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大阪高等裁判所 昭和56年(ネ)2460号 判決 1982年11月30日

控訴人

株式会社大阪有線放送社

右代表者

宇野元忠

右訴訟代理人

浜崎憲史

浜崎千恵子

被控訴人

株式会社日本音楽放送

(以下、被控訴人横浜日音という)

右代表者

坂川弘志

被控訴人

株式会社日本音楽放送

(以下、被控訴人東京日音という)

右代表者

工藤宏

被控訴人

工藤宏

坂川弘志

株式会社愛知音楽放送

右代表者

久保田正三

右被控訴人五名訴訟代理人

花村哲男

主文

控訴人の本件控訴(主位的請求(1)中予備的請求部分、及び、主位的請求(2)の請求)、並びに、控訴人の当審におけるその余の請求(主位的請求(1)中予備的請求を除く部分、及び、予備的各請求)をいずれも棄却する。

当審における訴訟費用はすべて控訴人の負担とする。

事実

一  当事者双方の求めた裁判

(一)  控訴人

1  原判決を取消す。

2  主位的請求につき、

(1) 被控訴人らは、控訴人に対し、原判決別紙物件目録二<省略>記載の放送線を引渡せ。

右につき、予備的に、被控訴人横浜日音、及び、同株式会社愛知音楽放送は、控訴人に対し、同目録二記載の放送線に接続する各家屋引込線をとりはずし、同目録一<省略>記載の放送線に接続し、かつ、同目録二記載の放送線を撤去せよ。

(2) 被控訴人らは、前項の義務履行を完了するまで、同目録一、及び、二記載の電柱に新たな放送線を架設してはならない。

(3) 被控訴人らは、控訴人に対し、金五〇〇万円を支払え。

(4) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

3  予備的請求につき

(1) 被控訴人らは、控訴人に対し、金三〇〇〇万円、及び、これに対する昭和五四年一〇月一九日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(2) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

(二)  被控訴人ら

主文第一項と同旨。

二  当事者双方の主張

(一)  控訴人の請求原因

1  控訴人は、昭和五一年八月二七日、訴外廣原幸一(以下、廣原という)から、別紙物件目録一記載の音楽放送線(以下、本件放送線という)の所有権、本件放送線に接続する引込線による放送を受ける加入店一五六軒に対する営業権を含む刈谷、知立両市の有線音楽放送事業に係る営業権一切(以下、本件営業権という)を、代金三〇〇〇万円で譲受けた。有線放送業界においては、放送線、電柱所有者との間の放送線添架契約書等の引渡しにより、放送線に接続された放送先(顧客)を引渡す商慣習が確立しているところ、控訴人は、右譲受契約の際これらの引渡しを受けた。

2  控訴人は、本件放送線を占有のところ、被控訴人横浜日音は、昭和五一年四月三〇日、廣原から、本件営業権の譲渡を受け、同日、既に同被控訴人において引渡しを受けていた旨主張し、名古屋地方裁判所に対し、控訴人及び廣原を相手方とし、本件放送線の仮引渡しを求める仮処分を申請し、同裁判所昭和五一年(ヨ)第九九九号事件として審尋手続を経たうえ、同年一〇月一二日、仮処分決定(以下、本件仮処分という)を得、同月一三日、右決定に基づく執行により、右放送線の占有を仮に取得し、かつ、現実に全ての顧客、市場を奪回した。

3  本件仮処分後、被控訴人横浜日音は、大阪地方裁判所に、右仮処分の本案訴訟として、占有回収の訴えを提起したが(同裁判所昭和五二年(ワ)第一二一七号事件)、昭和五三年一一月一七日、これにつき敗訴判決を受け、更に控訴に及んだが(大阪高等裁判所昭和五三年(ネ)第一九八五号事件)、後、右訴えを取下げた。

4  控訴人は、昭和五三年一一月三〇日、被控訴人横浜日音を相手方として、大阪地方裁判所に対し、事情変更による本件仮処分の取消申立てをなし(同裁判所昭和五三年(モ)第一三八〇四号事件)、同五四年一〇月一八日、これにつき仮執行宣言付仮処分決定取消判決を得、控訴審(大阪高裁昭和五四年(ネ)第一七七六号)における控訴棄却判決を経て確定した。

