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大阪高等裁判所 昭和47年(う)513号 判決 1977年2月07日

主文

原判決を破棄する。

被告人両名をそれぞれ懲役三月に処する。

被告人両名に対しこの裁判確定の日から一年間それぞれ右刑の執行を猶予する。

原審及び当審の訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、京都地方検察庁検察官検事小嶌信勝作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人山上益朗及び同西岡雄二連名作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一点について

論旨は、要するに、原判決は、「被告人戸毛國弘は、日本中国友好協会(正統)京都府本部理事、被告人田中年廣は、同本部会員であるが、昭和四三年一二月三日午後六時四七分頃から京都市東山区祇園町南側五七〇番地所在の弥栄会館三階劇場で行われた劇団はぐるま座の演劇『風』公演に際し、同劇場内観客席にいた京都府警察本部警備部外事課勤務巡査部長大島純郎(当四二年)を発見するや、同人の入場を不当としてこれに抗議、非難しようと企て、他数名と共謀の上、同日午後八時四五分頃、同人の着席位置付近において、同人に対し『警察やろ、出るか』と詰め寄り、矢庭に同人の右腕を引っ張るなどして同人を引き出し、『この会場に國家権力の手先である私服がもぐり込んでいる』等と怒号しながら、同人の両腕を左右からかかえ、背中を押し、左大腿部をもち上げる等の暴行を加えて、同人を同所より観客席北側舞台下を経て同会館三階南側応接室まで拉致し、同応接室内において、同人を長椅子に坐らせ、その周囲を取り囲み、入口に見張員数名を配置した上、『なぜ入った。入った理由をいえ』等と繰り返し難詰し、同九時四〇分頃、同人の両腕を左右からかかえて同人を同応接室より舞台上に引っ張り出し、観客に向って、『先程の私服は京都府警本部外事課の大島巡査部長だ』『この男は我々の運動をさぐりに来た』等と叫び、マイクを同人の口許に突きつけ数分にわたって執拗に謝罪を要求した後、再び同人を同応接室内につれ戻す等し、もって同日午後八時四五分頃より同一〇時一五分頃までの間約一時間三〇分にわたり、前記弥栄会館三階劇場内および同階南側応接室等において同人の行動の自由を束縛して脱出を不能ならしめ不法に監禁したものである。」との公訴事実に対し、監禁罪の構成要件該当事実を認めたうえ、「被告人両名は、氏名不詳者数名と現場において共謀のうえ、昭和四三年一二月三日午後八時五〇分頃から同一〇時一五分頃までの間大島純郎の行動の自由を束縛し、右劇場内および右応接室からの脱出を不能ならしめたものであるから、監禁罪の構成要件に該当することは明白である。」と説示し、原審弁護人の主張のうち、被告人らの本件所為には可罰的違法性がない旨の主張及び被告人らの本件行為は刑法三五条の正当行為である旨の主張を排斥しながら、被告人らの本件行為は超法規的に違法性を阻却され犯罪が成立しない旨の原審弁護人の主張を容認し、その理由として、違法性の本質は、形式的に解するだけでなくさらに実質的に解し、当該行為が社会共同生活の秩序と社会正義の理念に照らし是認されないことが違法性の本質であると解すべきであるから、違法性が阻却される場合は明文に定められているときに限ると解すべきではなく、明文の要件を充足しない場合であっても例外的に違法性が阻却される場合を認める必要があり、この場合における違法性阻却の要件としては、違法性の本質を右のように解することに基づき、社会共同生活の秩序と社会正義の理念を基礎として考えられるべきであり、具体的には、行為が、健全な社会の通念に照らし、その動機、目的の点で正当であり、その目的達成のための手段として相当であり、かつ緊急にしてやむを得ないものと認められ、又、行為によって保全される法益が行為によって損害を受ける法益に対比して均衡を失わないこと等の諸事情から行為全体として社会共同生活の秩序と社会正義の理念に適応し、法律秩序の精神に照らし是認できる場合であることを要するところ、被告人らの本件行為は右要件を具備しているから、超法規的に違法性が阻却される旨説示しているが、刑法上形式的違法性は構成要件該当性を意味し、実質的違法性は正当化事由を伴わない構成要件該当性を意味するものであり、両者は違法性を形式と実質の両面から捉えたものであって、実質的違法性は形式的違法性と対立する別個の違法性を構成する原理ではなく、形式的違法性を前提としての内部でその内容を明確に把握するための解釈の指導原理として理解されるべきであり、従って、実質的違法性は超法規的概念ではなく、実定法的概念であり、実定法上認められる違法性阻却事由との関連において如何なる限度で違法性阻却事由が適用されるかという解釈原理としての意味を持つにとどまるものと解すべきであるから、原判決のように、実質的違法性を形式的違法性とは別個の違法性の構成原理として捉えることによって刑法上に明文の規定のない違法性阻却事由を超実定法的に設定することは実定法の解釈としては到底容認できず、従って、右のような超法規的違法性阻却事由を設定したうえ、被告人らの本件行為には右のような超法規的違法性阻却事由があるものと認め、前記公訴事実につき無罪を言い渡した原判決は、刑法三五条ないし三七条の解釈適用を誤ったものというべきであり、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで、検討するのに、実質的違法性は形式的違法性と対立する別個の違法性を構成する原理ではなく、違法性は一元的なものであることは所論のとおりであるが、違法性は行為が全法律秩序に違反して許されないことを意味するから、違法性の判断は行為に対する法秩序全体の見地よりする評価であり、それ故に、構成要件該当性の判断が抽象的、定型的であるのに対し、違法性の判断は具体的、非定型的な価値判断であるから、違法性阻却事由も本来類型化になじまないものであって、刑法三五条ないし三七条の定める違法性阻却事由、即ち、法令による行為、正当業務行為、正当防衛、緊急避難も法的安定性と法律的明確性の要請から違法性が阻却される典型的な場合を類型化したものにすぎず、従って、同法三五条ないし三七条の定める右のような違法性阻却事由の要件を具備しないものについてもさらに当該行為の具体的事情のもとで法秩序全体に矛盾しない場合には違法性が阻却されるものといわなければならないところ、同法三五条後段は正当業務行為に限らず広く正当行為一般を違法性阻却事由とする趣旨を含む規定であると解せられ、この場合正当行為として違法性が阻却される要件については法文からは決定できず、結局個々の具体的行為が、その動機、目的の点で正当であり、その目的達成の手段、方法としても相当であり(相当であるためには緊急の必要に迫られてやむを得ない行為であったことを要する。)、かつ当該行為により保全しようとした法益と当該行為により侵害された法益が権衡を失しないこと等の諸事情を考慮し、法秩序全体の見地から是認されるか否かにより超法規的に決定するほかなく、このように解すると、正当防衛、緊急避難以外の違法性阻却事由は、法令による行為、正当業務行為を含めてすべて同法三五条に包含されることになり、それ以外に法規に何ら根拠を持たない超法規的違法性阻却事由を認める必要性はないものと解さざるを得ず、そうすると、同法三五条の正当行為の範囲を狭く解し、それ以外に法規に根拠を持たない超法規的違法性阻却事由の存在を肯定し、被告人らの本件行為には右のような超法規的違法性阻却事由が存するものと認めた原判決は、同法三五条の解釈適用を誤ったものといわなければならないが、原判決が認めた超法規的違法性阻却事由は、法規上の根拠を有しないとはいえ前記のような同法三五条後段を根拠とする一般的違法性阻却事由とその実質において何ら異ならないから、原判決の右法令解釈適用の誤りは判決に影響を及ぼすものではない。論旨は結局理由がない。

