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大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)38号 判決 1970年7月29日

控訴人

岡井昭夫

代理人

芦田礼一

被控訴人

京都労働金庫

代理人

坪野米男

他三名

主文

一、原判決を取消す。

二、当審にもとづき、

被控訴人は控訴人に対して金一〇〇万円及びこれに対する昭和四〇年八月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三、控訴人の請求中、その余の部分を棄却する。

四、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文第一、四項と同旨及び、選訳的に、(一)手形金請求として「被控訴人は控訴人に対して金一〇〇万円及びこれに対する昭和四〇年九月四日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。」、または、(二)貸金請求(当審新訴)として「被控訴人は控訴人に対して金一〇〇万円及びこれに対する昭和四〇年八月一一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。」、または、(三)不当利得金請求(当審新訴)として「被控訴人は控訴人に対して金一〇〇万円及びこれに対する昭和四四年二月二八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。」との旨の判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴人の当審における新訴請求を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の提出援用認否は、<省略>

理由

一、控訴人の請求のうち貸金請求について判断をすることとし、まず、貸金の事実の存否について検討するに、大槻勇が被控訴金庫の福知山支店長であつたことは当事者間に争いがなく、<証拠略>を綜合すると、訴外会社が昭和四〇年六月一八日に振出し、大槻勇が被控訴金庫福知山支店長の肩書を附して裏書をしていた金額二〇万円、三〇万円、五〇万円、満期いずれも同年七月三〇日の約束手形三通が第三者の手に渡つていたが、訴外会社には満期にこれを決済する資金がなかつたため、大槻は訴外会社代表取締役土井理作とともに、右満期の頃金融業者である亡岡井喜代太郎(控訴人の父)に対して、右決算資金として一〇〇万円を、本社から送金があるまで一週間か一〇日程融資してほしい旨を申入れたこと、これに対し岡井は、訴外会社には他にも約九〇〇万円の貸金があり、その返済が順調でなかつたことから、訴外会社にではなく、被控訴金庫に対してであれば、一〇〇万円を一週間ないし一〇日間貸し与えることを了承し、証拠の意味で、さきの三通の手形と金額、満期、振出日等を同じくする約束手形を被控訴人が振出すことを大槻はこれに応じて同年八月一日頃、遅くとも同月三日までに、岡井に対して、被控訴金庫福知山支店長の肩書を附して本件手形三通を振出し(訴外会社と共同振出)、これと引換えに岡井から大槻支店長が一〇〇万円の交付を受けてこれを借り受けたことが認められ、右認定を左右できるような証拠はない。すると、岡井は、遅くとも昭和四〇年八月三日までに、被控訴金庫支店長としての大槻勇に対し、一〇〇万円を弁済期限一〇日後の約束で貸し与えたものと認められる。控訴人は、右貸金に際して利息を年六分とする約定があつた旨を主張するが、本件約束手形三通が差入れられた事実のみをもつてしては、まだ右約定の存在を認めるに十分な資料とはしがたく、他に右利息の約定を認めうる証拠はないから、右貸金につき利息の定めはなかつたものとするほかはない。

