大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和45年(う)656号 判決 1972年2月21日

被告人 中森恒史

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金一万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五百円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、大阪地方検察庁検事杉島貞次郎作成の控訴趣意書及び大阪高等検察庁検事田中義雄作成の控訴趣意補充書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人佐藤哲、同並河匡彦連名作成の答弁書に記載のとおりであるから、それぞれこれを引用する。

検察官の控訴趣意は、本件公訴事実の要旨は、「被告人は中越陸運株式会社大阪営業所の前従業員で、同社の従業員の一部をもつて組織する全国自動車運輸労働組合中越陸運支部大阪分会の執行委員であるが、右中越陸運支部では、かねてより従業員の解雇撤回および年末一時金の支給などをめぐつて会社側と争議中のところ、1、昭和四一年六月一四日午前一〇時ごろ、会社側でロツクアウトを実施中の前記大阪営業所二階炊事場付近において、同営業所現業課長秋野添こと陳秋添(当四〇年)に対し、かねて、被告人が同人に営業所一階事務所裏口の扉の施錠を中止するよう要請しておいたのに、同人がこれに応ずる態度を示さなかつたところから、同人を難詰し、被告人を避けて同所を立ち去ろうとする同人を一階事務所横の広場まで追いかけ、同所で、同人の左肩部を手で数回突き飛ばして地上に転倒させ、さらに、立ち上がろうとする同人の左肩部を手で突いて仰向けに転倒させるなどの暴行を加え、よつて、同人に対し、全治七日間を要する左前胸部、肩胛骨部および腰部挫傷を負わせ、2、同年七月一四日、会社側がロツクアウトを実施中の名古屋市西区山田町中小田井字茨島四九番地所在の同社名古屋支店における同組合名古屋分会の争議を支援中、同日午前九時三〇分ごろ、同支店正門付近において、同社従業員岩根英勝(当二五年)が、会社側の設置したロツクアウト用有刺鉄線を修理しているのを目撃するや、同人に対し右修理作業の中止方を求めたのに、同人がこれを拒否したことに憤慨し、前かがみの姿勢で有刺鉄線を修理中の右岩根の前胸部を膝頭で強く蹴りつけて暴行を加えたものである。」というのであるが、原判決は、右1の傷害については、被告人が最初手で陳秋添の前胸部を突いたことと同人が尻餠をついて腰部挫傷を負つたこととの因果関係を認めず、ただ最初同人の前胸部を突き、わざとよろけて尻餠をついた同人が起き上がろうとするところを、再度突いて同人を転倒させ、同人に治療七日間を要する左肩胛骨部、前胸部挫傷を負わせた旨の事実のみを認定し、右2の暴行については、被告人が、しやがんで作業していた岩根英勝の右前胸部を膝頭で「強く蹴つた」のではなく、「強く押して」同人に尻餠をつかせた旨の事実を認定し、右1の事実は刑法二〇四条の傷害罪の、右2の事実は刑法二〇八条の暴行罪の各構成要件に該当し、これらはいかなる意味においても違法ではないとはいえないとしながらも、刑法における違法性は、違法性が認められるものの中から量的に一定の程度以上の重さを有し、かつ、質的に刑法上の制裁を適当とするものだけがとりあげられるべきであり、実質的違法性の判断は、目的の正当性、手段方法の相当性、緊急性、補充性、法益の権衡などを基準に、その行為が社会的相当性があるかどうかにより決すべきであるとして、本件発生の背景事情、とくに、(1)会社側が実施していたロツクアウトは不当、違法であること、(2)会社側は正当な理由がなく団体交渉を拒否し、あるいは、(3)給料の差別的支給をするなどの不当労働行為をしていたこと、(4)公訴事実1の関係では、会社側が東成(大阪)営業所一階事務所裏の扉に常時施錠をしないことなどを内容とする協定を結びながらこれを遵守しなかつたこと、(5)公訴事実2の関係では、会社側がロツクアウトに際し名古屋支店二階の組合事務所などへの出入口を遮断したことなどの背景事実を認定したうえ、被告人の本件各行為は、動機、目的の正当性、手段方法の相当性、その他緊急性、補充性、法益の権衡などを総合すれば、いずれも刑法上の制裁に価するほど法律秩序をみだし社会的相当性を欠くものとは認められないから、実質的違法性を欠き罪とならないとして無罪を言い渡した。しかしながら、原判決には後記の如く判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認及び法令の解釈適用を誤つた違法があるから、とうてい破棄を免れないというので、以下順次検討を加える。

控訴趣意第二(実行行為に関する事実誤認)の一について

論旨は、要するに、前記公訴事実1に関する原判決の認定については、被告人が最初手で陳秋添の前胸部を突いたことと同人が尻餠をついて腰部挫傷を負つたこととの間には因果関係があるから、原判決は事実を誤認している、というのである。

よつて案ずるに、原判決が、前記所論の公訴事実1に対し、その無罪理由の説示において、「被告人は、一階事務所横の広場で、約六〇センチメートル離れて向かい合つて立つていた陳秋添の左鎖骨部の下約五センチメートルの前胸部を突き、その瞬間、同人が一メートル位後方によろけて身体の左側を下にし、手をつきながら腰から先に落ちるような態勢で尻餠をつき、すぐに起き上がろうとする同人に対し、再度右手で一回同じ部位を突いて同人をして肩が先に地面につくように転倒させ、同人に対し、前胸部を突いたことにより医師に圧痛を訴えたものの発赤も見られない程度の前胸部挫傷、二回目に突いて転倒させたことにより治療七日間を要する左肩胛骨部挫傷を負わせた」旨の事実を認定し、一回目に前胸部を突いた際に同人が尻餠をついた点については、同人が作為的に尻餠をついた疑いがあるとして、被告人が突いたことと陳が尻餠をついたこととの因果関係を否定し、尻餠をついたことによつて生じた「腰部挫傷」を事実認定から除外していることは、所論指摘のとおりである。

そこで、右の因果関係の有無について判断するに、本件現場の東側にある家屋に居住する山口知彦、東原要、古賀文子らは、原審証人として、それぞれ「尻餠をついて起き上ろうとした時、また倒れるのを見た。」とか、「二回倒れているのを見た。」とか、「尻餠をついているのを見た。」とか証言しているが、その目撃状況は断片的で、これのみによつては加害の程度、転倒の原因などは明確ではないけれども、被害者である原審証人陳秋添は「中森と二尺位離れて向い合つて立つていたとき、中森が右手を振るようにしながら私に激しい言葉をあびせかけ、いきなり、まん前から右手でひどく左胸を突かれたため、一メートル位うしろによろけて重心を失い、地面に腰を先にして仰向けにひつくり返り、腰を打つた。何をするんやと言うて起き上がろうとしたときに再度左胸の同じ所を突かれ、うしろへ尻餠をついてひつくり返り、地面で肩を打つた。私は何をするんやと言いながら、かけ足で門の入口から外に逃げた。一回目突かれたとき、わざと倒れたのではない。中森は自分でボクサーと言つており、腕力が強い。」旨証言しており、その経過は前記目撃証人の証言と一致している。また、当日、陳秋添を診察した医師平尾猛は、原審証人として、右陳の受傷の状況につき「左肩胛骨部と左腰より少し下方の腸骨部にそれぞれ圧痛と充血による直径二、三センチメートルの円形の薄ぼんやりした発赤があり、前胸部には発赤はなかつたが本人の訴えによる圧痛が認められたので、治療約一週間を要する左前胸部、左肩胛骨部、腸骨部挫傷と診断した。この発赤は、何か鈍体に当つたか、あるいは倒れた場合に地面で打つか、したために生じた充血によるものと判断した。発赤は放つておいてすぐ消退するという程度のものではなかつた。」旨証言し、治療の経過につき「六月一四日から同月一六日まで毎日消炎のための注射と湿布を行ない、六月一七日、二〇日、二一日の三日間右注射と湿布のほか電気療法を行ない、また、その間、内服薬も施用した。」旨証言しており、被害者陳も、治療経過についてほぼ同旨の証言をしているのであつて、右原審証人陳および同平尾医師の証言によれば、陳が最初尻餠をついたのは、わざとしたものではなく、腕力の強い被告人にいきなり前胸部を突かれたために尻餠をついたものであること、すなわち被告人の突いたことと陳が尻餠をついたこととの間には因果関係のあることが認められる。被告人は原審において、陳を突いたことを否定し、陳が二回にわたつてわざと尻餠をついたり倒れたりした旨供述するが、右供述は前記陳および平尾医師の証言に比照すると不自然であつて信用することはできない。また、原判決は、被告人が前胸部を突いたこと(特に一、二回目の区別をしていないから二回突いたことを意味するものと解する。)による前胸部挫傷と二回目に突いて陳が倒れたことによる肩胛骨部挫傷の傷害の事実を認定しながら、一回目に突いたことと陳が尻餠をついた、ことの因果関係を否定し、その理由として、「特に身体の重心を失わせ易い物があつたと認められない本件現場において、かねて被告人の粗暴な性格を知つていて一応警戒心を持つている陳秋添が体格の同じ位の被告人に正面から左前胸部を一回突かれたのみで一メートル位後方によろけて腰から先に地面に落ちるように尻餠をつくというのは、いささか容易に、いわば、あつさりと尻餠をついたというべきで、倒れ方が不自然である。」という物理的な側面における疑問を挙げ、さらに「陳秋添の証言は、証言の他の部分に嘘があり、信憑性が必ずしも高くないこと、同人は配車係の被告人から仕事を多く割り当てられたことで被告人を恨んでいたこと、同人は第一組合(総評系全国自動車運輸労働組合中越陸運支部を指す。以下「第一組合」または単に「組合」という。)を脱退したいわば裏切り者として第一組合の活動家である被告人と相互に敵意を抱いており、また第一組合員に少しでも身体に触れられるようなことがあつたら警察問題にしようと話し合つたこともあるから、被告人の攻撃をことさら過大に受け取り、大げさに倒れてみせるという心理が働いたということも十分あり得る」という心理的な側面における疑問を指摘し、右両面における疑問を合わせ考えると、「陳秋添は被告人から前胸部を突かれた際、瞬間的に作為的な心境になり、踏ん張ろうとか、倒れまいとか、通常生ずる意思が通常人に比して著しく弱いか欠けていたので、たやすく尻餠をついたのではなかろうかという疑念が残る。」というのであるが、しかし、原判決が物理的側面における疑問という陳が被告人の暴力を警戒し、これに対する心構えができていたという点は、陳が前記証言で否定しているところであつて、これは証拠に基づかない原審の独断といわなければならないのみならず、しかも、向い合つて立つているとき、突然左鎖骨下約五センチメートルの左胸部を強く突かれたならば、後方によろめいて尻餠をつく場合のあることは経験則上十分考えられることであるから、陳が一メートル位後方によろけて尻餠をついたとしても、何ら異とするに足りず、前記原判決のいう心理的側面における疑問にいう陳の被告人に対する怨み、敵意とか、暴力を受けることがあれば警察問題にしようと話し合つていたことなどを考慮しても、陳の前記尻餠をついたことには作為的な不自然さを認めることはできず、前記陳の証言は十分信用することができる。そうすると、前記因果関係を否定した原判決は事実を誤認したものといわなければならない。論旨は理由がある。

