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大阪高等裁判所 昭和54年(行コ)9号 判決 1980年3月18日

控訴人(原告) 塚本寿一

被控訴人(被告) 兵庫県知事

主文

原判決中予備的請求を棄却した部分を取消し、予備的請求を却下する。

控訴人のその余の控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じて控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は「1原判決を取消す。2被控訴人が控訴人に対し昭和五一年八月二八日付でなした戦没者等の遺族に対する特別弔慰金支給請求の却下処分を取消す。3被控訴人が控訴人に対し昭和五二年一一月三〇日付でなした戦没者等の遺族に対する特別弔慰金支給請求の却下処分を取消す。4(右2の請求が認められない場合の予備的請求)被控訴人は控訴人に対し金一〇〇〇円及びこれに対する昭和五二年一二月二三日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。5訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。」旨の判決および右4につき仮執行宣言を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の事実上の陳述および証拠の関係は、次のとおり付加、変更するほか、原判決事実欄記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決第五丁裏二行目の「しかしながら、」から同六行目の「違反する。」までを次のとおりあらためる。

「援護法の立法趣旨は、当時軍人恩給は昭和二一年勅令第六八号により停止されていたところ、対日平和条約の締結に伴ない、その復活の機運が熟して来たのであるが、恩給法の改正作業は複雑で日時を要するため、国家補償の精神に基づき、取りあえず援護を行なうための暫定的措置を講ずることにあり、いいかえれば、援護法は同じく公務員として勤務したものでありながら、恩給が停止されなかつた文官に比べて軍人軍属は何らの援護を受け得なかつたのを是正しようとしたものであつた。したがつて、援護法三四条四項が前記の遺族に弔慰金を支給しない旨定めたのはそれなりに合理性を有するものである。

しかしながら、新旧両支給法の立法趣旨は、終戦二〇周年あるいは三〇周年にあたり、現に戦没者に関し公務扶助料等の支給を受けている者が存在しない場合に、戦没者及びその遺族の心情に思いをいたし、国として弔慰の誠を披瀝するため特別弔慰金を支給しようとするもので、右特別弔慰金は援護法や恩給法をはなれて純粋かつ素朴に戦没者の遺族を弔慰しようとするものであり、恩給停止による生活苦に対する代替措置ではない。同じく戦没した軍人軍属の遺族でありながら、戦後恩給停止の対象とならず、生活の苦難の程度が軽かつた者にとつては、肉親の戦没による苦痛の程度が少なく戦没者に対する追慕の念が深くなかつたと見るのは遺族の心情を全く理解しないものであり、同様の環境下において戦没した者に対する弔慰の必要性を恩給停止の有無により差別することは社会通念上合理性を有するとはとうてい認めることができない。

してみると、立法趣旨を異にする援護法三四条四項を引用する新旧両支給法二条、三条の規定は立法裁量の限度を越え、憲法一四条一項に違反する。」

2  原判決第八丁表八行目の次に「なお控訴人が本件訴訟を提起した後に国は新支給法の改正に着手し、昭和五四年法律第二九号として改正法が成立し、控訴人の如く法の不備により受給権がないとされていた遺族にも昭和五四年四月一日を基準日として、金一二万円の特別弔慰金が支給されることとなつた。右は改正前の新支給法に立法上欠陥があり、そのため一部の遺族が、同じ戦没者でありながら特別弔慰金を受けることができないという不公平が存在したことに対する反省に基づき改正作業がなされたものと推測される。右改正法は不公平を是正したものとして一応評価することができるのであるが、控訴人にとつては旧支給法による特別弔慰金三万円、改正前の新支給法による特別弔慰金二〇万円のうち八万円を受けることができない不公平がなお残存するので、被控訴人のなした第一次、第二次却下処分は違法であつて取消されるべきである。」を付加する。