控訴趣意第二点について

論旨は、要するに、仮に、原判決が認めるような超法規的違法性阻却事由を認めることが許されるとしても、原判決は、被告人らの本件行為につき超法規的違法性阻却事由が存するか否かを判断するに当たり、その前提となる事実を誤認し、かつ超法規的違法性阻却事由の要件についての具体的法律判断を誤っており、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

そこで、所論が右事実誤認及び具体的法律判断の誤りを主張する各点につき順次検討することとする。

一、立ち入り行為の適法性について

論旨は、要するに、原判決は、理由中の(二)の(3)の「法益の権衡について」の項において、前記公訴事実記載の弥栄会館三階劇場において、劇団はぐるま座の演劇『風』が公演された際、警察官が、警察官職務執行法(以下控訴趣意に対する判断中においては警職法と判示する。)六条二項に基づき犯罪の予防又は人の生命、身体若しくは財産に対する危害の予防のため右劇場内に立ち入る必要があったとは認められず、前記公訴事実記載の大島純郎らが同劇場内に立ち入ったのは京都市内における毛沢東支持勢力の範囲、動向を掴むいわゆる情報収集活動の目的で立ち入ったのではないかとの疑いがあり、仮に、然らずとするも、同劇場内に警察官が立ち入ることについては、右演劇『風』の主催者である日本中国友好協会正統京都府本部(以下控訴趣意に対する判断中においては日中正統府本部と判示する。)の理事長である近藤良男が警察側の立ち入り要求を事前に拒否しているのであって、一旦立ち入り要求が拒否された以上その拒否に正当な理由がない場合でも警察官の強制的立ち入りは許されないから、右大島純郎(以下控訴趣意に対する判断中においては大島と判示する。)の同劇場内立ち入りは警職法六条二項に違反し、又、右のような立ち入りを拒否されたにも拘らず大島が同劇場内に立ち入りその結果同劇場内が混乱したことは事前に予想されたから、大島は結局被告人らの前記演劇公演の業務を妨害したものであって、大島の右立ち入り行為は同法六条三項に違反しており、さらに、大島は、同法同条四項により立ち入り場所の管理者又はこれに準ずる者から要求された場合には立ち入りの理由を告げ、かつその身分を示す証票を呈示すべき義務があるにも拘らず、右劇場の管理者に準ずる立場にあった被告人戸毛から警察手張の呈示を求められながら警察手帳を所持していなかったためこれを呈示することができなかったのであって、大島の右行為は同法同条四項にも違反する旨説示しているが、緒方広及び細見弘男の原審における各証言等によれば、本件当時、日本を守る山口県協議会、日本中国友好協会京都府連合会(以下控訴趣意に対する判断中においては日中府連と判示する。)等による前記公演妨害の動きが活発化していたものと認められ、これらの団体所属員が前記公演を妨害するため前記劇場内で不法事犯を惹起するおそれが多分にあったことは否定し難く、これに備えて警察当局が警備活動をする必要のある客観的情勢にあったことは明白であり、大島は、益田紀男と共に前記劇場内における事件発生の際これを場外警備担当者である緒方広警部補に連絡し、かつ当該事件の経過を確認することを目的として前記劇場に入場したのであって、原判決が疑っているようないわゆる情報収集活動のために前記劇場に入場したのではなく、而も、原判決も認めるように、前記公演は公開性を有するものと認められるから、公開時間中の前記劇場内は、公衆が自由に出入りできる反面、そこには犯罪又は危害の発生の蓋然性が常に存するものと推定されるのであり、又、前記近藤理事長が前記劇場に警察官が立ち入ることを事前に拒否したことは明らかであるが、これは正当な理由に基づく拒否ではなく、正当な理由なくして立ち入りを拒否された場合には警察官は警職法六条二項により強制的に立ち入ることができるものと解すべきであり、仮に、強制的立ち入りが許されないとしても、大島が前記劇場に立ち入ったのは入場券による平穏な立ち入りであり、これは警察法二条に基づく事実行為的な警察活動のための任意的立ち入りとしても許容される立ち入りであって、以上いずれの点からしても大島の右立ち入り行為は適法であり、さらに、大島の右立ち入りの際場内が混乱したことは事前には全く予想されなかったことであり、右混乱はむしろ被告人らにより招来されたものであることは後に主張するとおりであるから、大島が被告人らの業務を妨害したとはいえず、さらに又、大島は前記劇場に入場する際には前記公演の主催者側から何ら入場を拒否されていないのであるから、入場後警察手帳の呈示要求に応じられなかったからといって警職法六条四項違反の問題は生じない筈である、というのである。