5  ところが、被控訴人らは、右取消判決がでることを事前に予想し、共謀のうえ、右判決言渡期日の直前である同月一四日頃、本件放送線に接続されている引込線(すなわち、有線音楽放送加入契約先に音楽放送を供給する線)をすべて切り離し、新たに架設した原判決別紙物件目録二記載の放送線に接続して顧客に対する音楽放送を開始したが、右仮処分取消判決が確定した以上、被控訴人らは、原状を回復すべきであるのに、右のような執行免脱を企図した違法な行為に及んだというべきである。

6  ところで、被控訴人らは、本件仮処分の執行に際し、控訴人の放送所につながる放送線の幹線を切り離し、自らの放送所に接続する方法により全ての顧客ともども、自らの占有下に仮に移転したものであるから、右原状を回復すべきところ、右目録二記載の放送線は、右のように新たに架設された放送線であり、本来返還されるべき本件放送線とは別ものである。

しかしながら、取消ないし仮処分の対象は、顧客を含めた市場であり、物たる放送線ではないから、被控訴人らにより顧客を分離された放送線は、仮処分の対象とされた放送線とは同一でなく、その返還を受けても完全な原状回復とならない。したがって、そのためには、顧客のついた同目録二の放送線の引渡しを受けるほかはない。

7  よつて、控訴人は、主位的に次の各請求をする。

(1) 控訴人は、その原状回復請求権に基づき、被控訴人らに対し、本件放送線にかえ、同目録二記載の放送線を引渡して現在の顧客を引渡すこと、また、仮にこれが認められないとしても、被控訴人横浜日音、及び、被控訴人愛知音楽放送に対し、同目録二記載の放送線に接続する各家屋引込線をとりはずし、本件放送線に接続し、かつ同目録二記載の放送線を撤去すること。

(2) 被控訴人らに対し、右義務の履行完了まで、同目録一、及び二記載の電柱に新たに放送線を架設しないこと。

(3) 控訴人は、本件仮処分取消確定前の控訴人らによる執行免脱行為により、多大の物的、精神的損害を受けたが、その苦痛は金五〇〇万円で慰藉されるべきであるから、その損害賠償。

8  仮に現状回復の方法がないとすれば、控訴人は予備的に次の請求をする。

(1) 被控訴人らは、共謀して、違法に、控訴人の原状回復請求権を侵害したことになるから、営業権譲渡対価相当額三〇〇〇万円の損害賠償。

(2) 被控訴人横浜日音は、仮処分が確定的に取消されたにも拘らず、仮処分執行による現状を、法的根拠もないまま維持して不当利得を得、控訴人に同額の損害を与えているので、右(1)と選択的に、営業権譲渡対価相当額の不当利得金の返還。

(二)  被控訴人らの答弁及び反論

1  請求原因1の事実中、控訴人が営業権を譲受けたとの事実は不知、控訴人が放送先の引渡しを受けた事実は否認する。

被控訴人横浜日音は、昭和五一年四月三〇日、廣原から、知立、刈谷両市内における廣原所有の営業権(顧客、本件放送線等の放送設備、電柱使用契約等の契約関係)を、代金顧客一軒につき八万円(顧客数一五六軒)の約で買受けたが、右廣原は、昭和四八年七月二日以降、右刈谷、知立両市内の顧客に対する有線放送営業を訴外協立商事株式会社(以下、協立商事という)に委託していたので、右売却に際し、被控訴人横浜日音の承諾を得て、協立商事に対し、爾後、同被控訴人のために本件放送線を占有するように命じたもので、仮に、右指図による占有移転がなかつたとしても、廣原から被控訴人横浜日音に対する本件放送線を引渡し、顧客との間にも放送聴取契約ができていた。

控訴人は、昭和五一年八月二七日、本件放送線の引渡を受けたとするが、これは引渡でなく奪取というべきである。すなわち、最初は、廣原が協立商事社員をして放送線を切断して引渡させる約束であったが、廣原は、同商事社員に切断させないので、林民雄が廣原にその違約をせめたところ廣原は頼むから控訴人社員にさせてくれというので止むなく控訴人社員が切断して控訴人の放送線につないだというのであるから、右は、引渡しでなく奪取である。

