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大阪高等裁判所 昭和51年(ネ)852号 判決 1978年2月24日

控訴人

西川敏光

右訴訟代理人

安若俊二

被控訴人

小田中貞

右訴訟代理人

岡島重能

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  大阪地方裁判所が同庁昭和四六年(手ワ)第一六九二号約束手形金請求事件について同四七年三月六日に言渡した手形判決の主文のうち、被控訴人に金四〇〇万円および内金二〇〇万円については昭和四六年九月二四日から、内金二〇〇万円については同年同月二八日から支払ずみまでそれぞれ年六分の割合による金員の支払を命ずる部分を認可し、その余を取消す。

三  右取消にかかる部分について控訴人の請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じて五分し、その二を被控訴人の、その余を控訴人の負担とする。

事実

一、控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金一、〇五〇万円およびこれに対する昭和四六年九月二八日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。参加によつて生じた費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二、当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠の関係は、左に訂正、附加するほか、原判決二枚目裏末行から三枚目表四行目まで、三枚目表一二行目から同裏末行まで、四枚目表四行目から六行目まで、四枚目表九行目から七枚目裏六行目まで、八枚目裏三行目から一〇枚目表一〇行目まで、一〇枚目裏一行目から一二枚目裏五行目までおよび二〇枚目までのとおり(ただし、右事実摘示および左記訂正中「原告」とあるを「訴外山本登こと北条正隆」と、「被告会社」とあるを「訴外株式会社メンズタナツク」と、「被告ら」または「被告両名」とあるを「被告および訴外株式会社メンズタナツク」と読み替える。)であるから、これを引用する(なお訴外株式会社メンズタナツクは、昭和五〇年四月三〇日その商号を大栄興産株式会社と変更、同年五月六日右商号変更登記)。

分割払金額

支払期日

1

三〇〇万円

昭和46.11.20

2

二〇〇万円

〃  .12.20

3

三〇〇万円

昭和47. 1.20

4

二〇〇万円

〃  . 2.20

手形金額

満期

1

一〇〇万円

昭和46.11.25

2

一〇〇万円

〃 .〃.〃

3

三〇〇万円

〃 .12.25

4

二〇〇万円

昭和47. 1.25

5

三〇〇万円

〃 . 2.25

1  原判決四枚目裏七行目から八行目にかけての「(後に金二、四〇〇万円に値引き)」から同五枚目表一行目の「振出した。」までを次のとおり改める。

「、右代金の内金一、五〇〇万円を即日支払う(ただし内金五〇〇万円は前記手付金をもつて充当する)こと、残代金一、〇〇〇万円については、左記上段の表のとおり四回に分割して支払うことを約した。そこで被告会社は、翌一五日エニツト大門株式会社(以下エニツト大門という。)に対し、右即日払分の内金一、〇〇〇万円支払のため訴外タナツク商事有限会社(以下タナツク商事という。)振出の金額一、〇〇〇万円の小切手一通、右残代金一、〇〇〇万円支払のため同商事振出の左記下段の表のとおりの約束手形各一通(合計手形五通)および右手形による分割払から生じる利息として同商事振出の金額二九万九、五〇〇円の小切手一通を交付した(なお、その後前記小切手二通が不渡りとなつたことなどから、昭和四六年九月二五日エニツト大門と被告会社が話合つた結果、右売買代金は金二、四〇〇万円に減額された。)。

2  原判決五枚目表七行目の「田中が自己の用途」を「かねてタナツク商事の代表取締役をもしていた右田中が同商事の用途」と改める。

3  原判決五枚目表末行の「参加人は」から同裏二行目の「約束手形」までを「参加人は、被告会社代表取締役である右田中から被告会社への金一、〇〇〇万円の貸与方依頼を受けると、右貸与をするについてはタナツク商事振出の約束手形」と改める。

4  原判決五枚目裏七行目の「右手形だけでは足らず、」の次に「タナツク商事を債務者、」を挿入する。

5  原判決六枚目表末行の「参加人は」から同裏六行目の「充当し」までを「参加人は、被告会社から前記金一、〇〇〇万円の貸与方依頼があつたのを幸いに、右貸与を形式上タナツク商事に対するそれのような書類を徴して同商事に対する焦つき債権を回収しようと企て、真実」と改める。

6  原判決七枚目表二行目の「本件各手形の形式、記載からして」を「被告らは、参加人が本件各手形や前記手形取引金融契約証書を差し入れさせ、タナツク商事に対し右金一、〇〇〇万円を貸付けたようにし、前記のとおり」と改め、同六行目の「参加人」の前に「、被告会社が」を挿入する。