3  原判決第八丁裏三行目の次に「宝塚市の広報記事には担当部課及びその電話番号を示し、詳細は問い合わせるよう記載してあるが、それだけで被控訴人に過失がないということはできない。現に控訴人は右担当部課に赴き相談をし指示を受けたのであるが、担当係員は詳細を了知しておらず、控訴人はなんらの注意を受けなかつた。行政事務の執行に当つては、できうる限り国民に無駄な負担を負わしめないよう留意すべきであり、被控訴人としては法律の制定若しくは改正時に内部的研修会を開催するのみでは足りず、担当者の転任等に対処して再度にわたつて研修を行ない、あるいは申請受付時のチエツクリスト等を用意する等意を用いるべきであつた。なお新旧支給法は極めて難解であり、申請人が関係法令を十分検討すれば足りるとの主張は形式論であり妥当ではない。」を付加する。

4  原判決第一〇丁表九行目の次に「なおこの点につき被控訴人は兵庫県知事は行政庁であつて権利義務の主体となりえない旨主張する。しかし、国又は公共団体から全く独立に行政庁なるものが存在するわけではない。而して、行政庁の過失に基づく責任は、当然その背後にある国又は公共団体に及ぶものである。

いまかりに、国又は公共団体とその機関たる行政庁が全く独立の法律的存在であるとするならば、本件のような場合に提訴しようとするといわゆる訴の主観的予備的併合にあたるが、それは判例の否定するところであるので、国民は困惑するのみである。また、別訴によることの不利益を考えるならば、事実上国民の権利救済の利益をほとんど奪うのと同様の結果を生ずることとなり、妥当ではない。」を付加する。

5  原判決第一一丁裏六行目の次に「なお控訴人の予備的請求は被控訴人に対する損害賠償の請求であるが、被控訴人は行政庁であつて権利、義務の主体となるものではないから予備的請求の当事者能力を欠き、訴は不適法として却下を免れない。」を付加する。

6  原判決第一二丁表七行目の次に「新旧の支給法が支給対象を画しているのは右のような事情の有無により国が弔慰の誠を披瀝すべき必要性に軽重があることと財政上の理由によるものであつて、立法裁量の範囲内の行為として合理性を有するものである。」を付加する。

7  原判決第一二丁表一二行目の次に「市町村長は特別弔慰金請求交付手続の経由機関である。被控訴人は市町村長の経由機関としての役割にかんがみ、支給法等の改正のつど県下の市町村の担当者に改正資料を配布してその要旨を説明している。そして、市町村長は、独自に公報等により請求書経由機関としての広報活動を行なつているものである。」を付加する。

8  控訴人は当審において新たに甲第九号証を提出し、被控訴人は右書証の成立を認めると述べた。

理由

一  控訴人の主位的請求(第一次却下処分及び第二次却下処分の各取消請求)に対する本案前の抗弁についての判断は原判決の理由中一、二項と同じであるからこれを引用する。

二  そこで第二次却下処分の当否について判断する。

控訴人の父謙一の官職、戦病死の経過、控訴人を含む謙一の遺族の恩給法による遺族扶助料の受給権の得喪、旧支給法、新支給法の規定、控訴人の特別弔慰金の請求と被控訴人の却下処分及びこれに対する審査手続に関する請求原因1ないし6の事実は当事者間に争いがない。

控訴人は、立法趣旨の異なる援護法三四条四項を引用して特別弔慰金の受給権者を限定する新支給法二条、三条の規定は憲法一四条一項に違反すると主張するので、判断する。

前記争いのない事実に原本の存在及び成立に争いのない甲第一号証の一ないし五、同第二ないし第四号証の各一、二、同第五号証の一ないし三、同第六号証、乙第一九ないし第二二号証、成立に争いのない乙第二、三号証、同第九ないし第一六号証並びに弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められこれに反する証拠はない。

1  太平洋戦争の終了当時、軍人軍属を含めて全て公務員が公務により死亡したときは、その遺族に対し当時の恩給法による扶助料が支給されていたところ、終戦後軍人又はその遺族を一般困窮者より優遇することは占領目的遂行の上から好ましくないとして昭和二〇年一一月、身体的廃疾者に対するものを除く、軍務に服したことによる恩給等の支払いの停止を命ずる連合国軍最高司令官覚書が発せられた。そのため、政府はこれに基づき、昭和二一年二月一日勅令六八号、昭和二一年閣令四号により、軍人その他陸海軍部内の公務員等(旧軍人軍属)又はその遺族に対する恩給、扶助料を一部の増加恩給、傷病賜金等を除き一切停止した。もつとも陸海軍部内の公務員であつても昭和二一年閣令四号の一条各号に定められた一部の文官(警察、監獄関係者を除く判任官、退官又は死亡に際し奏任官となつた前記同様の範囲の判任官その他)又はその遺族に対する恩給、扶助料は停止の範囲から除外された。