そこで、検討するのに、緒方広及び近藤良男の原審における各証言、細見弘男の原審及び当審における証言、司法警察員作成の「劇団はぐるま座の実態について」と題する報告書、司法警察員作成の「はぐるま座風公演に対する日中友好協会京都府連の反対ビラの入手について」と題する報告書、司法警察員作成の「はぐるま座京都公演をめぐる反対演説について」と題する報告書及び司法巡査作成の「はぐるま座公演に反対するビラ配布の状況について」と題する報告書によれば、日中正統府本部派の大安書店が日中府連に属する従業員を解雇したために提起された地位保全仮処分申請事件の公判が昭和四三年一一月二九日京都地方裁判所で開かれた際、公判傍聴のために動員された日中府連派の労働組合員等多数に対し、日中府連常任理事成田光生がはぐるま座の前記演劇『風』京都公演の阻止、妨害を呼びかけると共に、その頃日中府連において右公演阻止を呼びかける趣旨のビラの配布活動を行ったほか、右翼団体である日本を守る山口県協議会も、右公演を誹謗する趣旨のビラを配布して右公演阻止を呼びかける等右公演妨害の動きが活発化したので、京都府警察本部の警備当局は、同年四月日中正統府本部派が京都会館で演劇『野火』を公演した際にも、日中府連派が会場付近で右公演阻止のためのビラ配布活動をして日中正統府本部派との間でトラブルを起こした事例があったことにかんがみ、前記演劇『風』京都公演の当日右公演阻止派が会場内外に押しかけて右公演を妨害し、日中正統府本部派との間で暴力事犯が発生するおそれがあるものと判断し、右公演の前月の二七日、日中正統府本部理事長近藤良男に対し、前記のような公演阻止派の動きからみて不測の事態が発生するおそれがあるから前記劇場内の警備を実施したい旨申し入れたほか、右公演の前日には、前記弥栄会館支配人中原秀雄に対し、右公演が前記阻止派により妨害されるおそれがあるから同会館を十分管理してもらいたい旨依頼し、又、右公演当日、同会館の外に警察官五名を配置すると共に、事態の発生に備えて制服警察官一個部隊一一名を松原警察署祇園石段下派出所に待機させたことが認められ、さらに、緒方広の原審における証言によれば、日中正統府本部としても、右公演当日、同会館外に防衛委員と称する池田なおたかほか一名を配置して警戒に当たらせ、同会館入口では右近藤良男ほか一〇名位が警戒に当たっていたことが認められ、さらに又、益用紀男の原審における証言によれば、右公演当日開演に際し、前記劇場内において、被告人戸毛が、日本共産党派の右公演妨害が予想され現にこの会場にも日本共産党派の者が入っている旨の挨拶をしたことが認められ、これらの諸事情のほか、右公演は原判決も認めているように公開の集会の性質を有し右公演阻止派が前記劇場に立ち入る可能性があったこと等を合わせ考えると、過去における同種公演に際し会場内では現実に公演妨害派との間に衝突が生じたことはなかったこと(近藤良男の原審における証言により認められる。)を考慮に入れても、前記公演の際には前記劇場内外において公演妨害派の妨害活動により不法事犯が発生するおそれがあり、警察が犯罪の予防又は人の生命、身体若しくは財産に対する危害の予防のため前記劇場内外において警備活動をする必要のある客観的情勢に立ち至っていたことは否定し得ず、してみると、警察が、前記の如く近藤理事長から劇場内警備の申し入れを事前に拒否されたにも拘らず大島ほか一名の警察官を前記劇場内に立ち入らせたのは、前記劇場内における右のような不法事犯の発生に備えるため(具体的には、細見弘男が原審において証言しているように、右不法事犯が発生した場合、これを場外警備担当者に連絡し、かつ当該事犯の経過を確認するため)であったものと認めざるを得ず、大島らの前記劇場内立ち入り行為が原判決説示のようないわゆる情報収集活動の目的のためになされたのではないか、との疑いを抱く余地はない。即ち、細見弘男の原審及び当審における証言によれば、警察としては、前記演劇『風』の内容は他の方法によっても知り得るし、前記劇場の入場者の顔ぶれ等を知るのは場外においても可能であり、従って、ことさら前記劇場内に立ち入って原判決説示のようないわゆる情報収集活動を行う必要は乏しかったものと認められ、又、大島らの前記劇場内立ち入りの目的が原判決説示のようないわゆる情報収集の目的でないことは、京都府警察本部の細見弘男外事部長が、前記近藤理事長と顔見知りであるにも拘らず、前記公演開演中午後七時頃から約一時間に亘って前記劇場内の見廻りをしている点(細見弘男作成の「劇団はぐるま座京都公演に対する警備体制の視察結果について」と題する報告書等により認められる。)からしても首肯し得るのみならず、大島らの右劇場内立ち入り行為が右のようないわゆる情報収集活動を行う目的でなされたのではないか、との疑問を抱く根拠として原判決が挙示している諸点についても、(イ)細見弘男の原審及び当審における証言によれば、警察が、前記劇場内の警備申し入れを事前に拒否されたにも拘らず大島らを前記劇場内に立ち入らせたのは、右拒否が正当な理由に基づくものではなかった(警職法六条二項による立ち入りを要求するには、犯罪又は危害の発生の具体的危険性は必要でないから、右立ち入り要求を拒否し得る正当な理由は、その場所又は時間に公開性がないことのみであると解すべきところ、本件の場合の拒否理由はそのような理由ではなかった。)