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大阪高等裁判所 昭和44年(ネ)918号 判決 1971年2月25日

控訴人(被告) 株式会社日本勧業銀行

右代表者代表取締役 横田郁

右訴訟代理人弁護士 伊達利知

同 溝呂木商太郎

同 伊達昭

同 沢田三知夫

同 奥山剛

被控訴人(原告) 山宮商事株式会社

右代表者代表取締役 山内侑義

右訴訟代理人弁護士 宮内勉

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  控訴人の主張は、次のとおり付加、補正するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(一)  主たる抗弁

控訴人は、さきに訴外株式会社継谷商店(訴外会社)が控訴人を通じ神戸銀行協会に不渡手形異議申立提供金として提供するため控訴人に預託した原判決添付目録記載の債権(本件預託金返還債権)について、昭和四三年六月八日第三債務者として仮差押命令の送達を受けたが、これより以前の昭和四〇年一〇月三一日、控訴人が訴外会社の約束手形計二三通額面合計金三六五〇万〇九三八円を割引くに際し、控訴人と訴外会社との間で銀行取引約定を締結し、訴外会社に対して将来仮差押の申請があったときは、通知催告を要せず右割引手形を当然に訴外会社において買戻し代金支払の義務を負うこととなる旨特約した(銀行取引約定書六条一項、五条一項一号。)

そして、その後前記のように訴外会社の有する本件預託金返還債権に対し仮差押の申請があった結果、控訴人は、右申請のあった時点において、確定的に前記割引手形二三通についての弁済期限の到来している買戻請求権を保有するに至ったので、昭和四三年九月二五日付内容証明郵便により、転付債権者である被控訴人に対し、前記のように成立し、かつ弁済期の到来している割引手形買戻請求権をもって、本件預託金返還債権と対当額において相殺する旨の意思表示をなし、右書面はその頃被控訴人に到達したので、被控訴人の控訴人に対する本件転付債権はこれによって消滅した。

前記銀行取引約定の特約は、契約自由の原則により完全に有効であると考えるが、仮に、これについて第三者に対する関係で効力を云々されることがあるとしても、少くとも自働債権たる割引手形買戻請求権発生の基礎となった割引手形の満期日、すなわち昭和四三年七月三〇日が、受働債権たる本件預託金返還債権の弁済期、すなわち神戸手形交換所への異議申立提供金が控訴人に返還された同年九月一四日より先に到来する本件の如き場合には、当然第三者の差押に対抗してその効力を認められるべきである。

(二)  仮定的抗弁

仮に、前記割引手形買戻請求権が当然に発生せず、そのため、前記相殺の意思表示が右債権を自働債権とする相殺としての効力を認められないとしても、民法五一一条の法意が、第三債務者(本件にあっては控訴人)の有する相殺の期待利益はその後にされた差押により失わしめられないとの点にあるとすれば、本件手形割引に付随して同時に締結された買戻請求権の特約により、同権利は仮差押前割引と同時にすでに相殺の期待利益たりうる原因として発生しているとみるべきものであり、控訴人は、昭和四三年六月二七日付内容証明郵便により、訴外会社に対して前記買戻請求権の確認とあわせて支払催告の手続を行っており、この書面はその頃訴外会社に到達したので、少くともこれによって控訴人が訴外会社との特約により有していた前記買戻請求権は確定的に成立すると共に弁済期が到来した。そして、本件仮差押当時前記買戻請求権の基礎となった割引手形の満期あるいは前記請求による確定弁済期のいずれにしても本件預託金返還債権の弁済期より先に到来していた関係にあること叙上のとおりであるから、右買戻請求権を自働債権としてなされた相殺は有効で、本件転付債権はこれにより消滅したものである。

(三)  (被控訴人の後記三の(二)の主張に対し)不渡手形異議申立提供金の提供により、取引先(支払義務者)が取引停止処分を免れる制度は、契約不履行の理由で不渡になった手形について、その額面金額の金員持参のうえで取引先から手続を依頼されれば、すべて事務的に受付けて行われる手続であって、その取引先からの融資金の回収について考えられる一般的、実質的信用ということとは全然無関係である。これに反し、買戻請求権発生の際考えられる信用異常は実質的な問題であり、ただ手形割引の段階では信用異常の徴候をとらえて約定しておかなければ回収確保の方法がないから、定型的に買戻請求権当然発生の事由を定めているのである。