控訴趣意第二(実行行為に関する事実誤認)の二について

論旨は、要するに、前記公訴事実2に関する原判決の認定については、被告人は前かがみの姿勢の岩根英勝の前胸部を膝頭で「強く蹴りつけた」ものであるから、原判決は事実を誤認している、というのである。

よつて案ずるに、原判決が、前記所論の公訴事実2に対し、その無罪理由の説示において、「被告人は、右膝を立て左膝を地面について、しやがんで作業をしている岩根に接近し、その左斜め前に立つて抗議をし、同人が最下部の有刺鉄線を門柱に釘付けにして顔を上げた途端、膝頭で同人の右乳の少し上部を一回強く押し、その反動で同人をして尻餠をつかせた。」との事実を認定していることは、所論指摘のとおりである。

ところで、「蹴る」と「押す」とは異なる概念であることは検察官所論のとおりではあるが、立つている者がごく接近した位置からしやがんでいる者の前胸部に膝頭を当てた場合、膝頭で蹴つたものか、強く押したものかは、その差が全く微妙であり、その区別が判然としない場合のあることは十分考えられるところである。本件において、被害者である岩根英勝は、検察官に対する昭和四一年七月二五日付供述調書において「丁度、釘づけが終つたので頭を上げたところ、中森が膝でボーンと強く胸を蹴つた。」旨供述し、原審証人としてその証言の後半においては「蹴られたことには間違いない。」旨証言しているが、その証言の前半においては「蹴られたと言つてよいやら、当つたと言つてよいやら」というようなあいまいな表現をしており、また本件の唯一の目撃者である矢田博章は原審証人として「被告人が右の足で岩根の胸のあたりを押したというのか、蹴り上げたともいえるような行為をした」旨、いずれとも決しかねる趣旨の証言をしており、さらに、本件当日、右岩根を診察した馬島宏郷医師は、原審証人として、岩根の症状につき「右前胸部に直径五センチメートル位のあいまい模糊とした発赤があつた。発赤といつても表面が一時的に赤くなつているだけで、そのまま放つておいても自然治癒する程度の軽微な挫傷であつた。さわつたということではできるものではなく、それよりも力強いものだと思う。」旨証言しているのであつて、右各証言および被告人の行為の態様がごく接近した位置からしやがんでいる岩根の前胸部に対し、足先ではなく膝頭でしたものであることを考え合わせると、膝頭で「蹴つた」というものではなく、「強く押した」という、ある程度勢いのある力の働いたものであつたと認めるのが相当である。岩根英勝は検察官に対する前記供述調書において「中森に対し『おい、おれを蹴つたな』と言うと、中森は『おお蹴つた、それがどうした』と言つた。」旨供述し、被告人自らが蹴つたことを認めていた趣旨の供述をするが、右供述の内容は、売り言葉に買い言葉のやりとりの供述であるから、この供述をもつて、被告人の行為の程度を「強く蹴つた」ものと認めるわけにはいかない。その他記録を精査しても、原判決には所論のような事実誤認はないから、論旨は理由がない。

控訴趣意第三(違法性判断の前提にした本件争議経過に関する事実誤認ならびに法令解釈の誤)の二について

論旨は、要するに、前記原判決が違法性判断の前提にした背景事情(2)の会社側における団体交渉拒否の事実認定については、組合役員が会社から解雇されたときは、おのずから組合員としての地位を失うとともに自動的に組合代表としての資格をも失い、地位保全の仮処分によつてその地位が保全されない限り、組合代表者であることを主張し得ないから、会社側が被解雇者であり組合代表者の資格を失つた大森委員長の申し入れによる団体交渉を拒否したことを非難するのは不当であるのみならず、会社側は一応被解雇者を組合代表者とする組合との団体交渉を拒否する立前をとりながらも、組合三役解雇後三日間連続の団体交渉に応じていたのであるから、昭和四一年一月二四日組合三役解雇後、組合側の再三の申し入れにも拘らず、被解雇者が組合代表者となつていることを理由に不当に団体交渉を拒否した旨の事実を認定した原判決は事実を誤認している、というのである。

よつて案ずるに、原判決が、その無罪理由の説示において、会社側が昭和四一年一月二四日組合三役解雇以降組合側の申し入れによる団体交渉を拒否した旨の事実を認定し、これを被告人の本件行為についての実質的違法性判断の資料としていることは所論指摘のとおりである。そして、(証拠略)を総合すると、会社側は昭和四一年一月二三日の団体交渉の席上で従業員一人当り平均八、〇〇〇円を貸し付ける旨の案を提示したものの、これを拒絶されるや、翌二四日後記組合側のビラ貼り行為により営業が阻害されたとして大森執行委員長、前田および籾井両副執行委員長、並びに高根沢書記長のいわゆる組合三役を同月三〇日付をもつて懲戒解雇に付し、その後は右四名を役員とする組合側の申し入れにも拘らず被解雇者が同組合の代表となつていることを理由に団体交渉を拒否し、ただ、一月末頃退陣した中山修前社長にかわつて渡辺社長が就任してから、同社長が病気のため一日、二時間の割合ということで同年二月二一日から二三日までの三日間連続して、東京都内の新潟県人会館において組合側との団体交渉が行なわれたことがあつたが、その後は同年五月六日のロツクアウトに至るまで会社側は前記理由により組合側との団体交渉を拒否し、新らしく選出された代表者とならば、その交渉に応ずる態度をとつて来たことを認めることができる。ところで、当審において取り調べた労働協約によれば、組合側の交渉委員について特別の制約条項も認められないから、解雇について争いのある者は勿論、何らの争いを残さない被解雇者も団体交渉の交渉委員になることができるものと解すべきところ、大森委員長ら組合三役はその解雇を争い、また解雇されたのちにおいても組合代表者として選任されていたものであるから、これら組合代表者を交渉委員とする組合側からの団体交渉の申し入れに対し、会社側は被解雇者を組合代表者としていることを理由に右の申し入れを拒否してはならないものといわなければならない。したがつて、前記認定の昭和四一年二月二一日から三日間にわたる団体交渉以後会社側が組合側からの団体交渉の申し入れを拒否して来たことは不当労働行為を構成するものというべきである。してみると原判決が右二月二一日から三日間の団体交渉のあつた事実を認定しなかつた点については誤認があるが、その点を除き本件ロツクアウトに至るまで会社側が団体交渉の申し入れを拒否しているのであるから、結局において会社側が団体交渉を拒否した事実を認定した原判決には事実の誤認はないものといわなければならない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三の三について

論旨は、要するに、前記原判決が違法性判断の前提にした背景事情(3)の会社側における給料の差別的支給などの不当労働行為の事実については、会社側が昭和四一年三、四月分の給料支払につき、第一組合に所属する従業員に対して差別的支給をした事実はなく、分割払、遅配をしたのは会社が資金ぐりに窮したためであつて、不当労働行為には当らないから、原判決は事実を誤認している、というのである。

よつて案ずるに、原判決が、会社側は昭和四一年三月分および四月分の給料支払につき、第一組合に属する従業員に対して不当に遅配して分割払とし、しかも、東京、大阪および名古屋営業所に所属する従業員の間に支払金額および時期につき差異を設け、第一組合に属する従業員が全自運を脱退すれば、給料を支給する旨言明したのみならず、第一組合を脱退した者に対して年末一時金を支給したとの事実を認定し、これをロツクアウトの違法性、ひいては本件被告人の行為の実質的違法性判断の資料としていることは原判決に徴し明らかである。しかし、会社側が従業員に対する給料の支払につき、第一組合に所属する従業員と第二組合(総同盟系交通労連中越陸運労働組合を指す。以下「第二組合」という。)に所属する従業員もしくは非組合員である従業員との間に差別的取扱をしたことを認めるに足る証拠はない(もつとも、原審証人山岸義雄の証言中に非組合員や第二組合員から給料を遅配していないということを聞いた旨の証言があるが伝聞であるから採用しない。)。ただ、原審証人籾井政彰(第一三回公判、九九二丁~九九三丁)、被告人(一三七四丁裏)の各供述によれば、昭和四一年三月分および四月分の給料の支払が遅れ、分割払され、しかも右分割払につき東京、大阪および名古屋各営業所の間でその従業員に対する支払金額および支払時期につき若干の差異があつたことは認められるが、このような遅払、分割払をするに至つたのは、後記の如く慢性的な争議状態のため会社が資金繰りに窮したためとみられる点があり、営業所によつて給料の支給日、支給額に多少の差異が生ずることもやむを得なかつたものがあり、したがつて、これらのことをもつて不当というわけにはいかない。また、原審証人岩根英勝の証言(一二三三丁裏)によれば、昭和四一年四月頃同人が第一組合を脱退した際、年末一時金ではないかと思われる約一万五千円の支給を受けたことが認められるが、その他の第一組合を脱退した者全員に対して年末一時金を支給したことを認むべき証拠はないから、右岩根に対する支給のみをもつて第一組合員に対して組合脱退を勧誘するための不当な行為をしたというわけにはいかない。さらに、前記原審証人山岸義雄(三六一丁裏)は「給料の遅配につき会社側(東京)に抗議した際、全自運を脱退すれば、まともに給料もやるといわれた記憶がある」旨供述するが、右供述内容は会社側のいかなる人が言明したのか不明であり、前記の如く第一組合員と第二組合員もしくは非組合員との間に給料の支払につき差別的取扱はなかつたことを考え合わせると、右の供述内容をそのまま採用することはできない。そうすると、前記原判決の事実認定は事実を誤認したものといわなければならない。論旨は理由がある。

