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大阪高等裁判所 昭和44年(う)970号 判決 1969年12月23日

被告人 原光夫

主文

原判決を破棄する。

本件を神戸地方裁判所尼崎支部に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、被告人作成の控訴趣意書に記載(右控訴趣意書の記載は甚だ不明確であるが、弁護人は当公廷においてその趣旨につき(一)被告人が証人に対する尋問権を不当に剥奪されたのに、その証人尋問調書を事実認定の証拠に採用したのは訴訟手続に法令の違反があること、(二)本件はいずれも婦女を強姦しまたは強姦しようとしたものではないのに、強姦し、または強姦しようとしたものと認定したのは事実の誤認があること、(三)原判決の量刑は不当であることを主張するもので、被告人の捜査官憲に対する供述調書の任意性については争うものではない旨釈明した。)のとおりであるから、これを引用する。

訴訟手続に法令の違反があるとの控訴趣意について、

論旨は、原審が、被告人の証人に対する尋問権を不当に剥奪し、その証人尋問調書を事実認定の証拠に採用したのは、訴訟手続に法令の違反がある、というのである。

よつて案ずるに、記録を調査すると、昭和四四年三月一一日の原審第一回公判期日において、被告人が、甲野乙子、乙野丙子に対する各強姦致傷、丙野丁子に対する強姦未遂の起訴事実につき、いずれも和姦である旨供述したので、原裁判所(合議体)は検察官の申請に基づき右甲野乙子、乙野丙子、丙野丁子の三名を証人として採用し、右甲野乙子、丙野丁子の両名を同年四月八日午後三時、乙野丙子を同月一五日午後四時に原裁判所刑事合議室で尋問する旨の証拠決定をした。ところが、右四月八日に、同日の証人尋問をなすに先立ち、原裁判所は右証人甲野乙子、同丙野丁子の尋問を受命裁判官二名をして尋問せしめる旨の決定をし、即日両受命裁判官により原裁判所刑事合議室で同日出頭した証人甲野乙子のみについて証人尋問がなされたが、その証人尋問調書の記載によれば、その尋問には検察官および弁護人江口十四夫が立ち会つてそれぞれ尋問しているけれども、被告人はこれに立ち会つていないことが認められる。而して当審における被告人の供述によれば、被告人は右証人尋問に立ち会うため、看守に連れられて原裁判所に出頭し、階下の勾留被告人の待合室で待機していたが、被告人には何の連絡もなく、証人尋問が行なわれ、その尋問が終了したということで、そのまま拘置所へ連れ帰らされ、その間証人尋問の経過内容について聞かされることもなく、被告人自身の証人尋問の機会を全く与えられなかつたことが認められ、原審弁護人であつた当審弁護人江口十四夫もこれを認めるところである。そこで、被告人は昭和四四年四月一〇日付上申書と題する書面(記録八三丁)をもつて原裁判所に対し、同年四月一五日の証人尋問には立ち会つて直接証人に尋問したいので右期日には出頭できるように取り計らわれたい旨を要請したが、同月一五日原裁判所が合議体により刑事合議室で行なつた証人乙野丙子の証人尋問調書の記載によれば、その尋問に検察官および弁護人江口十四夫が立ち会つているけれども、被告人はこれに立ち会つていないことが窺われ、当審における被告人の供述によれば、被告人は右証人尋問に立ち会うため、拘置所から原裁判所刑事合議室に出頭したが、裁判長から「証人は会いたくないと言つているから」と言われ、弁護人からも同様のことを言われたので、階下の勾留被告人の待合室で待ち、証人尋問の途中、弁護人に呼ばれて刑事合議室前の廊下で弁護人から証人の供述内容を聞き、その相異点を弁護人に告げ、弁護人のみ右合議室内に入つて、その点につき証人に対して尋問したことが認められ、原審弁護人であつた当審弁護人もこれを認めるところである。そして、同年四月八日午後三時の証人尋問期日に出頭しなかつた証人丙野丁子については、同月一五日にその尋問期日が同月二一日午後四時と指定され、右期日に原裁判所が合議体により刑事合議室で行なつた証人丙野丁子の証人尋問調書によれば、前回同様その尋問に検察官および弁護人江口十四夫が立ち会つているけれども、被告人はこれに立ち会つていないことが窺われ、当審における被告人の供述によれば前記証人乙野丙子の尋問の場合と同様、被告人は原裁判所に出頭し、階下の勾留被告人の待合室で待ち、その証人尋問の途中弁護人に呼ばれて刑事合議室前の廊下で弁護人から証人の供述内容を聞いて、その相異点を弁護人に告げ、弁護人がその点について証人に対して尋問したことが認められ、この点についても原審弁護人であつた当審弁護人の認めるところである。