また、控訴人は、その際、顧客をも控訴人が取得したとするが間違つている。すなわち、顧客関係は、放送を流して聴取せしめる義務と、放送料を徴収する権利その他の権利義務の複合であり、したがつて、その引渡を受けた者と顧客との間で再契約してなされるべきところ、現実には放送線の引渡があり、その放送線を通じて放送が流され、顧客がそれを聴いて聴取料を新たに放送者に支払うことによつて、暗黙のうちに新聴取契約が成立して引渡しがなされた形態ができあがる。これが、有線放送における慣行であるところ、控訴人は、刈谷、知立、安城地区においては、被控訴人横浜日音は本件放送線しか放送線をもたぬため、控訴人はその放送線を奪取すれば、事実上顧客を全部奪取できると、廣原と共謀し、八月二七日先ず、本件放送線を奪取したものであるが、これを直ちに被控訴人らに察知され、顧客らに控訴人と契約しないよう通知されたため、顧客は誰一人として控訴人と新聴取契約を締結していない。

2  同2の事実中、被控訴人横浜日音が顧客、市場を奪取した事実は争い、その余の事実は認める。

3  同3の事実は認める。ただし、訴えを取下げたのは、不当仮処分であると認めたものでなく、所有権に基づく引渡訴訟を本案として提起することを前提としたものである。

4  同4の事実は認める。

5  同5の事実中、原判決物件目録二記載の放送線を架設し、これにより顧客に音楽放送を開始したことは認めるが、その余の事実は否認する。

6  同6ないし8は争う。

三  証拠関係<省略>

理由

一当事者間に争いがない事実

控訴人の請求原因2ないし4の各事実(但し、同2の事実中、被控訴人らが全ての顧客、市場を奪回したとの事実を除く)、及び、同5の事実中、原判決別紙目録二記載の放送線を架設し、これより顧客に音楽放送を開始した事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二控訴人主張の原状回復請求権等の成否

控訴人は、昭和五四年一〇月一八日の右仮処分取消判決が確定した以上、被控訴人らにおいて原状を回復すべきだのに、本件放送線に接続されている引込線を切断し、右目録二記載の放送線を架設してこれに接続したことをもつて、執行免脱を企図した違法の行為である旨主張するので検討する。

1  右一の事実のとおり、控訴会社が本件放送線を占有のところ、被控訴人横浜日音が、その申請による仮処分決定により、右放送線の仮引渡しを受けたが、後、その本案訴訟である占有回収訴訟において敗訴し、控訴会社において、事情変更による仮執行宣言付仮処分決定取消判決を得て、これが確定するに至つたもので、この場合、その効力は既往に遡らず、将来に向つて生ずるか、右取消判決の態様に従い、暫定的に作出された状態をその仮処分がなかつた状態に復元することも一応予定される場合もあると考えられるので、本件につき、右仮処分取消判決により直ちに、右仮処分の債務者である控訴人につき、原状回復請求権が発生するとみるべきか否かに関して、以下検討を加えるに、<証拠>によれば、右仮処分においては、本件有線放送架線について債務者である控訴人の占有を解いて申請人である横浜日音に仮に引渡す旨の断行の仮処分がなされたもので、これにつき、横浜日音の本案である占有回収訴訟における敗訴を理由として、単に右仮処分決定を取消す旨の判決がなされ、これが確定していることが認められるところ、右のように仮処分決定において執行官保管が前提されていない場合においても、本件放送線についての横浜日音の占有が継続する以上、その原状回復が事実上可能と解されなくはないけれども、本件においては、前示のとおり、右仮処分決定の取消判決確定前である同五四年一〇月一四日頃、本件放送線に接続されている引込線が切断され、これを新に架設した原判決別紙目録二記載の放送線に接続し、これによる音楽放送が開始されたのであるから、本件放送線については、既に横浜日音による占有が放棄されているとみられるのみならず、新に架設された右放送線と本件放送線とは異別であつて、その原状回復の方法としての右引込線の本件放送線への接続等には、既に新たな作為義務が前提とされることとなるから、放送線に伴い確保される営業権の実質を考慮してもなお、右各放送線間の同一性を肯認することができず、したがつて、本件においては、その原状回復が最早不可能な状況に立至つているものというべく、しかも、かかる回復義務が仮に認められる場合においても、まず、取消判決において、申立てにより逆の執行を可能ならしめる旨を主文に掲記することを求めるべきところ(民訴法第一九八条第二項参照)、本件においては、このような主文として回復義務が明らかにされていないところであるから、以上、いずれにしても、右仮処分取消判決が確定したことから、直ちに、控訴人のいう原状回復請求権を肯認することはできないというべきである。

してみると、控訴人のかかる原状回復請求権の存在することを前提とする本訴主位的請求(1)、及び、同予備的請求(1)は、いずれも、この点で理由がないといわなければならない。