控訴趣意第三の一について

論旨は、要するに、原判決は、ロツクアウトは目的が正当であり、手段が相当であるのみならず、労働者の争議行為により業務の正常な運営が著しく阻害されているとき、それに対応する限度で対抗的、防禦的にのみなし得ると解すべきものとし、本件ロツクアウトは組合員の団結切崩し、第一組合の弱体化を主たる狙いとした無期限のものであり、対抗的、防禦的なものとは認められないから、不当、違法なものと認定したが、ロツクアウトの正当性に関する右原判決の解釈基準は余りにも狭きに失して不当であるのみならず、その目的、必要性に関する前提事実について、その認定を誤つている。すなわち、ロツクアウトの正当性は、労使衡平の原則からみて、具体的場合にロツクアウトの目的の正当性、その必要性および相当性の三点から個別的に考慮して決すべきであり、かつ、それで十分であると解すべきところ、組合側は退陣直前の旧経営者から慰労金六〇〇万円の支給を受けた直後に、赤字会社を買収して営業を開始しようとする新経営者に対し、実現不可能な年末一時金二・五ヵ月分を要求して拒否されるや、ストライキを実施し、違法なビラ貼り行為、時間内職場集会等の怠業を続けたため会社の信用が失墜し、営業収益も激減し、正常な業務の運営が著しく阻害されるに至つたため、組合の争議行為に対抗するためやむを得ず本件ロツクアウトを実施するに至つたものであつて、組合員の団結を切り崩したり、第一組合の弱体化を主たる狙いとしたものではなく、その程度も相当であるから、本件ロツクアウトは正当である。したがつて、原判決はロツクアウトの正当性に関する法令解釈を誤り、本件ロツクアウトに至る経過についての事実を誤認したものである、というのである。これに対する弁護人の答弁は、ロツクアウトの正当性に関する原判決の解釈基準は正当であり、組合の年末一時金二・五ヵ月分の要求は全自運統一要求に従つたもので過大なものではなく、新経営者は全株式を買い取つた当初から赤字のあることを承知で経済的収益を見越していたものであるから、赤字を理由として年末一時金の支給を拒否するのは不当であり、またロツクアウトが対抗手段として認められる組合の争議行為とはストライキであるが、本件ロツクアウト当時において組合はストライキをしていないし、またするような状況は全くなく、むしろ積極的に就労していたものであり、組合のビラ貼り行為、勤務時間にくいこむ職場集会を開いたこと、会社側職制の指示に従わず、第二組合員の仕事に非協力の態度を示したことはロツクアウトの正当性の根拠とはならないものであり、争議行為によつて売上げの減少が多少あつたとしても、会社自ら度重なる不当労働行為を行なうことによつて、いたずらに紛糾させた結果に外ならず、会社経営が危殆に瀕し、ロツクアウト以外に方法がなかつたというようなことはなかつた、というのである。

よつて案ずるに、原判決が、ロツクアウトの正当性につき、所論のような解釈基準を示したうえ、「第一組合に属する従業員が所長代理の指示に従わず、また第二組合に属する従業員の作業に協力しなかつたということは組合の団体行動たる争議行為としてなされたものではないから、会社側がロツクアウトによつて対抗すべき争議行為と目すべきではなく、社長に対する個人的誹謗にわたる多数のビラが会社の施設および運行の営業用貨物自動車に貼られたことがあつたが、組合側は組合員に対し年末一時金支給の要求を主とするビラの作成貼付を指導したことはあるけれども、個人的誹謗にわたるビラの作成貼付を指示したことはなく、これら不適当なビラおよび過多なビラは会社側の指摘により直ちに除去しており、昭和四〇年一二月から翌四一年四月までの間会社の営業成績が、低下したことはあつたが、その減少のうちどの程度が組合側の行為によるものか判然としないし、組合側が年末一時金支給を要求して昭和四〇年一二月二二日に二四時間ストライキを行なつてから後、本件ロツクアウトが行なわれた翌四一年五月六日までの間、組合側がストライキを行なつたことも、その予定を組んだこともなく、組合員は、ロツクアウトの前後を通じ就労の意志を持ち、ロツクアウトまで就労していたのであるから、本件ロツクアウトをもつて、右のストライキに対抗するためのものであつたとみることはできない。かえつて、会社側は、組合三役四名の解雇以来組合代表者が被解雇者であることを理由に団体交渉を拒否し、第一組合に所属する従業員に対し給料等の不当な差別的分割遅払をし、被解雇組合幹部に対しその者のみの解雇撤回をほのめかし、全自運脱退および東成営業所と中越運送株式会社東京営業所との間の連係による営業を勧奨し、以上の事実と組合役員に対する大量の指名解雇および第一組合からの脱退工作等の事実に鑑みると、本件ロツクアウトは、主として、労働者の団結切り崩し、第一組合の弱体化を主たる狙いとした無期限のものであり、かつ、対抗的、防禦的なものとは認められないから、不当、違法である。」旨判示していることは、原判決に徴し明らかである。

ところで、ロツクアウトは、労働者に争議権が認められているのに対応して使用者に認められた争議行為であり、ロツクアウトが労働者の生活に強大な影響を及ぼすものであるから、企業の業務の正常な運営を著しく阻害し、企業に著しい損害を及ぼすような労働者側の争議行為(弁護人所論のストライキに限定されない。)が現存するとき、これに対抗して企業を防衛する必要上、許されるものであり、かつ、その目的が正当であり手段が相当である限り、正当性があるものと解すべきである。原判決のロツクアウトの正当性に関する解釈もほぼこれと同趣旨であつて相当というべきである。

すすんで、本件ロツクアウトの正当性について検討することとする。本件会社の業務は後記の如く貨物自動車による一般路線運送営業であり、このような形態の業務にあつては、路線の一方の端において業務遂行が不可能な争議行為が行なわれている場合には、他端がそのような状況に達していない場合でも、会社側は全体につきロツクアウトを行ない得る場合があると解すべきであるが(原判決が大阪営業所の状況のみを中心にロツクアウトの違法性を論じているのは誤りであると解せられる。)原審で取り調べた証拠に当審における(証拠略)を総合すると、次のような事実が認められる。すなわち、

一、中越陸運株式会社は、もと四日市陸運株式会社として昭和三五年一一月四日発足し、東京、大阪、名古屋、四日市および埼玉県戸田にそれぞれ営業所を持ち、東京―名古屋―大阪、名古屋―四日市、東京―戸田の各路線において一般路線貨物自動車運送事業を営んでいたが、昭和四〇年一一月同会社の全株式がその所有者四日市倉庫株式会社社長堀種治から中越運送株式会社社長中山修に売却されるとともに経営陣の交替が行なわれ、会社の商号も中越陸運株式会社と変更され、事業内容及び従業員の労働条件等をそのまま引き継がれることになつたが、昭和四〇年一一月九日総評系全国自動車運輸労働組合(以下「全自運」という。)四日市陸運支部(現名称は同組合中越陸運支部、前記第一組合を指す。)は、交替直前の四日市陸運株式会社社長堀種治に対し、会社発足以来他社と比べて従業員の賃金および一時金等が著しく低額に押えられて来たとして、その補償の意味で全従業員に対して総額一、二五〇万円の支給を要求し、交渉の結果、年末一時金とは性質の異なる一時金であることを確認したうえ、慰労金という名目で全従業員に対し、総額六〇〇万円支給することで妥結をみ、組合側はこれを自主的に従業員に配分した。そして、同月下旬頃、組合側は、経営陣交替による事務引継ぎ中の会社側に対し、全自運統一要求による年末一時金二・五月分の支給を要求したが、経営者交替後の会社側は、引継ぎの際前記一時金六〇〇万円を含め一億八千万円もの赤字を引き継いでいたので、同年一二月初旬労使委員会の席上で組合側に対し年末一時金を支給できない旨答えてその要求を拒否し、その後もその態度を変えなかつたため、組合側は同月中旬頃ストライキ権を確立して同月二二日から二三日にかけて二四時間ストライキを行ない、ここに会社側と組合側とは争議状態に入つたこと(以上は、ほぼ原判決も認定するところである。)

二、しかし、その後も、会社側が組合側の右要求を拒否し続けたので、組合は執行委員会の決定に基づき、昭和四一年一月初頃から東京営業所、その他の営業所はややおくれて、各営業所の建物の壁、ドア、窓は勿論のこと、営業用の運行、集配のトラツクの車体などに激しい文言を記載したビラを貼りことに営業用トラツクの車体の側面に殆んど全面に新聞紙の半分または四つ切りの大きさのものに闘争文を墨書したビラを多数貼り、営業所長等会社側管理者の止めるのもきかずに管理者の側でこれを剥ぎ取つてもまた組合側で貼るということが繰り返され、しかも、そのようなビラを貼りめぐらしたトラツクで公然と東京―名古屋―大阪間を毎日運行し、かつ、得意先への荷物の集配を行ない、同年一月中には組合員の中で「社長のバカ」「二号とわれわれとどちらが大事か」「赤字が好きよ、ねえあなた、中山社長夫人より」など社長に対する個人誹謗の文言を記載したビラを路線運行のトラツクおよび集配トラツクに貼つて数日間運行することがあり、右社長に対する個人攻撃のビラは比較的短期間の間に会社側の指摘により組合側で取り除いたが、その余の闘争文のビラ貼り行為は多少その多寡の波はあつたが、本件ロツクアウトに至るまで続き、右のようなビラを貼つた運行及び集配トラツクの出入を嫌がる荷主があつて、運送注文を中止されることがあつたこと

