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大阪高等裁判所 昭和51年(行コ)29号 判決 1977年6月29日

控訴人 楊金水

被控訴人 神戸地方法務局須磨出張所登記官

訴訟代理人 上林淳 西野清勝

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人代理人は「原判決を取消す。被控訴人が原判決別紙物件目録記載の土地につき昭和三八年三月二二日付でなした分筆登記は無効であることを確認する。被控訴人が右土地につき昭和三八年五月二日付でなした地積更正登記は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は次のとおり附加訂正するほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する〔編注:原判決を六箇所にわたり訂正、削除しているが原判決に引き直したので訂正箇所等省略。〕

(控訴人代理人の主張)

(一)  我国においては、法律により不動産取引の安全と円滑のため、その実体的物権変動を正確かつ迅速に公示することを目的とする不動産登記制度が採用されている。そして国民がこの制度を利用し、その利益を受けることのできる地位は、法律上も保護されるべき権利(ないし利益)なのである。登記官のなす登記申請の却下や謄本抄本等の交付請求の却下等につき、審査請求や行政訴訟の提起が認められる事が明白にこの事実を物語つている。

(二)  ところで、前記不動産登記制度の目的をたつするためには、まず前提として、不動産の物体的状況が実体(真実)に符合して登記簿上に記載される事が必要不可欠である、そこで不動産登記法は、右の不動産の物体的状況についての登記簿上の記載即ち表示に関する登記について、申請主義の原則を採らないだけでなく(同法二五条、二五条の二)、登記事項について、登記官に対し実質的な調査義務を課し(同法四九条、五〇条)、権利に関する登記に比べ極めて厳重な姿勢を示している。かような法の規律の当然の効果として、国民は自己の所有する不動産(土地)につき、その実体(土地の場合は隣地との境界を明確にした上での正確な位置、面積)を表示される権利を有する。即ち、不動産登記簿上、その所有土地の地積を真実どおり表示され、ひいて隣地との境界も明確なものにできるとの権利を有するに至つているのである。

(三)  本件土地分筆、地積更正登記は、本件土地の隣地所有者たる控訴人の前記権利を侵害する事明白である。本件両登記自体が当該土地の権利関係、物理的形状を変更、確定するものでなく、単なる公証行為である事は控訴人も認める。しかし公証行為ではあつても、法律上認められた権限の行使として一方的になされる行政行為であり、かつ、前記の如く控訴人の権利を侵害するものであるから、無効確認の対象となるべき行政処分に該るものである。

(四)  控訴人は右処分の無効確認を求める法律上の利益を有する。即ち、控訴人勝訴の判決があつた場合、その判決の拘束力により、被控訴人は判決の趣旨に従い改めて申請に対する処分をしなければならない(行政事件訴訟法三三条二項、同法三八条一項)のである。それは本件に即して言えば、当然前になした本件両登記を職権にて抹消してなさなければならないのであり、右の法の定めるところは、不動産登記法四九条、同法一四九条以下の定めとは別個に、法の定める判決の拘束力として被控訴人を義務づけるものであるからである。

(証拠)<省略>

理由

当裁判所も控訴人の本訴請求は不適法として却下すべきものと考える。その理由は原判決の理由説示と同一であるからこれを引用する。ただし原判決七枚目裏一三行目から八枚目裏九行目までを削除する。

控訴人は、本件土地分筆、地積更正登記は控訴人の権利を侵害するものであるから無効等確認の訴えの対象となるべき処分に当る旨るる主張するが、いずれも独自の見解であつて当裁判所の採らないところである。

よつて原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから棄却し、民訴法八九条、九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 白井美則 永岡正毅 光廣龍夫)

【参考】第一審判決(神戸地裁 昭和五〇年(行ウ)第二七号 昭和五一年八月二七日判決)

主文

一 本件各訴をいずれも却下する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告が別紙物件目録記載の土地につき、昭和三八年三月二二日付でなした分筆登記は無効であることを確認する。

2 被告が右土地につき、昭和三八年五月二日付でなした地積更正登記は無効であることを確認する。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

二 本案前の答弁

主文同旨

三 請求の趣旨に対する答弁

1 原告の各請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一 請求原因

1 訴外平和土地株式会社は、昭和三八年三月別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)につき、同町字西関東林山五一九番九九を分筆する旨被告に申請し、被告は同年三月二二日これを相当として分筆登記を実行した。

2 しかしながら右申請には、本件土地に関し事実とは全く異なり、且つ被告の当時所属していた神戸地方法務局明石支局備え付けの字限図とも明白に異なる隣地関係を示す土地所在図及び、異常に広大な残地面積を示す地積測量図が添付されており、被告において不動産登記法五〇条に基づき必要な調査をすれば、右申請が事実に反し、不可能なものとして却下すべきであることが容易に判明したはずである。しかるに被告は右調査を怠り、右申請にしたがい之を相当とし分筆登記をなしたのであるから、土地の表示に関する登記である分筆登記としては、右瑕疵は重大明白なものであり、従つて前項の分筆登記は無効である。