二、そこで、大槻が右借入れをするにつき被控訴金庫を代理する権限を有していたかどうかについて検討するに、大槻が被控訴金庫に代つて金員を借り入れる一般的権限(例えば代表権、一般的代理権等)をもつていたこと、あるいは控訴人主張のように村上専務理事、木村理事の指示もしくは承認等の方法により、個別的に本件借入れの権限を与えられていたことを認めるに足る証拠はなく、かえつて、<証拠略>を綜合すると、当時訴外会社は訴外労働者住宅協会京都支部から福知山市内の労働者住宅団地造成工事を請負い、施工中であつたが、その請負代金は被控訴金庫福知山支店が支払事務を代行することになつていたところから、大槻支店長は訴外会社の土井社長から資金面の相談を受けるようになり、被控訴金庫の理事で、右造成工事を側面から促進するための私的委員会の委員でもあつた木村己義にも相談のうえ、国鉄労働組合名義で訴外会社が六〇〇万円を借受けられるよう便宜を計つたり、訴外会社振出の手形に被控訴金庫福知山支店長名義で裏書をしたことも数回あつた。ところが、訴外会社は、こうして大槻支店長が裏書をした訴外会社振出の手形のうち前認定の三通の決算資金に窮し、不渡となるおそれが生じたので、大槻はそのような事態をなんとしても回避すべく、さきにも認定したとおり、訴外会社の土井社長とともに、岡井に融資方を申し込んだ。その際、土井から依頼を受けた木村理事からも岡井に対して、土井が困つているからなんと融通してくれるようにとの口添えがあつた。しかし、木村理事は非常勤の理事で、理事会に関与する権限をもつのみであり、大槻支店長その他職員を直接指揮監督する地位にはなく、もとより大槻に金員の借入れ、約束手形の振出、裏書等を許す権限はなかつたし、大槻から相談を受けたときにも包括的に土井を助けるため支店長の権限で手形を振出す等の措置をとるよう指示したことはなく、私的立場で相談、助言をしただけで、岡井に対する口添えも、訴外会社への融資を依頼する趣旨のもので、被控訴金庫が借主となることを前提としたものではなかつた。大槻は、岡井から被控訴金庫が借主となることを要求せられ、右三通の手形の不渡回避のため、支店長には金員借入れの権限も手形振出の権限も与えられておらず、正当な権限にもとづくものでないことを知りながら、独断で本件約束手形三通を福知山支店長名義で振出し(訴外会社と共同振出)、これと引換に本件借入れに及んだものである。以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。すると、右借入れは大槻が権限なしに行つたものであることが明らかであり、大槻に代理権があつたとする控訴人の主張は理由がない。

三、次に、控訴人の表見支配人の主張について判断するに、被控訴金庫福知山支店が、被控訴金庫の従たる事務所として登記されており、福知山地方に関する被控訴金庫の事業を取扱つていたとの旨の控訴人の主張は、被控訴人において明らかに争わないので自白したものとみなされ、大槻が福知山支店長の職にあつたことは、前示のとおり当事者間に争いがない。そして、右名称が同支店の事業の主任者たることを示すものであることはいうまでもないから、労働金庫法第四四条第二項で準用せられる商法第四二条、第三八条第一項、第三項により、大槻はいわゆる表見参事に該当するものとして、被控訴人は大槻のした本件借入債務につき、その責に任じなければならないものというべきである。

そこで、本件借入れが同支店の事業に関する行為にあたるかどうかについて検討するに、被控訴金庫が、会員の預金又は定期積金の受入、その他労働金庫法第五八条第一項及び第二項所定の業務を行うことを目的とする非営利法人であり、会員以外の者からの金員の借入れが、被控訴金庫の目的とする事業そのものに該当しないことは明らかであるで、被控訴金庫の行為能力の限界を画する「目的の範囲内」には、目的たる事業のみでなく、目的を達成する必要な事項もまた含まれ、しかもある行為がこれに含まれるかどうかは、個々の具体的行為について個別的ではなしに、抽象的に類型化せられた行為の客観的性質によつてこれを決しなければならないところ、労働金庫にあつても、資金繰り等の必要から、預金、定期預金の受入等とは別個に、会員あるいはそれ以外の者から一時的な融資、金員の借入れを受けることは、社団としてその存立を維持して行くうえで当然予想されうることがらであり、労働金庫の事業を定めた前記法条がこのような借入れを禁止する趣旨のものとは考えられないから、会員以外の者からの金員の借入れをもつて被控訴金庫の目的の範囲外(被控訴人のいう事業外)の行為とすることはできない。そして、かりに被控訴金庫が、同支店の事務分掌、同支店長の権限として金員の借入れを認めていなかつたとしても、法が参事の代理権の範囲を客観的、抽象的に定め、かつ表見参事を認めた趣旨からみて、右は内部的制約の問題にすぎないものというべく、このような制約を知りながら表見参事と取引をした者であつても、悪意の相手方として保護されないこととなるにとどまるのであつて(商法第四二条第二項)、金員の借入れがある支店の取引として行なわれた以上、その金額が異常に高額である等、客観的にみて従たる事務所の取引と認められない特段の事情のない限り、右借入れはその支店の事業に関する行為にあたるといわねばならない。本件の場合、前認定の事実によると、本件借入れが被控訴金庫福知山支店の取引として行われたことは明らかであつて、その金額もたかだか一〇〇万円であり、また、亡岡井が金融業者であることから直ちに、被控訴金庫内部の支店長の権限内容、ひいては大槻支店長に金員借入権限のないことを知つていたものと推認することはできないし、他にこの点に関する岡井の悪意を明らかにする適確な証拠はない。かえつて、亡岡井は、訴外会社でなく、被控訴金庫が借主となるというのであつたからこそ、新たに一〇〇万円を大槻に交付して、これを貸し与えたこと、その他右貸与の際の前認定の諸事情や、その際大槻支店長名義で訴外会社と共同して振出された本件手形の他には、新たな担保提供されたと認めうる証拠はないこと等を総合して考察すると、岡井は大槻に本件金員借入れの代理権がなかつたことを知らず、むしろ代理権があると信じていたものとみるのが相当である。