三、組合側は、昭和四一年一月初以来本件ロツクアウトに至るまで各営業所において頻繁に職場集会、抗議集会を開き、それが勤務時間にくい込むことがあり、直ちになすべき集荷配達が行なわれないため顧客に迷惑をかけることがあり、特に東京板橋営業所(本社と同じ場所)では、同年二月四日に鎌田久也新常務取締役が就任して以来、本件ロツクアウトに至るまで、被解雇組合三役らあるいは多数組合員が頻繁に鎌田常務に対し抗議または要求をして、ときにはまる一日あるいは半日も本社事務所としての執務をすることができないことがあり、名古屋支店では、支店の管理者側が組合側の貼つた社長個人誹謗のビラを剥がすと、松川支店長らに抗議し、その抗議が勤務時間内であるのに、二、三〇分、ときには半日にも及ぶことがあり、大阪支店の東成営業所においては、名古屋支店の従業員を中心にして同盟系の第二組合ができてからは、第二組合に属する従業員の運行車が同営業所に来ても、第一組合に属する従業員が協力しないことがあつたこと

四、会社側は、昭和四一年一月一〇日に大森幸雄執行委員長を大阪営業所長に、真田執行委員を四日市営業所長に、山岸執行委員を親会社である中越運送株式会社羽田営業所長にそれぞれ任命したが、いずれも拒絶され(但し、真田執行委員のみは後に承諾して赴任)、同月二三日頃社会党の野々山代議士の斡旋による団体交渉の席上、会社側から従業員一人当り平均八千円を貸付ける旨の妥協案(その後若干増額された)を提示したが、組合側がこれを拒否し、会社側は翌二四日一転して前記ビラ貼り行為の責任者として大森執行委員長、前田、籾井両副執行委員長並びに高根沢書記長の組合三役四人を同月三〇日付で、懲戒解雇に付したこと

五、右組合三役解雇後は、さきに控訴趣意第三の二に対する判断の際認定した如く、会社側は被解雇者を代表者とする組合との団体交渉を拒否し、ただ渡辺忠平社長が就任後昭和四一年二月二一日から三日間連続して団体交渉に応じたことがあるほか、本件ロツクアウトに至るまで組合からの申し入れによる団体交渉を拒否する態度をとり続けたこと

六、会社側は組合三役解雇通知後、同年一月二六日組合に対し、一月二九日以降ロツクアウトを含むあらゆる合法手段をとる旨通告し、同年三月一四日頃組合に対し労働協約を破棄する旨通告し、同月二〇日頃経営対策を理由に希望退職を募つたが、予定人員に達しないため、同月末頃一名、四月初旬八名、四月三〇日(五月六日付)三五名の、いずれも第一組合員をそれぞれ指名解雇に付したこと

七、会社の中山大阪支店長が昭和四一年四月初頃被解雇者である籾井副執行委員長に対し、同人のみの解雇撤回をほのめかし、同月二〇日頃中越運送の小林次長および右中山支店長が右籾井外大阪分会役員二名に対し、東成営業所と親会社の中越運送東京営業所との間の連係による営業を勧めたこと(ただし、前記控訴趣意第三の三についての判断に際し説示した如く、会社側は昭和四一年三、四月分の給料支払につき、遅払、分割払にし、東京、大阪、名古屋各営業所間の従業員の支払日および金額に若干の差異があり、第一組合の脱退者一名に一時金と思われる金員を支給したが、いずれも第一組合に属する従業員と非組合員あるいは第二組合に属する従業員との間に差別的な取扱は認められない。)

八、中越陸運の各支店、営業所の総売上収入は、通常の場合一ヵ月東京、大阪各六〇〇万円、名古屋四〇〇万円の割合として、合計約一、六〇〇万円位であるところ、昭和四一年四月分の総収入は五五三万五〇〇〇円と減少しており(当審証人鎌田久也)、また名古屋における毎月の売上収入は昭和四〇年一一月、一二月各約五〇〇万円、昭和四一年一月約三五〇万円、二、三月各約三〇〇万円弱、四月約二〇〇万円と漸減しており(当審証人松川虎之助)、また大阪における毎月の売上収入は昭和四〇年一〇月、一一月各約八〇〇万円、一二月約三〇〇万円、昭和四一年一月約三〇〇万円(当審証人菊原英治)、ロツクアウト前の四月には前年一一月の約三分の一に減少しており(原審証人中山貞助)、この程度の売上げでは会社の経営を継続することが不能の状態に達していたこと、他方中越陸運の従業員が昭和四〇年一二月初以降昭和四一年四月末(四月末の指名解雇三五名を除く)までに約三割が退職または解雇となつていたこと(原審証人山岸義雄)からすると、表面上、人員の減少の割合に比し売上収入の減少の割合が大きいこと

九、組合側は昭和四〇年一二月二二日から二三日にかけての二四時間ストライキを行なつた後、本件ロツクアウトが行なわれた翌四一年五月六日までの間ストライキを行なつたことも、その予定を組んだこともなく、組合員は本件ロツクアウトまで就労し(但し前記のように会社側の指示に従わなかつたり、会社の事務遂行を妨害したりする行動が認められるので、その間円滑な業務の遂行が行なわれていたものとは解せられない。)、会社のトラツクの運行集配も積荷の減少に伴なつて運行回数が減少はしたが、本件ロツクアウトまで行なわれていたこと

一〇、会社側は同年四月末頃、本社業務の執行が円滑にできないことおよび会社の収益が激減し経営の継続が不能であることを主たる理由として五月初旬の連休明けを期してロツクアウトを実施することに決し、組合に対し、五月一日から五日まで営業を中止する旨通知し、五月六日東京、名古屋、大阪の各営業所において一斉に無期限のロツクアウトを実施するに至つたこと

を認めることができる。そして、右一の年末一時金要求の点については、会社の経営者としては、赤字会社を買い取つたとしても、既に年末が近づいていたのであるから、組合側から年末一時金支払の要求のあることを予想し、買い取りの際旧経営者と十分協議を尽しておくべきであつたのであつて、組合側が年末一時金を要求して争議に入つたことをもつて一概に不当ということはできないが(そのような要求が妥当であるかは会社の経理状態等を詳細に検討しなければ判断できない。)、二のビラ貼り行為中、営業所の建物の壁、ドア、窓に対するものは、建物等の効果、体裁を著しく毀損せず、会社の業務を妨げない限り、たとえば検察官所論の所定の掲示板以外はビラ、ポスター等の掲示をしない旨の労働協約に違反していても、直ちにこれをもつて違法とはいえないけれども、遠距離運行および都市内集配の営業用トラツクに対するビラ貼り行為は、社長個人に対する誹謗のビラ貼りを含め、争議中の宣伝手段としての常軌を逸するものであつて、会社の対外的信用を著しく毀損し、違法な争議手段というべきであり(原判決は、組合側は個人的誹謗にわたるビラの作成貼付を指示したことはない旨説示し、組合員がかかるビラ貼り行為をしたとしても組合の責任ではないかの如く説示するが、組合としてはビラ貼り行為を指示する以上、かかる個人的誹謗にわたるビラの作成貼付のないよう徹底すべきであるから、かかるビラ貼り行為について組合の責任を免れるものではない。)、また前記三の時間内にくい込む職場集会、抗議集会および執務中の会社事務室における抗議行動が違法であることはいうまでもなく、東成営業所における第一組合員の第二組合員に対する作業の不協力は原判示の如く第一組合員の第二組合員に対する個人的な敵対感情のあらわれとみるべきであるとしても、そういう不協力が繰り返されている限り、いわゆる山猫争議に類する違法な争議手段といわなければならない。そしてこれら違法なビラ貼り行為、職場集会、抗議集会等が顧客からの荷物の減少、したがつて会社の売上収入の減少に影響を与えていることは争えないが、(証拠略)によれば、四日市倉庫株式会社と特別な関係があるところから、同社のいわば子会社であつた四日市陸運株式会社に対し、一ヵ月に二〇〇万円ないし三〇〇万円位の運賃相当の荷物の運送を依頼していた不二製油が、中越陸運株式会社に社名変更後これを控えるようになつたこと、右社名変更後、中越陸運株式会社の顧客の一部からの注文を親会社の中越運送株式会社が引き取つて集荷配達したことがあつたこと(この点は中越陸運の業務運営が前記のような状態であつたので、ある程度止むを得ない措置とも考えられる。)、東成営業所において昭和四一年二月から三月にかけて顧客の獲得および確保のための渉外事務を担当する営業所長が空席となり、所長代理も退職してしまつたため右の渉外事務が十分なされなかつたことが認められ、これらの点も売上収入の減少に影響を及ぼしたことは明らかであるから、組合側の不当、違法な行為のみによる営業成績の低下がどの程度のものであつたかは判然としない点がある。しかしながら、本件において最も問題となるのは、前記五の会社側の団体交渉の拒否である。元来、団体交渉は、原判決が説示する如く、労使の間に労働条件その他の労働関係を確立するための場であり、争議行為はいわばこの団体交渉における折衝を自己に有利に展開するための手段に過ぎず、団体交渉を正当な理由なく拒否することは労使関係そのものを破壊するものといわなければならない。本件において、年末一時金すなわちいわゆるボーナスを獲得することは会社従業員の一種の期待権であつて、会社側新経営者が赤字会社を買い受けた直後ではあつても、このことを当然予定しておくべきであるのに、その要求があるや、零回答をし、その後前記四の如く金員の貸付まで譲歩したものの、年末一時金の支給を拒否し続けたことが紛争を深くし、組合側の代表者が懲戒解雇により会社の従業員たる身分を失つても当該組合の代表者である限り、会社側はその申出による団体交渉に応ずべき義務があるのに、これを理由として団体交渉を拒否し、紛争解決の場を失わせるに至つたことは、組合側にも、かたくなに自己の主張を固執し、交渉の日時、場所、出席者あるいは議題の選定等の予備折衝を行なう努力さえしていないなど遺憾の点は認められるが、これらの点を考慮してもなお会社側の大きなあやまりといわなければならず、これに、既に前記違法なビラ貼り行為がなされている段階における大森執行委員長、真田、山岸両執行委員の配置転換、その拒否後二週間にして、ビラ貼り行為の責任者として大森執行委員長、前田、籾井両副執行委員長の懲戒解雇、前記六の労働協約破棄の通告および第一組合所属の従業員のみに対する大量の指名解雇、前記七の被解雇者である籾井副執行委員長に対する解雇撤回のほのめかし、右籾井外二名に対する東成営業所と中越運送株式会社東京営業所との間の連係による営業の勧奨、前記九の営業用トラツクはストライキの時を除き本件ロツクアウトに至るまで積荷の減少に伴ない回数は減つたが曲りなりにも運行されていたこと、しかるに前記一〇の如く五月六日に至つて本件ロツクアウトに及んだこと等の事実をあわせ考えると、組合側に前記の如くビラ貼り行為、勤務時間内の職場集会、抗議集会、抗議行動等違法な行為が認められ、本件ロツクアウトをなすに至つた理由につき、会社側は表面上はこれら組合側の違法な争議行為による損害の過大を理由としているけれども、その実は、団体交渉の拒否、組合役員や多数の組合員の解雇に続き、主として労働者の団結を切り崩し、第一組合の弱体化を狙いとした疑いが多分にあるといわなければならない。すなわち、本件ロツクアウトは、組合側のストライキ、ビラ貼り行為、勤務時間内の集会等の怠業的行為に対抗することを主たる目的として防衛的になされたものであるかは疑いがあり、したがつて、その目的、手段において正当性ないし相当性を欠く疑いがあるから、違法の疑いが濃いというべきである。原判決の説示するところは、前記のとおりその方法において誤りがあり、またその内容についても当裁判所の説示するところと若干異なる点があり、原判決の如く本件ロツクアウトを不当、違法と断定することは、行き過ぎであると考えられるけれども(なお当裁判所は、後記説示の如く、被告人の本件行為は会社側の前記ロツクアウト実施中に発生した事件であるというに止まり、組合側の争議行為の一環として行なわれたものとは解せられず、陳秋添に対する事実は私憤による行為、岩根英勝に対する事実は明らかに行過ぎの行為と認めるものであつて、会社側のロツクアウトそのものの適法か違法かにより結論を左右するものとは解しないから、右以上その適否につき証拠調をし断定的な結論を出す必要を認めない。)、その結論においてはほぼ同一であると考えられるから一応正当というべきである。

