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大阪高等裁判所 昭和45年(ネ)107号 判決 1974年1月31日

控訴人 谷元政男

右訴訟代理人弁護士 井野口勤

同訴訟復代理人弁護士 徳田勝

被控訴人 山口行夫

被控訴人 山口博司

右両名訴訟代理人弁護士 中山淳太郎

同訴訟復代理人弁護士 中山厳雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、控訴人

原判決を取消す。

被控訴人らは控訴人に対して連帯して金三八六万六、一〇〇円およびこれに対する昭和四一年一月三〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二、被控訴人ら

主文と同旨

第二、双方の主張および証拠関係は、次に付加するほか原判決事実摘示のとおりである(≪証拠訂正省略≫)。

一、控訴人の主張

(1)  本件火災は、被控訴人山口博司設置にかかるガスコンロの空気調整孔ノズル部分にいわゆる逆火現象を生じ、そのためガスコンロ焔孔部分から未燃焼ガスが放出し、該放出滞留ガスがコンロ焔孔部若くは空気調整孔ノズルにおける炎によって引火されたことに起因するものである。

(2)  右逆火現象は、被控訴人博司の業務上の注意義務違反によって生じたものである。即ち、同被控訴人は兵庫県知事から、高圧ガスの販売を業とするため、逆火現象の防止を含む保安教育を受け、販売主任者試験に合格し、昭和三九年六月一一日プロパンおよびそれ以外の二種以内の高圧ガスの取扱いができる第二種販売主任者免状を、昭和四〇年六月二三日丙種化学主任者免状をそれぞれ交付され、高圧ガス即ちプロパンガスについて専門的知識を有するものにして、ガスの燃焼はコンロコックの開閉状況にのみ影響されるものではなく、圧力、流量、空気孔の開閉状況等に大きく作用され、その関係如何によっては逆火現象を生じ、重大な結果を惹起することは通常の知識として知っていた筈である。若し同人がこれを知らなかったとすれば、そのことは同人の過失に該当する。また同被控訴人は、控訴人が被控訴人行夫に対し稚雛養育保温の目的でガスコンロを含むガス器具の設置を依頼したこと、右目的のためには、トロ火で長時間継続して燃焼しなければならないこと、および控訴人が高圧ガスについて何らの知識経験もなく、これを稚雛養育に使用することは初めてであることを認識していたものである。そこで被控訴人博司としては、ガスコンロ設置に際し、控訴人に対しガス開閉口の開閉度と空気調整孔との調整関係を教え即ち火を小さくするときは空気孔も小さくせよと助言して逆火現象を防止する注意義務があったのに、これを怠り、単に点火の方法を教え、ボンベは左ねじであると告げただけで、その余の使用方法の説明は一切せず、控訴人の使用に委ねた結果、逆火現象が生じたものである。

仮りに、被控訴人博司が、控訴人に対し、空気が不足しているときは赤い色になり、適度に空気が入っているときは青い色の炎が燃えると空気調節の仕方を教えたとしても、家庭用ならともかく、長期間燃焼を必要とする本件の如き場合には、注意義務を尽したものということはできない。

(3)  プロパンガスは危険なものである以上、その容器は販売業者からガス消費者に貸与されるもので、いわば移動するガスタンクともいうべきものであるから、民法七一七条の土地の工作物に含まれるものと解すべきである。

被控訴人らが控訴人の注文でプロパンガスボンベを育雛器に設置し、控訴人にその保安管理に必要な注意を与えることなく長時間の燃焼を容認したことは、右ボンベの設置または保存に瑕疵があったものということができ、そのため本件火災が発生したのであるから、被控訴人らは控訴人に対し、それによって生じた損害を賠償しなければならない。

この場合、控訴人は右ボンベの設置保存について被控訴人らの手足(認識なき機関)となったものと考えられる。

また本件火災はプロパンガスによるものであるから、そのボンベに瑕疵があったことが推定され、被控訴人らにおいて、その瑕疵のなかったことを主張立証しない限り、右火災による損害賠償の責任を免れない。

よって控訴人は、択一的に、民法七一七条を原因としても、被控訴人らに対し、控訴人が本件火災によって受けた損害の賠償を求める。

二、被控訴人らの主張

(1)  控訴人の右主張事実を否認する。本件火災はガス洩れによって生じたものではないから、器具の設置上においても、また使用上の注意を控訴人に与える点においても被控訴人らに問責されることはない。

(2)  プロパンガスにおいては、都市ガスの場合と異り、点火の際に、空気調節環を調整しておけば、その後コックを全開にしようと半開にしようと空気調節環を調整する必要はないのである。

(3)  本件においては、控訴人が古い鍋に水を補注せずカラ焚きしたため鍋が割れて、炎孔に近接し、人為的な、類似逆火現象が惹起されたか、或は、そのためバーナーにかぶさった鍋によって火焔が四方に逸走して火災を生じたものと考えられる。