2  当時は戦後の混乱期で国民生活全体が窮乏の極にあつたが、戦争により一家の支柱を失なつた戦没軍人、軍属の遺族は、かろうじて生活の一助になるべきはずの扶助料の支給停止により、経済的にも精神的にも大きな打撃を受けた。そこでその後日本政府関係者から連合国側へ前記連合国軍最高司令官覚書の取消しの可否が打診されたこともあつたが、これが実現しないまま年月を経た。

この間のインフレーシヨン等の経済混乱の中で、その支給が停止されなかつた恩給、扶助料については恩給法臨時特例(第二次)(昭和二三年法律一九〇号)の外、昭和二五年、昭和二六年の恩給法改正(昭和二五年法律一八四号)、昭和二六年法律八七号等によつて恩給、扶助料のいわゆるベースアツプが行なわれ、とりわけ公務扶助料等公務傷病関係恩給については他の恩給が据置かれた恩給法臨時特例(第一次)(昭和二一年法律三六号)においても例外的に増額がなされる等乏しい国家財政の許す限度内で配慮がなされたが、一方恩給が停止された戦没軍人、軍属の遺族の困窮はその極に達していた。

3  昭和二七年連合国軍の日本占領の終了が近付き、前記覚書を取消す趣旨の指令が発せられたので、同年四月、戦傷病者、戦没者遺族に対し国家補償の見地から援護の策をとることを目的として援護法が制定された。右援護法は、軍人恩給の復活を予定しつつも、元の軍人恩給についての規定をそのまま復活させるのではなく、対応する文官恩給等との振合い、財政上の問題等を考慮して恩給法に必要な改正を加えるための立案、立法をするために必要な期間の暫定的な措置でもあつた。

援護法による援護の対象を大別すると、第一に前記昭和二一年勅令六八号によつて恩給権を停止又は制限された旧軍人等及びその遺族で、これが主たるものであり、第二に戦地勤務の雇用人及びその遺族、第三に国会審議の過程で追加された国家総動員法に基づく被徴用者その他の者の遺族であつた。援護法による援護の内容中軍人軍属の遺族に対するものは遺族年金と五万円の弔慰金(一〇年償還の国債で交付)であつた。

翌昭和二八年に至り前掲の諸点に検討を加えて、軍人恩給復活のための恩給法の一部を改正する法律(昭和二八年法律一五五号)が成立し、大部分の軍人及びその遺族に対する援護法による年金は恩給、公務扶助料に切換えられたので、それらの遺族は弔慰金の関係のみで援護法の適用を受けるに至つた。

4  その後戦没者の遺族の中でいわゆる祭粢料を国に要求する動きもあり、昭和四〇年に至り戦没者等の遺族に対する特別弔慰金支給法(昭和四〇年法律一〇〇号)(以下原支給法という)が制定された。

原支給法は戦没者等の遺族に、死亡者一人につき三万円の特別弔慰金を一〇年以内償還の記名国債で交付するものであつた(五条)。同法にいう戦没者等の遺族とは昭和四〇年四月一日までに援護法による弔慰金を受ける権利を取得した者で同日において日本国籍を有する者をいうのであるが(以上二条)、戦没者等の遺族に該当する者であつても、本人又は他の遺族が同一人の戦没者に関して昭和四〇年四月一日において恩給法、援護法等により公務扶助料、遺族給与金その他これらに相当する給付の受給権を有している場合には特別弔慰金は支給されないこととされた(三条)。

