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大阪高等裁判所 昭和56年(う)131号 判決 1981年7月27日

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪地方裁判所に差し戻す。

理由

控訴趣意第一について

論旨は、要するに、原判示第二の事実について、被告人は、金子威朗ほか三名とともに、田中良明に暴行を加え傷害を負わせたとして、傷害罪の実行共同正犯として起訴されていたのに、訴因変更の手続を経ることなく、共謀共同正犯の成立を認めた原判決には、審判の請求を受けない事件について判決をした違法がある、というのである。

そこで、検討するに、原判決には、原判示第二の事実について、訴因変更の手続を経ないで、訴因にない事実を認定した違法があるものと考える。その理由は次のとおりである。

一原判示第二の事実に対応する公訴事実は、本件起訴状記載第二の事実であつて、その要旨は、「被告人は、……昭和五二年六月二五日午前一〇時四五分ころ、全国大学連合原理研究会関大支部員田中良明が大阪府吹田市千里山東三丁目一〇番一号所在関西大学千里山学舎駐車場付近路上で通行人に口頭で呼びかけて伝道活動を行つているのを認め、金子威朗ほか三名と共謀のうえ、右田中を同市山手町三丁目七番地所在阪急電鉄関大前駅構内まで追いかけ、同所において同人の手足をつかんで約三〇メートルの間引きずるなどの暴行を加え、よつて同人に加療約三日間を要する左肩及び両上肢擦過傷の傷害を負わせたものである。」というものである。

二前記本件公訴事実には、(一)被告人と金子ほか三名とが本件を共謀した事実、(二)田中を阪急電鉄関大前駅構内まで追いかけた事実(以下これを「追跡行為」という。)、(三)同駅構内において田中の手足をつかんで約三〇メートルの間引きずるなどの暴行を加えた事実(以下これを「暴行行為」という。)、(四)その結果、田中に傷害を負わせた事実、以上の各事実が記載されているところ、(一)の共謀が特定の犯罪を行うため、すなわち田中に対し暴行を加えるためのものであつて、(三)の暴行行為が(一)の共謀に基づくものであるとされていることは明らかであるが、(二)の追跡行為が(一)の共謀に基づくものであるとされているか否かは、公訴事実の記載じたいによつては必ずしも明白ではなく、実務上起訴状においては、共謀成立の時点が明示されることなく、単に共謀の事実が公訴事実の冒頭に記載されるのが通例であることにかんがみると、(二)の追跡行為の前に(一)の共謀の事実の記載があることをもつて、直ちに(二)の追跡行為が(一)の共謀に基づくものであるとされているとは速断しがたいところである。そして、この点につき検察官は、原審公判期日において、本件共謀は、被告人と金子威朗、管原隆、山内章、篠原寿幸の間での暗黙の意思連絡による現場共謀である旨釈明し、また、冒頭陳述において、「被告人は、管原、山内、金子及び篠原とともに、関大前駅地下改札口まで田中良明を追いかけ、ここに被告人らは共謀のうえ」公訴事実記載の暴行に及んだ旨を主張しているのであつて、右釈明及び冒頭陳述の内容を参酌して公訴事実の記載をみれば、(二)の追跡行為は(一)の共謀に基づくものではなく、(一)の共謀は、関大前駅構内まで田中を追いつめ、同人に対し(三)の暴行行為に及ぶ直前の段階で、犯行現場である同駅構内において、暗黙の意思連絡のもとに、被告人ら五名の間に成立した旨、具体的に特定、明確化されていたものと解するのが相当である。また、本件公訴事実には、「被告人は、金子威朗ほか三名と共謀のうえ」とあるのみで、各自の分担行為が明示されていないところ、原審公判期日において検察官は、本件は実行共同正犯であり、(三)の暴行行為の実行行為は被告人を含む上記五名の者全員である旨釈明をしているのである。以上を要するに、被告人に対する原判示第二の事実の訴因は、前記関大前駅構内における現場共謀に基づく実行共同正犯として構成されていたことは明らかである。

三これに対し原判決は、訴因変更の手続をとることなく、原判示第二の事実として、「被告人は、……昭和五二年六月二五日午前一〇時四〇分ころ、前記田中良明が前記関西大学千里山学舎駐車場付近路上で通行中の学生に呼びかけて伝道渚動を行つているのを知るや、金子威朗ほか三、四名と共謀のうえ、右田中を同市山手町三丁目七番地所在阪急電鉄千里山線関大前駅南側地下改札口まで追いかけ、同改朴口に設置された結界の木枠にしがみつき駅員に助けを求める右田中に対し、右木枠にしがみついているその手指を一本ずつ引きはがすとともに、その両足を引張つて同人を右木枠から引き離したうえ、同所から約三〇メートルの間その両手両足をつかんで仰向きの状態で、その背中をコンクリートの床上にこするようにして同人を連行し、次いでその両手をつかんで、同人をうつむきの格好でコンクリート床及び同駅南口階段を引きずり上げるなどの暴行を加え、よつて同人に全治までに約三日間を要する左肩及び両上肢擦過傷の傷害を負わせたものである。」との前記公訴事実とほぼ同旨の事実を認定したが、「弁護人らの主張に対する判断」の部分において、(一)被告人が犯行現場に到着したのは、暴行行為が終了した直後であつた疑いがあり、被告人が暴行行為に加わつたとは認定できないこと、(二)しかし、被告人は、本件犯行の直前に、前記駐車場付近の関大会館前あたりにかけつけて、全国大学連合原理研究会(以下「原理研」という。)に反対するグループの金子、山内、管原、篠原ら本件共犯者とともに、原理研関大支部員の行くえを捜し、これを追跡しており、その追跡をはじめた段階から、同所付近でその直前までアンケート調査などの方法で伝道活動をしていた原理研関大支部員を見つけ出し、これに対し右金子らとともに追及ということで、暴行を加えてでも、その所持するアンケート調査用紙を取り上げるなどして、その伝道活動を排斥、阻止、弾劾する意思であつたことは明白であること、(三)被告人は、他の仲間とともに暴行行為に密接に関連し、これと不可分の関係にある追跡行動をはじめており、たまたま犯行現場に到着したのが遅れたにすぎないのであつて、本件犯行につき共同正犯としての罪責があること、以上の説示をしているのである。

