り、同二五枚目裏七行目の「同(4)の主張については、」の次に「成立に争いのない甲第二一号証の一によれば、五八年総会の招集通知は、その開催場所を本社応接室としてなされたことが認められるところ、」を加え、同二六枚目表五行目の「成立に争いのない」を「前掲」と、同二六枚目裏四行目の「承認された」を「なされた」と、同二七枚目表二行目の「株式総会」を「株主総会」と、その九行目の「三」と末行の「四」とをいずれも「五」と各改める。

2  本件公正証書遺言はその効力に疑義があり、現に、<証拠>によれば、控訴人は、雅、尚子及び巫左子を相手方として、本件公正証書遺言が有効であることの確認を求めて大阪地方裁判所に提訴したところ(同裁判所昭和五七年(ワ)第五二三〇号証書真否確認請求事件)、同裁判所は、昭和六一年四月二四日に本件公正証書遺言は無効であるとして控訴人敗訴の判決の言渡しをし、右判決に対しては控訴人において控訴を提起し、目下係争中であることが認められ、他方、<証拠>によれば、控訴人は、本件公正証書遺言が有効であることを前提として、ミサヲから同遺言により控訴人が相続すべきものと指定され、かつ、被控訴会社が現に占有している土地につき、被控訴会社の占有を妨害する行為に出たため、被控訴会社から控訴人を相手方として大阪地方裁判所に妨害排除の訴えが提起され、これに対して控訴人から土地明渡等の反訴請求が出されたところ(同裁判所昭和五九年(ワ)第五四〇二号及び同年(ワ)第七三八〇号事件)、同裁判所は、昭和六一年四月二四日、被控訴会社からの妨害排除の本訴請求を認容するとともに、本件公正証書遺言が有効であることを前提として控訴人からの土地明渡等の反訴請求をも認容し、この判決に対しては被控訴会社から控訴して目下係争中であることが認められるのであり、また、<証拠>によれば、巌周は昭和五七年四月一五日ころ控訴人と良子とに対し、同人らの本件公正証書遺言による本件株式の取得につき遺留分による減殺の請求をしたことが認められる。

ところで、法定の方式を具備し、無効事由の存在が一見して明白ではない公正証書遺言については、一応有効なものとして尊重しなければならないことはいうまでもないが、そのような遺言であつても、その有効性を疑うに足りる相当の理由があるときは、その有効・無効についての確定判決が無い限り、何人でも同遺言が無効であることを主張することは許されるのであり、無効の判決が確定するまではこれを有効なものとして取り扱わなければならないものではないと解するところ、雅が五七年ないし五九年の各株主総会で、本件公正証書遺言の効力に多大の疑念を抱き、議長権限により、本件株式の議決権行使を排除する旨の措置を採つたことは、叙上認定の諸事情に照らしてとくに不相当であつたということはできず、各年度の総会も雅の右措置を是認して第二、第四及び第六の各決議をしたものということができる。そうすると、右各決議は本件公正証書遺言の効力につき最終的な有権判断のないままなされたものではあるが、同遺言には、前記認定の事実に照らし、その有効性を疑うに足りる相当の理由があるものといえるから、これを有効なものとして取り扱わず、総会議長の権限により本件株式の議決権行使を排除した措置も不適法とはいえないものというべきであり、また、このことは、後に当該遺言が最終的な有権判断により有効又は無効のいずれかに確定されたとしても、同様に解するのが相当である。したがつて、右各決議はいずれも有効であつて、不存在若しくは無効確認又は取消しをしなければならない瑕疵はないものといわなければならない

右の点については、昭和五七年二月二五日になされた大阪家庭裁判所の調停前の仮の措置の決定が同年一二月二三日に失効したとしても、総会議長の権限としてした雅の右措置は、右決定の存否にかかわらず、不相当であつたということはできないから、右決定の失効後における雅の当該措置も不相当であつたとはいえないことに変りがない。

なお、<証拠>によれば、本件公正証書遺言の遺言執行者西村捷三が昭和五九年二月二八日被控訴会社に対し、本件公正証書遺言により分配されたところに従い、本件株式につき、雅と控訴人とに対し各二万株、巌周に対し五〇〇〇株、良子に対し一万六三一四株の各名義書換請求をしたが、被控訴会社においては、本件公正証書遺言の効力に疑義があるとして、それに応じていないことが認められるが、右書換請求自体は遺言執行者として当然なすべき措置であるとしても、当該請求をうけた被控訴会社としては、本件公正証書遺言の効力や、当該遺言による遺留分侵害の有無等の点につき独自に審査し得る権限を有し、その書換請求に応ずるか否かを決し得るものであつて、必ずしも右の請求に応じなければならないものではないところ、叙上認定の事実関係からすれば、被控訴会社において本件公正証書遺言の効力に疑義を抱くとともに、当該遺言による遺留分侵害の点をも慮り、現在まで右書換請求に応じていないことも、とくに不相当であるというわけにはいかない。

3  被控訴会社の株主全員がミサヲの相続人又はこれと同視し得る者であり、本件株式の帰すうに利害関係を有し、被控訴会社の代表取締役にして本件各総会の議長であつた雅もミサヲの相続人の一員であつて、かねてより本件公正証書遺言の無効を主張しており、被控訴会社において遺言執行者からの本件公正証書遺言に基づく株式の分配による名義書換請求を拒んでいることは、前記のとおりであるが、右のような事情があるとしても、叙上認定の本件における事情・経緯からすれば、総会議長としての雅が、本件株式を議決権のないものとして取り扱い、第二、第四、第六各決議を成立させたことは、特に不当・不公正であつたとはいえず、それらの決議を取り消さなければならない事由は存在せず、また、それらが、雅において議長としての職権を濫用しほしいままになしたものであることを認め得る資料もないから、それらが権利を濫用してなされたものであつて、公序良俗に反し、無効であるとの控訴人の主張は、到底採用するわけにはいかない。

4  なお、<証拠>によれば、被控訴会社は昭和六〇年三月二六日に第四一期定時株主総会を開催し、取締役全員の任期の満了により、同日、雅、杉本忠一、角間康信、西村正聖をそれぞれその取締役に選任したことが認められる。したがつて、第一、第二、第四、第五各決議、第六決議の(2)により選任された役員は、現在すべて退任ずみであり、また、第六決議の(1)の決算書類の承認に関しては、その事業年度が終了していることも明らかである。しかしながら、控訴人は、第一ないし第六各決議の瑕疵を主張し、その不存在、無効の確認ないし取消を求めているのであるから、右第四一回定時株主総会の決議が効力を有するか否かの前提をなすものであるのみならず、本件当事者を含む関係者間の被控訴会社をめぐる紛争をなるべく抜本的に解決する見地からしても、本訴請求の当否を判断する必要があるというべきであるから、右定時株主総会の決議により前記四名が取締役に選任された事実ないし事業年度の終了の点などからして、直ちに本訴請求が訴の利益がないとはいえないというべきである。

二以上により、控訴人の本訴請求をいずれも理由がないとして棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条一項により、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき、同法九五条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官日野原 昌 裁判官坂上 弘 裁判官大谷種臣)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例