要するに、原判決のロツクアウトの正当性に関する解釈および事実認定の結論には所論のような誤りはないから、この点についての論旨は理由がない。

控訴趣意第三の四について

論旨は、原判決は、会社が、昭和四一年五月六日ロツクアウトによつて東成営業所を閉鎖し、同営業所三階の従業員寮への出入りを除いて構内への立入りを禁止したこと、組合側は、これを無視して、同営業所一階事務所などへ立ち入り、会社側と対立していたこと、ところが、同営業所所長代理矢田博章は、同月九日頃、被告人ら組合側との間に、同営業所二階食堂を組合事務所として組合側に使用させ、同営業所一階事務所裏口扉の鍵を常時はずしておくことなどを内容とする協定を結んだこと、しかるに、会社側は、右協定後一〇日ぐらい右扉の鍵をはずしていただけで、その後夜間これに施錠し、組合側の抗議を受けてはその都度鍵をはずしていたとの各事実を認定したうえ、陳秋添に対する傷害は、会社側が右協定に違背し、扉に施錠していたため、これに抗議し、協定を履行させることを目的として逃げようとする同人を制止しようとして引き起されたものであるといい、これを実質的違法性否定の決定的理由としているが、右協定は、営業所長代理矢田博章が会社の方針に反して無断で結んだもので、その効力について重大な疑問があるが、その点はともかくとしても、その協定が成立したのは、昭和四一年五月九日頃ではなく、同年六月二九日以降であり、本件当時右協定は存在しなかつたのである。したがつて、原判決は協定について交渉のあつた日について重大な事実誤認をしているというのである。

よつて、案ずるに原判決が所論のような事実を認定し、陳秋添に対する傷害は右協定の不履行に抗議し、その履行を確保させようとした際に起つたものであるとして、これを実質的違法性を否定する重要な理由としていることは原判決に徴し明らかである。そして、(証拠略)を総合すれば、会社側から大阪営業所長菊原英治、所長代理矢田博章、組合側から籾井政彰、阪倉および被告人ら組合分会役員が、ロツクアウト実施中の東成営業所三階の陳秋添の居住する部屋の隣室に集つて話し合つていた途中、隣室の陳の妻が菊原に電話がかかつていると呼びに来たので、菊原が席を立つて右電話の設置してある隣室の陳秋添の部屋に行き、約三〇分間位右菊原が席に戻らない間に、矢田所長代理が前記組合側役員との間に所論の協定を結び、これを記載した文書(証第三号)に署名したこと、その際に右陳の居室に九八一局八八五一番の電話が設置されていたことが認められる。ところで、(証拠略)を総合すると、前記東成営業所では以前、一階事務所に九八一局八八五一から四番までの四本の電話が設置されていたが、昭和四一年五月四日に同営業所から今里電話局長に対し、右四本全部の電話機一時撤去の申請がなされ、本件ロツクアウト後の同年五月一四日に一旦右四本全部が撤去され、同年六月一五日に至つて右のうち九八一局八八五一番の一本のみにつき右営業所から構内移転の請求があり、同月二九日に右番号の電話が同営業所三階の陳秋添の居室に開通し、その後九八一局八八五二番は同年八月一三日に、残りの二本は昭和四三年三月一五日に至つて開通したものであること、したがつて、昭和四一年五月一四日までは同営業所一階の事務所に電話四本があるだけで二階、三階には電話は設置されておらず、同年五月一五日から同年六月二八日までの間は右営業所には一本の電話もなく、同年六月二九日から同年八月一二日までの間は同営業所三階の陳秋添の居室に一本だけ電話が設置されていて、ほかにはまだ設置されていなかつたことが認められ、しかも、原審証人陳秋添は「私の部屋に電話がついたのは、ロツクアウト後かなりたつてからで、この事件(六月一四日の起訴事実1をさす)後、こういうことがあつてはいけないというので、一本だけつけた。」旨証言していて、右証言は、前記今里電話局長の昭和四六年一二月一〇日付回答書によつて認められる如く、九八一局八八五一番の電話につき、右陳に対する本件事件のあつた翌日である昭和四一年六月一五日に構内移転の架設申請がなされている事実に符号するところである。そうすると、営業所三階の陳の居室に初めて電話が開通したのは昭和四一年六月二九日で、それ以前には陳の居室には電話が設置されていなかつたことが明らかである。してみると、検察官主張の協定成立経過の不自然さやその内容に疑問がある等の点について考慮するまでもなく、本件協定がなされたのは、昭和四一年六月二九日以降であつて、本件陳に対する傷害事件のあつた日には本件協定は存在しなかつたものと認めざるを得ない。原判決は電話の撤去開通の日から考え、協定の行なわれたのは昭和四一年五月一四日以前か、または、同年六月二九日以降かのいずれかであると考えるとし、協定の行なわれた動機、矢田が名古屋支店に帰任した時期、協定の交渉があつた日から一〇日位のちに菊原が岩根から「矢田が組合側に協定書を渡した」旨報告を聞いたことから、岩根が大阪の東成営業所に勤務していた日から一〇日前の日などから考え合わせ、協定に関する交渉が行なわれたのは五月一四日以前であると考えざるを得ないとし、被告人および原審証人籾井の供述によつて同年五月九日頃と認定しているが、原判決の立論は、矢田証人のいう同人の名古屋支店への帰任年月日ことに岩根証人のいう同人の名古屋支店への出張年月日、菊原証人のいう前記「一〇日位前」という各証言が、いずれも正確で、いささかの間違いもないということを前提として初めて言いうるものであるところ、右証言は、いずれも本件後かなりの年月を経過したのち行なわれたものであり、証言にかかる年月日についても誘導尋問によるものとうかがわれる点があつて、漠然としているのみならず、記憶違いのあることは十分考えられるから、必ずして正確とはいえず、ただ原審および当審証人籾井政彰、原審における被告人の各供述する動機からすると、協定の交渉のあつたのは、同人らの供述する昭和四一年五月九日頃ではないかという疑問も持たれるが、協定交渉当時には陳の居室に電話があつたこと、陳の居室には昭和四一年六月二九日初めて電話が設置されたこと、それまでは電話がなかつたことについての原審証人陳秋添の供述、前記今里電話局長からの回答書二通など、動かしがたい証拠からすると、右の五月九日頃という前記証人籾井政彰および被告人の供述は記憶違いとして措信しがたい。結局、原判決は協定についての交渉のあつた日、およびこれを前提とする事実関係について事実を誤認したものといわざるを得ない。論旨は理由がある(原判決は、被告人が右協定の履行を迫る目的で前記公訴事実1の行為に出たと認定している以上、右誤認は後記の如く判決に影響を及ぼすことが明白である。)。

控訴趣意第三の五について

論旨は、原判決は、会社が名古屋支店のロツクアウトを行なうに際し、「敷地北側の支店二階へ通ずる階段およびその付近を残してほぼ敷地一杯にバリケードを張り廻したので、正門、補助門以外に構外に出入する場所がなくなり、夜間、会社側要員および第二組合員がいなくなると、右正門および補助門を閉鎖するので、右支店二階に居住する従業員および第一組合員は、構外へ出る通路を失つた」とし、さらに「敷地北側階段付近のバリケード外側にある空地から西側道路に至る同支店敷地北側バリケードとその外側にある溝との間にある右バリケードに沿つて残された幅員約一・九メートルの通路は、本件当時、雑草が腰の高さ位に密生して人の通行に適するものではなく、社会通念上通路とは認められない」旨判示し、本件岩根に対する行為の実質的違法性判断の資料にしているが、会社側は、本件ロツクアウトに際し、右支店敷地北側に通路を設けて西側公道に出られるようにし、構外からは右通路を経て支店二階へ出入りすることができるようにしたのであるから、支店二階への出入りを遮断したものではなく、右通路は公道までの距離が若干遠くなるところから支店二階居住の従業員および第一組合員らがこれを利用せず、正門横のバリケードの一部をことさらこわしてそこから出入りし、あるいは支店北側の側溝に板で橋をかけ、そこから堤防の上に出るなどしていたため、本来の右通路に雑草が生え、本件当時通路としての効用が失なわれていたものであつて、これが通路として適さなくなつた責任は、すべて会社から右通路の提供を受けた者の側にあるというべきである。したがつて、支店二階の組合事務所への通路を遮断し、同事務所への出入りを困難ならしめたとの事実を認定した原判決は事実を誤認している、というのである。