(証拠関係)<略>

理由

一控訴人が訴外山本登こと北条正隆の白地裏書抹消後の原判決添付約束手形目録記載(1)ないし(3)の本件各手形を現に所持すること、被控訴人が拒絶証書作成義務を免除して右各手形に裏書したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によわり右訴外山本登こと北条正隆が各満期の日またはその翌日支払場所に支払のため右各手形を呈示したが支払がなかつたことを認めることができる。

二そこで被控訴人の対価欠缺、詐欺、錯誤の右抗弁について考える。

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  被控訴人は、歯科医師であるが、昭和四六年初め頃から、かねて紳士服既製品の卸売を業とするタナツク商事の代表者訴外田中一一と知合い、同商事に資金を貸与する等してその営業を援助していたが、同年六月一九日、田中と共同して紳士服既製品の小売業を経営する目的で訴外株式会社メンズタナツク(以下メンズタナツクという。)を設立し、右両名ともその代表取締役となり、被控訴人が同会社の資金面を、田中がその営業面を担当することにした。

(2)  メンズタナツクは、同年八月九日頃、その営業用店舗として、エニツト大門から、同社の南本町店(大阪市東区南本町四丁目一八番地、田村ビル一階部分)の賃借権、転借権を敷金返還請求権(同社が賃貸人訴外田村商会に差入れた二一〇万円、転貸人訴外山一繊維株式会社に差入れた六〇〇万円の各敷金返還請求権)とともに代金二、〇〇〇万円で買受けることを予約し、その頃手附金五〇〇万円を支払つたが、同年九月一四日代金額を二五〇〇万円に改めて売買契約を締結し、内金五〇〇万円は前記手付金をもつて充当することとし、翌一五日残代金二、〇〇〇万円の内金、一、〇〇〇万円支払のためタナツク商事振出の金額一、〇〇〇万円の小切手一通、内金一、〇〇〇万円の分割支払のため被控訴人主張のような同商事振出の約束手形五通(事実摘示二の1参照)、右手形による分割払から生じる利息支払分として同商事振出の金額二九万九、五〇〇円の小切手一通をエニツト大門に交付した。

(3)  右売買については、メンズタナツク側は当初から田中一一がその代表取締役としてこれに当つており、同人は右売買代金支払のための前記小切手、約束手形の振出名義人を前記のとおりタナツク商事としたものの、元来右代金はメンズタナツクにおいて支出すべきものであり、そのためメンズタナツクは、これよりさき同年七月二一日、訴外河内信用組合から、三、五〇〇万円を、右店舗買取代金、運転資金、当座開設預金にあてる目的で借受けたが、このうちから同時に同組合に定期預金をさせられた関係などもあつて、現実に右借受金のうち右買取代金の支払にあてることのできるのは二〇〇〇万円程度であつたところ、代表取締役である被控訴人は、田中が、すぐに回収して返済するというので、そのうち一、三〇〇万円をタナツク商事のため、そのセーター仕入代金に一時流用してやつたが、タナツク商事が早期回収に失敗したため、メンズタナツクとしては前記店舗の買取代金のうち即時払の資金(前記小切手の支払資金)にも不足をきたし、他方タナツク商事としても右小切手を支払うだけの資力はなかつた。そこで田中は、差し当り右即時払分の金一、〇〇〇万円を他から調達する必要に迫られたため、かねてタナツク商事が営業資金を借り受けたり、手形割引を受けていた控訴人からこれを調達しようと思い、同年同月一一日頃メンズタナツクに対する右金一、〇〇〇万円の貸与方を申し入れた。

