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大阪高等裁判所 昭和49年(ラ)212号 決定 1977年2月08日

抗告人 上原多恵子(仮名)

後見人 井上加代子(仮名)

禁治産者 上原玲子(仮名)

主文

原審判中後見人選任申立を却下した部分に対する本件抗告を却下する。

原審判中後見人解任申立を却下した部分に対する本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。本件を神戸家庭裁判所尼崎支部に差し戻す。」との裁判を求めるというにあり、本件抗告の理由は、別紙(一)及び(二)<省略>記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

第一  まず、職権により本件各抗告の適否について判断する。

本件記録によれば、原裁判所が、抗告人のなした禁治産者上原玲子の後見人井上加代子の解任の申立並びに後見人選任の申立をいずれも却下したことは明らかであるが、家事事件の審判に対しては、家事審判法第一四条本文の規定により、最高裁判所の定めるところにより、即時抗告のみをすることができるものであるところ、後見人解任の申立を却下する審判に対しては、家事審判規則(最高裁判所規則第一五号)第八七条第二項により即時抗告をすることができるけれども、後見人選任の申立を却下する審判に対しては、即時抗告をすることができる旨を定めた規定は存しないから、かような審判については、右規則上、これに対して即時抗告をすることはできないものといわねばならない。

よつて、原審判中後見人選任申立を却下した部分に対する本件即時抗告は不適法であるから、家事審判法第七条、非訟事件手続法第二五条、民事訴訟法第四一四条、第三八三条によりこれを却下することとする。

第二  後見人解任申立事件について

一  そこで、進んで、別紙(一)<省略>記載の抗告人代理人秋山弁護士の抗告理由(二)及び別紙(二)<省略>記載の抗告人代理人大田弁護士の抗告理由である「後見人井上加代子には民法第八四六条第五号所定の欠格事由が存する。」旨の主張について判断する。

民法第八四六条第五号には、「被後見人に対して訴訟をし、又はした者及びその配偶者並びに直系血族」は後見人となることができない旨規定しており、右は、旧民法(明治三一年六月二一日公布法第九号)第九〇八条第六号と全く同旨の規定であり、民法が被後見人と訴訟関係に立ち、または立つた者を後見人の欠格者とした趣旨が、被後見人の利益保護に出発し、かかる訴訟関係者は、感情の上でも被後見人との間に融和を欠くおそれがあり、被後見人として適当でないことが考慮されたものであることを考えると、右法条にいわゆる「訴訟をし、」とは実体上被後見人の利益に反するにもかかわらず、これに対して訴訟をするという意味であつて、形式上被後見人を訴訟当事者とする場合でも、両者の実質的な利益相反関係という具体的基準に照らし、これに反しない場合には、前記法条の「訴訟」には包含しない法意であると解するのが相当である(大判明治四三年一一月二九日、民録一六輯八五五頁参照)。

そこで、本件につきこれをみるに、本件記録(ただし、後記信用しない部分を除く)によると、後見人井上加代子は禁治産者上原玲子が西田太一と婚姻中にもうけた子であるが、昭和四二年一月一三日に母玲子(禁治産者)の弟上原利久、同人妻佐和子と養子縁組をしたこと、禁治産者玲子の父上原壮一郎は昭和四二年一二月三男上原利久を被告として大阪地方裁判所に対し、株式移転無効確認請求の訴を提起し、同事件は同裁判所昭和四二年(ワ)第六、八一一号事件として現に同裁判所に繋属中であるところ、右壮一郎が同四七年七月一七日死亡したため、禁治産者玲子は壮一郎の共同相続人(禁治産者玲子、上原益夫、上原多恵子並びに上原利久、尤も、利久は被告である。)の一人として前記訴訟上の原告たる地位を当然承継したこと、また右相続につき遺産分割でも対立していること、しかしながら、(1)後見人加代子は、被後見人玲子の実子であり、かつ被後見人の唯一人の相続人であること、(2)従つて、後見人加代子と被後見人玲子とは感情の上で融和を欠くことはないし、両者の間が疏遠である等の特段の事情もないこと、(3)反面後見人加代子と養父利久との養子縁組は、後見人加代子の母玲子が昭和二五年頃発病(精神病)し、昭和三一年一〇月一八日西田太一と家事調停により離婚し、加代子の親権者は母玲子と指定されていたところ、後見人加代子の結婚のため、片親でしかも母親が精神病ということでは何かと不利なので、祖父母が希望して後見人加代子を利久夫婦の養女としたものであること、そして、後見人加代子は現在他家に嫁いでいること、(4)そもそも前記訴訟は、後見人加代子の祖父壮一郎が前記利久を被告として提起した訴訟で、右壮一郎の死亡により、被後見人玲子が利久を除く他の弟妹と共同して原告の地位を訴訟承継したものであること、(5)従つて、前記訴訟を行うにつき、後見人加代子が被後見人玲子に不利益を及ぼすおそれがあるとか、後見人加代子と被後見人玲子とが感情の融和を欠くようなことは考えられないこと、(6)本件後見人解任の申立は抗告人及び上原益夫と上原利久との間の同族会社の支配をめぐる勢力争いの一手段として提起されたもので、後見人加代子の適否そのものよりも、禁治産者玲子所有の持株一〇〇株の帰趨が目的で提起されたものであることが認められ、家庭裁判所調査官の調査報告書中の上原益夫及び上原多恵子の各陳述要旨のうち右認定に反する記載部分は、右報告書の右両名の陳述要旨以外の記載部分並びに後見事務報告書及びその附属書類(原審記録三三丁から六五丁まで)の記載と比照してにわかに信用できないし、同報告書中の弁護士林弘からの電話聴取書のみでは右認定を左右するに足りず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によると、禁治産者玲子と後見人加代子の養父利久(法定血族)との間に訴訟が繋属するに至つているので、一見民法第八四六条第五号により後見人加代子には後見人の欠格事由があるような外観を呈している。しかしながら、同号の欠格事由の有無については、前記判示のとおり、被後見人と後見人との実質的な利害相反関係の具体的な存否を基準として解釈すべきところ、右認定の(1)ないし(6)記載のとおりの事実関係の認められる本件にあつては禁治産者玲子と後見人加代子との間には実質的な利益相反関係があるとは到底認められないので、後見人加代子には民法第八四六条第五号の欠格事由はないものといわねばならない。