ので、警察の責務上前記劇場内の警備を断念せず、ただ、前記劇場内立ち入りの方法としては、前記公演主催者側との摩擦を避けるため警職法六条二項に基づく強制的立ち入り(立ち入り要求の拒否が正当な理由に基づくものでない場合には強制的立ち入りが許されるものと解すべきである。)の方法によらず、私服警察官を入場券により平穏に入場させる方法をとったものと認められるし、(ロ)右証言によれば、本件のような場合の警備は本来警備課の担当であるのに、本件の場合外事課において警備を担当したのは、当時警備課では学生デモ等の警備に忙殺されていて余裕がなかったためと認められ、又、(ハ)大島らが警察手帳を所持しないで前記劇場に立ち入った点については、そのことを指示した細見弘男の原審及び当審における証言中には納得し難い部分もあるが、大島らが警察手帳を所持しないで入場した理由を右証言等により合理的に推認すると、右細見は、大島らを入場券により前記劇場内に立ち入らせる以上立ち入りに際し警察手帳の呈示を要求される可能性はないこと、及び従来警察官が混乱にまぎれて警察手帳を取られたり紛失したりした例があったところ、本件の場合にも、若し万一大島らが警察官であることが被告人らに発覚した場合、大島らが原判決説示のようないわゆる情報収集活動の目的で入場したかの如く誤解されたりし、そのことが原因となって前記劇場内で混乱を生じ、その際大島らが警察手帳を取られたりするおそれがあること等を考慮し、大島らに警察手帳を所持させないで前記劇場に入場させる方がよいと判断したものと推認され、さらに、(ニ)被告人らが大島に対しその身分や立ち入り理由を質問したのに対し大島が「警察ではない」「住所は茨木だ」等とうそをいったり沈黙したりしたのも、大島の原審及び当審における証言によれば、大島は、自己の身分を明らかにすれば、原判決説示のようないわゆる情報収集活動の目的で入場しているものと誤解されたりして観客に刺激を与え前記劇場内が騒然となることを慮り、その身分を明らかにすることをちゅうちょしたためであると認めるのが相当であり、さらに又、緒方広が原審において証言した際、大島らが使用した入場券を入手した相手の名前を秘匿した理由についても、緒方の原審における証言によれば、入場券を入手した相手の名前をいえば、警察への協力者に迷惑をかけることになるというにすぎず、このことも原判決の抱く疑問の根拠となり得るほどの事実ではなく、その他、原判決が挙示している「本公演が政治的、思想的背景のある演劇であること」も、大島らが原判決説示のようないわゆる情報収集活動の目的を有しなかったことと矛盾するものではなく、従って、原判決がその説示のような疑問を抱く根拠として挙示する諸点も、大島の前記のような場内警備の目的を否定し原判決説示のような疑問を抱かせるほどの事情とはいえない。ところで、大島らが前記劇場に立ち入った法的根拠については、大島らが入場券により私服で入場している点からすれば、大島らの右立ち入りは、細見弘男が当審において証言しているように、警職法六条二項によるものではなく、警察法二条に基づく立ち入りであると解するのが相当であるところ、前記公演は原判決も認めているように公開の集会の性質を有するものと認められるから、前記認定の如く、警察官が犯罪の予防又は個人の生命、身体若しくは財産に対する危害の予防のため前記劇場に立ち入って警備活動をする具体的必要性の存する本件の場合、警察官が警察法二条に基づく任意手段として入場券により前記劇場内に立ち入って前記のような警備活動をすることは許されるものといわなければならず、従って、大島らが前記のような警備活動の目的をもって入場券により前記劇場に入場した行為は同法同条に基づく適法な行為であるといわなければならず、次に、大島らの右立ち入り後、観客が大島の立ち入りを知って騒然となり劇場内が混乱した点については、前記の如く大島らの右立ち入りが警職法六条二項に基づくものでない以上同法同条三項違反の問題は生ぜず、而も、大島の右立ち入りを観客が知ったのは後記認定の如く被告人戸毛の行為によるものであって、大島自身は前記のような正当な目的で適法に前記劇場に入場し平穏に観客席に坐っていたにすぎないこと、及び大島の前記劇場内立ち入りが被告人らに発覚することの予見可能性は低く、大島らもまさか発覚するとは思っていなかったものと認められる点からすれば、大島が右立ち入り前既に本件のような混乱の発生を予想していたことを否定し得ないからといって大島が右立ち入り行為によって被告人らの業務を不当に妨害したものとはいえず、又、大島が右立ち入り後被告人らから警察手帳の呈示を求められながら呈示できなかった点については、前記の如く大島の右立ち入りが警職法六条二項に基づくものでない以上、同法同条四項違反の問題は生じない。