三  被控訴人の主張は、次のとおり附加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(一)  割引手形買戻請求権が、その仮差押前に成立し、かつその弁済期が到来したとの控訴人の主張は争う。

右買戻請求権は、割引手形が昭和四三年六月二七日頃不渡りとなったので、前記銀行取引約定五条一項三号にいわゆる取引を停止したものとして、右六月二七日付書面をもって訴外会社に対し履行の催告をしたことにより成立し、かつ弁済期が到来したものである。そして、右は仮差押命令が控訴人に送達された同月八日以後であるから、右買戻請求権を自働債権とし、本件預託金返還債権を受働債権とする相殺は許されない。

(二)  銀行取引約定六条一項、五条一項一号が、手形割引を受けた者に仮差押、差押もしくは競売の申請または破産、和議開始、会社整理開始もしくは会社更生手続開始の申立があったとき、または清算にはいったときの一つにでも該当する事由があるときは、銀行は何等の通知、催告なくして手形買戻を請求することができる旨規定しているのは、右のような事由があったときは、一般に取引の相手方に不信用の事態が生じたとして、直ちに債権の保全回収をはかることを目的としたものである。

ところが、本件のように、銀行取引の相手方が手形の支払を拒絶し、取引銀行を通じて手形交換所に不渡手形異議申立提供金を提供する場合は、銀行においてその異議事由について不信用の状態ではないと判断して異議申立提供金を提供し、不渡の発表を停止すると共に引続き取引を継続するものであるから、預託金返還債権に対し仮差押の申請があったからといって、それのみをもって直ちにその者の信用に大なる影響を及ぼすとはいえない。したがって、右銀行取引約定五条一項一号は預託金返還債権に対する仮差押の申請には適用されない。

四  ≪証拠関係省略≫

理由

一  請求原因事実は全部当事者間に争いがない。

二  そこで控訴人主張の主たる抗弁について判断する。

≪証拠省略≫によると、次の事実が認められる。すなわち、

控訴人は、本件仮差押前の昭和四〇年一二月三一日、訴外会社に対し約束手形二三通額面合計金三六五〇万〇九三八円を割引くについて、訴外会社との間で銀行取引約定を締結したこと。右取引約定を定めた取引約定書の六条一項には「手形の割引を受けた場合、私(訴外会社をいう。)が前条(五条をいう。)第一項各号の一にでも該当したときは、全部の手形について……貴行(控訴人をいう。)から通知催告等がなくても当然手形面記載の金額の買戻債務を負い、直ちに弁済いたします。」との条項が、同約定書五条一項一号には「仮差押、差押もしくは競売の申請または破産、和議開始、会社整理開始もしくは会社更生手続開始の申立があったとき、または清算にはいったとき。」との条項が、さらにその七条一項には「期限の到来または前二条によって、貴行に対する債務を履行しなければならない場合には、その債務と私の諸預け金その他の債権とを期限のいかんにかかわらずいつでも貴行は相殺することができます。」との条項があること。右取引約定書は、全国銀行協会が昭和三七年に制定した銀行取引約定書ひな型に基づくもので、全国の銀行において、このひな型をそのまま(但し、他の条項において相互銀行が相互掛金を加える等一部修正している。)採用しており、このような約定の存することは、この種取引界においてはほぼ公知の事実といえること。被控訴人は、神戸地方裁判所に対し訴外会社を債務者、控訴人を第三債務者とする本件預託金返還債権の仮差押を申請したところ(神戸地裁昭和四三年(ヨ)第五四四号)、その旨の決定が発せられ、同決定は昭和四三年六月八日控訴人に送達された(この事実は当事者間に争いがない。)ので、控訴人は前記特約条項に基づき、右仮差押申請のあった時点をもって当然訴外会社に対する割引手形買戻請求権が成立し、かつその履行期が到来したものとして、同年六月二七日付書面をもって訴外会社に対し、割引手形買戻の催告をなし、さらに転付債権者である被控訴人に対し、同年九月二五日付書面をもって、手形額面金二一一万九二三五円、支払期日昭和四三年七月三〇日、支払場所松山信用金庫新立支店、支払人松山外材センターなる約束手形(割引年月日昭和四三年四月一〇日)の買戻請求権と本件預託金返還債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をなし、右書面がその頃被控訴人に到達したこと(右書面がその頃被控訴人に到達したことは当事者間に争いがない。)が認められる。