四原判決の右説示のうち被告人のした追跡行動については、原判決が「弁護人らの主張に対する判断」の他の部分において、「被告人は犯行日時の直前ころ、反原理研グループのものから原理研関大支部員がまた関大会館横あたりでアンケート調査ということで伝道、宣伝活動をしていると知らされ、急いで前記田中が伝道活動をしていた駐車場付近から関大会館あたりにかけつけると、既に反原理研ゲループのもの三、四人がかけつけて来ており、一緒になつてその付近を目当ての原理研関大支部員を求めて捜したが見当らず一旦右三、四人のものとともに関大会館前あたりに引き返したところ、坂の下の方に捜しに行つた仲間からいたぞ見つけたぞという声がしたので、右三、四人のものと手分けし関大会館前から坂下の阪急電鉄千里山線の線路沿いの道路に出る数条の坂道をばらばらになつてかけ下り、同駅南口にかけつけた」との事実を認定しており、右認定の事実によると、被告人じしんのした追跡行動そのものは、被害者を目前にしてこれを追跡したというのではないのは勿論被害者の姿を現認してなされたものでもなく、単に田中が付近にいるかもしれないと思つて捜し回つたにすぎないのであるから、到底暴行の実行行為とみることはできず、また右追跡行動をしたからといつて、被告人が前記金子らの関大前駅構内における暴行の実行行為に密接に関連し、これと不可分の関係にある行為をしたことにより、同人らと右暴行行為を共同して実行したと評価され得る場合にあたるとみる余地もないといわなければならない。そうだとすれば、原判決が被告人の罪責肯認の理由として追跡行動を挙げたのはせいぜい共謀の間接事実の趣旨としてであつて、被告人が本件暴行の実行行為を共同して行つたものと認定したものではないと解せざるを得ない。この点を踏まえて、上記の原判決の認定した罪となるべき事実及び原判決の説示に徴すると、原判決は、本件の共謀は、犯行当日午前一〇時四〇分ころ、被告人らが田中の追跡を開始した時点において、被告人、金子、管原、山内、篠原らの間に成立したこと、田中に対する暴行行為は、被告人を除く上記の者らによつて行われたが、右暴行は上記共謀に基づくものであること、したがつて、被告人は、実行行為を共同して行つてはいないが、いわゆる共謀共同正犯として、本件傷害罪の罪責を負うこと、以上の判示をしていることが明らかである。

五上記のように、原判決は、被告人の実行行為を否定し、共謀共同正犯を認定したが、原判決の認定した共謀が訴因における現場共謀と異るものであることは、上記の説示に徴し明らかであつて、原判決は訴因にない共謀の事実を認定し、これに基づき共謀による共同正犯者として被告人の罪責を肯認したことになる。

判旨六ところで、実行共同正犯と共謀共同正犯とは、法律構成を異にするものではないが、実行共同正犯の訴因に対し共謀共同正犯を認定することが被告人の防禦に実質的不利益をもたらす場合には、訴因変更の手続を必要とするものと解すべきである。これを本件についてみると、前記のとおり本件の訴因は、関大前駅構内における現場共謀に基づき、被告人においても実行行為を分担した旨の内容であつたのであり、これに対し被告人は、追跡行動をしたことは認めているものの、犯行現場である同駅構内に遅れて到着したため、共謀ないし実行行為には関与していない旨を述べ、公訴事実を全面的に争い無罪を主張していたのであつて、証人尋問等の証拠調の過程においては、暴行を加えた者の中に被告人がいたか否かが中心的争点となつており、実質的にはもつぱらこれをめぐつて攻撃防禦がくり返されていたこと、原判決が本件共謀の基礎とした被告人の追跡行動等は、犯行の経過として審理の過程にあらわれているに過ぎず、原判決が共謀の成立を認めた被告人らの追跡開始時における被告人の意思内容、他の共犯者との意思連絡の有無及び内容等については、十分の防禦が尽くされているものとは認めがたいことなど記録によつて窺われる事情に徴すると、本件の訴因のもとにおいて原判示のような共謀共同正犯の事実を認定することは、被告人の防禦に実質的不利益をもたらすことになり、訴因変更の手続を要するものと解すべきである。

所論は、訴因変更手続を経ないで、共謀共同正犯を認定した原判決の誤りは、審判の請求を受けない事件について判決をした違法にあたる、と主張しているが、本件のように実質上の一罪に関し、訴因変更の手続を経ないで、訴因にない事実を認定したことが、当事者の防禦権を害し違法とされるに過ぎない場合には、訴訟手続の法令違反を構成するものと解すべきであり、右法令違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、原判決は判示第一の事実と同第二の事実とを併合罪として一個の刑を言渡しているので、刑事訴訟法三九七条一項、三七九条により、原判決全部を破棄し、同法四〇〇条本文により本件を大阪地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(石松竹雄 岡次郎 安原浩)

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