二、動機、目的の正当性について

論旨は、要するに、原判決は、被告人戸毛は前記公演に際しその主催者として同劇場を現実に支配していた者であり、従って、被告人両名は警職法六条二項、四項の「これに準ずる者」に該当するので、被告人両名が、警察官であるかも知れない疑いのあった大島に対しその身分を明らかにさせ、警察官であるならば右劇場に立ち入った理由を尋ね、場合により退場を要求することは同法同条四項によって肯認されるところであり、被告人両名はこの措置により集会、結社及び表現の自由を擁護しようとしたのであるから、被告人両名の本件行為の動機、目的は正当である旨説示しているが、大島純郎、益田紀男及び北島千代子の原審における各証言により認められる次の諸事実、即ち、大島は前記劇場の観客席で前記演劇を第一幕目からみていたが、第一幕目終了後の休けい時間中に前記会館三階ロビーにある売店に四人連れの男がコーヒーを飲みに来て、「中にややこしいやつが入っている」といって観客席の中に警察官が潜入していると受け取れる話をしていたこと、第二幕目が始まって間もない頃、黒い服を着た男が大島のそばに来て「警察のの方ですか」等と尋ね、これに対し大島が「警察ではない」等と答えるや、第二幕目の終了直前頃、被告人戸毛が大島の横に来て「警察ではないか」と詰め寄り、次いで氏名不詳の男が大島の腕をとり大島を観客席から北側通路に連れ出して観客席に向って立たせ、同被告人において「この会場にも国家権力の手先である私服がもぐり込んでいる」と怒鳴り、さらに、氏名不詳の男らにおいて大島を引き摺って舞台北側花通付近まで連行して舞台上に押し上げようとしたことがそれぞれ認められ、このような事実の経過に徴すれば、被告人らは大島が警察官であることを当初から知悉したうえで、大島を右のように観客席から連れ出して舞台上に押し上げようとしたものと認められ、これに加えて、第三幕目終了の二、三〇分前には被告人らは緒方広警部補から近藤良男を通じて大島の釈放方の要求を受けたにも拘らず大島を釈放しないばかりか、その後も前記会館三階南側応接室において監禁を継続した後第三幕目終了後大島を舞台上に引き摺り出して謝罪を要求した事実(大島の右証言等により認められる。)を考慮すれば、被告人らの本件行為は単に大島の身分や前記劇場に立ち入った理由を知るためになされたものとは到底考えられず、大島をいわゆる吊し上げにすることを直接の目的としてなされたものと認めざるを得ないから、被告人らの本件行為の動機、目的は正当とはいえない、というのである。

そこで、検討するのに、大島純郎、益田紀男の原審における各証言、大島純郎の当審における証言、被告人戸毛の原審及び当審における供述等関係証拠によれば、大島は、前記劇場に入場して前記演劇の第一幕目をみた後第二幕目開演までの間の休けい時間中便所に行って再び劇場内に入ろうとした際、同じく便所に行って劇場内に戻ろうとしていた被告人戸毛と視線が合ったこと、大島は、昭和四二年に被告人戸毛を尾行したことがあったりして同被告人の顔を知っていた反面同被告人にも顔を知られていると思い、所携の「人民中国」と題するパンフレットで顔を隠したこと、それをみた同被告人は不審に思い、第二幕目開演後、日中正統府本部の活動経歴の古い吉田某をして大島が日本共産党関係の者かどうかを確かめさせたがそのような者であるとは認められなかったので、大島が警察官であることの疑いを強め、土井某をして大島に対し「警察の方ですか」等と質問させたが、大島は「警察ではない」等と答えたこと、然し、同被告人としては、大島の顔をみたような顔だと思った(同被告人は前記の如く昭和四二年に大島に尾行されて同人の顔をみたことがあったので)ので、第二幕目の終了直前自ら大島の横に行って坐り、「妙なところで会ったな」と声をかけたのに対し、大島が黙っていたところ、第二幕目終了後氏名不詳の男が、観客席に平穏に坐っていた大島の腕を掴み、大島を北側通路に引っ張り出して観客席に向って立たせ、同被告人が「この会場にも国家権力の手先である私服がもぐり込んでいる」と訴えたので、観客席が騒然となり、「舞台の上に上げろ」等と観客が叫んだこと、続いて、数人の者が大島の腕を引っ張るなどして大島を舞台の下まで連行し、観客が「上へ上げろ」「釈明せよ」等と叫ぶのにこたえて大島を舞台上に上げようとしたが舞台が高いため上げることを断念し、大島を前記会館三階南側応接室に連行したことがそれぞれ認められ、右認定事実に徴すれば、被告人らは、大島を通路に連れ出した当時大島が警察官であることの確証を得ていたわけではないにしても、大島が警察官であることは殆ど間違いないものと思っていたものと認められるが、大島を舞台下まで連行した被告人らの右行為が必ずしも所論のようないわゆる吊し上げの目的でなされたとまでは断定し難く、被告人らの右行為は、被告人田中が捜査官に対する供述調書中で述べている如く、大島をして観客の前で釈明させる目的でなされたとも考えられるし、被告人戸毛が当審において供述している如く、大島をして観客の前で謝罪をさせる目的でなされたとも考えられ、第三幕目終了の二、三〇分前頃被告人らが近藤良男を通じて緒方広警部補から大島の身分を知らされその釈放方を要求されたにも拘らず、大島を釈放しないばかりかその後も前記応接室において監禁を継続した後第三幕目終了後大島を舞台上に引き摺り出して謝罪を要求した点(大島の前掲証言等関係証拠により認められる。)についても、右関係証拠によれば、被告人らは、大島が被告人らのしつような謝罪要求に抗し切れず、「スー」とだけいって謝罪したかの如き素振りをみせるや直ちに前記応接室に連れ戻し、舞台上でいわゆる吊し上げをしていないことが認められるのであって、大島を舞台上に引き摺り出して謝罪を要求した所論指摘の事実をもってしても、被告人らが大島をいわゆる吊し上げにする目的で本件行為に及んだとは認め難く、これらの諸事情のほかに次のような諸事情即ち、被告人戸毛の原審における供述によれば、前記の如く被告人らが近藤良男を通じて大島の身分を知ったにも拘らずなお大島の監禁を続けたのは大島自身が警察官であることを自認しなかったことによるものと認められること、関係証拠によれば、被告人らは、大島を舞台上へ連行して謝罪を要求した際には約二、三分の間しつように謝罪を要求したものと認められるのみならず、大島を舞台上に連行するまでの間、前記応接室において、約三〇分ないし四〇分の間大島に対し「警察やろう」「なぜ入った」等としつように詰問し、かつ前記劇場に立ち入った理由を書面に記載することをしつように要求したものと認められること、及び被告人戸毛が、原審において、大島は前記劇場の入場者についての調査をする目的で前記劇場に入場したものと思った旨供述している点等を綜合して被告人らが本件行為に及んだ動機、目的を推認すると、被告人らは、前記の如く大島を通路に連れ出した段階において、既に、大島が警察官であることは殆ど間違いないとの強い疑いを抱き、警察が前記近藤理事長から前記劇場内の警備申し入れを拒否されたにも拘らず、大島らを入場券により秘かに前記劇場内に潜入させたことや大島が警察官であることを秘匿していたこと等から推して、警察は、前記のような劇場内警備の目的ではなく、原判決説示のようないわゆる情報収集の目的で違法に大島らを前記劇場内に立ち入らせ、被告人らの集会、結社及び表現の自由を侵害しているものと考え、大島に対しその身分が警察官であること及び右立ち入りの理由が右のようないわゆる情報収集のためであることを自認させると共に右立ち入りの理由を書面に記載させて後日警察に抗議するための証拠を確保し、かつ観客の前で謝罪をさせ、それによって被告人らの前記自由の侵害を回復しかつ将来予想される同種法益の侵害を予防しようとして本件行為に及んだものと認めるのが相当であり、所論のような大島に対するいわゆる吊し上げの目的をもって本件行為に及んだものとは認め難いのみならず、原判決認定のように大島に対しその身分や右立ち入り理由を尋ね場合によっては退場を要求する目的で本件行為に及んだものとも認め難い。然しながら、前記認定によれば、大島らが前記劇場に立ち入ったのは、前記のような劇場内警備のためであって、原判決説示のようないわゆる情報収集のためではなかったのであるから、大島らの右立ち入りにより被告人らの前記自由が侵害されたとはいえず、そうすると、被告人らは前記自由が侵害されていないのにその侵害の回復等をはかろうとして本件行為に及んだものといわなければならないから、被告人らが本件行為に及んだ前記目的を正当と評価することはできず、被告人らが大島の右立ち入りによって前記自由を侵害されたものと誤信し、その誤信が相当であったとしても、それによって被告人らが本件行為に及んだ前記目的が正当化されるものではない。