(4)  右申入れを受けた控訴人は、当時タナツク商事に対し多額の融資をしており、その回収も危ぶまれる状態であつたので、この際メンズタナツクに新規に融資するよりは、タナツク商事を振出人とし、メンズタナツクと資力ある被控訴人の各裏書をえた約束手形をタナツク商事のために割り引き、その割引金の一部を同商事の旧債の一部にでも充当弁済させるのが得策と考えた。しかし控訴人はこのような考えを田中には一切明かさず、わざわざタナツク商事としては到底その日に決済できないものと見越した数日ないし十数日後である同年同月一七日、同月二四日、同月二八日を各満期とする同商事振出メンズタナツクと被控訴人裏書の金額各三五〇万円の約束手形三通を差し入れるならば、割引金一、〇〇〇万円を交付すると答えた。そこで田中は、被控訴人に対しその旨伝え、右割引金一、〇〇〇万円をエニツト大門から要求されている右店舗の買取代金中の即日払分(前記金額一、〇〇〇万円の小切手資金)に充当するからとして、被控訴人からタナツク商事振出の本件各手形に第一裏書としてメンズタナツク、第二裏書人として被控訴人の各裏書をえたうえ、同月一三日、これを控訴人に差し入れたところ、控訴人は、さらに右手形を割り引くについては、債務者をタナツク商事、連帯保証人を被控訴人と田中とし、融資枠を同商事が現に負担する債務を含めて金一、〇〇〇万円とする「手形取引き金融契約証書」をも併せ差し入れることを要求したので、被控訴人と田中は控訴人の右要求どおり証書(丙第四号証)を作成し、翌一四日田中がこれを控訴人に交付した。ところが、控訴人は、右証書を受け取るや、前言をひるがえし、割引金一、〇〇〇万円を交付しようとせず、当時控訴人の所持していたタナツク商事振出の振出日同年九月一一日金額二〇八万円の小切手と振出日同年同月一三日、金額二〇〇万円の小切手に対する支払として割引金のうち金四〇〇万円を控除するとし、金六〇〇万円だけを支出するとの態度に出た。田中はこれに抗議はしたものの、当時メンズタナツクが前記南本町店の転貸人である山一繊維株式会社から、転借権譲渡承認ではなく、あらたにメンズタナツクと転貸借契約を締結することにするからということで、早急に敷金六〇〇万円を差し入れるよう要求されていた関係もあつて、やむなく控訴人のいうとおりタナツク商事として割引金一、〇〇〇万円のうち金四〇〇万円を右小切手の支払に充当することを承諾し、控訴人から現金六〇〇万円を受領した。

以上の事実が認められる。<反証排斥、略>。

すると、被控訴人は、タナツク商事が控訴人から本件各手形の割引を受けるにつき、メンズタナツクとともに実質的には右各手形の支払を保証する意味で裏書したものであり、控訴人に対し本件各手形の割引を依頼したタナツク商事としては、その衝に当つた同商事代表者である田中一一が、控訴人の要求どおり割引金中四〇〇万円を同商事振出の小切手二通の支払に充当する計算とすることを承諾し、これを控除した金六〇〇万円を受領したのであるから、被控訴人の対価欠缺の抗弁は理由がない。

しかしながら右認定事実から考えると、被控訴人は、被控訴人においてその資金面を担当していたメンズタナツクの営業用店舗賃借権譲渡受代金の一部としてエニツト大門に交付されていて早急に調達する必要に迫られていた小切手金一、〇〇〇万円の支払資金にあてるため、タナツク商事が控訴人から本件各手形の割引金として金一、〇〇〇万円を現実に受け取ることができるものと信じ、右各手形に裏書をして同商事の代表者である田中に交付したものであるのに、控訴人は、田中から右裏書のある本件各手形の交付譲渡を受けながら、前記のとおり金六〇〇万円しか交付しなかつたのであるから、被控訴人が右各裏書をするについては、その動機に錯誤があつたものというべきであるが、なお叙上認定の事実を彼此併せ考えると、控訴人には当初からタナツク商事に対し本件各手形の割引金として金一、〇〇〇万円を現実に交付する意思がないのに、これを秘し情を知らない田中をして恰も控訴人に右意思があるかのように被控訴人に伝えさせ、その旨信用した被控訴人において右各裏書をしたものと認められるので、被控訴人の右錯誤による各裏書は、控訴人が被控訴人を欺罔した結果にでたものというべきである。もつとも被控訴人は本件各手形に裏書しこれをタナツク商事に交付した後に、控訴人に対し前記のような「手形取引き金融契約証書」(丙第四号証)を差し入れているので、その時点において被控訴人は、同商事が本件各手形の割引金として金一、〇〇〇万円を現実に受領できなくてもやむをえないと認めたのではないかと考えられないでもないが、<証拠>によると、被控訴人は、これまた控訴人から右割引金一、〇〇〇万円が交付されると信じていた田中の説明するままに、右証書を控訴人に差し入れれば右割引金が受領できると考え、これに連帯保証人として署名、押印したことが認められるので、被控訴人が控訴人に右証書を差し入れたことは、右認定の妨げとなるものではない。そして<証拠>によると、被控訴人は控訴人に対し昭和四七年七月三日到達の書面により被控訴人の本件各手形の裏書が、控訴人の詐欺によるものとしてこれを取り消す旨の意思表示をしたことが認められる。