被控訴人は、割引手形買戻請求権は、右割引手形が昭和四三年六月二七日頃不渡となったので、前記取引約定五条一項三号にいう支払を停止したものとして、同日付をもって履行の催告をしたことにより成立し、かつ弁済期が到来したものであると主張するが、≪証拠省略≫によれば、訴外会社は取引約定一項三号の支払停止の事由により買戻債務を負ったものではなく、同条一項一号の仮差押の申請があったことにより、買戻債務を負ったものであることが認められるから、右主張は理由がない。

前段認定の事実関係によれば、前記特約は、訴外会社に対し前記のような仮差押の申請があった等訴外会社の信用を悪化させる一定の客観的事情が発生した場合には、控訴人が割引いた約束手形について、その支払期日前でも何等の通知、催告等を要せず、当然に割引手形買戻請求権を生ぜしめ、一方訴外会社の控訴人に対する預金等の債権については、控訴人において期限の利益を放棄し、直ちに相殺適状を生ぜしめる旨の合意と解することができるのであって、このような合意は、契約自由の原則上、契約当事者間はもとより、訴外会社の本件預託金返還債権を差押えた被控訴人に対する関係においても有効であって、第三債務者たる控訴人としては、自働債権たる割引手形買戻請求権が、差押後に取得されたものでない以上、自働債権および受働債権の弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、差押後においても、これを自働債権として相殺をなしうるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四五年六月二四日大法廷判決、金融法務事情五八四号四頁および同裁判所同年八月二〇日第一小法廷判決、右同五九一号二〇頁参照)。

そして、訴外会社が控訴人を通じて神戸銀行協会に提供していた不渡手形異議申立提供金が昭和四三年九月一四日控訴人に返還されたことは当事者間に争いなく、預託金返還債権の履行期は支払銀行が手形交換所から手形不渡異議申立提供金の返還を受けたとき到来すると解すべきであるから(最高裁判所昭和四五年六月一八日第一小法廷判決、金融法務事情五八七号三四頁参照)、本件割引手形買戻請求権と本件預託金返還債権とは、右預託金返還債権の履行期すなわち昭和四三年九月一四日に相殺適状を生じ、控訴人のした前示相殺の意思表示は、右相殺適状を生じた時に遡って効力を生じ、本件預託金返還債権(本件被転付債権)は、右相殺によって全部消滅したものというべきである。

三  被控訴人は、前記銀行取引約定五条一項一号は、預託金返還債権に対する仮差押の申請には適用されないと主張するので、この点について考えるのに、手形の不渡届に対する異議申立提供金の提供は、不渡返還した銀行(支払銀行)が、その手形の不渡理由は支払義務者の信用に関せざるものと認めて、手形の支払義務者から預託された手形金額相当の預託金を手形交換所へ異議申立提供金として提供し、支払義務者が取引停止処分を免れる制度であるが、当審証人石井真司の証言(第一、二回)によれば、右支払銀行は、支払義務者の申出に基づき、支払資金すなわち預託金の提供があり、かつ不渡の理由が適法な支払拒絶理由となりうるものであれば、手形交換所に異議申立をしているのであって、支払義務者の一般的、実質的信用の有無とは無関係に決められていることが認められるから、支払銀行が不渡届に対する異議申立を認めて手形交換所に異議申立提供金を提供したからといって、直ちに右銀行が支払義務者の信用を全面的に是認したものということはできず、また、取引約定の前記特約条項は、割引依頼人の信用状態が悪化した場合に、銀行が第三者に優先して融資金の回収を確保するため、実質的信用悪化の徴候とみられる諸事由を定型的に列挙し、あらかじめ約定したものであり、異議申立預託金に対する仮差押もそれが信用悪化の徴候とみられる点においては、その他の財産権に対する仮差押と何等異なるところはないから、取引約定五条一項一号は預託金返還請求権に対する仮差押の申請には適用されないとする被控訴人の所論は採用できない。

四  以上のとおりであるから、被控訴人の本訴請求は理由がなく、これを一部認容した原判決は失当である。

よって、原判決中控訴人敗訴部分を取消し、被控訴人の請求を棄却することとし、民事訴訟法三八六条、八九条、九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石崎甚八 裁判官 島崎三郎 上田次郎)

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