三、手段、方法の相当性について

論旨は、要するに、原判決は、「第二幕終演後、大島純郎が被告人戸毛らに発見されると場内は騒然となったのであるから、これを鎮め公演を続行するために、被告人両名らがその場において大島に質問するよりはるかによいと考え、前記応接室へ大島を連行したことは右情況下ではやむを得なかった」と判示しているが、もともと大島は前記劇場内観客席に平穏に座っていたのに、被告人戸毛は、大島を観客席から引き出し、国家権力による労働者弾圧場面の劇を観覧した直後の観客に対し、「今機動隊が弾圧するような場面があったけれども、会場の中にも国家権力の手先である私服がもぐり込んでいる」と告げれば劇場内が騒然となることが当然予想されるのに、そのように告げ、その結果劇場内を騒然たらしめたのであるから、被告人らは、大島に対するいわゆる吊し上げの場を作出すべくことさらに観客を煽動し、大島を劇場内から前記応接室に連行する糸口を自ら作出したものというべく、而も、被告人らは大島が警察官であることを当初から明確に認識して行動していたと認められるから、被告人らとしては、大島を劇場内から連れ出した時点においてその目的は既に達していた筈であって、速やかに大島を前記会館外に退出させるべきであったのに、敢えて前記応接室に連れ込んだのであり、これらの事情からすれば、被告人らが大島を前記応接室に連れ込んだことがやむを得なかったとは到底認め難く、又、大島を前記応接室に連れ込む手段も、二人がそれぞれ大島の両脇に腕を通して引き摺り、他の一人が後ろから押すという方法で強引に連れ込んだのであり、それは、原判決が判示しているような「任意に歩行しないものを連行する手段としては必要最少限度のもの」であったといえる状態ではなく、次に、前記応接室内における被告人らの行為についても、原判決は、「応接室においては大島をソファーあるいは肘かけ椅子に座らせたのみで暴行、脅迫に及ぶことなく大島の身分および立ち入りの理由を詰問したに過ぎず」と判示しているが、被告人らは、前記応接室ドアの外に三名位の者を見張りに立て、大島をソファーに座らせたとはいえ、数名で同人を取り囲み、「警察やろ」等と詰問し、かつ「警察手帳を見せ」「入った理由を書け」等と要求したのであって、この状況は逮捕監禁状態のもとにおける多衆の威力を示したうえでの強要行為であるといわなければならず、同人の身分及び立ち入り理由を詰問したにすぎないとはいえず、さらに、第三幕目終演後大島を舞台上に連れ出し謝罪を要求した点についても、原判決は、「観客の中から、本人を前に引きずり出して釈明させろ、謝罪させろ、との声が盛んで本人に危害が及ぶ虞れもあり、まことに止むを得ない行為であった」と判示しているが、観客から右のような声が出たのは第二幕目終演直後であって、第三幕目開演後は観客から右のような声は出ておらず、大島に危害が及ぶおそれは全くなかったのであり、仮に、第二幕目終演後観客から出た右のような要求について観客を納得させる必要があったとしても、それは他の方法によってもなし得た筈であるから、第三幕目終演後舞台上で大島に謝罪させる必要はなかった筈であり、さらに、原判決は、大島の監禁が長びいたのは被告人らが大島に対しその身分等を尋ねたのに対し大島が沈黙の態度をとったことに起因する旨判示しているが、大島は前記劇場内に適法に立ち入ったのであるから、大島に対しその身分等を尋ねるのは許されるとしても大島が沈黙して答えないからといって大島を逮捕監禁して謝罪を強要したりすることは社会通念上許容されないものといわなければならず、さらに又、原判決は、被告人らの本件行為の緊急性、補充性については「この混乱した事態を収拾して公演を平穏に継続する為には緊急にしてまことに止むを得ない当然の行為と謂うべきである。」と判示するのみであるが、被告人らの本件行為は、前記主張の如く被告人戸毛が故意に観客を煽動して惹起したものであって、緊急性、補充性は全く認められず、叙上の理由によれば、被告人らの本件行為はその手段、方法の点でも相当とはいえない、というのである。