このように、被控訴人は、控訴人の欺罔の結果金一、〇〇〇万円の現実の交付がされるものと誤信して本件各手形の裏書をしたのに、金六〇〇万円しか交付されなかつたのである。もともと右の一、〇〇〇万円という金額は金額一、〇〇〇万円の前記小切手資金にあてる必要に迫られて導き出されたものであるから、被控訴人が右各裏書によつて達しようとした当面の目的は金一、〇〇〇万円が現実に交付されるか現実に交付されるか現実に交付されたものと同視できる状態におかれることにあつたものとみることができるのであるが、他方、本件において交付された金六〇〇万円を右小切手資金の一部にあてて残余を別途調達することが考えられないと認めるべき事情はなく、かえつて叙上認定の事実からうかがえる被控訴人の有する資力、信用からすると当然に右のような方策をとることができたものと認められるから、本件においてかりに当初から金六〇〇万円しか交付されないであろうことが被控訴人に判明していたとしても、被控訴人がそれに見合う裏書をしなかつたとは考えがたいところであり、被控訴人の右裏書はすくなくとも右の金六〇〇万円の限度においてはむしろその真意に合致するとみるのが相当であつて、金六〇〇万円を越える部分にのみ真意との不一致が存するということできるのである。したがつて、本件各裏書を一体としてみれば、この裏書は被控訴人の取消の意思表示によりその全部が無効になるのではなく、金六〇〇万円の限度では有効でこれを越える部分だけが無効になるものと解すべく、各裏書について個別にみれば、他に特段の事情が認められない本件においては、被控訴人か本件三通の手形(満期に若干の相違はあるが、他は裏書関係を含めて同一)についてなした各裏書は、右の金六〇〇万円を右各手形に按分して算出した金二〇〇万円の限度においては右取消の意思表示にかかわらず有効であるが、右の限度を超える部分については右取消の意思表示により無効となつたものと解するのが相当である。

なおかりに、いま被控訴人が、右各裏書をして本件各手形をタナツク商事代表者の田中に交付した当時には、控訴人に真実同商事に対し割引金一、〇〇〇万円を交付する意思があつたとしても、既に認定した事実から明らかなように、被控訴人右各裏書をするに至つた動機は、その裏書当時は既に田中を通じ控訴人に表示されていたのであるから、被控訴人の右動機の錯誤は、各裏書行為の内容の錯誤となり、しかもその重要な部分において被控訴人の意図したところと齟齬する結果となつているのであるから、右錯誤による各裏書は、これまた本件各手形金額のうち金二〇〇万円の限度において有効であるが、右限度を超える部分については無効であると認められることに変りはない。

三被控訴人は、控訴人がタナツク商事に交付した金六〇〇万円は、エニツト大門が南本町店の転貸人である山一繊維株式会社から敷金六〇〇万円の返還を受けたのに伴い、エニツト大門からメンズタナツクに返還された右敷金相当額六〇〇万円をもつて既に弁済されている旨主張するので、この点について検討する。

<証拠>によると、田中一一は同年九月一六日午前中すぐ返済するからといつて、タナツク商事として控訴人から金四二万円を借り受け、当日エニツト大門から右敷金相当額の返還分として金額六〇〇万円の小切手を受け取ると、すぐこれを控訴人に交付し、右借受金四二万円のほか本件(1)の約束手形および控訴人に対する旧債に充当弁済したことが認められるので、本件(1)の手形はタナツク商事において支払われたことが認められる。<反証排斥、略>。

四以上のとおりであるから、結局被控訴人は本件(2)、(3)の手形につきその裏書人として本件(2)の手形金額のうち金二〇〇万円とこれに対する同手形の満期日である同年九月二四日以降手形法所定の年六分の割合による利息と本件(3)の手形金額のうち金二〇〇万円とこれに対する同手形の満期日である同年同月二八日以降右と同じ割合による利息を支払う義務がある。そうすると控訴人の本訴請求は、被控訴人に対し金四〇〇万円および内金二〇〇万円については昭和四六年九月二四日から、内金二〇〇万円については同年同月二八日から支払ずみまでそれぞれ年六分の割合による利息の支払を求める限度で理由があるから、その請求の全部について認容した原審の手形訴訟の判決は右金員の支払を命ずる限度でこれを認可し、その余を取消しその取消にかかる部分について控訴人の請求は理由がないからこれを棄却すべく、右手形判決全部を取消して控訴人の請求の全部を棄却した原判決は右認定の限度で失当であるから右に符合する限度でこれを変更すべきものである。よつて、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(朝田孝 富田善哉 川口富男)

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