3 さらに前記訴外会社は、昭和三八年五月二日本件土地につき、地積更正登記を被告に対して申請し、被告は昭和三八年五月二日これを相当として地積更正登記を実行したが、右申請も左の点において事実に反したものである。

(一) 右申請書添付の土地所在及び地積測量の各図面(前項の分筆登記申請書に添付されたものと同一)中の本件土地とその略東南隣りの同町字西関東林山五一九番七八との境界は全く事実に反し、異常に延長・拡大されており、実地調査をすれば、その相違は明瞭である。

(二) 右五一九番七八の当時の所有者は申請書において所有者とされている金連建ではなく、原告である。

(三) 第1項における分筆登記が無効であるため、同五一九番九九の土地は存在しないのであるから、本件土地の略東隣りは同町字西関東林山五一九番二四のはずであるにもかかわらず、五一九番九九を隣地としている。

4 このように、右申請は全く虚偽の隣地及びそれらとの境界を創出し、しかも本件土地の地積表示は五畝一六歩から三反一六歩へと異常に拡大されているため、本件土地とされた部分は隣地を不法に取り込んだ結果となつているが、これも被告において法所定の調査をなせば、容易に、右申請が事実に反し却下すべきものなることが判明したはずである。

しかるに被告は右調査をなさず、漫然と申請のとおりに本件地積更正登記を実行したのであるから、登記簿上地積表示を事実に合致させるべき地積更正登記としては事実と相違し、右登記の瑕疵は重大明白であり、右登記は無効である。

5 右各無効登記がなされたため、本件土地の隣地たる前記五一九番七八・同五一九番二四の所有者である原告は、各隣地所有者と称する者らから、右登記を根拠にして右両土地を侵奪され、またされようとしている。

よつて原告は被告に対し、被告が本件土地につき、昭和三八年三月二二日付でなした分筆登記は無効であることを確認すること、及び被告が右土地につき、昭和三八年五月二日付でなした地積更正登記は無効であることを確認することを求める。

二 本案前の抗弁

1 行政処分性の欠如

登記官が不動産登記簿に所定の事項を記載する行為は、それにより新たに国民の権利義務を形成し、あるいはその範囲を確認する性質を有するものではない。すなわち、分筆登記は客観的に存在する一筆の土地を細分化するにすぎず、また地積更正登記は客観的に存在する土地の範囲を前提とし、これにしたがつて地積の表示を訂正するにすぎず、いずれも当該土地の区画形質を変更するわけではないから、該土地の所有者の権利義務はもちろん、その隣接地の区画形質、所有者の権利義務にも何らの消長を来すものではない。したがつて、原告主張にかかる登記はいずれも行政事件訴訟法の対象となる行政処分に該当せず、本訴はいずれも不適法である。

2 原告適格、確認の必要性の欠如

仮に本件各登記が行政事件訴訟法三条四項所定の処分に該当するとしても、

(一) 不動産登記法上登記官の登記に対し、その無効確認を求める抗告訴訟を提起することができるのは、同法一四九条以下の趣旨から考えて、同法四九条一号及び二号に該る場合に限られるものと解されるが、原告主張の本件各登記は右各号に該当しないこと明らかであるから、結局、本訴は原告適格を欠き不適法である。

(二) 又行政事件訴訟法三六条によれば、行政処分の無効確認の訴を提起しうるのは、係争処分の続行処分により原告に損害の生じるおそれがあるためこれを阻止する予防的利益が認められる場合及び原告の利益が処分の無効を前提とした現在の権利関係に関する訴訟を提起して保護を求めるに適しない場合に限られるところ、分筆登記及び地積更正登記は各々それ自体で完結した行為であり、その続行処分と目すべきものは在しないのであるから、本訴は第一の場合にあたらず、また、原告は、その所有権に基づき、その隣地の所有者を相手方とする所有権確認、占有妨害排除、境界確認等の現在の権利関係に関する訴訟により隣地所有者との紛争について十分権利救済が図られるのであるから、第二の場合にもあたらず、したがつて、本訴はいずれも訴の利益を欠き不適法である。

三 請求原因に対する認否

1 請求原因第1項認める。

2 同第2項中、本件登記申請書に字限図と一部相違する土地所在図及び地積測量図が添付されていたこと、及び本件申請どおりの登記をなしたことは認めるが、その余は否認。

3 同第3項は認める。同第3項(一)、(二)はいずれも否認。(三)の主張中五一九番九九の土地を隣地とし、同番二四を隣地と扱つていないことは認めるが、その余は否認する。