よつて案ずるに、原判決が所論のような事実を認定し、これを被告人の岩根に対する本件行為の実質的違法性判断の資料としていることは検察官指摘のとおりである。(証拠略)によれば、名古屋支店の二階はその一部は組合事務所として、他は同支店従業員の寮として使用されていたこと、会社側は昭和四一年五月六日名古屋支店においてロツクアウトをするに際し、原判決認定の如く、支店敷地南側道路に面して幅員四・二二メートルの正門およびその脇に幅員七〇センチメートルの補助門を設けたうえ、敷地北側にある二階従業員寮へ通ずる階段を残して敷地の周囲に約一・五メートル間隔で高さ約一・七八メートルの杭を立て、これに高さ約三〇センチメートルの間隔で有刺鉄線数本を横に張り廻らしてバリケードを設け、右正門、補助門および北側階段以外の場所から構内に出入できないようにしたこと、そして右正門および補助門が閉鎖されたときの支店二階から構外への通路として敷地北側の有刺鉄線の柵とその北側の溝との間に、西側公道に通ずる幅員約一・九メートルの通路が設けられ、ロツクアウト当時十分通行に適するものであつたこと、本件行為後四日目の昭和四一年七月一八日に司法警察員による実況見分が行なわれた当時、右通路には雑草が人の腰の高さ付近までのびていて通行に適しない状態にあつたこと、また従業員寮北側の側溝には幅員約三〇センチメートル位の板で橋がかけられており、橋を渡つて東側の堤防を数メートル登れば、県道江南線に出ることができ、堤防の草は下から上まで約三〇センチメートルの幅で踏み込まれて土が見える状態となつていたこと、ならびに、正門横のバリケードの有刺鉄線がこわされることが多く、本件行為前においても有刺鉄線がこわされていて、その破損個所から人が出入りしていたこと、そして昭和四一年七月四日頃、会社側は、同年三月名古屋支店における第一組合の脱退者を中心にして組織された同盟系交通労連所属の第二組合に加入する従業員に対しては、名古屋支店におけるロツクアウトを解除し、それ以後は昼間は会社要員および第二組合に属する従業員が同支店において就業し、昼間は正門、補助門は開けられていたが、夜間は閉鎖されていたことを認めることができる。右認定の事実によれば、本件ロツクアウトに際し設けられていた前記敷地北側の通路は、本件ロツクアウト実施当時(五月六日)には十分通行可能の状態であつたが、西側公道までの距離が若干遠くなるところから、支店二階に居住する従業員および二階にある第一組合事務所の第一組合員らはこれを利用しないで正門横のバリケードの一部をことさら壊してそこから出入りし、あるいは寮北側の側溝に板で橋をかけそこから堤防上の公道に出るなどしていたため、前記敷地北側の通路に雑草が生え、逐次通路としての効用を失つていつたものと認めるのが相当である。そうすると、本件岩根に対する事件発生当時、バリケードの破損個所が修復されれば、夜間、支店二階の従業員寮および第一組合の事務所と構外との経路としては、前記従業員寮北側の側溝の橋を渡り堤防を登つて公道に出る経路以外に通路はなく、右経路は夜間無灯火で通行するには危険が伴なうことが考えられないではないけれども、ロツクアウトに際し設けられた敷地北側の通路を自ら利用しないで通路としての効用を失なわせた者としては、バリケードの修理に対し抗議を申し込むべき筋合のものではなく、右通路の除草をするなどして通路として利用するか、灯火を使用して前記堤防を経る経路を利用するかして夜間の通行をはかるべきではないかと考えられる。以上、要するに、会社側は、本件ロツクアウトによつて名古屋支店二階への通路を遮断して第一組合の事務所への出入りを困難ならしめたものではないから、ロツクアウトの方法も違法であつたとする原判決は事実を誤認したものというべきである。論旨は理由がある(しかし、後記岩根に対する行為の目的の正当性についての判断に示すところからして、右誤認は判決に影響を及ぼすものではない。)。

控訴趣意第四の一、二(実質的違法性理論およびその具体的適用の誤りの主張)について

論旨は、要するに、原判決は、前記冒頭に記載の如く、被告人の各行為につき、それぞれ傷害または暴行の各構成要件に該当するとしながら、本件各行為は、実質的違法性の判断基準である目的の正当性、手段方法の相当性、緊急性、補充性、法益の均衡などの基準に照し、いずれも刑法上の制裁に価するほど法律秩序を乱し、社会的相当性を欠くとは認められないから、実質的違法性を欠き、罪にならない旨判断した。そして、原判決が刑法三五条等法定の違法阻却事由については一切論及せず、もつぱら実質的違法性の見地から本件各行為の社会的相当性を論じていること、本件が可罰的程度の違法性を有するかどうかは別として、一応違法性の存在を肯定していること等からすると、原判決は、本件が法定の違法性阻却事由に該当しないことを前提としたうえで、いわゆる実質的違法性の理論により超法規的違法性阻却事由を認め、これを本件に適用したものであることは疑いをいれない。しかし、超法規的違法性阻却事由の理論は、わが刑法が成文法主義の下、犯罪構成要件を明確に定め違法阻却事由を三五条ないし三七条で厳格に規定しているところからみれば、法の明文のある場合のほかに違法性阻却事由を認めることは許されないものと解すべきであるから、右理論を採ることはできず、かりに右理論を肯定するとしても、刑法が違法性阻却事由について規定するところと同等もしくはそれに準ずる厳格な要件の下にはじめてこれを許容すべきであつて、従来、超法規的違法性阻却事由の理論の適用が問題とされた案件について、裁判例が、その判断基準として、目的の正当性、手段方法の相当性、法益の権衡、緊急性、補充性などの要件を設定し、これらの要件をすべて満たす場合にはじめて違法性が阻却されるべきことを肯定してきたのである。ところが、原判決は、社会的相当性判断の基準として、一応、右の各要件を挙げながら、「実質的違法性の判断における一般的原理は社会的相当性であるから、右各個の基準は決してすべての場合に等価値のものとして形式的、並列的に扱わるべきでなく……補充性は常に要求される絶対的要件ではなく、具体的な場合に考慮されるべき事情の一つに過ぎない。」として、一方では、右各要件を個々的にそれほど厳格に解釈しようとせず、他方では、補充性を絶対的な要件から除外し、きわめてゆるやかな立場に立つて社会的相当性すなわち超法規的違法性阻却事由を認め、その立場に立つて本件の実質的違法性を判断したものである。右のとおり、原判決はわが刑法の容認しない超法規的違法性阻却事由の理論を採用し、これを本件に適用しただけでなく、その適用に際しては、実質的違法性の判断に関する解釈を誤り、超法規的に違法性が阻却される場合を不当に拡張し、その解釈の上に立ち、右実質的違法性の理論を具体的に適用するにあたり、その前提事実を誤認し、結局本件各行為の実質的違法性を否定したのであるから、右法律解釈の誤りおよび事実誤認が判決に影響を及ぼすことは明白である、というのである。

よつてまず右法律解釈の誤りの所論について調査するに、記録によれば、原判決は、前記控訴趣意第二の一、二の判断において示した如く、本件各公訴事実をいずれも縮少して認定したとはいえ、なお、陳秋添に対する傷害、岩根英勝に対する暴行の各事実を認定し、右各事実は刑法の傷害あるいは暴行の各構成要件に該当するとしながら、刑法における違法性は、違法性が認められるものの中から、量的に一定の程度以上の重さを有し、かつ、質的に刑法上の制裁を適当とするものだけがとり上げられるべきであるとして、所論のような実質的違法性の判断基準をかかげ、実質的違法性の判断における一般的原理は社会的相当性であるとして、所論の如く各基準を個々的に厳格に解釈せず、他方、補充性を絶対的な基準から除外する解釈をとつたうえ、本件の発生するに至つた背景、被告人および被害者の身分、本件各行為に至つた動機、目的、行為時の状況等、違法性判断の資料となるべき諸事情を詳細に認定したうえ、被告人の本件各行為は、いずれも刑法上の制裁に価するほど法律秩序をみだし、社会的相当性を欠き実質的違法性を具有するものではないとして無罪の言渡をしたことは検察官所論のとおりである。

そこで、原判決が被告人の本件各行為を無罪にした理論的根拠を考えてみるに、原判決が、被告人の本件各行為につき傷害罪あるいは暴行罪の各構成要件該当性を認めながら、その行為の違法性を実質的に判断したうえで犯罪の成立を否定しているのであつて、一応構成要件該当性を認めたのちにおいて実質的違法性を判断している点からみて、原判決は、検察官所論の理論に従つたものに考えられないこともないけれども、他方、超法規的違法性阻却の理論において必要とせられている補充性については常に要求される絶対的要件ではないとし、また、実質的違法性判断における一般的原理は社会的相当性であるとし、さらに被告人の本件各行為の軽微であることを強調して、それが刑法上の制裁に価する程度に至つていないとしている点等を考えると、あるいはいわゆる可罰的違法性の理論に拠つたとも考えられないことはない。このように、原判決は、検察官所論の超法規的違法性阻却を理由として無罪を言い渡したのか、あるいは可罰的違法性を欠くとの理由により無罪を言い渡したのかは、必ずしも明らかではなく、これをそのいずれであると断定することはできない。しかし、いずれの理論に従つたとしても、被告人の本件行為の違法性を実質的に判断して、その可罰的違法性を欠くものとして犯罪の成立を否定したことにかわりはないのであるから、これを超法規的違法性阻却の理論に拠つたものと断定し、これを根拠に、原判決が、刑法の容認しない右理論を採用して本件に適用したとか、その理論の解釈を不当に拡張して本件に適用したとかいう検察官の所論は、その前提を欠き、失当たるを免れない。

つぎに、実質的違法性の理論を具体的に適用するに当つて、その前提事実を誤認して右理論の適用を誤つたとの所論について検討することとする。

まず、被告人の本件各行為により侵害された法益の程度についてみるに、陳秋添は被告人に二回にわたつて前胸部を突かれて転倒したことにより治療七日間を要する左肩胛骨部挫傷等の傷害を受け、岩根英勝はしやがんで作業をしているところを被告人に膝頭で前胸部を強く押し当てられて尻餠をつき前胸部に発赤を生じたという程度の暴行を受けたものであつて、右陳の傷害の程度は傷害としては比較的軽微といえるし、また岩根が被告人の暴行によつて被つた被害の程度も軽微といい得る。ところで、刑法(罰金等臨時措置法を含む)は、傷害罪につき一〇年以下の懲役、二五、〇〇〇円以下の罰金もしくは科料の刑罰を定め、暴行罪につき二年以下の懲役、二五、〇〇〇円以下の罰金、拘留、もしくは科料の刑罰を定めていることからすると、軽微な傷害、軽微な暴行であつても、刑法による処罰の対象となり得ることは否定できないところである。しかしながら、社会生活において、その行為の目的、手段方法、緊急性、補充性、法益の権衡等諸般の事情からみて、その行為の違法性が可罰的程度に至らぬものと認め得る場合、すなわち実質的違法性がない場合のあり得ることは肯認しなければならないところである。以下、被告人の本件各行為の実質的違法性の有無につき、所論に従つて判断する。