そこで、検討するのに、前記認定の如く、被告人らの本件行為の目的が正当でないものと認められる以上被告人らの本件行為が目的達成の手段、方法として相当かどうかを判断する必要はないが、仮に、被告人らが大島の前記劇場内立ち入りによって前記自由を侵害されたものと誤信しその誤信が相当であったことにより被告人らの本件行為の目的が正当と評価され得る余地があるとしても、被告人らの本件行為はその目的達成の手段、方法として相当とはいえない。即ち、原判決は、大島が被告人戸毛に発見されて前記劇場内が騒然となったのを鎮め前記公演を継続するために被告人らが大島を前記応接室に連行したのはやむを得なかったものであり、又、前記演劇の第三幕目終演後被告人らが大島を舞台上に連れ出して謝罪を要求したのも、観客の中から「釈明させろ」「謝罪させろ」との声が盛んに出たので大島に危害が及ぶのをおそれたためであって、やむを得ない行為であった旨説示しているが、劇場内が騒然となったのを鎮めるのに大島を逮捕監禁して強制的に前記応接室に連行する以外に方法がなかったとはいえず、又、関係証拠によれば、観客から「釈明させろ」等の声が出たのは第二幕目終演直後被告人戸毛が大島の前記劇場内立ち入りを観客に訴えた際のことであり、第三幕目終演後大島が舞台上に連行される前に観客からそのような声が出たことはなく、当時観客から大島に危害を加えるような緊迫した情況が存したとは証拠上認め難いから、原判決の右説示は首肯し難いのみならず、前記認定事実によれば、被告人らは、大島を観客席から引っ張り出す当時既に大島が警察官であることは殆ど間違いないと思っていたのであり、而も、関係証拠によれば、被告人らは、その当時大島と同一指揮系統下にあるものと思われる数人の警察官が前記会館外で警備に当たっていることを知っていたものと認められるし、その当時は既に第二幕目が終演し休けいに入っていたものと認められるから、被告人らとしては、実力をもって大島を観客席から引っ張り出す前に、先ず、前記会館外で警備に当たっていた警察官に事情を説明して責任者に来てもらい、大島が警察官であることを確認させたうえ、右責任者と大島を前記応接室に任意に同行させ、両名から不法に亘らないように事情を聴取する方法をとることが可能であった筈であり、かつそのようにすべきであったものと考えられるから、被告人らが前記目的達成のためいきなり実力を行使して大島を逮捕監禁することが緊急の必要に迫られてやむを得ない行為であったとは認め難く、他方、被告人らの本件行為の態様についても、関係証拠によれば、後記「罪となるべき事実」において認定した事実が認められるのであって、右認定事実によれば、被告人らが実力を行使して大島を前記応接室に連行した行為が原判決説示のような必要最少限度のものであったとはいえず、又、被告人らの大島に対する約一時間三〇分に亘る監禁が時間的に長時間でないともいえず、而も、被告人らが本件行為に及んだ前記目的及び大島が、原審において、身分を明らかにしたからといって容易に釈放されるような情況ではなかった旨証言している点からすれば、大島がその身分や前記劇場内立ち入りの理由をありのまま答えたとしても被告人らが大島を釈放したとは認め難いから、大島がその身分や右立ち入り理由を明らかにしなかったことが大島に対する監禁を長びかせた原因であるとも認め難く、以上説示した被告人らの本件行為の必要性及び態様に関する諸事情を綜合すれば、被告人らの本件行為は、前記目的達成の手段、方法として相当であったとは認め難い。

四、法益の権衡について

論旨は、要するに、原判決は、大島が前記劇場内に立ち入った行為は、前記一記載の理由により警職法六条二項、三項、四項に違反するから、被告人らの本件行為による大島の行動の自由の侵害は自らの違法な行為に起因するものであり、これに比較して被告人らが防衛しようとした集会、結社及び表現の自由ははるかに優越する旨判示しているが、大島の前記劇場内立ち入り行為が適法であったことは前に主張したとおりであるから、被告人らの本件行為による大島の行動の自由の侵害が大島自身の違法行為に起因するものとはいえないのみならず、大島は平穏に観客席に坐っていただけであるから、それによって被告人らの集会、結社及び表現の自由が具体的に侵害されたものとはいえず、仮に、侵害されたとしても、それは単なる抽象的権利にとどまっているのに対し、大島の受けた行動の自由に対する侵害は有形的、具体的侵害であり、而も、大島が被告人らの本件行為により受けた身体的、精神的苦痛はかなり強度のものであったから、被告人らが本件行為によって保全しようとした法益が侵害した法益に優越しているとはいえず、仮に、然らずとするも、被告人らは、大島を観客席から排除しもはや被告人らの集会、結社及び表現の自由が侵害される危険は消滅しているにも拘らず、その後も大島の監禁を継続して大島の行動の自由を侵害しているのであって、大島が侵害された法益と比較々量すべき法益は存在していないから、原判決は、法益較量の原則の解釈を誤り、客観的にはもはや法益較量の対象となり得ない被告人らの集会、結社及び表現の自由と大島の行動の自由とを比較々量したものといわなければならない、というのである。