原支給法の国会審議の過程で明らかにされた提案理由は、次のとおりであつた。すなわち第二次大戦において多くの軍人、軍属、準軍属が戦闘その他の公務等のため死亡したが、政府はこれらの遺族に対し恩給法、援護法等による公務扶助料、遺族年金、弔慰金等を支給するほかできる限りの援護措置を講じて来たところ、その後公務扶助料の受給者であつた者も死亡や成年に達したことにより受給権を失い、兄弟姉妹のように当初から弔慰金のみしか支給を受けなかつた遺族についても大部分が昭和三六年九月をもつてその国債の償還が終了し、現在では戦没者の身近な遺族でありながら国から何らの給付を受けていない者が相当数にのぼつている状況である。我国の今日の繁栄をみるにつけ思われるのは、これらの尊い犠牲となつた戦没者や肉親を失なつた遺族の心情であつて、終戦後二〇周年にあたり国として弔慰の誠を披瀝するため前記の要件を満たす遺族に特別弔慰金を支給するというものであつた。そして、国会議員からは三万円を一〇年間で償還という給付が不充分であること、広く戦争による犠牲者という観点に立つて、一般戦災被害者にまで救援措置を拡大すべきでないか等の質問がなされ、前者に対しては、財政上の制約と一〇年にわたつて償還することにより弔慰の誠を持続させたいとの答弁が、後者に対しては財政上の制約と国家補償的な見地から国との身分的関係を持つた軍人軍属と国との一定の権力関係のあつた準軍属に援護の対象を止めるとの答弁がなされた。

なお、原支給法による特別弔慰金の受給権者は約四一万人と報告されていた。

5  その後昭和四七年法律三九号により昭和四〇年四月一日とされていた受給権認定の基準日が昭和四七年四月一日に改正され(旧支給法)、支給対象者が約三〇万人増加した。

6  その後昭和五〇年法律一〇号によりさらに法改正がなされて新支給法となつた。新支給法は戦没者の遺族に死亡者一人につき二〇万円の特別弔慰金を一〇年償還の国債で支給するというものである。

新支給法では、旧支給法の受給対象者のほかに旧支給法において特別弔慰金の受給権者とされなかつた昭和一二年七月七日以後昭和一六年一二月七日までの間(日華事変中)の戦没者の遺族をも支給対象に含め、旧支給法では昭和四七年四月一日とされていた受給権認定の基準日を昭和五〇年四月一日と改正したもので、その他の要件に大きな変更はなされなかつた。

右改正法である昭和五〇年法律一〇号の国会審議にあたつて、政府は支給法の改正の理由を、戦後三〇周年を迎え原支給法と同様国としてさきの大戦の尊い犠牲となつた戦没者の遺族に特別な弔慰の誠を示す必要があるところ、戦没者の遺族に対しては国家補償の見地から公務扶助料あるいは遺族年金等によつて処遇しているが、それらの受給要件に該当しない遺族に対し原支給法により交付した国債の最終の償還時期が終ることもあり、同様の見地から特別弔慰金をもつて弔慰の誠を示す必要があると説明し、国会議員からは支給金額の根拠等の質問がなされ、それに対し特別弔慰金の趣旨や社会情勢、経済情勢を総合判断して定めたものとの答弁がなされた。

なお新支給法による支給対象者は約一〇四万人と見込まれていた。

7  さらにその後昭和五四年法律二九号をもつて新支給法が改正され、受給権認定の基準日を昭和五四年四月一日に改められたほか「旧恩給法の特例に関する件(昭和二一年勅令六八号)一条に規定する内閣総理大臣の定める者に該当した軍人軍属又は軍人軍属であつた者の死亡に関し、恩給法七五条一項二号に掲げる額の扶助料を受ける権利を有する遺族があつたことにより弔慰金の支給を受けることができなかつた者は二条一項(戦没者の遺族の定義に関する規定)の適用については、弔慰金を受ける権利を取得した者とみなす。」旨の規定が設けられ、特別弔慰金の受給権者の範囲が昭和二一年勅令六八号による軍人恩給停止の範囲から除外された者にも拡大された。その結果控訴人も右改正法の施行とともに特別弔慰金受給権者となり、特別弔慰金として一二万円を六年内償還の国債で支給されることとなつた。