一、被告人の陳秋添に対する行為について

(一)  目的の正当性についての判断の誤りの主張について

(1)  前記控訴趣意第三の一についての判断に示した如く、組合側において、運行、集配の自動車に対するビラ貼り行為、勤務時間内の職場集会、抗議集会、就労について会社側の指揮に従わない等の怠業行為や、執務中の事務室に多数者が入り込む抗議行動等、違法な行為が認められるけれども、会社側の団交拒否、組合役員の解雇、組合員の大量解雇等一連の攻撃行為に引続いて行なわれた点から見れば、本件ロツクアウトは結局において労働者の団結を切り崩し、第一組合の弱体化を主たる狙いとした疑いが多分にあつて違法の疑いが濃く、本件ロツクアウトを不当違法とした原判決は結論において一応正当であるから、本件ロツクアウトを正当とする所論は理由がない。

(2)  本件ロツクアウトは違法の疑いがあるから、組合員らが、本件東成営業所におけるロツクアウトに抗議して、ロツクアウトの行なわれた直後の昭和四一年五月六日午前八時四〇分頃、東成営業所の囲いを乗り越えて構内に入り、一階事務室に入つて滞留したこと、およびその数日後一階事務室から二階食堂に移り、ここを組合事務所として滞留するに至つたことは、組合の団結を守り、その活動を維持するという点からして必ずしも違法とはいわれない。この点に関する原判決の認定は正当であり、事務所への立入り自体を違法とする所論は理由がない。

(3)  しかし、営業所側と組合側との所論の協定についての交渉の時期は、さきに控訴趣意第三の四についての判断に示した如く、昭和四一年五月九日頃ではなく、同年六月二九日以降のことであつて、本件当時は右協定は結ばれていなかつたのである。そして、(証拠略)を総合すれば、本件ロツクアウト後、東成営業所の建物等施設の管理は、菊原英治所長、岩根英勝、陳秋添らがこれに当り、ロツクアウト後十数日間は夜間も右一階事務所裏口の扉に施錠をしていなかつたが、その後は夕刻菊原所長ら会社側要員が退所する際に右事務所の全扉の施錠をして、鍵は主として菊原所長が保管して持ち帰り、時には岩根がこれを保管し、まれには岩根の差支えのときに陳がこれを保管し、組合側の要求で、時には、夜間右一階事務所内の便所を使用するために右裏口の施錠を外すことがあつたこと、本件ロツクアウトに伴い、二階の便所(小便所)が釘付けされて使用不能となり、組合員らは昼間は一階事務所内の便所(大・小便所)を使用することがあつたが、同営業所三階には従業員の宿舎があり、陳秋添外一家族ら二世帯と、独身の従業員数名が居住し(三階へは同営業所北西側の出入門から専用の階段により自由に構外と出入りすることができる。)、三階に便所(大・小便所)があつて使用し得る状態にあつたこと、二階の組合事務所からは建物内の階段を経て三階に行くことができ、右三階の便所を使用することができる状況にあつたこと、また営業所の構外から右二階の組合事務所へ行くには、東側正門横の金網の出入口から構内に入り、事務所裏側に回つて、裏側階段を経て自由に出入りすることができたこと、本件の前日である昭和四一年六月一三日被告人および第一組合員石川健一は前記一階事務所にいた菊原営業所長および陳秋添の傍に行き、「一階事務所の扉を開けて置いてくれ。」と申し込んだが、右菊原所長からこれを拒絶され、一旦同事務所を出たものの間もなく被告人のみ引き返し、右陳秋添に対し「開けておかなかつたら、今晩お前の所に攻撃に行くぞ。」と言つて同事務所を引揚げたことを認めることができ、これに反する右証人籾井政章および被告人の供述は採用しがたい。以上の事実からすると、二階の組合事務所にいる組合員が夜間一階事務所の扉が施錠されているため、同事務所内の便所を使用することができないとしても、三階の便所を使用することができたものであり、ときには会社側要員が夜間組合側の要求によつて一階事務所裏口の扉の施錠をはずすことがあつてもそれは好意的になされたものというべきであり、また、たまに三階の便所がつまることがあつたとしても、三階に住む陳秋添ら二家族および従業員らからも一階事務所内の便所の使用について申し入れがあつて然るべきであるのにそのような事情は記録上うかがわれないことからしても、三階便所が全く使用不能の状態に立ち至つたことがあつたものとは認められない。してみると、組合側は二階に組合事務所を持ち、昼間は一階事務所内あるいは三階の便所を使用し、夜間一階事務所内の便所を使用することができないときは三階の便所を使用することができたものであり、しかも二階組合事務所と営業所の構外との通行も自由である以上、組合活動の維持に支障を及ぼすべき事情は何らなかつたものというべきであり、夜間、一階事務所に人が不在になることを知りながら、なお会社側に対し、その施錠をはずしておくよう要求することは、争議中とはいえ、組合活動の範囲外のことであつて、これに対し、菊原所長らが右要求を拒絶したことは、営業所の施設を管理する立場からいつても当然の措置というべきである。したがつて、協定の存在、会社側の協定不履行を前提とする原判決の事実認定は事実を誤認したものといわざるを得ない。

(4)  原判決が、被告人の陳秋添に対する行為の動機目的につき、「陳秋添が沈黙のまま逃げようとするので、これを制止しようとして同人の前胸部を右手で一回突いたところ、同人が作為的に尻餠をついたので、ロツクアウトに入つたころより会社内に警察官が頻繁に出入りしているのを想起し、同人が第一組合から脱退後第一組合員に対し脱退工作をするなど組合の利益に反するような行為をし、また必ずしも被告人に対し好感を抱いていない同人が被告人を陥れ、警察の介入を招くような行為に出たとして憤慨し、これに強く抗議するため、尻餠をついて起き上がろうとする同人の前胸部をさらにもう一回手で突いたものである。」とし、さらに、「右二回にわたり同人の前胸部を突いた行為は、いずれも、東成営業所二階組合事務所から一階会社事務所へ通ずる同会社事務所裏口扉の施錠を開けておく旨の協定の不履行に対し抗議し、その後の履行を確保するための話し合いをするため、これを避けて逃げようとする同人を逃がすまいとしてこれを制止しようとしたものである」旨判示していることは記録に徴し明らかである。しかし、さきに控訴趣意第二の一についての判断に示した如く、右陳の一回目の転倒は明らかに被告人が突き倒したものであつて、作為的なものではないから、被告人がこれに抗議するということは不自然であり、また前記の如く本件当時右判示の協定はなかつたのであるから、その不履行に抗議するということもあり得ず、また一階事務所裏口の扉の施錠をはずしておくことを要求することは組合活動の範囲外のことで不当というべきである。被告人が原審公判廷において本件行為の動機目的として供述する部分は採用しがたい。したがつて、原判決は右の点において事実を誤認したものというべきである。

以上のところからすると、本件ロツクアウトは違法の疑いがあるとしても、会社側が、夜間、一階事務所裏口の扉の施錠をしたこと自体を非難することは当らないし、しかも、これによつて組合の権利ひいては労働者の団結権を侵害するものであるとはとうてい認められず、かえつて、被告人ら組合側が会社側に対し責任者のいない夜間にその施錠をはずしておくよう要求することは、正当な組合活動の範囲を越える不当なものといわなければならない。そして被告人の本件行為は、会社側が扉を開放するとの協定を履行しないためその抗議の目的で行なつたとの原判決の認定は誤りであり、その他被告人の行為が組合の争議行為の一環として行なわれたものと解すべき証拠は全然ないから、結局陳秋添が被告人の要求に応じないことを理由に私憤にかられ衝動的になされたものと解せざるを得ず、したがつてロツクアウト中に発生した単なる私的な出来事に過ぎないものと認めるのが相当である。してみると、被告人の本件行為はその目的において正当性はなく、原判決はその前提事実を誤認し、その判断を誤つたものというべきであるから、この点についての論旨は理由がある。

(二)  手段方法の相当性、緊急性、補充性についての判断の誤りの主張について

すでに説示した如く、本件当時所論の協定は存在していなかつたのであるから、これを前提とする点は理由はないのであるが、さきに控訴趣意第二の一についての判断に際し認定した事実関係および(証拠略)によれば、同営業所の責任者である菊原所長は組合側から度々右施錠を外してもらいたい旨の要求を受けながら、その都度これを拒否していたのであり、陳秋添もそのことを知つていたのであるから、被告人がいかに陳と交渉したとしても、同人が上司である菊原所長の方針に反して施錠をしないでおくということは考えられないし、また同人はこれを承認し得る立場になかつたものであること、しかるに被告人は当日二階の火元の見回りに来た陳秋添と廊下で出会い、「何故あけなかつたのか。」と語気荒く詰め寄り、「そのことだつたら所長に聞いてくれ。」と言つて避けながら階段を降り荷受けホームから通用門に向かつて逃げようとする同人の身辺につきまとつて抗議を繰り返し、ついには同人の前胸部を突いて後に尻餠をつかせ、その起き上ろうとするところをさらにその前胸部を突いて転倒させ傷害を負わせたものであることが認められるのであつて、右事実からすれば、被告人の本件行為はむしろ執拗な攻撃行為と認むべきであつて、その手段が相当性を欠くことは明らかである。そして、陳が「所長に電話してくる。」と言つて一時外出しても再び同営業所に帰つてくることは容易に予想されるから話し合いの機会はいくらでもあること、また問題となつた点は午前中のその場で直ちに解決しなければならないほど切迫した問題でもないこと、施錠の問題について話し合うのであれば菊原所長をその相手とすべきであり、本件発生の時はやがて同所長の出勤が予想されていた時刻であつたことなど、原審において取り調べられた証拠によつて認められる所論指摘の諸事実に徴すると、被告人の本件行為につき緊急性も補充性も認められない。してみると、原判決は行為の相当性、緊急性、補充性につきその前提事実を誤認するとともにその判断を誤つたものというべきであるから、この点についての論旨は理由がある。

