大判例

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大阪高等裁判所 昭和46年(ツ)37号 判決 1971年11月30日

上告人

渡辺マサエ

代理人

真柄政一

被上告人

北畠光雄

代理人

深田和之

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪地方裁判所に差戻す。

理由

上告代理人は原判決破棄の裁判を求め、被上告代理人は上告棄却の裁判を求めた。

上告理由は、別紙の通りである。

上告理由について

原判決は、本件債務名義である調停調書につき、被上告人が右債務名義の表示する建物収去土地明渡義務の承継人であるか否かの点の判断を為し、その理由として、被上告人は、右債務名義上の債務者である椋本浅治良が本件土地上に所有していた本件建物を、同人から買受けた西野義一よりさらに転買した者であるけれども、本件債務名義上には、その債権者である上告人が本件土地の所有者である旨の記載がないこと、右債務名義において合意せられた本件土地に対する右債権者(上告人)と債務者(椋本)との間の賃貸借契約が、右債務名義の成立した昭和三〇年一〇月三日の後である昭和三一年七月四日、右債務者の賃料不払のために解除されたことによつて、右債務者の原状回復義務として本件建物収去土地明渡義務が発生したことを理由として、本件債務名義から生ずる執行力に対応する義務は、いわゆる物権的請求権とは区別される債権的請求権に対応する義務に外ならないし、本件の義務の性質が、右の通りである以上は、単に本件土地の占有者であるに止まり、本件土地に対する賃貸借の借主でない被上告人は、右債権的請求権に対応する義務の承継人には該当しないと断定したものである。

右の判断については、第一に、債務名義の執行力は、果して原判決判示の如く、訴訟物の如何によつて、物権的請求権と債権的請求権とに区別され、その承継の点も差別があるか否か、第二に、本件の如き調停調書が債務名義である場合にも、なお右の訴訟物による区別が妥当するか否か、第三に、本件債務名義における執行力発生の時点に関連して、果して被上告人が、形式上、右執行力の承継問題の対象になるか否か、の三点につき検討が加えられねばならないが、先ず右の第一、二点を併せて考察するに、一般に債務名義によつてその実現の保護が与えられる私権は、それ自体において、例えば相対的な契約が通例、財貨の移動という客観状態の変動を所期するように、相対関係から絶対関係へ発展、転化する性格、傾向を有すると見られ、この私権に基いて形成せられる給付判決及びこれに基く強制執行という一連の私権保護手続も、右の私権本来の機能に応じてこれに支援を与え、少くとも右保護過程については、一種の絶対的効力を持つ保護手段を裁判、執行機関が付与するものと見てよいことは、執行手続における第三者の妨害を排除する強制力だけに着眼してもこれを肯定できるであろう(明らかに相対権に基くものとしては、債権に基く財産の差押、処分禁止の効力、ほかに、各種保全処分参照)。給付判決自体についても、私権の実現のための給付命令は、その債権者、債務者間で、それが即時に、債務者の意思を無視してでも強制的機械的に、その内容通りの事態が実施せられることが必要であると認めればこそ、それに対応する強制力を与えて発令されるのであつて、この給付命令の持つ効力の性格は、もはや訴訟物たる私権が本来実体法関係で持つ効力とは同視し得るものではない。右の即時強制実現の必要性は、債務者たるべき者が、その義務から逃避することを防止する点にも、同様に作動し、債務名義において、すでにその執行目的物が特定された場合においては、その後右目的物が債務者から離脱し、第三者の手に帰したときでも、なおその第三者に対して執行力の追及が強制的に実現されるのであつて、右の執行力自体が前記のように私権そのままの効力でなく、その目的のためには何時でも絶対関係への発展の力を秘めたものと見られ得る以上、この追及効にも、一種の絶対的効力を想定してもよく、第三者がこれを免れ得るのは、金銭や動産等の場合に、それについて何ものにも拘束されない原始的権利取得をする場合に限られるといつても過言でない。このように見ると、給付判決たる債務名義においても、その執行力の追及効の内容即ち債務名義の承継の範囲が、訴訟物たる私権の実体法的効力の性格そのままに、物権的効力と債権的効力の如何によつて区別せられるとする原判決の見解には、甚だ疑なきを得ないのである。