(4)  仮りに、コンロ上の鍋が割れなかったとしても、鍋が過熱し、密閉された育雛器内は極度に乾燥し、温度も上昇したため、金網上の雛が死滅直前の騒ぎを起し、羽毛等が落下したことが考えられ、これに引火して本件火災が発生したとも推察される。

(5)  また、右の場合羽毛等の落下がなくとも、コンロに接合されているコックやゴムホースが過熱されて火災となったとも考えられる。

三、証拠関係≪省略≫

理由

当裁判所は、控訴人の当審における主張を精査するも本訴請求は失当であると判断するもので、その理由の要点は、本件火災の原因は逆火現象によるものとの疑いが濃いが必らずしもこれと断定するに足りないとともに、たといそうであっても、被控訴人博司に過失はないと見るのであり、詳細は、次に付加訂正するほか、原判決の理由第一、第二の部分と同一である(≪証拠訂正省略≫)。

(一)  ≪証拠省略≫によれば、本件において控訴人がプロバンガスを燃焼させた育雛箱は、縦二メートル、横、高さ共に一メートルのベニヤ板で囲まれた箱で、蓋と高さ約三〇センチメートルのところに金網が張られ、蓋の金網には、目の荒い布が掛けられており、控訴人は右三〇センチメートルの金網の下にガスコンロを置いて、本件火災当日の午前一〇時頃から午後一一時頃まで、プロパンガスを燃焼し続け、同日の夜間は、右育雛箱が設置してある建物の窓を閉めたことが認められる。しかしながら≪証拠省略≫を総合すれば、同被控訴人は、本件火災の当日午前九時頃、控訴人の注文により、プロパンガスの器具を持参し、控訴人方鶏舎、階下の土間、育雛箱の外で、試験的にプロパンガスコンロに点火して異常のないことを確めた上、これを消火し、その際、控訴人に対し、「空気が不足しているときは、赤い焔が燃えるので、適当に空気調節環を動かして空気を流入させ、青い焔が燃えるようにすべきである、実際に使用するときには再び来るから連絡して貰いたい」旨を告げて帰ったもので、控訴人が鶏のひなを温めるために育雛箱の中で、プロパンガスを燃焼さす目的で使用することは知っていたが、右試験的点火の際には育雛箱の内部にガス燃焼装置が設けられていたのではなかったことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(二)  原審は、本件火災の原因は逆火現象によって漏洩した未燃焼ガスに引火したと認定したが、この判断は推認の域を出ないものである上、≪証拠省略≫によれば、プロパンガス取扱業者間においても、同ガスを一旦完全燃焼させた上は、後にコックの開き具合を小さくしても空気調節環によって空気の流入を調整する必要はなく、逆火現象は点火時に生ずるものであって、異常のない燃焼が続いた後に起るものではないとの考え方も有力であることが認められるので、本件につき逆火現象の疑は濃いが、これを断定するには足りない。

(三)  進んで本件における過失の問題につき考察すると、右のごとく狭い育雛箱の内部でプロパンガスによる保温装置を連日連夜にわたって、燃焼し続ける場合には、或る程度の危険を伴なうことは素人にも当然予測されるところであるから、養鶏育雛の専門業者である控訴人としては、この設備の使用に踏切るについてはプロパンガスについての十分の知識を有しないならば、予め独力あるいは、専門家の協力の下に、右使用に伴なって発生することあるべき一切の事態を十分想定研究の上使用するか否かを決定するのが相当である。

このように考えてみると、控訴人が被控訴人に対し、右使用の当否について予め意見を求めたのであれば別問題であるが、そうではなく、すでに使用を決定して被控訴人に購入の注文をしたのであるから、たとい右使用目的が告げられたにしても育雛箱について何らの知識も持たない被控訴人としては、控訴人においてプロバンガス器具使用につき十分検討済であるものとしてこの設備の通常の使用方法の説明をするに止め、それ以上控訴人の使用目的に立入って、詳細に問い尋し、将来発生するあらゆる事態を考慮して必要な指示を与えなかったことを責めることはできない。况んや、被控訴人が試験点火をした際には、先きに認定したとおり、いまだ箱の中にガスコンロを設置していなかったのであるから、尚更である。

してみると、本件において、被控訴人の納入および点火後火災発生までに一〇時間以上異常なく燃焼し続けたのであるから、被控訴人としては、納入に際し普通になすべき注意は尽したものであって、その後発生することあるべき危険を防止することは、すべて控訴人においてこれに当らなければならない。したがって被控訴人博司に過失のあったことを前提として、同人およびその使用者たる被控訴人行夫に不法行為の責任を問うことはできない。

(四)  控訴人の当審における主張(3)について検討するに、プロパンガス容器は、移動可能であって土地に接着したものではないから、その工作物ということはできない。従って爾余の点について判断するまでもなく、右主張は採用できない。

よって、民訴法三八四条八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 沢井種雄 裁判官 常安政夫 野田宏)

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