そこで、検討するのに、大島が原判決説示のようないわゆる情報収集の目的で前記劇場に立ち入ったのではなく、前記劇場内警備の目的で立ち入って平穏に観客席に座っていたにすぎないことは前記認定のとおりであるから、大島の右立ち入り行為によって被告人らの集会、結社及び表現の自由が侵害されたとはいえず、そうすると、被告人らが侵害の回復をはかろうとした法益は存しないものといわなければならないことは勿論、大島らによって将来被告人らの前記自由が侵害されるおそれも生じていないから、被告人らが侵害の予防をはかろうとした法益も存しないものといわなければならず、被告人らの本件行為による大島の行動の自由の侵害が大島自らの違法行為に起因する旨原判決が説示している点についても、大島が前記劇場に立ち入った行為が警察法二条に基づく違法な行為であり、かつ大島が右立ち入り行為によって被告人らの業務を不当に妨害したともいえないことは前記認定のとおりであり、又、被告人らが本件行為に及んだ前記目的からすれば、大島が警察手帳を所持していて被告人らに呈示しても被告人らが大島を釈放したとは考えられないから、大島が警察手帳を所持しておらず被告人らの呈示要求に応じられなかった点が義務違反(警職法六条四項以外の)であるとしても、そのことが被告人らの本件行為による大島の行動の自由の侵害の起因であると認めることはできない。

そして、右一ないし四において判断した諸事情を綜合し法律秩序全体の見地からみた場合、被告人らの本件行為は許容される限度を超えるものといわなければならず、刑法三五条の正当行為として違法性が阻却されるものとは到底認め難く、これに反し被告人らの本件行為につき前記超法規的違法性阻却事由が存することを認め、前記公訴事実につき無罪の言渡しをした原判決は、前記超法規的違法性阻却事由の存否の判断に当たり、その前提となる事実を誤認し、かつ考慮すべき事情につきその評価を誤り、ひいては法令の適用を誤ったものといわなければならず、右事実誤認及び法令の適用の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。

よって、刑訴法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書によりさらに当裁判所において次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人戸毛國弘は、日本中国友好協会正統京都府本部理事、被告人田中年廣は、同本部会員であるが、被告人両名は、昭和四三年一二月三日午後六時四〇分頃から京都市東山区祗園町南側五七〇番地所在の弥栄会館三階劇場において同本部主催の劇団はぐるま座の演劇『風』が公演された際、同劇場内警備の目的をもって同劇場に私服で入場券により入場していた京都府警察本部警備部外事課勤務巡査部長大島純郎(当時四二才)が毛沢東支持勢力の範囲、動向を掴むためのいわゆる情報収集活動の目的で不法に潜入した警察官であると思い、ほか数名と共謀のうえ、同人の身分及び潜入目的を自認させ、かつ観客の前で謝罪をさせるため、同日午後八時四五分頃、観客席に坐っていた同人の右腕を引っ張って同人を通路に引き出し、観客に対し、「この会場にも国家権力の手先である私服がもぐり込んでいる」と訴えた後、同人の両腕を左右から抱えて引っ張ったり同人を後ろから押したりして同人を同所から観客席北側舞台下を経て同会館三階南側応接室まで拉致し、同応接室において、同人を長椅子に坐らせて取り囲み、入口に見張りの者数名を配置したうえ、「警察やろう」「なぜ入った」等と繰り返し詰問すると共に、「入った理由を書け」としつように要求した後、同日午後九時四〇分頃、同人の両腕を左右から抱えて同応接室から前記劇場の舞台上に引っ張り出し、マイクを同人の口もとに突きつけ、約二、三分の間しつように観客の前で謝罪をするよう要求し、その後再び同人の両腕を抱えて同応接室に連れ戻して前同様の方法で監禁を続け、もって、同日午後八時四五分頃から同日午後一〇時一五分頃までの間約一時間三〇分に亘り、前記劇場内及び右応接室において同人の行動の自由を束縛して脱出を不能ならしめ、不法に監禁したものである。

(証拠の標目)《省略》

(原審弁護人の主張に対する判断)

原審弁護人は、被告人らの本件行為につき前記のような超法規的違法性阻却事由の存在が認められないとしても、被告人らの本件行為による法益侵害の程度は極めて軽微であって、この程度の法益侵害は日常生活において一般に看過される程度のものであり、かつ、本件は官憲の側から綿密な計画に基づいて誘発されたものであるから、被告人らの本件行為には可罰的違法徃がない旨主張するが、前掲証拠によれば、被告人らの本件行為の態様はかなり激しいものであって、被告人らの本件行為による法益侵害が弁護人主張のような極めて軽微なものとは認められないのみならず、本件が警察によって計画的に誘発された疑いもなく、他に、被告人らの本件行為の可罰的違法性を否定するに足りる事情は証拠上認め難いから弁護人の右主張は理由がない。

(法令の適用)

被告人両名の判示各所為は、刑法二二〇条一項、六〇条にそれぞれ該当するので、所定刑期範囲内で被告人両名をそれぞれ懲役三月に処するが、同法二五条一項により被告人両名に対しこの裁判確定の日から一年間それぞれ右刑の執行を猶予し、原審及び当審の訴訟費用は、刑訴法一八一条一項本文、一八二条により被告人両名に連帯して負担させることとする。

以上の理由により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石松竹雄 裁判官 角敬 青木暢茂)

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