2  そこで、仮処分取消判決前、これを予想して本件放送線から引込線をとりはずし、これを原判決別紙目録三記載の放送線に接続した行為が、執行免脱行為として控訴人に対する不法行為を構成するものであるか否かについて考えるに、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

(1)  訴外廣原幸一(以下、廣原という)は、昭和三〇年代後半頃から、日本音楽放送なる名称で、愛知県刈谷、知立、安城の各市において音楽放送事業を開始し、坂川弘志とは親しい間柄にあつたところ、昭和四八年五月一二日頃には、訴外協立商事(当時の代表者、土屋昌一及び坂川弘志)に対し、右安城市内における右音楽放送の営業権(電柱に架設した放送線を通じて放送聴取契約を締結した顧客に対し、放送所から音楽放送を流してこれによる対価として聴取料を取得する権利義務、以下同様)を譲渡し、安城市内に放送所を設けて協立商事による同地区への放送が始められたが、廣原は、同年七月二日から、協立商事との間で、右刈谷、知立市内における右放送営業について業務委託契約を締結して、右安城放送所から、右刈谷、知立地区への放送を流すこととし、この時点で、刈谷市内の放送所を閉鎖して、協立商事において、その社員と外線等一切を引き受けることとなり、協立商事が右放送による収益から三五パーセント、廣原が六五パーセントを受領することを約していたところ、廣原は、昭和五一年二月二八日、横浜日音(代表者、坂川弘志)から、日商岩井の関係で金が必要だとして、金一〇〇万円を借り受け、その弁済期とされた同年三月三〇日における支払いがない場合を予定し、右刈谷、知立地区における有線音楽放送の営業権を担保として、これを横浜日音に譲渡することを約していたが、右期日における弁済がないまま、右同額を弁済期間同年四月二〇日と変更して借用し続けていたこと。

(2)  しかし、右廣原は、右変更された期日においても、右金員を返済することができなかつたため、右約定に従い、横浜日音は、昭和五一年四月三〇日、廣原が有する刈谷市(放送先は知立地区を含む)における営業権を、顧客一軒につき八万円として譲り受け、右顧客は、右同日現在の加入店を確認して決定することとし、前記借受けにかかる一〇〇万円、及び、横浜日音が新に振出した額面二〇〇万円の約束手形による合計三〇〇万円がその手付金とされたが、同年五月一三日には、右顧客数が一五六軒と確認されたので、右譲渡代金も一二四八万円と確定した。そして、横浜日音は、右譲渡により廣原の協立商事に対する業務委託契約上の地位をそのままの状態で引き継ぐこととし、協立商事において顧客台帳、電柱共架契約書等の保管を続け、右委託契約内容につき協立商事の手数料を収益の四〇パーセントと改定のうえ、同商事において、右委託契約に基づく放送を継続していたところ、右廣原が、既に昭和五〇年五月一五日、右同一の営業権(但し、顧客は一二〇軒)を代金六六〇万円で、豊橋市の株式会社日本音楽放送(代表者橘茂利、以下豊橋日音という)に譲渡していることが横浜日音に判明したので、関係者においてこの問題について協議し、同五一年七月七日、廣原と豊橋日音との間の右契約を解約して、横浜日音においてこれを代金八一〇万円で買取り、廣原が右豊橋日音に対して有する代金返還債務として支払い、横浜日音がその営業権譲受代金の残金を廣原に支払うこととし、同日音は、同年八月二日頃までに、その支払いを了したこと。

(3)  廣原は、資金に窮していたため、横浜日音らと対立関係にあつた控訴会社から、右刈谷、知立両市における廣原が有した営業権を譲受けたいとの話があつたのを機に、その二重譲渡による対価をもつて金策をしようと思い立ち、控訴会社に対し、右両地区の営業権についての横浜日音への譲渡契約書、及び、協立商事との委託契約書を示したところ、控訴会社から、右譲渡契約書によつてはその引渡しがなされていないとし、代金の返還により違法の問題は生じないとの応答を得たので、同年八月付けで、いずれもその解除原因、理由がないのに、横浜日音に対しては前記営業権譲渡契約の解除を、協立商事に対しては業務委託契約の解除をする旨の通知を発するとともに、同月二七日、右営業権を代金三〇〇〇万円で控訴会社に譲渡して、金二〇〇〇万円を現金で受領し、その余は二枚の手形で支払うこととしてその交付を受けたが、右代金の支払いに先立ち、控訴会社の従業員において、安城放送所に赴き、音楽放送の流れている放送線を切断して、これを刈谷放送所の放送線に接続するとともに、協立商事が保管する架線契約書等を安城放送所内の引き出しから無断で持ち出したので、横浜日音は、このような状況に対処するべく、右有線放送に関して前示の仮処分を申請し、これに伴い本件放送線を占有するに至つたこと。