4 同第4項中、申請どおりの地積更正登記をしたことは認めるが、その余は否認する。

5 同第5項中、原告が登記簿上五一九番七八、同番二四の所有者(但し、五一九番二四は共有)であること、及び同番七八が本件土地に隣接していることは認めるが、同番二四が本件土地に隣接していることは否認する。その余は不知。

四 本案前の抗弁に対する原告の反論

1 本件各登記の処分性について

行政事件訴訟法三条四項所定の「処分」は、法律上認められた公権力の行使とした新たに国民の権利義務を形成し、あるいはその範囲を確認するものであるところ、本件各登記は、前記「処分」にあたる。

2 原告適格確認の利益について

(一) に対し

被告の主張する不動産登記法一四九条以下の規定は、登記官が同法四九条、一号又は二号に該る登記を発見したときは、職権で右登記を抹消できるとし、右に関連する手続を規定したものに過ぎず、無効確認を求める抗告訴訟が同法四九条一、二号に該当する場合に限定される趣旨の規定ではない。却つて不動産登記法一五二条の規定によれば、何らの限定なく、すべての登記官の不当な処分について審査請求をなしうることとなつており、また憲法により行政処分は原則として司法裁判所の審査に服するものであること、さらに不動産登記法、行政事件訴訟法は、何ら明文による限定規定をおいていないことなどからみて、登記官のなす全ての処分につき、無効原因が存する限り無効確認訴訟を提起しうるものと解すべきである。

(二) に対し、

被告主張の所有権に基づく訴を提起する方法は、当該当事者間の紛争の解決の方法とはなつても、本件各物件の登記簿上の無効な表示自体は依然として抹消されずにそのまま放置されるのであり、原告は右表示を是正する法的手段を他に有しない。

理由

行政事件訴訟法三条四項の「処分」とは、その行為により新たに国民の権利義務を形成し、或いはその範囲を確認する性質を有し、その行為が国民の権利義務に直接の法的効果を有するものでなければならないところ〔編注:控訴審において認容された判示部分〕分筆登記は、客観的に存在する一筆の土地を土地の物理的形状には何らの変動もないままに登記簿上細分化して数筆の土地としその所属籍を変更するにすぎず、また地積更正登記は、登記簿の地積表示を、客観的に存在する土地の地積を前提としてそれに合致させるべく変更するにすぎず、一応争のない法律事実又は法律関係について公の権威をもつて形式的に之を証明し公の証拠力を与える公証行為であつていずれも当該土地の権利関係、物理的形状を変更、確定するものではなく隣接地との境界、外延、範囲に変更を生じるものではないから、当該土地の所有者はもとより、隣接地の所有者の権利義務にも何らの影響を与えるものでもない。したがつて、分筆登記、地積更正登記は右の「処分」にはあたらないといわなければならない。

もつとも、右の公証行為といえども反射的効果として、私人に対し、社会生活上の利益を与えあるいは不利益を与えるから行政処分に該当すると解する見地に立つたとしても、本訴は訴の利益を欠くからいずれにしても不適法となり却下を免れないものである。

すなわち、抗告訴訟としての無効確認の訴訟は対抗要件である登記の抹消を伴つてはじめて実効を生ずるものであり、このような実効を生じない訴訟は、訴の利益はないものと解せられるところ、原告勝訴の判決があつても登記の抹消が認められる場合は不動産登記法四九条一号及び二号に該当する職権抹消の場合に限られるものと解せられ、本件は右四九条一号及び二号に該らないから、登記抹消はなされるに由ないものと認められる。けだし、同法四九条一号及び二号は当然無効であり当該登記自体からそれが明白であるから職権をもつて抹消すべきものとされているのであるが、同条三号以下の場合は、手続的に瑕疵があり実体的に無効の疑いが濃厚な登記であつても、一旦登記簿上に登記が現出された以上は右登記はその名義人の利益に属するものであり、抗告訴訟によつて登記抹消をなし得るとすれば、登記名義人に何ら防御の機会を与えずに登記を奪うことになつて登記名義人の利益を害し、ひいては取引の安全をも害する結果となるからである。したがつて、かかる登記を抹消し得るのは当該登記名義人の申請に基づくか、同人に既判力の及ぶ判決に基づく場合に限ると解すべきであつて、不動産登記法一四九条以下に基づくのほかに別途に抗告訴訟により登記の除去を認める合理性は見出し難いものである。

よつて以上の次第であるから本訴はいずれも訴訟要件を欠く不適法なものと認められるのでこれを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松浦豊久 篠原勝美 上原理子)

物件目録

一 神戸市垂水区下畑町字西関東林山

地番 五一九番二二

地目 保安林

地積 五七五平方メートル

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