ところで、憲法三七条二項は、刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与えられるべき旨を規定し、刑事訴訟法一五七条一項は、公判期日外の証人尋問に関し、検察官、被告人又は弁護人は、証人尋問に立ち会うことができる旨規定し、同条三項は、右の証人尋問に立ち会つた者は、裁判長に告げて、その証人を尋問することができる旨を規定しているところ、右刑事訴訟法一五七条一項によれば、被告人又は弁護人のいずれかに立会権を認め、そのいずれかに立ち会う機会を与えさえすれば、右規定の要請を充たすようにも考えられないではないが、前記憲法の規定と対比して考えればこのような解釈を容れるべきではなく、少くとも弁護人および被告人には証人を尋問する機会を与え、弁護人又は被告人が尋問権を抛棄した場合にはその立会なくして証人を尋問し得ると解すべきである。従つて被告人が、その証人尋問に立ち会うことを希望し、あるいは立ち会つて直接尋問することを要請する意思を明示するなどして、その証人尋問期日に尋問の行なわれる場所に出頭した場合には、被告人の証人尋問権が憲法上保障された権利であることにかんがみ、裁判所は、被告人に対し、その証人尋問に立ち会わせ、その証人に対する尋問の機会を与えなければならないものというべきであつて、もしも、被告人がその証人の供述中終始立ち会うことによつて、証人が圧迫を受け充分な供述をすることができないときには、刑事訴訟法二八一条の二の規定するところに従い、弁護人が立ち会つている場合に限り、検察官および弁護人の意見を聴き、その証人の供述中被告人を退廷させ、その供述終了後被告人に証言の要旨を告知し、その証人を尋問する機会を与えるという措置を採らなければならないものと解すべきである。

これを本件についてみるに、前記のように、本件各証人尋問は公判期日外に原裁判所刑事合議室で行なわれたものなるところ、証人甲野乙子に対する尋問に際しては、被告人は右尋問に先立つてこれに立ち会わない旨の意思を表明した事実は記録上認められず、かつ、その尋問期日に、その尋問に立ち会うために原裁判所に出頭し待機していたにも拘らず、被告人に対して何の連絡もないままに受命裁判官により検察官および弁護人立会のうえ右証人尋問が終了し(受訴裁判所内で行なう証人尋問を受命裁判官をして行なわしめることは違法であるが、本件証人尋問を行なうについては予め検察官、弁護人の同意があり、右証人尋問には検察官、弁護人が立ち会つていて何ら異議を述べた形跡がなく、またその後公判において右尋問調書の証拠調が行なわれた際にも訴訟関係人が異議を述べた形跡がないから、右の手続上の瑕疵は治癒されたものと解する。最高裁判所第二小法廷昭和二九年九月二四日決定、刑集八巻九号一五一九頁参照)、ついに被告人は右尋問に立ち会うことも、尋問する機会も全く失つてしまつたものであつて、前記刑事訴訟法一五七条一項、三項および憲法三七条二項により保障される被告人の立会権、証人尋問権を不当に剥奪されたものというべきである。また、証人乙野丙子に対する尋問については被告人から上申書をもつてその尋問に立ち会つて直接尋問したい旨の意思が明示され、その後に行なわれた証人丙野丁子に対する尋問についても、同様の意思のあることが推測され、しかも、右両証人の尋問期日に被告人が原裁判所に出頭していたにも拘らず、裁判長から「証人が会いたくないと言つているから」と言われ、弁護人からも同様のことを言われて不出頭の取扱を受け、前記刑事訴訟法二八一条の二に規定する手続もなされず、結局右両証人に対する尋問に立ち会つて、直接尋問する機会を与えられず、ただ、その尋問の途中、尋問室外に出て来た弁護人からその証人の供述内容を聞き、相異点につき弁護人から証人に尋問してもらつたものである。右の経緯からしては本件証人尋問に被告人を立会わしめなかつたのは「被告人の在席により証人が圧迫を受け充分な供述をし得ない虞れがある」との右刑事訴訟法二八一条の二に規定する理由以外の事情は考えられず、他方被告人は前記の如き方法で不十分ながら反対尋問権を行使しようと努力していることが窺われるのであるから、被告人は裁判長および弁護人の説得により一応退席しているとはいえ、右証人尋問に対する立会権、尋問権を全面的に放棄したものというべきかは甚だ疑わしく、むしろその真意は、右刑事訴訟法二八一条の二の規定による退席を納得したに過ぎないものと解するのが相当であり、又斯く解するのが前記憲法および刑事訴訟法の趣旨に合致するものである。従つて原裁判所は少くとも前記刑事訴訟法二八一条の二に規定する手続に従い、被告人に対して証人尋問に立ち会つて尋問する機会を与えるべきであつたといわなければならず、原審が右両証人の尋問に際して被告人に対してとつた措置は、前記刑事訴訟法一五七条一項、三項および憲法三七条二項により保障される被告人の権利を不当に制限した疑いがあるものといわなければならない。そして、原裁判所は右証人尋問後、更めて被告人に対し、直接又は弁護人を介し、その真意を確める措置を執つた形跡は窺えないのであるから、被告人が爾後に原裁判所の右措置を是認するに至つたものとも認められず、原審第二回公判期日における前記三証人の証人尋問調書の証拠調に際し、弁護人がこれに対して異議の申立をしなかつたことの一事をもつて、右各証人尋問についての手続上の重大な瑕疵が治癒されるものとは解されない。

そうすると、前記三証人の証人尋問調書には、その証人尋問手続に違法または違法の疑いがあるから、これを証拠として採用することはできないものであるのに、原審がこれを証拠として採用し、事実認定の用に供したのは、訴訟手続に法令の違反があるものというべきであり、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。

よつてその他の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、さらに第一審において審理を尽させるため、同法四〇〇条本文により本件を原裁判所である神戸地方裁判所尼崎支部に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

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