以上の事実が認められ<る。>

そして、以上の事実関係に従えば、横浜日音は、昭和五一年四月三〇日、廣原から刈谷、知立地区の営業権の譲渡を受け、その際、廣原の協立商事に対する右地区の放送についての業務委託契約上の地位の譲渡を経てこの委託者が横浜日音に変更され、これにより、協立商事は、その横浜日音に対する事実上の支配を継続することを了としたもので、これに基づき横浜日音は、本件放送線について占有移転の方法により廣原からそめ占有を取得したものと認められ、右横浜日音及び協立商事の各代表者である坂川弘志と右廣原との従前の親しい関係、横浜日音と廣原との間の貸借関係と、これらにより廣原が横浜日音と協立商事の代表者が右坂川弘志であると知悉していたとみられる事実に照らすと、右指図による占有の移転が、以上のように代金の完済と同時でなかったことをもつて、右移転を否定する理由とすることはできない。そうとすると、横浜日音は本件放送線についてその占有を取得し、この所有権をもつて控訴会社に対抗し得るものというべきであるから、控訴会社は、同年八月二七日、右刈谷、知立地区の営業権を廣原から譲渡されているとしても、右放送線の所有権を終局的に取得するに由なく前記占有取得もその態様は権限に基づかない違法のものというべきこととなる。もつとも、控訴人は、この点につき、控訴会社において廣原から右営業権の譲渡を受け、架線契約書等の交付をも受けているものであるから、これにより対抗力を具備している旨主張するけれども、右架線契約書等が一般的に放送線移転の徴表としても、安城放送所からの書類の持ち去り等による場合についてまで、これによる占有取得を肯認することはでき<ない。><証拠>を総合すれば、横浜日音は、前記仮処分についての本案訴訟において、第一審で敗訴したので控訴したが、所有権に基づく返還請求を予定してこれを取下げるに至つたものであり、また、仮処分取消判決に対する控訴審裁判所での右判決を維持する理由とするところは、本案とされた占有回収訴訟で横浜日音が敗訴した以上、これを所有権に基づく仮処分として流用することができないとしたが、被保全権利の不存在を事情変更による仮処分取消の事由としたものでないことが認められるから、前示のように横浜日音の放送線に対する所有権を肯定し、その関係において控訴会社の所有権を否定するについて、これら前訴における判断との牴触を考える余地はないというべきである。

してみると、本件放送線による営業権は、横浜日音に帰属し、控訴会社についてこれを認めることができないから、横浜日音らにおいて本件放送線の引込線を切断し、これを原判決別紙二記載の放送線に接続したことをもつて、直ちに、控訴会社に対する執行免脱を企図した違法な行為であるとすることはできないから、控訴人の本訴主位的請求(2)は、前示二1の理由と合わせこれを肯定するに由なく、同請求(3)、及び、同予備的請求(2)は、その余の点判断するまでもなく失当というべきである。もつとも、<証拠>中には、控訴会社が廣原から右営業権を買受けた同五一年八月二七日から、本件放送線にかかる新規の顧客を約七〇軒獲得していたとの供述部分があるけれども、右は、<証拠>に照らして措信せず、他に右のような事実を認めるに足る証拠もない。更に、右主位的請求(3)に関し、控訴会社において、前記仮処分取消判決の結果をまつて行動することとし、したがつて、右取消判決の確定により、本件放送線についての原状回復を期待していたと窺われなくはないけれども、前示のとおり、右放送線についての原状回復の途はこれを肯認することができず、かつ又、右放送線の所有権、ひいては刈谷、知立両市の営業権が横浜日音に帰属したものと認められる以上、かかる帰結とは別に、控訴会社につき原状回復への期待が裏切られたとして、ここに独立した侵害があつたと解することもできないというべきである。

三結論

してみると、控訴人の本件各請求はいずれも失当であるから、当審での請求を除き、原判決がその余の請求を棄却したのは相当であつて、この点に関する本件控訴は理由がないから、これを棄却すべく、当審における各請求もそれぞれ棄却すべきものである。よつて、当審における訴訟費用の負担につき、民訴法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(大野千里 林義一 稲垣喬)

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