(ちなみに、抗告人の主張のうちには、亡壮一郎の遺産分割の家事審判について右法条を主張する趣旨をも包含しているとしても、その判断は以上の判断と同様である。)

以上のとおりであるから、抗告人代理人らの前記各抗告理由はいずれも理由がないので、これを採用するに由ない。

二  別紙(一)<省略>記載の抗告人代理人秋山弁護士の抗告理由(一)の禁治産者の利益軽視並びに任務懈怠の主張について、

当裁判所は、後見人加代子には禁治産者玲子の利益軽視や後見人としての任務懈怠はないものと判断するが、その理由は、次のとおり附加するほか原審判の理由欄中二の2及び3記載のとおりであるから、これを引用する。

(一)  抗告人代理人は、別紙(一)<省略>記載の抗告理由(一)のとおり主張し、抗告人代理人が当審において提出した不動産鑑定評価書、不動産登記簿謄本六通並びに通知書二通(いずれも上原玲子宛郵便はがき)を綜合すると、亡壮一郎の共同相続人四名の共有にかかる大阪市○区××町△番の○ないし×及び△並びに同区××××○丁目△△番の×の各宅地(合計二万五、一七七・二六平方メートル)の昭和四九年一〇月一〇日現在の価額は金五七億一、五二三万八、〇二〇円であること、右六筆の宅地の禁治産者玲子の持分につき抗告人主張のとおり訴外上原○○株式会社の右玲子に対する債権金二億五、一八一万八、四五五円を担保するためそれぞれ共同抵当権が設定されており、その旨の登記が存することが認められるけれども、前記六通の不動産登記簿謄本に原審において提出された後見事務報告書並びに附属書類(原審記録三二丁より六五丁まで)の各記載を綜合すると、前記認定の禁治産者玲子が抵当権を設定したのは、亡壮一郎の遺産につき、右玲子には相続税金二億二、三一九万八、五〇〇円の滞納があつたため国から同女の前記相続不動産の持分につき差押えを受けたため、前記訴外会社がこれを代払いし、禁治産者玲子に対する右貸金債権を担保するため前記各不動産に前記各抵当権を設定したものであることが認められるから、後見人加代子が禁治産者玲子の右債務を担保するために訴外会社に対して抵当権を設定した行為は何ら後見人の任務に違背するものではないといわねばならない。

なお、抗告人代理人は、「後見人加代子は禁治産者玲子の前記各不動産に前記抵当権を設定するに当り代物弁済の予約を登記原因とする所有権移転の仮登記をもなした」旨主張し、前記各不動産登記簿謄本によれば、その主張のとおり代物弁済の予約を登記原因とする所有権移転の仮登記を設定していることが認められるけれども、いわゆる仮登記関係における権利(以下仮登記担保権という。)の内容は、当事者が別段の意思を表示し、かつ、それが諸般の事情に照らして合理的と認められる特別の場合を除いては、仮登記担保契約のとる形式のいかんを問わず、債務者に履行遅滞があつた場合に権利者が予約完結の意思を表示し、権利者において目的不動産を処分する権能を取得し、これに基いて、当該不動産を適正に評価された価額で確定的に自己の所有に帰せしめること又は相当の価格で第三者に売却等をすることによつて、これを換価処分し、その評価額又は売却代金等(以下換価金という)から自己の債権の弁済を得ることにあると解するのが相当である。そして、右不動産の換価額が債権者の債権額を超えるときは、仮登記担保権者は、右超過額を保有すべきいわれはないから、これを清算金として債務者に交付すべきものである。そして、清算金の支払時期である右換価処分の時に仮登記担保権者の債権は満足を得たこととなり、これに伴つて仮登記関係も消滅し、その反面、債務者は、右時期までは債務の全額を弁済して仮登記担保権を消滅させ、その目的不動産の完全な所有権を回復することができ、右弁済をしないまま債権者が換価処分をしたときは、確定的に自己の所有権を失うことになるものと解するのが相当である(最高裁、昭和四九年一〇月二三日大法廷判決、最高裁判例集二八巻七号一、四七三頁以下参照)。

従つて、後見人加代子が前記代物弁済を登記原因とする所有権移転の予約の仮登記を禁治産者玲子の前記各不動産の持分につき設定したからといつて、右玲子に特に不利益を及ぼすものとは言えないから、抗告人代理人の前記抗告理由もこれを採用するに由ない。

(二)  その他前記一で認定したとおりの事実関係の認められる本件にあつては当審で提出された新たな証拠によるも原審判の理由欄二の2及び3における認定を左右するに足りない。

第三 結論

以上のとおり、抗告人主張の後見人解任の事由はいずれもこれを認めることはできないし、他に後見人井上加代子を解任すべき事由があるとは認められないから、後見人加代子の解任の申立は失当であつて、これと同旨の原審判は相当であるから、原審判中後見人解任申立を却下した部分に対する本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、原審判中後見人選任申立を却下した部分に対する本件抗告は前記第一において判断したとおり不適法なものであるからこれを却下することとし、抗告費用につき家事審判法第七条、非訟事件手続法第二五条、民事訴訟法第四一四条第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 白井美則 裁判官 弓削孟 光広龍夫)

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