しかし、この点をしばらく別としても、本件の如き調停調書が債務名義である場合において、その執行力の承継の範囲を、訴訟物概念を以て区別すること自体についての問題があり、これを肯定した原判決の見解は、そのまま支持することはできない。即ち、調停調書が形成される調停手続は、訴訟物の提示、審判を目的とする手続ではなく、その申立は、いわゆる「紛争の実情」を記載することによつて為され、互譲の方法によつて一種の法律的妥結に達し、その内容が、和解同様一種の認証によつて調停調書となるものであつて、請求権の性質は勿論、その存否すら、裁判所によつて確認されることがなく、調停条項にも、この点の約定を欠く事例が多いことは、日常見られるところである。右の点は、裁判上の和解も、同様に請求権の判断を経ず、また和解当事者の妥結内容についても、結論的な権利義務の内容を記載するだけで、この結論を導くに至つた基本の請求権の存否、特にその性質如何についてまでの約定をしない例がむしろ多数を占めることが顕著である。これを要するに、少くとも調停調書については、その効力判定のために訴訟物的基準を用いることを、およそ不適当とする根拠としての特有の性質があるというべく、本件調停調書中に、債権者たる上告人が本件土地の所有者であるか否かの記載のないことも、前記調停手続の性格によれば無理からぬところで、格別奇異な事柄ではなく、これを例外と見たり、消極的判断の資料とすること、即ちこの記載の有無如何によつて、調停調書の効力判定を左右するが如きことは、不当な基準による判断というの外はない。従つて、以上第一、二点に関する限り、原判決の所論には従うことができず、この限りにおいて上告論旨は理由があるといえる。しかしなお、原判決については、前記のほか、さきの第三の点についてもその検討を要するのであつて、原判決の判示によれば、本件調停調書の執行力発生時点として、本件土地に対する賃貸借契約が、債権者たる上告人によつて解除せられた昭和三一年七月四日(当事者間に争のない事実)が挙げられるに対し、被上告人の執行力承継原因として原判決の認定する事実は、昭和三〇年一一月二日債務者たる椋本称治良より本件建物を譲受けた西野義一が、被上告人に対し右建物を売渡し、これと共に敷地賃借権をも譲渡する契約をした同年一二月一日の事実がこれに該当するものとされるところ、もし果してそうであるならば、本件執行目的物に関して生じた占有者の変動即ち被上告人の本件土地の占有取得は、本件調停調書の執行力発生の以前においてすでに生じた事態に外ならなくなり、この関係における本件調停調書の効力の承継関係の法理は、原判決が準拠する執行力承継に関する法理とは、別の法理によつて(その結論の当否は兎も角として)決せられねばならない。換言すれば、この関係は、むしろ執行力承継以前の問題となる訳である。そうすると、右の点でもまた、原判決は少くともその理由において正確を欠くものと見られねばならない。

ところが、原判決は、他面において、被上告人が本件建物の所有権移転登記を受けた日を昭和三五年三月三〇日と確定しているのであつて、右は原因たる売買契約の日より四ケ年以上を経過した時期であるから、もし右建物の売買契約に関する条件、就中代金支払方法及びこれと所有権移転登記との履行の関係の約定の如何によつては、契約条項上、又は当事者の意思解釈上、所有権移転の時期、必ずしも売買契約の成立と同時と解し得ない場合もあることを保し難いところ、記録によれば、原審は、右売買契約の諸条件の内容、特に前記の点に重要な関係を持つ代金の額とその支払方法につき、格別の釈明、審理、判断を経た形跡がなく、固より判文上もこれを確定した点が見られないのであつて、もしこの点が確定されるときは、場合により、本件建物の所有権移転及びこれに伴う本件土地賃借権移転の時期、或いは本件土地に関する被上告人の占有取得の時期が、原判決の認定と異なる時期において確定せられ、これがために、本件事実は、矢張り債務名義の執行力の承継問題として考察、処理することを相当とする余地も生じて来るものと言わねばならず、この場合、却つて、前段説示のように、原判決の見解が、そのまま支持し得ない結果ともなることが考えられるのである。

以上通覧したところによると、原判決には、執行文付与の法理適用の前提事実の確定につき審理不尽があるか、又は執行文付与に関する法令の解釈につき誤りがあることに帰するから、本件上告は理由があり、原判決は破毀を免れない。よつて右の点につき更に審理判断をなさしめるため原判決は破毀の上、本件を大阪地方裁判所に差戻すを相当と認め、主文の通り判決する。

(宮川種一郎 林繁 平田浩)

《上告理由―省略》

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