右改正についての国会審議の過程においては、議員から、新支給法では二〇万円であつたものが一二万円となつた理由、今後も毎年発生する遺族年金等の失権者に対し特別弔慰金を支給するような措置をとることの可能性が質問されたのに対し、政府は、新支給法の基準日以後の該当者に対し特別弔慰金を支給しようとする改正であるが、新支給法による第一回交付分の償還期間の残りが六年間であることとのバランスから一二万円六年償還とした旨、また今回予算化にあたつても財政当局と相当な論争をしたもので今後の該当者について支給することは原則として予定されておらず、昭和六〇年においてこうした施策が必要かどうかを想定するのは困難である旨の説明をなしたが、受給権者の範囲を拡大したことの理由についての説明がなされたことはうかがわれない。

なお右改正による支給対象者は約二九万人と見込まれていた。

三  右にみた支給法の制定、改正の経過に照らせば、新支給法の立法趣旨は、第二次大戦後三〇周年にあたり戦没者の遺族のうち、公務扶助料、遺族年金等の受給要件に該当しない者に対し、使用者責任に類似した国家補償の見地から特別弔慰金を給付して国として弔慰の誠を示すというにある。控訴人の亡父謙一は陸軍技手(判任官、死亡によつて奏任官となる)として勤務中昭和一九年西部ニユーギニアで戦病死したものであるが、その遺族である控訴人は新支給法による特別弔慰金の支給対象者にはなつていない。

控訴人が新支給法による特別弔慰金を受給できないのは、新支給法(原支給法、旧支給法も同じ)が特別弔慰金の受給権者として「死亡した者の死亡に関し、昭和五〇年四月一日までに援護法による弔慰金を受ける権利を取得した者」であることを要件としているところ、援護法による弔慰金の受給権者からは、その戦没者の死亡について昭和二一年勅令六八号による旧軍人恩給停止の際昭和二一年閣令四号によつて停止の範囲から除外された遺族で公務扶助料の受給権を取得した者があつた場合が除外されていて、判任官でその死亡によつて奏任官となつた亡謙一の遺族に対する公務扶助料が戦後旧軍人恩給停止の範囲から除外され、控訴人や養母いつら遺族が公務扶助料を受給していたことによるものである。

即ち昭和五四年法律二九号による改正前の新支給法(旧支給法も同じ)は同じく第二次大戦中に戦地で戦病死した軍人、軍属、準軍属の遺族であつても、戦後旧軍人恩給の停止から除外されてその者の死亡につき公務扶助料の受給権を取得した遺族がある場合とそうでない場合とを区別して特別弔慰金の受給権の有無を定めているからである。

控訴人はかかる恩給停止の有無により遺族に対する弔慰金の支給の有無を区別することは合理性がないから、支給法二条、三条の規定は憲法一四条一項に違反すると主張するので、進んで新支給法による前記差別に合理的理由が存するか否かを検討する。

我国の第二次大戦による戦争犠牲者の遺族に対する国の援護制度の大略は前項に見たとおり、その対象を国と身分関係を有していた軍人、軍属と国と一定の権力関係にあつた準軍属の遺族に限定しているが、その援護のほとんどは昭和二七年に制定された援護法と昭和二八年の恩給法改正によるいわゆる軍人恩給の復活により開始されたものであり、昭和二一年二月に軍人恩給が停止されてから昭和二七年四月に援護法が制定されるまでの経済的変動が激しく国民生活の窮乏が極に達した時期において国から援護を受け得た軍人軍属の遺族は昭和二一年閣令四号の一条各号に定められた一部の文官の遺族で恩給法所定の公務扶助料受給の要件を満たす者のみであり、恩給停止になつた軍人、軍属の遺族は何らの援護も受けられなかつた。右の期間はインフレーシヨンが進行し国民にとつては最も生活の困難な時期であり、国にとつても国家財政の一番苦しい時期であつた。しかし国は乏しい国家財政の中で数回ベースアツプを行なう等の配慮をしていたもので、支給される公務扶助料は受給者の生活の一助となつていたのであるから、その間の恩給法に基づく公務扶助料の支給は、公務扶助料の本来の性質をどのように理解するにせよ、右戦没者の遺族に対する精神的慰謝の機能を果たす一面を有していたことは否定できない。