してみると、被控訴金庫は大槻が福知山支店長として借入れた本件貸金につきその責に任じなければならないものというべく、控訴人の表見支配人(表見参事)の主張は理由がある。

四、被控訴人は、岡井が時価一、〇〇〇万円以上の土地を本訴請求権の代物弁済として取得し、これによつて債権は消滅したと主張し、<中略>被控訴人の全立証をもつてしても、右主張事実を認めることはできないのであつて、右抗弁は採用するに由がない。

五、岡井が昭和二年九月二日に死亡し、その相続人らが遺産分割について協議をした結果、右貸金債権は控訴人がこれを取得したことは、当事者間に争いがない。

六、ところで、控訴人は、貸金請求の附帯請求として昭和四〇年八月一一日から完済まで年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるのであるが、本件貸金は、同月三日までに弁済期一〇日後の約定でなされたと認めうるにとどまることは前認定のとおりであるから、被控訴人は同月一三日の経過とともにはじめて遅滞の責を負うに至つたものというべきであり、遅延損害金の額については、控訴人主張の利息の約定はなかつたものとすべきこと前判示のとおりであるから、法定利率によつてこれを定むべきところ、貸金そのものが絶対的商行為にあたらないことはいうまでもなく、亡岡井がいわゆる金融業者であるというだけでは、たとえ法定の届出をし、業として貸金を行つていても、その金融行為をもつて商法五〇二条八号の「両替其ノ他ノ銀行取引」とすることはできず従つて同人を商人と認めることはできないし、被控訴人は、銀行取引を反復継続して行う者ではあるが、労働金庫法第五条により、会員に直接の奉仕をすることを目的とし、営利を目的として事業を行つてはならないとされているのであるから、商法第四条第一項にいう商行為を為すを「業トスル」者に該当せず、やはり商人と認めることはできないのであつて、本件貸金を営業的商行為とみることもできないから、法定利率は民法所定の年五分の割合によるべきこととなり、結局控訴人の右附帯請求は、貸金元本一〇〇万円に対する昭和四〇年八月一四日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余の部分は理由がない。

七、そこで、選択的に併合された控訴人の各請求のうち、当審新訴の貸金請求につき、貸金元本一〇〇万円と遅延損害金のうち右理由のある部分の支払を求める限度でこれを正当として認容し、その余の部分はこれを失当として棄却すべきものとし、その余の各併合請求については、判断の要なきものと認めて、その判断を省略することにし、その結果、原判決を相当であると判断しないこととなるので、本件控訴にもとづき、民事訴訟法第三八六条を適用して原判決はこれを取消し、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。(宮川種一郎 竹内貞次 平田浩)

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