そうすると、被告人の陳秋添に対する行為については、その行為目的の正当性、手段方法の相当性、緊急性、補充性のいずれも認められないから、法益の権衡についての所論について判断するまでもなく、右行為が実質的違法性を欠くものということはできない。

二、被告人の岩根英勝に対する行為について

(一)  目的の正当性についての判断の誤りの主張について

(1)  さきに説示した如く、本件ロツクアウトは違法の疑いがあり、その点に関する原判決の説明は結論において正当であるから、ロツクアウトを正当であるとの所論は理由がない。

(2)  さきに控訴趣意第三の五についての判断に示した如く、会社側は名古屋支店のロツクアウトに際し、同支店敷地の北側に、同支店二階の従業員寮および組合事務所から西側公道に通ずる通路を設けたのであるから、敷地の周囲にバリケードを張り回らせたことによつて、右従業員寮および組合事務所と構外との通路を遮断したものとはいわれず、また右バリケードの設置は支店の建物その他施設の保管管理上必要と認められるから、その設置をもつて違法とはいわれない。ただ右二階に居住する者らが、右敷地北側の通路を利用せずに正門横のバリケードを壊してそこから出入りしたり、寮北側から側溝上の橋を渡り堤防を経て東側公道に出る経路を利用したため、本件当時右北側通路に雑草が高く生えて通路としての効用を失つてしまつていたが、自らその効用を失なわせた者としては、バリケードの修理に対し抗議を申し込むべき筋合のものでないこともさきに説示したとおりである。しかしながら、原審における被告人の供述によれば、被告人は本件より四、五日前に所用を兼ねオルグとして名古屋支店内の第一組合事務所に来て、同事務所で宿泊し、従来の経緯を知らないため、夜間正門が閉鎖されると、バリケードの破損個所のほかには出入口がないものと考えていたこと、本件当日組合事務所にいた被告人は組合員の知らせにより本件現場に赴き、岩根がバリケードの破損個所を修理しているのを目撃し、夜間正門が閉鎖された場合、出入口がなくなるものと考えて、同人に抗議し、遂には本件行為に及んだものであることを認めることができる。

以上の事実に徴すると被告人の本件行為は、従来の経緯を知らない被告人が、バリケードの修理によつて夜間同支店二階から構外へ通ずる通路が遮断され、したがつて同支店の二階の事務所の機能および同支店二階に居住する従業員の生活権が損われる結果を招くと考え、これを防止するため岩根に抗議した末に出た行為であることがうかがわれるから、その行為の目的は主観的には一応正当であると解される。原判決のこの点に関する判断は一部事実を誤認している点があるけれども、結論においては正当であるから、論旨は理由がない。

(二)  手段方法の相当性、緊急性、補充性についての判断の誤りの主張について

前記の如く、被告人はバリケードが修復されると、夜間、支店二階に居住する従業員や第一組合員らが構外との間の出入口を失うものと考えたことについては、従来の経緯を知らなかつた被告人としては無理からぬことではあるけれども、原審における証人矢田博章、同岩根英勝および被告人の各供述によれば、本件が発生したのは午前九時三〇分頃のことで、その頃には名古屋支店の正門は開かれていて構内と構外との通行は何らの支障もなく自由になされていたこと、また、本件の際、被告人が岩根に対し修理作業の中止を求めて抗議をしたのに対し、同人が「会社の命令でやつている。」旨答えており、上司の命令で修理している以上同人に抗議してもその目的が達せられることは考えられないこと、一方右修理作業を岩根に命じた当の責任者である松川虎之助支店長がそのとき右支店事務所に在席していたのであるから、被告人の目的達成のためには右支店長と交渉すべきであり、しかも正門が閉められる夕刻までに同人と交渉するなどして方策を検討し得る時間的余裕が十分にあつたこと、以上のような状況下において、被告人は岩根に対して抗議して拒否された結果、しやがんで作業中の同人の前胸部を同部に発赤が生ずる程度に右膝頭で強く押し当てたことが認められるのであつて、右の事実関係からすると、被告人の本件行為は前記目的のための手段としては相当性を欠いているものと認めざるを得ず(むしろしやがんでいる他人を、足で攻撃することは相手方に対する侮辱的意義を有すると解すべきである。)さらに、右の事実に、岩根が行なつていた修理作業は簡単なものであつて、岩根が全部その修理を終了したとしても、支店責任者との話し合いの如何によつて修理部分を取り除いて原状に復することとなつた場合、容易に取り除くことができるのであるから、いま直ちに岩根の修理作業を中止させなければ回復しがたい状態が発生するというような性質のものではなかつたことをあわせ考えると、緊急性、補充性を欠くことも明らかである。原判決は行為の緊急性、補充性をも含め相当性についての前提事実につきその評価を誤り、その判断を誤つたものというべきであるから、この点についての論旨は理由がある。

そうすると、被告人の岩根に対する行為は、その行為の目的が一応正当性を有するとはいえ、その手段方法が相当性を欠き、緊急性、補充性も認められないから、法益の権衡についての所論について判断するまでもなく、その行為が実質的違法性を欠くものということはできない。

(結論)

以上のところからすると、原判決は、被告人の各行為の実質的違法性の有無を判断するに際し、すでに説示した如く、その判断の前提となるべき事実を誤認もしくはその評価を誤り、かつ、その具体的法律判断を誤り、その結果、本件各行為がいずれも処罰するに足る実質的違法性を具備するのにかかわらず、その違法性を欠くとして無罪を言い渡したものであり、右の誤りは、いずれも判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従い、さらに次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三五年一一月頃四日市陸運株式会社に入社し、東京の営業所において作業員として勤務し、同三六年一一月大阪営業所(現在の名称は東成営業所)に転勤後しばらく作業員として、同三八年初ごろから約六ヵ月間運転手として、その後は事務員として同営業所に勤務し、その間同三六年九月、右四日市陸運株式会社従業員をもつて組織する総評系全国自動車運輸労働組合四日市陸運支部(昭和四〇年一一月に会社の経営者が交替し、会社の商号を中越陸運株式会社と変更するとともに、中越陸運支部と改称)結成とともに同支部執行委員、同三八年九月から同四〇年九月まで副委員長、同年同月からは執行委員をしていたものであるが、右中越陸運支部では、昭和四〇年一二月初、交替後間もない会社経営者に対し年末一時金二・五ヵ月分を要求したのに対し、会社側が交替前の経営者が交替時に一人当り四万五〇〇〇円の慰労金を支給していること、および巨額の赤字を引き継ぎ赤字経営となつていることを理由にこれを拒否したことから、同年一二月二二日から二三日にかけて二四時間ストライキを行なつたのを初めとして争議状態に入り、翌四一年一月二四日に会社側が違法なビラ貼り行為の責任者として組合三役四名を懲戒解雇したのに対し、組合側はその撤回を求め、さらに組合側の運行、集配の自動車へのビラ貼り行為、時間内の職場集会等怠業行為および会社側の組合切り崩し工作などが行なわれて、争議は深刻化し、会社の営業状態は悪化の一路をたどり、会社側はさらに同年三月末ごろ一名、四月初旬八名、四月末に三五名の組合員をそれぞれ指名解雇に付したのち、五月六日東京、名古屋、大阪の各営業所において無期限のロツクアウトを実施するに至つたものなるところ、

第一、大阪市東成区中道元町一丁目一〇三番地所在の前記中越陸運株式会社大阪営業所においては、右ロツクアウト後、組合側が同営業所二階の食堂を組合事務所として使用していたが、夜間寝泊りする組合員が、用便のため出入することを理由として、かねてから一階事務所の裏の扉を開けるよう要望し、被告人は、昭和四一年六月一三日、同営業所所長菊原英治に対しこれを申し入れたが、拒絶され、その直後前記陳秋添に対しても開けて置くように要請したのに、その夜右扉が施錠されていたことがあつたところから、翌一四日午前一〇時ごろ同営業所二階炊事場付近において、たまたま建物管理上火元の見回りに来た右陳秋添を認めるや、同人を難詰し、被告人を避けて同所を立ち去ろうとする同人につきまといながら詰問を繰り返し、階下荷受ホームから飛び降り通用門に向つて構外へ出ようとした同人に先回りして事務所前広場に至り、同所において同人の前に立ち塞がり、とつさに右手で一回同人の左前胸部を突いて同人を後方によろけさせて地面に尻餠をつかせ、さらに、立ち上がろうとする同人の左前胸部を右手で一回突いて同人を肩から先に地面に仰向けに転倒させるなどの暴行を加え、よつて同人に対し治療七日間を要する左前胸部、左肩胛骨部、腸骨部各挫傷を負わせ、

第二、同年七月一四日、会社側がロツクアウトを実施中の名古屋市西区山田町中小田井字茨島四九番地所在の同社名古屋支店における同組合名古屋分会の争議を支援中、同日午前九時三〇分ごろ、同支店正門付近において、同社従業員岩根英勝(当二五年)が、会社側の設置したロツクアウト用有刺鉄線を修理しているのを目撃するや、同人に対し右修理作業の中止方を求めたのに、同人が「会社の命令でやつているんだ。とやかく言うな。」と言つてこれを拒否したのに対し、やにわに、右膝を立て左膝を地面につけてしやがんで作業をしている同人の前胸部を膝頭で強く押し当てて暴行を加え

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条に、判示第二の所為は刑法二〇八条、罰金等臨時措置法三条に該当し、所定刑中いずれも罰金刑を選択すると、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項によりその罰金額の合算額の範囲内において処断すべきところ、本件各犯行の態様、被告人には昭和四一年三月一〇日(同年四月一日確定)暴行、傷害の罪により罰金一五、〇〇〇円に処せられた前科があること、その他諸般の事情を考慮したうえ、被告人を罰金一万円に処し、同法一八条により右罰金を完済することができないときは金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、原審および当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して被告人に全部これを負担させることとし、主文二項ないし四項のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例