そうだとすれば、戦没者の遺族に対し弔慰の誠を披瀝することを目的とするにしても、それが経済的給付の方法によつて行なう場合には、右金額からみて新支給法における受給権者を定めるにあたつてその戦没者の遺族を戦後軍人恩給停止の対象となつた遺族に限定し、これを停止の対象とならなかつた遺族と区別しても、社会通念上合理性があるものというべきである。右のように本来は遺族の生活援護のための給付であつても精神的慰謝の機能を有し、弔慰金に代替しうることは、新支給法が軍人恩給が停止された者と停止されなかつた者との関係で採用している考え方だけではなく元来右支給法が原支給法以来右支給の対象を公務扶助料、遺族年金の給付を現に受けている遺族のない場合に限つている(同法第三条)ことからも明らかである。

もつとも、戦後軍人恩給の停止を受けた軍人、軍属、本来恩給法の保護の対象外であつた軍属、準軍属の遺族は昭和二七年の援護法により軍人、軍属の遺族は五万円、準軍属の遺族は三万円の弔慰金の受給権を取得し、その後その国債の償還が終了後の昭和四〇年に制定された原支給法により(その後受給権を取得した者については旧支給法により)三万円の特別弔慰金の受給権を取得したのであるが、これと終戦から三〇年以上の日時の経過したことを考慮しても、戦後の最も困難な時代に恩給が停止された者とその間恩給の支給を受けた者との間に区別を設けることには今もなおその合理性を否定し去ることはできないと思われる。

よつて新支給法二条、三条の規定は憲法一四条一項に反するものではなく、したがつて控訴人の特別弔慰金支給請求に対し同法の規定による受給権がないとして却下した被控訴人の第二次却下処分は正当であり、右却下処分の取消請求は理由がない。

もつとも、法律上の当否とは別に、将来もかかる終戦直後の時代に恩給停止の対象となつた遺族であるか否かにより弔慰金の支給の有無を区別することの政策的当否については、更めて検討する必要があるように思われる。控訴人の本訴の提起が契機となつたか否かは明らかではないが、本訴の第一審判決後昭和五四年法律二九号により新支給法が改正され、昭和二一年勅令六八号による恩給停止の対象にならなかつた遺族にも弔慰金の受給権が認められ、控訴人も一二万円の弔慰金を支給されることになつた。右改正の理由は明らかではないが、その理由はともあれ本件第二次却下処分の効力は、右法改正によつて影響されるものではない。

四  次に控訴人の予備的請求について検討する。

国又は地方公共団体の機関である行政庁は民法上の権利能力を有しないから、被控訴人兵庫県知事は国家賠償法もしくは民法に基づく損害賠償請求と解される本件予備的請求について当事者能力を有しないものであり、したがつて予備的請求は却下を免れない。

今かりに予備的請求の被告を兵庫県と変更しても、その請求が理由のないことは原判決第一八丁裏九行目の次に「なお控訴人から相談を受けた宝塚市の担当吏員が控訴人に対し受給権のないことを告げなかつたとしても、控訴人が宝塚市吏員に対し自己の受給権の有無にかかわる事由をどの程度説明したのか証拠上明らかではないから、そのことから直ちに宝塚市の吏員の措置を違法であるということはできない。」を、同第一八丁裏末行の次に「なお、請求原因8(五)の主張が、旧支給法による特別弔慰金請求を却下した点を違法行為とするものであれば、その却下処分が正当であることは二、三において第二次却下処分について説示したところと同様であつて右主張は理由がなく、又前記主張が立法行為についての違法をいうものであれば、そのことは国に対する損害賠償請求の理由となる余地はあつても兵庫県に対する請求の理由とはなりえない。」を付加するほか原判決理由中三の項(原判決第一七丁裏一一行目から同第一八丁裏末行まで)のとおりであるからこれを引用する。

五  以上のとおり原判決中予備的請求を棄却した部分は失当であるからこれを取消して予備的請求を却下し、その余の請求についての判断部分は正当であるからその余の控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷野英俊 丹宗朝子 西田美昭)

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