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大阪高等裁判所 昭和47年(行コ)39号 判決 1974年1月30日

奈良市三条池町六〇六番地

控訴人

天野兼松

右訴訟代理人弁護士

高椋正次

大阪市東区大手前之町

被控訴人

大阪国税局長

山内宏

奈良市登大路町八一番地

被控訴人

奈良税務署長

篠原秀峰

右被控訴人ら指定代理人

陶山博生

金原義憲

高橋和夫

樋口正

村上睦郎

右当事者間の所得税審査決定処分取消請求および所得税等賦課決定取消請求併合控訴事件につき、当裁判所は昭和四八年一一月二七日終結した口頭弁論に基づき、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人大阪国税局長が控訴人に対し昭和四四年一二月二日付でなした審査請求を棄却する旨の裁決を取消す。被控訴人奈良税務署長が控訴人に対し昭和四三年一二月一六日付でなした昭和三八年度分所得税決定及び加算税賦課決定を取消す。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠関係は、控訴人が当審における証人天野辰雄の証言を援用したほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここに引用する。

理由

一、控訴人の被控訴人大阪国税局長に対する請求についての当裁判所の判断は、原判決理由第一に記載と同一であるから、ここに引用する。

二、控訴人の被控訴人奈良税務署長に対する請求についての当裁判所の認定、判断は、次に付加するほか、原判決理由第二の一、三及び四に記載と同一であるから、ここに引用する。原判決理由第二の一の次に「二」として次のとおり付加する。

控訴人が本件溜池(原判決添付目録記載の各溜池)を賃借(貸主が借主のために養魚を目的として溜池の用水を利用する権利を設定し、借主がこれに対し一定の賃料を支払う契約)して養魚業を営んでいたところ、奈良市が都市計画の一環として本件溜池を埋立て宅地造成をする計画を立て、控訴人を含む本件溜池の所有者、賃借人等関係者と折衡し、その結果、奈良市と控訴人との間で、控訴人が本件溜池での養魚業を廃止し溜池を奈良市に明渡し、その補償金(本件補償金)として奈良市が控訴人に二、八〇〇万円を支払うとの合意が昭和三八年一〇月二二日に成立し、控訴人が奈良市から同年同月二五日に一、五〇〇万円、翌三九年六月一五日に一、三〇〇万円を受領したことは、当事者間に争いない事実である。

成立に争いない甲第一号証、原審における証人岩野政一、同北邨増治郎、同宮本忠男の各証言、控訴人本人尋問の結果(ただし、証人北邨増治郎、控訴人本人の各供述中後記認定に反する部分を除く)によると、控訴人は、従来本件溜池における養魚業が唯一の職業であり、かつ、目と耳が不自由な身体であつたので、養魚業を廃止するときにはこれに替る職業に就く見込もなく、そのため廃止にともなう補償金額については高額を要求し、補償金についての控訴人と奈良市との折衡は難行したが、結局、奈良市においても控訴人の立場を考慮し、かつは都市計画の迅速、円滑な遂行のため、本件につき通常の方法により算定しえた公共用地取得にともなう補償金額(約二、〇〇〇万円)より増額し、前認定の二、八〇〇万円で合意ができたことを認めることができる。

以上認定の事実関係によれば、本件補償金二、八〇〇万円は、その額の確定にあたり控訴人の生活安定のための考慮も加えられてはいるが、基本的には、控訴人が本件溜池に対する前記の権利を放棄し、養魚業を廃止して溜池を明渡す対価として支払われたものと認めるのが相当である。

控訴人は、本件補償金が控訴人の将来の生活に対する生活補償金であり右の対価的性質のものでないと主張するか、この主張に添う証人北邨増治郎(原審)、同天野辰雄(当審)、控訴本人(原審)の各供述部分は、前記各証拠及び右認定事実関係と対比して措信できず、他に右主張を認めるに足る資料はない。

本件溜池に対する控訴人の権利は、法的には財産権の一種であり、現実の社会生活において経済的にも金銭に評価することができるものであるから、これが放棄の対価としての所得は、旧所得税法施行規則七条の一一、三項(現行所得税法施行令九五条)に定める譲渡所得と認めるのが相当である。

三、そうすると、控訴人の請求はいずれも理由がなく、これを棄却した原判決は相当であり、本件控訴は棄却を免れない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井玄 裁判官 畑郁夫 裁判長裁判官岩本正彦は、転補につき署名押印することができない。裁判官 石井玄)

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